ディオティマ弦楽四重奏団 シェーンベルク弦楽四重奏曲全曲演奏会 生誕150年に寄せて | ベイのコンサート日記

ベイのコンサート日記

音楽評論家、長谷川京介のブログです。クラシックのコンサートやオペラなどの感想をつづっています。

(東京藝術大学奏楽堂・4月6日 [土] 14:00開演、20時終演)

3回の休憩を入れて6時間は苦行のようなコンサートだと思ったが、シェーンベルクの独創的で超越した作品をディオティマ弦楽四重奏団(以下ディオティマSQ)の緊密で音楽的な演奏で聴くことができ充実した時間を過ごした。

 

シェーンベルクの弦楽四重奏曲は初めて生で聴くと思っていたら、渡辺和彦さんと話すうちに2016年にディオティマSQで2曲聴いていたことを思い出した。

その時のレヴュー↓
ディオティマ弦楽四重奏団(8月27・28日 吉祥寺シアター) | ベイのコンサート日記 (ameblo.jp)

 

1曲目は8年前と同じく弦楽四重奏曲 第3番 op.30から始めた。作曲は1927年。十二音技法で書かれており、4曲の中で最も難解で演奏も難しいと言われる。ディオティマSQには元気なうちに演奏しておこうという意図があったかもしれない。

 

素晴らしい集中力で4人全員が均等に演奏に参加する。旋律らしい旋律はなく、短いフレーズが次々と登場するが、古典音楽的なイントネーションが感じられ、シェーンベルクがベートーヴェン、ブラームスの延長線上に位置する作曲家であることを示すようだった。

 

2曲目は1897年、23歳の時に書いた弦楽四重奏曲二長調

第3番とは全く異なるオーソドックスな曲。第1楽章や第4楽章の民族的なメロディや第2楽章間奏曲のロマンティックな旋律はドヴォルザークを思わせる。第3楽章に少しシェーンベルクらしい動きがあるが、言われなければシェーンベルクの作品だと言い当てるのは難しい。

 

30分の休憩後の弦楽四重奏曲 第1番 ニ短調 op.7 は1905年に完成。対位法的書法で書かれた1楽章制、1320小節の大作。演奏時間は約46分。

緩徐部分がとても高貴で美しく、中でもやすらぎに満ちたコーダは素晴らしかった。

交響曲を1曲聴く以上の充足感があり、シェーンベルクのけた外れの才能に圧倒される。弦楽四重奏曲全集を録音するだけあり、ディオティマSQの集中力は並外れており、これ以上の演奏を聴くことは多分ないのでは、とさえ思えた。

 

ここで1時間の休憩になり、その間に浅井佑太氏(お茶の水女子大学音楽表現コース 助教)とoffice yamane代表山根悟朗氏によるスペシャルトークがあった。

東京・春・音楽祭のサイトにトークの抜粋映像がアップされている。
【シェーンベルク生誕150年に寄せて】スペシャル・トーク抜粋版 (youtube.com)

山根)『1100人のホールに462人の入場。2020年9月にハノーファーで同じようなコンサートをディオティマSQが行った時は200人。日本の聴衆は素晴らしい(笑)』

浅井)『シェーンベルクは家庭も貧乏でピアノも無くピアノが弾けなかった。仲間と弦楽四重奏をやっており、チェロを担当。頭の中で、弦楽四重奏で作曲し、そこに楽器を足していったのではないか。

シェーンベルクは天才で作曲は速い。「月に憑かれたピエロ」などは頭の中で完成されていた。有能で天才だが人柄はパワハラ。弟子に厳しいが、面倒見は良い。12音技法はルールというより考え方。使ってもいいし、使わなくともよい。ゴリゴリの理論や作曲法ではない。私も聴いていて十二音技法かどうかわからないので、安心してください(笑)。今回の弦楽四重奏曲の個性については、0番(二長調)は習作でブラームスやドヴォルザークの交響曲を聴いているよう。第2番は初めての無調、第3番はベートーヴェン的、第4番はモーツァルト的。小品2曲、プレスト ハ長調 と スケルツォ ヘ長調は習作だがシェーンベルクの原点。ものすごくいい曲。

シェーンベルクのインパクトは、大きすぎて我々にはわからない。ブラームスにも影響を与えた』

 

30分の休憩後の第3部は 弦楽四重奏曲 第4番 op.37 から。

1936年ロスアンジェルスで完成。十二音技法で書かれたが、旋律には調性感もある。

第1楽章から緊張度が高く緻密で充実した内容。第2楽章は複合三部形式のメヌエット。第3楽章ラルゴが重厚で素晴らしい。ディオティマSQも力を維持して集中力のある演奏を展開する。第4楽章アレグロはロンド形式。緊張が続くが、最後は静かに終わる。

十二音技法のひとつの完成形であり、4曲の中では練り上げられた傑作と言えるかもしれない。

 

2曲目は弦楽四重奏曲 第2番 嬰ヘ短調 op.10(ソプラノと弦楽四重奏版)

作曲は1907年から翌年。後期ロマン派的な作風と無調の境目に書かれ、第3楽章に「連禱」、第4楽章に「恍惚」の2つの歌が入る。第4楽章には無調的な部分が現れる。ソプラノのレネケ・ルイテンは声量もあり、メゾのような潤いのある声質。マーラー的な作風だが、第4楽章「恍惚」はマーラーよりも深いのではないだろうか。

 

3回目の休憩後、 プレスト ハ長調(1896年から1897年) と スケルツォ ヘ長調(1897年)が演奏された。

いずれもベートーヴェン、ブラームスの作品と言ってもそのまま受けいれられるような保守的な作品だが、生き生きとした表情が魅力。スケルツォ中間部のトリオがチャーミング。

 

最後は、《浄められた夜》op.4 。作曲は1899年に完成。ヴィオラに安達真理(日本フィル客演首席)、チェロに中 実穂(N響次席)が加わる。

日本の奏者二人とディオティマSQの音楽性が異なるため、どこか一体感に欠けたことは残念。正直、この曲はなくてもよかったように思った。

 

ともあれ、この先恐らく二度と実現しないであろう、空前絶後の演奏会は充実の極みだった。会場には冷たい飲み物の自販機しかなく、飲食が不便なことが唯一の不満。何もないことを予想してパンとペットボトルだけは持参したが、温かい飲み物が欲しかった。

 

出演

ディオティマ弦楽四重奏団

 ヴァイオリン:ユン・ペン・ジャオ、レオ・マリリエ

 ヴィオラ:フランク・シュヴァリエ

 チェロ:アレクシス・デシャルム

ヴィオラ:安達真理

チェロ:中 実穂

ソプラノ:レネケ・ルイテン

曲目

シェーンベルク:

 弦楽四重奏曲 第3番 op.30

 弦楽四重奏曲 ニ長調

 弦楽四重奏曲 第1番 ニ短調 op.7

 弦楽四重奏曲 第4番 op.37

 弦楽四重奏曲 第2番 嬰ヘ短調 op.10(ソプラノと弦楽四重奏版)

 プレスト ハ長調

 スケルツォ ヘ長調

 《浄められた夜》op.4

公演時間:約6時間(休憩3回、30分、60分、30含む)

休憩時に浅井佑太(お茶の水女子大学音楽表現コース 助教)によるスペシャルトーク