心にうるおいを。ネガティブもポジティブも受け入れる~、みつきのブログ。 -8ページ目
自分の望みが
分からないとき。
自分が何か好きかとか、
どうすると楽しいかとか、
そういうの、
分からなくなっていることって
ありますよね。
「望みの自分」を
引き寄せるためには
「なりたい理想の自分」
をより具体的に
イメージしたいところですが、
自分の望み自体が分からない、
自分センサーが
全く作動しない、
そんなときには、
まずは
「よし、
自分を丁寧に扱うぞ」
と決めて、
少しずつ
動いてあげることから
始めることができます。
例えば、
忙しいと、
ついつい後回しにしてしまう
「トイレ」とか、
「水分を採る」とか、
「ちゃんと呼吸する」とか、
「化粧水をつけるときに
両手で10秒間、
しっかり顔を包んであげる」
とかでもいいです。
そして、
自分に
「どっちがいい?」
って質問してあげる。
さらに
自分に
「ありがとう」
ばっかり
言ってあげる。
その繰り返しが、
自分の潜在意識、
(自分自身)との
信頼関係を取り戻す
きっかけになっていきます。

自分が自分を丁寧に扱い始めると
周囲の人も
自分を丁寧に扱ってくれる
(ちょっと手助けしてくれたり)
ようになってくるのですね。
望みを引きよせるために、
「心から自分が望む状況を
よりクリア(具体的)に
イメージする」
ということ。
これが難しいのには、
主に2つの原因があると思います。
①そもそも、
自分が何を
望んでいるのか
分からない
②自分の
描いているものを
具体的に
言語化できない
ということです。
まず、①について。
これ、結構多いと思います。
我慢すること、
自分を後回しにすること、
これに慣れてしまうと、
そもそも、
自分は何が好きで、
どうすると楽しくて、
何をしている時に
幸せを感じるのか
分からなくなっている場合が
多いと思います。
更に
ここで大切なのは、
この、
「自分は」の部分です。
他の人によく思われたい、
誰かが〇〇してくれればいい、
といった、
他者に委ねられた
幸せではなく、
心から
自分主体で、
自分がどうしたいか
ということ。
「お金がないからできない」
「子供が小さいから無理」
「仕事で忙しくて余裕ない」
とか、そういう目の前のことに
囚われている自分を
一回取っ払って、
あらゆる制限がないと
考えて、
本当に、自分が、
心からの豊かさを
感じられる状態を
リアルに
イメージしてみる。
もちろん、
他者に委ねた幸せの形も
あると思います。
すごく幸せなかたち。
多分、誰でも
知っていると思います。
ただ、
そういう幸せは
その時はよくても、
続かない場合も多いし、
外的要因によって
壊れることも多い。
そこで、まずは
自分ファーストで。

「本当の自分の
ありたい姿」を、
具体的にイメージするのです。
「自分の本当の望みが
分からない」
時には、
自分を丁寧に扱う方法を
少しずつでも取り入れながら、
今、私は、
どっちを選びたい?
どうしたい?
と、
なるべく頻繁に
問いかけ続けていくと、
段々、潜在意識が、
「自分の本当のおもい」
教えてくれるようになります。
欲しいもの、状況等を、
心からポジティブな
気持ちとともに、
よりクリアに
イメージすることが、
自分の望みを
引き寄せるコツ、と。
うんうん。
でも、簡単にできそうで
難しいと感じる人も
多いはず。
ここで、障壁となるのは、
①クリアに
イメージできない
②そうはいっても、
やっぱり、
自分のネガティブな
気持ちを
ぬぐい切れない
という2点ではないでしょうか?

分かっちゃいるけど、
できないなあ、とか、
難しいなあ、とか、
思いますよね~。
私はそうでした。
今でも、難しいと思います。
でも、この2つに対する
アプローチの方法を知って
繰り返し実践していたら、
ぼわぼわ~ん、と、
いつの間にか、
気が付いたら
目の前が
開けてきていました。
願っている
はずなのに、
上手くいかなーい
はいはい。
あるある。
ええ、ありますとも。
そんなとき、は、
「願い方
(イメージの仕方)が
間違っている場合が
あります」
というお話です。


















こうだったらいいのに、
もっとあんなふうに
ならないかなあ・・・・、
というイメージの仕方が
悪いわけではない
と思うのですが、
この時に、
心から、
「うれしい気持ち」
「楽しみな気持ち」
「幸せな気持ち」
になれているかが
ポイントです、と。
つまり、
「あんなだったらいいな」
と思い描いたとき、
どうしてもその裏に、
なぜか、
不安や、
暗い気持ち、
切ない気持ち、
悲しい気持ち、
孤独感・・・・
そんな
ネガティブ君たちがいると、
望む自分の姿よりも
ネガティブ君たちの
イメージの方が、
頭の中に
クリアに存在する
場合が多い ので、
そちらに引きずられて
しまいます。

そんでもって、
そんなネガティブなことに
気づいてしまうと、
ネガティブな現実を
引き寄せちゃう、
やだやだーっ!!
と、余計に
思ってしまいますよね。
ほら、
昔話の「鶴の恩返し」
みたいなもんで、
「見ちゃだめだよ」
って言われると、
余計に見たくなるのと同じ。
「見ちゃだめ」
「考えちゃダメ」
と思っていると、
実はそっちばかりに
気が行ってしまいますよね。
それが普通です。
しかも、
「うれしくて、
楽しくて、
幸せな気持ち」
を自分の中に
常駐しておくって、
結構むずかしかったり
しますもんね。
なので、
ネガティブ君のほうが
自分の頭のなかで
よりクリアに
イメージされている
かもしれないな・・・・と、
まずはそのことに
気づくこと。
そして、
そこに気づいたからと言って、
「私ったら、
こんなんじゃダメだめ!」
と、自分を叱る必要は
皆無です。
気付いたら、
次に進んでいけますからね~


今見えている
現実世界は
自分の内面が
現れているものです。
最近、よく聞きますよね。
自分のこの世界に
責任をもつ。
そう考えると、
どんなことも、
自分でコントロールし、
自分の世界を
創っていかれる

ことになる。
これってすごいですけどね。
でも、結構難しい・・・。
なかなかハードな人生を
どうにか変えていきたいのに
上手くいかない
という場合。
そればなぜかというと、
主に理由は2つあります。
①その経験は、
魂の学びのために
必要だったから。
つまり、
この現実世界に
生まれてくるときに、
自分で決めてきた
人生の目的(ストーリー)の中に
その内容が入っていた
ということですね。
よく「宿命」というやつです。
これは、
必ず巡り合うのだと思いますが、
短縮できる可能性は
あると思います。
それともう一つ・・・。
②「願い方」が
間違っている
ということがあります。
本当に心の奥底から
信じて、
自分の中で
強く描いていることが、
時間をかけて
現実に現れてくるのです。
ここで難しいのは、
「本当に
心の奥底から
信じて、
描く」
ということ。
潜在意識も一緒に、
そう思えているかどうか、
ということが
大事らしいです。
そして、
ここにはコツがあります。
私は、
自分でハードな世界を創り出し、
それを壊し、
段々引き寄せが出来るように
なってきました。
つづく。
自分が我慢して耐えて、
でも笑っている、
そんな姿を他者に見せることで、
他者からの評価を
得なければならない・・・・。
こんな信念を
もっていました。
この信念が必要で、
そうやって誰かからの評価を得ないと
(得ていると思えないと)
不安だったのです。
今も、まだ時々
少し不安になることもありますが、
囚われることはなくなりました
。
「努力・忍耐・根性」的なものは
今となっては古いけど、
私以外にも、
心の根底に
似たような価値観が
眠っていて、
自分で自分を
縛り付けている人、
結構いる気がするのです。
特に、昭和世代
。
以前聞いたことのある話で、
欧米人は
「あなた元気そうですね!」
と言われると喜ぶけど、
日本人は
「あなた元気そうですね!」
と言われると、
それを喜ばずに、
「いや、でもね・・・。」と
悪いところや疲れていることを
せっせと説明してくる・・・・。

・・・結構、
真に迫っている
気がするんですよね。
他にも、
「あんま寝てないんだよ」
「昨日は〇時まで残業しちゃって」
などなど、
「寝てない自慢」
「疲れた自慢」
「仕事頑張ってて
しんどいです自慢」
みたいな人、
ちょっと前は、
結構いませんでした?
私の周囲にはいました。
そして、そういう人たちを
「また寝てない自慢してた」
という人も。
・・・・まあ、
私のなかにあったもので、
私の世界のなかだけのこと
かもしれないけど、
でも昔は
TVなんかでも
そんな言葉聞いてたし、
まあまあいた気がする。
そして、
「努力・忍耐」や、
「貧しい中での
”清く、正しく 美しく”」
という姿が、日本の時代劇や
昔話にもあふれている。
私も小さいころから、
そうやって耐えて、
相手の希望を察知して動き、
褒められること、
本当は嫌だと思っていても、
相手に
「賢い子ども(女)」と
思われたくて、
相手に合わせる・・・・、
そんなことを、
ずっとしてきていました。
そして、
だからこそ
出来たこと、
出会えた人、
見られてた景色
などがあったのも事実。
この信念は
私を追い詰めたけれど、
それによって大切なことに
気付けました。
「こんな信念もってるなんて」
と自分を責めたり、
落ち込む必要はないんですね。
自分に
「ありがとう」を
送りましょう。
セルフラヴ!!!
胸をはっていきましょう~

夫との別居。
自分のために
自分が行動を起こし、
自分を大切にすることに
決めたら、
それまでのハードな状況が
ソフトに変わっていきました。
もちろん、正直を言えば、
夫との別居は本当に悲しかったし、
苦しかったです。
今でも、心が痛みます。
でも、あの選択は
間違っていなかったと
確信しています。
スピリチュアルな話
(現在科学で証明されていない
目に見えないものの話)
になりますが、
今現在、
自分に起こっていること、
目に見えているものごとは、
全て、
自分が描いてきたものが
結果として現れています。
生まれる前に
魂が決めてきたこと
(例えば、生まれる場所とか)
以外は、
すべて、
この現実世界で、
自分が描いたこと、
宇宙にオーダーしたことが、
結果として、
時間をかけて、
今に現れています。

ということは、
自分が
つらい思いをする
(自分に
辛い思いをさせる)
理由があった
ということ。
ではなぜ、
私が、
信じていた家族から
繰り返し裏切られるという
ハンマーで頭を殴られるような
経験を繰り返したのか。
それは、生まれてから
自分の中に刷り込まれた
ある「信念」があったから。
私みたいな人、
本当にたくさんいると思うけれど、
私は、小さいころから、
自分は我慢して他者を優先し、
わがままを言わずに
人の嫌がることを率先してやり、
ネガティブな感情は
なるべく隠し、
笑っていること、
いつも辛い何かに耐えて、
頑張っている自分でないと、
他者から評価されない、
他者から見捨てられる、
と、信じてきました。
それが、私の処世術だったんです。
だから
職場でも、
いつもちょっと難しい立場を
やりくりして、
人の嫌がるヘヴィなことを
担当し、
それなりに評価をされてきました。
その他、必ず、
家族の中で、
職場の中で、
地域の中で、
その他コミュニティで、
生きてきた
すべての時間のなかで、
「耐えている自分」と
「それによって
評価される自分」が
いたことに
気付いたのです。

自分を守るために
夫との別居を決意したあと。
子供たちへの影響や、
経済的なことに
大きな不安はありましたし、
ここにくるまで、
自分ではどうにもできなかった
という罪悪感、
他人にどう思われるか
というモヤモヤした気持ち、
その他、色々複雑な思いや、
苦しい気持ちは
ありました。
でも、
後悔はあっても、
自分が、
「他者のために我慢する」
のではなく、
「自分自身のために、
行動する」
ことができたことで、
段々、
自分自身が
解放されて
いきました~!

自分が我慢すること、
周囲に合わせること、
そのおかげで
得られたことも
沢山あったけれど、
もう、それは充分やった。
次のステージに
行こうと思えました。
自分が何をしたいか、
自分が何を好きなのか、
そんなことも
分からなくなっていたけれど、
そんな時間がなければ、
自分と本当に向き合うという
行動には出られなかった。
ありきたりな言い方ですが、
苦しい時間も、
本当の自分に目を向けるため、
必要な経験だったのですね。
上手く言えませんが、
自分が自分のために
行動を示したことで、
自分の潜在意識に
「これからはちゃんと
自分を大切にするね」と、
届いたと思うんです。
「自分の内面で
起こっていることが、
外界に映し出されている」
辛いことを
引き寄せていたのは
自分。
自分の内側を
大切に扱うようになってから、
明らかに私は
変わって来られたと
感じています。
夫との仲が
最悪になるまでには、
何年もかけて、
色々なことがありました。
蓄積されていっていたのですね。
そして、私は
そこに怒りや苛立ちを抱えながらも、
「この状況を許してきたのは
自分なんだから、
自分がこの状況を
受け入れられるように
ならなきゃ」
と思って、
自分の本心や、
身体の悲鳴を
無視しながら
生活をしていました。
そして、
夫が繰り返す
問題言動(と私が思っていること)
に、私自身が何度も傷ついて、
その度に夫と離婚について
話し合いました。
夫から離婚を切り出され、
私が「そうしよう」
と動き始めると、
夫は、反省の色を出して
謝ってくる。
でも言動は繰り返す・・・・。
それでも、
なぜか私は
夫を好きだと思っていたし、
子どもたちのこともあるし、
経済的にも不安だったので、
3度再構築を試みましたが、
もう私は
本当に本当に疲れ切ってしまって、
我慢の限界を迎え、
ある時
「私、
幸せになりたい」
と心から思って、
夫と離婚を前提に別居を伝えました。
あの時は、
「離婚」作業に時間をかける前に、
とにかく離れたかった。
これ以上、
悲しくて、
みじめで、
辛い思いを
したくなかった。
夫は、ちょうど
職場でもトラブルを起こして
仕事を辞めることになっていたので、
不安になったらしく、
「離婚したくないし、
出ていきたくもない」
と言い出しましたが、
とにかく夫と距離を取りたかったし、
私は、子どもたちと離れる気も、
子どもたちを
夫に委ねる気もなかったので、
「あなたは、
私たち家族を
繰り返し裏切ってきた。
家族を都合よく使ってきた。
ここであなたを
許したら、
私はただの
バカだ。」
と強く伝え、
出て行って
もらいました。
辛かったし、
悲しかったし、
不安でした。
でも、
自分を守りたかった。
このままでは、
本当に自分が壊れると
思ったんです。
そして、
ここから少しずつ、
心の平穏を
取り戻しました~
。

ふぅ~。
・・・・で。
・・・ここまでの話だと、
ついつい、
昔の黒歴史を
思い出し、
悲しみや怒りが顔を出し、
夫への愚痴が
多くなっちゃいますが、
(おほほ。でも、
それに飲み込まれることは
もうありません
)
要するに、
この過程で
大切だったことは、
この時私は、
自分で自分を
ないがしろに
することを
やめた ということです。
現在は別居中の夫に、
昔、
「だって(夫と私は)
お金と時間の
奪い合いじゃないか」
と言われたことがあります。
「はあ~?
時間もお金も、
お前の方が
自分のために
ずっとたくさん
使ってんだろ!」
と思いましたが、
でも、妙に
「ああ、そうだ」
と、感じました。
心の中に、変な凪状態が
訪れたのを
覚えています。
要するに、
あの時の夫のあの言葉は、
私の中にあった
漠然とした
不満の気持ちを
言語化したもの
だったのだと
思います。
・・・具体的に、
なぜそんな話になったのかは
覚えていないし、
私と夫の
時間とお金を
分かりやすく
奪い合ったようなエピソードは、
ありません(私にとっては)
でしたが、
あの時私は、
確かに
「その通りだ」
と思いました。
私自身が、
夫に対して、
ずっと感じてきたこと
だったからです。

私は、
夫のことを、
ずっと
「ずるい」
と思ってきたからです。

