山の辺の道その6 | ビービービーのブログ

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山の辺の道は、ここからは比較的訪れた施設は少なめで、道の様子が主になります。


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まるで山道のような狭い小道が続きます。こういう場所で団体さんとすれ違うのは大変です。


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この桧原神社で、大神神社の最後の摂社でしょうか。実はここの神社については、かなり写真を取り忘れていました。
ここには珍しい三ツ鳥居(三つの鳥居を組み合わせたような形の鳥居)がありまして、また伊勢に行く前の天照大神を祭った「元伊勢」であった場所とも言われています。


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奉納されたらしき手水舎。この先にお社と三ツ鳥居がありました。


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桧原神社の先にあった公衆便所。実はかなり新しくキレイなトイレでした。写真ではわかりにくいですね。


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山の辺の道は、大和青垣国定公園に指定されています。
この周辺にある山地を青垣山と呼ばれていて、この山の辺の道や柳生街道などの古道や史跡、神社仏閣などを含めて大和青垣国定公園として保護されています。


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新しめの標識が設置してありました。右側にあるキャラクタがちょっと気になります。


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道は集落の近くを通って、田園風景の開けた場所へ移ってきました。この時点で12時55分。出発して3時間を越えました。


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またまた道から外れるポイントに来ました。大兵主神社まで片道700m。往復で1.4kmです。ここまできたら
ここにも行くぞということで、早足でそちらへ向かいます。


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青垣の山々と、田んぼです。稲刈りが終わったところから、稲穂を干し始めていました。


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少し高台に上がったところから、纒向遺跡がある方面を見たところです。纒向遺跡は邪馬台国の候補地としても有名です。ちょっと方向が違いますが、付近には卑弥呼陵とも噂される箸墓古墳という、古墳時代初期の古墳もあります。


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通りすがりに見ただけですが、景行天皇の宮があったと思しき場所ですね。看板に書いてある年代が、ん?と思われるところもありました。景行天皇といえば、ヤマトタケルの父親ですね。


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こちらも通りすがりでちらっと見ただけですが、こちらは野見宿禰と当麻蹴速が相撲を取った場所ということのようです。当麻蹴速はこの戦いで命を落としています。ずいぶんと今の相撲とは様子が違いますね。



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大兵主神社に到着しました。
主祭神の兵主大神は、垂仁天皇もしくは景行天皇の時代にこの地に祭られた神様とのことですが、元が大国主や須佐之男命など複数の説があるそうです。


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こちらが拝殿です。
兵主大神については、剣の神としてあるいは相撲の神として、武を司っていたとも言われているそうです。

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神社境内では、カエデ類がキレイでした。こちらも11月頃は美しく紅葉するでしょう。


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山の辺の道へと戻って来たところです。天気はさらに良くなってきた感じです。

時間にして13時22分。すでに3時間40分経過しました。当初は6時間で天理駅に到着する予定でしたが、ここでまだ6km地点で、残りは10km以上です。大幅に時間がオーバーしてしまいましたが、まだ日が高いのであきらめず先を目指します。

若干不安になって来た頃ですね。ではまた。