スティーヴン・キング著、浅倉久志 他 訳、『幸運の25セント硬貨』を読みました。
新潮文庫です。











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今回は久しぶりの読書感想文記事…というか、以前のようなブログ記事ですね。

本のお供は、マッコウクジラのぬいぐるみにお願いしました。
ベッドに並べてある、私のおやすみメンバーのぬいぐるみの一人です。
高知県の道の駅、キラメッセ室戸/鯨館-鯨資料館で、父に買ってもらいました。
お気に入りです。









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本書は、言わずもがなの大作家スティーヴン・キングの短編集です。

本国で出版された原書の方では『Everything’s Eventual:14 Dark Tales』のタイトルで、この日本語訳版の『幸運の25セント硬貨』と『第四解剖室』に、さらに未収録一編を足したものとして刊行されたようです。



本書『幸運の25セント硬貨』には、

なにもかもが究極的
L.Tのペットに関する御高説
道路ウイルスは北に向かう
ゴーサム・カフェで昼食を
例のあの感覚、フランス語でしか言えないあの感覚
一四〇八号室
幸運の25セント硬貨

以上7つの短編が収録されております。
訳者は、浅倉久志、風間賢ニ、白石朗、池田真紀子の四名です。
訳者が四名もいますが、それほど癖の強くない訳ばかりなので、短編集全体の雰囲気は統一されています。

ホラー小説がメインですが、その中でもSFあり、実験的な作品あり、伝統的なモチーフのホラーあり…で、なかなかバラエティに富んでいて楽しめます。

そして、各短編にはキング自身の短い前書きもついておりまして、これはなかなか嬉しいです。






以下、各短編のあらすじと感想です。

















『なにもかもが究極的』

ちょっと変わった就職口にありついた若者『ぼく』の語りで物語が進行していきます。
『ぼく』ことディンキー・アーンショウは新しい就職先、会社名トランスコープから与えられた家に住み、なに不自由なく暮らしています。
週に一度会社から70ドルを受け取り、それを娯楽や食事などに使用し、その週の終わりには余ったお金を処分します。
紙幣は切り刻んで生ゴミへ、硬貨は下水管の中へ落とします。
ゼロ円からスタートした1週間が、ゼロ円となって終わる。
それが『ぼく』の暮らしです。

ディンキーはこの生活に入る前には、元々、あるショッピングスーパーで働いていました。
そのスーパーの同僚には、ろくでもない男がいて、ディンキーのことを目の敵にしていつも虐めていました。
ある日のこと、この嫌な男スキッパーは自動車事故で不思議な死を遂げます。

そのすぐ後に、ディンキーはシャープトンと名乗る謎の紳士に、トランスコープへとスカウトされることになりました。
実はディンキーには800万人に一人という、とても珍しい特殊な能力が備わっており、スキッパーの謎の事故にもその能力が関わっていることを、シャープトンは突き止めていたのでした。

父親を思わせるような、優しさと包容力を持ったシャープトンにディンキーは心を開き、彼のいう通りにトランスコープに所属して仕事を始めますが。

やがて、彼は、シャープトンの真実の姿に気づいてしまうのです…





『ぼく』の謎めいた仕事と生活ぶりから始まる、SF短編小説です。
ただのボンクラかと思われた若者が、実は超能力の持ち主であり、それを見出されて組織に所属し、その能力を利用される…ストーリー自体はよくあるお話ですが、設定がかなり不可思議なので、引き込まれます。
主人公の生活ルール、余分な現金は持たないことだとか、必要なものはそれとは別に何でも用意してもらえることだとか、それが仕事の契約の一部であることとか、どういうことだか気になって、ページを繰る指の動きがついつい早くなってしまいました。


この短編は、スティーブン・キングの長編小説『ダーク・タワー』にもリンクしているそうです。
主人公のディンキーが『ダーク・タワー』の方にも登場するとかいうことですよ。
気になりますね、『ダーク・タワー』も読んでみたいなぁ。
キングの集大成とか、ライフワークとか言われてる長編ですから、きっと面白いんだろうなぁ。



















『L・Tのペットに関する御高説』

妻が夫に贈った犬と、夫が妻に贈った猫と、夫婦のお話です。
犬と夫は折り合いが悪く、妻と猫の折り合いも悪い。
しかし逆に、夫と猫、妻と犬は蜜月の仲です。

お互いに贈りあったはずのペットが、二人の仲を微妙にし、やがてある日、妻は犬を連れて出ていき、そのまま行方不明となります。
ちょうどその頃に世間を騒がせていたのは、連続殺人鬼の「斧男」でした。

果たして妻は殺人鬼の犠牲となったのか、それとも犯人は他にいるのか、それともただ妻は失踪しただけなのか。

結末は読者の想像に任せる形で、お話はしめくくられます。






犬猫をペットとして飼ったことのある人なら、あるあるなネタがたくさんで、それが面白いです。


しかしこのお話の夫婦は共に、あまりペットを飼うのに向いてない人たちな気がしますよ。

愛玩動物というのは、自分が愛玩するための動物であって、自分を愛玩してもらうための動物ではない…と私は考えていますが、違うでしょうか?
懐かないからといって、まるで人間相手のようにペットの犬や猫と喧嘩して憎んでしまうような人には、ペットとの暮らしは向いてない気がします…。



















『道路ウイルスは北にむかう』

売れっ子ホラー作家のキンネルが、ドライブ中にふと立ち寄ったガレージセールで手に入れてしまった、呪われた絵のお話です。

キンネルが手に入れたのは、ヤスリで研いで尖らせたような歯をむき出した白人のブロンドの男がスポーツカーを走らせている水彩画です。
絵の裏には、この絵のタイトルであろう『道路ウイルスは北へむかう』と書かれたテープが貼り付けられていました。

ホラー作家らしく、想像力を掻き立てられる不気味な絵をいたく気に入り購入したキンネルでしたが。
彼は、この絵の真の恐ろしさには、気づけなかったのです。

キンネルは、その後、叔母の家に立ち寄り、この戦利品を見せびらかしますが、その時に初めて絵の禍々しい呪いを理解します。
なんと、絵が、変化していたのです。
最初に見た時には見えなかった男の腕が、今は見えて、腕の刺青がわかるようになっていました。

その後も、見るたびに絵は変化していき、ついにキンネルは…







王道のホラー小説ですね。
ありがちな話ではありますが、話の進め方が上手いので、ストーリーの先が見えていても、とても面白いです。

けっこう怖いお話で、追い詰められる感と、絶望感が、たまりません。
安心させたところで、また、追い討ちをかけてくる「のっぺらぼう」の怪談パターンもありましたしね。
変化していく絵の禍々しさにも、ぞっとさせられます。
薄ら寒い感じがしましたよ。
思わず背後を確かめたくなるような、そんな気持ちにさせられました。

特にお話の最後の方を読むのには、もうページを繰るのがちょっと嫌だなぁとすら感じました。
お話の最初の方は、むしろ明るく楽しい感じだったんですけど。
終盤とのギャップがすごいです。


私はホラー小説が好きですが。
海外作家のものは、やはり、宗教やら文化の違いのせいでしょう、そこまでさし迫るリアルな怖さを感じることは無いんです。
どこか遠くの国のお話、自分には関係の無いお話、という感じがしますから。
しかし、この小説は、なかなか怖かったですよ。

怖くて面白い小説は何か無いか?と人に尋ねられたら、私はぜひこの一編を推したいと思います。
そんな、お話でした。























『ゴーサム・カフェで昼食を』

突然、さよならのメモだけを残して妻に出ていかれた男、スティーブンの遭遇した恐ろしい事件のお話です。

スティーブンは出て行った妻と、妻の顧問弁護士、それから自分の顧問弁護士の四人で、離婚に向けての会合をゴーサム・カフェで昼食をとりながら行うことになっていました。
スティーブンは、しかし、今でも妻とやり直したいと思っていました。自分の何がいけなかったのか?
妻の出て行った部屋で、スティーブンは一人の時間をやり過ごすためでしょうか、禁煙を始めます。

さて、ゴーサム・カフェでの会合当日近くなって、なんとスティーブンの顧問弁護士の母親が怪我をしてしまい、顧問弁護士が会合に出席できなくなってしまいました。

それでも妻に会いたい一心のスティーブンは、顧問弁護士からいくつかのアドバイス…というよりは警告をもらって、渋々一人で会合に出る許可をもらいました。

いざ、2週間ぶりに妻と顔を合わせ、やり直しはもう不可能だと妻に拒否され、妻の顧問弁護士が財産分与の話など進めようとしていた時に、思いがけない事件が起こります。






タイトルがなんだかオシャレな感じで『ゴーサム・カフェで昼食を』なんていう、まるで『ティファニーで朝食を』のパロディみたいな感じですけど。
あまりオシャレなお話ではありませんね。

前半の妻に捨てられた男の苦悩から、後半のあの事件にお話が転がって行くとは、ちょっとびっくりしました。
話の展開は予測不可能ですね。

しかし、このお話の妻は…嫌な女ですねぇ。
こんな女の人と結婚して捨てられて、挙句にやり直したいなんて思ってる主人公の、女を見る目の無さに呆れます。
しかも、物語後半のこの事件が無ければ、永遠にそのことに気づかなかったんでしょうね。

ところで、私はちょうど今、禁煙中なので。
スティーブンの禁煙話が、とても、禁煙あるあるで面白かったです。
共感しました(笑)






















『例のあの感覚、フランス語でしか言えないあの感覚』

タイトルが意味するところの感覚に悩まされる女の人のお話です。
彼女は若い頃に貧乏な男と、家族の反対を押し切って結婚しましたが。その男、現在の夫は時代の流れに乗り、コンピュータ業界で成功して、今では裕福な身分になっています。

夫婦は銀婚式に二度目のハネムーンを過ごすためにフロリダを訪れています。
高級車に乗って目的地までドライブしている間、助手席に座った妻は数々の『例のあの感覚、フランス語でしか言えないあの感覚』を感じ、それとともに自分たち夫婦の人生を思い返していきます。

そして車は道路をひた走り、夫婦はやがて…






ちょっと不思議なお話です。
お化けの出てこないホラー小説、でしょうかね。
細かな解説がなく、文章を読みながら、読者も主人公と同様に不思議な世界に迷い込んでしまうような感じ、擬似体験型の小説とでも言えばいいのかな?
こういう小説の読書体験は、まるで実際にお化け屋敷に入り込んだような感じですね。


内容としては、キリスト教とそれによる宗教上の罪によって、自分を追い詰め、地獄に落ちてしまった女性のお話です。
救われない感じで、怖く悲しいお話ですよ。




















『一四〇八号室』

幽霊屋敷に一人で泊まっては、その様子をレポートする本を書く、マイク・エンズリンという男のお話です。

マイクはこれまでに数々の不穏な呪われた噂のある場所に宿泊してきました。
しかし、そんな場所で何かが起こったことはありません。
彼は幽霊も神も信じていません。
お金を稼ぐために、幽霊屋敷レポートの本を書いているのです。
彼の本はなかなかの売り上げを誇っています。

そんなマイクは今回、ニューヨークにあるドルフィンホテルの1408号室に泊まります。
この部屋ではここ70年ほどの間に自殺者12名、自然死30名以上、さらに部屋を出た後で重病に悩まされた人も数知れず。
まさに曰く付きの部屋なのです。

ドルフィンホテルの支配人オリンは、なんとかしてマイクの無謀な挑戦をやめさせようとしますが、マイクは聞かず。
ついには弁護士をつれ、ニューヨーク州の法を盾にとって、無理矢理にこの部屋に宿泊する権利を勝ち取ります。

支配人オリンは最後の時まで、マイクを説得し続けます。
邪悪な1408号室の話を、これでもかと聞かせますが。
マイクは、ついに、この部屋の中へ古い鍵を回して、入ってしまいました。

そして、1408号室の中でマイクの身に起こった出来事とは…








実は、この『一四〇八号室』が読みたくて、私はこのキングの短編集を買いました。

もう何年も前ですが、この一編は映画化されておりまして、私はそれを映画館で見たのです。
私的には大変怖さのツボに入る作品でした。
映画のラストは、ちょっとわかりにくい演出で終わっていましたし、その上、実は別エンディングまで用意されているものだったそうで。
では、原作では、ラストはどうなっているんだろうと思って、この本を取り寄せたのです。





怖さのツボって、人によって違いますから。
私が怖い本を、貴方が怖いと思うかどうかは、わかりません。
私にとってはこの一編はとても怖い作品でした。

特に、最後に部屋に巣食う邪悪なモノがうわーっっ!!っと出て来るパンデモニックでサービス満点な恐ろしい恐慌の時…ではなくて、そこに至るまでのじわじわと恐怖を煽って来るあたりが、たまりませんでした。

支配人オリンの、勿体ぶった1408号室の説明、いざマイクが部屋に入ろうとしたその時から始まる微妙な違和感の連続。
引き返すポイントはたくさんあったのに、気がついたらもう戻れないところまで来てしまっている!もうこの部屋から逃げられない!
という絶望感がたまらなく恐ろしかったです。

なんだかよくわからない、妙な違和感が連続するってのが、私の怖がりスイッチになっているようで。
「怖いお化けが出てきて、わーっ!」というような物よりも、「あれ?さっき確か窓を閉めたはずなのに、開いてる…気のせいかな?」の連続でジワジワとこちらの不安を煽ってくるものがいいです。

それから、怪異の説明のあまりないもの。
どうしてそんな怪現象が起こるのかわからない、ってことになると、理由がわからないのだから対策の立てようもなく、ただ怪異に捕らわれるしかなくなってしまいます。
その場合の、こちらの無力感が恐怖につながります。

そんな怖がりスイッチを持つ自分には、とても怖くて面白い作品でした。
ちなみに、この短編集には作品ごとにキングの短い前書きがついておりますが。キング自身も、この作品は怖いと書いておりましたよ。

あ、肝心の、映画と小説のラストの違いですけれど。
うーん、どうだろう。
なるほど、原作はこんな風に終わるのか…と、思っただけでした。
この作品の場合、小説にしろ映画にしろ、ラストは別になんでもかまわないのかもしれないなと思いましたよ。
ジワジワ煽られる不安を味わうのが醍醐味であって、ストーリーの収まり方はまあ、そんなに大切でもないのかもなぁと、思いました。

怖いです。
私と似たような怖がりスイッチをお持ちの方は、ぜひ、キングの小説でも、映画の方でも、ご覧になることをおすすめしますよ。



















『幸運の25セント硬貨』

ダーリーン・プーレーンはネヴァダ州カーソンシティにあるランチャー・ホテルで客室係をしている、シングルマザーです。
夫はある日仕事に出かけたまま五年間帰ってきません。

子供達を満足に医者にかからせてあげることもできず、プレゼントもなかなか買ってあげられず、ダーリーンは悲しく悔しい想いを胸に抱いて、毎日ホテルの客室を整えます。

ある日の朝、客室の掃除に入ると、すでにチェックアウトした客がダーリーンのために置き土産のチップを置いてくれていました。
チップ入れの封筒に入っていたのは25セント硬貨です。
今時、25セントでは子供だって喜ばないのに、なんて額のチップをくれたものか、宿泊客は。
ダーリーンはその金額に笑うことしかできませんでした。

しかし、どうやら、この25セント硬貨はただの硬貨ではなく、幸運の硬貨だったのです…




ちょっぴりトリッキーな構成で組み立てられた、幸運の25セント硬貨のお話です。

この短編集中で唯一、しんみりと、ちょっと暖かな気持ちになれる作品です。
短編集の最後を締めくくるにはいい作品でした。
























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式典で歌われる国歌は好きですよ。
やっぱりいいものだと思います。