3連休で、大学のサークル関係の飲み会に久しぶりに出ました。
会社やら何やら、普段属している集団とは進むベクトルが全く違っていて衝撃を受けました。
大学にいたころは当然のものと見過ごしてきた環境が、
今では別の世界の話のようで、実感を持って見ることさえできなくなっています。

変わらないようにと気をつけていても、
遠く離れた世界で生きるには環境への適応をしなければならないようです。
人はそれを進化と呼びますが、それが正しいことなのかは分かりません。


飲み会自体の感想としては、
考えていることを素直に言えるのは良いなと思いました。
よくよく思い返してみれば、考えていることを100%の真芯で他人に伝えたことって今までない気がします。
『伝えることがなくなったとき、文明は終わる』という言葉は実に正しく、
考えていることを伝えずにいる間に自分でも何を考えているのか分からなくなり、
そのうちにソリッドな思考を持つことすらできない空洞みたいな概念の容器になってしまうのです。

もうひとつ。
小説家になる、ということを言っていた人がいました。
もちろんそれは本気なのだと思います。
が、同時に思ったのは、そういう表明をするくらいの強度がない人には小説は書けないのだろう、ということです。負担は想像以上に大きいし。


では、ここで自分は何と言うべきなのか?

残念ながら、そこまでのことを言う覚悟も強度もないのです。
ただ一つだけ言えるのは、とにかく一回でもいいからどこかの新人賞に応募をする、ということ。多分文学界か群像かだと思うけど。
それぐらいはしないと勿体無いと思うのです。

考えるのはそれからでもいいや。


perfume of love - globe
http://www.youtube.com/watch?v=HoV3sF1xhmo


ものをつくると一言で言うにしても、
開発がするべきことはcreateであり、
生産技術がするべきことはimagineです。
では製造現場がやるべき仕事は何かというと、もちろんそれはproductです。
produceというよりもproductです。

工業製品を作る現場の理想形は「職人が一人もいないこと」だと私は思います。
何故か日本人は職人の存在を必要以上に有難がりますが、職人がいる製造現場というものは、物作りの場所としては二流なのです。

職人の存在を前提としている技術は、
・後継者の不足、伝承の不備、その他事故など、ある瞬間に技術が突然途切れてしまう危険性と常に隣り合わせである
・生産性が向上させづらい
・技術の進歩のスピードが著しく低い
といった、現代社会を支える屋台骨となるには大きすぎる問題を孕んでいるのです。

真に切れ味のよい包丁を作れるのは包丁職人しかいないだとか、
ロケットの先端部を作れるのは下町の工場にいる職人だけだとか、そういうことを言う人もいるかもしれない。
でもここで言いたいのはそういうことではなくて。

その良く切れる包丁だとか、極限状況下で耐えられるロケットの部品を、
まったくスキルがない人でも、簡単に、安全に、早く作れるような状況を整えることが生産技術の役目であって、
現時点でそれが叶わずに職人の手腕に任せきりになっているのはただ偏に生産技術の力不足によるものなのです。

現代社会においてはコストパフォーマンスなんていう無粋な要素も考えなければならないか。
ロケットが一家に一台、なんていう世界になれば多分誰かが技術を完成させてくれるのでしょう。

何も、洗濯機みたいにボタン一つ押せば製品が出てくるような状況を言ってるわけじゃない。
「人間にできることが機械にできないはずがない」などというSFオカルトなことを言ってるわけでもない。

その日の温度と湿度が品質に効くならば、機械の操作者が温度計と湿度計を読めばいいじゃないか。
図面にない部分のちょっとの足し引きが重要ならば、条件を振った上で品質統計を取ってクリティカルポイントを探せばいいじゃないか。

難しそうに見えるものづくりでも、要素に分解して単純作業に落とし込んでいけば、けっこう簡単になるものなのです。
それが生産技術のイマジネーションの一つの側面なのです。


そして、その目的を達成するためには、
まずは生産技術が職人にならなければいけないというのもひとつの真実なのです。

だから私はCVDしかできません。

最近は新製品の選別作業ばかりをやっていて自分のやるべきことを見失いつつあります。(そもそもこんなことを書いていいのかは分かりませんが)
なので、それを見つめ直す意味でも、しばらくは自分の仕事に関することを少しずつ書いていこうと思います。

工具関係の生産技術をやっています。(世に送り出した製品で一番新しいものは「MC6025」です)
担当している工程はCVD行程です。

CVDに関する説明は長くなるので後に回しますが、

生産技術の仕事というのは、エッセンスとしては

開発たちが見た夢を現実世界に引きずり出して、
それをこの世界に固定して、
いつ、どこの誰でも寸分たがわず同じかたちが見られるように記録して配布する

ということだと思います。
そのために色々とめんどくさい付随作業がありますが、それは主業務ではありません。

これを達成するために一番重要なのは距離感です。
これを間違えると大抵ろくなことにならないのです。

私が好きな言葉の一つに「距離空間の公理」がありますが、これはやはり世界を記述する公理として正しい上に美しいものです。


【距離空間の定義】
・すべての距離は0以上の大きさを持つ。
・xとyが同じ点であるならば、xy間の距離が0。
・xy間の距離が0ならば、xとyは同じ点。
・xとyの距離は、yとxの距離と等しい。
・三角不等式が成立。(「xy間の距離」+「yz間の距離」は、「xz間の距離」よりも大きい。または同じ)


距離という概念をここまで美しく表現できる言葉を私は他に知りません。
少なくとも、これさえ肝に銘じておけば、距離感を致命的に間違えることはないと信じています。

これが大事なことの一つです。