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Zatolog

つれづれなるまゝに、日暮らし、硯に向ひて、心に移り行くよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、怪しうこそ物狂ほしけれ。

日々感じたことを、忘れずに、共有し、共感し、共生したい。

劇場版 名探偵コナン 天国へのカウントダウン@U-NEXT


毎年とんでもない興行成績を叩き出していることは横目にしていたが、シリーズ作品を鑑賞するのは初めて。


とにかく、本格的なサスペンスでありミステリータッチなことに驚いた。

これは、本当にアニメーション作品だろうか?と思うほどに、ターゲットが迷子である。

ストーリーラインとしては、ミッションインポッシブルに近い。

これは果たして子供向け映画なのだろうかも思わないではない。

とはいえ、コナンくんであったり、少年探偵団のメンバーであったりが、子供たちの興味を繋げるのだと思う。


ただ、反対側の視点で言えば、コナンというキャラクターである必要がないとも言える。

このあたりは難しい塩梅である。


目標まで、あと76本。

かがみの孤城@Amazon Prime Video 


辻村深月の本屋大賞受賞作をアニメ映画化。


主人公のこころは、不登校の中学一年生。

ある日、自分の部屋の姿見鏡の放つ光に誘われ、不思議なお城にやってくる。

そこにはオオカミ様と呼ばれる少女が、他にも中学生を呼び込んでいた。

カギを探し出した者には、なんでも好きな願いを叶えてやると言うオオカミ様。

果たして、どうなることか。


こころは、友達からのいじめによって学校に行けなくなってしまう。

なぜこころが標的になったのか、それが描かれないのがリアリズムを徹底させているところなのかもしれない。

この城での生活を経て、こころが生きることを選択し、それを他人にも求める人間になったことが救いである。


原作よりも、七人の中学生が城に集められた因果関係を追う描写が少ないかわりに、

アキが後の喜多嶋先生であるのでは?という直接的描写が目を引いた。

こうして映像化をすると、こころという主人公の行動がそれほど大きくなく、物語への影響も少ない印象も受けた。

リオンとの関係性も描写が薄く、エンディングでの再会の盛り上がりに欠ける。


決定的な難点は、アキの時代の1992年にはルーズソックスは流行していただろうか、、、ということが気になってしまった。

あれの流行は1995年前後だったように思う。

90年代の女子中学生のアイコンとしての描写なのだろうが、その時代を生きた人間からするとなんとなく受け入れ難い。


目標まで、あと77本。

映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲@U-NEXT


映画クレヨンしんちゃんシリーズの中でも傑作と誉高い作品を再見。

とはいえ、ほぼ内容は記憶になくほとんど初見であった。


しんちゃんの住む春日部市では「20世紀博」というノスタルジックな博覧会が行われており、

しんちゃんの親世代は、子供をそっちのけで童心に返り遊ぶようになってしまう。

それは、21世紀の匂いをどうしても受け付けられない「イエスタデイ・ワンス・モア」と自称する、二人の男女の企みであった。

しんちゃんたちは、父ちゃんと母ちゃんを取り戻すことができるのだろうか。


おそらく『ALLWAYS 三丁目の夕日』に先んじること数年、まずこの時代に着眼したところは一等賞だったのではないだろうか。

『古き良き時代』という言葉には対義語がないような気がするが、思い出は思い出のままで記憶されずに美化されることが多いように思う。

それは人間は忘れる生き物であり、忘れることは希望だからであろう。


この作品でも、しんちゃんの両親は子どもの頃に楽しかった思い出に縋ることで、会社勤めや子育てから逃亡する。

しんちゃんの父・ヒロシも、かつての大阪万博で月の石を見たくてアメリカ館に並びたかったところを、両親から「3時間も並べない」と諌められて号泣したことを忘れていた。

子供のころが良かったというのは、辛かったことを今忘れているだけなのだ。

すべての大人が子供に戻ることで、時の歩みを止めるのが目的なのだが、未来を受け入れるのにそんなに抵抗があるのだろうか。

結局は、悪者たちもしんちゃんたちの行動に希望の光を見出し、自らの策を愚策と認めるのであった。


最大の欠点は、物語を進めるエンジンを「しんちゃんたち子供たちの友情」にするのか「しんちゃん家族の愛情」にするのかが曖昧なところである。

今回は家族愛を最後のキモに持ってきたために、友情が一種の踏み台になっている。

未来への希望を描きながら、子供の団結をロイター板的に使用するのに若干の疑問が残った。


目標まで、あと78本。