レヴューに入る前に、フランソワ=グザヴィエ・ロトの意図を知るため、インタビューの要約から始めたい。
ロトはサイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)を10代の頃から知り、小澤征爾との録音を通して「理想のオーケストラ」と感じてきた。自身もフルート奏者時代、パリ・オペラ座で小澤と短時間ながら共演した経験を持つ。
ブルックナーでは第8番を最も愛し、「構成と表現の両面で最も高みに到達した作品」と語る。今回はハース版を選択。ブルックナーが実際のオーケストラの響きを経験したことが反映された、より成熟した姿と考えている。
演奏で重視するのは、ドラマトゥルギー(劇的構造)、透明性、フレージング。ブルックナーを誇張し、「重厚すぎる音楽」にしてはいけないという。
一方で、最終的に目指すのは、聴き手が「時間の感覚を失う」ほどの、形而上学的、精神的、詩的な音楽体験である。
今回の第8番では、重厚さを排した明晰なアプローチが、どこまで深い精神的体験へと結びつくかが最大の聴きどころとなる。
事前にこうした予備知識を得るとともに、
今年7月17日のSWR交響楽団との第8番(今回と同じハース版)のYouTubeも聴いたうえで演奏会に臨んだ。(映像ではリゲティに続いて演奏されている)
https://www.youtube.com/live/0h0XtWQC32E
演奏の方向性はSWR響と同じだが、オーケストラの能力と合奏力、そして生演奏ならではの桁違いの迫力も相まって、SKOが優ると感じた。弦は16型の対向配置。コントラバスは下手側に並んだ。
ロトがインタビューで語った目標は、ほぼ達成されたと言ってよい。
第1楽章 Allegro moderato アレグロ・モデラート(ほどよく速く) ハ短調
テンポは速く、3つの主題がやや前のめりに展開される。
第1主題も、多くの指揮者なら低弦をたっぷり鳴らして重厚感を生み出すところだが、ロトのテンポでは緊張感こそ強いものの、いわゆる峻厳なブルックナーにはならない。 展開部で金管が強奏するクライマックスは引き締まっているが、震撼するほどではない。
しかし、コーダ直前、ブルックナーが死を暗示するものとして説明したと伝えられる部分では、金管、とりわけトランペットの力強いハ音が突き刺さるように鋭く繰り返され、ロトのいう「劇的な」緊張感が支配した。
第2楽章 Scherzo. Allegro moderato – Trio. Langsam スケルツォ アレグロ・モデラート ― トリオ。ゆっくりと ハ短調(トリオ:変イ長調)
この楽章は、ブルックナーが語った「ドイツの鈍重な田舎者、野人ミヒェル」とは思えないほど、鋭く引き締まり、切れ味のよいスケルツォとなった。
ロトはしなやかな身体の動きから、躍動感あふれる音楽を引き出す。中間部では木管とホルンがくっきりと浮かび上がり、響きの明晰さが素晴らしい。
トリオも「野人ミヒェルが田舎を夢見る」というより、すっきりと洗練された舞曲の趣。スケルツォが戻ると、金管が再び輝かしく鳴り響いた。
第3楽章 Adagio. Feierlich langsam; doch nicht schleppend アダージョ。荘重にゆっくりと、しかし引きずらずに 変ニ長調
ここではロトの狙いがピタリと決まった。
私の感想としては、この日の演奏は第3楽章と第4楽章が出色だった。
自分の記録のためにも、ここから先はSWR響とのYouTubeのタイムを入れながら、詳細に振り返っておきたい。
冒頭(41:39)は、第1主題の表情に、私が期待していたような神聖さがやや乏しく、少し物足りなかった。
しかし、見事なホルンのソロ(45:59)の後、チェロによる第2主題第1句(46:12頃、音飛びあり)に続き、ヴィオラがその主題を弾き始めた頃(46:55)から、何かが変わった。 これまでにない高みに到達した。SWR響との演奏にはなかった深みがあった。
ワーグナー・テューバによる第2主題第2句(47:41頃)も、柔らかなハーモニーを響かせる。その旋律が上行する(48:02頃)には、天上へ向かうブルックナー特有の世界が感じられた。やがて金管も加わり、(48:27頃から)大きく盛り上がっていく。
弦の経過句を経て、第1主題が再現される。冒頭よりも深みが増している。徐々に高揚するものの、やがて静まり、フルートが清めのような響きを聴かせる。
第2主題第1句がチェロ、ヴィオラ、金管へと受け継がれ、ワーグナー・テューバが第2主題第2句を奏す。やがてピッツィカートだけとなって静まる(54:56頃)。
ここからさらに高みに入った。
ヴァイオリンとヴィオラ、そしてチェロの高音による澄み切った響き(55:42前後)から聴こえてきたその音は、天上への門を静かに開くようだった。
このとき、ロトが目指す「時間の感覚が消えていくほどの音楽体験」が、本格的に始まったのだと確信するに至った。
ブルックナーの第8番を、これまで何度聴いてきただろう。私はこの箇所を聴き逃していたのだろうか。
第1主題の2回目の再現(56:01頃)が、ヴィオラの六連符に支えられて始まる。やがて、それまで登場しなかったティンパニが加わり(57:30頃)、最初のクライマックスを形成する。
それが収まると、ハース版の特徴が耳でもよく分かる、ノヴァーク校訂の1890年第2稿では削除されている第209小節から218小節までの10小節に入る(57:51頃)。 これは、ハースが第1稿の素材を第2稿に復活させた部分である。
いったん静かな時間が生まれたあと再び盛り上がるが(58:35頃)、ほどなく先ほどと似た落ち着いた経過部へ移る。209小節の静けさがフラッシュバックするような、既視感ならぬ「既聴感」を覚えた。ここはノヴァーク校訂の1890年第2稿とハース版、どちらがよいのだろう。フルトヴェングラーもこの部分をカットしている。一方、ハース版を常用した朝比奈隆は、金子建志との対談で「書いてあるものは全部やる」と語っている。
もう一度音楽が高まり、突然のゲネラル・パウゼとなる(59:44頃)。そして、ここから本当のクライマックスが始まった。 シンバルが打ち鳴らされ(1:00頃)、金管が第1主題後半の天へ向かう上行音階を壮大に吹奏する。そして、もう一度シンバル。サイトウ・キネン・オーケストラがつくり出した、この壮大な響きを何と形容すればよいのだろう。 時間を超越した世界の頂点についに到達した。
もう一度、第1主題後半が奏され、ハープがその場を清める。ホルンとワーグナー・テューバに導かれ、聖なる神殿への道が開けていく。清らかな弦の後奏とともに、長い旅を終えた。
第4楽章 Finale. Feierlich, nicht schnell フィナーレ。荘重に、速くなく ハ短調 → ハ長調
第4楽章(1:05:50頃)は、SKOの強力な金管が圧倒的な威力を発揮する楽章となった。 ホルンとトロンボーンによる第1主題、そしてトランペットのファンファーレが炸裂する。ロトが目指す、劇的で長大なドラマの結末へ向けて音楽は進んでいく。
テンポは速め。ヴィブラートを抑えた、引き締まった響きで、金管はしっかりと鳴らす。 弦とホルンによる第2主題(1:07:18頃)の後、ティンパニの打音に続いて、コントラバス、クラリネット、ファゴットによる第3主題が荘厳に登場する(1:09:32頃)。
そして再び休止(1:10:12頃)。
フルートなどによるコラール風の旋律に、ピッツィカートと木管が続き、やがてティンパニを伴った管弦楽による劇的なクライマックスとなる(1:11:08頃)。
金管群の輝かしさは、まさにSKOならではだ。
静まった‘1:11:47頃)のち、コンサートマスター豊嶋泰嗣による短いヴァイオリン・ソロを経て、ホルンが第1主題を暗示し、展開部へ入る直前(1:12:16頃)まで。ハース版では第211小節から230小節にあたり、ノヴァーク校訂の1890年第2稿では削除されている部分である。
ここも、ハースが第1稿の素材を第2稿に復活させた部分にあたる。
朝比奈隆はこのカットを「一番気に食わない」と言い、一方ノヴァーク版を指揮する宇野功芳は「あまり必要は感じない。ソロ・ヴァイオリンは効果的とは言えない」と語っている。
しかし実際に聴いた私の感想は少し違った。 この部分が入ることで、直前のクライマックスの興奮をいったん鎮め、次の展開へ向かう呼吸が生まれる。これはこれで悪くない。
木管と金管の対話の後、柔らかな弦が続く。ややテンポを速めながら、(1:14:49頃から)再びクライマックスへ向けて展開し、それまでに現れた主題素材が対位法的に絡み合っていく。
金管によって第1主題が確保され、再現部(1:18:16頃)が始まる。
トランペットのファンファーレが素晴らしい。SKOの金管には、もう何も言うことがない。 そのまま強烈な展開となり、弦に第2主題が現れる(1:20:36頃)。少し落ち着き、休止(1:21:35頃)。 ホルンとワーグナー・テューバによるコラール風の句に続き、ティンパニのロールに乗って第3主題が始まる(1:22:23頃)。しだいに高揚し、(1:23:24頃)金管が第1楽章の第1主題を壮大に吹奏する。
ここから先は、ロトが重視するドラマトゥルギーによって長大な構造を組み上げていく、その最終段階である。
フルートが付点音符による短い経過句を吹き、ティンパニの打音。そして休止(1:24:31頃)。コーダに入る。
第1、第2ヴァイオリンが上行音型を奏でる中、ホルン、続いてワーグナー・テューバが荘重に響く。そして、各楽章の主要主題が対位法的に重ね合わされる。第1楽章の第1主題、第2楽章スケルツォの主題、第3楽章の主題、そして第4楽章の主題。 最後はソ・ミ・レ・ドと下降する動機とともに、ついに長大にして広大な建造物が完成した(1:27:17頃。映像はリゲティを含むためののタイム)。
演奏時間は76分前後。SWR交響楽団との演奏とほぼ同じであった。
しかし、音が消えても演奏は終わらなかった。ロトは挙げた手をそのまま止め、静寂を保った。 ホールは完全な静けさに包まれた。しわぶき一つない。25秒を過ぎた頃だろうか。ロトが静かに手を下ろした。しかし、なお動かない。沈黙はさらに続いた。 その間、36秒か、40秒ほどだっただろうか。ロトのいう「時間の感覚がなくなる」とは、このことも差すのだろう。
カーテンコールでは、ロトが楽員を立たせながら、自身は指揮台に上らず、そのまますぐ袖へ戻る場面もあった。そこには、ロトのサイトウ・キネン・オーケストラに対する満腔の敬意と、心からの感謝が示されていたように思う。
参考資料:
【特集】フランソワ=グザヴィエ・ロト インタビュー | セイジ・オザワ 松本フェスティバル
写真©OMF2026大窪道治 セイジ・オザワ松本フェスティバルのSNSから転用















