(臨時営業)復活の主日にノートルダム大聖堂の火災を思う
2019年4月21日(日) 今日は復活祭(復活の主日)である。 私はキリスト教を信じないが、先日の火災で一部が焼失したパリのノートルダム大聖堂の姿にはそれなりに衝撃を受け、また単なる偶然ではあれ、それが復活祭の直前に起きたことに様々な思いを抱かざるをえなかった(ドローンで撮影した被害状況を右の動画で確認することが出来る→https://www.youtube.com/watch?v=iO05Dkd02Tk)。 もちろん今回の火災で死者は出ておらず、見方を変えれば、たかだか一都市の古い建造物のひとつが破損したに過ぎないと言うことも出来るし、仮にどこかより知名度の低い(そして欧米以外の)都市の、同じくらい古い歴史を持つ建物が焼失したとして、果たしてこれほどのニュースになっただろうかと疑義を呈することも可能である。 そしてそうした「相対化」、と言うよりひとつの「絶対化を阻む試み」にはそれなりの意味があるだろう。例えば前回採り上げた日本の新元号に対して歓迎や称賛が溢れかえるなかで、そうした「雰囲気」にあえて水をさすような視点が必要であるように。ただし個人的には、それがただ時の政権批判や、単にひねくれた視点によって為されるのではなく、上記のような「絶対化を阻む試み」として、なによりもユーモアや諧謔をこめて為されることがより望ましいと思っている。言うなれば「文学」のひとつの役割であるだろう、シェイクスピア劇における道化のような仕方によってである(もっとも今回のような災害には、さすがにユーモアや諧謔はなかなか発揮しづらいのだが)。 そうした面倒臭い話はさておいて、パリのノートルダムと言えば、個人的にはどうしても若い時に愛読した森有正の一連のエッセイを抜きにして語ることが出来ない。今から思えば、私は自分の青臭く感傷的なパリという街への思い入れを彼の著作に投影していたに過ぎないのだが、しかしやはりどこか自意識過剰で若い感傷に満ちている森有正の文章は、そうした幼稚な感傷を増幅させこそすれ、鎮静してくれることはなく、数十年たった今も甘ったるい感傷のまま私の記憶の中に留まり続けているのである。 あいにく(運良く?)今は手元に彼の著作がないので、具体的にどのような部分が若き日の自分を捉えたか例示することが出来ないのだが、今回、大聖堂に火の手があがっている様を目にしながら、私はしきりに、もし森有正が今もまだ存命で(ただしそうだとすれば1911年生まれの彼は今年107歳になっていることになる)今回の火災を目の当たりにしていたならば、何を思い、どのような言葉を綴っていただろうかと思わずにはいられなかった。そして同時に、彼がこの惨事を目にすることがなかったことを幸いだと思いもしたのだった。 フランスでは既に修復や復元に向けての動きが起こりつつあり、おそらく一時的な感情(感傷?)に駆られてかの国の大統領が思わず口にしてしまったのだろう「5年以内の修復」はまず無理だとしても、いずれ本格的な復元や新たなデザインによる改修が為され、再びあの大聖堂は世界中から訪れる多くの巡礼客や観光客を受け入れることになるに違いない。しかし同時に今回の火災は、「この世に永遠なるものはない」こと、言い換えれば「諸行無常」や「メメント・モリ」という古人の言葉を改めてわれわれに思い起こさせてくれたとも言えるだろう。 今回の火災に際し、フランスでは詩人・小説家のジェラール・ド・ネルヴァルによる「ノートルダム・ド・パリ」という短い詩があちこちで採り上げられている。これはかのヴィクトル・ユゴーの小説「ノートルダム・ド・パリ」が出版されたすぐ後に書かれたものだそうで、私がたまに覗いているフランスの書評番組「La Grande Librairie」でも急遽ノートルダム特集を組み、その中で女優のエマニュエル・ドゥヴォスがこの詩を朗読していた(https://www.youtube.com/watch?v=s49jQRLDFn4)←ちょっと驚いたのは、彼女が「verra」(見るだろう)を「ヴェラ」ではなく「ヴラ」と発音していることである(参考発音→https://ja.forvo.com/word/verra/#fr あるいはhttps://ja.forvo.com/word/on_verra/#fr)。 以下に、各種翻訳を参考にした私訳とともに、この詩を引用しておきたい。Notre-Dame est bien vieille : on la verra peut-êtreEnterrer cependant Paris qu'elle a vu naître ;Mais, dans quelque mille ans, le Temps fera broncherComme un loup fait un boeuf, cette carcasse lourde,Tordra ses nerfs de fer, et puis d'une dent sourdeRongera tristement ses vieux os de rocher !Bien des hommes, de tous les pays de la terreViendront, pour contempler cette ruine austère,Rêveurs, et relisant le livre de Victor :- Alors ils croiront voir la vieille basilique,Toute ainsi qu'elle était, puissante et magnifique,Se lever devant eux comme l'ombre d'un mort !ノートルダムは実に古い。おそらくわれわれは目の当たりにするだろうかつてパリの誕生に立ち会ったノートルダムが、そのパリを葬り去るさまを数千年の後、「時」は、狼が牛にそうするようにあの重々しい骨組みをよろめかせるだろう「時」はあの鉄筋をねじ曲げ、そしてそのひそやかな牙によって岩のようなあの古びた骨を悲しげにむさぼるだろう!地上のあらゆる国から 大勢の人々がそのいかめしい廃墟を眺めに来るだろう夢見がちに、ヴィクトルの本を読み返しながら―彼らはその時、自分が目の当たりにしていると思い込むだろうかつてと同じく力強く華麗な、あの古い伽藍が死者の影のように眼前に立ちのぼるのを!