エネルギーの発散場所を探していたのかもしれない
この1週間「嬉しい・楽しい」に意識を向けたお蔭で、嬉しくて楽しいことをたくさん感じられました。と同時に「わたしのやり方を徹底して楽しむ」と決めていたら、潜在意識に残っていたその反対の意識が浮かび上がってきたのか、「自然体のわたしを徹底するなら」関わらないであろう状況が二つも、久しぶりに目の前に現れました。↓『人生って、ホントにおもしろい』人生って、ホントにおもしろいなと思いました。振り返ると今週月曜日。「もっと、楽しいこと、嬉しいことに意識を向けよう!」と思いました。また、他に気を取られるのを…ameblo.jp一つは、ラインでの法律相談のような依頼(A)。もう一つは、対面での相談(B)。その内、Aはためらう気持ちはありましたが、割合すぐに「関わらない」と決め、Bはその場で「関わる」と決めました。この「関わる」と「関わらない」に分かれた違いは何だろうと考え始めたら…実はこの二つ、わたしの意図は同じだったことに気づきましたそれはこの人の状況を打破するためには誰かに繋げなければならないです。Aでは、弁護士に相談するための入口を伝えました。Bでも「わたしなら、キーパーソンの◯◯さんに相談してみる」(だから、「あなたが」◯◯さんに相談してみて)と伝えました。これが、以前のわたしならAでは、自分で調べて回答していました。Bでは、知人に代わって、或いは知人と一緒に「自分が」キーパーソンに会って話したような気がします。 そうなんです!なんと、わたしは以前持っていた困っている人が目の前にいたら「わたしが」何とかしなければいけないという思考のクセをいつの間にか手放せていたようなのですでは、どうやって手放せたのか。わたしが思いついた理由は今のわたしは、自分のエネルギーを、心からやりたいことに注げているからではないかです。最近はそれに加えて「嬉しい・楽しい」に意識(これも、エネルギーなんですよね)を向けていました。つまり、無駄に余っているエネルギーがないのです。振り返ってみると、わたしが義務感から自分が疲弊するまで人(家族でも恋人でもないのです)を助けようとしていたのは、*司法試験浪人時代*「使命」を探していた時代 です。いずれのときも、わたしには自分のエネルギーを全力で注げるものが、ありませんでした。だから、その余ったエネルギーを発散したいと無意識に思っていたんじゃないか、と思います。ただ、やはり義務感から始めたために、消耗し疲弊したのではないか、とも。この仮説が正しいのかはわかりませんが、エネルギーは、自分が好きなこと、嬉しいこと、楽しいことに向けていきたいなとあらためて思います。今週は、エネルギーの向け先について考える一週間でした🌞ギベコ