今日、ちょっとした身体の異変があり婦人科を受診しました。
今回は更年期に関する受診でしたが、息子を授かったとき、そして出産後2人目の妊活で通ったクリニックです。
2人目の妊活では、息子の生後6か月から半年以上は通ったと思います。
10年ぶりにクリニックを訪れて、当時のことを思い出しました。
当時のわたしは、2人目の子どもが欲しい理由として、(顕在)意識では息子に弟妹がいる方が良いからだと思っていました。
息子が生まれたのは父を亡くした2年後で、ひとりっ子のわたしには、子どもの頃の家族の思い出を話せる人がいないことで、悲しみが増していたからです。
というのは、父が亡くなったことを母には言わないでほしい、というのが父の遺言だったからです。
母に父の話を聞かれても、わたしはいつも軽くいなしていました。
どうしても父や昔のことを話そうとすると、泣いてしまったのです。
そうすると、家族だけが共有している家の中の他愛もない会話などの思い出を、きょうだいのいないわたしは、語り合う人がいませんでした。
ちなみに父がそういう遺言を遺したのは、その数年前に母の弟が急逝した際、母がその事実を何度聞いても忘れてしまい、聞くたびにものすごくショックを受けていたからです。
当時、わたしは、息子をベビーカーに乗せてバスでクリニックに通っていました(夫は仕事なので)。それは「2人目がどうしても欲しい」と思っていたからでした。
今振り返ると、あの頃のわたしは本当によく頑張っていたと思います。
2人目の妊活を始めてどれくらい経っていたのか。半年は優に超えていたとは思います。
ある日、始めて検査薬で「陽性」が出ました。
とても嬉しかったです。
そしてふと頭に浮かんだのは
「これで、取っておいた新生児用の衣服が使えるな〜✨️」
でした。
![]()
ん?
息子にきょうだいができる(涙)
じゃないの?!
そのときのわたしは正直、そんな自分にとても驚きました。
そのことと関係があるのかどうかはわかりませんが、時間をおいてもう一度検査をしてみると、陰性でした。
わたしは、そのときふと、妊活を止めようと決め、帰宅した夫に伝えました。
そしてその後、一度も妊活を再開しようとは思いませんでした。
ちなみに取っておいた新生児用の衣服は、赤ちゃん待ちの知人に、喜びの気持ちで渡しました。
願いが叶ったときに、最初に思うこと。
それが、その願いを本当に叶えたかった理由なのかもしれないなと、今日ふと思いました。
ギベコ