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山の辺の道は、ここからは比較的訪れた施設は少なめで、道の様子が主になります。


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まるで山道のような狭い小道が続きます。こういう場所で団体さんとすれ違うのは大変です。


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この桧原神社で、大神神社の最後の摂社でしょうか。実はここの神社については、かなり写真を取り忘れていました。
ここには珍しい三ツ鳥居(三つの鳥居を組み合わせたような形の鳥居)がありまして、また伊勢に行く前の天照大神を祭った「元伊勢」であった場所とも言われています。


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奉納されたらしき手水舎。この先にお社と三ツ鳥居がありました。


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桧原神社の先にあった公衆便所。実はかなり新しくキレイなトイレでした。写真ではわかりにくいですね。


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山の辺の道は、大和青垣国定公園に指定されています。
この周辺にある山地を青垣山と呼ばれていて、この山の辺の道や柳生街道などの古道や史跡、神社仏閣などを含めて大和青垣国定公園として保護されています。


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新しめの標識が設置してありました。右側にあるキャラクタがちょっと気になります。


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道は集落の近くを通って、田園風景の開けた場所へ移ってきました。この時点で12時55分。出発して3時間を越えました。


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またまた道から外れるポイントに来ました。大兵主神社まで片道700m。往復で1.4kmです。ここまできたら
ここにも行くぞということで、早足でそちらへ向かいます。


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青垣の山々と、田んぼです。稲刈りが終わったところから、稲穂を干し始めていました。


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少し高台に上がったところから、纒向遺跡がある方面を見たところです。纒向遺跡は邪馬台国の候補地としても有名です。ちょっと方向が違いますが、付近には卑弥呼陵とも噂される箸墓古墳という、古墳時代初期の古墳もあります。


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通りすがりに見ただけですが、景行天皇の宮があったと思しき場所ですね。看板に書いてある年代が、ん?と思われるところもありました。景行天皇といえば、ヤマトタケルの父親ですね。


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こちらも通りすがりでちらっと見ただけですが、こちらは野見宿禰と当麻蹴速が相撲を取った場所ということのようです。当麻蹴速はこの戦いで命を落としています。ずいぶんと今の相撲とは様子が違いますね。



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大兵主神社に到着しました。
主祭神の兵主大神は、垂仁天皇もしくは景行天皇の時代にこの地に祭られた神様とのことですが、元が大国主や須佐之男命など複数の説があるそうです。


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こちらが拝殿です。
兵主大神については、剣の神としてあるいは相撲の神として、武を司っていたとも言われているそうです。

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神社境内では、カエデ類がキレイでした。こちらも11月頃は美しく紅葉するでしょう。


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山の辺の道へと戻って来たところです。天気はさらに良くなってきた感じです。

時間にして13時22分。すでに3時間40分経過しました。当初は6時間で天理駅に到着する予定でしたが、ここでまだ6km地点で、残りは10km以上です。大幅に時間がオーバーしてしまいましたが、まだ日が高いのであきらめず先を目指します。

若干不安になって来た頃ですね。ではまた。




狭井神社から少し戻って、山の辺の道を歩き始めました。

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この道の左にある小道を進みます。


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道標には次の目的地が記されていました。玄賓庵(げんぴんあん)は奈良時代の僧玄賓が住んだ庵だそうです。


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果樹園の横を抜けて、細い道を歩きます。ちょうど写真を撮る直前くらいに、団体さんとすれ違いました。
かなりの大人数。でもまだ、それほどすれ違うのに苦労はしません。


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12時を過ぎたあたりで、この小さな休憩所にでてきました。ここで持って来たパンを食べました。


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ここで、また新たな誘惑が。さきほどの弁財天とは別の、八大竜王弁財天という名の神社が、この道を曲がったところにあるらしいのです。
ついさっき、急がないといけないと思ったばっかりですが、早くも気が変わりそうです。


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んで、あっさりと気が変わりました。


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詳しい由来はわからなかったのですが、大きな二つの池の、奥の畔にあるお社が本殿で、池と池の間にある下の建物からお参りするようです。奥には水子供養の碑がたくさん祀られていました。



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セイタカアワダチソウ。日本の秋ですねー。


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この辺からまた狭い石畳の道に変わってきます。雰囲気が変わりますね。


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玄賓庵の石垣が見えてきました。この先に山門があります。


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玄賓庵の入り口です。歩いて通り過ぎる人のほとんどが、ここはスルーしていました。僕も急いでいる筈ですが、なぜか中に入ってしまいます。いくらかの心持を入れて中へ。


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中は庭園とともに、再興されたという庵と石仏などがありました。ひっそりと人気もなく、大変静かな場所でした。


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カエルの石像にお賽銭をあげて、玄賓庵を後にしました。

ということでここで一区切りとします。まあぼちぼち更新することにします。


大神神社にはたくさんの摂社、末社があります。
ここからさきは、山の辺の道にそって見て来た神社が多く出てくるのですが、これでもすべてではありません。


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若宮社を出て歩き出すとすぐに、左手に神社の参道らしき道が見えてきます。入り口には大神神社で見たような、柱に結びつけられたしめ縄が見えてきました。


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末社の九延彦神社です。末社なので大神神社の祭神とは縁故が薄い神様を祭っているということですが、祭神の九延彦神は大国主とは縁のある神様なので、全く関係ないとは言えないのかなと思います。
なお、田の神様でもあり、知恵の神様でもあるということです。


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平坦な道ばかりでしたが、この神社は少々階段を上って行く必要があります。この部分も山の辺の道になるみたいです。


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これまた独特なお社が出てきました。なんとも優しげな雰囲気です。例のセルフお祓い?も出来るみたいです。
それにしても、このお祓いの棒はなんと言う名前でしたっけ?


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お社の向いからは、奈良盆地の一部が見渡せます。
それにしても、この日はなかなかいい天気でした。


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九延彦神社の脇には、もう次の神社の案内が出ていて、なんだか慌ただしく歩き始めました。
表示に出ている狭井(さい)神社も、なかなか重要な神社ではあるので見逃せません。


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狭井神社へ向かう途中も、多少の上り下りがありまして、途中見晴し台がありました。うーんいい天気。


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見晴し台の周りには、しだれ桜がたくさん植えられていました。4月もなかなか良さそうですね。桜が咲けば里の春っぽい景色になるんでしょう。


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ということで、狭井神社につきました。左に行くと、そのまま山の辺の道に続いて行く道になります。


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歩いて行くうちに、摂社とはいえ大きな神社であることに気がつきました。


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階段の脇にはスロープがありましたが、どうやら個人で奉納された物らしいです。すごいですね。個人でスロープの工事を寄付するなんて、初めて聞きました。


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こちらが狭井神社です。大神の荒魂を祀る神社です。この摂社には一つの大きな役割があります。


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先の記事にも書きましたが、狭井神社は三輪山の登山口があります。
この狭井神社で手続きをして、白いたすきをかけお祓いを受け、いくつかの守らなければならないことを確認した後、この看板の左手から入山していきます。
山の物はどんな物であろうと取ったり傷をつけてはいけない、写真などの撮影禁止、たすきを外してはならない、入山中に見聞きしたことを口外してはならない、などなど。


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狭井神社手前にある、弁財天社です。宗像大神である市杵嶋姫神という女性の神様を祭っています。

ここまでで、ずいぶんと多くの神社やお寺などを見てきました。ここまで多いとは想像していませんでしたので、事前の計画より時間を食ってしまった可能性があります。
この時点で時計は12時近くを指していました。これはやばいです。少し急ぐ必要がありそうです。
というのも、この場所で全行程の五分の一にしか到達していません。距離にして3.2キロですが、寄り道分が2キロ以上になっていました。あちこち寄り道しすぎです。あほやー。

ということで、ブログの記事も長くなってしまいましたが、ここまできたら全部さらけ出そうと思います。なのでパートがいくつになるかわかりませんが、さらに長くなると思います。
まあ時折ニュース記事も交えながら、のんびり更新して行こうと思います。では。