あの夏の日から、この夏へ③
彼女が帰った数日後、□□さんが、売店に顔を出した。
「よう、アイツが世話になったな。」
「□□さん、ひでぇよ。2日間大変だったんだからな。」
「そうか?アイツは楽しかったって言ってたぞ。お前も楽しかったんじゃねぇのか?」
「まぁ、楽しかったけど、振り回されっぱなしだったよ。何度ハグされたことか。」
「よかったじゃねぇか。」
「よくねぇよ。なんで、オレだったんだよ。」
□□さんは、他の海の家にも顔を出す。
他所のバイトの事もよく知ってるはずだ。
彼女と同年代のバイトも多い。
なのに、なぜ距離が離れているオレの所だったのか。
「なんだ、アイツから聞かなかったのか?」
「何を?」
「アイツ、前にお前に会った事があるって言ってたぞ。」
「えっ!?そんな事、一言も言ってなかったぞ。」
毎年、夏はここにいるので、大勢のお客さんと接している。
リピーターで来るお客さんもいる。
特に売店は一番お客さんと接する機会が多い。
海の家を利用しているお客さんはもちろんだが、ビーチにいる海水浴客も普通に売店を利用する。
そこでは、お客さんともよく雑談をする。
オレは、思い出そうとしたが、全く思い当たる事がなかった。
「それいつ頃の話だ?全然思い出せねぇんだけど。」
「5~6年前だって言ってたから、アイツが高校に入った頃じゃねぇかなぁ。なんかお前に良くしてもらったんだってよ。」
5~6年前に高校に入ったってことは、この時は20歳前後か。
「良くしてもらったって言われてもなぁ。そんなのいちいち覚えてねぇよ。」
売店では、お客さんと仲良くなるのは、ごく普通の事だ。
数え上げたら切りがない。
困っているお客さんがいれば助けるし、頼まれれば協力もする。
良くしてもらったと言われても、まったく思い当たらない。
「あのねえさんは、オレと仲良くなりたいからって言ってたけど、理由を聞いてもナイショとしか言わねぇんだよ。」
「お前、売店がヒマになると、よくバイト連中と遊んでるだろ。」
「まぁ、たまにはな。」
「何年か前に、バイトのコが砂浜でケガかなんかして、お前が抱き上げて海の家に連れてったことがあったんだって?」
「あぁ、そんな事もあったな。」
それは、よく覚えていた。
お客さんがビーチに出て、海の家で空き時間ができると、ヒマになったバイトの女の子達が、よく売店に遊びに来る。
その時、その中の1人が、お客さんの置いていった水鉄砲でふざけ始めた。
海の家には、忘れ物だったり、もういらないから、と置いていくお客さんもいる。
やがて、バイト同士で撃ち合いになり、砂浜を走り回っている時に、相手のコが砂でバランスを崩し、足をひねった。
売店から見ていたオレは、痛がっているそのコを抱き上げて海の家まで戻った。
海の家に戻ると、そのコは、もう大丈夫と言って、水鉄砲でオレを撃ち、走って逃げた。
オレをからかったのだ。
オレは、売店にあった水鉄砲を持って追いかけ、撃ち合いになった。そこに最初に撃ち合ってたコも参戦してきた。バイトのコ達はキャーキャー言いながら打ち合い、最後は3人共ずぶ濡れになった。
「多分、それだろう。その時、アイツこの海の家で休憩していて、それを見ていたらしいんだよ。」
「それで?」
「そのあと、アイツがびしょ濡れのお前からイチゴのかき氷を買ったんだけど、アイツの不注意で砂の上に落としたんだってさ。そしたら、お前がもう1個かき氷を作ってくれて、そのかき氷代を払おうとしたら、代金はさっきもらってるからいいよって言ってくれたんだってよ。」
そういう事はよくあるので、オレからすれば大した事ではない。
「別に大した事じゃねぇよ。□□さんだったらわかるだろ?」
「でも、アイツには嬉しかったんだってよ。それと、お前と遊んでる時のバイトのコ達がすごく楽しそうだったって、羨ましがってたよ。」
オレはいつもバイトに、仕事をしっかりやったら、あとは楽しめばいいと言っている。
その時は、ずぶ濡れになった姿がおかしくて、3人で大笑いしたのを覚えている。
ただ、その後に来たお客さんの事は、全く覚えていない。
「で、久しぶりにここに来たら、お前がいて、オレと親しそうに話してるからビックリしてたよ。なんでお前の事を知ってるんだって詰め寄られたよ。」
「今のバイトが3年目だから、その前の代のバイトの話だぞ。そんな前に一回会っただけなのに、よくオレの顔を覚えてたな。」
「前に来た時、友達の携帯で撮った写真の中に、売店にいたお前が偶然写り込んる写真があったんだってよ。」
「そういう事か。やっとわかったよ。」
久しぶりにこの海に来て、海の家の前で□□さんと話しているオレがいた。
普通、5~6年も前に一度会っただけの顔など、覚えている訳がない。
でも、その写真があったからオレの事を覚えていたのだ。
そして、□□さんにその時の話をした。
「それでアイツが、お前と仲良くなりたいって言うから、ヒマだったらお前のところに行けって言ったんだよ。相手してくれるからってな。お前だったら追っ払ったりしねぇだろ?」
「□□さんが、けしかけたのかよ。」
「オレは、ちょっと背中を押しただけだよ。」
彼女が売店のお客さんならば、普通に順番待ちをすればいい。
だが、彼女は売店を覗き込みながら、ウロウロしていた。
多分、オレを探していたのだろう。
その時オレは、休憩中で、売店ではなく砂浜でサマーベッドに寝転んでいた。
そこで、彼女に気づいたオレが、声をかけたのだ。
「オレが、□□さんから頼まれたら断らねぇってわかってたんだろ。」
「どうせヒマだろ?」
□□さんは笑っている。
いつものセリフだ。
「ヒマじゃねぇよ。声をかけてきた▲▲▲のバイトでよかったんじゃねぇのか?」
「ありゃダメだ。いきなり上から目線で話しかけてきて、嫌がるアイツを強引に連れて行こうとしやがった。」
「それで、□□さんが怒ったのか。パイロットのにいちゃんから聞いたよ。」
「いや、その前にアイツが怒ったんだよ。それでもヤメねぇから、オレが追っ払ったんだよ。お前の所に行きたかったんだろうな。前の日の事を嬉しそうに話してたから。」
そのあとに、パイロットのにぃちゃんが相手をしていたが、手に負えなくてオレの所に連れて来たのだ。
□□さんも、初めからそのつもりだったのだろう。
「お前だって、あの手この手でナンパ男を追っ払ったんだろ?アイツ結構ナンパされるの楽しんでたみてぇだぞ。」
「あぁ、追っ払うのにノリノリでオレに絡んで来たよ。それにしても、なんであのねえさんの周りには、ヘンなにいちゃんばっかり集まって来るんだよ。」
「結構モテるだろ?うちの姪っ子は。」
「姪っ子 !? ただの知り合いじゃなかったのかよ。」
「姪っ子だなんて言ったら、いくらお前でも気を使うだろ。」
「多分な。」
「それじゃアイツも楽しくねぇだろう。いつも通りのお前と遊びたかったんだからよ。あの時のバイトのコ達みてぇにな。」
「姪っ子なら、なんで□□さんって呼んでたんだ?普通は叔父さんだろ?」
「叔父さんって呼ばれるのがイヤだから、小せぇ頃から名前で呼ばせてたんだよ。」
「オジサンなんだから、叔父さんでいいじゃねぇか。ナニ変な見栄張ってんだよ。」
「そんなのオレの勝手だろ。それよりアイツに土産までやったんだってな。」
「土産?」
「帰る前にオレの所に来たんだよ。きったねぇTシャツ着て。」
「あれを着て□□さんの所に行ったのかよ。」
あの日、オレと別れた時も、彼女はあのTシャツを着ていた。
そして、そのまま□□さんの所へ行ったらしい。
「それで、そんなくたびれたTシャツ捨てちまえよって言ったら、えらい勢いで怒られたよ。あの写真の中のお前が着てたTシャツなんだってよ。」
5~6年前なら、あのTシャツはもう海で着ていた。
ただ、写真の中では、今よりはもう少し鮮やかなオレンジ色だったかもしれない。
「そういう事か。あの日、□□さんがあのねえさんをバナナボートに連れてく時、オレの顔をじっと見てたんだよ。」
「そりゃそうだろう。写真の中のお前が目の前にいたんだからな。」
「それで、オレといる時あんなにはしゃいでたのか。おかげでこっちは大変だったけどな。」
「こっちだって散々聞かされたよ。あれした、これした、あんな事された、こんな事されたってな。想像以上に楽しかったみてぇだったぞ。とにかくご機嫌だったよ。あのじゃじゃ馬が、オレに感謝したぐれぇだからな。だから、先にお礼しておいただろ?」
「お礼ってあの五千円か?半分はビールだったじゃねぇか。自分が飲みたかっただけだろ。」
「いいじゃねぇか。売上が増えたんだからよ。」
「まあ、いいけど。今回だけにしてくれよな。」
「わかってるよ。アイツには最高にいい夏になったし、オレは叔父さんとしての株が上がったからな。」
「結局、オレは疲れただけか。」
「まぁ、いいじゃねぇか。もうお前に押し付けるような事はしねぇから。」
「頼むよ。」
「あぁ。もし、いつかアイツがここに来る事があっても、オレなんかほっといて、真っ先にお前の所へ行くだろうからな。」
「マジかよ。」
「どうせヒマだろ?」
もっと愚痴りたい気分だったが、いつものセリフで片付けられた。
だが、
今、思い出して見ると、
彼女が、そんな前の事を覚えていてくれたのは嬉しかった。
オレにとっても、初めての経験だ。
オレの頭の中にあった「?」も解消された。
そう思うと、彼女がいた2日間は楽しい時間だった。
あの夏は、オレにとってもいい夏だったのかもしれない。