イエローカイト
オレが売店の前にいると、
「お疲れさまで~す。」
という声が聞こえた。
バナナボートのパイロットの若いにぃちゃんが、2人のにぃちゃんを連れて歩いて来るのが見えた。
1人は金髪、もう1人は茶髪だ。
その中の1人に、なんとなく見覚えがあった。
オレは金髪のにぃちゃんに、
「前に会った事あるよなぁ。」
と聞いた。
金髪のにぃちゃんは、
「お久しぶりです。」
と言った。
オレは、
「もしかして、前にウィンドサーフィンやってなかったか?バナナボート乗り場の向こう側で。」
ウィンドサーフィンは、遊泳区域の中に入ることはできない。
遊泳区域内にると、海水浴客が怪我をする可能性があるからだ。
なので、ウィンドサーフィンは、遊泳区域外にあるバナナボート乗り場の、更に外側から海に出て行く。
「そうッス。お久しぶりッス。」
気づいてもらえたからなのか、今度はラフな口調で応えた。
やっぱりそうだ。あまり話したことはないが、バナナボート乗り場で何度か顔を合わせた事がある。
「あの頃は、金髪じゃなかっただろ。」
「ウィンドの頃はまだ黒かったスから。今はカイトなんで。ちょっと金髪に変えてみたんスよ。」
カイトとは、カイトサーフィンの事だ。
「なんでカイトで金髪なんだ?」
「オレのカイトが黄色なんで。でも、黄色い髪ってヘンじゃないスかぁ。だから金髪にしたんスよ。」
海岸線を車で走っていると、シーズンオフの砂浜で、カイトの練習をしているのをよく見かけた。
だが、その中に金髪のにぃちゃんがいたか、イエローカイトがあったかも覚えていない。
「黄色のカイト?この前、台風のうねりで午後から遊泳禁止になった日があっただろ。あの時、沖の岩場の波でジャンプしてるイエローカイトがいたけど、もしかして、あれお前か?」
「そうッス。」
台風が、南の海上を通過した日があった。
このビーチには、遊泳区域から外れた所に岩場がある。
夏になると、そこで磯遊びをしている海水浴客もいる。
その岩場から50m程の沖合いに、島のように磯が頭を出している。
その磯から波打ち際の岩場まで、岩礁が続いており、この辺りだけ他の場所より、水深が浅い。
そのため、台風や低気圧のうねりが入って来ると、沖の磯から岩礁の辺りは、大きく波が立ち上がる。
この日の海もそんな状態で、風も強く、波も大きく立ち上がり始めていた。
オレは、そろそろ遊泳禁止になるだろうと思いながら、波打ち際で海を眺めていた。
その時、1人のカイトサーファーが沖を疾走しているのが見えた。
鮮やかな黄色のカイトを、右に左に切り返しながら、沖の磯に向かっている。
磯の周りは波が荒れ狂っている。
そのイエローカイトは、立ち上がる波に向かって、正面から突っ込んで行った。
カイトを操っているサーファーは、ボードで波の壁を登り、その波が崩れる瞬間、大きくジャンプした。
空中に飛び出したサーファーは、カイトを操りながら空中を飛び、海面に着水した。
2本目も見事にジャンプ、着水も成功した。
3本目、タイミングが微妙にズレ、ジャンプした瞬間バランスを崩し、尻もちをつくような着水だったが、何とか立て直し、沖に向かって疾走して行った。
「あの時、波打ち際にオレンジのTシャツがずっと見えてたんスけど。」
「あぁ。それオレだよ。」
そのイエローカイトを見ながら、コイツ
上手いなと思っていた。
「やっぱりなぁ。なんかヘンなプレッシャー感じてたんスよねぇ。」
「やっぱりって、それがオレだなんてわかるわけねぇだろう。ただ見てただけだぞ。」
「海の上からは全部見えてるんスよ。この海の家の前で、波打ち際に立ってじっとこっちを見てる人なんて、1人しかいないじゃないスかぁ。」
「沖からじゃ顔なんかわからねぇだろ。」
「わかりますよ。雰囲気で。」
「雰囲気だけで、プレッシャーって言われてもなぁ。」
「海水浴客なら、いくら見られても別に何とも思わないスけど、○○さんに見られてると、なんか審査されてるみたいで。」
「なんでだよ。オレはウィンドもカイトもできねぇんだぞ。」
「だけど、○○さん、風とか波を読むじゃないですかぁ。□□さんと、そろそろ風が変わりそうだなとか、うねりが出てきたからヤバいかなとか。」
「勘だよ勘。ウィンドやってたんだからわかるだろう。セイルの感覚とか、ボードの感覚とかで。ウィンド仲間でもそういう話するだろ?」
「まぁ、言われてみれば、確かに。」
「それと同じだよ。仲間同士の世間話みてぇなものだから。」
「そういう事ッスか。」
「そうだよ。だから何も気にしねぇでガンガン行けばいいんだよ。」
「それを聞いて、気が楽になったッス。」
金髪にいさんは、納得したようだ。
「だろ?だから、オレが見てても気にするな。コケたら大笑いするけど。」
「それが、プレッシャーなんスよ!」
と言った。
その数日後、低気圧の影響で海が荒れた日、
沖を疾走しているイエローカイトがいた。
オレは、それを波打ち際で見ていた。
イエローカイトは沖の岩場に向かい、オレの見ている前で、岩場の立ち上がる波に向かって、何本も見事なジャンプを決めた。
あの夏の日から、この夏へ③
彼女が帰った数日後、□□さんが、売店に顔を出した。
「よう、アイツが世話になったな。」
「□□さん、ひでぇよ。2日間大変だったんだからな。」
「そうか?アイツは楽しかったって言ってたぞ。お前も楽しかったんじゃねぇのか?」
「まぁ、楽しかったけど、振り回されっぱなしだったよ。何度ハグされたことか。」
「よかったじゃねぇか。」
「よくねぇよ。なんで、オレだったんだよ。」
□□さんは、他の海の家にも顔を出す。
他所のバイトの事もよく知ってるはずだ。
彼女と同年代のバイトも多い。
なのに、なぜ距離が離れているオレの所だったのか。
「なんだ、アイツから聞かなかったのか?」
「何を?」
「アイツ、前にお前に会った事があるって言ってたぞ。」
「えっ!?そんな事、一言も言ってなかったぞ。」
毎年、夏はここにいるので、大勢のお客さんと接している。
リピーターで来るお客さんもいる。
特に売店は一番お客さんと接する機会が多い。
海の家を利用しているお客さんはもちろんだが、ビーチにいる海水浴客も普通に売店を利用する。
そこでは、お客さんともよく雑談をする。
オレは、思い出そうとしたが、全く思い当たる事がなかった。
「それいつ頃の話だ?全然思い出せねぇんだけど。」
「5~6年前だって言ってたから、アイツが高校に入った頃じゃねぇかなぁ。なんかお前に良くしてもらったんだってよ。」
5~6年前に高校に入ったってことは、この時は20歳前後か。
「良くしてもらったって言われてもなぁ。そんなのいちいち覚えてねぇよ。」
売店では、お客さんと仲良くなるのは、ごく普通の事だ。
数え上げたら切りがない。
困っているお客さんがいれば助けるし、頼まれれば協力もする。
良くしてもらったと言われても、まったく思い当たらない。
「あのねえさんは、オレと仲良くなりたいからって言ってたけど、理由を聞いてもナイショとしか言わねぇんだよ。」
「お前、売店がヒマになると、よくバイト連中と遊んでるだろ。」
「まぁ、たまにはな。」
「何年か前に、バイトのコが砂浜でケガかなんかして、お前が抱き上げて海の家に連れてったことがあったんだって?」
「あぁ、そんな事もあったな。」
それは、よく覚えていた。
お客さんがビーチに出て、海の家で空き時間ができると、ヒマになったバイトの女の子達が、よく売店に遊びに来る。
その時、その中の1人が、お客さんの置いていった水鉄砲でふざけ始めた。
海の家には、忘れ物だったり、もういらないから、と置いていくお客さんもいる。
やがて、バイト同士で撃ち合いになり、砂浜を走り回っている時に、相手のコが砂でバランスを崩し、足をひねった。
売店から見ていたオレは、痛がっているそのコを抱き上げて海の家まで戻った。
海の家に戻ると、そのコは、もう大丈夫と言って、水鉄砲でオレを撃ち、走って逃げた。
オレをからかったのだ。
オレは、売店にあった水鉄砲を持って追いかけ、撃ち合いになった。そこに最初に撃ち合ってたコも参戦してきた。バイトのコ達はキャーキャー言いながら打ち合い、最後は3人共ずぶ濡れになった。
「多分、それだろう。その時、アイツこの海の家で休憩していて、それを見ていたらしいんだよ。」
「それで?」
「そのあと、アイツがびしょ濡れのお前からイチゴのかき氷を買ったんだけど、アイツの不注意で砂の上に落としたんだってさ。そしたら、お前がもう1個かき氷を作ってくれて、そのかき氷代を払おうとしたら、代金はさっきもらってるからいいよって言ってくれたんだってよ。」
そういう事はよくあるので、オレからすれば大した事ではない。
「別に大した事じゃねぇよ。□□さんだったらわかるだろ?」
「でも、アイツには嬉しかったんだってよ。それと、お前と遊んでる時のバイトのコ達がすごく楽しそうだったって、羨ましがってたよ。」
オレはいつもバイトに、仕事をしっかりやったら、あとは楽しめばいいと言っている。
その時は、ずぶ濡れになった姿がおかしくて、3人で大笑いしたのを覚えている。
ただ、その後に来たお客さんの事は、全く覚えていない。
「で、久しぶりにここに来たら、お前がいて、オレと親しそうに話してるからビックリしてたよ。なんでお前の事を知ってるんだって詰め寄られたよ。」
「今のバイトが3年目だから、その前の代のバイトの話だぞ。そんな前に一回会っただけなのに、よくオレの顔を覚えてたな。」
「前に来た時、友達の携帯で撮った写真の中に、売店にいたお前が偶然写り込んる写真があったんだってよ。」
「そういう事か。やっとわかったよ。」
久しぶりにこの海に来て、海の家の前で□□さんと話しているオレがいた。
普通、5~6年も前に一度会っただけの顔など、覚えている訳がない。
でも、その写真があったからオレの事を覚えていたのだ。
そして、□□さんにその時の話をした。
「それでアイツが、お前と仲良くなりたいって言うから、ヒマだったらお前のところに行けって言ったんだよ。相手してくれるからってな。お前だったら追っ払ったりしねぇだろ?」
「□□さんが、けしかけたのかよ。」
「オレは、ちょっと背中を押しただけだよ。」
彼女が売店のお客さんならば、普通に順番待ちをすればいい。
だが、彼女は売店を覗き込みながら、ウロウロしていた。
多分、オレを探していたのだろう。
その時オレは、休憩中で、売店ではなく砂浜でサマーベッドに寝転んでいた。
そこで、彼女に気づいたオレが、声をかけたのだ。
「オレが、□□さんから頼まれたら断らねぇってわかってたんだろ。」
「どうせヒマだろ?」
□□さんは笑っている。
いつものセリフだ。
「ヒマじゃねぇよ。声をかけてきた▲▲▲のバイトでよかったんじゃねぇのか?」
「ありゃダメだ。いきなり上から目線で話しかけてきて、嫌がるアイツを強引に連れて行こうとしやがった。」
「それで、□□さんが怒ったのか。パイロットのにいちゃんから聞いたよ。」
「いや、その前にアイツが怒ったんだよ。それでもヤメねぇから、オレが追っ払ったんだよ。お前の所に行きたかったんだろうな。前の日の事を嬉しそうに話してたから。」
そのあとに、パイロットのにぃちゃんが相手をしていたが、手に負えなくてオレの所に連れて来たのだ。
□□さんも、初めからそのつもりだったのだろう。
「お前だって、あの手この手でナンパ男を追っ払ったんだろ?アイツ結構ナンパされるの楽しんでたみてぇだぞ。」
「あぁ、追っ払うのにノリノリでオレに絡んで来たよ。それにしても、なんであのねえさんの周りには、ヘンなにいちゃんばっかり集まって来るんだよ。」
「結構モテるだろ?うちの姪っ子は。」
「姪っ子 !? ただの知り合いじゃなかったのかよ。」
「姪っ子だなんて言ったら、いくらお前でも気を使うだろ。」
「多分な。」
「それじゃアイツも楽しくねぇだろう。いつも通りのお前と遊びたかったんだからよ。あの時のバイトのコ達みてぇにな。」
「姪っ子なら、なんで□□さんって呼んでたんだ?普通は叔父さんだろ?」
「叔父さんって呼ばれるのがイヤだから、小せぇ頃から名前で呼ばせてたんだよ。」
「オジサンなんだから、叔父さんでいいじゃねぇか。ナニ変な見栄張ってんだよ。」
「そんなのオレの勝手だろ。それよりアイツに土産までやったんだってな。」
「土産?」
「帰る前にオレの所に来たんだよ。きったねぇTシャツ着て。」
「あれを着て□□さんの所に行ったのかよ。」
あの日、オレと別れた時も、彼女はあのTシャツを着ていた。
そして、そのまま□□さんの所へ行ったらしい。
「それで、そんなくたびれたTシャツ捨てちまえよって言ったら、えらい勢いで怒られたよ。あの写真の中のお前が着てたTシャツなんだってよ。」
5~6年前なら、あのTシャツはもう海で着ていた。
ただ、写真の中では、今よりはもう少し鮮やかなオレンジ色だったかもしれない。
「そういう事か。あの日、□□さんがあのねえさんをバナナボートに連れてく時、オレの顔をじっと見てたんだよ。」
「そりゃそうだろう。写真の中のお前が目の前にいたんだからな。」
「それで、オレといる時あんなにはしゃいでたのか。おかげでこっちは大変だったけどな。」
「こっちだって散々聞かされたよ。あれした、これした、あんな事された、こんな事されたってな。想像以上に楽しかったみてぇだったぞ。とにかくご機嫌だったよ。あのじゃじゃ馬が、オレに感謝したぐれぇだからな。だから、先にお礼しておいただろ?」
「お礼ってあの五千円か?半分はビールだったじゃねぇか。自分が飲みたかっただけだろ。」
「いいじゃねぇか。売上が増えたんだからよ。」
「まあ、いいけど。今回だけにしてくれよな。」
「わかってるよ。アイツには最高にいい夏になったし、オレは叔父さんとしての株が上がったからな。」
「結局、オレは疲れただけか。」
「まぁ、いいじゃねぇか。もうお前に押し付けるような事はしねぇから。」
「頼むよ。」
「あぁ。もし、いつかアイツがここに来る事があっても、オレなんかほっといて、真っ先にお前の所へ行くだろうからな。」
「マジかよ。」
「どうせヒマだろ?」
もっと愚痴りたい気分だったが、いつものセリフで片付けられた。
だが、
今、思い出して見ると、
彼女が、そんな前の事を覚えていてくれたのは嬉しかった。
オレにとっても、初めての経験だ。
オレの頭の中にあった「?」も解消された。
そう思うと、彼女がいた2日間は楽しい時間だった。
あの夏は、オレにとってもいい夏だったのかもしれない。
あの夏の日から、この夏へ②
朝、いつものように海の家へ行き、売店から砂浜に出ると、
「おにいさ~ん!」
と、呼ぶ声が聞こえた。
聞き覚えのあるその声は、昨日の彼女だ。
声のした方を見ると、
「おはよ~!」
と、彼女が両手を広げた。
オレが歩いて行くと、彼女は駆け寄って来て、体当たりするようにハグしてきた。
オレが受け止めると、
「昨日は、ありがとう。」
と言った。
何事かと、まわりのお客さんがこっちを見ている。
彼女は体を離しながら、
「あれ?今日は嫌がらないの?」
「取り敢えず朝の挨拶って事で、いいよ。」
彼女は、笑顔になって一歩近付こうした。
「ストップ!そこまで。あまり調子に乗るなよ。」
「ちぇっ。」
「そんな事より、なんでねえさんがいるんだよ。昨日帰ったんじゃなかったのか?」
「うぅん。2泊で来てるから。ナニ?あたしがいたらイヤないの?」
「え!?そんな事ねぇけど。」
「昨日、言ったでしょ。約束はあたしが帰るまでだって。別れる時にもまたねって言ったし。」
そういえば、彼女達がいる場所は、隣の海の家の前だ。
この海の家は、近くのホテルが経営しており、そのホテルの宿泊客は海の家の割引券を使うことができる。
なので、夏の利用客は特に多い。
彼女達もそのホテルに泊まったのだろう。
だが、2泊しているとは思わなかった。
「それで?今日もバナナボート乗ってくるのか?」
「後で乗ってくるよ。」
「□□さんも大変だな。じゃあ、ゆっくり楽しんでこいよ。」
「えっ?ナニ?聞こえない。」
と、耳を近づけてきた。
コイツまたやる気だなと思い、彼女の肩を押さえながら、
「ゆっくり楽しんでこいよ。」
と言った。
彼女は、なんとかハグしようと、両手を伸ばしてジタバタしている。
「ねえさん、わざとやってるだろう。」
「楽しいね。」
と、彼女は笑っている。
「じゃぁな。」
と、そのままオレは、レンタル小屋に行き、パラソルとサマーベッドのレンタル状況をチェックして売店に戻った。
売店でお客さんの対応をしていると、前の砂浜を彼女が通り、
「ちょっと、バナナボート乗ってくるね。」
と、手を振りながら、歩いて行った。
オレも、手を上げて見送った。
この日も、お盆休み。
オレが来る前から、海の家にはかなりのお客さんが入っていた。
今も、お客さんがどんどん入ってきている。
しばらくはのんびりしていた売店も、徐々に混み始めてきた。
応援には、バイトリーダーの●●と昨日のバイトが入っている。
これなら大丈夫だろう。
かなりの時間、オレとバイト達は、後を絶たないお客さんの対応をしていた。
オレは、相変わらずかき氷を中心に動き回っている。
その忙しい最中に、バナナボートのパイロットの若いにぃちゃんが、混み合っているお客さんの後ろから、
「○○さん、ちょっといいっスか?」
と声をかけてきた。
□□さんと一緒に来ることはあるが、一人で来るのは珍しい。
オレは、
「にぃちゃん、なんか用か?こっちに来いよ。」
と、呼んだ。
にぃちゃんは、売店に入って来ると、
「○○さん、あのコお願いします。」
と言って、砂浜を見た。
「えっ!?」
売店から砂浜を見ると、あの彼女がいた。
ひとりで待っている彼女に、早速、2人の男が声をかけている。
「□□さんが、○○さんの所へ連れて行けって。」
「□□さんが?あのオッサン、またオレに押し付けるつもりか。」
「最初はオレが相手してたんスけど、あのコのノリにはついていけないっスよぉ。」
「オマエなら大丈夫だろう?」
「いやぁ、無理っスよぉ。バナナボートもやらなきゃいけないし。そしたら、□□さんが、ここに連れて行けって。お願いしますっ!」
と、両手を合わせて頼んできた。
「なんでオレなんだよ。他の海の家にもいただろう?ヒマなバイトが。あのねえさんの相手だったら、みんな喜んで引き受けるだろう。」
バナナボートの乗り場は、遊泳区域の外にある。海水浴客の安全のためだ。
そこから、この海の家までの間には、何軒もの海の家がある。
「いや、それが、あのコがバナナボートの順番待ちをしている時、▲▲▲のバイトが、□□さんが見ている前で、あのコにちょっかい出してきたんスよ。そしたら□□さんが怒って追っ払ったんスよ。」
▲▲▲という海の家の名前を出した。
オレも何度か見たことがあるが、▲▲▲のバイトの中に、仕事にかこつけてナンパばかりしてるヤツがいる。
そいつが彼女に声をかけて来たらしい。
「あのコ、本当は□□さんの知り合いなんスよぉ。それで、あのコが昨日○○さんがナンパ男を追っ払ったって話をしていて。そしたら、他所のバイトは信用できないって言うか、任せられないって言うか。それに、あのコも○○さんの所に行くって乗り気で。そういう訳で・・・」
「それでオレか。しょうがねぇなぁ。」
とはいっても、昨日約束してしまっている。
それに、□□さんからの頼みだ。
引き受けるしかない。
「で、お詫びって訳じゃないスけど、これで売上に貢献して来いって。だから、スタッフの飲み物を。」
と言って、ポケットから五千円札を一枚出した。
「□□さんが、あのコの子守り代だからって。」
「あのねえさんの子守りは大変なんだぞ。」
「だから、これで。」
「だったら、そこに料金表があるから、適当に選んで袋に入れてくれ。」
その五千円でにぃちゃんは、缶ビール、缶チューハイ、ジュースを買えるだけ買った。
バナナボート乗り場には、女性スタッフや他のパイロットもいる。
それでも、十分すぎる数だ。
オレは、その袋の中を覗き込んで、
「やけにビールが多いなぁ。これって、あのコの子守り代がどうとかじゃなくて、ただ□□さんが、飲みてぇだけだろう。」
□□さんには、よくお客さんを紹介してもらっている。
海の家を探しているお客さんがいると、ウチを優先的に紹介してくれることも多いので、むやみに断る訳にもいかない。
「□□さんに言っておいてくれよ。引き受けるけど、程ほどにってな。」
「了解っス。じゃ、頼んます。」
と言って、帰って行った。
砂浜では、まだ2人がしつこく彼女を誘っていた。
何を話しているかはわからないが、へらへら笑いながら、やたらと彼女の肩や腕に触れている。
その行動に、彼女の表情から明らかに拒否反応を示しているのがわかる。
だが、この日の混雑は昨日以上だ。
これでは、彼女を呼んでも手伝わせるのは無理だろう。
オレ達は、手際よくお客さんを片付けていった。
混雑が落ち着いてきたところで、オレは、●●達に、
「ちょっと出るけど、すぐ戻るから後は頼むぞ。」
オレとパイロットのにいちゃんの会話を聞いていた●●は、
「了解っす。」
と言った。
オレは、売店を出てレンタル小屋へ向かった。
そこで、パラソルとサマーベッドを持って、
彼女の所へ行き、わざと、
「お待たせしました~。」
と声をかけた。
「あ~っ!おにいさ~ん!」
と、駆けて来た。
その後を、男達がついて来た。
オレの事を、お客さんのパラソルとサマーベッドを用意しに来た、ただの海の家のスタッフだと思っているのだろう。
そして、パラソルとサマーベッドのセッティングが終わり、オレが立ち去った後、またナンパの続きをするつもりらしい。
オレは、昨日と同じ場所にサマーベッドを置き、砂浜に片ひざをついてパラソルを立てる準備を始めた。
その背中に、彼女が後ろから乗ってきた。
ちょうど、オレが彼女をおんぶしているような感じだ。
そして、オレの耳元でナンパ男達に聞こえるように甘えた声で、
「ねぇ、おにいさん、昨日の約束忘れてないよね?」
と、彼女はオレの頬に自分の頬をくっつけてきた。
「覚えてるから来たんだよ。」
すると、彼女がオレのTシャツの背中に手を入れて、ゴソゴソと何か始めた。
後ろを見ると、彼女がオレのTシャツで顔を拭いている。
「ねえさん、ナニやってんだよ!オレのTシャツで汗を拭くな!」
「だって暑いんだもん。」
「だから今パラソル立ててるだろ!あぁ~あ、Tシャツがヨレヨレになったじゃねぇか。」
「いいじゃん。元々ヨレヨレなんだから。」
パラソルを立て終わったオレは、
「うるせぇ!」
と言って、彼女を抱き上げた。
「キャッ!」
と、彼女はオレの首に腕を回した。
オレはサマーベッドに彼女を座らせた。
だが、彼女はオレの首に抱きついたまま、腕を離そうとしない。
「まだ、約束は終わってないからね。」
「わかってるよ。だから約束は守るって言っただろ。」
その様子を見ていた2人の男に、
「このねえさんの言ってる通り、今日一日ねえさんに付き合うって約束させられたんだよ。」
彼女も、オレの首に抱きついたまま、
「このおにいさんじゃなきゃダメなの。」
と言って、ナンパ男を追っ払った。
オレは彼女に、
「ねえさんもわかってきたじゃん。」
彼女の行動は、ナンパ男を追っ払うには十分効果があった。
だが、彼女はそのまま腕を離さない。
「上手だったでしょ?おにいさん、昨日より仲良し度アップしたね。」
と言った。
「上手とかじゃなくて、ちょっとやりすぎだろ。」
「これでも、押さえ気味にやったんだけどなぁ。」
「どこがだよ。ノリノリ感がハンパなかったぞ。」
彼女は、全然腕を離そうとしない。
忙しい中、抜け出してきたオレは、
「今、売店メチャクチャ忙しいんだよ。離してくれたら、あとでご褒美やるから。」
ご褒美と聞いた瞬間、パッと腕を離し、
「ホントに?ご褒美?楽しみにしてるね。」
彼女の顔が期待感に溢れている。
解放されたオレは売店に向かった。
振り向くと、彼女がニコニコしながら手を振っている。
早く売店に戻りたかったオレは、勢いでご褒美とは言ったが、何も考えていない。
余計な事を言ったかなぁと思ったが、でも、まぁ何とかなるだろう。
売店に戻ったオレは、しばらくお客さんの対応に追われたが、落ち着いてきたところで●●達に任せ、この日は缶チューハイを持って彼女の所へ行った。
オレは、サマーベッドに近づき、後ろから彼女の肩に缶チューハイをペタッと当てた。
驚いた彼女は、
「ヒィッ!」
とヘンな声を上げて飛び起き、
「あっ!おにいさん!」
と言って、いきなりハグをしてきた。
油断していたオレは、中途半端な体勢で不意打ちを食らい、そのまま彼女の上に倒れ込んでしまった。
それでも、彼女は腕をほどかない。
「もう、ビックリしたじゃん!」
「ねえさん!わかったから!腕を離してくれよ!みんな見てるから!」
オレは、彼女から体を起こして、
「ほら。」
と、缶チューハイを渡した。
「うわぁ、ありがとう。おにいさん、座って。」
と、彼女はサマーベッドから立ち上がった。
サマーベッドに寝転んだオレの横に、彼女はちょこんと膝を抱えるように座り、缶チューハイを飲んでいる。
「おにいさんも飲む?」
と、缶チューハイを差し出した。
受け取ったオレは、一口飲んだ。
「ねぇ、おにいさん。」
「ナニ?」
「どうして今日はチューハイなの?あたしにお酒飲ませて、どうするつもり?」
と聞いた。
「知りたいか?」
「うん、知りたい。」
興味津々という顔をしている。
オレは、わざと辺りを見回し、小声で、
「じゃあ、ちょっとこっち。」
と、手招きした。
彼女も、キョロキョロとまわりを気にしながら、そっと顔を近づけてきた。
オレは、横から耳を近づけて来るものと思っていたが、彼女は何故か、サマーベッドに寝ているオレの上から顔を近づけて来た。
まわりから見れば、彼女がオレにキスをしているように見えるかもしれない。
オレは、わざとそっと彼女の頬をさわってみた。
近づいて来た彼女は、目を閉じた。
彼女の行動は、いつもオレの想像を超えてくる。
その彼女のおでこを、
「バ~カ、ナニ考えてんだ。」
と、ペシッと叩いた。
「イタイな~。だって、昨日おにいさん言ったじゃん。日焼けしているあたしはいい女だから一番好きだって。そうやっておにいさんは、あたしの事を弄ぶんだ。」
彼女の勘違いが更にパワーアップしている。
昨日の会話からいいとこ取りをして、自分の都合のいいように言葉を並び替えていた。
どこまでもポジティブだ。
「ねえさんが、勝手に妄想して勝手に盛り上がってるだけじゃねぇか。」
夏の海で大胆になっているのか、そういう性格なのか、彼女のスキンシップも想像も、とにかく極端だ。
だが、彼女からはイチャつきたいとか、ベタベタしたいという感じではなく、ただ楽しくて仕方がないという感じだ。
オレは、
「ねえさん、今日も置いてきぼり?」
「あの2人は、またナンパされてどこかに行っちゃったみたい。」
彼女の友達も、タイプは違うが、男達から声をかけられそうだ。
「ねえさん、友達と全然遊んでねぇだろう。いいのか?」
「うん。あたしはここの方がいいから。」
「待ってる時、退屈だろう?」
「そんな事ないよ。いつもはみんなでワイワイ遊んでばかりで、こんなにのんびりする事ないもん。海を眺めるなんて久しぶりだよ。風が吹いて来ると気持ちいいし。こういう時間もたまにはいいね。」
「ねえさんにハグされたいナンパ男が、群がって来るかもよ。」
「あたし、そんな簡単にハグなんかしないもん。」
「いきなりオレにハグしただろ。あれみんなに見られてるんだぞ。だから、あの2人組が来たんじゃねぇのか?」
「昨日も言ったじゃん。おにいさんとは仲良くなったからだよ。それに今日は昨日より仲良し度をアップさせたいから。」
「どうして、そんなにオレと仲良くなりたいんだ?」
「それは、ナイショ。」
なぜオレと仲良くなりたいのか、その理由がわからない。
オレの頭の中には相変わらず「?」が残った。
「おにいさん、ご褒美は?まさか忘れてないよね?」
そうだった。ご褒美の事などすっかり忘れていた。
とりあえず、彼女に聞いてみた。
「何がいい?」
「今日も暑いから、海で遊んで頭ゴシゴシがいいなぁ。」
昨日は、海で彼女と水をかけあった。
毎年海にいるオレが、海水浴客みたいに水をかけ合うという、ガラにもない事をやってしまった。
オレは、少し考えて、
「昨日と同じじゃつまんねぇから、ちょっと違う事やろうか。」
「ナニするの?」
「こっち。」
彼女を海の家の横に連れて来た。
オレは、売店の水道にホースを繋ぎ、それを売店の横から外に出した。
ホースの先にはシャワーヘッドがついている。
シャワーヘッドには、手元にレバーが付いていて、握れば放水を止める事もできるし、ホースのように一直線に放水する事もできる。
通常は、ビーチパラソルやサマーベッドを洗う時に使っている。
オレは水道を開け、シャワーヘッドを上に向けて、彼女の上に雨のように降らせた。
彼女は、両手を広げ、上を向いて目を閉じ、雨のように落ちてくるシャワーを全身で浴びている。
「どうだ?ねえさん。」
「気持ちいい~!」
と言いながら、オレの方を見た。
そして、降りそそぐシャワーで顔にかかるセミロングの髪を両手でかきあげながら、もう一度上を向いた。
オレは一度放水を止め、シャワーからホースにして、一直線に彼女の胸に放水した。
彼女は、
「キャッ!」
と言って、胸を押さえた。
それでも、オレは水をかけ続けた。
「ちょっと!待って!ちょっと!」
と、彼女は水から逃れようとしている。
オレは、もう一度シャワーに戻してレバーを握ったが水が出ない。
売店を覗き込むと、水道からホースが外れている。
彼女に、ちょっと持っててとホースを渡し、
オレは売店に戻って、ホースをつけ直した。
売店から戻ると、待っていた彼女がオレにホースを向けている。
そして、一気に放水した。
水を浴びたオレは、彼女を捕まえようと追いかけたが、彼女は逃げる。
彼女の動きは意外と俊敏で、キャッキャ言いながら逃げ回り、オレに水をかけてくる。
何とか捕まえたオレは、後ろから抱きしめるように押さえつけ、彼女の顔にシャワー浴びせた。
彼女はきつく目を閉じ、魚のように口をパクパクさせている。
水の勢いで息ができないようだ。
今度は頭から水をかけた。
捕まえているオレにも、彼女越しに水がかかり、びしょ濡れだ。
オレは水を止め、彼女から腕を離した。
ハアハア言いながら振り向いた彼女の顔に、髪の毛がへばり付いている。
オレは、その髪をかきあげてやった。
彼女は楽しそうに笑っている。
オレは、水圧を弱くして、もう一度彼女の頭からシャワーの水をかけて、ゴシゴシと砂を洗い流してやった。
そして、顔から首、肩、胸、背中、脚へと走り回って体に付いた砂を洗い流した。
その間、彼女は大人しく、気持ちよさそうにしていた。
オレは、彼女に、
「これで、よし!じゃあ、戻ろうか。」
彼女は、
「うん。」
と言って、歩き出した。
まだ肩で息をしている。
「サマーベッドで待っててくれ。」
と彼女を先に行かせ、オレはホースを片付けに売店へ戻った。
そしてタオルを首にかけ、スポーツドリンクとお茶を持って行った。
彼女は、サマーベッドで目を閉じて横になっていた。
その胸が大きく上下している。まだ呼吸を整えているようだ。
あれだけ走り回れば当然だ。
オレは、その胸元に2本のペットボトルをペタッとつけた。
「キャッ!」
と、飛び起きた。
彼女はお茶を横に置いて、スポーツドリンクを一気に半分くらい飲み、ハイ、とオレに渡した。
オレも残りを一気に飲み干した。
そして、タオルを取り彼女の顔を拭き、頭にかけてゴシゴシと拭いた。
「ハイ、おしまい。」
と、タオルを取った。
「まだ、髪の毛がボサボサだよ。」
オレは、彼女の顔にかかる髪をかきあげた。
彼女は、頭を左右に振り、
「まだだよ。」
と、わざとボサボサにした。
オレは、もう一度彼女の髪をかきあげた。
彼女がまたやろうとしたので、おでこをペシッと叩き、
「調子に乗るなよ。」
と言った。
いつの間にか、調子に乗った彼女のおでこを叩くのがパターンがになっていた。
叩かれた彼女も、最初は文句を言ってたが、今では当たり前のように、おでこをさわりながらニコニコしている。
彼女が、
「じゃ、交代。」
と言って、オレの頭にタオルをかけてゴシゴシと拭き始めた。
拭き終わると、彼女もオレのマネをして、
「ハイ、おしまい。」
そして、
「Tシャツも脱いで。絞ってあげるから。」
と言って、立ち上がった。
Tシャツを脱いで彼女に渡し、オレは、サマーベッドで、横に置いてあるお茶を飲んだ。
そして、
「ねえさん、どうだった?ご褒美は。」
と聞いた。
彼女はTシャツを絞りながら、
「サイコー!すっごく楽しかった。海でこんな事したの初めてだよ。これって、おにいさんと一緒じゃないとできない事でしょ?」
言われてみれば、確かにそうだ。海水浴客ならば、せいぜい水鉄砲で遊ぶくらいだろう。
海の家でもこんなサービスはやっていない。
シャワー室はあるが、外でシャワーをかけたりしない。
これは、バイト達の遊びのようなものだ。
夏の終わりに、海の家を片付ける時、パラソルやサマーベッドは全て水洗いする。
特にパラソルは、炎天下の砂浜に傘を広げて全部差し、雨のように水をかけて潮気を洗い流して、そのまま天日干しをする。
その時に、バイト達もよく浴びていた。
中には、水洗いしているパラソルの下にサマーベッドを広げ、横になってるヤツもいる。
バイトならではの遊びだ。
絞り終わったTシャツを彼女から受け取り、タオルと一緒にパラソルの上に広げた。
「じゃあ、オレは売店に戻るから。」
と、飲んでいたお茶を彼女に渡した。
「うん。また後でね。」
と、彼女はサマーベッドに座って、お茶を飲んだ。
売店に戻ったオレは、着替え用のTシャツを着て、お客さんの対応を始めた。
ここでは、かなり汗をかくので、いつも着替えを持って来ている。
一通り片付いたところで、オレは売店を出た。
彼女のパラソルに干しておいたTシャツも、乾いているだろう。
彼女の所に向かって歩いて行くと、パラソルの上にあるはずのオレのTシャツがない。
サマーベッドに座っている彼女が着ていた。
「ねえさん、ナニ勝手に着てるんだよ。」
「やっぱり男の人のTシャツはおっきいね。それに、この淡いオレンジ色もいい感じだし。着心地もすごくいいね。」
と、立ち上がって両手を広げた。
「ねえさん、そのTシャツが気に入ったのか?」
「うん。」
「それ、毎年海で着ているうちに、そんな色になったんだよ。本当はもっと鮮やかなオレンジ色だったんだけどな。」
彼女は、今自分が着ているTシャツを見ている。
「そんなに気に入ったんなら、ねえさんにやるよ。意外と似合ってる。」
そのTシャツは、海で着るために買ったヘンリーネックのTシャツだ。
もう何年も着続けている。
このTシャツで海に潜ったり、砂まみれになったり、夕立に降られたり、その度に夏の日差しと潮風で乾かしてきた。
鮮やかだったオレンジ色が、今では白みがかった淡いオレンジ色になっている。
「ホントにもらっていいの?おにいさんはどうするの?」
着替えたTシャツを指差し、
「それ以外にも夏用のTシャツはあるし、今ねえさんが着てるヤツは、この夏で終わりにしようと思ってたから。」
「ありがとう!」
「でも、そんなヨレヨレのでいいのか?こっちと交換しようか?」
「うぅん、これがいいの。」
と言って、Tシャツの襟首を持って顔をうずめた。
「なんで、そんなのがいいんだよ。」
「ナイショ。」
何を聞いても、彼女は「ナイショ」としか答えない。オレの中には「?」が膨らむばかりだ。
売店は、相変わらず忙しい。
この日も暑かったので、かき氷は行列ができるほどだった。
売店の混雑にひと区切りついたところで、オレは、レンタル小屋の様子を見に行った。
辺りを見回すと、かなりの数のパラソルが立っている。
パラソルの下には、セットのようにサマーベッドが置いてある。
この日のレンタル状況も好調だ。
レンタル小屋から、売店に向かって歩いている時、いきなり後ろからハグされた。
「だ~れだ。」
オレは、
「ねえさんだろ?」
「えへへ、なんでわかったの?」
「そんな事するのは、ねえさんしかいねぇだろ。おとなしく待ってるんじゃなかったのか?」
普通は、後ろから目隠しするものだが、彼女はハグをした。
オレのTシャツを着たままだ。
「おにいさんが出てきたから、驚かそうと思って。ねぇ、ちょっとこっちに来て。」
と、腕を掴まれ、サマーベッドに連れて行かれた。
「今、ヒマでしょ?ねぇねぇ、あたしにもやって。ず~っと、待たせっぱなしなんだから、そのくらいいいでしょ?」
それは確かに。イタイ所を突いてくる。
オレは仕方なく、
「一回だけな。」
と、後ろにまわり、
「だ~れだ。」
とバックハグをした。
「う~ん、わかんない。もうちょっと強くギュッとして。」
コノヤロー、と思いながら、もう少し力を入れて、
「だ~れだ。」
「う~ん、やっぱり誰だかわかんない。もっと強く。」
オレは腕をほどいて、彼女正面に向かせ、おでこをペシッと叩いた。
「イタッ。」
と、おでこを押さえながら、
「いいじゃん、女を待たせるなんて、サイテー!」
と膨れっ面をした。
オレは、彼女を抱き上げ、
「今の膨れっ面のねえさんも、かわいかったけどなぁ。」
と言って、サマーベッドに座らせた。
「ホントに?」
と急に笑顔になった。
言ってから、オレはヤバいと思った。
また彼女の勘違いに、新しいホメ言葉を加えてしまったかもしれない。
「だけど、顔に水を浴びてパクパクしてる時が、一番かわいかったかなぁ。」
「おにいさん、あたしの事バカにしてるでしょう?」
「本当はすっげぇブサイクだった。でもいいじゃねぇか。楽しかっただろ?」
オレは、話を変えようと思い、
「ねえさん達、2泊って言ってたけど、あそこのホテルに泊まってるのか?」
隣の海の家の名前を言った。
「うん。」
「ひとりだけ別行動で、友達から文句言われるだろう?」
「大丈夫だよ。あの2人はナンパされに来たようなもんだから。ナンパしてきた人たちに奢らせるんだって。でもハズレばっかりだったって言ってた。あたしはナンパはキライだから、別にどうでもいいんだけど。それで、昨日の夜、あたしがずっとおにいさんと一緒にいるから、友達におにいさんのこと聞かれたよ。あの人だれ?って。」
「なんて答えたんだ?」
「海の家のおにいさん。」
「そのまんまじゃねぇか。」
「だって、そのまんまじゃん。海の家のおにいさんなんだから。」
と、彼女は笑っている。
「でも、不思議がってたよ。」
「ナニを?」
「友達に言わせると、あたしはプライドが高いんだって。なのに、初対面のおにいさんにハグしたり、ずっと一緒にいるから。なんでって聞かれた。」
「それで?」
「おにいさんといると楽しいからって。」
「楽しいから?それは、ありがとうでいいのかな?」
「いいよ。だって楽しいんだもん。」
彼女は、本当に楽しそうにしている。
「ねえさんってそんなにプライド高いんだ。」
「自分じゃわかんないけど、そうみたい。おにいさんにはどう見える?」
彼女は、ナンパがキライだと言っていた。
彼女も彼女の友達も、そういう男達から好かれそうな顔立ちをしている。
その友達は、ナンパされて男達と一緒に行ってしまった。
だが、売店の前で言い寄って来た男達に対する彼女の態度からは、明らかに嫌悪感と苛立ちが感じられた。
ナンパを嫌う彼女には、見え透いた褒め言葉ほどつまらないものはないのだろう。
そんな彼女の態度が、友達にはプライドが高いと見えているのかもしれない。
だけど、オレは彼女に対して、褒めも煽てもせず普通に接してきた。時には、文句を言って、言い合いになることもあった。
その時の彼女は楽しそうだった。
だから、オレが彼女に対して、かわいいとか、いい女とか言っても、それはナンパ男達が言うそれとは違って、会話を楽しむ為の、ただのキーワードでしかないのだ。
ホースで水をかけた時もそうだ。
オレに水をかけ、逃げ回る彼女を捕まえて仕返しをした。
髪も体も砂だらけになっても、彼女は楽しそうに笑っていた。
彼女は、そういう楽しいケンカ(?)をできる事が嬉しかったのだろう。
「最初は生意気そうな小娘だなぁくらいは思ったけど、今は、ちょっとわがままな甘えん坊って感じかなぁ。そのせいで、ねえさんには振り回されっぱなしなんだけど。」
「そんな事ないでしょ?あたしはおにいさんの言うことを聞いて、おとなしく待ってるんだから。」
売店を見ると、また混み始めている。
「また混んできたから、ちょっと片付けてくるよ。」
「うん。おとなしく待ってるね。」
と、手を振った。
売店に戻ると、お客さんが途切れず、かき氷の注文が多かったこともあり、意外と時間がかかってしまった。
お客さんを片付け、彼女の所に戻った。
「お待たせ。」
彼女は、
「フン!」
と、ソッポを向いた。
なんか、機嫌が悪そうだ。
さすがに、待たせ過ぎたかなぁと思い、
彼女の横にしゃがんで、
「ゴメンな、遅くなって。」
と素直に謝った。
こっちを向いた彼女の顔は、確実に怒っている。
ゆっくりサマーベッドから体を起こし、いきなり、
「キターッ!」
とハグしてきた。
「あっ!コノヤロー!」
彼女は笑って、
「おにいさんが、悪いんだからね。こんなに待たせるから。」
「だから、謝っただろ。いいコだから、よしよし。」
と、彼女の頭を撫でた。
気が済んだのか、彼女は腕を離した。
オレのTシャツも着たままだ。
「まだ着てるのか。暑いだろう。」
「そんな事ないよ。襟も開いてるし、袖も大きくて、風が入って来ると気持ちいいよ。」
「オレ、まだねえさんにTシャツのお礼してもらってないんだけどなぁ。」
と言って、立ち上がり、両手を広げた。
彼女も、嬉しそうに両手を広げて駆け寄って来た。
そして、彼女がハグする瞬間、両手を掴んで足払い。
ドスンと、彼女は尻もちをついた。
「イッタ~イ!何すんのよ!」
「ねえさんも甘いな。こんなに簡単に引っ掛かって。」
笑っているオレを見て、彼女は立ち上がりながら、砂を払っている。
「もう!砂だらけじゃん!おにいさんも払ってよぉ!」
オレは、砂を払いながら、
「ねえさん、調子に乗りすぎなんだよ。」
と言った時、
「キャッ!」
と、彼女が振り向いて、
「今、あたしのお尻さわったでしょ。」
と言った。
「えっ!?さわってな・・・」
まで言ったところで、彼女のハグ。
「ウッソー!おにいさんもまだまだ甘いね。この程度の手に引っ掛かって。」
「コノヤロー、本当にケツさわるぞ。」
「いいよ。」
と言って、オレにケツを向け、
「ほら、ほら。」
と腰を振った。
「クソッ!なんかスッゲー悔しい。」
彼女は、してやったりの顔をしている。
「なんだよ、その顔は。」
「カワイイでしょ?」
「スッゲー、ムカつく。全然かわいくねぇ!」
彼女は、満足した顔で、
「おにいさん、売店混んできたみたいだよ。」
と売店を見た。
売店には、そこそこお客さんがいた。
とりあえず、戻ってお客さんの対応を始めた。
オレが、かき氷を作っている時、
「おにいさん。」
と呼ぶ声がした。
振り向くと、彼女がいた。
「友達が戻って来たから、もう帰るね。」
と言った。
砂浜を見ると、サマーベッドとパラソルがそのままになっている。
「ねえさん、サマーベッドだけ持ってきてくれるか?パラソルはオレが後で片付けるから。」
「うん、いいよ。」
と、サマーベッドに向かった。
お客さんにかき氷を渡し、オレも売店から出て、気づかれないようについて行った。
彼女がサマーベッドの前に来た時、いきなり彼女を抱き上げた。
「きゃっ!」
と声を上げて、
「また、不意打ち。」
「やられっぱなしだったからな。」
「おにいさん、油断し過ぎなんだもん。」
オレは、彼女を抱えたまま、
「ねえさん達、もう帰るんだろ?」
「うん。」
「じゃぁ、約束も終了だな。」
「そうだね。」
「もう、下ろすぞ。」
「もうちょっと!」
と、オレの首に腕をまわした。
「それなら、なんでオレと仲良くなりたかったのか教えてくれよ。」
彼女は、
「おにいさん、ちょっと耳貸して。」
オレが、顔を近づけると、腕をギュッと締め、頬と頬を合わせ、
耳元で、
「それは、ナイショ。」
と囁いた。
結局、最後まで教えてくれなかった。
「じゃぁ、これで終わりだな。」
と、彼女を下ろし、
「あーっ!やっと終わったー!」
と、両手を上げて伸びをした。
それを見て、
「ナニ?その清々したみたいな態度は。」
「だって、この2日間ねえさんに振り回されっぱなしだったからな。」
「せっかく、余韻に浸ってたのに。気分ぶち壊しだよ。」
「何だよ、余韻って。行かなくていいのか?友達が待ってるんだろ?」
「うん、もう行くね。」
と言ったが、名残惜しそうな顔をしている。
まぁ、最後くらいはと思い、
「じゃぁな。」
と言って、オレは両手を広げた。
彼女は、嬉しそうに、
「おにいさん、2日間ありがとう!仲良し度がいっぱいになったよ。」
とハグ。
「これは、サービス。」
と言って、パラソルの上に干してあったタオルを、彼女の首にかけた。
「これもやるよ。」
体を離した彼女は、
「いいの?」
「ねえさんだって、これにはお世話になっただろ?」
と、彼女の頭をゴシゴシしてやった。
「うん。」
彼女は、手に取ってタオルを見た。
もう、彼女にはお馴染みのスポーツタオルだ。
彼女は、もう一度オレにハグをして、
「じゃぁ、おにいさんの夏も2日分だけもらってくね。」
と、その腕にギュッと力を入れた。
そして、
「もう仲良し度が入りきらなくて溢れちゃってるよ。」
オレから離れた彼女は、
「じゃあね。」
と、タオルを振りながら、友達の所へ戻って言った。
彼女は、最後までオレのTシャツを着ていた。
その後ろ姿を見ながら、いつの間にかオレも彼女との時間を楽しんでいたなぁと思った。
ただ、オレの中の「?」は、残ったままだった。