(8月11日・ミューザ川崎シンフォニーホール)
フェスタ サマーミューザもついに千秋楽。「一人ほぼ日刊サマーミューザ」も第10回で最終回となった。
フェスタを締めくくるのはフィナーレでおなじみの原田慶太楼。プレトークでは、プログラム後半最初の《UTAGE~宴~》を作曲した山本菜摘と登場した。山本は、東京交響楽団とサントリーホールによる「新曲チャレンジ・プロジェクト♪2023」で作品が採用され、原田指揮・東響によって《トレイン大集合!》が世界初演された。このプロジェクトをきっかけに、その後さまざまな作曲や編曲の仕事につながったという。
《UTAGE~宴~》は群馬交響楽団の委嘱作品。群馬にちなんだ作品という依頼を受け、原田は外山雄三《管弦楽のためのラプソディ》のような作品を、とリクエストしたという。山本は群馬ゆかりの「草津節」や「八木節」を採り入れ、富岡製糸場を見学した印象や、群馬の山々が重なり合う風景などを音楽に織り込んだ。2024年5月、原田慶太楼指揮・群馬交響楽団によって初演された。演奏については後半で触れたい。
作曲家の記念年を大切にする原田は、今年生誕150年、没後80年を迎えるファリャ(1876~1946)の歌劇《はかなき人生》から〈スペイン舞曲第1番〉でスタートした。途中、フラメンコの色彩が濃くなる場面では、原田がダンサーやギタリストを鼓舞するかのように両手を打ち鳴らしながら指揮した。原田らしい躍動感に満ち、鮮やかな色彩を放つが、原色を濃厚に塗り重ねるというより、すっきりとした色合いであった。
プロコフィエフ《ピアノ協奏曲第3番》では、2025年エリザベート王妃国際音楽コンクールで日本人歴代最高位となる第2位に入賞した久末航が登場した。
久末の長所は、音を力で押し出すより、タッチを細やかにコントロールし、多彩な音色を引き出すところにある。最近の名古屋でのリサイタルも、ラヴェル、デュサパン、フランク、バルトーク、ベートーヴェンという、音色と構築の双方を要求するプログラムであった。
しかし、プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番では、それとは異なる資質も要求される。鍵盤を打楽器のように鳴らす硬質なアタック、音の芯を失わず高速で押し切る推進力、オーケストラの厚い響きを突き抜ける強靱な響き、さらにはグロテスクさ、皮肉、野性味を恐れない表現である。
久末は、そうした要素をむき出しにする方向には進まなかった。むしろ、自らの持ち味を生かしながらプロコフィエフに向き合う姿勢が感じられた。
第1楽章で久末の美質がよく表れたのは、中間部で冒頭の抒情的な主題が回帰し、ピアノがドルチェで繊細に展開していく場面であった。ここでの音色の多彩さには、フランス音楽を得意とする久末の持ち味がよく出ていた。一方、アレグロに入ってからの強いアクセントや、フォルティシモで激しく和音を打ち込む箇所では、もう一段の迫力が欲しい。
再現部から終結へ向かうにつれて力感と躍動性を増し、演奏全体の設計がきちんと構想されていることが伝わってくる。急速に駆け抜けるコーダは原田/東響と一体となり、鋭い切れ味で締めくくったが、音そのものの強靱さという点ではやや物足りなさが残った。
久末の強みが最も発揮されたのは、第2楽章アンダンティーノ、主題と5つの変奏であった。
主題提示では、クラリネット(吉野亜希菜)とフルート(竹山愛)の美しい音色とニュアンスが素晴らしい。
第1変奏では、トリルから上行するグリッサンド風のパッセージ、主題を彩る光の移ろい、細かな音型の精緻な処理に久末の美質が存分に生かされた。
アレグロの第2変奏では、ローリー・ディランの輝かしいトランペットなどとともに勢いよく進む。ここではピアノにも十分な推進力があり、力不足を感じさせない。
アレグロ・モデラートの第3変奏も、シンコペーションを強調したリズムに乗って、久末は活気に満ちた演奏を展開する。力むことなく、バランスのとれた表現であった。
第4変奏アンダンテ・メディタティーヴォは、久末のピアニズムに最も適した部分として期待した。確かに響きは繊細で、きらめきもあるのだが、もうひとつ音楽の奥深くまで入り込めない。これは久末の問題というより、プロコフィエフの筆致そのものによるのかもしれない。抒情的ではあっても、感情に深く没入するというより、どこか醒めた眼差しを失わない音楽なのである。
第5変奏ではピアノとオーケストラが激しく絡み合う。強いアクセントを刻みながらオーケストラと競い合う部分では、久末の響きが厚い管弦楽の中に埋もれがちになる。一方、主題が戻り、ピアノが細やかな装飾を加える箇所では、久末ならではの精緻なニュアンスが生きた。
第3楽章アレグロ・マ・ノン・トロッポは、ピッツィカートの弦とファゴットが奏するどこか日本的にも聞こえる主題に対し、ピアノが対立するように割って入る。プロコフィエフ自身がこの楽章をピアノとオーケストラの「論争」と捉えたように、やがてテンポを上げながら両者が激しく競い合っていく。アンサンブルはよく噛み合っているが、久末の打鍵にはもう一段の強靱さが欲しく、厚い管弦楽に埋もれる場面もあった。
木管が抒情的な副主題を奏でると、久末がリリカルな音色で応える。続いて弱音器を付けた弦とピアノが静かに交わす場面では、久末の響きは清冽で、素早い連符やトリルもこの上なく美しい。
やがて冒頭主題が回帰し、ピアノとオーケストラは再び対立を深めながら高揚していく。久末の高音域は輝かしく美しい。しかし、打鍵の厚みや音の芯をことさらに前面へ押し出さないため、オーケストラの大音響に真っ向から対抗する圧力や、プロコフィエフ特有の荒々しい野性味までは生まれにくい。
原田/東響との呼吸はよく合っており、コーダは鮮やかに決まった。盛大な拍手が起きた。
アンコールは、リスト《巡礼の年》第1年「スイス」から第9曲〈ジュネーヴの鐘〉。
若きリストがマリー・ダグー伯爵夫人とスイスに滞在した時期の体験を背景に持ち、初期稿は1835年にジュネーヴで生まれた二人の娘ブランディーヌに捧げられた。遠くから聞こえる鐘を思わせる柔らかな音型に始まり、穏やかで歌謡的な旋律が浮かび上がる、詩的で内省的な作品である。
久末の右手の高音域は抒情的で美しい。フォルティシモに至っても繊細さを失わず、響きを詩的に広げていく。プロコフィエフでも一貫して感じられた久末のリリシズムが、ここでは十全に発揮された。
後半1曲目は山本菜摘《UTAGE~宴~》。原田慶太楼のエネルギッシュな指揮のもと、金管が晴れやかに鳴り響く。「草津節」「八木節」の旋律も姿を現すが、外山雄三《管弦楽のためのラプソディ》の野性的な熱気とは異なり、どこか柔らかな表情を備えているところに作曲家の個性が感じられた。
チェロが奏でる旋律も印象に残った。富岡製糸場の「機織り」や群馬の山々の風景などが作品に織り込まれているというが、この旋律もそうしたイメージにつながるものなのだろうか。
金管や打楽器の活躍も目覚ましい。なお、この作品には作曲者自身による吹奏楽版があり、2024年8月に原田慶太楼指揮で初演されている。
フィナーレのトリを飾るのは、チャイコフスキー《交響曲第5番》。
全楽章を、ほとんど間を置かずにつなげて演奏した。原田慶太楼らしい覇気に満ちた、爽快なチャイコフスキーである。東響の集中力も高く、各首席奏者のソロも一部の疵を除けばほぼ完璧。ホルンとトランペットにはそれぞれアシスタント奏者も加わった。
第1楽章、クラリネットが奏でる序奏の「運命の主題」は、それほど暗く沈み込まない。主部に入っても過度に悲劇性を強調せず、第2主題も冒頭は感情を抑え気味に進めるが、後半ではテンポを落とし、じっくりと情熱を込めて歌わせた。
展開部は引き締まったテンポで進み、再現部はファゴットからゆったりと始まる。推移部の旋律はたっぷりと歌わせ、第2主題では弱音の繊細さを際立たせた。
第2楽章では、冒頭の弦が濃い陰影をつくる。主題を奏するホルン(上間善之)のソロは、朗々と吹き鳴らすのではなく、ほのかな甘さを含み、ロシア的な深みを感じさせた。クラリネットのオブリガートも美しい。オーボエ(荒木良太)の端正なソロも素晴らしかった。チェロにはもう少し表情の変化があってもよかったかもしれない。一方、コントラバスは厚みのある響きで全体を支えた。
音楽が高揚したのち、中間部で聴かせるクラリネット(吉野亜希菜)とファゴット(福士マリ子)の陰影に富んだソロにも味わいがある。さらに大きく力を蓄えた頂点で回帰する「運命の主題」は、トランペットの鋭い響きによって強烈な印象を残した。
コーダでも「運命の主題」が激しく姿を現すが、やがて中間部の旋律によって穏やかさを取り戻し、最後はクラリネットのソロが余韻を残して静かに閉じた。
ほとんど間を置かず第3楽章のワルツへ。ここでは肩の力が抜け、淡々とした自然体の運びとなる。ファゴットの表情も豊かだ。テンポの速い中間部も軽やかで爽やか。ワルツが回帰したのち、最後は緊張を高めて締めくくり、その勢いのまま第4楽章へ入った。
ホ長調に転じた弦の「運命の主題」に始まる序奏は、たっぷりとした広がりを持つ。やがて金管が加わって荘厳な頂点を築き、主部の強烈な第1主題へ。しかし響きは決して重くならない。オーボエなどが担う推移部も軽快に進み、木管による第2主題にも流動感がある。
金管による「運命の主題」も長調で輝かしく響き、その明るさを保ったまま展開部へ。激しく展開してもアンサンブルは引き締まり、停滞することなく前へ進んでいく。
さらに速度を上げて高揚し、ティンパニの連打とともに壮大な頂点を形成する。フェルマータを伴う全休止も長く引き延ばさず、すぐに先へ進んだ。
弦が堂々と「運命の主題」を奏で、トランペット、ティンパニが加わると、壮大な凱歌が繰り広げられる。原田はここで指揮の動きを止め、高揚する音楽をオーケストラに委ねた。それでもアンサンブルの緊張感は少しも失われない。
結尾のプレスト直前から原田が再び東響を強く導く。最後はローリー・ディラン率いるトランペットの突き抜けるような強靱な吹奏と全合奏の推進力によって、輝かしいクライマックスを形成。「運命の主題」を決然と打ち出して全曲を閉じた。
フェスタ サマーミューザの最後を飾るにふさわしい、祝祭感に満ちた演奏であった。
アンコールは例年通り、山本直純《好きです かわさき 愛の街》。聴衆の手拍子も加わり、会場全体が一体となって楽しく演奏され、18日間にわたるフェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2026は幕を閉じた。
フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2026
東京交響楽団 フィナーレコンサート
「祝祭の響き、熱狂から歓喜へ!」
8月11日(火・祝)15:00開演
ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:原田慶太楼
ピアノ:久末 航
ファリャ:歌劇《はかなき人生》から〈スペイン舞曲第1番〉
プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番 ハ長調 op.26
山本菜摘:UTAGE~宴~
チャイコフスキー:交響曲第5番 ホ短調 op.64
[アンコール]
ソリスト・アンコール
リスト:《巡礼の年》第1年「スイス」から第9曲〈ジュネーヴの鐘〉














