「運命」を可視化したパウントニー演出、八嶋恵利奈の鮮烈な指揮
東京二期会がヴェルディ《運命の力》を1989年以来、37年ぶりに上演する。ボン歌劇場、ウェールズ・ナショナル・オペラとの提携公演で、演出は英国オペラ界の重鎮サー・デヴィッド・パウントニー。指揮は欧米の歌劇場で活躍し、今回が日本でのオペラ指揮デビューとなる八嶋恵利奈が務める。9月3日の初日を前に、初日組によるゲネプロを聴いた。
まず目を引くのが、パウントニーの明快な演出である。
《運命の力》は悲劇と喜劇、宗教と戦争、個人の愛憎と群衆劇が入り交じり、舞台も大きく移り変わる。ともすれば散漫になりかねない作品だが、パウントニーは題名そのものでもある「運命」を可視化することで、複雑なドラマを一本の線で貫いた。
その鍵を握るのが、レオノーラの侍女クッラとプレツィオジッラを一人の歌手に演じさせる仕掛けである。加藤のぞみは、プレツィオジッラの弾けた、どこか突き抜けた人物像を好演好唱。さらに「運命の化身」として、歌わない場面にも主役たちと同じくらい頻繁に姿を現す。黙ってそこにいるだけでも強い存在感があり、レオノーラ、アルヴァーロ、カルロらの人生を「運命」が絶えず見つめ、付きまとっているようだ。
冒頭の悲劇によって刻まれる「血」のイメージも、その後の舞台を貫いていく。過去の出来事から逃れられず、復讐に取り憑かれていく人間たち。その執着が「運命」と結びついていく。具体的な仕掛けは本番で確かめていただくとして、「運命」と「血」という二つのモチーフによって、錯綜する物語が驚くほど見通しよくなった。初めて《運命の力》を見る人にも理解しやすい演出だろう。
歌手陣も充実している。レオノーラの大村博美は幕が進むにつれてどんどん良くなり、第4幕第2場のアリア「神よ、平和を与えたまえ」では高音がよく伸び、弱音のコントロールも見事だった。アルヴァーロの樋口達哉は終始好調。カルロの今井俊輔は復讐に執念を燃やす役柄にぴたりとはまり、荒々しさをむき出しにした歌唱は大迫力である。
もう一つ見逃せないのが、カラトラーヴァ侯爵とグァルディアーノ神父を同じ歌手に演じさせていることである。パウントニーは、レオノーラがグァルディアーノ神父の中に、実父には得られなかった「父親像」を見いだすことを意図したという。冒頭で父を失ったレオノーラの前に、やがて別の「父」としてグァルディアーノ神父が現れる。この二役を一人の歌手が演じることにも、演出の明確な意味がある。
山下浩司はカラトラーヴァ侯爵とグァルディアーノ神父という性格の異なる二役を、安定した歌唱で務めた。
そして今回、大きな収穫と感じたのが八嶋恵利奈の指揮である。
序曲冒頭、「運命の動機」を告げる金管の同音反復を必要以上に強奏しなかったのがまず印象に残った。ヴェルディの指定はフォルティッシモではなくフォルテ。八嶋はそれをむやみに威圧的には鳴らさない。しかし劇がクライマックスへ向かう場面では、一転して金管を強烈に炸裂させる。その対照が実に鮮やかだった。全体の流れがよく、緩急、強弱のメリハリが明快なのである。
歌手への付け方も細やかで、舞台上の歌手たちが実に歌いやすそうなのも印象的だった。そして何より八嶋の力量を感じさせたのが、合唱と群衆場面の処理である。大人数が舞台上で動き、ヴェルディの音楽が巨大なエネルギーを放つ場面でも重くならず、切れがあり明解。東京フィルハーモニー交響楽団と歌手、合唱を一つに束ねながら、劇をぐいぐい前へ進めていく。
二期会合唱団、新国立劇場合唱団、藤原歌劇団合唱部による合唱陣も大健闘。なかでも心に残ったのが第2幕、修道院でオルガンを伴って響く僧侶たちの合唱である。
八嶋自身、公演前のインタビューでこの第2幕を「魂が高められるような音楽」と語り、オルガンからグァルディアーノ神父、合唱へと響きが積み重なっていくフィナーレを「特別」として聴きどころに挙げている。実際のゲネプロでも、その言葉を裏付けるような素晴らしい響きだった。戦争や群衆の喧騒とは一転して、深い祈りの世界が広がる。本番でぜひ耳を澄ませて聴いてほしい場面である。
悲劇と喜劇、戦争と祈り、個人の愛と復讐、そして巨大な群衆――。《運命の力》が内包する振幅の大きさを、パウントニーは「運命」を可視化した舞台によって整理し、八嶋は音楽の流れと鮮明なコントラストによって描き出す。充実した歌手陣と合唱、東京フィルもそれに応えた。37年ぶりとなる東京二期会の《運命の力》、本番が楽しみな舞台である。
公演情報
東京二期会オペラ劇場 ヴェルディ《運命の力》
ボン歌劇場とウェールズ・ナショナル・オペラとの提携公演
全4幕/原語(イタリア語)上演・日本語及び英語字幕付
日時
2026年9月3日(木)18:00
9月4日(金)14:00
9月5日(土)14:00
9月6日(日)14:00
会場
新国立劇場 オペラパレス
指揮:八嶋恵利奈
演出:サー・デヴィッド・パウントニー
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
合唱:二期会合唱団、新国立劇場合唱団、藤原歌劇団合唱部
9月3日・5日主要キャスト
カラトラーヴァ侯爵/グァルディアーノ神父:山下浩司
レオノーラ:大村博美
ドン・カルロ:今井俊輔
ドン・アルヴァーロ:樋口達哉
プレツィオジッラ/クッラ:加藤のぞみ
メリトーネ:堺 裕馬
9月4日・6日主要キャスト
カラトラーヴァ侯爵/グァルディアーノ神父:後藤春馬
レオノーラ:イ・スンジェ
ドン・カルロ:小林啓倫
ドン・アルヴァーロ:小原啓楼
プレツィオジッラ/クッラ:花房英里子
メリトーネ:室岡大輝
東京二期会《運命の力》公演詳細
東京二期会公式サイト《運命の力》















