休日出勤
ある夏の日、土曜日。
いつもなら海の家に行くのだが、この日は、どうしても片付けなければならない仕事があり、会社に休日出勤していた。
この日も晴天で、気温も高い。
絶好の海日和だ。
ほとんどは、金曜日に処理しておいたので、この日の作業は、夜の間に届いて来るデータを加えた、最後の仕上げのようなものだ。
時間としては、半日もかからない。
休出なので、私服で出社。
足元は、海ではないのでビーサンではなくスニーカー。
カバンも仕事用ではなく、大きめのワンショルダーバッグ。
この中には、着替えが入っている。
会社に着くと、オレ以外にも数人が休出していた。
オレの顔を見ると、
「なんだ、お前がこの時期に休出するのは珍しいな。」
と言った。
声をかけて来たのは、隣の課にいるオレの同期だ。
コイツは、オレが週末に海の家を手伝ってのを知っている。
オレは、
「お前も来てたのか。オレはさっさと片付けて海に行くよ。」
と、肩にかけているバッグをポンポンと叩いた。
自分の席に座りパソコンを開くと、データは届いていた。
予定時間を少しオーバーしたが、なんとか仕事を済ませ、同期に、
「じゃあな。お先に。」
同期も、
「おう。また機会があったらBBQやらせてくれよ。」
と言って手をあげた。
何年か前、課の後輩達を連れてBBQをやりたいので、海の家を使わせて欲しいと頼まれた事があった。
課が隣同士なので、後輩の事もよく知っている。
オレも参加するということで、店長は快く海の家を使わせてくれた。
この時のBBQは、大いに盛り上がり、同期も後輩達も喜んで帰って行った。
同期と別れたオレは、会社を出て駅に向かった。
電車の中にも、海水浴らしき客が多い。
早めに出社したので、この時間なら昼頃には海に着くだろう。
昼過ぎに海の家に行くと、入口でお客さんの呼び込みをしていたバイトの女子高生達が、オレの姿を見つけ、
「○○さん、遅いよ~!」
「遅刻だよ~!」
と騒ぎ出した。
「うるせぇなぁ!仕事してきたんだよ!」
彼女達を振り切り、中に入って行くと店長が、
「どうしたその格好は?今日は仕事だったのか?」
「あぁ。休日出勤だ。全部片付けてきたよ。」
「そうか。じゃあ売店頼んでいいか?」
「了解。その前にシャワー浴びてくるよ。」
と言って、荷物の預かり所に向かった。
預かり所のバイトが、
「今日は遅いッスね。仕事だったんスか?」
と聞いてきた。
「あぁ。シャワー浴びるからカゴひとつくれ。」
荷物を預けるためのカゴを受け取り、シャワー室へ行った。
オレはバイトではなく、手が空いている時のただの手伝いなので、特に時間は拘束されていない。
シャワーを浴びてサッパリしたら、空腹だった事を思い出した。
オレは預かり所のバイトに、
「これ、頼むよ。」
と荷物を入れたカゴを渡し、食堂へ行った。
食堂で、
「オレのメシある?」
と言うと、食堂のおばちゃんが、
「何食べる?」
オレは、
「じゃぁ、チャーハン。」
おばちゃんは、
「ダメ。カレーにしな。」
と言って、オレの前にカレーを置いた。
おばちゃんは、何食べる?と言いながら、その時には、もう皿に飯を盛り、カレーをかけようとしていた。
オレは空いている席に座り、だったら聞くなよ、と思いながらカレーを食べた。
だが、これもいつもの挨拶みたいなものだ。
カレーを食べ終えたオレは、食堂に行き、
「ごちそうさん。」
と皿を返した。
「食べた分しっかり手伝うんだよ。」
と言いながら、受け取った皿を持って行った。
このやり取りも、いつもの事だ。
元々、代金を取ろうなどという気などない。
売店に行くと、
「お疲れさまです!」
とバイトが言った。
「おぅ、お疲れ。今日はヒマそうだなぁ。」
「さっきまで忙しかったんスけど、今は落ち着いてます。」
「そうか。」
オレは冷蔵庫から缶コーヒー取り、売店前のテーブル席に座った。
缶コーヒーを飲みながら目の前のビーチを眺めた。
ほとんどのお客さんは、ビーチに出ているので、海の家の中はガラガラの状態だ。
やがて夕方が近づいて来ると、帰り支度のお客さんで売店混み始めた。
帰り際の混雑も終わり、ほとんどのお客さんが帰ってヒマになってくると、大きなゴミ袋を持った迷惑コンビが、ゴミの回収にやって来る。
そして、オレに絡み始める。その騒ぎを聞きつけて、他のバイトも集まって来た。
こうなると、売店はもう大騒ぎだ。
だが、この騒々しさが楽しい。
やっぱり、夏はここが一番居心地がいい。
愛すべき心優しき迷惑コンビ
ある日、オレがかき氷を作っている時、バイトの女子高生の○美が、真っ赤な顔をして売店にやって来て、
「○○さ~ん、日に焼けて痛いよ~。」
と泣きついてきた。
この○美は、『疲れた~』とか、『お腹すいた~』とか、何かというとオレに絡んで来る。
オレは、売店を出て、
「なんだ?その顔は。真っ赤じゃねぇか。」
「昨日、友達とプールに行って日に焼けたんだよ~。」
と、情けない声で言った。
この日は、土曜日。
前日の金曜日は、バイトを休んで友達とプールに行って来たという。
オレが、海に行くのは会社が休みの、週末やお盆休みだけだ。
なので、○美がプールに行っているのは知らなかった。
そして、
「ほらぁ。さわってみてよぉ。」
と言って、ネックラインの広いTシャツの首元をグイッと開いた。
覗き込むと、肩から背中にかけて真っ赤になっている。
Tシャツの中に手を入れて、肩、背中をさわってみた。
かなり火照っている
「お前、スッゲェー熱いぞ。」
「あぁ~、○○さんの手、冷たくて気持ちいい~。」
氷をさわった手が冷たくて気持ちいいと感じるのは、相当な日焼けと言うことだ。
冷えているオレの手のひらにも、その熱が伝わってくる。
たった1日であそこまで日焼けすれば当然だ。
「お前、ここでバイトしてるんだからわかるだろ。それで、ここまで日焼けするか?」
「そんな事言ったって、しょうがないじゃん!」
「ちょっと待ってろ。」
と言って、氷水に手を入れ、その手を○美の背中に入れた。
「あぁ~、気持ちいい~。」
と言っている。
そこに、○美と仲がいい□子がやって来た。
コイツも○美と同じように、売店に来てはオレによく絡んでくる。
○美と□子が2人揃って絡んで来た日には、たまったものではない。
もう大騒ぎだ。
だが、2人共仕事はしっかりとやる。
その□子がオレに、
「○○さん、コイツこんなに日焼けして、バカだよね。」
と言った。
「ウルサイなぁ。アンタには関係ないでしょ!」
と、○美。
オレは、□子に、
「オレも、コイツがバカなのは前から知ってるから。」
「○○さんもナニ言ってんのよ!」
と、オレの背中をバシバシ叩いた。
「痛ぇよ。もっといいモノやるから。」
と言って、売店に戻った。
小さくて、使えなくなったかき氷用の氷をビニール袋入れた。
それを、○美の肩に乗せた。
右肩、首、左肩、背中と火照っている部分に順番に当てていく。
○美は、
「あ~!キク~ッ!!」
と、仕事帰りにビールを飲んでいるサラリーマンのような顔をした。
「お前は、酔っぱらいのオッサンか!キク~ッじゃねぇよ。こんなに日焼けして。」
それを、横で見ている□子。
ちょっかいを出したくて、ウズウズしているようだ。
□子が、
「○○さん、あたしが代わってあける。」
と、氷袋を受け取り、○美に当て始めた。
しばらく黙っていた○美が、
「違う!もっと右!もっと下!ちゃんとやってよ!」
「やってるじゃん!こんなに日焼けするアンタが悪いんじゃん!」
「□子!アンタ雑!もういい!○○さんやって!」
と、□子から氷袋を奪い取り、オレに返した。
しばらく氷袋を当てていたが、もうほとんど水になっている。
元々小さい氷だ。日焼けで火照った体で氷が溶けてしまった。
そろそろ、売店も食堂も食事の客で混み始める時間になってきた。
オレは、2人を仕事に戻した。
昼間の食事混雑が終わった後、2人が歩いて来るのが見えた。
□子が○美の肩を、叩いている。
その手を○美が、振り払う。
そんな2人が、売店になだれ込んで来た。
そして、○美が、
「○○さん、□子がウルサイよ!まだ、イタイのに!」
「コイツがうるせぇのは、オレのせいじゃねぇだろう。元々うるせぇんだから。」
それを聞いた□子が、オレに、
「あたしのどこがうるさいのよ!」
「お前が静かな事ってあったか?」
「いつも静かじゃない!それに、おしとやかだし、かわいいし。」
「お前と真逆の言葉じゃねぇか。」
「どこが真逆なのよ!」
オレは、□子を指さして、
「ほら、それだよ。」
と言ってやった。
横で聞いていた○美が、
「○○さん、早くまた氷袋やってよ。」
「待ってろよ。今、用意してやるから。」
「早くしてよね。イタイんだから。」
オレは、仕方なく、
「わかったよ。」
準備しようと振り向くと、□子が氷の入っているストッカーのフタを開けて、
「この小さい氷使ってもいいの?」
と、聞いてきた。
「あぁ、いいよ。」
□子が、袋の中に小さくなった氷を入れている。
氷袋を持って、□子が、
「○美、こっち来なよ。」
と、○美を呼んだ。
売店から出て砂浜にしゃがみ込み、□子が○美の肩に氷袋を当てている。
なんだかんだ言っても、いいコンビだ。
○美も□子も、うるさいが意外と優しい。
以前、オレがかき氷機の刃を調節している時、人差し指を切った事がある。
縫うほどではないが、そこそこ血が出た。
そこへ、彼女達がガーゼや絆創膏を持ってきて手当てをしてくれた事があった。
その時も、『ガーゼがズレてる!』とか、『しっかり押さえて!』とか、ワイワイ言いながら手当てをしてくれた。
薬を塗り、ガーゼを当て、絆創膏を巻いてくれた。
手当てを終え、売店から出て行こうとしている彼女達に、
「ありがとな。」
と手を上げた。
オレの人差し指は、グルグル巻きにされた絆創膏で親指より太くなっていた。
□子は、
「じゃあね。」
とウィンクをした。
○美も、負けじと、
投げキッスをした。
その後、自分の仕事に戻った後も、『指は大丈夫?』とか、『絆創膏は剥がれてない?』とか、売店にちょこちょこ様子を見に来た。
数日後、指のキズも完治した。
それを2人に言うと、○美が、
「良かったね。それじゃ、お祝いしようよ。快気祝いってやつ。」
□子が、
「あたしはハンバーガーでいいよ。」
○美は、
「あたしも。せっかくだからセットにしてね。」
「やっぱり、あたしもセットがいい。」
と、□子が言った。
オレは、
「ちょっと待て。快気祝いって普通はオレが感謝の気持ちを示すものだぞ。それをなんでお前らが勝手に決めてんだよ。」
「だって、あたし達キズの手当てしてあげたじゃん。当然感謝してるでしょ。その気持ちを示してよね。」
と、□子。
○美も、
「お見舞いだってしたでしょ。」
「お見舞いって、いつ?」
「売店に、大丈夫?って様子を見に行ったでしょ。」
確かに、お見舞いと言えなくもないが・・・。
とにかく、この2人に何かにこじつけて攻め立てられると、まず逃げ切れない。
こうなると、オレは、もう苦笑いするしかない。
「じゃぁ、今日の帰りにマックね。○○さんの感謝の気持ちを、ありがたく受け取るから。」
結局、オレは快気祝いでマックをおごらされた。
その上、帰りにはデザートだと言って、フルーリーやパイ、ナゲットまでテイクアウトした。
会計を済ませ、別れる時、○美が、
「また、かき氷機で指切ったら言ってね。そしたら、すぐ手当てしてあげるから。」
□子も、
「で、治ったらまたお祝いやろうね。快気祝い。」
と、楽しそうに言った。
オレは、
「そんなにお祝いばかりやってたら、お前ら太るぞ。って言うか、お前ら太れ!それ食ってデブになっちまえ!!」
オレの、ささやかな抵抗だ。
それを聞いた○美が、
「いいよ~、太っても。じゃぁ、これから快気祝いの二次会やる?」
と腕を組んできた。
「それいいねぇ。○○さん、やろうよ。」
と□子も腕を組んできた。
オレは、その腕を振りほどき、
「お前ら、調子に乗るんじゃねぇ!」
と2人の頭を、ペシッ、ペシッと叩いた。
そんな彼女達も高校3年生。
高校1年から、3回の夏を一緒に過ごした。
そして、この年の夏がここでバイトをする最後の夏だ。
この3年間、彼女達に巻き込まれたドタバタの中は、結構、楽しくて居心地のいい時間だった。
最終日、『来年遊びに来るね~!』と言って
元気に別れたが、今年は海水浴場が閉鎖されているので、彼女達とは会えていない。
次の夏には、少しだけ大人になった彼女達にきっと会えるだろう。

