わたしが惹かれるものに気づいた夏越の日
仕事帰り、ちょうどバスの時間がタイミング良く、昨日も行った神社で茅の輪をくぐることができました🌿神社に着いたのは18時前で、ものすごい人が茅の輪に並んでいて驚きました。以前にも茅の輪をくぐったことはありましたが、夏越祭り当日に参拝したのは初めてだと思います。茅の輪をくぐる時に、こんなに人がいたことは無かったです。説明の立て看板に倣い3回、8の字を書くようにくぐったあと、本殿にお詣りしました。この半年、家族が元気に過ごせたことを感謝したあと、その神社に祀られている神様が益々栄えますようにとお祈りしました。このお祈りは、前にある方から「こんな風にしたら良いよ」と教えてもらったものです境内に流れていた宮司さんの説明では、元々は鏡のように綺麗な心が日々を生きる中で少しずつ曇ってしまったものが「穢れ」で、それを綺麗にする機会がこの夏越と12月の大晦日の2回とのことでした。この考え方も、わたしにはとてもしっくりきました。そして「元々は鏡のように綺麗な心が、日々を生きる中で少しずつ曇ってしまう」というイメージは、中村天風師の考えと似ていると思いました。ちなみに天風師の教えは、日々の心の使い方や瞑想によって心を曇らせないようにということかなというのがわたしの理解です。また、父が亡くなる前後の一時期、講師や本を通して学んでいたダスカロスの教えも、ものすごく久しぶりに思い出しました。その教えは、確か、本来はダイヤモンドのように美しいわたし達の魂が、エゴイズムによって曇ってしまっている、だからエゴイズムから自由になる方法を学ぶものだったと思います。そうやって思い出してみると、わたしが惹かれる考え方には、「本来のわたし達は、透明なまでに澄み切った美しいものだ」という共通点があることに初めて気がつきました。知らなかった自分のことがまた一つ知れたからでしょうか、何だか静かに嬉しい気持ちになりました。ところで。そういう気づきも影響したのか、それとも純粋に茅の輪をくぐった影響なのか、神社を背に歩き出すとちょうど吹き抜けた夕風が爽やかで、心なしか、心身ともに軽くなったような気がしました。ギベコ