単行本11巻の表紙に登場した吹雪

予定では恐らく次回に(ネタバレ厳禁)となるのを考えると余りにも切ない。この小手指ヶ原の戦いが事実上の時行くんとの最高の絆が完成したことで、次巻への展開がウワァァ…となってしまいます。それだけ吹雪の存在は逃若党に大きかった。智略においても戦闘能力においても他のメンバーと比較して突出した才幹の持ち主。これまで時行くんら逃若党がこれまで小笠原貞宗、麻呂国司、そして廂番衆という強大なる敵と戦い、勝利を収めてきた原動力。そして何よりも

時行くんが初めて自分の意志で郎党としたかけがえのない存在

雫ちゃんや弧次郎、亜也子ら、そして風間玄蕃はいずれも頼重さんが見出し、時行くんに付けた郎党ですが、吹雪は彼自身が見出した人材。それだけに彼がいない逃若党は大きな苦戦が予想されます。今回もまさに吹雪の狙い通りの展開。そして二人の絆が最高に高まった場面です。

全てはこの後の悲劇への伏線です。

 

〇今川範満の悔恨

これまで今川の暴走への計略として時行くんのメンバーに授けた吹雪ですが、これまでは自らは動いていませんでしたが、やはり最後は自らが動準備をしていました。暴走状態の今川はそのスピードで捕捉するのは難しいが、我が君である時行くんを狙う動きに出た時、必ず動きが止まる。最後のその時を待っていたわけです。時行くんを追い詰めたその瞬間に一撃を加え、更に亜也子との連係プレーで時行くんを救出。更には実はその一撃は今川にとって致命的な一撃となっていました。今川は人馬一体となっていた重要な結節点である足と鞍を結ぶ紐を断ち切っており、隙が生じていたのでした。

吹雪「過去の傷を代償に得たこの技を現在の主君に捧ぐ」



二刀流によるこのかっこいいポージング。松井センセイのバトルに賭けるセンスは素晴らしい。遂に致命傷を受けた今川、そして遂に今川の乗馬も遂に命尽くと共に出した言葉は…

今川「…ああ瑪瑙よ、お前に…会いたい一心で百頭の馬を殺してしまった」


亡き愛馬である瑪瑙を追い求める余りに百頭の馬を殺した真実にようやく知覚した今川範満の涙。そう、本当は使い捨ての駄馬などいない。本来は次なる「原石」を求め、瑪瑙と代わりとなる愛馬を見出すべきだったのです。腹黒い弟の直義が心理カウンセラーならその方向で今川の再生を目指すべきだったのでしょう。しかし、直義は冷徹な為政者。彼が求めていたのは足利の為に役に立つ才幹を持つ人間の才能を発揮させるためであり、その為にはどんな手段を辞さない。彼にとってはあのまま今川が回復できる見通しが無い以上は瑪瑙を追い求める今川を即時復帰させるためならああするしかなかったのでした。それが如何に今川を苦しめることになってしまったとしても…

 涙を流す今川を見て、それまで単なる敵として見ていなかった時行くんも初めて彼の苦悩の一端を知ります。しかし吹雪からは叱咤の声。今は総大将としてこの今川との競馬勝負への勝ちを全軍にアピールするために。


かくして小手指ヶ原ダービー勝負は時行くんの勝利に終わりました。

(※ただしこの後、単行本では大笑いの事情が発生してしまいます。これが本当の競馬なら完全に大穴馬券確定ww)

それまで北条軍を恐慌状態に陥れていた今川の打倒で起きた歓声。それは何よりも広大な戦場に散らばる将兵にとっては最高の情報伝達手段です。味方にとっては何よりの士気向上、敵にとっては士気低下となります。

 

〇上杉・長尾との因縁は末永く

長尾景忠と対峙していた保科弥三郎と弧次郎にも伝わります。

うん、確かに風向きが変わったのは確かだ(笑)

先ほど弥三郎から腹部に大きな斬撃を受けた長尾でしたが、まだ戦いを継続するようです。咄嗟に後ろに跳ぶことで致命傷を避けた長尾の侮れない力を悟った弧次郎。弥三郎の言うように長尾は確かに尋常な敵手ではなかったようです。ここで長尾の現在の「飼い主」である上杉はここで失うのは惜しいとして遂に強制終了させます。一応ちゃんと前屈みに倒れてしまうと内臓が零れてしまうということで、後ろ倒しにして搬送してあげる上杉にしては最大限に温情ある措置です。じっくり改造するということで、どうやらお眼鏡にかなったようで、


かくして上杉&長尾の主従誕生。

この両家は幾重にも深い関係となり、室町そして戦国時代の東国史に大きな影響を当たることになります。その出発点はまさにこの時の長尾景忠が上杉憲顕に仕官したことから始まったのでした。去り行く長尾に名乗りを上げて、次なる対決に向けてこの2人の因縁の誕生。弧次郎も長尾も互いに相手を対等の好敵手して認めた証であります。


まだ本編では明らかではないのですがが、実は時行くん&逃若党と上杉憲顕&長尾景忠はその後、単なる敵味方の関係では済まされない複雑な関係となります。

今川の敗北を感じ取った上杉は冷静に退却の準備。それを咎め、仲間の仇討ちに固執する斯波孫二郎との対比がこの後の肝です。大軍にも関わらず、あっさりと逆転してしまった結果に上杉は冷静に現在の関東における足利の状況を洞察してみせます。

上杉憲顕「足利党以外の大半の武士達は…後醍醐の帝の恩恵も無く、朝廷方として戦うことに疑問を持っている」

既に明かされている通り、後醍醐帝の建武の新政は受益層とそれ以外武士達との「格差」が凄まじいものでした。現在の足利の苦戦も元はと言えば、建武政権に対する不満が遂に溜まりに溜まったものであり、既に建武政権の為に戦うことに疑問を持っている。そしてその不満が今や鎌倉幕府再興を掲げる北条の下に団結して戦っている状況が今や苦戦の元凶となっているのでした。

皮肉なことに建武政権最大の受益者である足利がこの後、建武政権へ不満を持つ武士層たちの受け皿となるのは後の話。

上杉憲顕「数を恃みに押し潰せればよかったが、こうなっては逆転の目はありません。今川殿に申し訳ない」

キチンと現実を分析し、そのうえでもはや勝利の目が無くなったと判断したら冷静に退却を決断できる上杉憲顕。この冷静さと目の前の勝負に固執しない現実性こそが他の廂番衆と上杉との決定的差。そして彼が数少ない長命であり続けた理由であります。

他の廂番衆が目の前の勝負に固執し、退くことができなかったがためにいずれも若い命を散らしたのに対して、彼は時行くんと同じく逃げ上手で生き延び続けたがために歴史にも大きな影響を残したのでした。。勿論単なる冷血漢ということではなく、僚友の死をきちんと悼む人間性を持ち合わせている。でもだからこそ勝ちの目がなくなった以上はここで戦いに固執しても無駄死にするだけ。その意味では時行くんらとの因縁も誕生するのは当然というわけです。

 

〇生かされる孫二郎と去り行く今川

なおも仇である時行くんを倒すことに固執する孫二郎。個人的感情で動いては戦いに勝てんぞ。この辺はこの後の伏線でもあるのですね。優秀なる才幹を持ちながら、時行くんに対する憎悪が彼を曇らせている。しかしそれを見越したかのように吉良満義が孫二郎を強制的に連れ去ります。腹黒い弟からこうなることを見越して、命を受けていたのでした。鎌倉に帰還してまた雑草を食べることに大張り切りな吉良。そういえば、コイツ鎌倉にいるときが一番草を食っていましたね。

 一方致命傷を受けた今川を救出するべく敵軍の中を突撃する今川家臣たち。もはや命尽きる寸前の主君を救うために奔走する家臣たち、皆彼を慕われる存在だったのです。それを見て、改めて自らが馬も人も狂わせてしまったことを悔いる今川。瑪瑙の死を受け入れられず、狂気に囚われたこと。愛が深いが故に悲しい展開です。そして

今川範満「いきてわがくびをもってかえり、うまのえさにしろ」

(もう二度と会えないな、瑪瑙。お前は極楽。俺は地獄だ)

余りにも哀しい物語です。そう本作はキチンとこうして敵方サイドのキャラであってもちゃんとその物語をしっかり描けている。「病でありながら」「人馬一体となって戦った」という僅かな史実の情報から「馬への強烈な愛」「そしてそれが故に狂気に走ってしまった」哀しき武士の物語を作り上げたの松井センセイは本当に素晴らしいですよね。

 

〇時行くんと吹雪

一方の本営にいる頼重さんはゼーハーゼーハーと今にも寿命が縮むくらいのドキドキもの。何しろ神力が使えないのだから本当は心配で心配で仕方ない。それでも危険な今回の作戦を許したのは頼重さんも吹雪が出した策であるからこそ。それだけ吹雪の存在は時行くんにも頼重さんにも大きな存在となっていたのです。見事に「味方の士気を百倍に上げろ」無茶ぶりな時行くんの願いを叶えた吹雪。そんな吹雪に後一人士気を上げたい人間がいると告げる時行くん。


もうこれ告白でいいよね(笑)

何か絵面的にも納得できてしまう。初めての出会いの時からその戦いや優しい心、全てに惚れこみ何としてでも自らの郎党としたかったと正真正銘の本音を打ち明ける時行くん。

時行くん「君への信頼はこれからずっと変わらない。君は初めて自分で見出した郎党だから」

改めて時行くんと吹雪の関係が深まった今回。それだけに次巻の展開が余りにも辛い…