救急救命センター潜入レポート -3ページ目

手術の日その3

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酸素マスクを外されてどのくらい経っただろう。


「水分摂ってもいいですよ。冷たいのがいいかな?」

「・・・うん。・・・」そういえば喉がカラカラだ。身体も熱い。

「じゃあ、氷入れてきますね。」

しばらくすると看護師さんが吸い飲みにお茶を入れてきてくれた。

一気に飲んだ。カラカラカラと氷の音が心地よかった。

「またすぐに持ってきますね。」

戻ったと思うと、またすぐにカラカラ氷の音のする吸い飲みを持ってきてくれた。

「ここに置いておきますね。」

食台のテーブルを少し引き出して置いてくれた。

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暑い、喉が渇く。食台の吸い飲みに手を伸ばすと、また一気に飲み干した。

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「う~~~ん。

気がつくと、枕元に研修医のI先生と看護師さんが立っており、腕に注射を打っている。どうやら、柵を握り締め、うなったままの状態で眠っていたようだ。

「どのくらいで効くの?」

「すぐ効きますからね。」

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「・・・39度6分。」

気がつくと、看護師さんが検温をしていた。痛み止めには解熱作用もあるはずなのに・・。

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目が覚めるたびに食台の吸い飲みのお茶を一気に飲み干しては眠り、飲み干しては眠りを繰り返した。

その日は朝までに座薬2回と注射1回の痛み止めを使ったらしい

朝になって、意識がはっきりしてきた。ICU用のベッドから電動ベッドに替わっていた。ベッドの起こし方を教えてもらったが、少し身体を起こすと痛みで悲鳴をあげた。その日はほとんど身体を起こすこともできず、食事も前掛けを掛けられてほとんど寝た姿勢のまま摂ることとなった。

「手術したら痛くなくなるよ。」って言っていた主治医の言葉は嘘だったのかと真剣に思った。その翌日も少し楽になったものの、痛みは続いた。ガーゼ交換に来た主治医に「痛いのはどのくらい?」と尋ねると、「う~ん、4日ぐらいかな。」と言われた。

その日から4日間は痛みとの戦いだった。炎症が続き、そのせいで熱も続いた。しかし、嘘のように4日で痛みは楽になった

時期は冬。考えてみたら、こんな時期に一晩中、吸い飲みに氷を足してくれた手はさぞ冷たかっただろうと看護師さんの心遣いに感謝の念が絶えない。

手術の日その2

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「ここはどこ?」

「病室ですよ。もう、手術終わりましたよ」

「・・・ふぅん・・・」

手術が終わったらしい。薄暗い。瞳孔が収縮しているのだろう。

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どのくらい経ったのだろう。話し声が聞こえる。目を開けると、執刀医でもあった主治医と母がX線写真を見ながら話している。

「ご本人、目が覚めてるかな?」

「覚めてるよ!」と言ったつもりだったのだが、声になっていないのか、まだ話は続いている。ぼんやりしていると、

「上げといた方がいいから。」

と、主治医が脚の下に枕を入れ、布団を掛けた。

「重い!布団、重い

「よしよし」

布団と脚の間にドーム状のものが置かれた。

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かかとが痛い。手術したのとは反対側のかかとが痛い。動かないナースコールを押した。

「足が痛い、右足が痛い

「右?大丈夫動くよ、ゆっくり動かしてごらん。」

手で支えながら動かしてくれた。すると過度に足が伸びることによって摩擦が大きくなっていたかかとが楽になった。

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「痛いかぁ、大丈夫かぁ?

大きな声で目が覚めると、主治医の下のH先生が足元で叫んでいる。

「・・・大丈夫、我慢できる。」

少し痛かった。でも我慢できる程度の痛みだった。ところが、である。目が覚め、「痛い」という言葉を聞くと、現在、痛い状態だということを身体が思い出してしまった。だんだん痛さが強くなる。聞いてくれなければ良かったのに!


「う~~ん。」

ベッド両側の柵を握り締めて耐えた

「う~~ん。」

まだ耐えた

「う~~ん。」

もうだめだ。とうとうナースコールを押した。

座薬が入れられた。

「あれっ、オムツを当てられてるの?

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                                              つづきは次回

手術の日その1

 入院して6日目、いよいよ手術となった。

手術は朝1番だった。朝食は抜き、座薬を入れられ、排泄を済ませた後、輸血もできるようにと手術前に点滴の針の交換があった。その針は成分献血をする時に刺されるのと同じくらいの太さ(つま楊枝くらいの太さ)だった。

 滑車につけたおもりが外され、病衣も脱がされ、T字帯も外され、上から病衣とタオルケットを掛けられただけの状態で6日ぶりに病棟から出た。残念ながら、ベッドに寝たまま全く動けない状態だったが。

 救命救急センターを出て、長い廊下を抜けると、そこは人でごった返していた。これが本館らしい。そのまま大きなエレベーターに乗せられ、手術室に運び込まれた。

 すごい数の人、10人以上居るように感じた。手術室を見渡そうとしていると、ベッドの柵が取り外され、その横に黒い板が伸びてきて、身体の下に入っていった。普通なら、なんでもないことなのだろうが、脚がグラグラの人間にとってはこれがとんでもなく痛いのである。全身の筋肉が中心部に向かって収縮していく。全身から汗が噴出す。「イーッ!」痛いという言葉も出ない。

 すると、頭のほうから手が伸びてきて、透明なマスクが顔にあてられた。「麻酔だこれで痛くなくなる。早く意識をとばそう」と、必死でマスクからガスを吸った。

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つづきは次回

体温計

 救命救急センターでは朝6時に看護師さんが体温計の束を片手に一斉に検温が始まる。


 その日も無事、検温を終え、私は脚をベッドに繋がれて動けないので、ベッドの上でぼんやりしていた。看護師さんが順に回ってきて、体温計が回収されていった。と、ナースセンターから声が聞こえた。


「一本、足りない

「誰か忘れてない?」

「わからない

ガチャガチャ探す音が聞こえる。体温計が一本足りないようだ。

たぶん、Kさんだ。」


 Kさんとは私が初めて覚えた救命救急センター一般病棟の先輩患者でちょっと違う世界での思考に入ってしまうおじいちゃんだ。

日中は穏やかに放浪し、看護師さんに、「Kさんどこ行くの?」と聞かれては、

「市民病院第二病棟。弟に会いに行く」とか、「財布を捜しに行く」とか言っては、全然違う部屋に入ろうとし、看護師さんに「違うよそこはKさんの部屋じゃないよ。」と言われては、「よぉ!」と片手を挙げて患者さんに挨拶をして去って行くのである。

看護師さん、弟さんが入院されているのか確認したこともあったそうだが、既に亡くなられていたとのことで、昼夜とも目が離せないそうである。


ベッドから動けないのに、なぜそんなことがわかるかというと、救急救命センターの病室は広いナースステーションを取り囲むように配置されており、ドアは無いか、あっても常に開いているのだ。だから、ベッドの上からでも病棟全体をほとんど見通すことができるのだ


ちなみに、ドアの無い部屋は、壁も1面しかなく、あとは全てカーテンで仕切られている。


「どうする?」

看護師さんたち、困ってしまった。

Kさんに跳んでもらったら?」

仮にも救命救急センターに入院中の患者に対して、すごい意見である。体温計の数が合わないということはよほど大変なことなのだろう。

「探してみる


数人の看護師さんがKさんの病室に探しに行ったようである。

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しばらくして、

「あった

「どこに?」

「Kさんの引き出しの中

「大事にしまっておいてくれたんだ」

「しまっておいてくれなくてもいいのに

「とにかく、あってよかった


看護師さんいうのは、予期せぬ事態にも対応しなければならない、大変なお仕事である。









串刺し

ところで、処置された脚だが、どんな処置をされたかというと、かかとを針金で串刺し状態にし、そこに滑車でおもりをぶらさげるというものだった。


上半身と右足の自由は利くものの、左半身は腰から下の自由が全く利かないこととなった。この状態で上半身を動かすと、激痛とともに、コツコツコツッという音がすることがあった。実はこの音、折れた骨と骨同士がぶつかり合って出る音らしい。後に同室となった人の話によると、粉砕骨折だったその人の場合、時折シャリシャリと細かいガラスの破片のような音がしたそうである。


こういう状態になると、寝返りも打てず、上を向いて寝ているだけとなってしまう。上半身は動かせるから、座れるには座れるのだが、腫れと貧血がひどく、長く座っていられなかった。座るときはベッドの頭を上げることになるのだが、このベッドはICU用のベッドで、電動で頭の上げ下げができるものではない。だから、座るときはいちいち看護師さんに起こしてもらわなければならないのだ。


ICU用のベッドだが、これは普通一般の病室にあるベッドとは全く違う。処置室にあるベッドよりも硬く感じた。クッション性のないビニール張りの板にエアークッションが置かれ、その上にシーツが掛けられているのだ。エアークッションにはポンプが繋がれており、空気圧を調整するようになっている。エアークッションというと、ゴムいかだを想像するが、そんなに良い物ではない。大きな荷物を送るときにクッション材として入れる細長い空気層の連なったビニールシートの空気層を大きくしたようなものである。決して寝心地の良いものではない。単に体重が一点に集中して床ずれができるのを防ぐため、そうとしか思えないものだった。


串刺しの脚では非常に困ることが2つあった。それは、着替えと排泄だった。


救命救急センターでは毎朝看護師さんが熱いタオルと着替えの寝巻きを持ってきてくれる。決まって、2人組みである。私の場合は上半身の表側は自分で拭けたのだが、下半身と背中は看護師さんのお世話になることとなった。表側を拭いている時はよいのだが、裏側は大変な作業だった。というのは、脚が固定されたままなので上半身を捻ることによって背中を見せるのだが、脚の方ではコツコツという音もなるし、非常に不安定なのである。仕方がないから、ベッドの柵にしがみついて終わるまでじっと耐えた。そして、いよいよ着替え。なんといっても寝たままの着替え、グラグラの脚の下にも寝巻きがある。身体の下から寝巻きを抜き取り、新たに差し込むという作業なのだが、折れた脚の下を通すと、全身の筋肉がその脚に向かって収縮していくような感じで、すこぶる痛い!全身から汗が噴出した。身体をきれいに拭いた意味が全くなくなってしまうのだ。毎朝の一大イベント。看護師さんが寝巻きを持ってくる度、ビビって緊張するようになってしまった。


排泄なのだが、膀胱に管が入っていたので、こちらは問題なかったのであるが、問題はもう一方である。寝たまますればいいと言われはするもの、そんなに簡単に出るわけがない。別に普段から便秘症というわけではない。しかし、ずっと動くこともなく寝ているだけで、ろくにいきむこともできない。出ないのである。座薬を入れられ、無理やり座ってみるものの、片足はおもりにつながれ、上半身も完全には起こせない。ゴム製の便器を入れられると、身体は余計に不安定になり、力も入らない。仕方がないから、ベッドの両側柵を握りしめ・・・・。まるで(体操の)平行棒をやってるみたい・・・。


ことが終わると全身汗だく。後始末もできないので看護師さんを呼び、拭いてもらうのだが、その時には精魂尽き果て、ベッドに倒れこんでいるのだった。排泄は重労働だった。

ICU

たまたま個室が空いていたらしく、ICUの個室に移された。

看護師さんが

「よかったですね、個室が空いていて。今、9時半です

と言った。事故が4時前だから5時間以上も過ぎていたのに、一瞬のことに思えた。検温すると、少し熱があった。

と、看護師が

「おしっこは?」

と続けた。そういえば、その間、一度もトイレには行っていない。

「寝たままできる?やってみましょうか?」

と看護師が腰の下に紙オムツを敷き、差し込み便器を入れようとすると激痛が走った。あえなく差し込み便器を断念し、尿瓶を当てて看護師は席を外した。


 さて、困った。普通に生活をしている時はなんでもなく出るものが出ないのである。重力の偉大さを感じながら、その分を腹筋でカバーすることにした。とにかくいきんだすると、出だした一度出はじめるとどんどん出る。なんだか腰の辺りが温かくなってきたが、出るのだから仕方が無い。ようやく出尽くした頃、看護師が戻ってきた。腰に当てた紙オムツがグッショリぬれていた。

「我慢してた?」

とんでもない。我慢などした覚えが無い。それがこんなに出ているところから察するに、人間、別のところに注意が行くと尿意も忘れてしまうものらしい。


「おしっこ寝たままで大丈夫?管、入れる?」

「この激痛を毎回味わうことになるわけ?」

「考えてみて。」

「う~ん。」

考えていると、研修医のI医師が入ってきた。

「おしっこ出た?」

「出たけど、かなりいきまないと出ない

「あんまり力入れないほうがいいなぁ。」

「どうする?」

「じゃぁ、入れる

膀胱にカテーテルを入れられ、排尿時の激痛から開放されることとなった。


 ICUは機械だらけだ。あっちこっちで機械音がし、血圧計の腕帯が自動的に膨らみ、体を動かすとアラームが鳴る点滴のポンプのアラームが鳴る壁のまでカチカチ音を立てるが、針は一向に進まない。看護師は頻繁に出入りし、体温を測る。点滴を確認する。薄暗くなってから瞳孔にペンライトの光を当てる。それで、「眠れませんか?」眠れるもんか脚は痛いし、その上モニターの音、アラームの音がうるさいその上、目に光を当てられて眠れるもんか痛みに耐えながら悶々としていると、あちこちからうめき声、「抜いちゃだめ!それを抜くと死んでしまうよという叫び声。またまたうめき声、叫び声の繰り返し。

 

 ずっと同じ体勢で寝ていると、腰に丸めたバスタオルを当ててもらっていても痛くて仕方ないし、どんどん眠れなくなり、夜が明けた

 看護師が膀胱から続いているカテーテルの先にあるビニールバッグから尿を採り、検温しながら、

「昨日、CTで影があったから今日、もう一度CTを撮ります。それで大丈夫だったら夕方、一般病棟に移ります。」と言った。


CTのベッドに移されるあの激痛がもう一度・・。動けないから待つしかなく、待っていると、看護師が

「音楽聞きますか?」

とCDラジカセを持ってきてくれた。音楽?見ると、カセットテープが10本あまり積まれていた。


 ずっと寝たままだと、ラジカセの操作もできない。と、看護師が適当にテープを入れて掛けていってくれた。そして、片面が終わった頃、裏返してくれたオートリバースではなかったのだ。


「ここって、なんでも貸してくれるの?テープまで?」

「看護師がいらなくなったテープを持ってくるんですよ。」看護師さんに感謝


 ぼんやりしているうちにCTの時間となり、医師と看護師がやってきた。CT室へはベッドごと移動した。身体に取り付けられた機械本体をベッドの枕元の棚状になった部分に置き、足元の滑車につけたおもりは外して動かされた。ICUの通路は狭い。実際には狭くはないのだが、あちこちにワゴンがあり、人がいる。ガチャガチャ音を立てながらの移動になった。それを見ていた主治医の太った医師がしみじみ語った。

「ICUの移動は車の幅寄せより難しい・・・。」


ICUを出るところで、ドア部分に数ミリの段差があったらしい。振動とともに、おでこの上に何かが落ちてきた枕元に置いてあった機械だった。


「これって医療事故?」

「スイマセン。」

移動のスタッフは笑って終わりだった。こんなの、死にかけてたら、死ぬよ


 やはりCTの映像に影があったものの、大きくなっていないから大丈夫と一般病棟に移されることとなった。病室に太った医師がやってきて言った。

「こんなややこしい機械、全部外すから。うるさいだけだろ?まぁ、これも格調高いICUのサービスだと思ってください。」


 夕方4時、移動となった。動けないのにどうするのだろうと思っていると、枕元の荷物をベッドに乗せ、ベッドごとの移動だった。

 一般病棟って病院の本館のことだと思っていると、救急救命センター内の一般病棟だった。移動に要した時間5分。それでも移動後すぐに検温。まだ熱があった

処置室

 秋の休日の夕方、自転車で交差点を横断中、車にはねられた。一旦は第二救急の病院に運ばれたが、医師の判断で転送され、TV番組でおなじみの救命救急センターに運び込まれ、見事、潜入に成功した

 あとで知った話だが、ここは自分から指定することはできないようで、病院または医師の判断が必要とのこと。比較的元気な私がなぜそこに運び込まれたのか、当初は納得できなかったが今になってみればわかる気がする。


 救急車が入り口に着き、処置室に運び込まれるや、驚いた。医師だけで5~6人、看護師も同じくらい。それが身動きもできずベッドに寝ている私にいっせいに飛び掛ってきたのである

 足元では、折れた脚にまとわりついているジーンズが切り裂かれ、右を見ると、腕に点滴の針を刺そうとしている。左を見ると、血圧計の腕帯を巻きつけている。そうかと思うと、太ももやお腹をこれでもかとギューギュー押された

「痛くないかぁ?ここは?ここは?」

と耳が遠いわけではないのに大声で問いかけられ、心電図計の電極が付けられ、ふと気づくと、擦り傷も含めて「外傷」と名の付きそうな部位すべての写真撮影が始まった。


 その光景に唖然としていると、突然、

「いつも血圧はどれくらい?低いか?」

と聞かれたのだが、脚の痛みと処置室の光景を目の当たりにした動揺とで

「普通くらい・・」

としか答えられなかった。普段なら、迷いも無く、

「上は120くらい、下は75くらい」

と答えられるのに、このときは言葉が出なかった。ただ、処置室のベッドに置かれた硬いドーナツ状のゴムの枕で、頭を動かすたびに髪が引っ張られて痛かった

 

と、突然、足元で声がした。

「それは先生のと違いますよ。ボクの体形にあわせてるんですから。」

何のことかと、そちらに目をやると、太った医師が胸いっぱいに描かれたかわいいキリンさんの絵のついたエプロンをしている。しばらくすると、そのエプロンは別の医師が身に付け、太った医師はコアラのエプロンをして戻ってきた。と、太った医師が叫んだ。


「さあ、みんな、逃げろ~

その声を合図に医師も看護師も一斉に処置室から居なくなり、逃げられない私だけがベッドの上にポツンと取り残された。みんな、ひどい置いていくなんて・・。不安に陥っていると、みんな戻ってきた。レントゲン撮影をしただけだった。


 それから軽い麻酔が打たれ、ぼんやりしていると処置が終わった。傍らで病室用のベッドに移す準備が進められていた。ところが、突然、頭部CTをとることになり、CT室に運び込まれた。そういえば、アスファルトで軽く頭を打った記憶があった。


 「痛いからなぁ、一回で決めるぞせぇのぉっ・・。」

と、3人がかりでCTのベッドに移された。

「ゥングーっ。

激痛が走った

・・・・・・・・・

「・・・意味不明!」傍らで声がした。

位置がずれていたのだ。おかげでベッドを移るときの激痛をもう1回多く体験する羽目になった

 

 CT撮影の後、改めて病室用のベッドに移され、今度は本当に病室に運ばれた。そこは、ICUという特別な病室だった。