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気になるニュース

山の辺の道を歩き進むうちに、三輪山のふもと付近に到着していました。
その先には、大和国の一宮である大神神社が鎮座している場所があります。

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古道から大神神社へむかう小さな参道は、灯籠や鳥居はありませんが、門のような二本の柱にしめ縄があり、その下をくぐって拝殿へと向かいます。


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大神神社の拝殿です。よく知られる通り大神神社は本殿が存在せず、この拝殿からご神体である三輪山を拝むことになります。
ちなみにこの拝殿も、江戸初期の建築で国の重要文化財です。
この時点で午前11時。桜井を出発して1時間20分ほど経過しています。

三輪山には大物主神が祀られていて、同じく神話の神大国主によって国づくりに際して祀られたという伝説があります。拝殿の後ろに見える木々の向こうには、禁足の山三輪山が控えていることになります。
なお、入山することも出来ますが、手続きはこの大神神社でなく摂社の狭井神社(さいじんじゃ)になります。


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巳の神杉。根元にはヘビが住んでいるということで、巳の神杉と名付けられたそうです。ちなみに大物主神も蛇との関わりのある神様だということで、大切に守られて来た木の一つだということです。


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風雨がしみ込んだしめ縄飾りです。社殿などに取り付けられてなく、このように柱に取り付けられているのが、大神神社と周辺の社の特徴のように思いました。


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表の参道に回り込み、二の鳥居を見ているところです。鳥居には「三輪明神」と書かれています。
そういえば、大神神社といえば巨大な大鳥居が有名でした。

地図を取り出し場所を確認したところ、およそ800mほど先にあります。山の辺の道に戻るためには往復で1600mほどよけいに歩くことになりますが、その時はさほど気にも留めませんでした。


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とてつもなく大きな鳥居が見えてきました。これが大神神社の大鳥居です。高さはなんと約32m。今まで見た中で最大は、新潟の弥彦神社の30mでしたが、あの鳥居も相当大きかった印象がありました。


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真下まで来てみました。どうやら材質は金属のようですね。後で調べたところ、鋼板で作られているそうです。


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大鳥居の足下は、コンクリート板でしっかり固められています。基礎も深くまで入っていそうな感じがします。

すっかり長居してしまいましたが、山の辺の道に戻るため近道はせず二の鳥居まで引き返しました。


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大神神社を離れてすぐ、摂社の若宮社が見えてきました。神社を歩いて通る人々は、若宮社の前で礼をしてとおりすぎていきます。写真は神社の前で祀られた織環杉という杉の古い株です。


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若宮社は「大直禰子神社」といい、大神神社の神主であった人物を祀っている神社とのことです。


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こちらが社殿ですが、なにやらお寺のお堂のような建物です。屋根には丸瓦が使われていて、飛鳥奈良時代の寺院のようですが、この神社は以前神宮寺であったことの名残のようです。



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ちょっと道具の名前がわかりませんが、神主さんがお祓いでつかうものが、社の前においてあります。
セルフで清めるみたいです。大神神社にも同じように置いてありました。

ここで区切りますが、今日のうちにもう一つくらい記事を上げたいと思います。
金屋の石仏の正面には、なにやら周りとは異質な建物がありました。


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喜多美術館という、平屋のこじんまりとした施設がありました。
どうやら佐伯祐三やゴッホなど、かなりの大物の作品が収蔵されているらしいのです。この日は時間がなく入館しませんでしたが、今度行ってみたいと思います。


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道沿いの森には、なにやら宮跡の縦標識が見えています。ほんのちょっと寄り道します。


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磯城瑞籬宮(しきのみずかきのみや)、崇神天皇が作った宮と言われる場所のようです。もし仮に崇神天皇が実在していたとしても、年代的にはいつ頃の大王だったのかは論争がある、古い年代の天皇です。日本書紀などでは紀元前、歴史学者の一部では3世紀ごろと言われています。それにしてもかなり古いですね。


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文芸研究家 小林秀雄筆による、山の辺の道の石碑。他に2カ所あるみたいですが、どうやら見落としたみたいです。


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この辺から、かなり古道っぽい雰囲気の道に変わってきました。ただ、この辺りはかなり平坦なので、歩きやすく気持ちよかったです。




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脇から水がちょろちょろと流れて来ています。石垣と木々の緑が美しく感じます。


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この辺り以降は、お寺・神社のコラボレーションが続きます。階段の先はお寺ですね。



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山門の先には朱色の建物が。こちらは平等寺というお寺ですね。

平等寺は、聖徳太子が自ら彫った観音像を納めた場所という寺伝をもとに、聖徳太子を開基としている場合の他に、弘法大師や慶円を
開基とする場合もあるようです。どの人物も年代がばらばらなので、いつ頃創建されたのかが説によって変わってしまいます。



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境内には、木造の仏塔がありますが、はて三重塔なのか多宝塔なのかがわかりません。


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と思い近づいてみると、なんとどちらでもなく二重塔です。こういう様式の仏塔は初めて見ました。



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平等寺を過ぎてすぐ、日向神社(ひむかい)です。
なるほど、桜井に日向、いろいろ神話と重なります。大変興味深いです。


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さらに進むと、またまた神社の鳥居が。このあたりになると、ほぼ大神神社の神域に入ってきます。
この神社は、三輪成願稲荷社といい、稲荷大神を勧請した神社です。もう大神神社はすぐそこにまで来ています。


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親しみのある、優しげなお社が建っていました。


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左右にはお狐様も鎮座しています。

うーんあんまり進んでいませんが、一応この辺で区切ります。


昨日は来客のため、ブログはお休みさせていただきました。

山の辺の道の記事も途中ですが、どうしても書きたいニュースがありましたので、そちらを先に。

アップルのスティーブ・ジョブズ氏が死去

以下記事引用
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米国Appleの共同創業者で会長のスティーブ・ジョブス(Steve Jobs)氏が、すい臓がんのために亡くなった。56歳だった。

 ジョブズ氏は、数年前から体調不良を訴え、自身の健康と戦ってきた。2004年にすい臓がんの手術を受け、その後すぐに復帰したが、2009年初めにはホルモンバランスを崩し、半年間休職して肝臓移植を受けた。

 2011年初め、「体調の管理に集中したい」との理由で無期限の休職を発表。8月24日には、CEO(最高経営責任者)の座を、COO(最高執行責任者)のティム・クック氏(Tim Cook)に譲るとともに辞任を発表し、会長職に就いた。

 Appleの取締役は、次のようなコメント発表している。

 「私たちはスティーブ・ジョブズが亡くなったことを、深い悲しみとともに発表する。スティーブの輝き、情熱、そしてエネルギーが私たちの生活を豊かにする無数の技術革新の源だった。世界はスティーブのお陰で計り知れないほど、豊かになった」

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こういうことを書くと年がばれますが、高校生の頃コンピューター好きの友人の部屋にあった雑誌に、appleⅢplusというPCが写真付きで紹介されていました。

その美しい筐体を見て、友人にこのコンピューターが欲しいと言いましたが、大人でも金持ちでないと所有できないという説明を受け、なんとなく納得していました。

その後数年してあのマッキントッシュが生まれ、見覚えのある六色リンゴのロゴを見て、あのアップルであることに気がつきました。
取っ付きにくい存在だったコンピューターの世界を、とても親しみやすいものに変えたマックは憧れの存在でした。職場ではNECのオフィスコンピューターが導入された頃でした。

さらに数年後、職場にマックが導入され、当時としては高価なマックが数台導入されました。すっかりマックの世界に魅了された僕は、当然個人で所有することになり、その後ヤマダ電機で販売していたパフォーマシリーズ(廉価版のマック)を購入して以降、PCはマック一筋で今まで過ごしてきました。いま使っているものが9台目ですね。

スティーブジョブズは、マックの雑誌を見て知りましたが、当時アップルを追い出された時で、NEXT社のNEXTCUBEという画期的かつ高価なコンピュータを発表していました。まだ若く髪の毛はフサフサで、こいつがあのアップルを作ったやつだったのかと思いましたが、割とすぐに彼はアップルに戻り、アップルの再建をやってのけました。

彼は時折、アップル製品の発表などをプレゼンしていましたが、ストリーミングなどを通じでLIVEでその模様を見ることが出来ました。その度にわくわくしてマックの前に陣取り、時には徹夜でその様子を食い入るように見ていました。英語は理解できなかったのですが、そのフレーズを聞き逃さないように耳を傾けていました。
彼の話す言葉はちゃんと理解していませんでしたが、とても心地良い言葉の響きを持っていて、スピーチの達人のように感じました。

今朝訃報を知って、なぜか高校生当時に見たappleⅢplusを思い出し、その写真を探してネットを検索しましたが、あの当時の感動はよみがえってきませんでした。その後発表されたマックやSEのほうがよほど美しい筐体を持っていましたね。

ただ、このニュースに触れて、古い記憶をたどって行くうち、やはり切ない気持ちになりました。
今では当たり前なんですが、モニターの白い画面に黒い文字で書かれたテキストを見た衝撃は忘れられません。
なにせ当時は真っ黒の画面に緑色の文字ばかりでしたので。

スティーブジョブズの人生は、本当に波瀾万丈だったみたいですね。短い人生ながらとても濃い時間を過ごしたことでしょう。
もうあのプレゼンは聞けないのかと思うと、やはり悲しい思いがします。どうかどうか安らかに。今までありがとう。