最近、自分のことを占ってもらいました。人生で二度目です。
結局自分のことには言及されず、周りの人たちとの関係についていろいろ言われて終わったのですが。
(かなり当たってはいましたが、長くなりますしここには書きません)

ただ、ひとつ印象に残っているのは、
「あなたはここ最近、浮気をすることで自分のバランスを保っている。
 発散の場がなくなると危ないから、浮気はやめない方が良い」
という言葉でした。


年を取ると、
思考に瞬発力が無くなってしまいます。
無限に拡散してしまって、指向性が失われた雲です。
これをかき集めるには努力が必要。
ですので、今から書くのは雑然とした思考を整理するための文章です。
これは、今後のためにどうしても必要なこと。


ちょっと前からよく話す機会のある、元パン屋の人がいます。それは女の人です。
その人に、先日、手作りのパンをもらいました。ブリオッシュとロールパン。
本人も認めていたように、そこら辺のパン屋で売っているものよりはずっとおいしいパンでした。
けれど、こんなんじゃ全然ダメだとも言っていました。勘が戻ったならばこんな不格好なパンなど作らないと。

再来年までに店を出すことが目標だと常々言っていました。
以前は話半分に聞いていたのですが、
その人を見ていると、むしろ上手くいかない方がおかしいだろとさえ思うのです。

何か目標があったときに、
普通の人は目標に向かって全力で進む。
ちょっと出来る人は、目標までの道順を分解して逆算してから進む。
でもその人は、既に目標を達成した後の現実問題に対して種を撒いている。
今の自分にできること、できないこと、全てひっくるめて解決しようとしている。

私は、座右の銘を聞かれた時にはいつも、
「すべてを見渡せ! アクエリオン!」と答えています。
これはもともと、
空ばかり見ていると足下をすくわれる。
足下ばかり見ていると、目の前のことさえ見えなくなる。
そういう文脈の言葉なのですが、
その人ほど全てを見渡す力を持っている人を知りません。
空も足下も見えている。
それに比べれば、ごちゃごちゃ言ってるだけの自分の目標なんてゴミみたいなもので。
こんなの勝てるわけないだろ。と思う。

ある意味で太陽みたいな人なのです。
無尽蔵にエネルギーを流し続けている人。
楽な方へ流れてエントロピーを増大させていく私は、そういうものからエネルギーを受けてようやく立てます。

その本人には、絶対にそんなこと言わないけど。


占い師の言葉を聞いて、真っ先に思い付いたのはそれです。
それを浮気と呼ぶかは分かりませんが、
必要な存在であることに変わりはありません。
もしくは空を捨てるか。
2択だな。


ただ誤解なきように、ひとつだけ言えることは、
これは、
恋愛感情とか、
付き合いたいという欲求とか、
そういうものには絶対に成りえないということです。
だってお互いにその気ないし。


もう少し掘り下げて思考したいけれど、
明日仕事で早いからもう寝ないといけません。

その辺りがダメなところなのでしょう、多分。


メッセージ・ソング - pizzicato five
https://www.youtube.com/watch?v=eimjmlWiP9I

年初なので、去年の反省と今年の目標を立てます。


去年の目標は、今見返してみたら、

「言うべきことは言えるうちに言う。やりたいことはとりあえずやってみる」

と書いてありました。


これについては、ほぼ完全に達成したと言ってもいいと思います。

その裏に込めた目標を片づけたのが去年の前半でした。

有り体に言えば、それは全て【終わったこと】です。

これ以上は多分やることもないし、興味もありません。


代わりの副産物が生まれたのはまた別の話。

これについては、一人の力でどうにかなるものではありません。

推移を見守っていくだけ。



個人的にはとても楽しい一年でした。

進めば進むだけいろいろな物を得ることのできた一年です。


失うだけじゃなくて何かを得たのは、

なにかとても久しぶりです。


もちろんそれは、小説を二つ書いてそれぞれ文藝賞と文学界新人賞に応募した、ということも含んでいます。

両方とも気持ち良いくらいに選外でしたが、

ダメな理由は分かっているので早く次を完成させたいです。



ということで、今年の目標。

「捨てるべきものは捨てる。そして振り返らない」

ということにします。


いらないもの、

持つべきではないもの、

手に余るもの、

すでに無くなったものの残滓。


私はいろいろと溜め込みすぎているようです。

もっと掃除上手になる必要があります。

そうしないと重すぎて動けない。



しかしもちろん、

私が立っていられるのは周りの人たちの力添えがあるからだということも知っています。


今年も一年よろしくお願い致します。

頑張りましょう。


私にとってはこの一年が多分ハイライトです。

走り抜けましょう。




ムーンパレス - the castanets

http://www.youtube.com/watch?v=pQ0DtpJR6uQ

願い事ばかりで人生を無駄にしてはいけないよ。
って、ダイアナウィンジョーンズが言ってた気がします。
そんな話。


(私を個人的に知っている人には、ツッコミどころが多々あるとは思いますけれど。)
(これはフィクションなので気にしないでください)


今年のクリスマスにあったことのうちの一部。


ディケンズの「クリスマス・キャロル」を読みました。
青空文庫にあった、1904年出版のやつです。

救いようがないくらいにひどい日本語訳だとか、
一人目の精霊の時点でスクルージが改心してるから、三人目の精霊のインパクトが弱すぎるとか。
なんか人物造形がぺらぺらで、透かせば向こうが見えるんじゃないかとか。
いろいろ突っこみどころはあるものの、ラスト2段落の文章はさすがだと思いました。
即ち、「善いものを笑うような輩は盲目だ」ということ。なんという自信。
やはり、作品そのものから自信が見えることが芸術の絶対条件です。


クリスマスの精霊。
それを見るチャンスがあるのだとすれば、多分今年が最後。


クリスマスの始まりの日に、
最近仲良くなったカフェの店員さんと、デートの真似事のようなことをしました。
女の人とお酒を飲みながら二人で話すのは初めてでした。
ケーキを食べながら話すことしかしてこなかったから。

そこで10年ぶりに、人生で2本目の煙草を吸いました。
10年前に吸った煙草は強すぎて、味も何も分かりませんでしたが、
今回の煙草には、棘のように刺す痛みも、匂いも、
ネガティブな要素は何も感じませんでした。
ただ、意識の奥をこつこつと叩く感覚があっただけ。
酸素を求めた覚醒が、くらくらと酔ったように滲んでいきました。

煙草なんて、あまり吸うべきではありません。
特別なものは檻の奥に閉じ込めておくからこそ特別なのです。
それを日常の中に引きずり出した時、
世界はまた別のものへ変質してしまうでしょう。
それは多くの場合、あまり歓迎できるものではありません。


クリスマスなのにイルミネーションも何も見れませんでしたが、
ひと巡りの幻燈のような、ふわふわとした幻のような時間でした。
まるで高校生の頃の夢を、気まぐれに突然見せられるような。

多分それは過去の精霊で、
帽子をかぶせればすぐに消えてしまうランプの灯り。

けれど、もう別に現在も未来も見なくていいから。(これで最後でも良いから)
帽子なんて被せずに、その幻をもう少し眺めていたいのです。



Dreams come true - WINTER SONG
http://www.youtube.com/watch?v=e9w1_61Ch5A