ワーグナー『ニーベルングの指環』ガラ・コンサート ヤノフスキ指揮N響 東京・春・音楽祭 | ベイのコンサート日記

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音楽評論家、長谷川京介のブログです。クラシックのコンサートやオペラなどの感想をつづっています。

(4月7日 [日] ・東京文化会館 大ホール)

《ニーベルングの指環》の4つの楽劇の名場面を一度に味わう贅沢なコンサート。

ヤノフスキN響は《トリスタンとイゾルデ》の勢いを維持した。
コンサートマスターはドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団第1コンサートマスターヴォルフガング・ヘントリッヒ。ドレスデン・フィルの首席指揮者を務めたヤノフスキとは深い信頼で結ばれている。2022年にヤノフスキはドレスデン・フィルを指揮して演奏会形式の《指環》を上演しており、その際もヘントリッヒがコンサートマスターを務めたのだろう。最適な人選だった。

 

序夜《ラインの黄金》より第4場「城へと歩む橋は……」〜 第4場フィナーレ

  ヴォータン:マルクス・アイヒェ(バリトン)

  フロー:岸波愛学

  ローゲ:ヴィンセント・ヴォルフシュタイナー(テノール)

  フリッカ:杉山由紀(メゾ・ソプラノ)

  ヴォークリンデ:冨平安希子(ソプラノ)

  ヴェルグンデ:秋本悠希(メソ・ソプラノ)

  フロースヒルデ:金子美香(メゾ・ソプラノ)

 

ヴォータンのマルクス・アイヒェ(バリトン)は、《トリスタンとイゾルデ》のときと較べて少し調子が悪いように感じた。フリッカの杉山由紀は一節のみ歌う。ローゲのヴィンセント・ヴォルフシュタイナー(テノール)は張りがある声で絶好調。ラインの娘たちの歌にハープが絡み、ヴァルハラ城への入場シーンが管弦楽により文字通り壮大に奏でられる。N響の金管の輝かしさ!ヤノフスキの指揮は芝居がかったハッタリはなく、直截にオーケストラを鳴らし切る。余計なものが入り込まないピュアな響きがあった。

 

第1日《ワルキューレ》より第1幕 第3場「父は誓った 俺がひと振りの剣を見出すと……」〜第1幕フィナーレ

 ジークムント:ヴィンセント・ヴォルフシュタイナー(テノール)

 ジークリンデ:エレーナ・パンクラトヴァ(ソプラノ)

 

《ワルキューレ》の名場面。ジークムントのヴィンセント・ヴォルフシュタイナー(テノール)とジークリンデのエレーナ・パンクラトヴァ(ソプラノ)が好調なので、とてもききごたえがあった。

ヴォルフシュタイナー「ヴェルゼ!」の一声が最高!これを聴きたいという願望が満たされた。

パンクラトヴァは貫禄十分。声の表情には一途さや陰りもあり、ジークリンデにふさわしい。「失ったすべてを私は取り戻すでしょう」と盛り上がっていくところはゾクゾクする。

 

ジークムントのソロ「冬の嵐は喜びの月に席を譲り」を歌うヴォルフシュタイナーは好調。パンクラトヴァも加わり、オペラの美しい二重唱のように愛の歌が歌われていく。

パンクラトヴァの「ジークムントとあなたを名付けます!」も充実。
 

ジークムントのヴォルフシュタイナーが「お前は花嫁にして妹!ヴェルズングの血よ栄えよ!」と叫び嵐のような後奏となる。そのスピード感と切れ、腹にズンとくる迫力。16型のオーケストラによる演奏会形式ならではのたまらない興奮に酔う。最高にしびれた瞬間だった。

 

休憩の後は
第2日《ジークフリート》より第2幕「森のささやき」〜フィナーレ
ジークフリート:ヴィンセント・ヴォルフシュタイナー(テノール)

森の鳥:中畑有美子(ソプラノ)

 

第2場「あいつが父親でないとは うれしくてたまらない」―森のささやき

森のざわめきを示すN響の弦の動きがとても美しい。ジークフリートのヴィンセント・ヴォルフシュタイナーが亡き母ジークリンデを思って独白するモノローグを情感を込めて歌う。


第3場「親切な小鳥よ 教えてくれ……」〜第2幕フィナーレ

ジークフリートがファーフナーを倒したさいの返り血をなめ小鳥の声が理解できるようになる場面やミーメを倒すシーンを省き、「親切な小鳥よ 教えてくれ、いい相手をおれに恵んでくれないか」と小鳥に話しかけるところから、第2幕フィナーレまでが演奏される。

森の鳥の中畑有美子(ソプラノ)は下手2階席で歌う。可憐だがしっかりとした声がホールによく響いた。小鳥を道案内にブリュンヒルデが眠る岩山を目指す勢いのあるフィナーレ。ヴォルフシュタイナーも好調を維持、ヤノフスキN響も輝かしく切れがあり、高揚して終わった。

 

第3日《神々の黄昏》より第3幕 第3場ブリュンヒルデの自己犠牲「わが前に 硬い薪を積み上げよ……」

 ブリュンヒルデ:エレーナ・パンクラトヴァ(ソプラノ)

 

ジークフリートを讃え、神々を告発し、ジークフリートを火葬する火に指環をはめて自ら飛び込む《指環》の大詰め。

パンクラトヴァのブリュンヒルデは力強く毅然としている。同時にナイーブさと誠実さも秘めており、ブリュンヒルデのキャラクターによく合っていた。

 

ブリュンヒルデがたいまつを薪の上に投げ、炎が燃え上がり急迫、「愛の救済の動機」が浮かび上がり、ブリュンヒルデが愛馬グラーネとともに炎に飛び込むクライマックス。ヤノフスキはテンポを緩めず、様々な指導動機とともに「愛の救済の動機」を清らかに浮かび上がらせ、高まった後、静かに終えた。ヤノフスキのタクトが完全に下りるまで、ホールは静寂に包まれた。素晴らしい幕切れだった。

カーテンコールの際、パンクトラヴァが感極まって涙を浮かべていた姿が印象的だった。