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つれづれなるまゝに、日暮らし、硯に向ひて、心に移り行くよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、怪しうこそ物狂ほしけれ。

日々感じたことを、忘れずに、共有し、共感し、共生したい。

鬼平犯科帳 血闘@丸の内ピカデリー


叔父・中村吉右衛門の伝説的名作に、当代松本幸四郎が挑む。


昔、本所の銕と鳴らした長谷川平蔵は、火付盗賊改の頭の任に就いている。

そこに、かつて兄妹同然の仲であったおまさが訪ねてきて、自分を密偵として使って欲しいと訴える。

大切な妹に悪事で手を汚させることを躊躇う平蔵だが、おまさは危険を冒して功を成そうとする。


とにかく、偉大なる先行作品に対するプレッシャーをひしひしと感じる映画だった。

但し、その重圧を見事に跳ね返した傑作でもあった。

日本映画としての「時代劇」を、古典の継承と現代的視点を混ぜ込んだアプローチが秀逸である。


苦言を呈せば、この崇高な狙いを掲げながらも芸能界的なしがらみが残っていること。

主演俳優の所属事務所の縁で登用され、フィルムに褒められない爪痕を残している者がいる。

そんなことを持ちかける方も持ちかける方だし、受け入れる方も受け入れる方である。

こんなことだから、衰退したことにまだ気がつかないのか。


目標まで、あと79本。

すずめの戸締まり@金曜ロードショー


公開時にも映画館で鑑賞したが、TV放送に際しての再見。


公開時には、各映画館のHPに「この映画は緊急地震速報が流れるシーンがあります」という一文が掲出されていた。

物語の根底に地震と、東日本大震災の出来事が大きく扱われているためだ。

エンターテイメント作品としてどうあるべきなのかの解は私自身も悩んでいるところだが、

今回の放送に関しては、年始の能登での地震の直後にあたり時期尚早感が否めないような思いになった。


内容としては、要石を抜くことが地震につながるということであるが、

二つあるうちの片方をぬいたのは主人公のすずめであるが、もう片方がなぜ抜かれているのかが不明である。

その点は公開時からの私の引っ掛かりになっており、再見した今回も解消することはなかった。


ロードムービーとしては、新海監督ならではの美しい風景描写も相まって秀逸である。

ただ、宮崎駿作品と同じく、作を重ねることで説教臭さが滲み出てくるところはいかがなものかと思わざるを得ない。


目標まで、あと80本。

耳をすませば@Amazon prime video


この映画はなんなのだろうか、、、


『耳をすませば』といえば、スタジオジブリ製作のアニメーション映画であった。

聖蹟桜ヶ丘に住む中学生・月島雫と天沢聖司の夢と初恋を描いた作品だ。

そして、その元々は柊あおい作の漫画であった。


今回の実写化はアニメ映画の続編という位置付けである。

ただし、聖司はアニメ版ではバイオリンを作る職人を目指していたが、今作ではチェロ奏者になっている。

原作漫画での聖司の夢は画家だ。

2人の思い出の曲は、「カントリー・ロード」ではなく「翼をください」になっている。

それなのに、冒頭ではアニメ映画のシーンを実写化した回想がインサートされ、台詞とキャラクター造形はまさにジブリのそれと同一である。


で、だ。

これはどこに向けた映画なんだろうか。

ジブリファンにはすんなり受け入れられず、原作へのリスペクトというわけでもない。


主人公の雫は作家を夢見るが、まずは手堅くということなのか出版社で児童書の編集者になっている。

物語を書くことはやめてはいないが、上手くいっていない様子は見て取れる。

そりゃそうだ。

なりたい職業を支える職についてどうする。

安全パイをとって就職を選んだ時点で、もはや夢への道が遠のいているのではないか。

しかも一番ニアリーかつファーサイドな職ではないか。

野球選手になりたいのに、球団職員から始めようと思う人がいるだろうか。

甘い、甘すぎる。


そしてとにかく、時間と空間の使い方が壊滅的である。

10年間遠距離恋愛を続ける純愛と言うが、ビザの都合上数年に一度は帰国しなければならないはずで、

そういう時に関係性が詰まらないはずがない。

劇中、心身ともに限界に達した雫はイタリアまで聖司に会いに行くのだが、結局一旦は別れることを選択する。

自宅に戻ってから溢れる涙が、、、という描写があるのだが、この世界は日本からイタリアは電車で一駅くらいの距離なのだろうか。

飛行機の中でひとりぼっちの時間もあるだろうに、その時に感傷的にならない人間がいるのだろうか。


欠陥だらけの二次創作という感覚だ。


目標まで、あと81本。