正確に言うと学生時代までは、自分のADHDっぽいと思われる特性は

コントロールしてうまく付き合っていたように思う。

 

学校という場所に最初イヤすぎて

小学校の登校初日に「こんなとこに6年生というものになるまで来なくてはいけないのか・・・」と思ったことを覚えている。

 

しかし、いい意味で諦めがついたのか

学校のルールを覚えていった。

小学1年の頃の担任の先生は年配の女性の方で

私はなぜかその担任の先生と仲の良いもう1人の女の先生と

3人で編み物したり

担任じゃない方の先生が父の職場から近いと聞き

一度だけ遊びに行かせてもらったことがあった。

 

優しい先生に囲まれていた事と

「お姉ちゃんでしょ!」と親戚に何度も言われて育っていたので

きちんとすることは目標の1つとなっていて

学校のルールを守ることは問題なく出来ていた。

 

提出物も期限守るし

遅刻なんて全然しない、むしろしっかり守る子

(親に言われなくても自分で準備できる)

 

それが結婚してからどんどん出来なくなって

なぜ出来ないのか全く分からなかった。

 

行政の書類関係が間に合わない。

子ども関連で遅刻はしないもののいつもギリギリ。

(ただし、授業参観はだいたい遅刻)

毎日しているはずなのに洗濯物をためる。

食器洗いがぜんぜん出来ない。

 

旦那に怒られても出来ない。

 

でも掃除はめっちゃやる。

 

私は結婚している頃に母が家事が得意ではなかったから

私もそうなのだと思い

子どもたちには片付けができるよう子育てしようと決めました。

 

結婚前に1度お付き合いしている方と同棲したことあったんですが

いま思い出したけど

家事できていました。食器類少ないのもあるけれど、そもそも溜めたり

していなかったように思う。

 

出来ない、から

やる

 

という頭の回路があって

そもそも出来ないから、やるしかないし。出来る方法を見習う、と

子ども時代は決めていた。

 

それがいつしか

出来ることが増え、出来る人だと勘違いしていったことが

まずかったように思う。

 

この前、任意保険の支払いが期限切れに気づき

次支払い過ぎたら保険証は期限切れとなると言われました。

そもそもその説明は手続きの時も注意点として強く話されていた。

のに、1回目からやらかした。

 

なんでいつもこうなんだろう・・・?

 

と悩み始めたタイミングと

ASDやADHDのことを知ったタイミングがほぼ一緒だった。

出来ないタイプだったのだ。

 

私、ToDoリスト的な項目作ってやっつけていくの

好きだった。

(そうしないと出来ないからではなく、好みだと思っていた)

 

いまスマホのスケジュールに全て入れている。

時間前になったら予定教えてくれるし

変更になった時もその場で修正して入力し直すようにしている。

 

買い物リストというほどのものではなく

下着や靴など

子ども達の必要な買い物も入力するし

生理もスケジュールとして書き込んでいる。

 

いろんな便利なアプリがあるのだろうけれど

何個も使えない私は

スマホに最初から備わっているもので充分だ。

 

ひとまず退職後に毎日が夏休み状態の私でも、おかげで曜日が分からん

という事にはならなかった。

今のところ合っているので

そのまま活用していこうと思う。

 

 

自分のことがよく分かっていないからか

会社勤めはずいぶん辛いものだった。

 

好きな仕事をしていた独身時代は、まだ良かった。

アパレルの仕事に就いていたので、お客様と話すことは楽しかったし

先輩に怒られることがあっても好きな事をやっている点で

続けていくことが出来た。

 

それとレディースではなくメンズの店だったり

オーナーがサバサバしている方だったりしたことも

今おもえば過ごしやすい点に繋がっていたと思う。

 

女性同士のやり取りが本当に苦手で

結婚してからどんどん出来なくなっていった。

(女同士で活動する機会が増えたため)

 

大げさではなく、子どもの授業参観などで母親が集まっている場所へ行くと

会話が聞き取れなくて日本語なんだけど意味が分からない言語のように

聞こえたりしていた。

 

何を話せばよいのか分からなくて

天気の話など頑張って言い出してみるもののどう繋げていくのか分からず

聞き役に徹してみようと思っても

そもそも子ども達の名前を覚えておらず

しいてはそのお母さんが◯◯ちゃんママということが分からず

◯◯ちゃんのきょうだいの事や

そのお友だちのことや

入っている部活のことや

その顧問の先生の名前や性格や

何一つ知らず

なぜみんなはそんなに覚えられるのだろうか?と

毎回自分以外の方の能力の高さに圧倒され

疲弊しまくって帰宅していた。

 

子どもを眺めているだけでいいのに、授業が長い、廊下での立ち位置が

しんどい。

役員を務めてみたら覚えられるのでは?と挑戦してみるも

もうてんでダメ。無能。

そんな私でも転勤族も多いマンモス校区の頃はまだ良かった。

(覚える間も無くクラス替え)

離婚し数年後に実家に戻ってからどんどん大変になった。

 

保育園からずっと同じメンバーで中学校までいっしょ。

子ども達も親もパパ同士も

なんなら、じいじばあばのことも周知のこと。

家族ぐるみのお付き合い助け合いが出来上がっている地域だった。

 

・・・私、地元なんだけど

まったく馴染めずしんどかった。

どのようにお付き合いしていいのか分からずヘラヘラしていたが

やっぱおかしなトコたくさんあったんだろうなぁ。

 

子ども同士のトラブルで長文LINEが届き

(ざっくり言うとその方のお宅で遊んでいた時の出来事。子ども当事者同士はその方のお子さんではない。他のお母さん同士でのやり取りでは問題になっていなかった)

 

話をしましょう、と声かけたら

罵られて

メンヘラだと言われました。

 

私がですか?と驚いて質問すると

 

子どもの過去の言動を話し、あなた知りませんよね?と言われ

(知りませんでした)

母親としての至らなさを指摘し、メンヘラと言われました。

 

メンヘラをどのような意味合いで言われたのかは分からなかったのですが

(今まで仲良く会話してきたお母さんではなく表面だけの付き合いでした)

 

でも何かしら

私のふつうではないポイントに日頃から嫌な気持ちがあられて

この親にしてこの子あり、という事だったんでしょうね。

すごく嫌ってらっしゃるのは分かりました。

 

ちなみにうちの子も

そのお母さんにコロナでどこも行けないし

泊まりにおいでと直接誘ってもらったので行きたい気持ちになったのですが

うちは元々

お泊まりなどOKしてきてなくて、それも分かってくださってたうえで

誘ってくださったので子どもは喜んでたし

「子ども達のためだし、たまにはお母さんもラクしたらいいよ」とか

何度も言ってくださりご厚意に甘えたという感じでした。

 

結局当時のトラブルは、当事者同士や親同士は

そのように大きな出来事になっておらず

双方家庭で話して解決済みでした。

なんでそれが別件のように長文LINEが来たり直接バトったり

みたいになったのか?

驚かれていました。

ちなみに当事者子ども達はそのまま変わりなく付き合っていましたが

そのおうちのお子さんとは遊ばなくなりました。

 

お泊まりさせて頂いていたお宅での出来事でしたので

ご主人と話させていただきますか?

と言ったのがまずかったのかもしれませんね。

 

うちは離婚していて父親不在家庭でしたら

大ごとになっていたので

主人が出る感じになるのかもな?と思い

ちょうど一緒にいらっしゃったので

お声がけしたんです。

 

そしたらそのお母さんが怒って

旦那は何も知りません!!と言われ

え?っとなっていたら

隅に移動して言い合いとなりました。

 

2年前の息子の言動などを挙げられ(死にたいと言って教室に戻らなくなった)

知らないでしょ?!!!

と怒鳴ってました。

息子の異常性を話され親が何も知らないことを指摘されました。

 

私は反省しつつも

なぜこの人はその時に声かけてくれなかったのだろうか?

なぜ今なのか?

息子さんの虚言クセのような事やそのせいでクラスの子から疎まれていることに

息子が気に病んでいることも知っているのか?

(言いませんでした)

 

頭の中で整理が追いつかない状態でいると

メンヘラと言われ

???でいっぱいになり

私もおかしな点がたくさんあるのだろうけれど

このような言葉を親同士で言う人もおかしいだろう、と

話を終えました。

 

息子は地元の中学を卒業しましたが

本当に心から嬉しかったです。いろんな意味で。

 

 

まず最初に前置きとして、母のことは病院での診断はまだもらっていません。

しかし、ネットで見る情報がASD傾向がある・・・程度ではなく

これは母のことを書いてますよね?ね、そうですよね??

というレベルで合致していたので

今のところ、そうだろう・・・と思っています。

 

また、この気づきから

私の長年の悩みや苦しみは解放される気持ちになってきました。

 

母に何度となく

「そんなの考えれば(相手のことを想像すれば)分かるじゃん?」

と訴えてきても

 

真顔で座っていただけの母が

 

本当に分からないのだ、と言ってくれたことが

嘘ではなかったのだ。大げさではなかったのだ、と理解できました。

 

1つ前の記事に書いてある

【米を炊くときは5合炊きますルール】も

なぜ母がそう決めているのかは分かりません。

 

食べる人が減っているのに(家族の誰かが旅行で不在の週でも変化なし)

2日目のご飯が傷みかけたことがあっても

みんなが好きなカレーにすると事前に分かっていても

 

微調整ってことが出来ない。

 

母の中で1回で炊くのは5合。

炊きたてが美味しいのは当たり前だが、あるものを食べることが出来ればそれでいい。

2日目のご飯は固くなって美味しくない、食べたくないと訴えても

食べたくないなら食べなくていい(だけど無くなるまでは炊かない)

 

2日経ったご飯をお弁当に持たせるのは心配だから

別で炊く、と言っても

(自分で炊くと言ってるし別にこのままでいい・・・みたいな感じ)

 

この、よくわからない出来事が

ASDかも?と気づいたあとに

 

あぁそうか、私の言ってること考えられないんだ・・・。

決めたルール変更はしないんだ(嫌だと言われている事と自分のやり方を変更することが結びついていない)

 

この2つだけでも気づけて

私は笑えてしまってしょうがなかった。

 

ずっとこの人、本当に私が言っている意味が分からなかったのか。

(分かろうとしろよ!という気持ちがないわけじゃないが)

母は仕事(お金をいただく)となると

少しは出来ることが増えるのだ。

 

調子がよくないガス釜で食べることが出来る状態に炊飯できるのは

母だけ。

どちらにしても、してもらっているのだから

文句はいえないな・・・と改めて思いました。

 

炊飯ジャー購入検討しようと思います。

 

昔から母のことを人に話しても信じてもらえない。
母は、家事が終わればテレビの前に座りずっと座っている。話しかけても目を合わすことはなく、怒鳴るようになるまで訴えてしまえば尚のことこちらを向いてはくれない。
 
表情の変化はほぼ皆無で、返答がない。
 
これが子どもの頃からずっとだった。
それが私の孤独感を増やした。
聞いてもらいたいことがあっても反応がない、相槌って大事ですよ。心に響きますよね。
 
なんで母がASDなのかも?と思うに至ったか・・・
 
母に何度も何度も訴えても変えてくれなかったからだ。
 
うちはガス釜でお米を炊いている。
そのガス釜はずいぶん古く母じゃないと上手く炊けないのだ。私が炊く時は炊飯用鍋でコンロで炊いている。
1回に5合炊く。
1日で消費しない。翌日まで保温のままのご飯。翌日も残る、そして初めて冷蔵庫へ移される。
正直翌日のご飯はおいしくはない。
夏休みに入り、お弁当を作らない日が増えた。子どもたちは家でご飯を食べたり食べなかったり、量もまちまちだ。
 
せめて4合に減らして炊いてくれ、と頼んだ。懇願した。
 
また5合炊いていた。
 
カレーを昼のうちに作った。夕飯食べてないのは、子ども2人と私。炊飯器を開けたら、カレー皿では2人分ほどの(おかわりを1人が少ししたとして)お米しか入っておらず娘が??????て固まったと言ってきた。
 
なんでばあちゃんご飯炊いてないの?
足りないじゃん
 
とぼやいても無表情で無言だったと聞いた。
 
最近はお米が高いこと、お店にあまりならんでいないことも説明したが、母のサイクルは変わらなかった。
 
変すぎる・・・
 
疑問が湧いたまま日常が過ぎ、本当にたまたま目にした動画がASDとADHDの特徴について紹介してあった。
 
そこには母のそのまんまの特徴と
私に似ている特徴の説明があった。(私はADHD側の傾向が強かった)
 
聞いたことある単語やふわっとしか知らないことでも
知っているつもりになったいることが私はよくある。
 
今回もそれだったのだ。
 
私は2つの言葉を聞いたことがあったけれど、知らないことばかりだった。
そして今私は少しずつ情報を得て学んでいる途中だ。
 
子どもの頃から母のことを人に話して
理解を得られない悲しさも
カサンドラ症候群という状態に重なっていた。
 
また、先天的な脳の異常によって起きるだとか
遺伝が70%ほどあるとか
いろんな情報がネットにはあった。
それらのどれもが正しいことなのか?は分からないけれど、今はまだ知らないことを知っていく作業が楽しい。
 
そういえば、昔
元彼に「脳、前頭葉が異常に発達しすぎだろ!!」と別れた後に嫌味として言われたことがあってすごく傷ついたことあったなぁ。
あれって、その人からしたら理解できない私の何かしらの部分に腹立たしかったのかもしれないな。
なんかごめん、とちょっと思ったよ。
 
 
 
 
 

退職したら失業手当がもらえるまでの期間、休んでみようと思っていた。

 

若い頃に退職した頃、1度だけハローワークに手続きに行ったが結局手当はもらう事なく次の職場は見つけた。なので手当をもらったことがない。

 

でも今回は心身ともに病られていると思っていたので、自分のためにも最低2ヶ月は休もう!!と決めていた。

(直感で2ヶ月、と思った)

 

しかし、止まるのが苦手な性分の私・・・

 

うまく休むことができるのか?不安だった。

(そこ、不安に感じなくていいのに・・・)

 

で、書店で見つけた上記タイトルにも書いている

【とにかく休め!】〜休む罪悪感が吹き飛ぶ神メッセージ88  著者はTestosterone(テストステロン)さん

 

私も睡眠時間は多めに確保しているし(6、7時間)

休日もすきあらば昼寝している。

 

メンタルの回復には睡眠時間だと思っているので、寝ることへの許可はあったのだが

2ヶ月間仕事もせず休もう!と思ったのだ。きっと途中で飽きてきたり、焦りが出てきたり、おちおち休んで居られなくなるのでは・・・?と

自分を先読みしてみたのだ。

 

目次から心に響く。

風邪と同じように考えるな、とか

自分が「壊れる」ことを傍観するな、とある。

 

私はこの本を一読して、机に置きっぱなしだった。

この表紙を見るだけで休むことを積極的に行っている自分に誇らしい気持ちすら出てくる。

 

テストステロンさんの本は

とにかく文章が分かりやすく面白いので、もう1冊最近購入した。

文庫本【ストレスゼロの生き方】

その中の「後悔を、捨てる」が私には響きまくってそこで読むのが止まっている。

まだまだ休むことが大事な時期らしく、前向きに進んでいける気力は戻っていないみたいで

繰り返しこの項目を読んでいる。

 

後悔に対しての解釈が私には嬉しく救いの内容だった。