新・バスコの人生考察 -12ページ目

ベロンベロンの酔っ払いの相手はどれだけ大変か?の考察・後編(パソコン読者用)

※2008年・3月23日の記事を再々編集


 「てめえ、早く日本酒を用意しねえか、バカヤロー!」


 僕が河島英五のファンだというのを聞いて、Yさんは興奮しています。僕の後輩の脚を蹴りたおし、日本酒を頼むように怒鳴りつけてきたのです。


 そこで今回は、Yさんと過ごした伝説の夜の最終話、「ベロンベロンの酔っ払いの相手はどれだけ大変か?」の考察・後編です。


 「なんでその歳で英五が好きなんだよ!たまんねえよ、お前!」


 Yさんの妙な賛辞は止まりません。自分も河島英五の大ファンらしく、口から泡を飛ばしながら、僕に質問攻めをしてきました。


 「お前、英五のどこが好きなの?」


 「全部です」


 「全部好きなの!?」


 「はい」


 「全部なの!?」


 「はい」


 「全部!?」


 「……はい」


 「全部!?」


 全部や言うてるやろ、さっきから!驚いたか知らんけど何をそんなに疑う必要があんねん!


 「いつからファンなんだよ?」


 「高校のときからです」


 「高校のときから!?」


 「はい」


 「高校のときからなん!?」


 「はい」


 「高校のときからずっとなん!?」


 トラウマなるわ!こんなことずっとやられたら、人と会話するのがこの先怖くなるわ!


 「ヘビーユーザーかよ!」


 通販か!その言い方やと俺、マッサージチェア好きのババアみたいやんけ!


 興奮したYさんは、僕を離しません。僕は曲を入れられず、しびれを切らした後輩が、リモコンで『酒と泪と男と女』を入れてくれました。


 「♪テン テテテテテン テテテンテン……」


 「出た!イントロからもうやべえよ!」


 「♪テン テテテテテン テテテンテン……」


 「やべえ!鳥肌が立ってきた!」


 うるさいねん、お前!野党か!


 「♪忘れてーしまいたいーことやー」


 「忘れてしまいたいことや!」


 「♪どうしようもないー寂しさにー」


 「どうしようもない寂しさに!」


 バラードやねん、これ!しっとりと歌わせろや!


 「♪包まれたーときにー 男はー」


 「来るぞ来るぞ!」


 「♪酒をー飲むのーでしょうー」


 「来るぞ来るぞ!いいところが来るぞ!」


 「♪飲んでー飲んでー」


 「来るぞ来るぞ!」


 もう来てんねんけど、サビ!?お前が叫んでるあいだにけっこう進んでんねんけど!?


 「来た来た来た来た!」


 生理がか!?急に生理が来たんか!?お前はもののけやから、そりゃ生理がきてもおかしくはないわな!


 Yさんは止まりません。このあと僕に肩を組んで歌に乱入し、「それ、ゲロか?」というぐらい、おもいっきり泡を吐き出し始めたのです。


 モザイクいるわ、これ!濃いめのモザイクがないと子供が見たら塾休むわ!


 ほどなくして、店員さんが日本酒を持ってやってきました。


 「店員さん、こいつがあの英五の曲を歌ってるよ!」


 Yさんが店員さんに絡みだし、「歌がうめえんだよ、この河島ちゃんが!」と、僕を河島ちゃんと呼んできたのです。


 河島と違うわ、俺!ごちゃ混ぜになってんねん!


 「この河島ちゃん、歌が西日本一うめえんだよ!」


 東日本の1位は誰やねん!それが気になってほめられても全然うれしくないわ!


 それでも、なんとか歌い切りました。


 「しかしその歳で英五に手を出すか、普通!?生意気な野郎だよ!」


 Yさんはご機嫌で、俄然、テンションが上がってきたのです。


 「次はYさんが歌ってくださいよ?」


 僕はお願いしました。


 これ以上絡まれると、体がもちません。なにより、とりあえず自分が歌っていれば機嫌がいいタイプでしょうから


 「仕方がねえな!じゃあ俺も行くか!」


 Yさんは、ついにマイクを握りました。届いたばかりの日本酒を一気飲みし、「おい!アリスのチャンピオンを入れろ!」と、意気揚々にお願いしてきたのです。


 1曲目からめちゃくちゃ濃い選曲です。ですが、濃い歌を聴かされるとはいえ、Yさんが歌っているときだけは僕らは解放されるのです。


 ハア、助かった……。やっと休憩できる……。


 僕は胸を撫で下ろしました。


 イントロが鳴って、Yさんが歌い始めました。


 意外にも、うまいです。プロとは言わないまでも、音域、ボリューム、泡と「変則三拍子」が揃った美声。さすがにディナーショーの演出をしているだけあってうまいのですが、途中で急に立ち上がってツイストを踊り始めたんですよ!大友康平なみにマイクを動かしながら体をくねらし始めたのです!


 ちょっと待って、何こいつ!?怯えるぐらい気持ち悪いねんけど!?


 「やがてーリングとうーーー はーくしゅのうずーがーーー!!!」


 世良か、お前!全盛期の世良の歌い方やんけ、それ!


 「ひとりの男をー 飲み込んでいいったーーーーーーー!!!」


 もう病気やわ!何かの病気じゃないとならんわ、こんなんに!怒るんが悪いような気がしてきた!


 もののけは顔面を紅潮させて、踊り狂っています。僕らの顔を交互に見ながらシャウトし、僕の顔面に泡を800個ぐらい吐き出してきたんですよ!


 勘弁してくれよ、おい!どんな飲み放題やねん、この店!


 「♪ライラライラ ライラライラライ!ライラライラ ライラライラライ!」


 ライラライやあるか、お前!ライラライやないねん!しまいに殺し屋雇うぞ、俺!


 ライラライと叫ばれて大量の泡をかけられたとき、僕はマジで自殺しようかと思いましたからね。同時に、なぜだかわかりませんが、急にインドに1人旅をしたくなりましたから。


 「ハアハア、どうだった、俺の歌?」


 歌い終えたYさんが、息を切らしながら訊いてきました。


 僕らはそれでも、文句を言うわけにはいきません。「う、うますぎてびっくりしましたよ!」とお世辞を言ったところ、ますます上機嫌になったのです。


 「だったら次も歌わねえと仕方がねえな!」


 Yさんは再び、マイクを握りました。


 2曲目のナンバーは、ビートルズの『イエロー・サブマリン』。


 打って変わって、静かな曲です。体を休められると思ったのですが、英語の歌詞に対して、無理矢理ネイティブな発音を使ってくるのです。


 「♪ウイオウリビングウイ……」


 ホーミーか!モンゴルのホーミーに聞こえんねん、お前の歌声!


 「♪イエロウサブマウリン!」


 サブマウリンってなんやねん!それはネイティブでもなんでもないぞ!ただの気取った頭おかしい奴やぞ!


 「♪イエロウサブマウリン!イエロウサブマウリン!」


 酔うわ、お前!酔いしれるんじゃないぞ!酔うねんぞ、こっちは!


 僕らはヘトヘトです。やることなすことすべてに疲れさせられ、その都度、カロリーを消費されます。焼肉屋を出て1時間もたっていないのに、もうお腹が空いてきたほどなのです。


 幸いにも、この歌終わりで、マイクは僕の後輩に移りました。


 連続で歌ったことで、Yさんのテンションは上がり切っています。今まで以上に饒舌になり、歌う後輩を無視して、僕に音楽の話題を振ってきました。


 ですが、この話がまた、意味がわかりません。僕の真横にぴったりと張りついて、まず、「宇多田ヒカルと都はるみ、どっちが好きだ?」と訊いてきたのです。


 比べようあるか、そんなもん!比較できるところないやろ、その2人!お前それは「鈴木その子と牛乳、どっちが白い?」って訊くようなもんやぞ!


 「そ、そりゃ、宇多田ヒカルですかね」


 「てめえ、頭おかしいんじゃねえか!」


 お前がおかしいねん!世界のアホ6位ぐらいやぞ、お前!


 「バスコちゃんって、ピアノは弾けんの?」


 「はっ?」


 「ピアノは弾けんのかって訊いてんだよ!」


 「いや、ピアノは弾けないですね」


 「タンバリンは?」


 「はっ?」


 「タンバリンは叩けんのかって訊いてんだよ!」


 技術いらんやろ、タンバリン!ネズミでも腹減ってたら鳴らすぞ、あんなもん!


 「そ、そりゃまあ、叩けますよ」


 「今度一緒に叩かねえか?」


 なんの用事、それ!?なんで男2人で休日にタンバリン叩かないとあかんの!?


 「ま、まあ、機会があれば……」


 「いつにする?」


 ガチやんけ、こいつ!ガチで俺と一緒にタンバリン叩きたがってるやんけ!


 「ま、まあ、夏にでも叩きますか」


 「そうだな。タンバリンは、やっぱり夏が旬だもんな」


 旬なんてあんの、タンバリンに!?夏に叩くタンバリンは春に叩くタンバリンよりもいい音鳴るんや!?


 「そんなことより、去年の紅白歌合戦の面子を見て、どう思った?」


 「すいません、去年の紅白は見ていな……」


 「それよりお前、株はやってんのか?」


 話変わりすぎやねん、だから!テレビのリモコンを意識してんのか!?


 「株はやってないですね」


 「この時代に株も持ってねえのかよ!」


 「すいません」


 「ふざけんじゃねえよ、てめえ!」


 「ちなみにYさんはどこの株を持ってるんですか?」


 「いや、俺も持ってはいねえんだけど、今が買い時らしいんだよ!」


 お前も持ってへんやんけ!ふざけんなよ、お前!お前それは、フリーターがニートに説教するようなもんやぞ!


 このように、何もかもが支離滅裂なのです。


 ほかにも、僕は一切反論などしていないのに、急に「じゃあ、訊かせてもらいますけどバスコさんよ!」といきり立ち、「コロンブスを発見したのは何だっちゅう話だよ?」と訊いてきたのです。


 何て答えたらいいねん、それ!なんや、「産婆さん」って答えたら正解なんか!?


 「そんなことより、俺、カレーは好きなんだけど、ルーはあまり好きじゃないんだよね」


 意味わからん!カレーでルーが嫌いやったら、それライスやろ!


 「ルーだけはダメなんだよ!」


 ライス頼めや、じゃあ!もしかしてお前、店でルー抜きのカレーを注文してんの!?ふざけんな!そんなもんはムツゴロウのいない動物王国や!


 「それよりバスコちゃんよ、俺、カレーは好きなんだけど、ルーはあまり好きじゃないんだよね」


 それ、今聞いた!さっきと違うぞ、今やぞ!で、生まれて初めてやぞ俺、「今、聞いたわ!」なんて日本語使うの!さっき聞いたは使ったことあるけど、今聞いたはさすがに初めてやからな!


 「バスコちゃんは、ゲームとかする人?」


 「……ゲームはあまりしないですけど、ドラクエは好きですよ」


 「俺もドラクエは好きだよ」


 「意外ですね」


 「昔はよくやったよ。ゾンビと戦ったり、ゾンビをグーで叩いたり、剣をかざしてゾンビを……」


 ごめん、それ何ゴンクエスト!?俺の知ってるドラクエはそんなんと違うねんけど!?ゾンビをグーで叩くとか、そんな甘っちょろいドラクエ聞いたことないねんけど!?


 「ゲームの話はもういいよ。お前にいいこと教えてやるよ」


 「……お願いします」


 「幸せの種類ってのは、7個しかないんだよね」


 けっこうあるやんけ!7個ってけっこう種類多いやんけ!


 「まず、好きな相手と一緒に過ごすこと。次に、次に……」


 1個!?豪語しといて1個しか言われへんの!?


 「金」


 金なん!?いい話する空気出しといて結局は金なんや!?


 極め付きは、「逆すべらない話」です。


 小話ではなく、ここではちょっとしたジョークを披露してきたのですが、これがジョークなのか何なのかわからない、謎のユーモアだったのです。


 「バスコちゃんは大学で何を学んだの?」


 こう訊かれたので、「法学部で法律を学びました」と答えたところ、「法学部?バスコちゃん、法学部だったの?俺も法学部!ハハハハハ!」と大笑いしたのです。


 何がおもろいねん、お前!たいした共通点でもないやろ!


 「一緒かよ!ハハハハハ!ハハハハハ!もうダメ!」


 俺もダメやわ!この先に生きていくのがイヤになるほど人間不信になってるわ、今の俺!


 「笑いすぎてノドが乾いたよ!ゴクゴクゴクって、この酒はバスコちゃんの酒だっちゅうの!ハハハハハ!ハハハハハハハ!」


 シャブのパーティーで1番やばい奴か、お前!シャブでキメすぎてる奴のテンションやんけ、これ!


 しまいには長渕好きで僕と意気投合するやいなや、「静かにしろ!」と叫んで後輩に歌うのをやめさしたんですよ


 ここカラオケや!静かにしないとあかんのはお前のほうや!


 「てめえ、空気読めよ!」


 お前や!KYなんはお前や!で、お前のKYは「キ○ガイの中でもややこしいほう」の略や!


 もう、限界ですよ。


 先ほど、後輩に「俺とバスコちゃんは話があるから、お前は好きなだけ歌ってろ!」と命令したにもかかわらず、この始末です。もう何を信じればいいのかわからないんですね。


 身の危険を感じた僕は、ある作戦を思いつきました。長渕の話がひと段落して、Yさんが「でも何だかんだで、アイコが1番すごいと思うよ!あいつは100年に1人の天才だよ!」と言うのを聞いて、後輩にアイコの曲を歌わせることにしたのです。


 「Yさんはアイコがお好きやから、『カブトムシ』を歌ってあげて!」


 後輩にこう命令し、Yさんの意識を後輩に向けたのです。


 こうすることで、男である後輩は十中八九、歌いこなせません。Yさんが「ふざけんじゃねえよ!」と説教を始める可能性が高いのです。


 ところがです。


 後輩が低い声で歌い始めるやいなや、Yさんが「てめえ、汚ねえ声で歌ってんじゃねえよ!」と叫んでマイクを奪い取り、「♪少し背の高い……」と、めちゃくちゃ高い声でアイコを歌い始めたんですよ!


 勘弁してくれよ、おい!ちょっと待って、お前が歌うのアイコを!?気持ち悪いお前が「♪甘い匂いに誘われたあたしはカブトムシ!」とか言うの!?


 そりゃな、口から泡を出してるお前は、ある意味カブトムシやわ!ただ、オッサンが「あたし」て!ハゲのお前が「あたし」て!


 「♪少し背の高いー あなたの耳に寄せたおでこー!」


 やかましいわ!そもそもお前みたいなハゲにでこ寄せられたら相手はどうしたらいいねん!「気持ち悪いから向こうに行け!」としか言いようないやろ!


 「♪生涯ー 忘れるー ことはないでしょう!」


 こっちのセリフじゃ、そんなもん!こちとら忘れたくてもお前みたいな奴、死ぬまで忘れられへんわ!ヘタしたら来世でも覚えてるわ!



 その後も、Yさんの攻撃は続きました。


 バラードなのにガンガンの大声で歌ったり、ワケのわからない話を振ってきたりと、もののけ全開です。僕は理不尽な発言にもうまいこと返しながら、ゴールを待ちました。


 するとがんばったかいあって、ついに部屋のインターホンが鳴ったのです。


 「お時間、10分前です!」


 ハア、やっと帰れる……。やっと戦場から帰還できる……。


 自分で選んだ道とはいえ、涙腺が緩みました。


 10分前だと聞いて、Yさんの顔色が変わりました。


 「いろいろあったけど、これが俺からのメッセージだ!」


 こう言って最後に、1つの歌を披露してくれたのです。


 それは、アリスの『遠くで汽笛を聞きながら』。


 最後に歌ったこの曲だけは、今までのもののけぶりが何だったかと思うほど、しっとりと歌いあげたのです。


 いろいろとあったものの、Yさんのこの歌に、僕の心は打ち抜かれました。Yさんがうざくて仕方がなかったのですが、心のこもった歌いっぷりに、妙に場が締まったのです。


 「Yさん、ありがとうございました!」


 僕らはYさんにお礼を言って、部屋を出ました。


 会計を済ましたYさんは、そそくさとタクシーに乗り込みました。そして、自分の連絡先を告げることなしに、最後に、こう言って立ち去ったのです。


 「お前ら、陰を日向に咲かしていけよ!じゃあな!」



 3日後のことです。


 僕は、Yさんのことをよく知る先輩のところに行って、Yさんとの一夜を報告しました。


 「お前、よく生きて帰ってこれたな!」


 生還できたことをほめられ、その際に、Yさんについて詳しく教えてくれたのです。


 Yさんは、たしかに演出家として超一流だそうです。大御所の演歌歌手のライブやディナーショーを演出する、すごい方らしいです。


 ですが、すごかったのは昔の話です。お酒が原因でいろいろと問題を起こし、最近では、無名の演歌歌手の地方公演を手伝ったり、小さなお笑いライブを演出するだけの人に成り下がったそうです。お笑いライブを演出し始めたのは音楽界で食べていけなくなったためで、最近では過去の栄光がかすむほどに、惨めな生活を続けているらしいのです


 「お前ら、陰を日向に咲かしていけよ!」


 この話を聞かされて、Yさんが別れ際に告げたこの言葉が、非常に重かったことに気づかされました。


 そこで、劇団ひとりの原作本を買って読んでみたところ、これがすばらしい本だったのです。人生の日陰を生きている人間が最後に救われる話で、この本とYさんの人生が、強烈にシンクロしてきたのです。


 そしてカラオケで、Yさんが最後に歌ってくれた曲です。


 レンタルビデオ屋のCDコーナーに行って歌詞を再確認したところ、Yさんが自らの人生を投影するかのように、僕らにこう語ってくれていたのです。


 ♪悩みつづけた日々が まるで嘘のように 忘れられるときが くるまで心を閉じたまま 暮らしてゆこう 遠くで汽笛を聞きながら 何もいいことが なかったこの街で


 ♪俺を見捨てた人を 恨んで生きるより 幼い心に秘めた むなしい涙の捨て場所を さがしてみたい 遠くで汽笛を聞きながら 何もいいことが なかったこの街で


 ♪せめて一夜の夢と 泣いて泣き明かして 自分の言葉に嘘は つくまい人を裏切るまい 生きてゆきたい 遠くで汽笛を聞きながら 何もいいことが なかったこの街で


 このオッサン、最後に粋なことをしてくれましたよ。


 そして仮に、これが「演出=僕らへのエール」だった場合、自ら伝説の演出家と名乗っていたことは、あながち間違いではなかったのです。なぜならこの曲の歌詞カードを精読して、僕の心は震えたからです。「これからもいろいろと大変だろうけど、あきらめずにがんばろう!」と、体中の細胞が屹立したのです。


 ふと、空を見上げました。


 僕の視線の先には、田舎の湖をろ過したかのように、青い空が広がっています。


 「人生はすばらしいものだよ!」


 こう教えてくれるかのごとく、枠のない無限のたたずまいが、ちっぽけだけどがんばる人間に、エールを送ってくれているような気がします。空が人生賛歌を謳い、それを体で受け止めた僕は、生きることに妙にワクワクしてきたのです。


 オッサン、やるやんけ……。めちゃくちゃかっこいいやんけ……。


 伝説の演出家は、本当に「伝説の演出家」だったのです。



ベロンベロンの酔っ払いの相手はどれだけ大変か?の考察・後編(携帯読者用)

※2008年・3月23日の記事を再々編集

 「てめえ、早く日本酒を用意しねえか、バカヤロー!」

 僕が河島英五のファンだというのを聞いて、Yさんは興奮しています。僕の後輩の脚を蹴りたおし、日本酒を頼むように怒鳴りつけてきたのです。

 そこで今回は、Yさんと過ごした伝説の夜の最終話、「ベロンベロンの酔っ払いの相手はどれだけ大変か?」の考察・後編です。

 「なんでその歳で英五が好きなんだよ!たまんねえよ、お前!」

 Yさんの妙な賛辞は止まりません。自分も河島英五の大ファンらしく、口から泡を飛ばしながら、僕に質問攻めをしてきました。

 「お前、英五のどこが好きなの?」

 「全部です」

 「全部好きなの!?」

 「はい」

 「全部なの!?」

 「はい」

 「全部!?」

 「……はい」

 「全部!?」

 全部や言うてるやろ、さっきから!驚いたか知らんけど何をそんなに疑う必要があんねん!

 「いつからファンなんだよ?」

 「高校のときからです」

 「高校のときから!?」

 「はい」

 「高校のときからなん!?」

 「はい」

 「高校のときからずっとなん!?」

 トラウマなるわ!こんなことずっとやられたら、人と会話するのがこの先怖くなるわ!

 「ヘビーユーザーかよ!」

 通販か!その言い方やと俺、マッサージチェア好きのババアみたいやんけ!

 興奮したYさんは、僕を離しません。僕は曲を入れられず、しびれを切らした後輩が、リモコンで『酒と泪と男と女』を入れてくれました。

 「♪テン テテテテテン テテテンテン……」

 「出た!イントロからもうやべえよ!」

 「♪テン テテテテテン テテテンテン……」

 「やべえ!鳥肌が立ってきた!」

 うるさいねん、お前!野党か!

 「♪忘れてーしまいたいーことやー」

 「忘れてしまいたいことや!」

 「♪どうしようもないー寂しさにー」

 「どうしようもない寂しさに!」

 バラードやねん、これ!しっとりと歌わせろや!

 「♪包まれたーときにー 男はー」

 「来るぞ来るぞ!」

 「♪酒をー飲むのーでしょうー」

 「来るぞ来るぞ!いいところが来るぞ!」

 「♪飲んでー飲んでー」

 「来るぞ来るぞ!」

 もう来てんねんけど、サビ!?お前が叫んでるあいだにけっこう進んでんねんけど!?

 「来た来た来た来た!」

 生理がか!?急に生理が来たんか!?お前はもののけやから、そりゃ生理がきてもおかしくはないわな!

 Yさんは止まりません。このあと僕に肩を組んで歌に乱入し、「それ、ゲロか?」というぐらい、おもいっきり泡を吐き出し始めたのです。

 モザイクいるわ、これ!濃いめのモザイクがないと子供が見たら塾休むわ!

 ほどなくして、店員さんが日本酒を持ってやってきました。

 「店員さん、こいつがあの英五の曲を歌ってるよ!」

 Yさんが店員さんに絡みだし、「歌がうめえんだよ、この河島ちゃんが!」と、僕を河島ちゃんと呼んできたのです。

 河島と違うわ、俺!ごちゃ混ぜになってんねん!

 「この河島ちゃん、歌が西日本一うめえんだよ!」

 東日本の1位は誰やねん!それが気になってほめられても全然うれしくないわ!

 それでも、なんとか歌い切りました。

 「しかしその歳で英五に手を出すか、普通!?生意気な野郎だよ!」

 Yさんはご機嫌で、俄然、テンションが上がってきたのです。

 「次はYさんが歌ってくださいよ?」

 僕はお願いしました。

 これ以上絡まれると、体がもちません。なにより、とりあえず自分が歌っていれば機嫌がいいタイプでしょうから。

 「仕方がねえな!じゃあ俺も行くか!」

 Yさんは、ついにマイクを握りました。届いたばかりの日本酒を一気飲みし、「おい!アリスのチャンピオンを入れろ!」と、意気揚々にお願いしてきたのです。

 1曲目からめちゃくちゃ濃い選曲です。ですが、濃い歌を聴かされるとはいえ、Yさんが歌っているときだけは僕らは解放されるのです。

 ハア、助かった……。やっと休憩できる……。

 僕は胸を撫で下ろしました。

 イントロが鳴って、Yさんが歌い始めました。

 意外にも、うまいです。プロとは言わないまでも、音域、ボリューム、泡と「変則三拍子」が揃った美声。さすがにディナーショーの演出をしているだけあってうまいのですが、途中で急に立ち上がってツイストを踊り始めたんですよ!大友康平なみにマイクを動かしながら体をくねらし始めたのです!

 ちょっと待って、何こいつ!?怯えるぐらい気持ち悪いねんけど!?

 「やがてーリングとうーーー はーくしゅのうずーがーーー!!!」

 世良か、お前!全盛期の世良の歌い方やんけ、それ!

 「ひとりの男をー 飲み込んでいいったーーーーーーー!!!」

 もう病気やわ!何かの病気じゃないとならんわ、こんなんに!怒るんが悪いような気がしてきた!

 もののけは顔面を紅潮させて、踊り狂っています。僕らの顔を交互に見ながらシャウトし、僕の顔面に泡を800個ぐらい吐き出してきたんですよ!

 勘弁してくれよ、おい!どんな飲み放題やねん、この店!

 「♪ライラライラ ライラライラライ!ライラライラ ライラライラライ!」

 ライラライやあるか、お前!ライラライやないねん!しまいに殺し屋雇うぞ、俺!

 ライラライと叫ばれて大量の泡をかけられたとき、僕はマジで自殺しようかと思いましたからね。同時に、なぜだかわかりませんが、急にインドに1人旅をしたくなりましたから。

 「ハアハア、どうだった、俺の歌?」

 歌い終えたYさんが、息を切らしながら訊いてきました。

 僕らはそれでも、文句を言うわけにはいきません。「う、うますぎてびっくりしましたよ!」とお世辞を言ったところ、ますます上機嫌になったのです。

 「だったら次も歌わねえと仕方がねえな!」

 Yさんは再び、マイクを握りました。

 2曲目のナンバーは、ビートルズの『イエロー・サブマリン』。

 打って変わって、静かな曲です。体を休められると思ったのですが、英語の歌詞に対して、無理矢理ネイティブな発音を使ってくるのです。

 「♪ウイオウリビングウイ……」

 ホーミーか!モンゴルのホーミーに聞こえんねん、お前の歌声!

 「♪イエロウサブマウリン!」

 サブマウリンってなんやねん!それはネイティブでもなんでもないぞ!ただの気取った頭おかしい奴やぞ!

 「♪イエロウサブマウリン!イエロウサブマウリン!」

 酔うわ、お前!酔いしれるんじゃないぞ!酔うねんぞ、こっちは!

 僕らはヘトヘトです。やることなすことすべてに疲れさせられ、その都度、カロリーを消費されます。焼肉屋を出て1時間もたっていないのに、もうお腹が空いてきたほどなのです。

 幸いにも、この歌終わりで、マイクは僕の後輩に移りました。

 連続で歌ったことで、Yさんのテンションは上がり切っています。今まで以上に饒舌になり、歌う後輩を無視して、僕に音楽の話題を振ってきました。

 ですが、この話がまた、意味がわかりません。僕の真横にぴったりと張りついて、まず、「宇多田ヒカルと都はるみ、どっちが好きだ?」と訊いてきたのです。

 比べようあるか、そんなもん!比較できるところないやろ、その2人!お前それは「鈴木その子と牛乳、どっちが白い?」って訊くようなもんやぞ!

 「そ、そりゃ、宇多田ヒカルですかね」

 「てめえ、頭おかしいんじゃねえか!」

 お前がおかしいねん!世界のアホ6位ぐらいやぞ、お前!

 「バスコちゃんって、ピアノは弾けんの?」

 「はっ?」

 「ピアノは弾けんのかって訊いてんだよ!」

 「いや、ピアノは弾けないですね」

 「タンバリンは?」

 「はっ?」

 「タンバリンは叩けんのかって訊いてんだよ!」

 技術いらんやろ、タンバリン!ネズミでも腹減ってたら鳴らすぞ、あんなもん!

 「そ、そりゃまあ、叩けますよ」

 「今度一緒に叩かねえか?」

 なんの用事、それ!?なんで男2人で休日にタンバリン叩かないとあかんの!?

 「ま、まあ、機会があれば……」

 「いつにする?」

 ガチやんけ、こいつ!ガチで俺と一緒にタンバリン叩きたがってるやんけ!

 「ま、まあ、夏にでも叩きますか」

 「そうだな。タンバリンは、やっぱり夏が旬だもんな」

 旬なんてあんの、タンバリンに!?夏に叩くタンバリンは春に叩くタンバリンよりもいい音鳴るんや!?

 「そんなことより、去年の紅白歌合戦の面子を見て、どう思った?」

 「すいません、去年の紅白は見ていな……」

 「それよりお前、株はやってんのか?」

 話変わりすぎやねん、だから!テレビのリモコンを意識してんのか!?

 「株はやってないですね」

 「この時代に株も持ってねえのかよ!」

 「すいません」

 「ふざけんじゃねえよ、てめえ!」

 「ちなみにYさんはどこの株を持ってるんですか?」

 「いや、俺も持ってはいねえんだけど、今が買い時らしいんだよ!」

 お前も持ってへんやんけ!ふざけんなよ、お前!お前それは、フリーターがニートに説教するようなもんやぞ!

 このように、何もかもが支離滅裂なのです。

 ほかにも、僕は一切反論などしていないのに、急に「じゃあ、訊かせてもらいますけどバスコさんよ!」といきり立ち、「コロンブスを発見したのは何だっちゅう話だよ?」と訊いてきたのです。

 何て答えたらいいねん、それ!なんや、「産婆さん」って答えたら正解なんか!?

 「そんなことより、俺、カレーは好きなんだけど、ルーはあまり好きじゃないんだよね」

 意味わからん!カレーでルーが嫌いやったら、それライスやろ!

 「ルーだけはダメなんだよ!」

 ライス頼めや、じゃあ!もしかしてお前、店でルー抜きのカレーを注文してんの!?ふざけんな!そんなもんはムツゴロウのいない動物王国や!

 「それよりバスコちゃんよ、俺、カレーは好きなんだけど、ルーはあまり好きじゃないんだよね」

 それ、今聞いた!さっきと違うぞ、今やぞ!で、生まれて初めてやぞ俺、「今、聞いたわ!」なんて日本語使うの!さっき聞いたは使ったことあるけど、今聞いたはさすがに初めてやからな!

 「バスコちゃんは、ゲームとかする人?」

 「……ゲームはあまりしないですけど、ドラクエは好きですよ」

 「俺もドラクエは好きだよ」

 「意外ですね」

 「昔はよくやったよ。ゾンビと戦ったり、ゾンビをグーで叩いたり、剣をかざしてゾンビを……」

 ごめん、それ何ゴンクエスト!?俺の知ってるドラクエはそんなんと違うねんけど!?ゾンビをグーで叩くとか、そんな甘っちょろいドラクエ聞いたことないねんけど!?

 「ゲームの話はもういいよ。お前にいいこと教えてやるよ」

 「……お願いします」

 「幸せの種類ってのは、7個しかないんだよね」

 けっこうあるやんけ!7個ってけっこう種類多いやんけ!

 「まず、好きな相手と一緒に過ごすこと。次に、次に……」

 1個!?豪語しといて1個しか言われへんの!?

 「金」

 金なん!?いい話する空気出しといて結局は金なんや!?

 極め付きは、「逆すべらない話」です。

 小話ではなく、ここではちょっとしたジョークを披露してきたのですが、これがジョークなのか何なのかわからない、謎のユーモアだったのです。

 「バスコちゃんは大学で何を学んだの?」

 こう訊かれたので、「法学部で法律を学びました」と答えたところ、「法学部?バスコちゃん、法学部だったの?俺も法学部!ハハハハハ!」と大笑いしたのです。

 何がおもろいねん、お前!たいした共通点でもないやろ!

 「一緒かよ!ハハハハハ!ハハハハハ!もうダメ!」

 俺もダメやわ!この先に生きていくのがイヤになるほど人間不信になってるわ、今の俺!

 「笑いすぎてノドが乾いたよ!ゴクゴクゴクって、この酒はバスコちゃんの酒だっちゅうの!ハハハハハ!ハハハハハハハ!」

 シャブのパーティーで1番やばい奴か、お前!シャブでキメすぎてる奴のテンションやんけ、これ!

 しまいには長渕好きで僕と意気投合するやいなや、「静かにしろ!」と叫んで後輩に歌うのをやめさしたんですよ!

 ここカラオケや!静かにしないとあかんのはお前のほうや!

 「てめえ、空気読めよ!」

 お前や!KYなんはお前や!で、お前のKYは「キ○ガイの中でもややこしいほう」の略や!

 もう、限界ですよ。

 先ほど、後輩に「俺とバスコちゃんは話があるから、お前は好きなだけ歌ってろ!」と命令したにもかかわらず、この始末です。もう何を信じればいいのかわからないんですね。

 身の危険を感じた僕は、ある作戦を思いつきました。長渕の話がひと段落して、Yさんが「でも何だかんだで、アイコが1番すごいと思うよ!あいつは100年に1人の天才だよ!」と言うのを聞いて、後輩にアイコの曲を歌わせることにしたのです。

 「Yさんはアイコがお好きやから、『カブトムシ』を歌ってあげて!」

 後輩にこう命令し、Yさんの意識を後輩に向けたのです。

 こうすることで、男である後輩は十中八九、歌いこなせません。Yさんが「ふざけんじゃねえよ!」と説教を始める可能性が高いのです。

 ところがです。

 後輩が低い声で歌い始めるやいなや、Yさんが「てめえ、汚ねえ声で歌ってんじゃねえよ!」と叫んでマイクを奪い取り、「♪少し背の高い……」と、めちゃくちゃ高い声でアイコを歌い始めたんですよ!

 勘弁してくれよ、おい!ちょっと待って、お前が歌うのアイコを!?気持ち悪いお前が「♪甘い匂いに誘われたあたしはカブトムシ!」とか言うの!?

 そりゃな、口から泡を出してるお前は、ある意味カブトムシやわ!ただ、オッサンが「あたし」て!ハゲのお前が「あたし」て!

 「♪少し背の高いー あなたの耳に寄せたおでこー!」

 やかましいわ!そもそもお前みたいなハゲにでこ寄せられたら相手はどうしたらいいねん!「気持ち悪いから向こうに行け!」としか言いようないやろ!

 「♪生涯ー 忘れるー ことはないでしょう!」

 こっちのセリフじゃ、そんなもん!こちとら忘れたくてもお前みたいな奴、死ぬまで忘れられへんわ!ヘタしたら来世でも覚えてるわ!


 その後も、Yさんの攻撃は続きました。

 バラードなのにガンガンの大声で歌ったり、ワケのわからない話を振ってきたりと、もののけ全開です。僕は理不尽な発言にもうまいこと返しながら、ゴールを待ちました。

 するとがんばったかいあって、ついに部屋のインターホンが鳴ったのです。

 「お時間、10分前です!」

 ハア、やっと帰れる……。やっと戦場から帰還できる……。

 自分で選んだ道とはいえ、涙腺が緩みました。

 10分前だと聞いて、Yさんの顔色が変わりました。

 「いろいろあったけど、これが俺からのメッセージだ!」

 こう言って最後に、1つの歌を披露してくれたのです。

 それは、アリスの『遠くで汽笛を聞きながら』。

 最後に歌ったこの曲だけは、今までのもののけぶりが何だったかと思うほど、しっとりと歌いあげたのです。

 いろいろとあったものの、Yさんのこの歌に、僕の心は打ち抜かれました。Yさんがうざくて仕方がなかったのですが、心のこもった歌いっぷりに、妙に場が締まったのです。

 「Yさん、ありがとうございました!」

 僕らはYさんにお礼を言って、部屋を出ました。

 会計を済ましたYさんは、そそくさとタクシーに乗り込みました。そして、自分の連絡先を告げることなしに、最後に、こう言って立ち去ったのです。

 「お前ら、陰を日向に咲かしていけよ!じゃあな!」


 3日後のことです。

 僕は、Yさんのことをよく知る先輩のところに行って、Yさんとの一夜を報告しました。

 「お前、よく生きて帰ってこれたな!」

 生還できたことをほめられ、その際に、Yさんについて詳しく教えてくれたのです。

 Yさんは、たしかに演出家として超一流だそうです。大御所の演歌歌手のライブやディナーショーを演出する、すごい方らしいです。

 ですが、すごかったのは昔の話です。お酒が原因でいろいろと問題を起こし、最近では、無名の演歌歌手の地方公演を手伝ったり、小さなお笑いライブを演出するだけの人に成り下がったそうです。お笑いライブを演出し始めたのは音楽界で食べていけなくなったためで、最近では過去の栄光がかすむほどに、惨めな生活を続けているらしいのです。

 「お前ら、陰を日向に咲かしていけよ!」

 この話を聞かされて、Yさんが別れ際に告げたこの言葉が、非常に重かったことに気づかされました。

 そこで、劇団ひとりの原作本を買って読んでみたところ、これがすばらしい本だったのです。人生の日陰を生きている人間が最後に救われる話で、この本とYさんの人生が、強烈にシンクロしてきたのです。

 そしてカラオケで、Yさんが最後に歌ってくれた曲です。

 レンタルビデオ屋のCDコーナーに行って歌詞を再確認したところ、Yさんが自らの人生を投影するかのように、僕らにこう語ってくれていたのです。

 ♪悩みつづけた日々が まるで嘘のように 忘れられるときが くるまで心を閉じたまま 暮らしてゆこう 遠くで汽笛を聞きながら 何もいいことが なかったこの街で

 ♪俺を見捨てた人を 恨んで生きるより 幼い心に秘めた むなしい涙の捨て場所を さがしてみたい 遠くで汽笛を聞きながら 何もいいことが なかったこの街で

 ♪せめて一夜の夢と 泣いて泣き明かして 自分の言葉に嘘は つくまい人を裏切るまい 生きてゆきたい 遠くで汽笛を聞きながら 何もいいことが なかったこの街で

 このオッサン、最後に粋なことをしてくれましたよ。

 そして仮に、これが「演出=僕らへのエール」だった場合、自ら伝説の演出家と名乗っていたことは、あながち間違いではなかったのです。なぜならこの曲の歌詞カードを精読して、僕の心は震えたからです。「これからもいろいろと大変だろうけど、あきらめずにがんばろう!」と、体中の細胞が屹立したのです。

 ふと、空を見上げました。

 僕の視線の先には、田舎の湖をろ過したかのように、青い空が広がっています。

 「人生はすばらしいものだよ!」

 こう教えてくれるかのごとく、枠のない無限のたたずまいが、ちっぽけだけどがんばる人間に、エールを送ってくれているような気がします。空が人生賛歌を謳い、それを体で受け止めた僕は、生きることに妙にワクワクしてきたのです。

 オッサン、やるやんけ……。めちゃくちゃかっこいいやんけ……。

 伝説の演出家は、本当に「伝説の演出家」だったのです。


ベロンベロンの酔っ払いの相手はどれだけ大変か?の考察・前編(パソコン読者用)

※2008年・3月22日の記事を再々編集


 前回、前々回と、伝説の演出家(Yさん)と焼肉屋に行ったお話をご紹介しました。


 Yさんは、ことあるごとに注意してくる焼肉奉行。せっかくの高級肉の味がぼやけてしまったのです。


 焼肉屋を出たあと、後輩の1人は帰りました。僕ともう1人の後輩で、Yさんと一緒にカラオケに行くことになったのです。


 3人で雑談をしながら、カラオケBOXを探します。


 ですが、Yさんはベロンベロンです。


 「ビールなんて水だよ!」


 焼肉屋でこう言ってたくせに、生ビール3杯と焼酎2杯を飲んだだけで酒に飲まれています。足腰こそまだしっかりしているものの、「お前ら、ガソリンスタンドのほうに行くんじゃねえよ!男は太陽のある方向に向かって歩くんだよ、バーカ!」と言ってきたのです。


 意味わからん!長渕でもそこまで暑苦しいことは言わんぞ!


 「太陽へGO!太陽へGO!」


 お祓いいるわ、こんな奴!こんなん言う奴、高めのお布施払ってガッチリ清めてもらわないとあかんわ!


 しかも時折、「♪ピーヒャララ ピーヒャララ!めだかの学校の先生は!」と、妙な歌をワンフレーズだけ口ずさんできます。道すがら、やっぱり帰ろうかな、と何度も思ったのですが、あまり深く考えないようにしました。


 ところがこのあと、酔っ払った伝説の演出家はすごかったのです。


 いや、すごいなんてものではなく、僕の人生で1、2を争うほどの「怪物」だったのです……。


 そこで今回は、「ベロンベロンの酔っ払いの相手はどれだけ大変か?」の考察・前編です。


 15分ほど歩いて、僕らはカラオケBOXに到着しました。


 時刻は夜の7時。実はすでに何軒も発見していたのですが、Yさんに「ここどうですか?」と訊いても、断られてしまったのです。


 YさんからOKをもらえた店は、安いカラオケBOXである、ジャンボカラオケ広場。Yさんは酔っ払いながらも、高い店に連れて行かれるとシャレにならない、という冷静さを失ってはいなかったのです。


 中に入ると、店内は混雑しています。後輩を受け付けに行かせて、僕とYさんは待ち合い席に座って待つことにしたのですが、僕がタバコを吸い始めた瞬間、Yさんの顔色が変わりました。


 「お前、何、タバコ吸ってんだよ?」


 先ほど吸ったときは何も言わなかったのに、「タバコ吸うんだったら、ひと言言えよ!」と注意してきたのです。


 「すいません」


 僕は納得が行かないながらも謝罪したのですが、Yさんがこう言ったのです。


 「なーんて、本当は怒ってねえよ!俺はタバコの煙は気にならねえんだよ!ちゅうか、俺もこないだまで吸ってたっちゅうの!ハハハハハ!」


 何がしたいねん、お前!世界で1番しょうもないドッキリやぞ、これ!


 「バスコちゃんの驚いた顔!腹痛い、腹痛い!やべえ、ツボった!」


 アヘンかなんか吸ってない!?アヘンあたりを吸ってないと、こんなんでツボりようないと思うねんけど!?


 「もうじき自動販売機でタバコを買うのにカードがいるだろ?だからこれを機会にやめたんだよ!」


 どんな理由でやめんねん!値段が上がったとかやったらわかるけど、タスポきっかけで禁煙なんて聞いたことないぞ!


 これはヘビーな戦いになりそうやな……。来るべきじゃなかったかな……。


 部屋が空いたという知らせを聞いて、急に猛烈な不安に襲われました。


 なにしろ階段に人がいるのに、「♪ピーヒャララ ピーヒャララ!めだかの学校の先生は!」と大声で歌います。不安で仕方がないんですね。


 ともあれ、部屋に入りました。


 中は6畳ほどの広さで、時間は2時間パック。ソファーに僕とYさんが並んで座り、その前に後輩が座りました。


 ほどなくして、女性の店員さんがやってきました。


 「失礼します。お飲み物のほうはどうされましょうか?」


 ジャンカラのドリンクは飲み放題です。僕はウーロン茶、僕の後輩は沖縄のお酒であるシークワーサーフィズを注文したのですが、Yさんはなかなか頼みません。店員さんがイライラしているのもおかまいなしに、メニューを見ながらぶつぶつ言っているのです。


 「えーと、どれにしようかな。たくさん種類があるな、ここ。なあバスコちゃん、ここってたくさんの種類があるよな?」


 「そうですね」


 「ほかに、こんなたくさんの種類を用意してるカラオケBOXなんてある?」


 「はっ?」


 「ほかにこれほど酒の種類の多い店なんてある?」


 「……ま、まあ、探せばあるんと違いますかね」


 「じゃあウイスキーの水割り!」


 なんやってん、今の!今のやりとりなんの意味があってん!何がどうなってウイスキー頼むって結論が出てん!


 「それより姉ちゃんって、城の内早苗に似てるよね?」


 微妙やねん、お前!リアクション困んねん、城の内早苗に似てるとか言われても!


 Yさんは、異常にご機嫌です。注文したお酒が届くやいなや、声を張り上げました。


 「歌う前に、お前らに言っておくことがある!」


 こう言って、僕らを舐めるようにニラみつけてきました。自分の腕時計をはずし、ポケットからブランドものの財布を取り出して、テーブルの上に置きました。


 「おい!これ、いくらしたと思う?」


 業界人特有の自慢だということは、すぐにわかりました。そこで、「この腕時計やったら50万円近くするのと違います?」と高めの金額を返したところ、「値段なんてどうだっていいんだよ!」と怒ってきたのです。


 お前が訊いてんやろが!「そんな安いわけあるかい!」やったらわかるけど、訊いといて答えたことにキレるってどういうことやねん!


 「値段じゃないんだよ人生は!」


 浪花節だよ人生はみたいに言うな!浪花に住む俺でも意味わからんわ、お前の言ってること!


 「問題なのは、これを手に入れるにはどうしたらいいかっちゅう話だよ!大阪にいてちまちま小銭稼いで、このグッチの財布が買えんのか!?」


 持ってんねんけど俺、グッチの財布!?しかもお前よりワンランク上の奴やねんけど!?


 「Yさんすいません、僕の財布って、グッチなんですけど?」


 「何?」


 「この財布なんですけど、お金貯めて買ったんですよ」


 「偽物だろ?」


 「本物ですよ」


 「正直に言えよ、どうせ偽物なんだろ!?」


 「本物ですよ!このロゴをちゃんと見てくださいよ!」


 「……」


 「……」


 「……」


 「……」


 「オウッ!?」


 勢いで押し切りやがった!権力ふりかざしてきやがった!


 「オウッ!?」


 パワハラやんけ、これ!絶対に筋斗雲乗れんわ、こんな奴!


 僕はそれでも、真剣な表情を作りました。「がんばって高級腕時計を買えるようになります!」と答えたのですが、熱く答えたら答えたで、「そんなことより……」と、やけに素っ気ないのです。


 どういうことやねん、お前!「がんばれよ、お前ら!」とか言えよ!


 「そんなことよりコーラを定価で買う奴の気が知れねえよ!」


 ごめん、何言ってんの急に!?何きっかけで急にコーラの話になったん!?


 「お前ら、劇団ひとりの『陰日向に咲く』は見たか?」


 話飛びすぎやねん、だから!コーラからどうやって劇団ひとりにつながんねん!ウィキペディアか、お前!


 「見てません」


 「ふざけんじゃねえよ、てめえら!劇団ひとりを甘くみてんじゃねえよ!」


 Yさんは声を荒げ、このあと、「これからは演者も裏方も関係ねえよ。お笑いに関わる者すべてがマルチに才能を発揮し……」と、妙な提言を始めました。ところが、「お笑いに関わる者すべてがマルチに才能を発揮し、隠れた才能を公にしてアピールをくり返しながら、時には泣き言を言い、時にはうまいものを食べ、儲けた金を社会に還元しながらも自らの懐をあたため……」と話が長くなりすぎて収拾がつかなくなり、結局、「まあ、がんばれ」って言ったんですよ。


 まとめてからしゃべれや、少しは!言葉のホッチキスをもっと意識しろ!


 「お前らは上に行け。俺は現場でがんばる」


 室井さんか、俺!お前は踊る大捜査線の青島で俺らは室井さんか!


 Yさんの勢いは、とどまるところを知りません。


 ウイスキーを飲み干して、僕の後輩のシークワーサーフィズを奪い取りました。「お前これ、沖縄のシー、シー、シークワシークワ……」と噛みたおしたかと思えば、噛んだことをごまかすかのように急に話題を変え、「沖縄もよ、基地がどうだとか、がたがた言ってんじゃねえよ。沖縄に基地があったからこそ、安室奈美恵は世に出たんでしょ」と言いだしたのです。


 米軍基地って、安室に何かしてあげましたっけ?してないですよね?『CAN YOU 米軍基地』なんて曲はないですよね?


 なのに、「与那嶺か稲嶺か知んねえけどよ、沖縄から発信される文化をなめてんじゃねえよ!」とワケのわからない理由で怒り始め、なぜだか僕の後輩を怒っています。「てめえ、シー、シー、シークワシークワ、とにかく飲んでんじゃねえよ!」と、怒りの矛先が急に沖縄の酒を飲む後輩に向けられていったのです。


 ええ加減にせいよ、お前!米兵よりお前のほうがたち悪いぞ!


 「沖縄にはろくな政治家がいねえよ!与那嶺に稲嶺、どいつもこいつも嶺嶺でどの嶺も最低だよ!」


 嶺だけと違うわ、沖縄人!ウチナーンチュに全員嶺がつくと思うな!


 「1人ぐらい、安室みたいに歌って踊れる政治家がいねえのかって話だよ!」


 おらんねん、そんな奴!バッシュ履いてるババアよりもおらんわ!


 ここまでくるともう、腹が立つのを通り越して、おかしくて仕方がありません。


 酒に飲まれたYさんの人格破綻は、神レベルにまで達しています。半笑いになるざるをえず、僕の後輩に至っては怒られていることも忘れて、普通に笑っているのです。


 部屋に入って、30分近くが経過しました。


 「Yさん、そろそろ歌いましょうよ!僕がトップバッターいきますわ!」


 僕の後輩がこう言って、本を見始めました。


 Yさんは、「てめえ、下のマイクを握るんじゃねえぞ!ハハハハハ!」と笑いました。


 ところが、恒例の奴が始まったのです。そう、「逆すべらない話」が……。


 この話を聞かされるほど、カロリーを吸い取られるものはありません。まず、「お前、スポーツジムに行ってるって言ってたよな?」と、焼肉屋で僕がジムの話をしたことを思い出して訊いてきたのですが、「俺が通ってるジムの、最高におもしろい話を訊くか?」と、質問形式にしてきたのです。


 スッと言えや、お前!なんでお前はムダにハードル上げんねん!


 もちろん、おもしろかったらいいですよ。ただ、「やせようと思ってジムのサウナに入ったのに、風呂上がりにビールを飲んで体重計に乗ったら増えてやがんの!」と言ってきたのです。


 何がおもろいねん、それ!老人ホームでしかウケへんぞ、そんな緩い小話!


 隣の部屋からは歌声が漏れています。Yさんは僕の対応が冷たいのを聞こえていないと勘違いし、「やせるために行ったのに太ったんだぜ?」と、もう1回言ってきやがったのです。


 2回も聞かすなよ、そんなこと!お前だって、「こんばんみ!」と連続で言われたらイヤやろ!?


 「ほかにも、ジムには傑作な話があるんだけど、聞く?」


 「……お願いします」


 「これはつい先日の話なんだけど、腹筋を鍛えようと、腹筋台で腹筋をしてたんだよ。そしたら俺の隣の腹筋台の奴も腹筋してて、その隣の腹筋台で腹筋してる俺の腹筋が……」


 腹筋腹筋うるさいねん、お前!それが気になって話の筋追えんねん!


 「ダメだ、おもしろすぎて続きが言えねえ!腹痛い、腹痛い!腹筋が攣りそうだよ!」


 また腹筋やんけ!ノルマあんのか!


 そんな僕を尻目に、後輩が、ノリのいいEXILEの曲を歌い始めました。


 Yさんの相手ができるのは僕しかいません。Yさんは今まで以上に僕の隣に張り付いて、至近距離から再び、訳のわからない話を始めたのです。


 「バスコちゃんて、女はいるの?」


 「いないです」


 「バックはごぶさたなんだ?」


 なんでバック基準やねん!そんな訊き方あるか、お前!


 「バスコちゃんて、どんな愛撫すんの?」


 愛撫て、おい!叶姉妹か、お前!生まれつきセレブの奴しか使わんぞ、そんな日本語!


 「お前、ヒゲは生やさねえのか?」


 「ヒゲは生やさないですね」


 「生やせよ!ヒゲを生やしたら女なんてイチコロだよ!」


 何の雑誌読んでん!どの雑誌やねん、そんなフザけた記事書いてんの!?お前の理屈やと、グレート義太夫がキムタクと肩並べることになるんやぞ!


 「女ってのは、ヒゲを生やしてる男と、料理のできるエプロン姿の男に弱いんだよ!」


 聞いたことないわ、そんな価値観!ヒゲにエプロンって、宮崎駿か!宮崎駿みたいな奴がモテるわけないやろ!


 「バスコちゃんは、どんな女がタイプなんだよ?」


 「まあでも、やさしい子ですかね」


 「パイは?」


 「はっ?」


 「パイの大きい子はお好き?イヒヒヒヒ!イヒヒヒヒヒヒヒ!」


 気持ち悪っ、何こいつ!通り魔が急に入ってきて刺殺してくれへんかな!


 「逆に訊きますけど、Yさんはどんな女性がタイプなんですか?」


 「基本はパイ」


 基本はパイってなんやねん!なんのベーシックやねん、それ!


 「俺は無類のパイ好きなんだよ。イヒヒヒヒ!イヒヒヒヒヒヒヒ!」


 塩まくぞ、もう!ここまで気持ち悪かったら悪霊あつかいするぞ!


 「それよりYさん、電話鳴ってますよ!」


 「なんだよ、こんなときに……。パイ、もしもし」


 はいもしもしや!そこパイにすんなよ、お前!パイのことばっかり考えてるからそんなことなんねん!


 「パイの話で盛り上がってんだから電話してくんじゃねえよ、てめえ!」


 お前、なんで電話口でいきなりパイとか言われないとあかんねん!相手は何のことかわからんやろ!


 「悪い悪い、バスコちゃん。どのパイまで話したっけ?」


 もうええねん、パイは!もうパイ塾は解散や!


 「それより、この着メロにも飽きてきたな。このパイレーツオブ……」


 またパイやんけ!カリスマパイヤーか、お前は!


 「そんなことより、夢は大きければ大きいほどいいとか言う奴がいるけど、そんなことねえよ」


 なんの話やねん、急に!何がどうなったらパイから急に夢の話になんねん!


 「夢に大きさなんて関係ねえよ。パイだって、貧乳好きの奴もいるんだからさ」


 どういうことやねん、それ!全然意味わからん!


 「それよりバスコちゃんは、何猫を飼ってるんだよ?」


 なんで俺が猫飼ってるっていう前提やねん!猫系の話なんて1回もしてないよ、俺!


 「隠してないで教えろよ!」


 なんで隠さないとあかんねん、そんなこと!猫飼ってんのに照れもくそもないやろ!


 しまいには、「いいから何猫を飼ってるか教えろよ?お前は何シャム猫を飼ってるんだよ?」と、もうシャム猫って言うてもうたんですよ!


 なんでシャム猫限定やねん、お前!ヨークシャらせろよ、少しは!


 「シャム猫は最高だよ!毛が白くて、しかもかしこいんだよ!」


 司馬遼太郎か!毛が白くてかしこいって、完全に司馬遼太郎やんけ!


 「寿命がやや短いのが難点だけどな!」


 司馬遼太郎やんけ!けっこう早めに死んだぞ、あいつ!


 しかも、しゃべる度に、猟奇的なレベルで泡を飛ばしてきます。至近距離で口元を見たところ、つばが溜まってグジョグジョ。「カニかYさんか」というぐらい口周囲が泡だらけで、泡の量が多いことから飛ばすというより完全に吐いてるんですよ!


 お前もう、海に帰れ!サメあたりに話を聞いてもらえ!で、「てめえ、俺の体を食ってんじゃねえよ!ジョーズだけに食べるのがジョーズってやべえ、ツボに入った!腹痛い腹痛い、腹筋が攣る!腹筋からパイにかけてが攣る!」とか言いながら死んでいけ!


 「僕は、イリオモテシャム猫を飼ってます」


 結局、おちょくり半分に先ほどの沖縄のくだりを思い出して、こう答えました。


 すると、僕の肩に手をまわして口から泡を飛ばしながら、「お前、イリオモテシャム猫飼ってんの?なあ、イリオモテシャム猫飼ってんの?」と、思わせぶりに訊き返すだけ訊き返しといて結局は笑わないんですよ!


 もののけやわ、お前!人間じゃないわ、もう完全にもののけやわ!


 「イリオモテシャム猫、フフ……。イリオモテシャム猫、フフフ……。やべえよ、イリオモテシャム猫はやべえよ!ハハハハハ!ハハハハハハハ!」


 急にウケ出しやがった!俺の顔に死ぬほど泡が飛んできた!


 「ウケすぎてもうダメ!」


 訴えるぞ、もう!厳密に言ったら7、8個はあるんやからな、お前を訴えられる要件!


 ほどなくして、僕の後輩が歌い終わりました。


 今度は僕の番です。僕が河島英五の『酒と泪と男と女』を入れようとしたところ、もののけの顔色が変わりました


 「ちょっと待て!お前、英五、好きなの?」


 「はい」


 「やべえよ、それやべえって!それはないっちゅう話だよ!」


 僕をカッと見つめて、怪物のような雄たけびをあげました。そして、「てめえ、この歌には日本酒だろバカヤロー!早く用意しねえか!」と叫んで後輩の脚をガンガンに蹴り始めたんですよ!


 検事呼ぶぞ、もう!弁護士と違うぞ、国のイニシアチブでお前を訴えにかかるぞ!


 そしてこれから5分後、僕は聴かされることになるのです。もののけの、もののけによる、もののけのための「伝説の歌声」を……。


 後編へ……。


ベロンベロンの酔っ払いの相手はどれだけ大変か?の考察・前編(携帯読者用)

※2008年・3月22日の記事を再々編集

 前回、前々回と、伝説の演出家(Yさん)と焼肉屋に行ったお話をご紹介しました。

 Yさんは、ことあるごとに注意してくる焼肉奉行。せっかくの高級肉の味がぼやけてしまったのです。

 焼肉屋を出たあと、後輩の1人は帰りました。僕ともう1人の後輩で、Yさんと一緒にカラオケに行くことになったのです。

 3人で雑談をしながら、カラオケBOXを探します。

 ですが、Yさんはベロンベロンです。

 「ビールなんて水だよ!」

 焼肉屋でこう言ってたくせに、生ビール3杯と焼酎2杯を飲んだだけで酒に飲まれています。足腰こそまだしっかりしているものの、「お前ら、ガソリンスタンドのほうに行くんじゃねえよ!男は太陽のある方向に向かって歩くんだよ、バーカ!」と言ってきたのです。

 意味わからん!長渕でもそこまで暑苦しいことは言わんぞ!

 「太陽へGO!太陽へGO!」

 お祓いいるわ、こんな奴!こんなん言う奴、高めのお布施払ってガッチリ清めてもらわないとあかんわ!

 しかも時折、「♪ピーヒャララ ピーヒャララ!めだかの学校の先生は!」と、妙な歌をワンフレーズだけ口ずさんできます。道すがら、やっぱり帰ろうかな、と何度も思ったのですが、あまり深く考えないようにしました。

 ところがこのあと、酔っ払った伝説の演出家はすごかったのです。

 いや、すごいなんてものではなく、僕の人生で1、2を争うほどの「怪物」だったのです……。

 そこで今回は、「ベロンベロンの酔っ払いの相手はどれだけ大変か?」の考察・前編です。

 15分ほど歩いて、僕らはカラオケBOXに到着しました。

 時刻は夜の7時。実はすでに何軒も発見していたのですが、Yさんに「ここどうですか?」と訊いても、断られてしまったのです。

 YさんからOKをもらえた店は、安いカラオケBOXである、ジャンボカラオケ広場。Yさんは酔っ払いながらも、高い店に連れて行かれるとシャレにならない、という冷静さを失ってはいなかったのです。

 中に入ると、店内は混雑しています。後輩を受け付けに行かせて、僕とYさんは待ち合い席に座って待つことにしたのですが、僕がタバコを吸い始めた瞬間、Yさんの顔色が変わりました。

 「お前、何、タバコ吸ってんだよ?」

 先ほど吸ったときは何も言わなかったのに、「タバコ吸うんだったら、ひと言言えよ!」と注意してきたのです。

 「すいません」

 僕は納得が行かないながらも謝罪したのですが、Yさんがこう言ったのです。

 「なーんて、本当は怒ってねえよ!俺はタバコの煙は気にならねえんだよ!ちゅうか、俺もこないだまで吸ってたっちゅうの!ハハハハハ!」

 何がしたいねん、お前!世界で1番しょうもないドッキリやぞ、これ!

 「バスコちゃんの驚いた顔!腹痛い、腹痛い!やべえ、ツボった!」

 アヘンかなんか吸ってない!?アヘンあたりを吸ってないと、こんなんでツボりようないと思うねんけど!?

 「もうじき自動販売機でタバコを買うのにカードがいるだろ?だからこれを機会にやめたんだよ!」

 どんな理由でやめんねん!値段が上がったとかやったらわかるけど、タスポきっかけで禁煙なんて聞いたことないぞ!

 これはヘビーな戦いになりそうやな……。来るべきじゃなかったかな……。

 部屋が空いたという知らせを聞いて、急に猛烈な不安に襲われました。

 なにしろ階段に人がいるのに、「♪ピーヒャララ ピーヒャララ!めだかの学校の先生は!」と大声で歌います。不安で仕方がないんですね。

 ともあれ、部屋に入りました。

 中は6畳ほどの広さで、時間は2時間パック。ソファーに僕とYさんが並んで座り、その前に後輩が座りました。

 ほどなくして、女性の店員さんがやってきました。

 「失礼します。お飲み物のほうはどうされましょうか?」

 ジャンカラのドリンクは飲み放題です。僕はウーロン茶、僕の後輩は沖縄のお酒であるシークワーサーフィズを注文したのですが、Yさんはなかなか頼みません。店員さんがイライラしているのもおかまいなしに、メニューを見ながらぶつぶつ言っているのです。

 「えーと、どれにしようかな。たくさん種類があるな、ここ。なあバスコちゃん、ここってたくさんの種類があるよな?」

 「そうですね」

 「ほかに、こんなたくさんの種類を用意してるカラオケBOXなんてある?」

 「はっ?」

 「ほかにこれほど酒の種類の多い店なんてある?」

 「……ま、まあ、探せばあるんと違いますかね」

 「じゃあウイスキーの水割り!」

 なんやってん、今の!今のやりとりなんの意味があってん!何がどうなってウイスキー頼むって結論が出てん!

 「それより姉ちゃんって、城の内早苗に似てるよね?」

 微妙やねん、お前!リアクション困んねん、城の内早苗に似てるとか言われても!

 Yさんは、異常にご機嫌です。注文したお酒が届くやいなや、声を張り上げました。

 「歌う前に、お前らに言っておくことがある!」

 こう言って、僕らを舐めるようにニラみつけてきました。自分の腕時計をはずし、ポケットからブランドものの財布を取り出して、テーブルの上に置きました。

 「おい!これ、いくらしたと思う?」

 業界人特有の自慢だということは、すぐにわかりました。そこで、「この腕時計やったら50万円近くするのと違います?」と高めの金額を返したところ、「値段なんてどうだっていいんだよ!」と怒ってきたのです。

 お前が訊いてんやろが!「そんな安いわけあるかい!」やったらわかるけど、訊いといて答えたことにキレるってどういうことやねん!

 「値段じゃないんだよ人生は!」

 浪花節だよ人生はみたいに言うな!浪花に住む俺でも意味わからんわ、お前の言ってること!

 「問題なのは、これを手に入れるにはどうしたらいいかっちゅう話だよ!大阪にいてちまちま小銭稼いで、このグッチの財布が買えんのか!?」

 持ってんねんけど俺、グッチの財布!?しかもお前よりワンランク上の奴やねんけど!?

 「Yさんすいません、僕の財布って、グッチなんですけど?」

 「何?」

 「この財布なんですけど、お金貯めて買ったんですよ」

 「偽物だろ?」

 「本物ですよ」

 「正直に言えよ、どうせ偽物なんだろ!?」

 「本物ですよ!このロゴをちゃんと見てくださいよ!」

 「……」

 「……」

 「……」

 「……」

 「オウッ!?」

 勢いで押し切りやがった!権力ふりかざしてきやがった!

 「オウッ!?」

 パワハラやんけ、これ!絶対に筋斗雲乗れんわ、こんな奴!

 僕はそれでも、真剣な表情を作りました。「がんばって高級腕時計を買えるようになります!」と答えたのですが、熱く答えたら答えたで、「そんなことより……」と、やけに素っ気ないのです。

 どういうことやねん、お前!「がんばれよ、お前ら!」とか言えよ!

 「そんなことよりコーラを定価で買う奴の気が知れねえよ!」

 ごめん、何言ってんの急に!?何きっかけで急にコーラの話になったん!?

 「お前ら、劇団ひとりの『陰日向に咲く』は見たか?」

 話飛びすぎやねん、だから!コーラからどうやって劇団ひとりにつながんねん!ウィキペディアか、お前!

 「見てません」

 「ふざけんじゃねえよ、てめえら!劇団ひとりを甘くみてんじゃねえよ!」

 Yさんは声を荒げ、このあと、「これからは演者も裏方も関係ねえよ。お笑いに関わる者すべてがマルチに才能を発揮し……」と、妙な提言を始めました。ところが、「お笑いに関わる者すべてがマルチに才能を発揮し、隠れた才能を公にしてアピールをくり返しながら、時には泣き言を言い、時にはうまいものを食べ、儲けた金を社会に還元しながらも自らの懐をあたため……」と話が長くなりすぎて収拾がつかなくなり、結局、「まあ、がんばれ」って言ったんですよ。

 まとめてからしゃべれや、少しは!言葉のホッチキスをもっと意識しろ!

 「お前らは上に行け。俺は現場でがんばる」

 室井さんか、俺!お前は踊る大捜査線の青島で俺らは室井さんか!

 Yさんの勢いは、とどまるところを知りません。

 ウイスキーを飲み干して、僕の後輩のシークワーサーフィズを奪い取りました。「お前これ、沖縄のシー、シー、シークワシークワ……」と噛みたおしたかと思えば、噛んだことをごまかすかのように急に話題を変え、「沖縄もよ、基地がどうだとか、がたがた言ってんじゃねえよ。沖縄に基地があったからこそ、安室奈美恵は世に出たんでしょ」と言いだしたのです。

 米軍基地って、安室に何かしてあげましたっけ?してないですよね?『CAN YOU 米軍基地』なんて曲はないですよね?

 なのに、「与那嶺か稲嶺か知んねえけどよ、沖縄から発信される文化をなめてんじゃねえよ!」とワケのわからない理由で怒り始め、なぜだか僕の後輩を怒っています。「てめえ、シー、シー、シークワシークワ、とにかく飲んでんじゃねえよ!」と、怒りの矛先が急に沖縄の酒を飲む後輩に向けられていったのです。

 ええ加減にせいよ、お前!米兵よりお前のほうがたち悪いぞ!

 「沖縄にはろくな政治家がいねえよ!与那嶺に稲嶺、どいつもこいつも嶺嶺でどの嶺も最低だよ!」

 嶺だけと違うわ、沖縄人!ウチナーンチュに全員嶺がつくと思うな!

 「1人ぐらい、安室みたいに歌って踊れる政治家がいねえのかって話だよ!」

 おらんねん、そんな奴!バッシュ履いてるババアよりもおらんわ!

 ここまでくるともう、腹が立つのを通り越して、おかしくて仕方がありません。

 酒に飲まれたYさんの人格破綻は、神レベルにまで達しています。半笑いになるざるをえず、僕の後輩に至っては怒られていることも忘れて、普通に笑っているのです。

 部屋に入って、30分近くが経過しました。

 「Yさん、そろそろ歌いましょうよ!僕がトップバッターいきますわ!」

 僕の後輩がこう言って、本を見始めました。

 Yさんは、「てめえ、下のマイクを握るんじゃねえぞ!ハハハハハ!」と笑いました。

 ところが、恒例の奴が始まったのです。そう、「逆すべらない話」が……。

 この話を聞かされるほど、カロリーを吸い取られるものはありません。まず、「お前、スポーツジムに行ってるって言ってたよな?」と、焼肉屋で僕がジムの話をしたことを思い出して訊いてきたのですが、「俺が通ってるジムの、最高におもしろい話を訊くか?」と、質問形式にしてきたのです。

 スッと言えや、お前!なんでお前はムダにハードル上げんねん!

 もちろん、おもしろかったらいいですよ。ただ、「やせようと思ってジムのサウナに入ったのに、風呂上がりにビールを飲んで体重計に乗ったら増えてやがんの!」と言ってきたのです。

 何がおもろいねん、それ!老人ホームでしかウケへんぞ、そんな緩い小話!

 隣の部屋からは歌声が漏れています。Yさんは僕の対応が冷たいのを聞こえていないと勘違いし、「やせるために行ったのに太ったんだぜ?」と、もう1回言ってきやがったのです。

 2回も聞かすなよ、そんなこと!お前だって、「こんばんみ!」と連続で言われたらイヤやろ!?

 「ほかにも、ジムには傑作な話があるんだけど、聞く?」

 「……お願いします」

 「これはつい先日の話なんだけど、腹筋を鍛えようと、腹筋台で腹筋をしてたんだよ。そしたら俺の隣の腹筋台の奴も腹筋してて、その隣の腹筋台で腹筋してる俺の腹筋が……」

 腹筋腹筋うるさいねん、お前!それが気になって話の筋追えんねん!

 「ダメだ、おもしろすぎて続きが言えねえ!腹痛い、腹痛い!腹筋が攣りそうだよ!」

 また腹筋やんけ!ノルマあんのか!

 そんな僕を尻目に、後輩が、ノリのいいEXILEの曲を歌い始めました。

 Yさんの相手ができるのは僕しかいません。Yさんは今まで以上に僕の隣に張り付いて、至近距離から再び、訳のわからない話を始めたのです。

 「バスコちゃんて、女はいるの?」

 「いないです」

 「バックはごぶさたなんだ?」

 なんでバック基準やねん!そんな訊き方あるか、お前!

 「バスコちゃんて、どんな愛撫すんの?」

 愛撫て、おい!叶姉妹か、お前!生まれつきセレブの奴しか使わんぞ、そんな日本語!

 「お前、ヒゲは生やさねえのか?」

 「ヒゲは生やさないですね」

 「生やせよ!ヒゲを生やしたら女なんてイチコロだよ!」

 何の雑誌読んでん!どの雑誌やねん、そんなフザけた記事書いてんの!?お前の理屈やと、グレート義太夫がキムタクと肩並べることになるんやぞ!

 「女ってのは、ヒゲを生やしてる男と、料理のできるエプロン姿の男に弱いんだよ!」

 聞いたことないわ、そんな価値観!ヒゲにエプロンって、宮崎駿か!宮崎駿みたいな奴がモテるわけないやろ!

 「バスコちゃんは、どんな女がタイプなんだよ?」

 「まあでも、やさしい子ですかね」

 「パイは?」

 「はっ?」

 「パイの大きい子はお好き?イヒヒヒヒ!イヒヒヒヒヒヒヒ!」

 気持ち悪っ、何こいつ!通り魔が急に入ってきて刺殺してくれへんかな!

 「逆に訊きますけど、Yさんはどんな女性がタイプなんですか?」

 「基本はパイ」

 基本はパイってなんやねん!なんのベーシックやねん、それ!

 「俺は無類のパイ好きなんだよ。イヒヒヒヒ!イヒヒヒヒヒヒヒ!」

 塩まくぞ、もう!ここまで気持ち悪かったら悪霊あつかいするぞ!

 「それよりYさん、電話鳴ってますよ!」

 「なんだよ、こんなときに……。パイ、もしもし」

 はいもしもしや!そこパイにすんなよ、お前!パイのことばっかり考えてるからそんなことなんねん!

 「パイの話で盛り上がってんだから電話してくんじゃねえよ、てめえ!」

 お前、なんで電話口でいきなりパイとか言われないとあかんねん!相手は何のことかわからんやろ!

 「悪い悪い、バスコちゃん。どのパイまで話したっけ?」

 もうええねん、パイは!もうパイ塾は解散や!

 「それより、この着メロにも飽きてきたな。このパイレーツオブ……」

 またパイやんけ!カリスマパイヤーか、お前は!

 「そんなことより、夢は大きければ大きいほどいいとか言う奴がいるけど、そんなことねえよ」

 なんの話やねん、急に!何がどうなったらパイから急に夢の話になんねん!

 「夢に大きさなんて関係ねえよ。パイだって、貧乳好きの奴もいるんだからさ」

 どういうことやねん、それ!全然意味わからん!

 「それよりバスコちゃんは、何猫を飼ってるんだよ?」

 なんで俺が猫飼ってるっていう前提やねん!猫系の話なんて1回もしてないよ、俺!

 「隠してないで教えろよ!」

 なんで隠さないとあかんねん、そんなこと!猫飼ってんのに照れもくそもないやろ!

 しまいには、「いいから何猫を飼ってるか教えろよ?お前は何シャム猫を飼ってるんだよ?」と、もうシャム猫って言うてもうたんですよ!

 なんでシャム猫限定やねん、お前!ヨークシャらせろよ、少しは!

 「シャム猫は最高だよ!毛が白くて、しかもかしこいんだよ!」

 司馬遼太郎か!毛が白くてかしこいって、完全に司馬遼太郎やんけ!

 「寿命がやや短いのが難点だけどな!」

 司馬遼太郎やんけ!けっこう早めに死んだぞ、あいつ!

 しかも、しゃべる度に、猟奇的なレベルで泡を飛ばしてきます。至近距離で口元を見たところ、つばが溜まってグジョグジョ。「カニかYさんか」というぐらい口周囲が泡だらけで、泡の量が多いことから飛ばすというより完全に吐いてるんですよ!

 お前もう、海に帰れ!サメあたりに話を聞いてもらえ!で、「てめえ、俺の体を食ってんじゃねえよ!ジョーズだけに食べるのがジョーズってやべえ、ツボに入った!腹痛い腹痛い、腹筋が攣る!腹筋からパイにかけてが攣る!」とか言いながら死んでいけ!

 「僕は、イリオモテシャム猫を飼ってます」

 結局、おちょくり半分に先ほどの沖縄のくだりを思い出して、こう答えました。

 すると、僕の肩に手をまわして口から泡を飛ばしながら、「お前、イリオモテシャム猫飼ってんの?なあ、イリオモテシャム猫飼ってんの?」と、思わせぶりに訊き返すだけ訊き返しといて結局は笑わないんですよ!

 もののけやわ、お前!人間じゃないわ、もう完全にもののけやわ!

 「イリオモテシャム猫、フフ……。イリオモテシャム猫、フフフ……。やべえよ、イリオモテシャム猫はやべえよ!ハハハハハ!ハハハハハハハ!」

 急にウケ出しやがった!俺の顔に死ぬほど泡が飛んできた!

 「ウケすぎてもうダメ!」

 訴えるぞ、もう!厳密に言ったら7、8個はあるんやからな、お前を訴えられる要件!

 ほどなくして、僕の後輩が歌い終わりました。

 今度は僕の番です。僕が河島英五の『酒と泪と男と女』を入れようとしたところ、もののけの顔色が変わりました。

 「ちょっと待て!お前、英五、好きなの?」

 「はい」

 「やべえよ、それやべえって!それはないっちゅう話だよ!」

 僕をカッと見つめて、怪物のような雄たけびをあげました。そして、「てめえ、この歌には日本酒だろバカヤロー!早く用意しねえか!」と叫んで後輩の脚をガンガンに蹴り始めたんですよ!

 検事呼ぶぞ、もう!弁護士と違うぞ、国のイニシアチブでお前を訴えにかかるぞ!

 そしてこれから5分後、僕は聴かされることになるのです。もののけの、もののけによる、もののけのための「伝説の歌声」を……。

 後編へ……。

焼肉奉行はやめにするべきではないか?の考察・後編(パソコン読者用)

※2008年・3月16日の記事を再々編集


 「バカヤロー!てめえ、網を換えてもらえよ!」


 ロースを焼こうとした僕に、伝説の演出家が声を荒げました。網を換えなかったことに腹を立て、周囲のお客さんが引くほどの大声で怒鳴りつけてきたのです。


 そこで今回は、「焼肉奉行はやめにするべきではないか?」の考察・後編です。


 「そろそろわかれよ、てめえ!いい肉なんだから、網だけは頼むよ!」


 Yさんはブチギレています。


 ですが、ほかの肉を1度焼いて、再度タンを焼くのならわかるものの、普通の肉を初めて焼くこの段階では網は換えません。これぐらいは僕も知っており、おかしいのはYさんのほうなのです。


 「でも、まだ網は汚れてないでしょ?タン以外はまだ焼いてないですし?」


 僕は反射的に言い返しました。


 すると、そこはさすがに伝説の演出家です。


 「いいんだよ、換えたら!いい肉は、しょっちゅう網を換えるもんなんだよ!」


 自分が間違ったことに薄々気づきながらも、こう言って網を交換しました。そして、自分の間違いをごまかすかのように、「塩タンはどうだった?」「仕事はどうだ?」と強引に話題を変えてきたのです。


 バレバレやねん、お前!機嫌の取り方が見え見えで逆に腹立ってくんねん!


 「ほれ、キムチ食え!」


 典型的なO型か、お前!お前それベタなO型の奴に見られる変わり身やんけ!


 怒鳴りつけたかと思えば急にやさしくなるなど、まったくつかみどころがありません。このあと、携帯のパイレーツオブカリビアンの着メロが鳴り、「♪テンテンテレ テンテンテレ テンテンテレテン!」と急にご機嫌になって口ずさむなど、何のこっちゃわからないのです。


 しかもこいつの電話の声がまた、めちゃくちゃでかいのです。仕事で何かトラブルがあったらしく、電話口で「おん、おん。だからそれは小杉さんに言えって!」と、尋常じゃない大声でしゃべり始めたのです。


 声でかすぎんねん、お前!選挙期間中の右翼か!


 「今、飯食ってんだから、電話してくんじゃねえよ!」


 むちゃ言うなよ、お前!かける前にどうやったらわかんねん、それ!


 「お前の言い分もわかるけど、それは俺に言う話じゃないっちゅう話っちゅう話だよ!」


 意味わからん!お前それは話という言葉が1回多いっちゅう話だよ!


 周囲のお客さんは、Yさんの大声に引いています。一緒にいる僕らは恥ずかしいんですね。


 ですが、そのはずかしめを緩和してくれるかのごとく、ここのロースがおいしいのです。


 異常なまでにやわらかく、かといって弾力がないわけでもなく、口の中にオッパイをかくまっているかのようです。ほどよい脂がホカホカのご飯とマッチし、「口がスーパーサイヤ人になった!」と、口をついて出そうなほどなのです。


 そして、ロースに輪をかけて神なのが、カルビです。


 6枚で2000円もする代物で、「液体か、これ?」というぐらい、やわらかいです。甘味のある肉汁も最高で、食べて少し視力が上がった感じがしましたし、もし、銭湯にいる全然知らんオッサンのペニスにこのカルビが巻いて

あったら、僕はかぶりつきますよ。違ったタレがついても気になりませんし、陰毛も、カイワレを巻く感覚にしてむしゃぶりつきますから。


 とはいえ、せっかくの味も、焼き方にダメ出しをしてくるYさんのせいで半減されます。


 最初こそ、「うまいか?いい肉は違うだろ?」と感想を求めるだけだったものの、次第に、「焼きすぎだよ!」「バスコちゃん、それタレつけすぎてないか?」と注意してきたのです。


 黙れよ、お前!タレのつけ方ぐらいは自由主義を導入してくれよ!


 「噛みすぎてないか?」


 なんで噛みすぎたらあかんねん!ゾンビの調教師か、お前!


 「食べすぎてないか?」


 それは謝るわ!ごめん、それは俺が悪いわ!


 ふと見ると、Yさんはたくさんの焼肉のタレを混ぜています。


 「俺が特製のタレを作ってやるから、お前ら、そのタレで食え!」


 こう言って、妙なタレを作り始めたのです。


 店員さんからニンニクをもらい、備え付けの調味料と皿に残ったネギを加えます。「ほれ、これで食ってみろ!」と言って渡してきたのですが、まずいんですよ、このタレ。


 いろいろなものを混ぜたせいで大味になり、肉につけるとタレの味しかしません。なのに、「俺と一緒に肉を食いにきた奴は、いつもこのタレにやられるんだよ!」と得意気なのです。


 腹やぞそれ、やられてんの!得意気なところ申し訳ないけど、やられてんのは腹のほうや!


 「どうだ、俺のタレは?」


 「……」


 「どうなんだよ、俺のタレ?」


 「……悪くないですね!」


 「だろ!?」


 やかましいわ!気づけよ、お前!微妙な言い回ししてるんやから気づけよ!


 「エボラも真っ青だよ!」


 エバラや!エボラにはもとから真っ青じゃ、あんな怖い病気!


 「10円よこせよ?」


 「えっ?」


 「タレ代として10円よこせよ!?」


 1000円とかにせいや!お前、10円やったら払ってまいそうやんけ、こっちは!ボケが中途半端やからリアクションに困んねん!


 「お前の取り皿を貸せ!タレにレモンを絞ってやるよ!」


 お前、塩タンをタレで食べようとした俺とやってること変わらんやんけ!なんでさっき怒られてん、俺!?


 「タレにレモン絞ったら最高なんだよ!」


 最高って言うてもうたぞ、こいつ!で言うとくぞ、箸を舐めながら肉をひっくり返すお前が1番のマナー違反やからな!


 このように、ワケのわからないことを連発してくるのです。


 さらに、Yさんの「逆すべらない話」のオンパレードが、いい肉に枯れ花を添えてくれます。


 Yさんは、タレをほめられたことでご機嫌になっています。まず、知り合いの演歌歌手のズボンに穴が空いていた話をしてきたのですが、コンサート衣装ならまだしも、私服のズボンに空いていただけなのです。


 何がおもろいねん、それ!単なる日常のことやんけ!しょっちゅう見てるわ、そんなもん!


 なのに、「1億円稼いでる奴のズボンに穴が空いてたら世話ねえや!ハハハハハ!」と大笑いし、続けて、「これは、家で飼ってる猫が、安物のアイスクリームを食べない話なんだけど!」と自信満々に披露してきたものの、これもオチを先に言っているのです。


 なんでオチを先に言うねん、お前は!「トーク界の早漏」と呼ぶぞ、お前のこと!


 「こないだ、飼ってる猫に安物のアイスを食べさせようとしたら……」


 だから食べへんねやろ!?デジャブやわ、これ!さっきもこんなことあったわ!


 しかも、オチの手前で「ダメだ、もう笑けてきた!もう笑けてきた!」と1人でウケやがるので、グダグダもいいところなんですね。


 Yさんは、僕らの愛想笑いを真に受けて、ますますご機嫌です。


 携帯が鳴って、「♪テンテンテレ テンテンテレ テンテンテレテン!」と、体をくねらして歌い始めました。酔っ払ってきたことからも、「♪テンテンテレ テンテンテレ テンテンテレテン!」「♪テン!テン!テレテンテンテテン!」と、30秒近くガンガンに歌っていたのですが、結局、電話切れたんですよ。


 何なん、お前!マジで何なん!もう1回言うわ、何なん、お前!?


 「♪テンテンテレ テンテンテレ……」


 もう鳴ってないねん、着メロ!エアカリビアンやねん、お前が今やってること!


 「それよりお前ら、野菜は食ってんのか?ピーマンはアミノ酸がすげえんだからよ!」


 ピーマンないねんけど!?この野菜の盛り合わせに、ピーマンらしきもんはまったく見当たらんねんけど!?


 「お前、おふくろさんは健在か?」


 話飛びすぎやねん!今、ピーマンの話をしてたよな!?アミノ酸がどうのこうのとか言ってたよな!?


 「健在ですよ」


 「ずっと健在か?」


 「はっ?」


 「ずっと健在なのか、お前のおふくろさん?」


 ずっと健在ってなんやねん!1回死んで生き返ったとかないねん!健在=ずっとやねん!


 「俺のおふくろもずっと健在なんだけど、若き日に、スケバンだったんだよね!」


 スケバンて、おい!スケバンって初めて聞いたわ、実生活で!都市伝説やと思ってたわ、あの日本語!


 「お前のおふくろさんもスケバンか?」


 「はっ?」


 「お前のおふくろさんもスケバンだったかどうか訊いてんだよ!」


 「いや、違います」


 「なんで?」


 なんでってなんやねん!スケバンであることのほうが異常やねんぞ!「スケバンであることが常識」みたいな言い方すんなよ!


 「すごかったんだよ、うちのおふくろ!聞いた話なんだけど、なにしろ高校時代は毎日、カバンにドス入れてたらしいからな!」


 ドス入れてたん!?女子高生がカバンにドス入れてんの!?それ、スケバンどころの話じゃないねんけど!?


 「女子校なのに、うちのおふくろは荒れてたらしいよ!」


 女子校でいつドス使うねん!周りに男子がおるんやったらわかるけど、メス同士のケンカにドスなんていらんやろ!ドスをカバンに入れて行く理由がわからん!


 「でも、おふくろはやっぱり、大切にしねえとな!お前もちゃんと親孝行しろよ!」


 「わかってます」


 「こんな話をしてたら、急におふくろに会いたくなってきたよ」


 「Yさんはしょっちゅう、実家に帰ってるんですか?」


 「いや、4年ぐらい会ってないな」


 親不孝もんやんけ!お前、人に注意しといて自分は死ぬほど親不孝してるやんけ!ドス持ち歩くような女でも子供に無視されたら寂しいもんやねんぞ!


 このように、とにかく意味がわからないのです。


 相手をするのが大変で、僕の隣に座る後輩なんて、肉を焼いてないときでも、メガネ曇ってましたからね。僕もなぜだかわかりませんが、左の太ももの裏の肉が軽く攣りましたから。


 このあと無理言って、ロースとカルピをもう1人前追加してもらいました。Yさんも疲れてきたのか、次第に注意してこなくなりました。


 「Yさん、そろそろ網を換えますね!」


 しばらくして、僕の隣の後輩が網を換えようとしました。


 「お前、わかってきたじゃねえか!」


 それを見たYさんのテンションが再び、上がり始めました。「やるじゃねえか、お前!あー!エンジンが入ってきた!」とワケのわからないことを叫び、めちゃくちゃ高い声で「あー!お前、たまんない!」って言ったんですよ。


 何がたまらんねん、お前!網換えただけやんけ!


 「あー、たまんない!もう、ダメ!」


 意味わからん!このレベルでたまらんのやったら、風俗で「網プレー」が成立するわ!「焼肉の網を換えてやろうか!」「あー、たまんない!また換えられた!」みたいなSMができるわ!


 「それなら俺も、お前のその心意気に応えねえといけねえな。お前らにそろそろ、とっておきの話をしてやろうか?」


 「……お願いします」


 「びっくりするぞ、聞いたら!その覚悟はできてんのか?」


 「……できてますよ」


 「実はよ、俺はその昔、元アイドルの○○とキスしたんだよね」


 「……」


 「……」


 「……」


 「……」


 「……」


 「……」


 終わり!?ちょっと待って、それだけなん!?めちゃくちゃハードル上げといてそれだけなん!?


 「すげえだろ?」


 どこがとっておきやねん、お前!せめて、「内田裕也は実はカントリーマアムが好きなんだよね!」とか言えよ!


 「酔って寝てたからキスしてやったよ!」

 

 ……ただの犯罪やんけ、それ!お前それ、キスしたって言わんぞ、普通!てっきり合意の上でしたと思ってたやんけ、こっちは!


 すると、先ほど網を換えた僕の後輩が仕掛けました。イライラが溜まりすぎて、我慢できなくなったのでしょう。


 「すいません、Yさん!申し訳ないんですけど、1人前だけ、特上のロースを頼んだらダメですかね?」


 こう言って、爆弾を落としたのです。


 すると酔っ払っているとはいえ、伝説の演出家は、伝説的にわかりやすい男ですよ。


 「お、おう!俺も頼もうと思ってたところだったんだよ!それより、ライスも頼めよ!いい肉にライスがないと始まらねえからな!」


 ですが、後輩は完全に開き直っています。


 「いや、ライスはもういいですわ。お肉でお腹を膨らましたいんで」


 こう言ってYさんの申し出を断り、Yさんは、「そうか!なら、冷麺も頼めよ!ここの冷麺はうまいんだよ!」と、この店に来たこともないのに言いやがったのです。


 ボロボロか、お前!漫画みたいにわかりやすい奴やな!


 Yさんは、完全にテンぱっています。「こいつら、まだまだ食う気じゃねえのか……」と焦っているのが見え見えで、強引に冷麺を2つ頼んだのです。


 そこで僕は、Yさんの隙に乗じて、我慢していたタバコを吸うことにしました。


 すると僕らの勝手に腹を立てたのか、タバコこそ注意しなかったものの、妙な説教を始めたのです。「いつまで大阪にいてる気だよ、てめえら!根性出して東京に出てこいよ!」と怒鳴りつけてきたのです。


 結局、この説教のせいで、夢にまで見た特上ロースの味がわからなくなりました。


 「人が話してんだから、食べてんじゃねえよ!」


 食べることも許されず、特上の肉が焦げてしまったのです。冷麺こそちゃんと食べられたものの、こんなもったいないことはないんですね。


 「よっしゃ!じゃあ、そろそろ行くか!」


 Yさんの号令で、僕らの戦いは終わりを告げました。


 戦場での滞在時間、90分。料金は3万3000円で、Yさんが全額、支払ってくれました。


 伝説の演出家は店を出るとき、レジでもらったアメを手にしながら、こう言いました。


 「お前ら、アメちゃんはいるか?」


 「アメちゃん」なんて言い方すんの!?散々気取ってた奴がアメちゃんとか言うの!?


 伝説の演出家は、何もかもが「伝説」だったのです……。



 集団で楽しむ食事において、個人プレーに走る奴がいると、たまったものではありません。奉行を気取るのは勝手ですが、露骨なマナー違反をしないかぎりは、人に注意する権利などないのです。


 食事というのは、店を出たあとのあと味込みで、食事です。いくら料理がおいしくても、口うるさい奉行気取りがいたら、食事としては最悪でしょう。


 そしてこのお話は、まだ終わりではありません。


 このあと、Yさんにカラオケに誘われました。バイトで帰った1人を除いて、僕ら2人はおともをしました。大変だったとはいえ、お笑いの仕事をする僕にとってこいつのキャラは、捨てがたいものがあるからです。


 僕は仕事柄、たくさんのネタ帳を所有しています。キャラ帳、おもしろエピソード帳、奇人帳……。このオッサンをモデルにするだけで、ネタ帳が1年分以上、埋まりそうなのです。


 ベロンベロンの酔っ払い編へ……。


焼肉奉行はやめにするべきではないか?の考察・後編(携帯読者用)

※2008年・3月16日の記事を再々編集

 「バカヤロー!てめえ、網を換えてもらえよ!」

 ロースを焼こうとした僕に、伝説の演出家が声を荒げました。網を換えなかったことに腹を立て、周囲のお客さんが引くほどの大声で怒鳴りつけてきたのです。

 そこで今回は、「焼肉奉行はやめにするべきではないか?」の考察・後編です。

 「そろそろわかれよ、てめえ!いい肉なんだから、網だけは頼むよ!」

 Yさんはブチギレています。

 ですが、ほかの肉を1度焼いて、再度タンを焼くのならわかるものの、普通の肉を初めて焼くこの段階では網は換えません。これぐらいは僕も知っており、おかしいのはYさんのほうなのです。

 「でも、まだ網は汚れてないでしょ?タン以外はまだ焼いてないですし?」

 僕は反射的に言い返しました。

 すると、そこはさすがに伝説の演出家です。

 「いいんだよ、換えたら!いい肉は、しょっちゅう網を換えるもんなんだよ!」

 自分が間違ったことに薄々気づきながらも、こう言って網を交換しました。そして、自分の間違いをごまかすかのように、「塩タンはどうだった?」「仕事はどうだ?」と強引に話題を変えてきたのです。

 バレバレやねん、お前!機嫌の取り方が見え見えで逆に腹立ってくんねん!

 「ほれ、キムチ食え!」

 典型的なO型か、お前!お前それベタなO型の奴に見られる変わり身やんけ!

 怒鳴りつけたかと思えば急にやさしくなるなど、まったくつかみどころがありません。このあと、携帯のパイレーツオブカリビアンの着メロが鳴り、「♪テンテンテレ テンテンテレ テンテンテレテン!」と急にご機嫌になって口ずさむなど、何のこっちゃわからないのです。

 しかもこいつの電話の声がまた、めちゃくちゃでかいのです。仕事で何かトラブルがあったらしく、電話口で「おん、おん。だからそれは小杉さんに言えって!」と、尋常じゃない大声でしゃべり始めたのです。

 声でかすぎんねん、お前!選挙期間中の右翼か!

 「今、飯食ってんだから、電話してくんじゃねえよ!」

 むちゃ言うなよ、お前!かける前にどうやったらわかんねん、それ!

 「お前の言い分もわかるけど、それは俺に言う話じゃないっちゅう話っちゅう話だよ!」

 意味わからん!お前それは話という言葉が1回多いっちゅう話だよ!

 周囲のお客さんは、Yさんの大声に引いています。一緒にいる僕らは恥ずかしいんですね。

 ですが、そのはずかしめを緩和してくれるかのごとく、ここのロースがおいしいのです。

 異常なまでにやわらかく、かといって弾力がないわけでもなく、口の中にオッパイをかくまっているかのようです。ほどよい脂がホカホカのご飯とマッチし、「口がスーパーサイヤ人になった!」と、口をついて出そうなほどなのです。

 そして、ロースに輪をかけて神なのが、カルビです。

 6枚で2000円もする代物で、「液体か、これ?」というぐらい、やわらかいです。甘味のある肉汁も最高で、食べて少し視力が上がった感じがしましたし、もし、銭湯にいる全然知らんオッサンのペニスにこのカルビが巻いてあったら、僕はかぶりつきますよ。違ったタレがついても気になりませんし、陰毛も、カイワレを巻く感覚にしてむしゃぶりつきますから。

 とはいえ、せっかくの味も、焼き方にダメ出しをしてくるYさんのせいで半減されます。

 最初こそ、「うまいか?いい肉は違うだろ?」と感想を求めるだけだったものの、次第に、「焼きすぎだよ!」「バスコちゃん、それタレつけすぎてないか?」と注意してきたのです。

 黙れよ、お前!タレのつけ方ぐらいは自由主義を導入してくれよ!

 「噛みすぎてないか?」

 なんで噛みすぎたらあかんねん!ゾンビの調教師か、お前!

 「食べすぎてないか?」

 それは謝るわ!ごめん、それは俺が悪いわ!

 ふと見ると、Yさんはたくさんの焼肉のタレを混ぜています。

 「俺が特製のタレを作ってやるから、お前ら、そのタレで食え!」

 こう言って、妙なタレを作り始めたのです。

 店員さんからニンニクをもらい、備え付けの調味料と皿に残ったネギを加えます。「ほれ、これで食ってみろ!」と言って渡してきたのですが、まずいんですよ、このタレ。

 いろいろなものを混ぜたせいで大味になり、肉につけるとタレの味しかしません。なのに、「俺と一緒に肉を食いにきた奴は、いつもこのタレにやられるんだよ!」と得意気なのです。

 腹やぞそれ、やられてんの!得意気なところ申し訳ないけど、やられてんのは腹のほうや!

 「どうだ、俺のタレは?」

 「……」

 「どうなんだよ、俺のタレ?」

 「……悪くないですね!」

 「だろ!?」

 やかましいわ!気づけよ、お前!微妙な言い回ししてるんやから気づけよ!

 「エボラも真っ青だよ!」

 エバラや!エボラにはもとから真っ青じゃ、あんな怖い病気!

 「10円よこせよ?」

 「えっ?」

 「タレ代として10円よこせよ!?」

 1000円とかにせいや!お前、10円やったら払ってまいそうやんけ、こっちは!ボケが中途半端やからリアクションに困んねん!

 「お前の取り皿を貸せ!タレにレモンを絞ってやるよ!」

 お前、塩タンをタレで食べようとした俺とやってること変わらんやんけ!なんでさっき怒られてん、俺!?

 「タレにレモン絞ったら最高なんだよ!」

 最高って言うてもうたぞ、こいつ!で言うとくぞ、箸を舐めながら肉をひっくり返すお前が1番のマナー違反やからな!

 このように、ワケのわからないことを連発してくるのです。

 さらに、Yさんの「逆すべらない話」のオンパレードが、いい肉に枯れ花を添えてくれます。

 Yさんは、タレをほめられたことでご機嫌になっています。まず、知り合いの演歌歌手のズボンに穴が空いていた話をしてきたのですが、コンサート衣装ならまだしも、私服のズボンに空いていただけなのです。

 何がおもろいねん、それ!単なる日常のことやんけ!しょっちゅう見てるわ、そんなもん!

 なのに、「1億円稼いでる奴のズボンに穴が空いてたら世話ねえや!ハハハハハ!」と大笑いし、続けて、「これは、家で飼ってる猫が、安物のアイスクリームを食べない話なんだけど!」と自信満々に披露してきたものの、これもオチを先に言っているのです。

 なんでオチを先に言うねん、お前は!「トーク界の早漏」と呼ぶぞ、お前のこと!

 「こないだ、飼ってる猫に安物のアイスを食べさせようとしたら……」

 だから食べへんねやろ!?デジャブやわ、これ!さっきもこんなことあったわ!

 しかも、オチの手前で「ダメだ、もう笑けてきた!もう笑けてきた!」と1人でウケやがるので、グダグダもいいところなんですね。

 Yさんは、僕らの愛想笑いを真に受けて、ますますご機嫌です。

 携帯が鳴って、「♪テンテンテレ テンテンテレ テンテンテレテン!」と、体をくねらして歌い始めました。酔っ払ってきたことからも、「♪テンテンテレ テンテンテレ テンテンテレテン!」「♪テン!テン!テレテンテンテテン!」と、30秒近くガンガンに歌っていたのですが、結局、電話切れたんですよ。

 何なん、お前!マジで何なん!もう1回言うわ、何なん、お前!?

 「♪テンテンテレ テンテンテレ……」

 もう鳴ってないねん、着メロ!エアカリビアンやねん、お前が今やってること!

 「それよりお前ら、野菜は食ってんのか?ピーマンはアミノ酸がすげえんだからよ!」

 ピーマンないねんけど!?この野菜の盛り合わせに、ピーマンらしきもんはまったく見当たらんねんけど!?

 「お前、おふくろさんは健在か?」

 話飛びすぎやねん!今、ピーマンの話をしてたよな!?アミノ酸がどうのこうのとか言ってたよな!?

 「健在ですよ」

 「ずっと健在か?」

 「はっ?」

 「ずっと健在なのか、お前のおふくろさん?」

 ずっと健在ってなんやねん!1回死んで生き返ったとかないねん!健在=ずっとやねん!

 「俺のおふくろもずっと健在なんだけど、若き日に、スケバンだったんだよね!」

 スケバンて、おい!スケバンって初めて聞いたわ、実生活で!都市伝説やと思ってたわ、あの日本語!

 「お前のおふくろさんもスケバンか?」

 「はっ?」

 「お前のおふくろさんもスケバンだったかどうか訊いてんだよ!」

 「いや、違います」

 「なんで?」

 なんでってなんやねん!スケバンであることのほうが異常やねんぞ!「スケバンであることが常識」みたいな言い方すんなよ!

 「すごかったんだよ、うちのおふくろ!聞いた話なんだけど、なにしろ高校時代は毎日、カバンにドス入れてたらしいからな!」

 ドス入れてたん!?女子高生がカバンにドス入れてんの!?それ、スケバンどころの話じゃないねんけど!?

 「女子校なのに、うちのおふくろは荒れてたらしいよ!」

 女子校でいつドス使うねん!周りに男子がおるんやったらわかるけど、メス同士のケンカにドスなんていらんやろ!ドスをカバンに入れて行く理由がわからん!

 「でも、おふくろはやっぱり、大切にしねえとな!お前もちゃんと親孝行しろよ!」

 「わかってます」

 「こんな話をしてたら、急におふくろに会いたくなってきたよ」

 「Yさんはしょっちゅう、実家に帰ってるんですか?」

 「いや、4年ぐらい会ってないな」

 親不孝もんやんけ!お前、人に注意しといて自分は死ぬほど親不孝してるやんけ!ドス持ち歩くような女でも子供に無視されたら寂しいもんやねんぞ!

 このように、とにかく意味がわからないのです。

 相手をするのが大変で、僕の隣に座る後輩なんて、肉を焼いてないときでも、メガネ曇ってましたからね。僕もなぜだかわかりませんが、左の太ももの裏の肉が軽く攣りましたから。

 このあと無理言って、ロースとカルピをもう1人前追加してもらいました。Yさんも疲れてきたのか、次第に注意してこなくなりました。

 「Yさん、そろそろ網を換えますね!」

 しばらくして、僕の隣の後輩が網を換えようとしました。

 「お前、わかってきたじゃねえか!」

 それを見たYさんのテンションが再び、上がり始めました。「やるじゃねえか、お前!あー!エンジンが入ってきた!」とワケのわからないことを叫び、めちゃくちゃ高い声で「あー!お前、たまんない!」って言ったんですよ。

 何がたまらんねん、お前!網換えただけやんけ!

 「あー、たまんない!もう、ダメ!」

 意味わからん!このレベルでたまらんのやったら、風俗で「網プレー」が成立するわ!「焼肉の網を換えてやろうか!」「あー、たまんない!また換えられた!」みたいなSMができるわ!

 「それなら俺も、お前のその心意気に応えねえといけねえな。お前らにそろそろ、とっておきの話をしてやろうか?」

 「……お願いします」

 「びっくりするぞ、聞いたら!その覚悟はできてんのか?」

 「……できてますよ」

 「実はよ、俺はその昔、元アイドルの○○とキスしたんだよね」

 「……」

 「……」

 「……」

 「……」

 「……」

 「……」

 終わり!?ちょっと待って、それだけなん!?めちゃくちゃハードル上げといてそれだけなん!?

 「すげえだろ?」

 どこがとっておきやねん、お前!せめて、「内田裕也は実はカントリーマアムが好きなんだよね!」とか言えよ!

 「酔って寝てたからキスしてやったよ!」

 ……ただの犯罪やんけ、それ!お前それ、キスしたって言わんぞ、普通!てっきり合意の上でしたと思ってたやんけ、こっちは!

 すると、先ほど網を換えた僕の後輩が仕掛けました。イライラが溜まりすぎて、我慢できなくなったのでしょう。

 「すいません、Yさん!申し訳ないんですけど、1人前だけ、特上のロースを頼んだらダメですかね?」

 こう言って、爆弾を落としたのです。

 すると酔っ払っているとはいえ、伝説の演出家は、伝説的にわかりやすい男ですよ。

 「お、おう!俺も頼もうと思ってたところだったんだよ!それより、ライスも頼めよ!いい肉にライスがないと始まらねえからな!」

 ですが、後輩は完全に開き直っています。

 「いや、ライスはもういいですわ。お肉でお腹を膨らましたいんで」

 こう言ってYさんの申し出を断り、Yさんは、「そうか!なら、冷麺も頼めよ!ここの冷麺はうまいんだよ!」と、この店に来たこともないのに言いやがったのです。

 ボロボロか、お前!漫画みたいにわかりやすい奴やな!

 Yさんは、完全にテンぱっています。「こいつら、まだまだ食う気じゃねえのか……」と焦っているのが見え見えで、強引に冷麺を2つ頼んだのです。

 そこで僕は、Yさんの隙に乗じて、我慢していたタバコを吸うことにしました。

 すると僕らの勝手に腹を立てたのか、タバコこそ注意しなかったものの、妙な説教を始めたのです。「いつまで大阪にいてる気だよ、てめえら!根性出して東京に出てこいよ!」と怒鳴りつけてきたのです。

 結局、この説教のせいで、夢にまで見た特上ロースの味がわからなくなりました。

 「人が話してんだから、食べてんじゃねえよ!」

 食べることも許されず、特上の肉が焦げてしまったのです。冷麺こそちゃんと食べられたものの、こんなもったいないことはないんですね。

 「よっしゃ!じゃあ、そろそろ行くか!」

 Yさんの号令で、僕らの戦いは終わりを告げました。

 戦場での滞在時間、90分。料金は3万3000円で、Yさんが全額、支払ってくれました。

 伝説の演出家は店を出るとき、レジでもらったアメを手にしながら、こう言いました。

 「お前ら、アメちゃんはいるか?」

 「アメちゃん」なんて言い方すんの!?散々気取ってた奴がアメちゃんとか言うの!?

 伝説の演出家は、何もかもが「伝説」だったのです……。


 集団で楽しむ食事において、個人プレーに走る奴がいると、たまったものではありません。奉行を気取るのは勝手ですが、露骨なマナー違反をしないかぎりは、人に注意する権利などないのです。

 食事というのは、店を出たあとのあと味込みで、食事です。いくら料理がおいしくても、口うるさい奉行気取りがいたら、食事としては最悪でしょう。

 そしてこのお話は、まだ終わりではありません。

 このあと、Yさんにカラオケに誘われました。バイトで帰った1人を除いて、僕ら2人はおともをしました。大変だったとはいえ、お笑いの仕事をする僕にとってこいつのキャラは、捨てがたいものがあるからです。

 僕は仕事柄、たくさんのネタ帳を所有しています。キャラ帳、おもしろエピソード帳、奇人帳……。このオッサンをモデルにするだけで、ネタ帳が1年分以上、埋まりそうなのです。

 ベロンベロンの酔っ払い編へ……。

焼肉奉行はやめにするべきではないか?の考察・前編(パソコン読者用)

※2008年・3月15日の記事を再々編集


 先日のことです。


 仕事の打ち合わせを終えた僕は、後輩2人と一緒に、大阪の街をブラブラすることにしました。


 時刻は夕方の5時。僕らは3人とも昼ごはんを食べていません。ひとまず食事をしようと会社を出たところ、もといた現場から、1人の中年男性がやってきました。


 「お前ら、晩飯を食いに行かねえか?」


 こう言って、僕らを食事に誘ってくれたのです。


 この方は、Yさん。


 僕らのいる会議室にふらりとやってきた、少し会話をしただけの初見の人です。東京から出張で来ており、お笑いのイベントやディナーショーを手がける、演出家の方らしいのです。


 ですが、Yさんの評判は最悪。周囲に「絡みにくいから相手にしないほうがいいよ!」と陰口を叩かれるような、見るからにしんどい人なのです。


 ひと口餃子みたいな顔をしており、近年、まれに見るハゲです。甲高い声、頻繁に飛び交う業界用語、勝ち組をひけらかすかのような高級スーツ……。すべてがしんどく、なにしろ先ほど、「俺は伝説の演出家だから!」と、自分で言っていました。相手にしたくはなく、失礼とは思いながらも、お誘いを断ることにしました。


 ただ、「よかったら焼肉に行かねえか?」と言って、近くの焼肉屋を指したのです。香ばしい匂いを放ち、「店構えがすでに霜降り」と言っても過言ではない、超高級の焼肉屋を……。


 僕は日ごろから、ろくなものを食べていません。焼肉に行くこともめったになく、一流の業界人が通うような高級焼肉屋など、行ったことがありません。


 どうしようかな……。相手するのは大変そうやけど、こんなチャンスはめったにないしな……。


 思案する僕を尻目に、後輩たちは行きたそうにしています。僕以上にろくなものを食べていない2人なので、目が「行きたい!」と語っているのがわかるのです。


 いろいろと考えたものの、結局、Yさんについて行くことにしました。


 ところがこの方、いや、こいつが最悪だったのです。


 食べ方にうるさく、焼肉に対する熱意が半端ではなかったのです。いわゆる「焼肉奉行」という奴で、僕らの食べ方に逐一、ダメ出しをしてきたのです。


 みなさまの周りにもいませんか、焼肉の食べ方にうるさい人が?タレがどうだの網がどうだのと、空気を読まずに注意してくる人が?


 Yさんは、そんな焼肉奉行の典型。食事はうざいわ、話はうざいわで、せっかくの肉の味がぼやけてしまったのです。


 そこで今回は、「焼肉奉行はやめにするべきではないか?」の考察・前編です。


 「じゃあ行くぞ、お前ら!」


 Yさんの甲高い号令のもと、僕らは焼肉屋に足を踏み入れました。


 店内は薄暗いです。闇を意図的に演出したシックな店内で、いかにも、という空気が充満しています。「俺みたいな奴がこんなところに来てもいいのかな……」と思うほど、勝ち組の匂いがプンプンしているのです。


 案内されたテーブルは、ビシッとした木造。まばゆいばかりに光り輝いており、「ここはデブ専門のテーブルですか?」というぐらい、幅にゆとりのある4人掛けです。何もかもが格調高く、選ばれし焼肉屋のオーラが店全体から迫ってくるのです。


 奥の上座にYさんが座り、僕はYさんの前に座りました。隣に後輩たちがそれぞれ座り、時間が少し早いため、店内は空いています。貸し切りで使用しているような気持ちになり、僕のテンションが上がってきました。


 メニュー表を見ると、案の定、値段は半端ではありません。


 塩タン2200円、上ロース2500円、海鮮の盛り合わせ3000円……。インフレを疑うほどの高額商品ばかりで、B級グルメしか口にしない僕らにはたまらないのです。


 「お前ら、とりあえず飲み物を頼めよ!」


 興奮する僕らを尻目に、Yさんが言いました。


 僕はお酒が飲めません。「モスコミュールをください!」とカクテルを注文したところ、Yさんの顔色が変わったのです。


 「お前、肉食うのにカクテル飲む気かよ?」


 1人だけカクテルを注文した僕を、Yさんが注意してきたのです。


 「別にいいんだよ、飲めないんだったら!でも、今日は肉なんだぜ?とりあえずビールを頼んだらいいじゃん!」


 僕としても、目上の人が言うので、断るわけにはいきません。


 「じゃあ、僕も生ビールをください」


 こう言ってビールを渋々注文したのですが、「だいたい、肉とモスコが合うと思うか?バスコちゃん、それはKYだよ!」と大声で叱ってきたのです。


 僕、何か悪いことしました?100歩譲って焼肉屋でビールを飲まなければならないルールがあったとしても、謝って注文し直したらもうそれでいいでしょ?


 なのに、「頼むよ、バスコちゃん!お笑いを演出するんだったら、飲み物ぐらい、ちゃんと演出しないと!」と、ワケのわからないことを言ってきたのです。  


 それでも、文句を言うわけにはいきません。「血のしたたる肉と今日という日に乾杯!」という謎の音頭が気になりながらも、僕はビールを飲むことにしました。


 「適当に肉を頼んでくれよ!」


 Yさんが僕らにお願いしてきました。


 僕は店員さんを呼び、後輩の1人がメニュー片手に注文し始めたのですが、「じゃあ上ロース2人前と……」と口にした瞬間、Yさんの顔色が変わったのです。


 「ちょうちょうちょうちょう。お前、今、何て言った?」


 庶民の注文の仕方が再び、伝説の演出家の勘に触ったのです。


 「いきなり上ロース行くか、普通?譲って、鶏ハラミでしょ!?」


 ツバを飛ばしながらまくしたて、「頼むよ、バスコちゃん!」と、関係のない僕にも注意したかと思えば、「俺、もう帰るよ!」と言って席を立とうとしたのです。


 もう、何なんですか、この人!適当に肉を頼めと言うから頼んだだけでしょ!?


 「いい加減にしねえか!」


 こっちのセリフじゃ、そんなもん!そもそもお前はハゲすぎやねん!お前の頭こそいい加減にしねえか!


 Yさんは顔を紅潮させています。


 「最初は塩タンでしょ!?」


 こう言って、僕らからメニューを奪い取りました。「お前ら金がねえのはわかるけど、そろそろ焼肉の食い方っちゅうもんを覚えろよ!」と説教をしてきたのですが、これだけ偉そうに啖呵を切りながら、「とりあえず塩タンを1つ」と、1人前しか頼まないのです。


 Yさんはこの店の肉が予想以上に高く、塩タンの値段を見て腰をぬかしたのでしょう。


 それを証拠に、「塩タンは1人前で充分なんだよ!」と、よくわからないことを口にし、「ここのタンは固そうだな」と肉に文句をつけ始めたのです。


 かっこ悪いねん、お前!1人前2200円もするのに固いわけないやろ!


 「絶対固いわ、ここの肉!」


 最低か!今この瞬間、地球上で1番最低やわ、お前!


 なんだかイライラしてきましたよ。


 とはいえ、せっかくの焼肉です。僕は納得が行かないながらも、違った意味で、この場を楽しむことにしました。


 しばらくして、塩タンが運ばれてきました。するとこれが、とんでもない代物だったのです。


 特筆すべきは厚みで、滝廉太郎のメガネなみに極太です。しかも、「先ほど殺したところです!」と言わんばかりの鮮度。僕はその厚みと鮮度に興奮して、軽く勃起しそうなほどなのです。


 何、このタン……。ほかの奴に取られたくないわ、こんなすごい肉……。


 気がつくと、僕はがっついて焼き始めていました。それは後輩たちも同じで、完全に目の色が変わっているのです


 ですが、我を忘れた僕らを、伝説の演出家は見逃しません。


 「いいかタンはな、ひっくり返していいのは1度だけだ!それも網に載せて5秒たったら充分だからな!」


 なかなかひっくり返そうとしない僕らに、ダメ出しをしてきたのです。


 しかし、網はまだ冷たいです。熱くなっていれば5秒でもわかるものの、火をつけてからそれほど時間はたっていません。5秒で取るとほとんど生なのに、「早く取れよ!タンのジューシーさをなめるなって!」と怒鳴りつけてきたのです。


 お前、食えるか、こんなもん!ゾンビと違うねん、俺らは!


 「行け行け!行け行け!」


 病院にか!?腹壊して病院に行け、とかそういうことか!?


 「行っちまえよ!」


 お前も逝っちまえよ!金だけ払って逝ってくれたら助かるわ、正直!


 「Yさん、申し訳ないですけど、網はまだ冷たいですよ!」


 僕は我慢できず、Yさんに文句を言いました。


 言われたYさんも、自分の失態に気がついたのでしょう。ただ、プライドの高さから自分の意見を否定できず、めちゃくちゃ高い声で「生でも食える肉だから!!!」って言ったんですよ。


 生でも食えるけど!生でも食えるけどそういうことじゃないやろ!


 「生でも食う人がいるから!」


 生タン頼めや、じゃあ!こんな回りくどいことせんと最初っから生タン頼んどけや、それやったら!


 僕らは「わかりました」と、適当に返事をしました。Yさんも、素っ気ない僕らを見てあきらめたのでしょう。そのうちに何も言わなくなったので、僕はタンを取り皿に載せ、レモンを絞って口にほりこみました。


 何、この素敵な食感……。貧乳噛んでるみたいな気がする……。


 食感だけではなく、「ガン治るわ!」というぐらい、神がかったジューシーさです。食感、肉汁、甘味……。すべてが完璧で、『蛍の墓』の節子に食べさしたら、「兄ちゃん、今までありがとう……」と言ってショック死しかねないほどの美味なのです。


 庶民は高価な食事を口にすると、「吉野家の牛丼が何杯分か」で考えるところがあります。このタンは5枚で2200円なので、1枚440円。「これ1枚で牛丼の大盛りが食えるのか……」と考えたら、ますます興奮してきました。


 僕らは4人です。1人1枚ずつ食べた結果、タンが1枚余りました。


 こういうときは、上の者が下の者に譲ってくれるのが慣例です。「ジャンケンして食べろよ!」とでも言って、上司が器の大きさを見せつけるのが、ある種の常識でしょう。


 ましてやYさんは、伝説の演出家です。譲ってくれないわけがなく、僕は期待を胸にYさんの出方をうかがうことにしたのですが、「うんめえ!」と言ってYさんが残った1枚を食べやがったんですよ!


 なんでやねん、お前!伝説の演出家やんな!?自分、この道の成功者やんな!?


 「マジでうめえよ!」


 やかましいわ!そもそもここのタンは固そうだなってさっき言ってたやんけ!


 「ここのタン、ニチョニチョでコリコリする!」


 クリちゃんか!なんか卑猥やねん、お前の言い回し!


 本気でイラついてきましたよ。


 そこで無礼を承知で、タンをもう1人前、注文してやることにしました。


 「すいません、Yさん!申し訳ないんですけど、塩タンをもう1人前だけ頼んでいいですかね?」


 ヒヤヒヤしながらも、僕は爆弾を落としました。すると、「いちいち訊くな、そんなこと!頼め頼め!」と怒ってきたのです。


 どういうことやねん、お前!さっき、タンは1人前で充分だって言ってたやんけ!


 とはいえ、引っ込みがつかなくなっているのがわかります。


 「好き放題に頼まれたらシャレにならん……」


 こう思っているのが見え見えで、メニューを奪って、急に注文の主導権を握り始めました。「塩タンが1、ロースが2……」と、上ロースではなく普通のロースを注文し、「肉には白飯が合うからさ!」と言って、頼んでもいないのに僕らにライスを注文したのです。


 かっこ悪いねん、お前!ノックで空振りするぐらいかっこ悪いわ!


 「大盛りにしといてやるよ!」


 自分のためやろ!完全にライスで俺らの腹膨らませようとしてるやんけ!


 しばらくして、塩タンが到着しました。


 僕は、先ほどと違う食べ方がしたいです。半分はそのままかじり、残り半分はタレにつけて食べることにしたのですが、塩タンをタレにつけた瞬間、伝説の演出家が再び、怒りの狼煙を上げたのです。


 「お前、塩タンにタレをつけるなよ!」


 僕をニラみつけ、「タレで食いたいなら、タレのタンを頼めよ!それは焼肉のタレであってタン用のタレではないんだよ!」と、すごんできたのです。


 どこか憎めないオッサンとはいえ、今までにも増してむかついてきましたよ。とりわけ、「バカか、お前は!」と憎たらしい言い方をしてくるので、本気でむかついてきたのです。


 ほどなくして、お酒が入ったのか、Yさんのしゃべるペースが上がってきました。


 ただ、こいつの話がまた、全然おもしろくないのです。「わざとおもしろくない話をしてんの?」というぐらい、完成度の低い小話を連発してきたのです。


 まず、「横浜の中華街で女をナンパしたら、実はオカマだったって話をしてやろうか?」と言ってきたのですが、これもう、オチ言うてもうてるんですよ。


 オチを先に言うなよ、お前!見せ方ヘタすぎんねん!


 「こないだ横浜の中華街で後ろ姿がかわいい女がいたから、今日のターゲットはこいつだと思って声をかけたら……」


 だからオカマやってんやろ!?もう知ってんねん、それ!


 「どうだったと思う?」


 オカマやってんやろ、だから!?答えを先に言ったくせにクイズ形式にすんなよ!


 「ど、どうだったんですか?」


 「オカマだったんだよ!!!」


 死んだらええねん!相当苦しんで死んだらええねん、お前みたいな奴!


 僕はそれでも、「オカマて!最悪ですね、それ!」と、うまいこと返しました。


 当のYさんは、自分の話がウケたと勘違いしてご機嫌です。このあと、「こないだ沖縄に行ったんだけど、おみやげ屋で試食ケースに入った紅いもタルトを食べようとしたら、いもが入ってなくて外側のタルトだけだったよ!」と得意気に口にしたものの、「だから、何?」としか言いようがありません。なのに本人は、「そんなもんを試食させても意味ねえって話だよ!ハハハハハ!」と1人で盛り上がっているのです。


 何がおもろいねん、お前!どこに笑うところあんねん、それ!


 「タルトだけ試食させてどうするんだよ!ハハハハハ!」


 「そ、そうですね」


 「ハハハハハ!」


 「……」


 「ハハハハハ!」


 「……」


 「ハハハハハハハ!」


 病院行け、お前!総合病院のほうに行かないとあかんわ、お前みたいな奴!


 「それに沖縄のビールは、泡が多いんだよ。泡の多いビールはビールじゃなくて、メニューに『泡ビール』って書いとけっつーの!ハハハハハ!」


 「Yさんそれ、まさに泡盛ですね!」


 「てめえ、つまんねえこと言ってんじゃねえよ!」


 人には厳しいやんけ、こいつ!散々スベったくせに、人にはべらぼうに厳しいやんけ!


 「つまんねえんだよ、てめえの話!」


 8000:0でこっちのセリフやわ!誰がどう見てもお前のほうがおもんないねん!


 そうこうするうちに、色とりどりの肉が運ばれてきました。


 これは助かりましたよ。Yさんとて話をやめ、食事に集中せざるをえないでしょうから。


 霜降りのロースやカルビを始め、「鴨塩」「上豚ガツ」といった聞き慣れない肉のテカリを見ると、心が洗われます。僕はYさんの話に、「ほんまにそうですよね!」「そういう奴いますよね!」と適当に返事をしながら、網に肉を載せました。


 ところがです。


 「バカヤロー!てめえ、網を換えてもらえよ!」


 伝説の演出家が、網にロースを載せた僕を注意しました。それも、今までにない大声で怒鳴りつけてきたのです。


 後編へ……。



焼肉奉行はやめにするべきではないか?の考察・前編(携帯読者用)

※2008年・3月15日の記事を再々編集

 先日のことです。

 仕事の打ち合わせを終えた僕は、後輩2人と一緒に、大阪の街をブラブラすることにしました。

 時刻は夕方の5時。僕らは3人とも昼ごはんを食べていません。ひとまず食事をしようと会社を出たところ、もといた現場から、1人の中年男性がやってきました。

 「お前ら、晩飯を食いに行かねえか?」

 こう言って、僕らを食事に誘ってくれたのです。

 この方は、Yさん。

 僕らのいる会議室にふらりとやってきた、少し会話をしただけの初見の人です。東京から出張で来ており、お笑いのイベントやディナーショーを手がける、演出家の方らしいのです。

 ですが、Yさんの評判は最悪。周囲に「絡みにくいから相手にしないほうがいいよ!」と陰口を叩かれるような、見るからにしんどい人なのです。

 ひと口餃子みたいな顔をしており、近年、まれに見るハゲです。甲高い声、頻繁に飛び交う業界用語、勝ち組をひけらかすかのような高級スーツ……。すべてがしんどく、なにしろ先ほど、「俺は伝説の演出家だから!」と、自分で言っていました。相手にしたくはなく、失礼とは思いながらも、お誘いを断ることにしました。

 ただ、「よかったら焼肉に行かねえか?」と言って、近くの焼肉屋を指したのです。香ばしい匂いを放ち、「店構えがすでに霜降り」と言っても過言ではない、超高級の焼肉屋を……。

 僕は日ごろから、ろくなものを食べていません。焼肉に行くこともめったになく、一流の業界人が通うような高級焼肉屋など、行ったことがありません。

 どうしようかな……。相手するのは大変そうやけど、こんなチャンスはめったにないしな……。

 思案する僕を尻目に、後輩たちは行きたそうにしています。僕以上にろくなものを食べていない2人なので、目が「行きたい!」と語っているのがわかるのです。

 いろいろと考えたものの、結局、Yさんについて行くことにしました。

 ところがこの方、いや、こいつが最悪だったのです。

 食べ方にうるさく、焼肉に対する熱意が半端ではなかったのです。いわゆる「焼肉奉行」という奴で、僕らの食べ方に逐一、ダメ出しをしてきたのです。

 みなさまの周りにもいませんか、焼肉の食べ方にうるさい人が?タレがどうだの網がどうだのと、空気を読まずに注意してくる人が?

 Yさんは、そんな焼肉奉行の典型。食事はうざいわ、話はうざいわで、せっかくの肉の味がぼやけてしまったのです。

 そこで今回は、「焼肉奉行はやめにするべきではないか?」の考察・前編です。

 「じゃあ行くぞ、お前ら!」

 Yさんの甲高い号令のもと、僕らは焼肉屋に足を踏み入れました。

 店内は薄暗いです。闇を意図的に演出したシックな店内で、いかにも、という空気が充満しています。「俺みたいな奴がこんなところに来てもいいのかな……」と思うほど、勝ち組の匂いがプンプンしているのです。

 案内されたテーブルは、ビシッとした木造。まばゆいばかりに光り輝いており、「ここはデブ専門のテーブルですか?」というぐらい、幅にゆとりのある4人掛けです。何もかもが格調高く、選ばれし焼肉屋のオーラが店全体から迫ってくるのです。

 奥の上座にYさんが座り、僕はYさんの前に座りました。隣に後輩たちがそれぞれ座り、時間が少し早いため、店内は空いています。貸し切りで使用しているような気持ちになり、僕のテンションが上がってきました。

 メニュー表を見ると、案の定、値段は半端ではありません。

 塩タン2200円、上ロース2500円、海鮮の盛り合わせ3000円……。インフレを疑うほどの高額商品ばかりで、B級グルメしか口にしない僕らにはたまらないのです。

 「お前ら、とりあえず飲み物を頼めよ!」

 興奮する僕らを尻目に、Yさんが言いました。

 僕はお酒が飲めません。「モスコミュールをください!」とカクテルを注文したところ、Yさんの顔色が変わったのです。

 「お前、肉食うのにカクテル飲む気かよ?」

 1人だけカクテルを注文した僕を、Yさんが注意してきたのです。

 「別にいいんだよ、飲めないんだったら!でも、今日は肉なんだぜ?とりあえずビールを頼んだらいいじゃん!」

 僕としても、目上の人が言うので、断るわけにはいきません。

 「じゃあ、僕も生ビールをください」

 こう言ってビールを渋々注文したのですが、「だいたい、肉とモスコが合うと思うか?バスコちゃん、それはKYだよ!」と大声で叱ってきたのです。

 僕、何か悪いことしました?100歩譲って焼肉屋でビールを飲まなければならないルールがあったとしても、謝って注文し直したらもうそれでいいでしょ?

 なのに、「頼むよ、バスコちゃん!お笑いを演出するんだったら、飲み物ぐらい、ちゃんと演出しないと!」と、ワケのわからないことを言ってきたのです。  

 それでも、文句を言うわけにはいきません。「血のしたたる肉と今日という日に乾杯!」という謎の音頭が気になりながらも、僕はビールを飲むことにしました。

 「適当に肉を頼んでくれよ!」

 Yさんが僕らにお願いしてきました。

 僕は店員さんを呼び、後輩の1人がメニュー片手に注文し始めたのですが、「じゃあ上ロース2人前と……」と口にした瞬間、Yさんの顔色が変わったのです。

 「ちょうちょうちょうちょう。お前、今、何て言った?」

 庶民の注文の仕方が再び、伝説の演出家の勘に触ったのです。

 「いきなり上ロース行くか、普通?譲って、鶏ハラミでしょ!?」

 ツバを飛ばしながらまくしたて、「頼むよ、バスコちゃん!」と、関係のない僕にも注意したかと思えば、「俺、もう帰るよ!」と言って席を立とうとしたのです。

 もう、何なんですか、この人!適当に肉を頼めと言うから頼んだだけでしょ!?

 「いい加減にしねえか!」

 こっちのセリフじゃ、そんなもん!そもそもお前はハゲすぎやねん!お前の頭こそいい加減にしねえか!

 Yさんは顔を紅潮させています。

 「最初は塩タンでしょ!?」

 こう言って、僕らからメニューを奪い取りました。「お前ら金がねえのはわかるけど、そろそろ焼肉の食い方っちゅうもんを覚えろよ!」と説教をしてきたのですが、これだけ偉そうに啖呵を切りながら、「とりあえず塩タンを1つ」と、1人前しか頼まないのです。

 Yさんはこの店の肉が予想以上に高く、塩タンの値段を見て腰をぬかしたのでしょう。

 それを証拠に、「塩タンは1人前で充分なんだよ!」と、よくわからないことを口にし、「ここのタンは固そうだな」と肉に文句をつけ始めたのです。

 かっこ悪いねん、お前!1人前2200円もするのに固いわけないやろ!

 「絶対固いわ、ここの肉!」

 最低か!今この瞬間、地球上で1番最低やわ、お前!

 なんだかイライラしてきましたよ。

 とはいえ、せっかくの焼肉です。僕は納得が行かないながらも、違った意味で、この場を楽しむことにしました。

 しばらくして、塩タンが運ばれてきました。するとこれが、とんでもない代物だったのです。

 特筆すべきは厚みで、滝廉太郎のメガネなみに極太です。しかも、「先ほど殺したところです!」と言わんばかりの鮮度。僕はその厚みと鮮度に興奮して、軽く勃起しそうなほどなのです。

 何、このタン……。ほかの奴に取られたくないわ、こんなすごい肉……。

 気がつくと、僕はがっついて焼き始めていました。それは後輩たちも同じで、完全に目の色が変わっているのです。

 ですが、我を忘れた僕らを、伝説の演出家は見逃しません。

 「いいかタンはな、ひっくり返していいのは1度だけだ!それも網に載せて5秒たったら充分だからな!」

 なかなかひっくり返そうとしない僕らに、ダメ出しをしてきたのです。

 しかし、網はまだ冷たいです。熱くなっていれば5秒でもわかるものの、火をつけてからそれほど時間はたっていません。5秒で取るとほとんど生なのに、「早く取れよ!タンのジューシーさをなめるなって!」と怒鳴りつけてきたのです。

 お前、食えるか、こんなもん!ゾンビと違うねん、俺らは!

 「行け行け!行け行け!」

 病院にか!?腹壊して病院に行け、とかそういうことか!?

 「行っちまえよ!」

 お前も逝っちまえよ!金だけ払って逝ってくれたら助かるわ、正直!

 「Yさん、申し訳ないですけど、網はまだ冷たいですよ!」

 僕は我慢できず、Yさんに文句を言いました。

 言われたYさんも、自分の失態に気がついたのでしょう。ただ、プライドの高さから自分の意見を否定できず、めちゃくちゃ高い声で「生でも食える肉だから!!!」って言ったんですよ。

 生でも食えるけど!生でも食えるけどそういうことじゃないやろ!

 「生でも食う人がいるから!」

 生タン頼めや、じゃあ!こんな回りくどいことせんと最初っから生タン頼んどけや、それやったら!

 僕らは「わかりました」と、適当に返事をしました。Yさんも、素っ気ない僕らを見てあきらめたのでしょう。そのうちに何も言わなくなったので、僕はタンを取り皿に載せ、レモンを絞って口にほりこみました。

 何、この素敵な食感……。貧乳噛んでるみたいな気がする……。

 食感だけではなく、「ガン治るわ!」というぐらい、神がかったジューシーさです。食感、肉汁、甘味……。すべてが完璧で、『蛍の墓』の節子に食べさしたら、「兄ちゃん、今までありがとう……」と言ってショック死しかねないほどの美味なのです。

 庶民は高価な食事を口にすると、「吉野家の牛丼が何杯分か」で考えるところがあります。このタンは5枚で2200円なので、1枚440円。「これ1枚で牛丼の大盛りが食えるのか……」と考えたら、ますます興奮してきました。

 僕らは4人です。1人1枚ずつ食べた結果、タンが1枚余りました。

 こういうときは、上の者が下の者に譲ってくれるのが慣例です。「ジャンケンして食べろよ!」とでも言って、上司が器の大きさを見せつけるのが、ある種の常識でしょう。

 ましてやYさんは、伝説の演出家です。譲ってくれないわけがなく、僕は期待を胸にYさんの出方をうかがうことにしたのですが、「うんめえ!」と言ってYさんが残った1枚を食べやがったんですよ!

 なんでやねん、お前!伝説の演出家やんな!?自分、この道の成功者やんな!?

 「マジでうめえよ!」

 やかましいわ!そもそもここのタンは固そうだなってさっき言ってたやんけ!

 「ここのタン、ニチョニチョでコリコリする!」

 クリちゃんか!なんか卑猥やねん、お前の言い回し!

 本気でイラついてきましたよ。

 そこで無礼を承知で、タンをもう1人前、注文してやることにしました。

 「すいません、Yさん!申し訳ないんですけど、塩タンをもう1人前だけ頼んでいいですかね?」

 ヒヤヒヤしながらも、僕は爆弾を落としました。すると、「いちいち訊くな、そんなこと!頼め頼め!」と怒ってきたのです。

 どういうことやねん、お前!さっき、タンは1人前で充分だって言ってたやんけ!

 とはいえ、引っ込みがつかなくなっているのがわかります。

 「好き放題に頼まれたらシャレにならん……」

 こう思っているのが見え見えで、メニューを奪って、急に注文の主導権を握り始めました。「塩タンが1、ロースが2……」と、上ロースではなく普通のロースを注文し、「肉には白飯が合うからさ!」と言って、頼んでもいないのに僕らにライスを注文したのです。

 かっこ悪いねん、お前!ノックで空振りするぐらいかっこ悪いわ!

 「大盛りにしといてやるよ!」

 自分のためやろ!完全にライスで俺らの腹膨らませようとしてるやんけ!

 しばらくして、塩タンが到着しました。

 僕は、先ほどと違う食べ方がしたいです。半分はそのままかじり、残り半分はタレにつけて食べることにしたのですが、塩タンをタレにつけた瞬間、伝説の演出家が再び、怒りの狼煙を上げたのです。

 「お前、塩タンにタレをつけるなよ!」

 僕をニラみつけ、「タレで食いたいなら、タレのタンを頼めよ!それは焼肉のタレであってタン用のタレではないんだよ!」と、すごんできたのです。

 どこか憎めないオッサンとはいえ、今までにも増してむかついてきました。とりわけ、「バカか、お前は!」と憎たらしい言い方をしてくるので、本気でむかついてきたのです。

 ほどなくして、お酒が入ったのか、Yさんのしゃべるペースが上がってきました。

 ただ、こいつの話がまた、全然おもしろくないのです。「わざとおもしろくない話をしてんの?」というぐらい、完成度の低い小話を連発してきたのです。

 まず、「横浜の中華街で女をナンパしたら、実はオカマだったって話をしてやろうか?」と言ってきたのですが、これもう、オチ言うてもうてるんですよ。

 オチを先に言うなよ、お前!見せ方ヘタすぎんねん!

 「こないだ横浜の中華街で後ろ姿がかわいい女がいたから、今日のターゲットはこいつだと思って声をかけたら……」

 だからオカマやってんやろ!?もう知ってんねん、それ!

 「どうだったと思う?」

 オカマやってんやろ、だから!?答えを先に言ったくせにクイズ形式にすんなよ!

 「ど、どうだったんですか?」

 「オカマだったんだよ!!!」

 死んだらええねん!相当苦しんで死んだらええねん、お前みたいな奴!

 僕はそれでも、「オカマて!最悪ですね、それ!」と、うまいこと返しました。

 当のYさんは、自分の話がウケたと勘違いしてご機嫌です。このあと、「こないだ沖縄に行ったんだけど、おみやげ屋で試食ケースに入った紅いもタルトを食べようとしたら、いもが入ってなくて外側のタルトだけだったよ!」と得意気に口にしたものの、「だから、何?」としか言いようがありません。なのに本人は、「そんなもんを試食させても意味ねえって話だよ!ハハハハハ!」と1人で盛り上がっているのです。

 何がおもろいねん、お前!どこに笑うところあんねん、それ!

 「タルトだけ試食させてどうするんだよ!ハハハハハ!」

 「そ、そうですね」

 「ハハハハハ!」

 「……」

 「ハハハハハ!」

 「……」

 「ハハハハハハハ!」

 病院行け、お前!総合病院のほうに行かないとあかんわ、お前みたいな奴!

 「それに沖縄のビールは、泡が多いんだよ。泡の多いビールはビールじゃなくて、メニューに『泡ビール』って書いとけっつーの!ハハハハハ!」

 「Yさんそれ、まさに泡盛ですね!」

 「てめえ、つまんねえこと言ってんじゃねえよ!」

 人には厳しいやんけ、こいつ!散々スベったくせに、人にはべらぼうに厳しいやんけ!

 「つまんねえんだよ、てめえの話!」

 8000:0でこっちのセリフやわ!誰がどう見てもお前のほうがおもんないねん!

 そうこうするうちに、色とりどりの肉が運ばれてきました。

 これは助かりましたよ。Yさんとて話をやめ、食事に集中せざるをえないでしょうから。

 霜降りのロースやカルビを始め、「鴨塩」「上豚ガツ」といった聞き慣れない肉のテカリを見ると、心が洗われます。僕はYさんの話に、「ほんまにそうですよね!」「そういう奴いますよね!」と適当に返事をしながら、網に肉を載せました。

 ところがです。

 「バカヤロー!てめえ、網を換えてもらえよ!」

 伝説の演出家が、網にロースを載せた僕を注意しました。それも、今までにない大声で怒鳴りつけてきたのです。

 後編へ……。


北斗の拳でケンシロウに殺された雑魚の遺族はその後どうなったか?の考察(パソコン読者用)

※2007年・7月6日の記事を再々編集


 先日、漫画『北斗の拳』を読みました。


 僕は北斗の拳が大好きで、家には全巻そろっています。暇ができるとつい手が出てしまうのですが、読むたびに気になることがあり、ページをめくる手が止まってしまうのです。


 それが今回の考察テーマである、「雑魚(ざこ)の遺族の人生について」です。


 北斗の拳に登場する、いわゆる、雑魚。


 雑魚は、ケンシロウにあっけなく殺されます。雑魚にも家族があるでしょうから、残された遺族は大変なのです。


 もちろん、殺された雑魚は悪者です。核戦争後の混乱した世界が舞台とはいえ、彼らの行為を正当化することはできません。


 ですが、家族に罪はありません。本人が悪いだけなのに、犯罪者の家族として、世間から冷たい目で見られてしまうのです。


 漫画で描かれていることは、表面的なことにすぎません。残された遺族は悲惨極まりなく、その後、とんでもない人生を送ることになるのです。


 そこで今回は、「北斗の拳でケンシロウに殺された雑魚の遺族はその後どうなったか?」の考察です。


 今回の考察は、涙なしに読むことはできません。読まれる方は必ず、ハンカチをご用意ください。


①バラバラになった旦那の遺体を引き取りに行った
 殺された雑魚は、体を内部から破壊されています。遺体として残ることは少なく、残っても、首や腕1本だけ。そんな遺体でも遺族にとっては愛する家族なので、引き取りに行かなければならないのです。


 ウワサで旦那が亡くなったと知った遺族は、現場に駆けつけます。刺激が強いので子供は家で待機している可能性が高く、現場に行くのは奥さんだけでしょう。


 現場に到着した奥さんは、バラバラになった遺体を目の当たりにします。


 「ああ!この判子注射の跡からして、うちの旦那に違いない!」


 「ああ!このハゲ散らかし方はうちの旦那だ!」


 このようなことを言いながら、遺体の一部を回収するのです。


 万が一、ペニスしか残っていなかったら悲惨です。「ああ!この黒光りした包茎はうちの旦那のペニスに違いない!」とか言いながら、ペニス片手に砂漠を歩いて帰るのです。


 家で待つ子供は、事情を知りません。


 「わーい!今日の晩ご飯はソーセージだ!」


 こんなふうに喜ばれたら、説明のしようがありません。「血が滴っておいしそう!」なんて言われたら、泣かずにはいられませんよ。


 それでも、ペニスがあれば、まだましです。それが旦那とわからないほど、この世から肉体が消え去ることがほとんどなのです。


 その場合、奥さんは、生き残った同僚の雑魚に最後の言葉を訊くしかありません。遺体がないので、せめて「旦那が最後に自分たちに残した言葉はありませんか?」と訊いて回るしかないのですが、こう言われてしまいます。


 「くすん、くすん」


 「奥さん、元気出してください」


 「ありがとうございます。それより、うちの旦那は最後に何か言ってませんでしたか?死ぬ間際に、私たちに何か言葉を残しませんでしたか?」


 「……」


 「黙ってないで教えてくださいよ?」


 「……ひでぶ、と言ってました」


 「はっ?」


 「ひでぶ、と言ってました」


 そう、故人の最後の言葉は「ひでぶ」なのです。


 普通は、「妻によろしく言ってくれ!」「息子に、大きくなれよ、と伝えてくれ!」てなものでしょう。なのに「ひでぶ」や「あべし」はもちろんのこと、ヘタしたら「はぁひゃ~!ひゃ~たわば!」「あがぼごぶべい!」が遺言になってしまうのです。


②子供が近所でいじめられた
 雑魚は生前、悪行のかぎりを尽くしました。残された遺族は、世間からつまはじきにされてしまうのです。


 遺族の家の近くでは、近所の人がウワサをします。


 「鈴木さんところの旦那さん、雑魚だったらしいわね」


 「そうなんだ」


 「最近、ケンシロウに殺されたらしいけど、悪いことをしたらやっぱり罰が当たるわね」


 「そりゃそうよ」


 「遺体がなくてペニスを持って帰ってきたらしいけど、あれ、自分の股間に当てるんじゃないかしら?」


 「ハレンチな女ね!これからは無視しましょうよ!」


 ウワサをされるだけではなく、近所の人から村八分の扱いをうけるのです。


 それでも、奥さんは我慢しなければなりません。生きるために仕方がないとはいえ、旦那の悪事を認めた、もっと言えば、そんな旦那について行ったのですから。


 ですが、子供に罪はありません。無垢な子供は父親の悪事など知る由もないのに、近所でいじめられてしまうのです。


 「お前の父ちゃん、雑ー魚!」


 「お前の父ちゃん、意味なくマッチョ!」


 このようにからかわれ、石を投げられます。家のドアに、「雑魚の家」「雑魚の子は雑魚」「この家の父親の遺言は『はぁひゃ~!ひゃ~たわば!』」と落書きされるなど、年端もいかない子供にとっては生き地獄なんですね。


 いじめられた子供は、母親にそのことを話します。ですが、母親としても事情が事情だけに、説明をするのが大変です。


 「ママ、うちのパパは雑魚だったの?」


 「……雑魚よ」


 「ケンシロウに殺されたの?」


 「殺されたわ」


 「じゃあ冷蔵庫にしまってある、あのペニスは?」


 「……パパの息子よ」


 「パパの息子は僕ひとりだー!」


 「落ち着きなさい、ひろし!ママだって泣きたいんだから!」


 このように、家族全員の心に傷を残してしまうのです。


③被害者の遺族に復讐された
 残された遺族は、仕返しの格好の標的です。被害者の遺族は、加害者遺族に復讐せずにはいられません。


 とりわけ以下の雑魚であれば、被害者遺族は仮に遠方であっても、わざわざやってきて復讐するでしょう。


 「女を骨が粉々になるまで抱きしめる雑魚(愛蔵版・7巻)」


 「人間に首輪をつけて飼う雑魚(愛蔵版・5巻)」


 「人を地中に埋めて首を切る雑魚(愛蔵版・3巻)」


 こいつらは極悪人もいいところです。完全にシャレにならないことをやっており、悪いのは雑魚本人とはいえ、「もう旦那は死んだんですから許してくださいよ!」と言ったところで、遺族が納得するわけがないのです。


 被害者遺族は怒り狂っています。その結果、雑魚の葬式に乱入したことも考えられます。


 「てめえ、雑魚の家族のくせに葬式なんかしてんじゃねえよ!」


 「やめてください!」


 「どけ!(棺桶を開けて)おい、みんな!遺体がこなごなになったんで、棺桶にペニスを入れてやがるぞ!」


 「やめてください!」


 「しかもとんでもない包茎じゃねえか!こいつは下半身まで雑魚だぜ!」


 「もう勘弁してください!」


 「あーあ、ご立派な息子さんだこって!」


 「(子供が)オジサン、褒めてくれてありがとう!」


 「ひろし、そういう意味じゃないのよ!」


 このように、めちゃくちゃにされてしまうのです。


 また、雑魚が自分の家族にやったことと同じ仕返しをするかもしれません。上記のような極悪行為に及び、遺族の首を同じようにハネた可能性も0ではないでしょう。


④遺族が集まってNGOを結成した
 奥さんや子供だけではなく、親兄弟も、精神的な負担は大きいです。世間の白い目に耐えられなくなり、自殺してもおかしくないでしょう。


 そこで、NGOならぬ「NZO」として、雑魚の遺族が集まってコミュニティーを結成した可能性があります。悩みは、同じ悩みを持つ人に相談するのが1番。遺族にとっては、心強い味方になってくれるのです。


 そのNZOは、「ケンシロウに家族を殺された雑魚遺族の会(KKZ)」なる名称だったことでしょう。


 発起人の呼びかけに遺族が集まり、「あなたの旦那はどこの雑魚?」「ラオウの軍です」「はいはい、ラオウの。あなたの旦那は?」「息をするのも面倒くせえ、でおなじみのゲイラの雑魚です」「濃いところにお勤めでしたね。あなたの旦那は?」「アミバの実験でペニスに秘孔をつかれるデク用の雑魚でした」などと会話をしながら、親交を深めていったのです。


 お酒を一緒に飲むこともあったでしょう。「えっ、ラオウって童貞なの?」「えっ、ユダってすね毛が濃いの?」「えっ、ジャギって洗顔フォームを使ってたの?」といった裏話で盛り上がり、肩を組みながら「♪我々は雑魚の遺ー族!KーKーZ!」と、KKZの歌を歌ったのです。


 ですが、KKZに対する世間の目は冷たいです。殺人者の遺族の集まりなので、現代で言うところの「テロ組織」と見なされ、KKZ自体が目の敵にされた可能性もあります。


 「みんな、あそこでKKZが集会を開いているぞ!」


 「間違いない!あのモヒカンの旗印はKKZだ!やっちまえ!」


 「何だ、あんたら!?」


 「うるせえ、雑魚の遺族のくせに!」


 「俺は悪くない!悪いのは俺の兄貴だ!」


 「やかましい!死ね!」


 「バカ……俺じゃないるれぱっびっぶっぺっぽぉっ!」


 「ほら、やっぱり雑魚の血を引いてる!」


 このように、報復されてしまうのです。


⑤別の雑魚と再婚した
 亡くなった旦那のことは忘れて、再婚する女性が現れても不思議ではありません。


 ですが、「雑魚の元妻」とのレッテルは消えません。雑魚は、現代で言うところのヤ○ザです。ヤ○ザの元妻ともなると、再婚できる可能性は低いのです。


 しかし、相手が再び雑魚なら、話は別です。相手も訳ありなので、身分相応の結婚になるからです。


 そこで未亡人は、村の酒場などで、再婚相手を求めて独身の雑魚に近づきます。


 「すいません、雑魚の方ですよね?」


 「ええ、雑魚ですけど」


 「私、前の旦那が雑魚だったんですよ」


 「そうなんですか!どこにお勤めで?」


 こんな感じでコミュニケーションを取り、距離を縮めていったのです。


 声をかけられた雑魚も、身分を理由になかなか結婚できなかったはずです。訳あり女性のほうにこそ、むしろ魅力を感じるのです。


 とはいえ、雑魚としても、父親への結婚の申し込みだけは一筋縄ではいきません。父親は娘の旦那を雑魚職で亡くしているため、歓迎されないのです。


 「はじめまして、鈴木といいます」


 「ふんっ!」


 「これ、つまらない物ですけど」


 「何だね、これは?」


 「プロテインです」


 「……そんなことより、君は仕事は何をしているのだね?」


 「雑魚です」


 「何だと!?」


 「毎日、ハン様のヒゲを剃っています」


 「雑魚はダメだ!」


 「パパ!」


 「お前は黙ってろ!お前も雑魚の嫁で苦労したんだろ?」


 「この人、雑魚だけどいい人なのよ!」


 「とにかく雑魚は駄目だ!」


 「お父さん!」


 「雑魚にお父さんと呼ばれる筋合いはない!」


 このようにケンカになり、結婚までは紆余曲折あったことでしょう。


⑥ケンシロウに復讐をした
 ケンシロウこそが正義で、雑魚に非があるのは間違いありません。ただ、雑魚の遺族とて、家族を殺されて我慢はならないのです。


 なかには、「家族を養うために入隊した職業雑魚」もいたことでしょう。彼らは決して悪い人間ではなく、家族のために戦っただけです。見ようによれば、ケンシロウのほうがおとなげないんですね。


 そのことを考えると、雑魚の遺族がケンシロウに復讐した可能性が高いです。ケンシロウを待ち伏せし、「旦那の敵!」「うちの父ちゃんを殺しやがって!」などと言って、ケンシロウと一戦交えたのです。


 ケンシロウとて、女子供に手を出すわけにはいきません。「うっ、やられた!」と芝居をし、場合によっては、自分を仮死状態にする秘孔をついたことでしょう。


 ですが、復讐する相手を誤認した可能性もあります。生き残った雑魚仲間に、犯人であるケンシロウのことを詳しく教えてもらえれば問題ないのですが、荒廃した世界なので、情報が正しく伝わるとはかぎりません。


 そこで問題になってくるのが、遺言である「あべし」です。


 このあべしは、「阿部氏」とも解釈できます。最後の言葉を知らされた遺族が、「旦那は死ぬ間際に自分を殺した犯人の名前を叫んだ=ダイイングメッセージ」と勘違いし、旦那と面識のある、近所の阿部さんに復讐した可能性があるのです。


 「阿部さん」


 「あら、鈴木さんところの奥さん。どうしたの?」


 「どうしたのじゃないわよ!うちの旦那を殺したくせに!」


 「ちょっと、何を言ってるの!?」


 「やかましい!KKZのみんな、こいつが私の旦那を殺したのよ!」


 「こいつが犯人か!みんな、狼煙を上げろー!」


 「オーーーッ!!!」


 「♪我々は雑魚の遺ー族!KーKーZ!」


 「ちょっと何なの、この集団!?」


 このように、間違って復讐をしたかもしれないのです。


 ほかにも、「うわらば」を「桑原」、「あがぼごぶべい」を「アガボゴ・ブベイ(タイ人)」と勘違いしたかもしれず、奥さんはその場合、恨みを糧に働いて、タイへの交通費を稼ぎます。そして、タイに行ってアガボゴ・ブベイなる人物を探し出し、「アーユー、アガボゴ・ブベイ?」「イエス」「マイハズバンドウォズキルドバイユー!」「ホワット?」「シャラップ!ディスペニスイズプルーフ!」と叫びながら、間違った人に復讐してしまうのです。



 以上の①~⑥、どれもつらいことばかりです。行き場のない遺族は、本当にいたたまれないでしょう。


 そこで以下の最後の仮説に、僕は救いを求めます。


⑦親玉から、労災として雑魚年金が支給された
 ケンシロウとの戦いは、見ようによれば公務災害です。秩序のない世界とはいえ、粋な親玉なら、残された遺族に最低限の食糧を支給した可能性があるのです。


 これは言うなれば、年金です。「遺族年金=雑魚年金」として食糧を支給され、残された遺族はそれを生活の糧としていたのです。


 なかでも、ラオウ。


 ラオウという男に、優しい一面があることをご存知でしょうか?


 これはほんの一例ですが、ラオウは、自分の師匠のライバルであるコウリュウと戦った際、敗れたコウリュウを手厚く葬っています。敵討ちに現れたコウリュウの息子たちも殺すことなく、自分とケンシロウとの関係に鑑みて、「兄弟ならば違う道を選ぶがよい」と、優しい言葉までかけているのです。


 命を投げ打って自分についてきた部下に、ラオウが忠義を感じないはずがありません。少なくとも、餓死しない程度の食糧を遺族年金として支給して死者に報いたことは、あのラオウならやっていてもおかしくないのです。


 もちろん、これはラオウだけの話です。ジャギやアミバだとこれほど甘くはないのでしょうが、彼らとて人間です。どんな極悪人とて、遺族の世話をしたとまでは言わないまでも、何らかの形で支援した可能性は0ではないのです。


 可能性が0ではないかぎり、僕は信じます。いや、もうこう思わないことには遺族があまりに不憫なので、これを最終結論といたします。



 以上が、今回の考察です。


 今回の考察に、みなさまも、涙を流されたのではないでしょうか?


 遺族の悲しみに、ラオウの懐の深さに、そして、この考察のバカバカしさに……。



北斗の拳でケンシロウに殺された雑魚の遺族はその後どうなったか?の考察(携帯読者用)

※2007年・7月6日の記事を再々編集

 先日、漫画『北斗の拳』を読みました。

 僕は北斗の拳が大好きで、家には全巻そろっています。暇ができるとつい手が出てしまうのですが、読むたびに気になることがあり、ページをめくる手が止まってしまうのです。

 それが今回の考察テーマである、「雑魚(ざこ)の遺族の人生について」です。

 北斗の拳に登場する、いわゆる、雑魚。

 雑魚は、ケンシロウにあっけなく殺されます。雑魚にも家族があるでしょうから、残された遺族は大変なのです。

 もちろん、殺された雑魚は悪者です。核戦争後の混乱した世界が舞台とはいえ、彼らの行為を正当化することはできません。

 ですが、家族に罪はありません。本人が悪いだけなのに、犯罪者の家族として、世間から冷たい目で見られてしまうのです。

 漫画で描かれていることは、表面的なことにすぎません。残された遺族は悲惨極まりなく、その後、とんでもない人生を送ることになるのです。

 そこで今回は、「北斗の拳でケンシロウに殺された雑魚の遺族はその後どうなったか?」の考察です。

 今回の考察は、涙なしに読むことはできません。読まれる方は必ず、ハンカチをご用意ください。

①バラバラになった旦那の遺体を引き取りに行った
 殺された雑魚は、体を内部から破壊されています。遺体として残ることは少なく、残っても、首や腕1本だけ。そんな遺体でも遺族にとっては愛する家族なので、引き取りに行かなければならないのです。

 ウワサで旦那が亡くなったと知った遺族は、現場に駆けつけます。刺激が強いので子供は家で待機している可能性が高く、現場に行くのは奥さんだけでしょう。

 現場に到着した奥さんは、バラバラになった遺体を目の当たりにします。

 「ああ!この判子注射の跡からして、うちの旦那に違いない!」

 「ああ!このハゲ散らかし方はうちの旦那だ!」

 このようなことを言いながら、遺体の一部を回収するのです。

 万が一、ペニスしか残っていなかったら悲惨です。「ああ!この黒光りした包茎はうちの旦那のペニスに違いない!」とか言いながら、ペニス片手に砂漠を歩いて帰るのです。

 家で待つ子供は、事情を知りません。

 「わーい!今日の晩ご飯はソーセージだ!」

 こんなふうに喜ばれたら、説明のしようがありません。「血が滴っておいしそう!」なんて言われたら、泣かずにはいられませんよ。

 それでも、ペニスがあれば、まだましです。それが旦那とわからないほど、この世から肉体が消え去ることがほとんどなのです。

 その場合、奥さんは、生き残った同僚の雑魚に最後の言葉を訊くしかありません。遺体がないので、せめて「旦那が最後に自分たちに残した言葉はありませんか?」と訊いて回るしかないのですが、こう言われてしまいます。

 「くすん、くすん」

 「奥さん、元気出してください」

 「ありがとうございます。それより、うちの旦那は最後に何か言ってませんでしたか?死ぬ間際に、私たちに何か言葉を残しませんでしたか?」

 「……」

 「黙ってないで教えてくださいよ?」

 「……ひでぶ、と言ってました」

 「はっ?」

 「ひでぶ、と言ってました」

 そう、故人の最後の言葉は「ひでぶ」なのです。

 普通は、「妻によろしく言ってくれ!」「息子に、大きくなれよ、と伝えてくれ!」てなものでしょう。なのに「ひでぶ」や「あべし」はもちろんのこと、ヘタしたら「はぁひゃ~!ひゃ~たわば!」「あがぼごぶべい!」が遺言になってしまうのです。

②子供が近所でいじめられた
 雑魚は生前、悪行のかぎりを尽くしました。残された遺族は、世間からつまはじきにされてしまうのです。

 遺族の家の近くでは、近所の人がウワサをします。

 「鈴木さんところの旦那さん、雑魚だったらしいわね」

 「そうなんだ」

 「最近、ケンシロウに殺されたらしいけど、悪いことをしたらやっぱり罰が当たるわね」

 「そりゃそうよ」

 「遺体がなくてペニスを持って帰ってきたらしいけど、あれ、自分の股間に当てるんじゃないかしら?」

 「ハレンチな女ね!これからは無視しましょうよ!」

 ウワサをされるだけではなく、近所の人から村八分の扱いをうけるのです。

 それでも、奥さんは我慢しなければなりません。生きるために仕方がないとはいえ、旦那の悪事を認めた、もっと言えば、そんな旦那について行ったのですから。

 ですが、子供に罪はありません。無垢な子供は父親の悪事など知る由もないのに、近所でいじめられてしまうのです。

 「お前の父ちゃん、雑ー魚!」

 「お前の父ちゃん、意味なくマッチョ!」

 このようにからかわれ、石を投げられます。家のドアに、「雑魚の家」「雑魚の子は雑魚」「この家の父親の遺言は『はぁひゃ~!ひゃ~たわば!』」と落書きされるなど、年端もいかない子供にとっては生き地獄なんですね。

 いじめられた子供は、母親にそのことを話します。ですが、母親としても事情が事情だけに、説明をするのが大変です。

 「ママ、うちのパパは雑魚だったの?」

 「……雑魚よ」

 「ケンシロウに殺されたの?」

 「殺されたわ」

 「じゃあ冷蔵庫にしまってある、あのペニスは?」

 「……パパの息子よ」

 「パパの息子は僕ひとりだー!」

 「落ち着きなさい、ひろし!ママだって泣きたいんだから!」

 このように、家族全員の心に傷を残してしまうのです。

③被害者の遺族に復讐された
 残された遺族は、仕返しの格好の標的です。被害者の遺族は、加害者遺族に復讐せずにはいられません。

 とりわけ以下の雑魚であれば、被害者遺族は仮に遠方であっても、わざわざやってきて復讐するでしょう。

 「女を骨が粉々になるまで抱きしめる雑魚(愛蔵版・7巻)」

 「人間に首輪をつけて飼う雑魚(愛蔵版・5巻)」

 「人を地中に埋めて首を切る雑魚(愛蔵版・3巻)」

 こいつらは極悪人もいいところです。完全にシャレにならないことをやっており、悪いのは雑魚本人とはいえ、「もう旦那は死んだんですから許してくださいよ!」と言ったところで、遺族が納得するわけがないのです。

 被害者遺族は怒り狂っています。その結果、雑魚の葬式に乱入したことも考えられます。

 「てめえ、雑魚の家族のくせに葬式なんかしてんじゃねえよ!」

 「やめてください!」

 「どけ!(棺桶を開けて)おい、みんな!遺体がこなごなになったんで、棺桶にペニスを入れてやがるぞ!」

 「やめてください!」

 「しかもとんでもない包茎じゃねえか!こいつは下半身まで雑魚だぜ!」

 「もう勘弁してください!」

 「あーあ、ご立派な息子さんだこって!」

 「(子供が)オジサン、褒めてくれてありがとう!」

 「ひろし、そういう意味じゃないのよ!」

 このように、めちゃくちゃにされてしまうのです。

 また、雑魚が自分の家族にやったことと同じ仕返しをするかもしれません。上記のような極悪行為に及び、遺族の首を同じようにハネた可能性も0ではないでしょう。

④遺族が集まってNGOを結成した
 奥さんや子供だけではなく、親兄弟も、精神的な負担は大きいです。世間の白い目に耐えられなくなり、自殺してもおかしくないでしょう。

 そこで、NGOならぬ「NZO」として、雑魚の遺族が集まってコミュニティーを結成した可能性があります。悩みは、同じ悩みを持つ人に相談するのが1番。遺族にとっては、心強い味方になってくれるのです。

 そのNZOは、「ケンシロウに家族を殺された雑魚遺族の会(KKZ)」なる名称だったことでしょう。

 発起人の呼びかけに遺族が集まり、「あなたの旦那はどこの雑魚?」「ラオウの軍です」「はいはい、ラオウの。あなたの旦那は?」「息をするのも面倒くせえ、でおなじみのゲイラの雑魚です」「濃いところにお勤めでしたね。あなたの旦那は?」「アミバの実験でペニスに秘孔をつかれるデク用の雑魚でした」などと会話をしながら、親交を深めていったのです。

 お酒を一緒に飲むこともあったでしょう。「えっ、ラオウって童貞なの?」「えっ、ユダってすね毛が濃いの?」「えっ、ジャギって洗顔フォームを使ってたの?」といった裏話で盛り上がり、肩を組みながら「♪我々は雑魚の遺ー族!KーKーZ!」と、KKZの歌を歌ったのです。

 ですが、KKZに対する世間の目は冷たいです。殺人者の遺族の集まりなので、現代で言うところの「テロ組織」と見なされ、KKZ自体が目の敵にされた可能性もあります。

 「みんな、あそこでKKZが集会を開いているぞ!」

 「間違いない!あのモヒカンの旗印はKKZだ!やっちまえ!」

 「何だ、あんたら!?」

 「うるせえ、雑魚の遺族のくせに!」

 「俺は悪くない!悪いのは俺の兄貴だ!」

 「やかましい!死ね!」

 「バカ……俺じゃないるれぱっびっぶっぺっぽぉっ!」

 「ほら、やっぱり雑魚の血を引いてる!」

 このように、報復されてしまうのです。

⑤別の雑魚と再婚した
 亡くなった旦那のことは忘れて、再婚する女性が現れても不思議ではありません。

 ですが、「雑魚の元妻」とのレッテルは消えません。雑魚は、現代で言うところのヤ○ザです。ヤ○ザの元妻ともなると、再婚できる可能性は低いのです。

 しかし、相手が再び雑魚なら、話は別です。相手も訳ありなので、身分相応の結婚になるからです。

 そこで未亡人は、村の酒場などで、再婚相手を求めて独身の雑魚に近づきます。

 「すいません、雑魚の方ですよね?」

 「ええ、雑魚ですけど」

 「私、前の旦那が雑魚だったんですよ」

 「そうなんですか!どこにお勤めで?」

 こんな感じでコミュニケーションを取り、距離を縮めていったのです。

 声をかけられた雑魚も、身分を理由になかなか結婚できなかったはずです。訳あり女性のほうにこそ、むしろ魅力を感じるのです。

 とはいえ、雑魚としても、父親への結婚の申し込みだけは一筋縄ではいきません。父親は娘の旦那を雑魚職で亡くしているため、歓迎されないのです。

 「はじめまして、鈴木といいます」

 「ふんっ!」

 「これ、つまらない物ですけど」

 「何だね、これは?」

 「プロテインです」

 「……そんなことより、君は仕事は何をしているのだね?」

 「雑魚です」

 「何だと!?」

 「毎日、ハン様のヒゲを剃っています」

 「雑魚はダメだ!」

 「パパ!」

 「お前は黙ってろ!お前も雑魚の嫁で苦労したんだろ?」

 「この人、雑魚だけどいい人なのよ!」

 「とにかく雑魚は駄目だ!」

 「お父さん!」

 「雑魚にお父さんと呼ばれる筋合いはない!」

 このようにケンカになり、結婚までは紆余曲折あったことでしょう。

⑥ケンシロウに復讐をした
 ケンシロウこそが正義で、雑魚に非があるのは間違いありません。ただ、雑魚の遺族とて、家族を殺されて我慢はならないのです。

 なかには、「家族を養うために入隊した職業雑魚」もいたことでしょう。彼らは決して悪い人間ではなく、家族のために戦っただけです。見ようによれば、ケンシロウのほうがおとなげないんですね。

 そのことを考えると、雑魚の遺族がケンシロウに復讐した可能性が高いです。ケンシロウを待ち伏せし、「旦那の敵!」「うちの父ちゃんを殺しやがって!」などと言って、ケンシロウと一戦交えたのです。

 ケンシロウとて、女子供に手を出すわけにはいきません。「うっ、やられた!」と芝居をし、場合によっては、自分を仮死状態にする秘孔をついたことでしょう。

 ですが、復讐する相手を誤認した可能性もあります。生き残った雑魚仲間に、犯人であるケンシロウのことを詳しく教えてもらえれば問題ないのですが、荒廃した世界なので、情報が正しく伝わるとはかぎりません。

 そこで問題になってくるのが、遺言である「あべし」です。

 このあべしは、「阿部氏」とも解釈できます。最後の言葉を知らされた遺族が、「旦那は死ぬ間際に自分を殺した犯人の名前を叫んだ=ダイイングメッセージ」と勘違いし、旦那と面識のある、近所の阿部さんに復讐した可能性があるのです。

 「阿部さん」

 「あら、鈴木さんところの奥さん。どうしたの?」

 「どうしたのじゃないわよ!うちの旦那を殺したくせに!」

 「ちょっと、何を言ってるの!?」

 「やかましい!KKZのみんな、こいつが私の旦那を殺したのよ!」

 「こいつが犯人か!みんな、狼煙を上げろー!」

 「オーーーッ!!!」

 「♪我々は雑魚の遺ー族!KーKーZ!」

 「ちょっと何なの、この集団!?」

 このように、間違って復讐をしたかもしれないのです。

 ほかにも、「うわらば」を「桑原」、「あがぼごぶべい」を「アガボゴ・ブベイ(タイ人)」と勘違いしたかもしれず、奥さんはその場合、恨みを糧に働いて、タイへの交通費を稼ぎます。そして、タイに行ってアガボゴ・ブベイなる人物を探し出し、「アーユー、アガボゴ・ブベイ?」「イエス」「マイハズバンドウォズキルドバイユー!」「ホワット?」「シャラップ!ディスペニスイズプルーフ!」と叫びながら、間違った人に復讐してしまうのです。


 以上の①~⑥、どれもつらいことばかりです。行き場のない遺族は、本当にいたたまれないでしょう。

 そこで以下の最後の仮説に、僕は救いを求めます。

⑦親玉から、労災として雑魚年金が支給された
 ケンシロウとの戦いは、見ようによれば公務災害です。秩序のない世界とはいえ、粋な親玉なら、残された遺族に最低限の食糧を支給した可能性があるのです。

 これは言うなれば、年金です。「遺族年金=雑魚年金」として食糧を支給され、残された遺族はそれを生活の糧としていたのです。

 なかでも、ラオウ。

 ラオウという男に、優しい一面があることをご存知でしょうか?

 これはほんの一例ですが、ラオウは、自分の師匠のライバルであるコウリュウと戦った際、敗れたコウリュウを手厚く葬っています。敵討ちに現れたコウリュウの息子たちも殺すことなく、自分とケンシロウとの関係に鑑みて、「兄弟ならば違う道を選ぶがよい」と、優しい言葉までかけているのです。

 命を投げ打って自分についてきた部下に、ラオウが忠義を感じないはずがありません。少なくとも、餓死しない程度の食糧を遺族年金として支給して死者に報いたことは、あのラオウならやっていてもおかしくないのです。

 もちろん、これはラオウだけの話です。ジャギやアミバだとこれほど甘くはないのでしょうが、彼らとて人間です。どんな極悪人とて、遺族の世話をしたとまでは言わないまでも、何らかの形で支援した可能性は0ではないのです。

 可能性が0ではないかぎり、僕は信じます。いや、もうこう思わないことには遺族があまりに不憫なので、これを最終結論といたします。


 以上が、今回の考察です。

 今回の考察に、みなさまも、涙を流されたのではないでしょうか?

 遺族の悲しみに、ラオウの懐の深さに、そして、この考察のバカバカしさに……。