「本来のわたし」はずっとそこに居た
わたしは歩くのが好きで、よく歩きます。家族でもよく歩きますが、1人のときは好きな音楽を聴きながら歩いています。歩くようになったのは、司法試験に逆転合格した年からです。その前年に合格した先輩に勧められて始めました。好きな音楽を聴きながら、景色の移り変わりを感じて歩いていると、気持ちが良いし、よく直観も得られます。今朝も、仕事先に向かいながら、ある気づきがありました。『心惹かれる言葉10』今朝の日曜美術館は、過去50年の間に放送された回のアンコール放送でした。「私とピカソ」というタイトルで、岡本太郎さんが出演されていました。たくさん心惹かれる言…ameblo.jp↑この記事でも書いた、岡本太郎さんの言葉を思い出したのです。ピカソの画風が変遷したという話題での表現の仕方は変わっているかもしれないが「ピカソ」そのものは一貫しているという言葉です。その言葉を思い出して、ハッとしました。これって、わたし達の生き方にも通じる話じゃないのかなと思ったのです。わたし達は、生きていく中で色んな人と関わりを持ちます。そのとき、その相手と影響し合っているんですよね。関わり方や度合いは様々ですが、生き物どうしという意味でも、必ず、何かしらの影響は与え合っていると思うんです。例えばわたしは、昨年、PTAの他の保護者とのやり取りで、40年間の謎が解けて「本来のわたし」を取り戻しました。『人前で話すのが苦手だった本当の理由』*タイトルだけ改めました*わたしは、自分のことを、矛盾した面を抱えている人間だと思っていました。というのも、わたしは子どもの頃から、授業中わかっていても手が挙…ameblo.jp「本来のわたし」とは大人がたじろぐような言葉を発する自分です。逆に言うと、それまでの間ずっと、他の人との関係の中で「本来のわたし」とは違うわたしを表現してきました。自分の思いついたことに自信がなく、思ったそのままを人前で発表できない自分です。でも、その間「本来のわたし」は消えてなくなっていたわけではなくて、ずっと、一貫してそこに在ったのかもしれない、と思ったのです。なぜなら「本来のわたし」は「王様は裸だ」と言った子どもと同じだったと気づいたからです。それが「本来のわたし」だったから、それを忘れていた頃、わたしはいつも王様は裸だと言える人になりたいと思っていたのではないでしょうか。それは「本来のわたし」からの「本来のわたし」を思い出して!!というメッセージだったんじゃないかなと思ったのです。『「わたしには、王様が裸に見えるんです」』『わたしに教えてくれようとしていたこと』『「事実」を見るということ』今日、映画「WICKED ウィキッド 永遠の約束」を観てきました。前編「ウィキッド ふ…ameblo.jpーわたし達は「本来のわたし」をどこか別の場所に探しに行く必要はなくずっとそこに在る「本来のわたし」に気づくだけで、いいそれが、メーテルリンク原作の絵本「青い鳥」のお話の「実は青い鳥は、家の中にいた」ということなのかな、と思います。「本来のあなた」からのメッセージもあなたに届いているかもしれませんギベコ