海の話をします。

大学のころまで、ずっと横須賀市に住んでいました。
私のずっと住んでいた家は山の上にありましたが、横須賀の中では、どこにいたって海がどこかに見えました。
周りをぐるりと海に囲まれているような地形で、
高校の教室からも、行き帰りの道でも、電車の窓からも、視界の端では海をずっと眺め続けていたのです。

海はいつだって遠くにありました。
天気がよくて風の強い日に時々潮の香りが流れてくるくらいで、海の水に触ったことなんて本当に数えるくらいしかありません。
横須賀の海は軍港で、おいそれと立ち入れるような場所ではなかったのです。

ただ、いつだってそこにあるものでした。存在を意識しなくても、確かにそこに。
記憶の中の海は寒い時も暑いときもいつだって青かったから、横須賀の空は海の色を映して、いつも晴れていました。
好きというよりもそれは憧れの対象で、横顔の印象だけがぼやっと浮かんでいます。


海のどこが良いのかというと、単純にとにかく大きいところです。
横須賀にある他の何よりも大きい。
常に静かで、どんなに大きな船が通ったとしてもすぐに何事もなかったかのように元に戻ります。
それに何よりも、
見覚えのあるかたちを視界の端に捉え続けている限り、知っている道からどんなに離れてしまっても迷わない。必ず元の場所にたどりつけます。

横須賀で見える海は、いつでも水平線まで一直線に伸びています。
あまりにもくっきりと見えているので、
手を伸ばせば届くとまでは行かなくても、ちょっと泳げばすぐに手でつかめるように思えます。
でも、港を出港した船がゆっくりゆっくりと小さくなり、やがて雪みたいに消えてしまうと、
海の大きさを思うのです。

そのたびに海の遠さを思い、何よりも安心感を得るのです。




海とあなたの物語:
http://www.youtube.com/watch?v=wJDuO_Z-ue8

春といえば桜です。
住んでいた町の街路樹は桜で、歩くと、桜並木は途切れずにどこまでも続いていきます。
山のふもとから頂上まで続くその光景は本当に美しいのですが、
あまり春には桜の印象はありません。

神奈川県横須賀市の桜は間が悪く、卒業式の後で咲き始めて、入学式のときにはほとんど散り終わっています。
春の始まりにはその残滓だけがふわりと舞っていて、暖かくなっていく空気に溶けていく残り香を一呼吸。
それが桜に対するすべてです。

季節を見送ることも迎えることもしない桜の代わりに、
私にとって、春の花というと昔からチューリップでした。

チューリップの花はそこらじゅうに咲いていました。
幼稚園の庭、小学校の日時計の周り、公園の花壇。
最近はあまり見ることもなくなってしまった花ですが、春になると、確かに世界はチューリップで埋め尽くされていました。



小学校の頃、席がずっと隣だった人がいました。
何度席替えをしても、なぜか隣になる。
1年から4年まで同じクラスで、苗字が近いこともあって、3分の2くらいは隣にいたような気がします。
1年とか2年のころはよく話した記憶がありますが、学年が上になるにつれてだんだんと話さなくなっていったのを覚えています。
その頃の男子と女子なんてそんなものでしたが、何かしゃべりかけづらいまま、5年になってクラスが分かれてからはずっと一言も交わすことはありませんでした。

小学校の卒業式は暖かい日でした。
終わった後にはサイン帳の交換だとかいろいろやっていましたが、どうせそのままの形で中学校に上がるような田舎の学校です。
3週間後にはまた同じ顔と会うことになるし、これといった特別感もないまま、少しずつみんな帰って行きました。
なんとなく帰りそびれ、誰かと一緒にもならずに下駄箱へと降りていくと、かつてはずっと隣にいた人の姿を見つけました。
どうしようか迷いましたが、なんか目が合ってしまったため、
「卒業おめでとう」と声をかけました。
「おめでとう」と向こうも返してくれました。

二人で歩きだした空気がなんか懐かしくて、通行禁止になっている裏門からそっと抜け出しました。
裏門からのほうがお互いに家が近いということもありました。
二人で歩きながら何を話したかは覚えていません。ただ楽しかったことだけは印象に残っています。
そのまま帰り道の公園へ差しかかり、大きな花壇の前で座って話しました。
チューリップの花壇で、白いチューリップが世界の果てまで続いているように見えました。

「私は私立の学校に行くから、もうこれでさよならだね」
とその人は言いました。今までありがとう、と。

3月の、春の終わりの空にはオレンジ色が混ざり始めていました。
その下の白いチューリップを見ながら、チューリップはどの状態が一番きれいなのだろうかと考えていました。
開く前ではあまりにも小さすぎるし、
開ききったあとではどこまでがチューリップなのか分からなくなってしまう。まるで玉ねぎみたいに。

そしていつの瞬間からか、もうその人の顔を見ることはできずに。
世界を埋め尽くすようなチューリップを見ていました。
風もなく、ただそこに立っていました。

大学の卒業式のことは少し覚えています。
自分の所属していた学部にはほとんど思い入れがなかったので、知り合いのいる文学部の式に一緒に出ました。
物理学科の卒業式2次会にも出たくなかったし。長くなるから。
その結果、早稲田大学物理会みたいな会報に名前が載らないという副産物も生み出しましたが。
それはそれで。

そしてその後でカフェに行ってチーズケーキを食べたところまでは覚えています。
それ以降は覚えていません。
それは、節目の日と呼ぶにはあまりにも日常だったのです。
ただいつもよりも少しだけ賑やかな日。でも賑やかなだけなら早稲田祭前日のほうがよっぽど。
むしろ上の学年の人たちの卒業式の日のほうがよっぽど印象深いです。


何かを終わらせるということが苦手です。
それは直接的に、何かを失うということだから。たとえそれが無駄なものであっても。
失ったならばそれを埋める何かを手に入れなければならないということで。
でも、そもそもそれはどこにあるのか。もしそこにあったならそれは本当に正しいものなのか。まずはそれが分からない。
それは怖いことだと思うのです。


3月に毎回行われた終業式でも、全部で4回も出た卒業式も。
ひとつとして、何かを終えたという感覚はありませんでした。
ただ、大きな密度の何かが後ろから次々に背中を押して行って、それに押し出されていくという感覚だけ。

中学校の卒業式が終わったらその次は高校の授業に出席しなけらばいけないという不自然さ、
それに抗うこともできず、
それを納得し受け入れきることもできず、
今はやらなければいけないからやっておこうと先延ばしにしたまま。
日常が少しずつ変容していくのを傍観しているだけ。

終わらせるべき場面で、それを終わらせることをできずに。
未だに無駄なものを持ち続けているのです。



文学部キャンパスの目の前、卒業式だからといって特に混んでいるわけでもないカフェで、
その日食べたチーズケーキはとてもおいしかったです。いつもと変わらずに。
だけど、その日何を話したかは覚えていません。
時間はその前後で変わらずに、見飽きるくらいにゆっくりと流れていて、
そのチーズケーキが食べたくてそのカフェに行きます。
もちろんチーズケーキは同じ味がします。