新・バスコの人生考察 -10ページ目

そんなときは夜の散歩ではないか?の考察・中編(パソコン読者用)

※2008年・12月23日の記事を再編集


 僕は動けなくなりました。僕に気づかずにそそくさと立ち去った田中のお父さんを尻目に、その場に立ち尽くしたのです。


 僕は道を迂回しました。少し歩いたところに、田中が小学生のころに住んでいた団地があるのです。


 10分ほど歩いて、見覚えのある、8階建ての団地に到着しました。


 管理人室の前を通り抜け、1階にある、居住者のポストの前に来ました。ポストに書かれた名前を順に確認したところ、「田中」と書かれた、ボロボロのプレートを発見したのです。


 あいつの家、まだここにあったんや……。


 僕は団地の階段に座りました。瞑目し、遠い日に心を飛ばしました。


 さして苦労せず、記憶の引き出しが開きました。僕が犯した「罪」をきっかけに、そのころの一連の記憶が雷光のように蘇ってきたのです。


 そこで今回は、「そんなときは夜の散歩ではないか?」の考察・中編です。


 彼女の名前は、田中和美(仮名)。


 僕とは小学校5、6年生のときに同じクラスで、2年間、クラスメイトとして過ごしました。


 田中は体が弱いです。心臓が悪く、少し無理をすると倒れてしまいます。


 体育も見学することが多く、給食ひとつとっても、食べすぎると体がおかしくなります。頻繁に嘔吐するため、担任の先生が気を遣って、給食の量を調節していました。


 そして、田中の家は父子家庭です。


 田中を産んで母親は亡くなり、父親が男手ひとつで育てています。家は非常に貧しく、穴の空いたボロボロの服を着ているのです。


 小学生といえども、母親が気を遣って、服を選択するものです。女の子だとなおさらなのでしょうが、田中の家はそれができません。父親が買ってきた安い服ばかりで、冬場など毎日、色の落ちたオレンジ色のセーターを着ていました。


 6年生になった4月のある日、僕は母親に頼まれました。


 「あんた、田中さんの友達になったってくれへんか?」


 なんでも参観日の際、田中のお父さんに「うちの娘は友達がいないので、おたくの息子さんと仲よくしてもらえませんか?」とお願いされたそうなのです。


 僕の母親は当時、親たちの中で目立っていました。


 参観日ではいつも、先生の笑いを取りにかかります。親と生徒でドッジボールをすれば、空気を読まずにガンガンにぶつけていくなど、僕のクラスのちょっとしたリーダーになっていたのです。


 「この人の息子さんなら……」


 活発な僕の母親を見て、田中のお父さんはこう思われたのでしょう。


 ですが、僕の田中に対するイメージは無味無臭。会話をしたことはほとんどなく、正直、わずらわしい、と思いました。


 それでも、僕の母親がこんなことをお願いすることはありません。僕は、軽い気持ちで引き受けることにしました


 翌日から、僕は田中と話をするようになりました。席が近かったこともあり、僕から積極的に話しかけました。


 しかし、田中は心を開きません。今まで友達と呼べる存在がいなかったためか、話しかけても会話がはずまないのです。


 僕のクラスに、森川という女の子がいました。


 森川はしっかり者で、僕とは親しいです。田中と話をしているのも頻繁に見かけます。そこで森川に仲介してもらって、田中の心を開かせることにしました。


 田中も、森川さんが言うのなら、と思ったのでしょう。僕の話に乗ってくるようになり、次第に笑顔を見せるようになったのです。


 今までは何をするにつけても表情は固く、陰で「ロボット」と揶揄されていました。仲間ができたことで、体に血が通い始めたのです。


 昼休みになると、田中は森川と遊ぶようになりました。僕は男友達と遊んでいたのですが、クラスであやとびが流行しており、女子だけではなく、男子もやっています。僕らのあやとびにも誘ってあげたのです。


 今まではひとり寂しく教室にいた田中も、昼休みが来るのが楽しみになったのでしょう。やがて、飛び切りの笑顔を見せるようになりました。


 ところが、クラスには、いじめっ子がいます。そんな僕らを見て、いい顔はしません。


 田中はこのとき、いじめられないまでも、嫌われていました。


 彼らからしたら、田中は格好の標的。僕らの輪に入りだしたことを好みません。


 なかでも浜中という奴は、いじめっ子のリーダーです。小6の分際で「セッ○ス!」と叫ぶようなマセガキで、いろいろと問題を起こしていました。


 ある日、僕と森川が一緒にいると、浜中が現われて文句をつけてきました。


 「お前ら、田中と遊ぶなよ!あんな奴、無視しとったらいいねん!」


 森川は言い返します。


 「あんたに関係ないやん!私は和美ちゃんのことが好きやから仲よくしてるだけやねん!文句があるんやったら先生に言うよ!」


 担任の川原先生は、それはもう怖い人です。今では考えられないのですが、ことあるごとに暴力を振るってきました。二日酔いの状態で学校に来ることもあり、忘れ物をしようものならビンタは当たり前、広辞苑で頭を殴ることもあったのです。


 川原先生の名前が出たことで、浜中も黙らざるをえません。


 「かっこつけやがって!」


 こう悪態ついたものの、次第に何も言わなくなりました。


 これを機に、僕らは田中に急接近しました。


 今までは、いじめっ子の影に怯えて遠慮気味でした。胸のつっかえが取れたことで、どんどん距離を縮めました。


 僕はそれでも、田中といることが決して楽しいわけではありません。心の中では、弱い立場の人間に手を差し伸べることで、ひとり悦に浸っているところがあります。どこか狡猾で、人のためにではなく、自分のためにやっているところがあるのです。


 ですが、そんな僕にも、田中は優しいのです。


 授業で竹とんぼを作ったとき、僕はカッターで指を切りました。


 「バスコ君、大丈夫?」


 こう言って、ハンカチを渡してくれたのは田中です。


 僕が授業中に大便を漏らしたときも、周囲がからかってくるのを尻目に、田中だけが何ごともなかったかのように接してくれたのです。


 その親切心に、僕のような邪心はありません。いろいろと苦労しているからでしょう。田中は困った人にスッと手を差し伸べられる、豊かな人間性を持ち合わせているのです。


 本当に優しい人間に触れると、自分まで優しくなります。意識したくなくても意識してしまった僕の薄っぺらい虚栄心が、田中と接することで次第に消えていきました。


 田中は、完全に僕らのグループに入りました。


 いつも行動をともにするようになり、近くの公園に遠足に行くときも、僕らと同じ班になりました。


 ただ、田中の家は貧乏です。遠足のお弁当は、すごく粗末なものなのです。ご飯にカツオブシが振ってあるだけで、オカズもほとんどありません。


 田中のお父さんは、当時、工場で働いていました。


 娘を育てるために、朝から晩まで働いています。そのことを考えると、このお弁当を笑うことなどできません。仲間として、僕らは彼女を助けてあげなければならないのです。


 「田中、お前、これ食え!」


 誰が何を指示したわけでもないのに、誰もが次々にこう言います。


 「和美ちゃん、これ食べ!」


 「田中、このオレンジ、おいしいぞ!」


 田中はうれしそうにしています。


 このあと、みんなであやとびをしたときも、ずっと笑っていました。



 1学期が終わり、夏休みになりました。


 僕は来年、私立の中学校を受験します。遊びもそこそこに猛勉強していたのですが、夏休みも残り少なくなったある日、森川から電話がかかってきました。


 「来週、和美ちゃんの誕生日やで!」


 訊くと、田中は誕生日パーティーをしてもらったことがないらしいです。仲間が全員集まって、田中の家で誕生日パーティーをすることになりました。


 誕生日当日、僕らは田中の家に行って、部屋に折り紙で飾りつけをしました。


 折り紙をハサミで「HAPPY BIRTHDAY」と切り取って、窓に貼っていきます。田中も僕らと一緒になって飾りつけをしていたのですが、急に泣き始めたのです。


 初めての誕生日パーティーに、感極まったのでしょう。


 「みんな、ありがとう」


 こう言って泣きじゃくり、しばらくして田中のお父さんが仕事を早めに切り上げて帰ってきたのですが、部屋の飾りつけを見て、お父さんも泣き始めたのです。


 「みんな、ありがとう。ほんまにありがとう」


 声をかけられた僕らも、思わず、もらい泣きです。この家庭の苦労が垣間見えて、たまらなくなったのです。


 お父さんが用意してくれた手巻き寿司を、みんなで食べました。


 その後、近くの原っぱに移動しました。お父さんも含めて、ドッジボールをすることになりました。


 体が弱い田中に配慮して、僕らはボールを渡してあげます。一緒にいた柴田君など、田中にバレないようにしながら、わざとぶつけられたのです。


 学校でドッジボールをするとき、田中はいつも、ごまめ(当たっても外野に出ない人)でした。ただ、この日ばかりは、田中が主役でした。


 ドッジボールを終えて、僕らは帰ることになりました。


 「これ、お返しの品やから!」


 お父さんがこう言って、大きな包みに入った文房具セットを渡してくれました。


 ですが、これは高価な品です。僕らは断ったのですが、お父さんは首を縦に振りません。


 「こんなにすばらしいことをしてもらって言葉もない!」


 こう口にして、僕らの胸に押しつけてきたのです。


 お父さんは、なおも続けます。


 「みんなに30円ずつあげるから、そこのお菓子屋で何か食べて帰り!」


 30円ではたいしたものは買えません。なのに田中の家からしたら、これが精一杯なのです。


 「ありがとうございます!これで買わしてもらいます!」



 夏休みが終わって、新学期になりました。


 1学期同様、僕らのグループは、いつも一緒にいます。田中の姿も当然そこにあり、ある日、給食でカス汁が出たときのことです。


 僕はカス汁が食べられません。担任の先生は残すことを許さず、無理して食べた結果、僕はその場に吐いてしまったのです。


 周囲の生徒は、僕を汚い目で見てきます。


 「うわー!気持ち悪い!」


 「吐くんやったら向こうに吐いてくれや!」


 僕は嘔吐が止まりません。これ以上迷惑をかけないようにと廊下の水道に移動したところ、誰かが僕の背中をさすってくれています。


 「バスコ君、大丈夫?」


 てっきり担任の先生だと思ったのですが、振り向くと、そこに田中がいました。


 僕は今まで以上に、田中と親しくなりました。


 ある日、体育の授業で、うんていをすることになったときのことです。


 この日のうんていは、各々タイムを計って競います。今までは休んでいた田中も、積極性が出てきたのか、先生にお願いして参加することになりました。


 とはいえ、田中は体が弱いです。鉄の棒を1つ2つつかんだだけで落ちてしまうのです。


 僕は田中を手伝ってあげることにしました。シャイな僕なのに、人目を気にせず、田中の体を抱えてあげました。


 「バスコ、田中のことが好きなんやろ?」


 浜中を中心に、周囲がからかってきました。僕は恥ずかしかったものの、「そんなんと違うわ!」と言葉を返し、体を抱えてゴールさせてあげました。


 すると翌日から、田中の僕を見る目が変わってきたのです。


 授業中も、じっと僕を見つめています。体育の授業でもそれは同じで、三角座りをしながら、ずっと僕に視線を投げているのです。


 田中は優しくされたことで、僕のことを好きになったのでしょう。それを証拠に席替えのとき、あからさまに僕の隣を選びました。性格も明るくなってきたので、「バスコ君の隣がいいです!」とは言わないまでも、「~さんの隣がいいから!」と言い訳をして、僕の隣を選んだのです。


 「熱いな、お前ら!」


 周囲の生徒は、僕らをからかってきます。浜中だけではなく、複数人が何かにつけてそのことを口にしてきます。僕はそれに耐えられず、今度は、僕の田中を見る目が変わってきたのです。


 僕は田中に、ここまでは望んでいません。田中を女性として見ることはできず、なにより僕は、クラスに別の好きな子がいます。なのに僕が何かミスをしようものなら、「バスコ君、大丈夫?」と言って駆けつけるようになったため、何かにつけて近づいてくる田中が、うっとうしく感じられたのです。


 日を追うにつれて、僕は田中と距離を取るようになりました。


 一緒には遊ぶものの、なるべく近づかないようにしました。席が隣とはいえ最低限の会話をするだけにとどめ、田中も、そんな僕に気づいたようでした。



 10月になりました。


 もうすぐ、運動会があります。教室の外の廊下に、運動会の出し物で使う、ダンボールの家が置いてありました。


 この家は、クラスのみんなで手分けして作りました。


 なのに僕は、仲間の1人と、その家で遊んでしまったのです。家の中でプロレスの技をかけ合い、はしゃぎ倒したのです。


 運悪く、その場に、川原先生がやってきました。


 「何してんねん、お前ら!」


 家は壊れなかったものの、僕らのした行為が許せないのか、僕らの体を足で蹴り倒してきました。顔も蹴られたため、今まで殴られても泣いたことがなかった僕も、初めて泣いてしまったのです。


 先生に耳を引っ張られて、教室に連れて行かれました。泣いたことがない僕に腹を立てたのか、まるで見せ物にするかのように、先生は教室の真ん中で僕を引きずり回します。


 「すいませんでした!」


 僕は頭を下げて、泣きじゃくっています。周囲も泣いたことがない奴のこんな姿を見て、ドン引きしているのです


 これを境に、僕は変わりました。


 先生が怖くて怖くて、何かにつけて先生の顔色をうかがうようになりました。


 その結果、そのストレスのはけ口として、隣の席の田中に当たるようになったのです。


 「自分でやるからほっといてくれ!」


 「意味なく俺のほうを見るんはやめてくれ!」


 田中は何もしていません。気持ちに余裕のない僕は、自分よりも弱い人間に当たりたくて仕方がないのです。


 僕は薄っぺらい人間です。そしてそんな人間ほど、立場の弱い人間に強く出ます。弱い人間を叩くことで自分の存在意義を確認し、心を満たすのです。


 次第に、僕と田中の距離は遠ざかっていきました。



 冬も近い、ある日のことです。


 その日、田中を含めた僕の席の近くの5人は、理科の授業で外に出ました。


 温度計を使って、外の温度を測ります。いろいろな場所に移動しながら調べていたのですが、計測を終えて地面に座る際、誰かが地面に置いていた温度計を、僕は踏んづけてしまったのです。ボキッと音が鳴り、その瞬間、全員が僕のほうを見たのです。


 こんなことを知らされて、先生が怒らないわけがありません。あの怖い川原先生が再び、僕をボコボコにしてくるでしょう。


 すると焦った僕は、つい口にしてしまったのです。魔が差したとしか言いようがないのですが、思わず、こう言ってしまったのです。


 「これ、さっき、田中が踏んでたやろ?」


 自分の罪を田中になすりつけたのです。


 ほかの3人も、学校の備品を壊すと連帯責任を取らされます。


 「俺も田中が踏むのを見たぞ!」


 「田中、正直に言えよ!」


 口を揃えて、田中のせいにしました。田中が割ったことにすれば、大目に見てもらえるからです。


 田中は何も言いません。悲しそうな表情を浮かべるだけで、否定してこないのです。


 結局、田中が罪に問われました。体が弱いので殴られることはなかったものの、田中は先生に謝罪し、翌日、新しい温度計を買ってきて弁償したのです。


 田中は、僕をかばってくれたのです。優しくしてくれた僕へのお礼からなのか、何の言い訳もせず、僕の罪をかぶってくれたのです。


 僕は自己嫌悪に襲われました。翌日から眠れなくなり、学校に行っても、田中と目を合わすことができません。


 弱い僕は、謝ることもできません。良心の呵責に耐えかねて、ありったけの勇気をかき集めたものの、いざ本人を目の前にすると言葉が出てこないのです。


 田中のほうは、何ごともなかったかのように、僕に話しかけてきます。


 ですが、僕はどう返せばいいのかわかりません。無視するしかなく、気がつくと、田中と口を利くことがなくなっていたのです。


 森川を中心とするグループの仲間は、僕の異変を察知して訊いてきました。


 「あんた、何かあったん?」


 「何もないわ!田中が俺のことを好きみたいやからうっとうしいねん!悪いけど俺はほかのグループに行くから!


 こう嘘をついて、仲間と離れたのです。


 その後、田中はいじめられるようになりました。


 ビックリマンが大流行し、その中の『シソジュラ』というトカゲの怪物が田中に似ています。


 「やーい!シソジュラ!」


 僕の新しいグループの仲間からも、田中はからかわれるようになったのです。      


 僕は、そのいじめを黙認しました。


 やめろよ、と言うことができません。田中を助けると、僕を新しいグループに入れてくれた仲間を裏切ることになるからです。


 そしてそのことは、今度は僕がひとりぼっちになることを意味します。多数の悪が少数の善を駆逐し、弱い人間ほど、表面的に善を繕うことしかできません。


 小学生のときに、聞くと体が震えてきた言葉があります。


 「2人組を作ってください!」


 世の中で、これ以上に恐ろしい言葉を僕は知りません。


 その場の人数が奇数だと、必然的に誰かが余ります。余るのは、そっくりそのまま人間関係の序列に現われ、手を差し伸べてくれる者などいません。何かの「ミス」がきっかけで自分がいつ余る側になるかわからず、人間社会における選ばれる側と選ばれない側の残酷さの本質は、このようなちょっとしたことの中にあるのです。


 「俺はいじめないだけましだ!」


 僕はこう考えることで、田中を助けないことに、恣意的な意味づけをしました。選ばれる側になりたいという狡猾な2本の足が僕をいじめの現場から逃走させ、田中を無視し続けたのです。



 年が明け、3学期になりました。


 3学期なので、授業はもうありません。僕は受験に合格し、私立の中学校に行くことになりました。


 そして小学校を卒業してからというもの、田中と顔を合わせることはなかったのです。


 田中は家が貧しくとも、ひたむきに生きていました。自らの境遇やハンディキャップにも負けず、前向きに生きていたのです。


 なのに俺は……。親に甘やかされて育ったくせに、俺は……。



 当時のことを思い出した僕は、奥歯を噛み締めました。


 目を閉じると、条件反射のように田中の顔が浮かんできます。


 好きな人にあんなことをされてショックだったろうな……。


 僕は、猛烈な自己嫌悪に襲われました。


 光が射したはずの心に、影が差し込んできました。それもねっちょりとしたドス黒い陰影で、日なたを覆い隠すほどの大きさを持った影に、僕はいても立ってもいられなくなったのです。


 気がつくと、僕は、小学校に足が向いていました。


 小学校に行ったところで、何かがあるわけではありません。ですがもう、とにかくそこに行きたかったのです。


 道すがら、電球で彩られた民家の前を通りがかりました。午前3時を告げるべく、ジョン・レノンの『ハッピークリスマス』がオルゴールで鳴り始めました。


 そうか、今日はクリスマスだったな……。俺のクリスマスだけは、本当にろくな思い出がないな……。


 物悲しさを象徴するかのような音の調べに、心が震えました。


 しばらくして、お菓子屋の前にきました。ここで僕は、田中のお父さんからもらった30円で、みかん水を飲んだのです。


 あのみかん水、おいしかったな……。田中のお父さん、優しかったな……。


 そうなのです、僕は田中だけではなく、あんなに優しかったお父さんをも裏切ったのです。


 ハア、もう自分がイヤや……。なんで俺はこんなくだらない人間なんだろう……。


 歩みを進めるうちに、紅茶にタバコの灰を入れられたことを思い出しました。仕事に対する恐怖心が頭をもたげ始め、すっかり元の精神状態に戻ってしまったのです。


 ハア、もう死にたい……。なんで俺はいつも選ばれない側の人間なんだろう……。


 死ねば、「選択」されずに済みます。あまたの負の圧迫に、究極の選択が、列記とした選択肢の1つとして頭をよぎり始めたのです。


 5分ほど歩いて、小学校に到着しました。


 校舎の外を周回したところ、10年以上の時を経ても、そのたたずまいは変わっていません。


 そびえ立つ古ぼけた校舎、走り回ったグラウンド、みんなで遊んだサッカーゴール……。


 何もかもが、当時の面影そのままなのです。


 思い出を共有したこの場所で、僕は田中のことを考えました。


 一緒に遠足に行ったこと、誕生日パーティーをしたこと、ドッジボールをしたこと、彼女の体を支えて一緒にうんていをしたこと、そして、自分の罪をなすりつけたこと……。


 卒業式の日、田中は僕のことを見ていました。中学校は違うので、もう会うことはないと思ったのでしょうか。僕の姿を目に焼きつけるかのように、ずっと視線を投げていました。


 そして、最後の授業を終えて教室を出た僕に、田中はこう言ったのです。


 「バスコ君、ありがとう」


 あんな悪いことをした僕に、最後にお礼を言ってくれたのです。


 なのに僕は、そんな田中を無視して、そそくさと校舎をあとにしました。何を言えばいいのかわからず、聞こえていないフリをしたのです。


 田中は、こんな俺を好きになってくれた……。世間から嫌われる俺を、田中は好きでいてくれた……。


 その情景を網膜に見た僕の目から、涙がこぼれました。


 この涙は、郷愁からくる涙ではありません。田中への悔恨の情からくる涙なのです。


 当時の僕に彼女のハンディキャップを背負ってやる度量がなかったこと、なにより、そんなつらい立場にある彼女を、もっとつらい立場に立たせた自分を許せなかったのです。


 僕の心が、内なる忠告をしてきます。


 「田中に謝ってこい!」


 田中に謝罪しないことには、僕の明日はありません。正確に言えば、人間としての明日はないのです。自分の仕事がどうだとか将来がどうだとか言う前に、彼女に謝ることなしに、僕が人間をすることは許されないのです。


 と同時に、彼女に謝罪したとき、自分が探す「何か」が見つかるような気がしました。


 何が答えなのかはわかりませんが、田中に謝罪することで、今の自分に何かが背中を押してくれるような気がしたのです。


 後編へ……。



そんなときは夜の散歩ではないか?の考察・中編(携帯読者用)

※2008年・12月23日の記事を再編集

 僕は動けなくなりました。僕に気づかずにそそくさと立ち去った田中のお父さんを尻目に、その場に立ち尽くしたのです。

 僕は道を迂回しました。少し歩いたところに、田中が小学生のころに住んでいた団地があるのです。

 10分ほど歩いて、見覚えのある、8階建ての団地に到着しました。

 管理人室の前を通り抜け、1階にある、居住者のポストの前に来ました。ポストに書かれた名前を順に確認したところ、「田中」と書かれた、ボロボロのプレートを発見したのです。

 あいつの家、まだここにあったんや……。

 僕は団地の階段に座りました。瞑目し、遠い日に心を飛ばしました。

 さして苦労せず、記憶の引き出しが開きました。僕が犯した「罪」をきっかけに、そのころの一連の記憶が雷光のように蘇ってきたのです。

 そこで今回は、「そんなときは夜の散歩ではないか?」の考察・中編です。

 彼女の名前は、田中和美(仮名)。

 僕とは小学校5、6年生のときに同じクラスで、2年間、クラスメイトとして過ごしました。

 田中は体が弱いです。心臓が悪く、少し無理をすると倒れてしまいます。

 体育も見学することが多く、給食ひとつとっても、食べすぎると体がおかしくなります。頻繁に嘔吐するため、担任の先生が気を遣って、給食の量を調節していました。

 そして、田中の家は父子家庭です。

 田中を産んで母親は亡くなり、父親が男手ひとつで育てています。家は非常に貧しく、穴の空いたボロボロの服を着ているのです。

 小学生といえども、母親が気を遣って、服を選択するものです。女の子だとなおさらなのでしょうが、田中の家はそれができません。父親が買ってきた安い服ばかりで、冬場など毎日、色の落ちたオレンジ色のセーターを着ていました。

 6年生になった4月のある日、僕は母親に頼まれました。

 「あんた、田中さんの友達になったってくれへんか?」

 なんでも参観日の際、田中のお父さんに「うちの娘は友達がいないので、おたくの息子さんと仲よくしてもらえませんか?」とお願いされたそうなのです。

 僕の母親は当時、親たちの中で目立っていました。

 参観日ではいつも、先生の笑いを取りにかかります。親と生徒でドッジボールをすれば、空気を読まずにガンガンにぶつけていくなど、僕のクラスのちょっとしたリーダーになっていたのです。

 「この人の息子さんなら……」

 活発な僕の母親を見て、田中のお父さんはこう思われたのでしょう。

 ですが、僕の田中に対するイメージは無味無臭。会話をしたことはほとんどなく、正直、わずらわしい、と思いました。

 それでも、僕の母親がこんなことをお願いすることはありません。僕は、軽い気持ちで引き受けることにしました。

 翌日から、僕は田中と話をするようになりました。席が近かったこともあり、僕から積極的に話しかけました。

 しかし、田中は心を開きません。今まで友達と呼べる存在がいなかったためか、話しかけても会話がはずまないのです。

 僕のクラスに、森川という女の子がいました。

 森川はしっかり者で、僕とは親しいです。田中と話をしているのも頻繁に見かけます。そこで森川に仲介してもらって、田中の心を開かせることにしました。

 田中も、森川さんが言うのなら、と思ったのでしょう。僕の話に乗ってくるようになり、次第に笑顔を見せるようになったのです。

 今までは何をするにつけても表情は固く、陰で「ロボット」と揶揄されていました。仲間ができたことで、体に血が通い始めたのです。

 昼休みになると、田中は森川と遊ぶようになりました。僕は男友達と遊んでいたのですが、クラスであやとびが流行しており、女子だけではなく、男子もやっています。僕らのあやとびにも誘ってあげたのです。

 今まではひとり寂しく教室にいた田中も、昼休みが来るのが楽しみになったのでしょう。やがて、飛び切りの笑顔を見せるようになりました。

 ところが、クラスには、いじめっ子がいます。そんな僕らを見て、いい顔はしません。

 田中はこのとき、いじめられないまでも、嫌われていました。

 彼らからしたら、田中は格好の標的。僕らの輪に入りだしたことを好みません。

 なかでも浜中という奴は、いじめっ子のリーダーです。小6の分際で「セッ○ス!」と叫ぶようなマセガキで、いろいろと問題を起こしていました。

 ある日、僕と森川が一緒にいると、浜中が現われて文句をつけてきました。

 「お前ら、田中と遊ぶなよ!あんな奴、無視しとったらいいねん!」

 森川は言い返します。

 「あんたに関係ないやん!私は和美ちゃんのことが好きやから仲よくしてるだけやねん!文句があるんやったら先生に言うよ!」

 担任の川原先生は、それはもう怖い人です。今では考えられないのですが、ことあるごとに暴力を振るってきました。二日酔いの状態で学校に来ることもあり、忘れ物をしようものならビンタは当たり前、広辞苑で頭を殴ることもあったのです。

 川原先生の名前が出たことで、浜中も黙らざるをえません。

 「かっこつけやがって!」

 こう悪態ついたものの、次第に何も言わなくなりました。

 これを機に、僕らは田中に急接近しました。

 今までは、いじめっ子の影に怯えて遠慮気味でした。胸のつっかえが取れたことで、どんどん距離を縮めました。

 僕はそれでも、田中といることが決して楽しいわけではありません。心の中では、弱い立場の人間に手を差し伸べることで、ひとり悦に浸っているところがあります。どこか狡猾で、人のためにではなく、自分のためにやっているところがあるのです。

 ですが、そんな僕にも、田中は優しいのです。

 授業で竹とんぼを作ったとき、僕はカッターで指を切りました。

 「バスコ君、大丈夫?」

 こう言って、ハンカチを渡してくれたのは田中です。

 僕が授業中に大便を漏らしたときも、周囲がからかってくるのを尻目に、田中だけが何ごともなかったかのように接してくれたのです。

 その親切心に、僕のような邪心はありません。いろいろと苦労しているからでしょう。田中は困った人にスッと手を差し伸べられる、豊かな人間性を持ち合わせているのです。

 本当に優しい人間に触れると、自分まで優しくなります。意識したくなくても意識してしまった僕の薄っぺらい虚栄心が、田中と接することで次第に消えていきました。

 田中は、完全に僕らのグループに入りました。

 いつも行動をともにするようになり、近くの公園に遠足に行くときも、僕らと同じ班になりました。

 ただ、田中の家は貧乏です。遠足のお弁当は、すごく粗末なものなのです。ご飯にカツオブシが振ってあるだけで、オカズもほとんどありません。

 田中のお父さんは、当時、工場で働いていました。

 娘を育てるために、朝から晩まで働いています。そのことを考えると、このお弁当を笑うことなどできません。仲間として、僕らは彼女を助けてあげなければならないのです。

 「田中、お前、これ食え!」

 誰が何を指示したわけでもないのに、誰もが次々にこう言います。

 「和美ちゃん、これ食べ!」

 「田中、このオレンジ、おいしいぞ!」

 田中はうれしそうにしています。

 このあと、みんなであやとびをしたときも、ずっと笑っていました。


 1学期が終わり、夏休みになりました。

 僕は来年、私立の中学校を受験します。遊びもそこそこに猛勉強していたのですが、夏休みも残り少なくなったある日、森川から電話がかかってきました。

 「来週、和美ちゃんの誕生日やで!」

 訊くと、田中は誕生日パーティーをしてもらったことがないらしいです。仲間が全員集まって、田中の家で誕生日パーティーをすることになりました。

 誕生日当日、僕らは田中の家に行って、部屋に折り紙で飾りつけをしました。

 折り紙をハサミで「HAPPY BIRTHDAY」と切り取って、窓に貼っていきます。田中も僕らと一緒になって飾りつけをしていたのですが、急に泣き始めたのです。

 初めての誕生日パーティーに、感極まったのでしょう。

 「みんな、ありがとう」

 こう言って泣きじゃくり、しばらくして田中のお父さんが仕事を早めに切り上げて帰ってきたのですが、部屋の飾りつけを見て、お父さんも泣き始めたのです。

 「みんな、ありがとう。ほんまにありがとう」

 声をかけられた僕らも、思わず、もらい泣きです。この家庭の苦労が垣間見えて、たまらなくなったのです。

 お父さんが用意してくれた手巻き寿司を、みんなで食べました。

 その後、近くの原っぱに移動しました。お父さんも含めて、ドッジボールをすることになりました。

 体が弱い田中に配慮して、僕らはボールを渡してあげます。一緒にいた柴田君など、田中にバレないようにしながら、わざとぶつけられたのです。

 学校でドッジボールをするとき、田中はいつも、ごまめ(当たっても外野に出ない人)でした。ただ、この日ばかりは、田中が主役でした。

 ドッジボールを終えて、僕らは帰ることになりました。

 「これ、お返しの品やから!」

 お父さんがこう言って、大きな包みに入った文房具セットを渡してくれました。

 ですが、これは高価な品です。僕らは断ったのですが、お父さんは首を縦に振りません。

 「こんなにすばらしいことをしてもらって言葉もない!」

 こう口にして、僕らの胸に押しつけてきたのです。

 お父さんは、なおも続けます。

 「みんなに30円ずつあげるから、そこのお菓子屋で何か食べて帰り!」

 30円ではたいしたものは買えません。なのに田中の家からしたら、これが精一杯なのです。

 「ありがとうございます!これで買わしてもらいます!」


 夏休みが終わって、新学期になりました。

 1学期同様、僕らのグループは、いつも一緒にいます。田中の姿も当然そこにあり、ある日、給食でカス汁が出たときのことです。

 僕はカス汁が食べられません。担任の先生は残すことを許さず、無理して食べた結果、僕はその場に吐いてしまったのです。

 周囲の生徒は、僕を汚い目で見てきます。

 「うわー!気持ち悪い!」

 「吐くんやったら向こうに吐いてくれや!」

 僕は嘔吐が止まりません。これ以上迷惑をかけないようにと廊下の水道に移動したところ、誰かが僕の背中をさすってくれています。

 「バスコ君、大丈夫?」

 てっきり担任の先生だと思ったのですが、振り向くと、そこに田中がいました。

 僕は今まで以上に、田中と親しくなりました。

 ある日、体育の授業で、うんていをすることになったときのことです。

 この日のうんていは、各々タイムを計って競います。今までは休んでいた田中も、積極性が出てきたのか、先生にお願いして参加することになりました。

 とはいえ、田中は体が弱いです。鉄の棒を1つ2つつかんだだけで落ちてしまうのです。

 僕は田中を手伝ってあげることにしました。シャイな僕なのに、人目を気にせず、田中の体を抱えてあげました。

 「バスコ、田中のことが好きなんやろ?」

 浜中を中心に、周囲がからかってきました。僕は恥ずかしかったものの、「そんなんと違うわ!」と言葉を返し、体を抱えてゴールさせてあげました。

 すると翌日から、田中の僕を見る目が変わってきたのです。

 授業中も、じっと僕を見つめています。体育の授業でもそれは同じで、三角座りをしながら、ずっと僕に視線を投げているのです。

 田中は優しくされたことで、僕のことを好きになったのでしょう。それを証拠に席替えのとき、あからさまに僕の隣を選びました。性格も明るくなってきたので、「バスコ君の隣がいいです!」とは言わないまでも、「~さんの隣がいいから!」と言い訳をして、僕の隣を選んだのです。

 「熱いな、お前ら!」

 周囲の生徒は、僕らをからかってきます。浜中だけではなく、複数人が何かにつけてそのことを口にしてきます。僕はそれに耐えられず、今度は、僕の田中を見る目が変わってきたのです。

 僕は田中に、ここまでは望んでいません。田中を女性として見ることはできず、なにより僕は、クラスに別の好きな子がいます。なのに僕が何かミスをしようものなら、「バスコ君、大丈夫?」と言って駆けつけるようになったため、何かにつけて近づいてくる田中が、うっとうしく感じられたのです。

 日を追うにつれて、僕は田中と距離を取るようになりました。

 一緒には遊ぶものの、なるべく近づかないようにしました。席が隣とはいえ最低限の会話をするだけにとどめ、田中も、そんな僕に気づいたようでした。


 10月になりました。

 もうすぐ、運動会があります。教室の外の廊下に、運動会の出し物で使う、ダンボールの家が置いてありました。

 この家は、クラスのみんなで手分けして作りました。

 なのに僕は、仲間の1人と、その家で遊んでしまったのです。家の中でプロレスの技をかけ合い、はしゃぎ倒したのです。

 運悪く、その場に、川原先生がやってきました。

 「何してんねん、お前ら!」

 家は壊れなかったものの、僕らのした行為が許せないのか、僕らの体を足で蹴り倒してきました。顔も蹴られたため、今まで殴られても泣いたことがなかった僕も、初めて泣いてしまったのです。

 先生に耳を引っ張られて、教室に連れて行かれました。泣いたことがない僕に腹を立てたのか、まるで見せ物にするかのように、先生は教室の真ん中で僕を引きずり回します。

 「すいませんでした!」

 僕は頭を下げて、泣きじゃくっています。周囲も泣いたことがない奴のこんな姿を見て、ドン引きしているのです。

 これを境に、僕は変わりました。

 先生が怖くて怖くて、何かにつけて先生の顔色をうかがうようになりました。

 その結果、そのストレスのはけ口として、隣の席の田中に当たるようになったのです。

 「自分でやるからほっといてくれ!」

 「意味なく俺のほうを見るんはやめてくれ!」

 田中は何もしていません。気持ちに余裕のない僕は、自分よりも弱い人間に当たりたくて仕方がないのです。

 僕は薄っぺらい人間です。そしてそんな人間ほど、立場の弱い人間に強く出ます。弱い人間を叩くことで自分の存在意義を確認し、心を満たすのです。

 次第に、僕と田中の距離は遠ざかっていきました。


 冬も近い、ある日のことです。

 その日、田中を含めた僕の席の近くの5人は、理科の授業で外に出ました。

 温度計を使って、外の温度を測ります。いろいろな場所に移動しながら調べていたのですが、計測を終えて地面に座る際、誰かが地面に置いていた温度計を、僕は踏んづけてしまったのです。ボキッと音が鳴り、その瞬間、全員が僕のほうを見たのです。

 こんなことを知らされて、先生が怒らないわけがありません。あの怖い川原先生が再び、僕をボコボコにしてくるでしょう。

 すると焦った僕は、つい口にしてしまったのです。魔が差したとしか言いようがないのですが、思わず、こう言ってしまったのです。

 「これ、さっき、田中が踏んでたやろ?」

 自分の罪を田中になすりつけたのです。

 ほかの3人も、学校の備品を壊すと連帯責任を取らされます。

 「俺も田中が踏むのを見たぞ!」

 「田中、正直に言えよ!」

 口を揃えて、田中のせいにしました。田中が割ったことにすれば、大目に見てもらえるからです。

 田中は何も言いません。悲しそうな表情を浮かべるだけで、否定してこないのです。

 結局、田中が罪に問われました。体が弱いので殴られることはなかったものの、田中は先生に謝罪し、翌日、新しい温度計を買ってきて弁償したのです。

 田中は、僕をかばってくれたのです。優しくしてくれた僕へのお礼からなのか、何の言い訳もせず、僕の罪をかぶってくれたのです。

 僕は自己嫌悪に襲われました。翌日から眠れなくなり、学校に行っても、田中と目を合わすことができません。

 弱い僕は、謝ることもできません。良心の呵責に耐えかねて、ありったけの勇気をかき集めたものの、いざ本人を目の前にすると言葉が出てこないのです。

 田中のほうは、何ごともなかったかのように、僕に話しかけてきます。

 ですが、僕はどう返せばいいのかわかりません。無視するしかなく、気がつくと、田中と口を利くことがなくなっていたのです。

 森川を中心とするグループの仲間は、僕の異変を察知して訊いてきました。

 「あんた、何かあったん?」

 「何もないわ!田中が俺のことを好きみたいやからうっとうしいねん!悪いけど俺はほかのグループに行くから!」

 こう嘘をついて、仲間と離れたのです。

 その後、田中はいじめられるようになりました。

 ビックリマンが大流行し、その中の『シソジュラ』というトカゲの怪物が田中に似ています。

 「やーい!シソジュラ!」

 僕の新しいグループの仲間からも、田中はからかわれるようになったのです。      

 僕は、そのいじめを黙認しました。

 やめろよ、と言うことができません。田中を助けると、僕を新しいグループに入れてくれた仲間を裏切ることになるからです。

 そしてそのことは、今度は僕がひとりぼっちになることを意味します。多数の悪が少数の善を駆逐し、弱い人間ほど、表面的に善を繕うことしかできません。

 小学生のときに、聞くと体が震えてきた言葉があります。

 「2人組を作ってください!」

 世の中で、これ以上に恐ろしい言葉を僕は知りません。

 その場の人数が奇数だと、必然的に誰かが余ります。余るのは、そっくりそのまま人間関係の序列に現われ、手を差し伸べてくれる者などいません。何かの「ミス」がきっかけで自分がいつ余る側になるかわからず、人間社会における選ばれる側と選ばれない側の残酷さの本質は、このようなちょっとしたことの中にあるのです。

 「俺はいじめないだけましだ!」

 僕はこう考えることで、田中を助けないことに、恣意的な意味づけをしました。選ばれる側になりたいという狡猾な2本の足が僕をいじめの現場から逃走させ、田中を無視し続けたのです。


 年が明け、3学期になりました。

 3学期なので、授業はもうありません。僕は受験に合格し、私立の中学校に行くことになりました。

 そして小学校を卒業してからというもの、田中と顔を合わせることはなかったのです。

 田中は家が貧しくとも、ひたむきに生きていました。自らの境遇やハンディキャップにも負けず、前向きに生きていたのです。

 なのに俺は……。親に甘やかされて育ったくせに、俺は……。



 当時のことを思い出した僕は、奥歯を噛み締めました。

 目を閉じると、条件反射のように田中の顔が浮かんできます。

 好きな人にあんなことをされてショックだったろうな……。

 僕は、猛烈な自己嫌悪に襲われました。

 光が射したはずの心に、影が差し込んできました。それもねっちょりとしたドス黒い陰影で、日なたを覆い隠すほどの大きさを持った影に、僕はいても立ってもいられなくなったのです。

 気がつくと、僕は、小学校に足が向いていました。

 小学校に行ったところで、何かがあるわけではありません。ですがもう、とにかくそこに行きたかったのです。

 道すがら、電球で彩られた民家の前を通りがかりました。午前3時を告げるべく、ジョン・レノンの『ハッピークリスマス』がオルゴールで鳴り始めました。

 そうか、今日はクリスマスだったな……。俺のクリスマスだけは、本当にろくな思い出がないな……。

 物悲しさを象徴するかのような音の調べに、心が震えました。

 しばらくして、お菓子屋の前にきました。ここで僕は、田中のお父さんからもらった30円で、みかん水を飲んだのです。

 あのみかん水、おいしかったな……。田中のお父さん、優しかったな……。

 そうなのです、僕は田中だけではなく、あんなに優しかったお父さんをも裏切ったのです。

 ハア、もう自分がイヤや……。なんで俺はこんなくだらない人間なんだろう……。

 歩みを進めるうちに、紅茶にタバコの灰を入れられたことを思い出しました。仕事に対する恐怖心が頭をもたげ始め、すっかり元の精神状態に戻ってしまったのです。

 ハア、もう死にたい……。なんで俺はいつも選ばれない側の人間なんだろう……。

 死ねば、「選択」されずに済みます。あまたの負の圧迫に、究極の選択が、列記とした選択肢の1つとして頭をよぎり始めたのです。

 5分ほど歩いて、小学校に到着しました。

 校舎の外を周回したところ、10年以上の時を経ても、そのたたずまいは変わっていません。

 そびえ立つ古ぼけた校舎、走り回ったグラウンド、みんなで遊んだサッカーゴール……。

 何もかもが、当時の面影そのままなのです。

 思い出を共有したこの場所で、僕は田中のことを考えました。

 一緒に遠足に行ったこと、誕生日パーティーをしたこと、ドッジボールをしたこと、彼女の体を支えて一緒にうんていをしたこと、そして、自分の罪をなすりつけたこと……。

 卒業式の日、田中は僕のことを見ていました。中学校は違うので、もう会うことはないと思ったのでしょうか。僕の姿を目に焼きつけるかのように、ずっと視線を投げていました。

 そして、最後の授業を終えて教室を出た僕に、田中はこう言ったのです。

 「バスコ君、ありがとう」

 あんな悪いことをした僕に、最後にお礼を言ってくれたのです。

 なのに僕は、そんな田中を無視して、そそくさと校舎をあとにしました。何を言えばいいのかわからず、聞こえていないフリをしたのです。

 田中は、こんな俺を好きになってくれた……。世間から嫌われる俺を、田中は好きでいてくれた……。

 その情景を網膜に見た僕の目から、涙がこぼれました。

 この涙は、郷愁からくる涙ではありません。田中への悔恨の情からくる涙なのです。

 当時の僕に彼女のハンディキャップを背負ってやる度量がなかったこと、なにより、そんなつらい立場にある彼女を、もっとつらい立場に立たせた自分を許せなかったのです。

 僕の心が、内なる忠告をしてきます。

 「田中に謝ってこい!」

 田中に謝罪しないことには、僕の明日はありません。正確に言えば、人間としての明日はないのです。自分の仕事がどうだとか将来がどうだとか言う前に、彼女に謝ることなしに、僕が人間をすることは許されないのです。

 と同時に、彼女に謝罪したとき、自分が探す「何か」が見つかるような気がしました。

 何が答えなのかはわかりませんが、田中に謝罪することで、今の自分に何かが背中を押してくれるような気がしたのです。

 後編へ……。


そんなときは夜の散歩ではないか?の考察・前編(パソコン読者用)

※2008年・12月21日の記事を再編集


 「ハア、もう死にたい……。なんで俺はいつも選ばれない側の人間なんだろう……」


 僕は今、真夜中に散歩をしています。


 行くあてもなく、心の暗部でひとり、ふさぎ込みながら……。



 これは今から4年前のこと、寒風吹きすさぶ、12月末のお話です。


 僕は当時、仕事がうまくいってませんでした。


 僕は放送作家をしています。大学を卒業してからこの職に就いたものの、数年たったその段階でも、仕事の歯車がまったく噛み合わなかったのです。


 この放送作家という仕事。


 派手なものだとお思いでしょうが、そうではありません。業務は至って地味で、発想力以上に、人付き合いのうまさを問われる職業なのです。


 「偉い人と何回飲みに行ったか」


 これ1つで売れる売れないが決まるといっても、過言ではありません。放送作家にかぎらず、フリーランスで仕事をされている方には身に覚えがあるはずで、人付き合いが苦手な僕は当時、ろくな仕事を与えられなかったのです。


 一方、世慣れている人は、おいしい仕事にありついていきます。僕は後輩に追い抜かれる始末で、惨めな仕事ばかりしていました。


 無論、これは言い訳です。彼らがなんら悪いわけではなく、そういう世界に、自分の意思で飛び込みました。悪いのは僕のほうなのですが、青くて向こうみずだった僕は、そういう生き方についていけません。


 「理想論ばかりを口にする、うっとうしい奴だ!」


 周囲からこんなふうに煙たがられ、仕事の現場で浮いていたのです。


 クリスマスを直前に控えた、ある日のことです。


 仕事を終えた僕は、番組のスタッフと、現場近くの居酒屋に行きました。


 この日は忘年会です。20人近くの関係者が集まっており、若手スタッフが偉いさんにヨイショをしています。


 「ビールのおかわりはどうですか?」


 「僕のモノマネを見てくださいよ!」


 もてはやされる偉いさんの表情は、どこか愉悦に満ちています。


 「こいつらの人生は俺のサジ加減ひとつで決められる」


 彼らの目がそう語っており、テーブルの中央では、放送作家の大先生がふんぞり返っています。


 この人は口答えを許さないタイプで、自分の意見が絶対です。僕はこのタイプの人が苦手で、背に腹は代えられないとはいえ、この人に気に入られようとする行為がどうしてもできなかったのです。


 若い僕は、フリーランスで生きていくための術や覚悟を知りません。


 「人にコビずに仕事をするのがかっこいい」


 こう思っている節があり、周囲から離れてひとり、タバコを吸っていました。


 僕のそばには、仕事のスポンサーさんがくれた紅茶が、ダンボールに入れられて置いてあります。僕はそれを飲みながらボーッとしていたのですが、近くにいる若手スタッフのひとりが、その紅茶がまだ残っているのに、灰皿代わりとしてタバコの灰を入れてきたのです。


 「何してんねん、お前!」


 僕は声を荒げました。


 そいつが確信犯でやったことは間違いありません。人を蔑むような笑みを浮かべて、「あっ、ごめん、まだ残ってたん?」と、イラッとする言葉を返してきたのです。


 「お前、なめてんのか、コラ!」


 僕はつかみかかりました。そいつの胸倉をつかんで押し倒そうとしたのですが、有無を言わさず、周囲が僕を押さえ込んできました。


 「臭いものには蓋をしろ!」


 こう口にするかのごとく、僕の言い分を聞いてくれる者は、誰ひとりとしていないのです。


 「バスコ!謝れ!」


 大先生が僕に謝罪を要求してきました。


 事情を説明しても関係ありません。ことの善悪ではなく、僕という人間に対する好き嫌いだけで、この場のジャッジをくだしたのです。


 僕を見つめるあまたの視線は、悪意に満ちています。その中でも特に僕をげんなりさせたのが、「人の苦しむ姿を見るのは楽しい」という俗の権化。


 なにしろこんな状況において、笑っている奴がいるのです。自分の嫌いな奴が理不尽な理由で苦しむ姿を見て、軽い笑みを浮かべて僕を見ているのです。


 「くだらんわ、ここ!」


 気がつくと、僕は捨てゼリフを吐いていました。ハンガーにかけてあるコートをひんだくり、店を出たのです。


 駅に向かう道すがら、いろいろなことを考えました。


 向こうが悪いとはいえ、時間がたつにつれて、現実に引き戻されます。


 「先生、先ほどはお騒がせしてすいませんでした」


 このひと言さえあれば、もしかすると、なかったことになるかもしれない。「みなさん、仲よくしてくださいよ!」とでも言ってヘラヘラしていれば、また仲間に入れてもらえるかもしれない。


 完全なる正当性の中にも、そんなことを考える自分がいます。プライドを保とうとする自分と、それをかなぐり捨てて面倒を避けようとする自分がしのぎを削り、どうすればいいかわかりません。


 その結果、電車に乗ることができません。このまま家に帰るという行為が、自分が追いかける夢の終焉を告げるかのようで、切符のボタンを押せないのです。


 ひとまず、シャッターの下りた店の軒下に移動しました。


 目を閉じて、暗がりで息をつきました。


 服の内側に染みこんだ汗と、口の中の異様な粘つきが急に意識されます。


 缶ジュースを買って口を潤すと、孤独が遅れてやってきました。身を切るような孤独感に胸を締めつけられ、ショーウインドウに映ったブカブカのコートを着る自分の姿が、なんだか滑稽に思えました。



 翌日のことです。


 僕の携帯電話に、大先生から電話がかかってきました。


 「悪いけど、仕事、はずれてくれるか?」


 僕が現場を離れるよう、命令してきたのです。


 僕は誰よりも誠実に、仕事と向き合っている自負がありました。現場にはいつも1番乗りですし、誰がどう見ても、会議で1番おもしろいアイデアを出しているのは僕。能力も誠実さも1番だったはずなのに、大先生はYESマンが好きで、僕みたいなタイプが嫌いだったのです。


 結局、僕はその仕事を離れることになりました。


 前日の一件で覚悟していたとはいえ、当時の僕は食べていくのに精一杯の身分。1つの仕事を干されると大変で、なにより妙な噂を立てられると、ほかの仕事にも影響してくるのです。


 もう、ワケがわからなくなりましたよ。何を信じればいいのかわからず、精神が袋小路に陥ったのです。


 当時、僕に彼女はいません。話を聞いてくれる友達も少ないです。親にこんなことを相談するわけにもいかず、頼れるものが何ひとつとしてないのです。


 クリスマスイブも、それはもう惨めでした。


 別の仕事の帰りに、ひとり寂しくぶらぶらしていたのですが、楽しそうなカップルや煌びやかな装飾の数々が、この精神状態に追い打ちをかけます。ホームレスを見て、この人よりかはましやな、と考える自分もイヤで、仕事をやめようかな、と本気で考えていたのです。


 家に帰り、部屋にこもりました。


 来年までもう、仕事はありません。将来が不安で、目の前が真っ暗になりました。



 ここでみなさまも、自分の過去を思い出してみてください。


 「自分は強い!」


 こう言い張る人でも、僕のようなことが1度はあったはずです。


 自分の手柄を誰かに横取りされた、周囲に嫌われて人の視線が怖くなった、真面目な自分よりも不真面目な奴のほうが評価された……。社会という魔物に、いろいろと苦労させられたはずです。


 一方、プライベートにおいても、それは同じです。


 恋人を友達に奪われた、30歳を過ぎて彼氏に振られた、信じていた親友が陰で自分の悪口を言っていた……。人間という魔物に、いろいろと泣かされたはずです。


 「そんなとき」は、誰にだってあるのです。何をしてもうまくいかず、そんな自分を客観的に見て気が滅入ることが……。


 これは、「人間という職業病」です。人間をやっているかぎり、どの場面にも光と影がつきまとうのです。


 人生を生きるのは簡単でも、「生き抜く」というのは非常にシビアです。あらゆる場面に、残酷なまでの競争原理が働くからです。


 人間は、選ばれる側と選ばれない側とに分かれます。自分が選ばれるかどうかが、露骨なまでに人生の充実度を左右するのです。


 仕事しかり、恋愛しかり。積み重ねてきた努力が、どうにもならない何かによって、帳消しにされることがあります。「がんばる」という手触りのない精神論を信じて前に進んでも、突然現れた「不条理」というジョーカーによって、選ばれない側にされてしまうのです。


 そのときの僕は、選ばれない側の人間でした。仕事においてもプライベートにおいても選ばれず、その日の僕は、無理矢理お酒を飲んで眠りにつきました。


 迎えた、翌日。12月25日、クリスマス当日のことです。


 僕は1日中、部屋にこもっていました。


 何かほかの仕事はあるかな……。カップルは今ごろ楽しそうにしているんだろうな……。


 このような後ろ向きなことばかりを考えて、布団から出られません。


 疎外感、劣等感、虚無感……。たくさんのマイナスの感情が「孤独」という精神を形作り、何かをしようとする気力を奪ってきます。


 携帯電話の電源は切っています。人と接すること自体がストレスに感じるからです。


 新しい仕事の誘いでも、現場で再び疎外感を感じるかもしれない。仲間からの遊びの連絡でも、人生に充実している仲間を見て、劣等感を感じるかもしれない。自分の内面を悟られないように、妙に明るい口調を演出する自分を見て、電話を切ったあとに自己嫌悪に陥るかもしれない。


 すべての人が自分にストレスを与えてくるようで、その感覚は、親に対しても同じです。


 唯一の味方であるはずの両親でさえ、いつもとは違った見え方がします。親のやさしさをどこか疑った目で見てしまうなど、極度の人間不信に陥ってしまったのです。


 僕は食事もせず、部屋にこもりました。気がつくと夜になっていたのですが、あるとき、ふと、「近所を散歩しよう!」と思ったのです。


 なぜそう思ったのかは、今でもよくわかりません。夜の引力に引っ張られた、という感じで、気がつくと、外着に着替えて家を出ていたのです。


 そして、そんな追い詰められた僕を救ってくれたのが「夜の散歩」であり、「夜の人」だったのです。


 その日、僕は不思議な体験をしました。


 不思議といっても、超常現象などではありません。選ばれなかった僕に、勇気を出したご褒美として、神様がとびっきりのクリスマスプレゼントをくれたのです。


 そこで今回は、「そんなときは夜の散歩ではないか?」の考察・前編です。


 時刻は午後11時をまわっています。


 厚手のコートを羽織った僕は、行くあてもなく、北に向かって歩き始めました。


 夜の冷たい空気が、僕の体を包み込みます。刺すような冷たい風が無情なまでにビュンビュンと吹きつけ、体の芯まで冷えてきます。


 この辺り一体は、田んぼが残る田舎です。田畑の向こうにポツンと道路の街灯が見え、街灯の下では、カップルがイチャついています。


 腹立つわ……。俺がこんなにも苦しんでるのに、なんでこいつらはこんなにも幸せそうに……。


 田畑を抜けて、街に出ました。


 コンビニの前に来ると、今度は学生が楽しそうにしています。柔和な表情で、旅行の計画を立てているのです。


 腹立つわ……。こいつら、何の悩みもないんやろな……。


 20代も半ばになったというのに、僕はまだ、学生気分を引きずっています。学生を見るとうらやましくて、その輪の中に入りたい、という衝動に駆られるのです。


 目に入る人、すべてが敵に見えてきました。僕はタバコを吸いながら歩き、火がついたままのタバコを、学生の近くに投げ捨てました。


 時間を追うにつれて、一段と寒くなってきました。


 吐き出す白い息が、黒々とする空間の中で映えます。白と黒の対比がどこか鮮やかで、同時に、どこか寒々しく感じられました。


 しばらくして、商店街のアーケードの前に来ました。


 眼前に現れた聖夜を祝う装飾品の数々は、例外なく、どれも強烈な原色です。


 「お前みたいな奴は来るな!ここは人生の負け組が来るようなところと違うから!」


 入り口に飾られたブルーやオレンジの電球を見ると、こう言われているような気がしてなりません。


 夜の街は、波打つイルミネーションで着飾っています。放たれる光が心の暗闇でふさぎ込む僕には眩しく、足が前に進みません。


 僕は道を迂回して、人の少ない裏通りに出ました。


 ここでも、妙な被害妄想は消えません。笑みを浮かべて歩く人が目に入ると、自分が笑われているような気がするのです


 どこかで笑い声がしようものなら、体がビクッと反応します。自分が笑われていないことを確認するために、わざわざ声のするところまで行きました。


 10分ほど歩いて、幼稚園の前に来ました。


 この幼稚園には、公園が併設されています。隅に倒れている壊れたバンビのイスが目に入ると、目頭が熱くなりました。


 中央には、ピカピカのキリンとゾウがいます。隅に追いやられたバンビを見ると、世間からつまはじきにされた自分のように思えたのです。


 僕は、ネットの隙間に手を通しました。バンビを立てようとしたのですが、いくら立てても倒れます。片脚がもがれており、努力ではどうにもならないのです。


 日付けが変わりました。


 僕はあてもなく街をさまよい、しばらくして、大きな幹線道路の下に来ました。


 この道路沿いには、たくさんの車が停車しています。カップルが車を停めて、中でイチャついているのです。


 聞きたくもないのに、女性の荒い息遣いが聞こえてきます。今の僕にはあまりにも酷で、厭世感に心が支配されて、自分を見失ってしまったのです。


 そこで一夜のアバンチュールを求めて、たまたま目に入ったバーに入りました。


 クリスマスだというのに、中は閑散としています。僕はカウンター席に座り、飲んだこともないくせに、「ドライマティーニ」と当たり前のように注文しました。


 僕の3席隣に、1人の女性が座っています。


 ですが、いかんせん、僕は下戸です。マティーニを少し飲んだだけで、顔が真っ赤なのです。


 思いのほかアルコールが強く、無理して二口、三口と口にしたものの、もう限界。ものすごい被害妄想に遭っていることからも、バーテンが笑おうものなら、かっこをつけた自分を見透かされているような気がして、急に居心地が悪くなってきたのです。


 なにより、お酒の力を借りても女性に声をかける勇気のない自分が、心底、イヤに思いました。自分の気の弱さが情けなくて、感情が高ぶって涙があふれてきたのです。


 もう、何なん、俺……。なんで俺はこんなくだらない人間なんだろう……。


 居心地の悪さに耐えられなくなった僕は、店を出ました。


 吐き気を催して、近くの電信柱で吐きました。


 当たり前ですが、背中をさすってくれる人などいません。


 「俺の知り合いで、こんなときに背中をさすってくれる親友は何人いるだろうか……」


 意味もなくこんなことを考え、該当する親友が片手ほどもいない自分の境遇が惨めに思えて、胃の中に入っていたものを全部、吐き出しました。


 風が強くなってきました。


 叩きつけるような冷たい風が、コートの厚みを無視して僕の体を襲ってきます。地球に斬られるかのようで、心がますます冷え込んできました。


 ふと立ち止まって見た駅のホームからは、音が消え去っています。わびしさという心象を具現化したようで、物体としての重みが感じられません。


 ただただひっそりと、暗闇にたたずんでいるだけです。その存在が感じられず、同時にそこに、何の価値も見い出せません。


 僕の網膜に、重みのない鈍い景色が残りました。電車が走らなくなった線路を横切るとき、どこか怖くなって、歩くスピードを速めました。

 20分ほど歩いて、歩道橋の前に来ました。


 時計の針は1時をまわっています。階段を上り、休憩がてら歩道橋の上から周囲を見渡したところ、漆黒に身を預ける鉄のかたまりが魔物のように思えました。


 禍々しいばかりに黒々とした闇の中を、のしかかるようにしてビルが林立しています。見上げた星空が輝く一方で、そこと対をなす社会という空間を見たとき、僕の心の変調に拍車がかかったのです。


 あー、働きたくない……。学生時代に戻って自由を謳歌したい……。


 社会人として絶対に考えてはいけないことを、当たり前のように考えていました。歩道橋を下りられなくなり、階段にうずくまったのです。


 5分、10分たっても、その場を動けません。地面に1歩下りた瞬間から、魔物である社会と戦わなければならないような気がして、足が動きません。


 何気に投げた視線の先に、1人のサラリーマンがいました。


 クリスマスだというのに、残業だったのでしょう。疲れていて当然なのですが、彼の足取りは重くありません。軽い足取りで家に向かい、玄関口で奥さんらしき女性が出迎えてくれたのです。


 ふと周囲に視線を巡らすと、ほかにも仕事帰りのサラリーマンがいます。誰もがくたびれた様子も見せず、足早に僕の前を立ち去っていくのです。


 サラリーマンってすげえ……。社会人ってすげえ……。


 この感覚で星空を見上げると、瞬間的に前向きな気持ちになれます。それを何度もくり返しているうちに、僕は1つの思いに支配されました。


 「こんな怖い社会でも、たくさんの人ががんばっている」


 サラリーマンしかり、商売人しかり、日々、世の不条理に耐えて社会と戦っています。もっと言えば、僕よりも弱く、はるかにつらい立場の人たちが、弱音も吐かずにがんばっているのです。


 とりわけ身近な存在である、僕の父親です。


 僕の父親は貧しい家庭に生まれながらも、奨学金を使って大学を卒業し、それなりの会社に就職しました。そして40年間、1つの会社を勤め上げ、60歳を過ぎた今でも、社会人として働いているのです。


 なのに俺は……。仕事を1つぽしゃったぐらいで何を泣いてるんや……。


 この当たり前の事実を、僕は言葉ではなく、体で受け止めました。


 するとランナーズハイにも似たアドレナリンが、体中に噴き出し始めました。


 散歩をしたことで、僕の体は疲れています。スポーツをしているときに感じる、とりわけ、スポーツを終えたあとに得られる「あの感じ」になれたのです。いろいろなことを考えながら答えを求めて歩いているうちに、正しいであろう正解と興奮を覚える肉体とがマッチして、急に前向きになれたのです。


 指に挟んだタバコが、いつのまにかフィルターの前で燃え尽きていました。


 僕は歩道橋を脱出しました。


 俄然、目に入る景色が変わってきました。怖くて仕方がなかった鉄のかたまりが、何のことはない、普通の鉄筋コンクリートに見えてきたのです。


 10分ほど歩いて、母校である、高校の前に来ました。


 この男子校には、たくさんの思い出があります。修学旅行でバカ騒ぎをしたこと、スポーツで汗を流したことなど、仲間と苦楽をともにしたことが、この箱の中にたくさん詰まっています。


 そして生きていないと、そのような楽しいことは味わえません。つらいことこそあれ、そういう時間を過ごしたくて、僕らは働きます。思い出があるからこそがんばることができ、より楽しい思い出を探して、僕らは社会に出るのです。


 校舎の前の道路を渡り、河川敷に移動しました。


 中学時代、僕は陸上部に在籍していました。1番になりたくて、ここでいつも練習していました。


 久し振りに、当時を思い出して走りました。


 寒いながらも上着を脱ぎ、全速力で駆けます。500メートル、1キロと距離を稼ぎ、すぐに息は上がったものの、「走ることってこんなにも楽しかったのか」と思えて、不思議と苦しさは感じられません。


 走り終えて、その場に倒れ込みました。


 「ハアハア、ハアハア」


 荒れた呼吸が、むしろ心地いいぐらいです。枯れ草に覆われた地面から空を見上げると、夜の闇が僕を優しく包み込んでくれるのです。


 暗闇が心に落ち着きを、静寂が五感すべてに休息を与えてくれます。目を閉じて大の字に寝転ぶと、夜そのものに抱きしめられるかのような気がします。


 唇が生気を宿し、熱を帯びていくのを感じました。


 午前2時を過ぎました。


 河川敷を出た僕は、小学生のときに遊んだ原っぱの前に来ました。


 僕はここで仲間と、学校の帰りにドッジボールをしました。近くのイスに腰かけて当時を思い出したら、妙にしんみりとしました。


 歩き疲れた僕は、家に帰ることにしました。


 「もう大丈夫」


 こう思えるほどの気持ちになれたので、踵を返しました。


 ただ、引き返すやいなや僕の目に、新聞配達をする男性の姿が飛び込んできたのです。


 「あれっ。あの人、どこかで見たことがあるな……」


 僕の足が止まりました。


 その初老の男性は、アパートのポストに新聞を入れ始めました。すると思い出したのです、顔を眺めるうちに、記憶を取り戻したのです。


 「あっ、田中のお父さんや!」


 その男性は、僕が小学校のときに同級生だった女の子の父親でした。


 この場所から10分足らずのところに住んでおり、田中の誕生日パーティーを家でしたときに、お世話になったのです。


 僕は、田中と友達でした。


 田中は、とても体の弱い子です。クラスのみんなからいじめられており、友達と呼べるのは、僕を含めた数名だけだったのです。


 ところが、あることを境に、僕は彼女と疎遠になりました。


 そのあることとは、僕の「悪意」にほかなりません。僕は彼女に、人として最低のことをしてしまったのです。


 この記憶を取り戻したとき、帰ろうとする足が止まりました。


 闇を断ち切ったはずの僕の心に、再び、暗闇が差し込み始めたのです。


 中編へ……。



そんなときは夜の散歩ではないか?の考察・前編(携帯読者用)

※2008年・12月21日の記事を再編集

 「ハア、もう死にたい……。なんで俺はいつも選ばれない側の人間なんだろう……」

 僕は今、真夜中に散歩をしています。

 行くあてもなく、心の暗部でひとり、ふさぎ込みながら……。


 これは今から4年前のこと、寒風吹きすさぶ、12月末のお話です。

 僕は当時、仕事がうまくいってませんでした。

 僕は放送作家をしています。大学を卒業してからこの職に就いたものの、数年たったその段階でも、仕事の歯車がまったく噛み合わなかったのです。

 この放送作家という仕事。

 派手なものだとお思いでしょうが、そうではありません。業務は至って地味で、発想力以上に、人付き合いのうまさを問われる職業なのです。

 「偉い人と何回飲みに行ったか」

 これ1つで売れる売れないが決まるといっても、過言ではありません。放送作家にかぎらず、フリーランスで仕事をされている方には身に覚えがあるはずで、人付き合いが苦手な僕は当時、ろくな仕事を与えられなかったのです。

 一方、世慣れている人は、おいしい仕事にありついていきます。僕は後輩に追い抜かれる始末で、惨めな仕事ばかりしていました。

 無論、これは言い訳です。彼らがなんら悪いわけではなく、そういう世界に、自分の意思で飛び込みました。悪いのは僕のほうなのですが、青くて向こうみずだった僕は、そういう生き方についていけません。

 「理想論ばかりを口にする、うっとうしい奴だ!」

 周囲からこんなふうに煙たがられ、仕事の現場で浮いていたのです。

 クリスマスを直前に控えた、ある日のことです。

 仕事を終えた僕は、番組のスタッフと、現場近くの居酒屋に行きました。

 この日は忘年会です。20人近くの関係者が集まっており、若手スタッフが偉いさんにヨイショをしています。

 「ビールのおかわりはどうですか?」

 「僕のモノマネを見てくださいよ!」

 もてはやされる偉いさんの表情は、どこか愉悦に満ちています。

 「こいつらの人生は俺のサジ加減ひとつで決められる」

 彼らの目がそう語っており、テーブルの中央では、放送作家の大先生がふんぞり返っています。

 この人は口答えを許さないタイプで、自分の意見が絶対です。僕はこのタイプの人が苦手で、背に腹は代えられないとはいえ、この人に気に入られようとする行為がどうしてもできなかったのです。

 若い僕は、フリーランスで生きていくための術や覚悟を知りません。

 「人にコビずに仕事をするのがかっこいい」

 こう思っている節があり、周囲から離れてひとり、タバコを吸っていました。

 僕のそばには、仕事のスポンサーさんがくれた紅茶が、ダンボールに入れられて置いてあります。僕はそれを飲みながらボーッとしていたのですが、近くにいる若手スタッフのひとりが、その紅茶がまだ残っているのに、灰皿代わりとしてタバコの灰を入れてきたのです。

 「何してんねん、お前!」

 僕は声を荒げました。

 そいつが確信犯でやったことは間違いありません。人を蔑むような笑みを浮かべて、「あっ、ごめん、まだ残ってたん?」と、イラッとする言葉を返してきたのです。

 「お前、なめてんのか、コラ!」

 僕はつかみかかりました。そいつの胸倉をつかんで押し倒そうとしたのですが、有無を言わさず、周囲が僕を押さえ込んできました。

 「臭いものには蓋をしろ!」

 こう口にするかのごとく、僕の言い分を聞いてくれる者は、誰ひとりとしていないのです。

 「バスコ!謝れ!」

 大先生が僕に謝罪を要求してきました。

 事情を説明しても関係ありません。ことの善悪ではなく、僕という人間に対する好き嫌いだけで、この場のジャッジをくだしたのです。

 僕を見つめるあまたの視線は、悪意に満ちています。その中でも特に僕をげんなりさせたのが、「人の苦しむ姿を見るのは楽しい」という俗の権化。

 なにしろこんな状況において、笑っている奴がいるのです。自分の嫌いな奴が理不尽な理由で苦しむ姿を見て、軽い笑みを浮かべて僕を見ているのです。

 「くだらんわ、ここ!」

 気がつくと、僕は捨てゼリフを吐いていました。ハンガーにかけてあるコートをひんだくり、店を出たのです。

 駅に向かう道すがら、いろいろなことを考えました。

 向こうが悪いとはいえ、時間がたつにつれて、現実に引き戻されます。

 「先生、先ほどはお騒がせしてすいませんでした」

 このひと言さえあれば、もしかすると、なかったことになるかもしれない。「みなさん、仲よくしてくださいよ!」とでも言ってヘラヘラしていれば、また仲間に入れてもらえるかもしれない。

 完全なる正当性の中にも、そんなことを考える自分がいます。プライドを保とうとする自分と、それをかなぐり捨てて面倒を避けようとする自分がしのぎを削り、どうすればいいかわかりません。

 その結果、電車に乗ることができません。このまま家に帰るという行為が、自分が追いかける夢の終焉を告げるかのようで、切符のボタンを押せないのです。

 ひとまず、シャッターの下りた店の軒下に移動しました。

 目を閉じて、暗がりで息をつきました。

 服の内側に染みこんだ汗と、口の中の異様な粘つきが急に意識されます。

 缶ジュースを買って口を潤すと、孤独が遅れてやってきました。身を切るような孤独感に胸を締めつけられ、ショーウインドウに映ったブカブカのコートを着る自分の姿が、なんだか滑稽に思えました。


 翌日のことです。

 僕の携帯電話に、大先生から電話がかかってきました。

 「悪いけど、仕事、はずれてくれるか?」

 僕が現場を離れるよう、命令してきたのです。

 僕は誰よりも誠実に、仕事と向き合っている自負がありました。現場にはいつも1番乗りですし、誰がどう見ても、会議で1番おもしろいアイデアを出しているのは僕。能力も誠実さも1番だったはずなのに、大先生はYESマンが好きで、僕みたいなタイプが嫌いだったのです。

 結局、僕はその仕事を離れることになりました。

 前日の一件で覚悟していたとはいえ、当時の僕は食べていくのに精一杯の身分。1つの仕事を干されると大変で、なにより妙な噂を立てられると、ほかの仕事にも影響してくるのです。

 もう、ワケがわからなくなりましたよ。何を信じればいいのかわからず、精神が袋小路に陥ったのです。

 当時、僕に彼女はいません。話を聞いてくれる友達も少ないです。親にこんなことを相談するわけにもいかず、頼れるものが何ひとつとしてないのです。

 クリスマスイブも、それはもう惨めでした。

 別の仕事の帰りに、ひとり寂しくぶらぶらしていたのですが、楽しそうなカップルや煌びやかな装飾の数々が、この精神状態に追い打ちをかけます。ホームレスを見て、この人よりかはましやな、と考える自分もイヤで、仕事をやめようかな、と本気で考えていたのです。

 家に帰り、部屋にこもりました。

 来年までもう、仕事はありません。将来が不安で、目の前が真っ暗になりました。


 ここでみなさまも、自分の過去を思い出してみてください。

 「自分は強い!」

 こう言い張る人でも、僕のようなことが1度はあったはずです。

 自分の手柄を誰かに横取りされた、周囲に嫌われて人の視線が怖くなった、真面目な自分よりも不真面目な奴のほうが評価された……。社会という魔物に、いろいろと苦労させられたはずです。

 一方、プライベートにおいても、それは同じです。

 恋人を友達に奪われた、30歳を過ぎて彼氏に振られた、信じていた親友が陰で自分の悪口を言っていた……。人間という魔物に、いろいろと泣かされたはずです。

 「そんなとき」は、誰にだってあるのです。何をしてもうまくいかず、そんな自分を客観的に見て気が滅入ることが……。

 これは、「人間という職業病」です。人間をやっているかぎり、どの場面にも光と影がつきまとうのです。

 人生を生きるのは簡単でも、「生き抜く」というのは非常にシビアです。あらゆる場面に、残酷なまでの競争原理が働くからです。

 人間は、選ばれる側と選ばれない側とに分かれます。自分が選ばれるかどうかが、露骨なまでに人生の充実度を左右するのです。

 仕事しかり、恋愛しかり。積み重ねてきた努力が、どうにもならない何かによって、帳消しにされることがあります。「がんばる」という手触りのない精神論を信じて前に進んでも、突然現れた「不条理」というジョーカーによって、選ばれない側にされてしまうのです。

 そのときの僕は、選ばれない側の人間でした。仕事においてもプライベートにおいても選ばれず、その日の僕は、無理矢理お酒を飲んで眠りにつきました。

 迎えた、翌日。12月25日、クリスマス当日のことです。

 僕は1日中、部屋にこもっていました。

 何かほかの仕事はあるかな……。カップルは今ごろ楽しそうにしているんだろうな……。

 このような後ろ向きなことばかりを考えて、布団から出られません。

 疎外感、劣等感、虚無感……。たくさんのマイナスの感情が「孤独」という精神を形作り、何かをしようとする気力を奪ってきます。

 携帯電話の電源は切っています。人と接すること自体がストレスに感じるからです。

 新しい仕事の誘いでも、現場で再び疎外感を感じるかもしれない。仲間からの遊びの連絡でも、人生に充実している仲間を見て、劣等感を感じるかもしれない。自分の内面を悟られないように、妙に明るい口調を演出する自分を見て、電話を切ったあとに自己嫌悪に陥るかもしれない。

 すべての人が自分にストレスを与えてくるようで、その感覚は、親に対しても同じです。

 唯一の味方であるはずの両親でさえ、いつもとは違った見え方がします。親のやさしさをどこか疑った目で見てしまうなど、極度の人間不信に陥ってしまったのです。

 僕は食事もせず、部屋にこもりました。気がつくと夜になっていたのですが、あるとき、ふと、「近所を散歩しよう!」と思ったのです。

 なぜそう思ったのかは、今でもよくわかりません。夜の引力に引っ張られた、という感じで、気がつくと、外着に着替えて家を出ていたのです。

 そして、そんな追い詰められた僕を救ってくれたのが「夜の散歩」であり、「夜の人」だったのです。

 その日、僕は不思議な体験をしました。

 不思議といっても、超常現象などではありません。選ばれなかった僕に、勇気を出したご褒美として、神様がとびっきりのクリスマスプレゼントをくれたのです。

 そこで今回は、「そんなときは夜の散歩ではないか?」の考察・前編です。

 時刻は午後11時をまわっています。

 厚手のコートを羽織った僕は、行くあてもなく、北に向かって歩き始めました。

 夜の冷たい空気が、僕の体を包み込みます。刺すような冷たい風が無情なまでにビュンビュンと吹きつけ、体の芯まで冷えてきます。

 この辺り一体は、田んぼが残る田舎です。田畑の向こうにポツンと道路の街灯が見え、街灯の下では、カップルがイチャついています。

 腹立つわ……。俺がこんなにも苦しんでるのに、なんでこいつらはこんなにも幸せそうに……。

 田畑を抜けて、街に出ました。

 コンビニの前に来ると、今度は学生が楽しそうにしています。柔和な表情で、旅行の計画を立てているのです。

 腹立つわ……。こいつら、何の悩みもないんやろな……。

 20代も半ばになったというのに、僕はまだ、学生気分を引きずっています。学生を見るとうらやましくて、その輪の中に入りたい、という衝動に駆られるのです。

 目に入る人、すべてが敵に見えてきました。僕はタバコを吸いながら歩き、火がついたままのタバコを、学生の近くに投げ捨てました。

 時間を追うにつれて、一段と寒くなってきました。

 吐き出す白い息が、黒々とする空間の中で映えます。白と黒の対比がどこか鮮やかで、同時に、どこか寒々しく感じられました。

 しばらくして、商店街のアーケードの前に来ました。

 眼前に現れた聖夜を祝う装飾品の数々は、例外なく、どれも強烈な原色です。

 「お前みたいな奴は来るな!ここは人生の負け組が来るようなところと違うから!」

 入り口に飾られたブルーやオレンジの電球を見ると、こう言われているような気がしてなりません。

 夜の街は、波打つイルミネーションで着飾っています。放たれる光が心の暗闇でふさぎ込む僕には眩しく、足が前に進みません。

 僕は道を迂回して、人の少ない裏通りに出ました。

 ここでも、妙な被害妄想は消えません。笑みを浮かべて歩く人が目に入ると、自分が笑われているような気がするのです。

 どこかで笑い声がしようものなら、体がビクッと反応します。自分が笑われていないことを確認するために、わざわざ声のするところまで行きました。

 10分ほど歩いて、幼稚園の前に来ました。

 この幼稚園には、公園が併設されています。隅に倒れている壊れたバンビのイスが目に入ると、目頭が熱くなりました。

 中央には、ピカピカのキリンとゾウがいます。隅に追いやられたバンビを見ると、世間からつまはじきにされた自分のように思えたのです。

 僕は、ネットの隙間に手を通しました。バンビを立てようとしたのですが、いくら立てても倒れます。片脚がもがれており、努力ではどうにもならないのです。

 日付けが変わりました。

 僕はあてもなく街をさまよい、しばらくして、大きな幹線道路の下に来ました。

 この道路沿いには、たくさんの車が停車しています。カップルが車を停めて、中でイチャついているのです。

 聞きたくもないのに、女性の荒い息遣いが聞こえてきます。今の僕にはあまりにも酷で、厭世感に心が支配されて、自分を見失ってしまったのです。

 そこで一夜のアバンチュールを求めて、たまたま目に入ったバーに入りました。

 クリスマスだというのに、中は閑散としています。僕はカウンター席に座り、飲んだこともないくせに、「ドライマティーニ」と当たり前のように注文しました。

 僕の3席隣に、1人の女性が座っています。

 ですが、いかんせん、僕は下戸です。マティーニを少し飲んだだけで、顔が真っ赤なのです。

 思いのほかアルコールが強く、無理して二口、三口と口にしたものの、もう限界。ものすごい被害妄想に遭っていることからも、バーテンが笑おうものなら、かっこをつけた自分を見透かされているような気がして、急に居心地が悪くなってきたのです。

 なにより、お酒の力を借りても女性に声をかける勇気のない自分が、心底、イヤに思いました。自分の気の弱さが情けなくて、感情が高ぶって涙があふれてきたのです。

 もう、何なん、俺……。なんで俺はこんなくだらない人間なんだろう……。

 居心地の悪さに耐えられなくなった僕は、店を出ました。

 吐き気を催して、近くの電信柱で吐きました。

 当たり前ですが、背中をさすってくれる人などいません。

 「俺の知り合いで、こんなときに背中をさすってくれる親友は何人いるだろうか……」

 意味もなくこんなことを考え、該当する親友が片手ほどもいない自分の境遇が惨めに思えて、胃の中に入っていたものを全部、吐き出しました。

 風が強くなってきました。

 叩きつけるような冷たい風が、コートの厚みを無視して僕の体を襲ってきます。地球に斬られるかのようで、心がますます冷え込んできました。

 ふと立ち止まって見た駅のホームからは、音が消え去っています。わびしさという心象を具現化したようで、物体としての重みが感じられません。

 ただただひっそりと、暗闇にたたずんでいるだけです。その存在が感じられず、同時にそこに、何の価値も見い出せません。

 僕の網膜に、重みのない鈍い景色が残りました。電車が走らなくなった線路を横切るとき、どこか怖くなって、歩くスピードを速めました。

 20分ほど歩いて、歩道橋の前に来ました。

 時計の針は1時をまわっています。階段を上り、休憩がてら歩道橋の上から周囲を見渡したところ、漆黒に身を預ける鉄のかたまりが魔物のように思えました。

 禍々しいばかりに黒々とした闇の中を、のしかかるようにしてビルが林立しています。見上げた星空が輝く一方で、そこと対をなす社会という空間を見たとき、僕の心の変調に拍車がかかったのです。

 あー、働きたくない……。学生時代に戻って自由を謳歌したい……。

 社会人として絶対に考えてはいけないことを、当たり前のように考えていました。歩道橋を下りられなくなり、階段にうずくまったのです。

 5分、10分たっても、その場を動けません。地面に1歩下りた瞬間から、魔物である社会と戦わなければならないような気がして、足が動きません。

 何気に投げた視線の先に、1人のサラリーマンがいました。

 クリスマスだというのに、残業だったのでしょう。疲れていて当然なのですが、彼の足取りは重くありません。軽い足取りで家に向かい、玄関口で奥さんらしき女性が出迎えてくれたのです。

 ふと周囲に視線を巡らすと、ほかにも仕事帰りのサラリーマンがいます。誰もがくたびれた様子も見せず、足早に僕の前を立ち去っていくのです。

 サラリーマンってすげえ……。社会人ってすげえ……。

 この感覚で星空を見上げると、瞬間的に前向きな気持ちになれます。それを何度もくり返しているうちに、僕は1つの思いに支配されました。

 「こんな怖い社会でも、たくさんの人ががんばっている」

 サラリーマンしかり、商売人しかり、日々、世の不条理に耐えて社会と戦っています。もっと言えば、僕よりも弱く、はるかにつらい立場の人たちが、弱音も吐かずにがんばっているのです。

 とりわけ身近な存在である、僕の父親です。

 僕の父親は貧しい家庭に生まれながらも、奨学金を使って大学を卒業し、それなりの会社に就職しました。そして40年間、1つの会社を勤め上げ、60歳を過ぎた今でも、社会人として働いているのです。

 なのに俺は……。仕事を1つぽしゃったぐらいで何を泣いてるんや……。

 この当たり前の事実を、僕は言葉ではなく、体で受け止めました。

 するとランナーズハイにも似たアドレナリンが、体中に噴き出し始めました。

 散歩をしたことで、僕の体は疲れています。スポーツをしているときに感じる、とりわけ、スポーツを終えたあとに得られる「あの感じ」になれたのです。いろいろなことを考えながら答えを求めて歩いているうちに、正しいであろう正解と興奮を覚える肉体とがマッチして、急に前向きになれたのです。

 指に挟んだタバコが、いつのまにかフィルターの前で燃え尽きていました。

 僕は歩道橋を脱出しました。

 俄然、目に入る景色が変わってきました。怖くて仕方がなかった鉄のかたまりが、何のことはない、普通の鉄筋コンクリートに見えてきたのです。

 10分ほど歩いて、母校である、高校の前に来ました。

 この男子校には、たくさんの思い出があります。修学旅行でバカ騒ぎをしたこと、スポーツで汗を流したことなど、仲間と苦楽をともにしたことが、この箱の中にたくさん詰まっています。

 そして生きていないと、そのような楽しいことは味わえません。つらいことこそあれ、そういう時間を過ごしたくて、僕らは働きます。思い出があるからこそがんばることができ、より楽しい思い出を探して、僕らは社会に出るのです。

 校舎の前の道路を渡り、河川敷に移動しました。

 中学時代、僕は陸上部に在籍していました。1番になりたくて、ここでいつも練習していました。

 久し振りに、当時を思い出して走りました。

 寒いながらも上着を脱ぎ、全速力で駆けます。500メートル、1キロと距離を稼ぎ、すぐに息は上がったものの、「走ることってこんなにも楽しかったのか」と思えて、不思議と苦しさは感じられません。

 走り終えて、その場に倒れ込みました。

 「ハアハア、ハアハア」

 荒れた呼吸が、むしろ心地いいぐらいです。枯れ草に覆われた地面から空を見上げると、夜の闇が僕を優しく包み込んでくれるのです。

 暗闇が心に落ち着きを、静寂が五感すべてに休息を与えてくれます。目を閉じて大の字に寝転ぶと、夜そのものに抱きしめられるかのような気がします。

 唇が生気を宿し、熱を帯びていくのを感じました。

 午前2時を過ぎました。

 河川敷を出た僕は、小学生のときに遊んだ原っぱの前に来ました。

 僕はここで仲間と、学校の帰りにドッジボールをしました。近くのイスに腰かけて当時を思い出したら、妙にしんみりとしました。

 歩き疲れた僕は、家に帰ることにしました。

 「もう大丈夫」

 こう思えるほどの気持ちになれたので、踵を返しました。

 ただ、引き返すやいなや僕の目に、新聞配達をする男性の姿が飛び込んできたのです。

 「あれっ。あの人、どこかで見たことがあるな……」

 僕の足が止まりました。

 その初老の男性は、アパートのポストに新聞を入れ始めました。すると思い出したのです、顔を眺めるうちに、記憶を取り戻したのです。

 「あっ、田中のお父さんや!」

 その男性は、僕が小学校のときに同級生だった女の子の父親でした。

 この場所から10分足らずのところに住んでおり、田中の誕生日パーティーを家でしたときに、お世話になったのです。

 僕は、田中と友達でした。

 田中は、とても体の弱い子です。クラスのみんなからいじめられており、友達と呼べるのは、僕を含めた数名だけだったのです。

 ところが、あることを境に、僕は彼女と疎遠になりました。

 そのあることとは、僕の「悪意」にほかなりません。僕は彼女に、人として最低のことをしてしまったのです。

 この記憶を取り戻したとき、帰ろうとする足が止まりました。

 闇を断ち切ったはずの僕の心に、再び、暗闇が差し込み始めたのです。

 中編へ……。

木下さんは何者か?の考察~ベスト版⑥~(パソコン読者用)

※過去の木下さんの記事をごちゃ混ぜにして再編集


 先日のことです。


 僕は隣町にあるデパートに行くため、原付きに乗って家を出ました。


 50メートルほど走ったところで、信号が赤になりました。この信号は異常に長く、2分近くも待たされます。僕はタバコを吸うことにしたのですが、僕の2台前の車の隣に、原付きに乗った近所のおじさんを発見したのです。


 このおじさんも、信号に待ちくたびれています。それを証拠に、真横のガードレールに左足を載せているのです。


 知り合いとはいえ、わざわざ前に行って話しかけるのは面倒くさいです。僕はタバコを吸いながら、おじさんの後ろ姿を眺めていたのですが、おじさんのスリッパが脱げたのです。


 足をバイクに戻した拍子にスポッと脱げ、ガードレールの下に落ちました。「何してんねん……」と思いながらも信号が青になったので僕は原付きを走らせたのですが、このおじさん、落としたスリッパに気づかずにそのまま走り去ったんですよ!


 なんでやねん、お前!気づくやろ、普通!どう考えても足の裏が冷たくなって気づくやろ!


 100歩譲って、靴下を履いてたら、まだわかりますよ。ですがこのおじさんは素足で、片足が裸足のまま、何食わぬ顔で走り去ったのです。


 「おっちゃん、スリッパ!」


 僕はこのおじさんに追いついて、声をかけました。


 するとこのおじさんが、ポカーンとした表情で、僕にこう返したのです。


 「スリッパ?」


 スリッパや!お前のその左足、完全に素足やろ!ていうか今、素足で地面に足つけてるやろ!


 「スリッパが片方脱げたで!」


 「片方?」


 どこ訊くねん、お前!「片方」の話してるんと違うわ!スリッパの話をしとんねん!


 まったく気づいていないのです。何か考えごとをしていたのかは知りませんが、僕に言われなかったら、気づかずにそのまま進むところだったのです。


 このおじさんの名前は、木下さん。僕の近所に住む、「天然の天才」なのです。


 日ごろからおかしなことを連発し、つい先日も酔っ払って僕の家に来るやいなや、「松井(秀喜)にノーベル賞をやるべきや!」と叫んだのです。


 意味わからん!何かそれらしいことしたっけ、あいつ!?


 「ゴジラこそノーベル賞にふさわしいわ!」


 やかましいわ!ていうか、何賞!?平和、物理、化学といろいろあるけど、どれ!?平和賞をあげたくても、ゴジラのあいつは平和とは真逆やぞ!


 とにかく、おかしいのです。同じ人間とは思えない、奇人中の奇人なのです。


 そこで今回は、「木下さんは何者か?」の考察~ベスト版⑥~です。


 木下さんは、うちの母親の同級生で64歳。ボロボロの自転車屋を経営し、奥さんとの共働きで、僕の小学校の同級生の息子(サラリーマン・既婚)と娘(フリーター)がいます。


 このプロフィールを踏まえていただき、以下、木下さんにまつわるエピソードをご紹介します。信じがたいお話ばかりなのですが、すべて実話です。


検証エピソード①『本棚』
 木下さんの家はボロボロです。阪神淡路大震災のとき、僕の近所は家屋の大きな被害などなかったのに、木下さん
の家だけが壊れました。それも、「これ、ドリフか?」というぐらいの壊れ方で、四方の壁が外側に倒れたのです。


 倒れた壁をもとに戻したものの、余震で再び、壊れました。薄い壁が4枚あるだけなので、震度4にもなると壊れます。今でこそ、壁を強化して見られるレベルにはなったものの、昔の木下さんの家は、「大きめの犬小屋」と表現しても差し支えない代物でした。


 僕が小学生のときのことです。


 地域の民生委員をやっている僕のおじいちゃんが、近所の県民住宅に空きができた、という情報を仕入れてきました。


 県民住宅は、家賃が安いです。貧しい木下さんの家でも、少し無理したら入れるレベルの金額だったので、木下さん一家は申し込むことにしました。


 ですが、県民住宅に入れるかどうかは、抽選で決まります。


 僕の地域には、貧しい人が多いです。これを機に殺到したため、5倍以上の倍率になってしまったのです。


 抽選当日、暇だった僕はおじいちゃんに連れられて、抽選会場である近所の公民館に向かいました。現場には木下さんの家族はおらず、木下さんだけがいました。


 木下さんは興奮しています。この日に至るまで、「やっと風の入り込まない家に住める!」「子供に自分の部屋を与えられる!」と意気込んでいたほどで、鼻息が荒いです。僕は「がんばれよ、おっちゃん!」と肩を叩き、おじいちゃんと並んで近くのイスに座りました。


 抽選は、筒に入ったヒモを引きます。20人ほどで一斉に引き、色のついたヒモを引いた人が当たりです。


 「じゃあ、そろそろ行きますよ!『一斉のーで!』で引いてくださいね!」


 実行委員の金子さんの立会いのもと、みんなが一斉にヒモをつかみました。


 木下さんは、興奮で顔がプルプルとしています。見ていて怖いぐらいなのです。


 「じゃあ行きまーす!一斉のーで!!!」


 みんなが一斉に、ヒモを引きました。木下さんは手を震わせながらヒモを引いたのですが、結果はハズレ。木下さん一家は、またあのボロ小屋に住むことになったのです。


 「これ、ズルしてないか!?金子さん、これ、ズルしてないか!?」


 抽選にハズれた木下さんが、声を荒げました。


 「ふざけんなよ!この中で、俺の家が1番貧乏やろ!」


 かんしゃくを起こし、ヒモを床に叩きつけたのです。


 慌てた僕とおじいちゃんは、木下さんのもとに向かいました。木下さんは、「ふざけんなよ!」と叫んで近くの本棚を殴りつけたのですが、本と雑誌に圧迫されて手が抜けなくなったんですよ!


 死ぬほどかっこ悪いやんけ、こいつ!キレてんのにめちゃくちゃかっこ悪いやんけ!


 しかも手を抜こうとした反動で、棚の本がおもいっきり倒れてきたんですよ!威勢こそいいものの、木下さんの頭上に次から次に本が降ってきたのです!


 「ふざけんなよ!」


 お前が1番ふざけてんねん!何をおいてもお前のやってることが1番ふざけてんねん!


 木下さんが挟まっているあいだに、ほかの人たちは帰りました。金子さんが「あとで連絡するから今のうちに帰って!」と指示を出し、残されたのは手が挟まった木下さんと、それを助ける僕とおじいちゃんだけだったのです……


検証エピソード②『こどもおぢばがえり』
 「こどもおぢばがえり」という、天理教の催しがあります。小学生が参加する体験学習のことで、毎年夏になると
、天理教の子供たちが奈良に行きます。


 日程は3泊4日。僕の家は天理教ではないものの、友達(山田君)が天理教だったため、一緒に連れて行ってもらいました。小学校4年生から6年生までの3年間、僕と山田君、そして木下さんの息子を含めた3人で、おぢばがえりに参加していました。


 参加するのは子供だけです。付き添いで親も参加できるのですが、親たちで話し合った結果、「子供をたくましくする!」というコンセプトのもと、僕ら3人だけで参加させられました。場所は奈良なので家からは遠く、現場までは親が付き添い、最終日に再び迎えに来てくれることになりました。


 ところが、僕が小学校6年生のときに、木下さんがついてきたのです。


 「俺も参加したい!」


 予約していなかったのに、奈良の駅に着くやいなや、わがままを言い出したのです。


 木下さんは、遠出をしたことがありません。地元の兵庫以外に、京都と大阪にしか行ったことがないのでムラムラしたのでしょう。結局、無理言って急遽エントリーしてもらい、僕らは4人で行動することになりました。


 とはいえ、木下さんは大人です。子供だけで遊ぶ行事には参加できず、その場合、イベント係の1人として、仕事を手伝うことになりました。


 2日目のことです。


 この日の夜に、「ナイトプール」と題して、夜の8時からプールで遊ぶことになりました。


 暗闇の中、ライトが照らされます。特殊な照明でプール全体に虹を作ってくれることから、誰もが大はしゃぎなのです。


 一方、大人の木下さんは、係の仕事を手伝っています。ロッカーの使い方を子供に教えたり、プールにイルカを投げたりと、珍しくがんばっています。僕らは、「楽しいか?」と訊いてくる木下さんに言葉を返しながら、プールで遊んでいました。


 ナイトプールは、9時に終了します。すると終了直前、プールの電気が消えたのです。


 周囲は真っ暗。子供たちは、「何、これ?」「停電か?」と騒ぎ始めたのですが、これはドッキリです。サメのかぶりものをしたイベント係が、ジョーズのテーマ曲に乗って子供たちに近づいてきます。20人を超すサメが群れを

なし、「♪デーデン デーデン」と近づいて子供たちを驚かすのです。


 僕らは毎年来ています。このことを知っており、「また、これか……」と、斜に構えてプールの端にいました。


 ほどなくして、ジョーズのテーマが流れ始めました。


 プールに浸かったサメ軍団がゆっくりと近づいてきたのですが、ふとプールサイドを見たところ、1人だけサメのかぶりものをかぶれず、あたふたしている奴がいます。どのサメも、もうプールに入って進んでいるのに、1人だけアゴの下のバックルがはまらず、焦っているのです。


 そう、木下さんです。


 このかぶりものは、ヘルメットの上に、手作りしたサメの尾ヒレをくっつけています。木下さんだけがバックルが届かずに焦っており、ジョーズのテーマは、すでにガンガンに鳴っています。「♪デンデンデンデン、デンデンデンデン……」あたりまで行き、サメ軍団が子供を襲い始めたのです。


 子供は、はしゃぎ倒しています。


 「ガブリ!」


 「キャー!」


 こんなふうにサメと戯れる中、木下さんがかぶりものをあきらめました。両手をそろえて頭の上に載せ、手で尾ヒレを作りながらプールに向かって走り始めたのですが、頭から飛び込んだ瞬間、音楽が止まって電気ついたんですよ


 終わったんですよ!木下さんが飛び込んだ瞬間、ショーが終わったのです!


 何なん、お前!ていうか、手で尾ヒレ作っても、飛び込むときに手を前に出したらそれまでの尾ヒレは意味ないやろ!やるんやったら飛び込んでからにせいや!


 「おらー!サメやぞー!」


 もう終わってるから!もうそんな空気と違うから!


 「♪デーデン!デーデン!」


 口で言うな!で、お前は尾ヒレがないからただのオッサンやろ!サメでもなんでもない、ただの頭おかしいオッサンやろ!


 木下さんの息子なんて、顔が引きつってましたからね。「お父さん、シャレにならんわ……」とばかりに、すぐにプールを出て行きましたから。


検証エピソード③『ピザ』
 今年の4月に、僕の姪っ子が小学校に入学しました。幼稚園を卒業する記念に、3月の末に、僕の両親と姪っ子の
3人で、温泉旅行に行きました。


 僕は、家で留守番です。家には僕しかおらず、僕はその日の昼すぎ、台所でカップラーメンを食べていました。


 しばらくして、木下さんがやってきました。


 この日は日曜日です。休日に木下さんが来ることはめったになく、事情を訊くと、木下さんの家も誰もいないらしいのです。


 奥さんと娘さんが出かけたために、晩ご飯がありません。かわいそうに思った僕は、この日の晩に、宅配ピザを頼んであげることにしました。


 「おっちゃん、今日の晩、ピザを取ったるわ!俺ら2人分で、3000円以内やったら何を頼んでもいいよ!このチラシを見て、好きなピザを選び!」


 僕はこう言って、木下さんにチラシを渡しました。


 木下さんは大喜び。「えっ、いいの?」と目を輝かせ、チラシを見始めました。


 木下さんは、宅配ピザを食べたことがありません。僕はチラシを見せながら、「Lが大きい奴で、Mが小さい奴な。ピザ以外にもパスタやフライドチキンもあるから……」と、丁寧に説明しました。木下さんも僕の説明を理解してくれたので、僕は仕事をしに、2階の部屋に戻りました。


 20分後。


 便意を催した僕は、用を足しに、階段を下りました。すると便器に座った僕の耳に、台所から、妙な独り言が聞こえてきたのです。


 「ピザ、いやスパゲティーかな。でも、3000円やろ?3000円やったら、ピザの大きいほうを頼んだらスパゲティーは食べられへんやろ?」


 木下さんは何を注文するかを決めるべく、1人で「注文会議」を開いているのです。もう1人の自分と、「じゃあ訊くけど、コーラとピザは合う?合わへんやろ!?それより、チラシの下に割引券が付いてるけど、これを使って3000円ってことかな?たぶん、そうやろ!」とガンガンにしゃべっているのです。


 どういうことやねん、お前!ていうか、コーラとピザはめちゃくちゃ合うやろ!


 「(口をペチャクチャしながら)うん、このピザは悪くない!」


 エア味見!?ちょっと待って、エア味見してんの!?


 「でも、ちょっとからくないか、このピザ?」


 なんでわかんねん、からさ!写真からどう伝わってくんねん!


 「3000円か。たけちゃん、5000円、出してくれへんかな?」


 やかましいわ!ぜいたく言うな、ボケ!


 「たけちゃんに5000円にしてもらえるかどうか、訊いて見いひん?いや、それは失礼やからやめとこうや!失礼やろ、お前!そんなこと訊けるわけないやろ!」


 誰にキレてんねん!キレてるほうもキレられてるほうもお前やろ!


 怖くなった僕は、台所に行って、木下さんを問いただしました。


 「おっちゃん、何やってんの、さっきから?」


 「そりゃピザは楽しみやから、会議のひとつもするよ!」


 このようにワケのわからないことを言って、再びチラシを見始めました。僕はどこか腑に落ちないながらも自分を納得させ、部屋に戻りました。


 2時間後。仕事がひと段落ついたので、僕は紅茶を作りに台所に向かったのですが、木下さんがまだ会議してたんですよ!


 まだぶつぶつ言っているのです!勢いは衰えることなく、「ピザ、いやスパゲティーかな」とガンガンに口にしているのです!


 ギネス載るぞ、その独り言!で、ピザかスパゲティーかの言い合い、俺は2時間前に聞いたぞ!それぐらいはもう決めとけよ!


 「チキンナゲットも捨てがたくないか?ペチャクチャペチャクチャ。やっぱりここのチキンナゲットは捨てがたいわ!」


 なんでおいしいかどうかわかんねん!で、エア味見自体がおいしいんやったら、もう食わんでええやろ!それで腹を膨らましとけ、お前は!


 僕は怖くなりました。これ以上やらせると、木下さんが「あっちの世界」に行きそうな気がします。強制的に会議を終わらせることにしました。


 「おっちゃん、電話で予約して6時に持ってきてもらうから、今すぐに何を頼むか言ってくれ!」


 僕が指示したところ、木下さんがこう答えたのです。


 「うーん。じゃあ、マヨジャガのL!」


 1番ベタな奴やんけ!そんな会議開かんでも最初に浮かぶ奴やろ、そのピザ!


 「それと、タバスコ!」


 チキンナゲット頼めや!300円余ってんやったら、お前の好きなチキンナゲット頼めるやろ!散々会議しといてそれかいや!


 恐ろしすぎてこのあと、僕は食べる気がしなかったですよ。なにより、木下さんがバクバク食べたせいで僕は3枚しか食べられず、結局、僕はカップラーメンを食べましたから。


検証エピソード④『太極拳』
 1ヶ月ほど前に、僕の近所に、太極拳の教室ができました。


 講師は、木下さんの友達です。木下さんはタダで通わせてもらい、黒い太極拳の服まで、タダでもらいました。


 最近では、その服を身にまとって、僕の家にやってきます。自分が習得した技を披露したくて、頼んでもいないのに、強引に見せてくるようになったのです。


 ですが、太極拳は地味です。動きは遅く、見せられても、「だから、何?」としか言いようがありません。ラジカセで音楽を鳴らしながら体をくねらせたものの、僕ら家族は冷たくあしらっていました。


 木下さんは、人に教えたくて仕方がありません。なかでも子供に教えたいらしく、子供が夏休みなのをいいことに、近くの公園で1人、技を披露し始めました。「アチョー!」と叫んで興味を引こうとしたり、子供に近づいて技を披露したのですが、まったく相手にされません。


 先日のことです。


 太極着を身にまとった木下さんが、僕の家に来ました。今日も子供に相手にされなかったらしく、ヘコんでいるのです。


 僕は手に、ソフトクリームタイプのアイスクリームを持っています。そこで、「これを舐めながら踊ってみ!子供がおもしろがって寄ってくるわ!」と提案しました。


 言われた木下さんは、アイスクリームを手にしました。そして音楽を流し、「♪テテテテ、テテテテ、テテテテテン、ペロッ!テテテテ、テテテテ、テテテテテン、ペロッ!」と、曲の1小節終わりに1回舐めるという、愉快な踊りを編み出したのです。


 僕は大ウケです。舐めるタイミングがバッチリなことから、見ていてたまりません。木下さんの顔は真剣なことから、真剣な踊りとソフトクリームの緩さとにギャップがきいて、「ネタ」としても完成度が高いのです。


 木下さんは、アイスクリーム片手に家を飛び出しました。僕も一緒に行き、公園で音楽を流しながら踊りを披露したのですが、それでも子供は寄ってきません。僕は、「続けとったらそのうちに寄ってくるわ!」と言って聞かせ、この日は別れました。


 2日後のことです。


 太極着を着た木下さんが再び、僕の家にやってきました。ですが、この2日間も、子供が寄ってくることはなかったらしいのです。


 木下さんは、食パンを手にしています。アイスクリームが高いため、今日から安い食パンに変えるらしく、実際に披露してもらったところ、パンをかじるタイミングはバッチリ。アイスクリーム同様に、「♪テテテテ、テテテテ、テテテテテン、パクッ!」と、流暢にパンを噛む感じがたまらないのです。


 「おっちゃん、これは大丈夫やわ!今度は大ウケやで!」


 僕は木下さんを励まし、2人して公園に移動しました。


 この日は、いつもよりも子供が多いです。電線にはたくさんのカラスも止まっており、大勢のギャラリーがいます。


 木下さんは、足元にラジカセを置きました。軽く準備運動をして、大きく深呼吸をしました。ラジカセのスイッチを押し、子供の目を見ながら食パン片手に体をくねらせ始めたのですが、それでも子供は寄ってきません。


 見かねた僕は、子供のところに行って、声をかけました。


 「あのおっちゃんに、太極拳を習わへん?」


 ですが、子供は首を縦に振りません。パンをかじる木下さんを見て笑ってはいるものの、一向に近寄ってきません。仕方なく僕はあきらめることにしたのですが、ふと木下さんを見たところ、子供はまったく寄ってこないのに、食パン目当てにカラスが寄ってきたんですよ!


 誰に寄られとんねん、お前!どんな人気を獲得しとんねん、お前は!


 2羽のカラスが、木下さんの頭上を行ったり来たりしてるんですよ!警戒しながらも近づき、カーカー鳴きまくっているのです!


 お前、やっと寄ってきたかと思ったらカラスかいや!アドバイスした俺も浮かばれんぞ!


 「♪テテテテ、テテテテ、テテテテテン、カーッ!」


 カラス入ってきた!カラスがセッションしてきた!妙なバンドが結成された!


 近くで見ていた僕は、笑いが止まりませんでした。カラスをよけながら、なおも食パンをかじり続ける木下さんを見て、本気でちびりそうになりましたから。


検証エピソード⑤『こどもおぢばがえりⅡ』
 おぢばがえり、初日の夜のことです。


 初日を締めくくるのは、恒例のパレードです。F1のサーキット会場のようなひな壇に座り、前にやってくるパレードを観ます。電球で彩られた煌びやかな乗り物が次々にやってくるので、僕らは興奮せずにはいられません。


 木下さんも終始、興奮しています。


 「またすごいのが来た!」


 「うおー!今のが1番すごいと思ったけど今度のほうがすごいわ!」


 こんなふうに、吠えまくっているのです。


 途中から、「尼崎から来たよー!」と叫び始めました。やってきたパレードに向かって、「尼崎から来たよ!」「聞こえてるか?俺らは尼崎から来たよ!」と、手を振りながら尼崎を連呼しました。


 パレードが終わって、宿舎に戻ることになりました。


 宿舎の入り口には執行委員が並び、僕らを出迎えてくれます。


 「お帰りなさい!」


 「『おぢば』にお帰りなさい!」


 こんなふうに声をかけ、言われた木下さんが、「ただいま!アマ(尼崎)から来たよ!」「今年もアマから帰って来たよ!」と、ここでも尼崎を連呼しました。


 3日目のことです。


 宿舎で朝ご飯を食べた僕らは、近くにある、大きな広場に向かいました。


 この広場は各ブースに分かれ、たくさんのイベントが行われています。ヒーローショー、ちびっこ相撲など、子供相手のイベントが行われており、僕らは「大声コンテスト」に参加することになりました。


 大声コンテストは、ステージに上がります。中央に備えつけられたマイクに向かって叫び、機械が大きさを計測するのです。


 叫び終わりには、司会者の女性と、軽くトークをします。


 「どこから来ましたか?」


 「~と叫ばれてましたが、相当、ストレスが溜まっているみたいですね!」


 司会者の軽妙なトークで盛り上がり、ステージの前には大勢の観客が座っています。素人参加のちょっとしたショーになっているのです。


 僕らは、ステージの袖に並びました。僕らの前の参加者は、「勉強をがんばりまーす!」「おぢばがえり、最高ー!」と叫び、1人の大人が「部長、死ねー!」と声を張り上げて、会場の笑いを誘っていました。


 やがて、僕らの番になりました。


 ステージに上がるため、僕はドキドキしています。僕は前の参加者をマネて、「おぢばがえりは楽しいー!」と叫んだのですが、僕の後ろの木下さんが、めちゃくちゃ高い声で「奈良ーーー!」と叫んだのです。


 何言ってんねん、お前!現地名を叫んだところで何があんねん!


 最後の山田君が叫び終わり、司会者と話をすることになりました。


 並びは、左から山田君、木下さんの息子、僕、木下さんの順です。山田君の左側に司会者が立って、順番にマイクを向けます。


 まず、「年はいくつですか?」と訊かれました。僕らは「12歳です」と口をそろえたのですが、木下さんが司会者が向けたマイクに向かって、「よんじゅうよん!!!」と叫んだのです。


 木下さんはテンションが上がりすぎて、まだ大声コンテストをやっています。「ここでも大声を出さないと!」と勘違いして、「よんじゅう、よーーーん!!!」と叫んだのです。


 何考えてんねん、お前!で、お前は43やろ!「逆サバ」なんて聞いたことないぞ!


 司会者は、びっくりしています。


 「こ、こちらの方、元気がいいですね!」


 こう返し、「みなさんはどういうご関係ですか?」と訊かれたので、僕が「友達同士です」と答えました。すると、僕のあとにマイクを向けられた木下さんが、「この子たちの、おとうさーーーん!!!」と叫んだのです。


 勘弁してくれよ、おい!で、俺はお前の子供と違うわ!いくら金積まれても断るわ!


 客席はドン引きです。先ほどこそ笑っていたものの、「頭のおかしい奴が紛れ込んでる……」とばかりに、ざわめき始めたのです。


 司会者も焦っています。このあと震えた声で「さ、先ほど、奈良と叫ばれていましたが、地元の方ですか?」と、木下さんに訊きました。すると木下さんは「待ってました!」とばかりに大きく息を吸い込み、会場全体に響き渡る大声で叫んだのです。


 「アーーー、マーーーーーー!!!」


 死んだらええねん!ほんまに死んだらええねん、お前みたいな奴!で、尼崎って言えや!「海女」に聞こえて何のことかわからんやろが!


 しかも叫んだ拍子に5センチ以上の鼻水が出てきたんですよ!鼻に引っついたままの鼻水が、振り子みたいに右に行ったり左に行ったりしているのです!


 これね、1000年以上の歴史を持つ奈良においても、ナンバーワンの変質者やと思いますよ。それを証拠に翌日、おもいっきり雨が降りましたからね。神様が怒ったとしか思えないほど、死ぬほど雨が降りましたから……。



 以上が、木下さんにまつわるエピソードです。


 ちなみに、木下さんがおぢばがえりについてきたのは、43歳のときです。


 現在は64歳で、それから20年の時を経た今でも、木下さんが人生で1番遠出をしたのは、このときの奈良です……。



木下さんは何者か?の考察~ベスト版⑥~(携帯読者用)

※過去の木下さんの記事をごちゃ混ぜにして再編集

 先日のことです。

 僕は隣町にあるデパートに行くため、原付きに乗って家を出ました。

 50メートルほど走ったところで、信号が赤になりました。この信号は異常に長く、2分近くも待たされます。僕はタバコを吸うことにしたのですが、僕の2台前の車の隣に、原付きに乗った近所のおじさんを発見したのです。

 このおじさんも、信号に待ちくたびれています。それを証拠に、真横のガードレールに左足を載せているのです。

 知り合いとはいえ、わざわざ前に行って話しかけるのは面倒くさいです。僕はタバコを吸いながら、おじさんの後ろ姿を眺めていたのですが、おじさんのスリッパが脱げたのです。

 足をバイクに戻した拍子にスポッと脱げ、ガードレールの下に落ちました。「何してんねん……」と思いながらも信号が青になったので僕は原付きを走らせたのですが、このおじさん、落としたスリッパに気づかずにそのまま走り去ったんですよ!

 なんでやねん、お前!気づくやろ、普通!どう考えても足の裏が冷たくなって気づくやろ!

 100歩譲って、靴下を履いてたら、まだわかりますよ。ですがこのおじさんは素足で、片足が裸足のまま、何食わぬ顔で走り去ったのです。

 「おっちゃん、スリッパ!」

 僕はこのおじさんに追いついて、声をかけました。

 するとこのおじさんが、ポカーンとした表情で、僕にこう返したのです。

 「スリッパ?」

 スリッパや!お前のその左足、完全に素足やろ!ていうか今、素足で地面に足つけてるやろ!

 「スリッパが片方脱げたで!」

 「片方?」

 どこ訊くねん、お前!「片方」の話してるんと違うわ!スリッパの話をしとんねん!

 まったく気づいていないのです。何か考えごとをしていたのかは知りませんが、僕に言われなかったら、気づかずにそのまま進むところだったのです。

 このおじさんの名前は、木下さん。僕の近所に住む、「天然の天才」なのです。

 日ごろからおかしなことを連発し、つい先日も酔っ払って僕の家に来るやいなや、「松井(秀喜)にノーベル賞をやるべきや!」と叫んだのです。

 意味わからん!何かそれらしいことしたっけ、あいつ!?

 「ゴジラこそノーベル賞にふさわしいわ!」

 やかましいわ!ていうか、何賞!?平和、物理、化学といろいろあるけど、どれ!?平和賞をあげたくても、ゴジラのあいつは平和とは真逆やぞ!

 とにかく、おかしいのです。同じ人間とは思えない、奇人中の奇人なのです。

 そこで今回は、「木下さんは何者か?」の考察~ベスト版⑥~です。

 木下さんは、うちの母親の同級生で64歳。ボロボロの自転車屋を経営し、奥さんとの共働きで、僕の小学校の同級生の息子(サラリーマン・既婚)と娘(フリーター)がいます。

 このプロフィールを踏まえていただき、以下、木下さんにまつわるエピソードをご紹介します。信じがたいお話ばかりなのですが、すべて実話です。

検証エピソード①『本棚』
 木下さんの家はボロボロです。阪神淡路大震災のとき、僕の近所は家屋の大きな被害などなかったのに、木下さんの家だけが壊れました。それも、「これ、ドリフか?」というぐらいの壊れ方で、四方の壁が外側に倒れたのです。

 倒れた壁をもとに戻したものの、余震で再び、壊れました。薄い壁が4枚あるだけなので、震度4にもなると壊れます。今でこそ、壁を強化して見られるレベルにはなったものの、昔の木下さんの家は、「大きめの犬小屋」と表現しても差し支えない代物でした。

 僕が小学生のときのことです。

 地域の民生委員をやっている僕のおじいちゃんが、近所の県民住宅に空きができた、という情報を仕入れてきました。

 県民住宅は、家賃が安いです。貧しい木下さんの家でも、少し無理したら入れるレベルの金額だったので、木下さん一家は申し込むことにしました。

 ですが、県民住宅に入れるかどうかは、抽選で決まります。

 僕の地域には、貧しい人が多いです。これを機に殺到したため、5倍以上の倍率になってしまったのです。

 抽選当日、暇だった僕はおじいちゃんに連れられて、抽選会場である近所の公民館に向かいました。現場には木下さんの家族はおらず、木下さんだけがいました。

 木下さんは興奮しています。この日に至るまで、「やっと風の入り込まない家に住める!」「子供に自分の部屋を与えられる!」と意気込んでいたほどで、鼻息が荒いです。僕は「がんばれよ、おっちゃん!」と肩を叩き、おじいちゃんと並んで近くのイスに座りました。

 抽選は、筒に入ったヒモを引きます。20人ほどで一斉に引き、色のついたヒモを引いた人が当たりです。

 「じゃあ、そろそろ行きますよ!『一斉のーで!』で引いてくださいね!」

 実行委員の金子さんの立会いのもと、みんなが一斉にヒモをつかみました。

 木下さんは、興奮で顔がプルプルとしています。見ていて怖いぐらいなのです。

 「じゃあ行きまーす!一斉のーで!!!」

 みんなが一斉に、ヒモを引きました。木下さんは手を震わせながらヒモを引いたのですが、結果はハズレ。木下さん一家は、またあのボロ小屋に住むことになったのです。

 「これ、ズルしてないか!?金子さん、これ、ズルしてないか!?」

 抽選にハズれた木下さんが、声を荒げました。

 「ふざけんなよ!この中で、俺の家が1番貧乏やろ!」

 かんしゃくを起こし、ヒモを床に叩きつけたのです。

 慌てた僕とおじいちゃんは、木下さんのもとに向かいました。木下さんは、「ふざけんなよ!」と叫んで近くの本棚を殴りつけたのですが、本と雑誌に圧迫されて手が抜けなくなったんですよ!

 死ぬほどかっこ悪いやんけ、こいつ!キレてんのにめちゃくちゃかっこ悪いやんけ!

 しかも手を抜こうとした反動で、棚の本がおもいっきり倒れてきたんですよ!威勢こそいいものの、木下さんの頭上に次から次に本が降ってきたのです!

 「ふざけんなよ!」

 お前が1番ふざけてんねん!何をおいてもお前のやってることが1番ふざけてんねん!

 木下さんが挟まっているあいだに、ほかの人たちは帰りました。金子さんが「あとで連絡するから今のうちに帰って!」と指示を出し、残されたのは手が挟まった木下さんと、それを助ける僕とおじいちゃんだけだったのです……。

検証エピソード②『こどもおぢばがえり』
 「こどもおぢばがえり」という、天理教の催しがあります。小学生が参加する体験学習のことで、毎年夏になると、天理教の子供たちが奈良に行きます。

 日程は3泊4日。僕の家は天理教ではないものの、友達(山田君)が天理教だったため、一緒に連れて行ってもらいました。小学校4年生から6年生までの3年間、僕と山田君、そして木下さんの息子を含めた3人で、おぢばがえりに参加していました。

 参加するのは子供だけです。付き添いで親も参加できるのですが、親たちで話し合った結果、「子供をたくましくする!」というコンセプトのもと、僕ら3人だけで参加させられました。場所は奈良なので家からは遠く、現場までは親が付き添い、最終日に再び迎えに来てくれることになりました。

 ところが、僕が小学校6年生のときに、木下さんがついてきたのです。

 「俺も参加したい!」

 予約していなかったのに、奈良の駅に着くやいなや、わがままを言い出したのです。

 木下さんは、遠出をしたことがありません。地元の兵庫以外に、京都と大阪にしか行ったことがないのでムラムラしたのでしょう。結局、無理言って急遽エントリーしてもらい、僕らは4人で行動することになりました。

 とはいえ、木下さんは大人です。子供だけで遊ぶ行事には参加できず、その場合、イベント係の1人として、仕事を手伝うことになりました。

 2日目のことです。

 この日の夜に、「ナイトプール」と題して、夜の8時からプールで遊ぶことになりました。

 暗闇の中、ライトが照らされます。特殊な照明でプール全体に虹を作ってくれることから、誰もが大はしゃぎなのです。

 一方、大人の木下さんは、係の仕事を手伝っています。ロッカーの使い方を子供に教えたり、プールにイルカを投げたりと、珍しくがんばっています。僕らは、「楽しいか?」と訊いてくる木下さんに言葉を返しながら、プールで遊んでいました。

 ナイトプールは、9時に終了します。すると終了直前、プールの電気が消えたのです。

 周囲は真っ暗。子供たちは、「何、これ?」「停電か?」と騒ぎ始めたのですが、これはドッキリです。サメのかぶりものをしたイベント係が、ジョーズのテーマ曲に乗って子供たちに近づいてきます。20人を超すサメが群れをなし、「♪デーデン デーデン」と近づいて子供たちを驚かすのです。

 僕らは毎年来ています。このことを知っており、「また、これか……」と、斜に構えてプールの端にいました。

 ほどなくして、ジョーズのテーマが流れ始めました。

 プールに浸かったサメ軍団がゆっくりと近づいてきたのですが、ふとプールサイドを見たところ、1人だけサメのかぶりものをかぶれず、あたふたしている奴がいます。どのサメも、もうプールに入って進んでいるのに、1人だけアゴの下のバックルがはまらず、焦っているのです。

 そう、木下さんです。

 このかぶりものは、ヘルメットの上に、手作りしたサメの尾ヒレをくっつけています。木下さんだけがバックルが届かずに焦っており、ジョーズのテーマは、すでにガンガンに鳴っています。「♪デンデンデンデン、デンデンデンデン……」あたりまで行き、サメ軍団が子供を襲い始めたのです。

 子供は、はしゃぎ倒しています。

 「ガブリ!」

 「キャー!」

 こんなふうにサメと戯れる中、木下さんがかぶりものをあきらめました。両手をそろえて頭の上に載せ、手で尾ヒレを作りながらプールに向かって走り始めたのですが、頭から飛び込んだ瞬間、音楽が止まって電気ついたんですよ!

 終わったんですよ!木下さんが飛び込んだ瞬間、ショーが終わったのです!

 何なん、お前!ていうか、手で尾ヒレ作っても、飛び込むときに手を前に出したらそれまでの尾ヒレは意味ないやろ!やるんやったら飛び込んでからにせいや!

 「おらー!サメやぞー!」

 もう終わってるから!もうそんな空気と違うから!

 「♪デーデン!デーデン!」

 口で言うな!で、お前は尾ヒレがないからただのオッサンやろ!サメでもなんでもない、ただの頭おかしいオッサンやろ!

 木下さんの息子なんて、顔が引きつってましたからね。「お父さん、シャレにならんわ……」とばかりに、すぐにプールを出て行きましたから。

検証エピソード③『ピザ』
 今年の4月に、僕の姪っ子が小学校に入学しました。幼稚園を卒業する記念に、3月の末に、僕の両親と姪っ子の3人で、温泉旅行に行きました。

 僕は、家で留守番です。家には僕しかおらず、僕はその日の昼すぎ、台所でカップラーメンを食べていました。

 しばらくして、木下さんがやってきました。

 この日は日曜日です。休日に木下さんが来ることはめったになく、事情を訊くと、木下さんの家も誰もいないらしいのです。

 奥さんと娘さんが出かけたために、晩ご飯がありません。かわいそうに思った僕は、この日の晩に、宅配ピザを頼んであげることにしました。

 「おっちゃん、今日の晩、ピザを取ったるわ!俺ら2人分で、3000円以内やったら何を頼んでもいいよ!このチラシを見て、好きなピザを選び!」

 僕はこう言って、木下さんにチラシを渡しました。

 木下さんは大喜び。「えっ、いいの?」と目を輝かせ、チラシを見始めました。

 木下さんは、宅配ピザを食べたことがありません。僕はチラシを見せながら、「Lが大きい奴で、Mが小さい奴な。ピザ以外にもパスタやフライドチキンもあるから……」と、丁寧に説明しました。木下さんも僕の説明を理解してくれたので、僕は仕事をしに、2階の部屋に戻りました。

 20分後。

 便意を催した僕は、用を足しに、階段を下りました。すると便器に座った僕の耳に、台所から、妙な独り言が聞こえてきたのです。

 「ピザ、いやスパゲティーかな。でも、3000円やろ?3000円やったら、ピザの大きいほうを頼んだらスパゲティーは食べられへんやろ?」

 木下さんは何を注文するかを決めるべく、1人で「注文会議」を開いているのです。もう1人の自分と、「じゃあ訊くけど、コーラとピザは合う?合わへんやろ!?それより、チラシの下に割引券が付いてるけど、これを使って3000円ってことかな?たぶん、そうやろ!」とガンガンにしゃべっているのです。

 どういうことやねん、お前!ていうか、コーラとピザはめちゃくちゃ合うやろ!

 「(口をペチャクチャしながら)うん、このピザは悪くない!」

 エア味見!?ちょっと待って、エア味見してんの!?

 「でも、ちょっとからくないか、このピザ?」

 なんでわかんねん、からさ!写真からどう伝わってくんねん!

 「3000円か。たけちゃん、5000円、出してくれへんかな?」

 やかましいわ!ぜいたく言うな、ボケ!

 「たけちゃんに5000円にしてもらえるかどうか、訊いて見いひん?いや、それは失礼やからやめとこうや!失礼やろ、お前!そんなこと訊けるわけないやろ!」

 誰にキレてんねん!キレてるほうもキレられてるほうもお前やろ!

 怖くなった僕は、台所に行って、木下さんを問いただしました。

 「おっちゃん、何やってんの、さっきから?」

 「そりゃピザは楽しみやから、会議のひとつもするよ!」

 このようにワケのわからないことを言って、再びチラシを見始めました。僕はどこか腑に落ちないながらも自分を納得させ、部屋に戻りました。

 2時間後。仕事がひと段落ついたので、僕は紅茶を作りに台所に向かったのですが、木下さんがまだ会議してたんですよ!

 まだぶつぶつ言っているのです!勢いは衰えることなく、「ピザ、いやスパゲティーかな」とガンガンに口にしているのです!

 ギネス載るぞ、その独り言!で、ピザかスパゲティーかの言い合い、俺は2時間前に聞いたぞ!それぐらいはもう決めとけよ!

 「チキンナゲットも捨てがたくないか?ペチャクチャペチャクチャ。やっぱりここのチキンナゲットは捨てがたいわ!」

 なんでおいしいかどうかわかんねん!で、エア味見自体がおいしいんやったら、もう食わんでええやろ!それで腹を膨らましとけ、お前は!

 僕は怖くなりました。これ以上やらせると、木下さんが「あっちの世界」に行きそうな気がします。強制的に会議を終わらせることにしました。

 「おっちゃん、電話で予約して6時に持ってきてもらうから、今すぐに何を頼むか言ってくれ!」

 僕が指示したところ、木下さんがこう答えたのです。

 「うーん。じゃあ、マヨジャガのL!」

 1番ベタな奴やんけ!そんな会議開かんでも最初に浮かぶ奴やろ、そのピザ!

 「それと、タバスコ!」

 チキンナゲット頼めや!300円余ってんやったら、お前の好きなチキンナゲット頼めるやろ!散々会議しといてそれかいや!

 恐ろしすぎてこのあと、僕は食べる気がしなかったですよ。なにより、木下さんがバクバク食べたせいで僕は3枚しか食べられず、結局、僕はカップラーメンを食べましたから。

検証エピソード④『太極拳』
 1ヶ月ほど前に、僕の近所に、太極拳の教室ができました。

 講師は、木下さんの友達です。木下さんはタダで通わせてもらい、黒い太極拳の服まで、タダでもらいました。

 最近では、その服を身にまとって、僕の家にやってきます。自分が習得した技を披露したくて、頼んでもいないのに、強引に見せてくるようになったのです。

 ですが、太極拳は地味です。動きは遅く、見せられても、「だから、何?」としか言いようがありません。ラジカセで音楽を鳴らしながら体をくねらせたものの、僕ら家族は冷たくあしらっていました。

 木下さんは、人に教えたくて仕方がありません。なかでも子供に教えたいらしく、子供が夏休みなのをいいことに、近くの公園で1人、技を披露し始めました。「アチョー!」と叫んで興味を引こうとしたり、子供に近づいて技を披露したのですが、まったく相手にされません。

 先日のことです。

 太極着を身にまとった木下さんが、僕の家に来ました。今日も子供に相手にされなかったらしく、ヘコんでいるのです。

 僕は手に、ソフトクリームタイプのアイスクリームを持っています。そこで、「これを舐めながら踊ってみ!子供がおもしろがって寄ってくるわ!」と提案しました。

 言われた木下さんは、アイスクリームを手にしました。そして音楽を流し、「♪テテテテ、テテテテ、テテテテテン、ペロッ!テテテテ、テテテテ、テテテテテン、ペロッ!」と、曲の1小節終わりに1回舐めるという、愉快な踊りを編み出したのです。

 僕は大ウケです。舐めるタイミングがバッチリなことから、見ていてたまりません。木下さんの顔は真剣なことから、真剣な踊りとソフトクリームの緩さとにギャップがきいて、「ネタ」としても完成度が高いのです。

 木下さんは、アイスクリーム片手に家を飛び出しました。僕も一緒に行き、公園で音楽を流しながら踊りを披露したのですが、それでも子供は寄ってきません。僕は、「続けとったらそのうちに寄ってくるわ!」と言って聞かせ、この日は別れました。

 2日後のことです。

 太極着を着た木下さんが再び、僕の家にやってきました。ですが、この2日間も、子供が寄ってくることはなかったらしいのです。

 木下さんは、食パンを手にしています。アイスクリームが高いため、今日から安い食パンに変えるらしく、実際に披露してもらったところ、パンをかじるタイミングはバッチリ。アイスクリーム同様に、「♪テテテテ、テテテテ、テテテテテン、パクッ!」と、流暢にパンを噛む感じがたまらないのです。

 「おっちゃん、これは大丈夫やわ!今度は大ウケやで!」

 僕は木下さんを励まし、2人して公園に移動しました。

 この日は、いつもよりも子供が多いです。電線にはたくさんのカラスも止まっており、大勢のギャラリーがいます。

 木下さんは、足元にラジカセを置きました。軽く準備運動をして、大きく深呼吸をしました。ラジカセのスイッチを押し、子供の目を見ながら食パン片手に体をくねらせ始めたのですが、それでも子供は寄ってきません。

 見かねた僕は、子供のところに行って、声をかけました。

 「あのおっちゃんに、太極拳を習わへん?」

 ですが、子供は首を縦に振りません。パンをかじる木下さんを見て笑ってはいるものの、一向に近寄ってきません。仕方なく僕はあきらめることにしたのですが、ふと木下さんを見たところ、子供はまったく寄ってこないのに、食パン目当てにカラスが寄ってきたんですよ!

 誰に寄られとんねん、お前!どんな人気を獲得しとんねん、お前は!

 2羽のカラスが、木下さんの頭上を行ったり来たりしてるんですよ!警戒しながらも近づき、カーカー鳴きまくっているのです!

 お前、やっと寄ってきたかと思ったらカラスかいや!アドバイスした俺も浮かばれんぞ!

 「♪テテテテ、テテテテ、テテテテテン、カーッ!」

 カラス入ってきた!カラスがセッションしてきた!妙なバンドが結成された!

 近くで見ていた僕は、笑いが止まりませんでした。カラスをよけながら、なおも食パンをかじり続ける木下さんを見て、本気でちびりそうになりましたから。

検証エピソード⑤『こどもおぢばがえりⅡ』
 おぢばがえり、初日の夜のことです。

 初日を締めくくるのは、恒例のパレードです。F1のサーキット会場のようなひな壇に座り、前にやってくるパレードを観ます。電球で彩られた煌びやかな乗り物が次々にやってくるので、僕らは興奮せずにはいられません。

 木下さんも終始、興奮しています。

 「またすごいのが来た!」

 「うおー!今のが1番すごいと思ったけど今度のほうがすごいわ!」

 こんなふうに、吠えまくっているのです。

 途中から、「尼崎から来たよー!」と叫び始めました。やってきたパレードに向かって、「尼崎から来たよ!」「聞こえてるか?俺らは尼崎から来たよ!」と、手を振りながら尼崎を連呼しました。

 パレードが終わって、宿舎に戻ることになりました。

 宿舎の入り口には執行委員が並び、僕らを出迎えてくれます。

 「お帰りなさい!」

 「『おぢば』にお帰りなさい!」

 こんなふうに声をかけ、言われた木下さんが、「ただいま!アマ(尼崎)から来たよ!」「今年もアマから帰って来たよ!」と、ここでも尼崎を連呼しました。

 3日目のことです。

 宿舎で朝ご飯を食べた僕らは、近くにある、大きな広場に向かいました。

 この広場は各ブースに分かれ、たくさんのイベントが行われています。ヒーローショー、ちびっこ相撲など、子供相手のイベントが行われており、僕らは「大声コンテスト」に参加することになりました。

 大声コンテストは、ステージに上がります。中央に備えつけられたマイクに向かって叫び、機械が大きさを計測するのです。

 叫び終わりには、司会者の女性と、軽くトークをします。

 「どこから来ましたか?」

 「~と叫ばれてましたが、相当、ストレスが溜まっているみたいですね!」

 司会者の軽妙なトークで盛り上がり、ステージの前には大勢の観客が座っています。素人参加のちょっとしたショーになっているのです。

 僕らは、ステージの袖に並びました。僕らの前の参加者は、「勉強をがんばりまーす!」「おぢばがえり、最高ー!」と叫び、1人の大人が「部長、死ねー!」と声を張り上げて、会場の笑いを誘っていました。

 やがて、僕らの番になりました。

 ステージに上がるため、僕はドキドキしています。僕は前の参加者をマネて、「おぢばがえりは楽しいー!」と叫んだのですが、僕の後ろの木下さんが、めちゃくちゃ高い声で「奈良ーーー!」と叫んだのです。

 何言ってんねん、お前!現地名を叫んだところで何があんねん!

 最後の山田君が叫び終わり、司会者と話をすることになりました。

 並びは、左から山田君、木下さんの息子、僕、木下さんの順です。山田君の左側に司会者が立って、順番にマイクを向けます。

 まず、「年はいくつですか?」と訊かれました。僕らは「12歳です」と口をそろえたのですが、木下さんが司会者が向けたマイクに向かって、「よんじゅうよん!!!」と叫んだのです。

 木下さんはテンションが上がりすぎて、まだ大声コンテストをやっています。「ここでも大声を出さないと!」と勘違いして、「よんじゅう、よーーーん!!!」と叫んだのです。

 何考えてんねん、お前!で、お前は43やろ!「逆サバ」なんて聞いたことないぞ!

 司会者は、びっくりしています。

 「こ、こちらの方、元気がいいですね!」

 こう返し、「みなさんはどういうご関係ですか?」と訊かれたので、僕が「友達同士です」と答えました。すると、僕のあとにマイクを向けられた木下さんが、「この子たちの、おとうさーーーん!!!」と叫んだのです。

 勘弁してくれよ、おい!で、俺はお前の子供と違うわ!いくら金積まれても断るわ!

 客席はドン引きです。先ほどこそ笑っていたものの、「頭のおかしい奴が紛れ込んでる……」とばかりに、ざわめき始めたのです。

 司会者も焦っています。このあと震えた声で「さ、先ほど、奈良と叫ばれていましたが、地元の方ですか?」と、木下さんに訊きました。すると木下さんは「待ってました!」とばかりに大きく息を吸い込み、会場全体に響き渡る大声で叫んだのです。

 「アーーー、マーーーーーー!!!」

 死んだらええねん!ほんまに死んだらええねん、お前みたいな奴!で、尼崎って言えや!「海女」に聞こえて何のことかわからんやろが!

 しかも叫んだ拍子に5センチ以上の鼻水が出てきたんですよ!鼻に引っついたままの鼻水が、振り子みたいに右に行ったり左に行ったりしているのです!

 これね、1000年以上の歴史を持つ奈良においても、ナンバーワンの変質者やと思いますよ。それを証拠に翌日、おもいっきり雨が降りましたからね。神様が怒ったとしか思えないほど、死ぬほど雨が降りましたから……。


 以上が、木下さんにまつわるエピソードです。

 ちなみに、木下さんがおぢばがえりについてきたのは、43歳のときです。

 現在は64歳で、それから20年の時を経た今でも、木下さんが人生で1番遠出をしたのは、このときの奈良です……。


これは何なのか?の考察~ベスト版⑤~(パソコン読者用)

※過去のナンナンの記事をごちゃ混ぜにして再編集


 昨日、僕の母親がカステラを買ってきました。


 僕はちょうどお腹がすいています。受け取ってすぐにほおばったのですが、「おいしい?」と訊かれて、返事ができない自分がいるのです。


 カステラは、甘さが中途半端です。あったらあったで食べるものの、よくわからない味をしています。「おいしいかどうかがわからないタイプの食べ物」で、感想に困ってしまうんですね。


 これ、僕だけですかね?みなさまもカステラの味を思い出してみてください、あれ、おいしいですか?「なんとなくおいしい」と思ってるだけで、よく考えてください、あれ、本当においしいですか?


 なかには、あの甘さ控えめな感じが好き、とおっしゃる方もいるかもしれません。


 ですが、数あるスイーツの中から、わざわざカステラを選ぶ理由はないと思うのです。ショートケーキやチーズケーキではなく、あえてカステラを選ぶ理由がわからないのです。


 僕は、世の中の「これ、何なん?」と思わずにはいられない人・物・事を、「ナンナン」と単位化しています。この「感想に困る食べ物」はナンナンにほかならず、「何なん?」としか言いようがないのです。


 そこで今回は、「これは何なのか?」の考察~ベスト版⑤~です。


 以下、僕が考えるナンナンをご紹介します。


①ダイイングメッセージ 1ナンナン
 推理小説に出てくる、いわゆる、ダイイングメッセージ。


 最後の力を振り絞ってメッセージを残すのですが、実際にはこんなことなどできません。胸を刺されたり銃で撃たれた奴に、そんな余力が残ってるわけがないのです。


 傷が小さければ、わかります。ですが僕がこないだ読んだ推理小説なんて、斧で首を9割方ちぎられた奴が、最後に「W」と書き残したのです。


 怪物か、お前!人殺しよりもお前のほうがはるかに怪物やろ!


 「ハアハア、最後にこれだけでも……」


 じゃあ犯人の名前を直接書けや!なんでわざわざイニシャルにすんねん!井上公造か!


 それでもイニシャルを残す奴はまだましで、チープな推理小説だと、手に砂糖を握って「佐藤さん」と伝える奴がいます。血で「S」と書けばいいのに、わざわざトンチをきかせやがるのです。


 一休さんか、お前!ていうか、そんなボケる余裕があるんやったら叫べよ!「助けてくれー!」って叫べよ!


 ミステリー小説や推理漫画には、ナンナンが多いです。なかでも金田一少年なんて、行くところ行くところで殺人事件です。学校で遭遇したかと思えば旅行先でも遭遇したりと、大相撲の春場所夏場所みたいなノリでガンガンに遭遇するのです。


 お祓いしろ、お前!じっちゃんの名にかけてお祓いしろ!


 「犯人はこの中にいる!」


 そりゃそうやろ、毎回それやねんから!行くところ行くところ毎回それやねんからそりゃその中におるやろ!


 推理ものの類は、ナンナンだらけです。「それが1番謎やわ!」と思わずにはいられず、話に集中できないでしょう。


②カツラ会社のハゲ社員 2ナンナン
 カツラ会社で働く社員の中に、ハゲている人がいます。カツラを売る会社なのに、その人たちがカツラをかぶって
いないのです。


 これ、おかしいでしょ?「うちのカツラはすごいです!」と宣伝したところで何の説得力もないでしょ?


 先日、カツラ会社に密着したドキュメンタリー番組がありました。


 見ると、その会社の広報の人がハゲています。自社のカツラをつけもしないで、「うちのカツラは他社のカツラより2枚も3枚も上手です!」とインタビューを受けていたのです。


 お前がつけろよ!お前がまずつけて自社の製品をアピールしろよ!


 会社の社長も、本来ならハゲてる人を選任して、カツラをつけさせなければなりません。極論を言えば、社長がわざと脱毛して、自社のカツラをつけるぐらいの覚悟が必要でしょう。


 ほかにも、コ○ドームの会社で、やたらと子だくさんの社員がいます。ですが、これもおかしいですよね?子供を作らないための道具を売る会社の社員が子供を作りまくるなんて、矛盾してますよね?


 とあるコ○ドーム会社に至っては、社員の子供への福利厚生がやたらと手厚いです。矛盾もいいところで、しかも子供を作らないための道具を売りつけているくせに、子供靴を販売しているのです。


 どういうことやねん、お前!よく考えろ、お前らは殺し屋と医者を兼務してるようなもんやねんぞ!


 しかも、「薄さが0.02ミリ!」と宣伝するなんて、こんなもん、変態広告でしょ?「より生に近いです!」と言ってるのと同じで、日経新聞に載せてる場合と違うでしょ!?


 そもそもコ○ドーム会社は、新製品が完成したら、社長が「どれどれ」と言ってつけるんですかね?「今晩、うちの嫁で試して後日報告する!」とか言うんですかね?で、社長がEDだった場合、トップが製品の質をわからないままに流通させるんですかね?


 みなさまも一度、コ○ドームの会社のホームページをご覧になってください。気になるところが多すぎて、「何なん?」と思わずにはいられないですから。


③ネロのジジイが出す食事 3ナンナン
 往年の人気アニメ、フランダースの犬。


 ご存知のとおり、主人公のネロには両親がいません。祖父である、ジェハンという名の老人がネロを育てているのですが、このジジイが出す食事の粗末さが異常なのです。朝と昼は基本的になしで、唯一出す晩ご飯も、シチューとパンだけなのです。


 もうちょっと何かあるやろ、お前!いくら貧乏か知らんけどもう一品ぐらい出したれよ!


 「ネロ、これをお食べ」


 飽きとるわ、もうネロ!飽きすぎて夜な夜な別のもん食っとるわ!


 それでもちゃんとしたシチューなら、まだわかります。ですが、このジジイが出すシチューには具が一切ありません。水みたいなスープで、なのに平気な顔で毎日出してきやがるのです。


 お前、何か入れたれよ、ちょっとは!ネロは成長期やねんぞ!


 「ネロ、おいしいかい?」


 おいしいわけあるか、こんなもん!ネロも内心はむかついてるよ!「このジジイ、ちょっとは工夫せいや!」とか思ってるよ!


 ネロの家は、森に囲まれています。森に入ればそれなりの木の実が手に入るはずで、境遇うんぬんではなく、このジジイの発想の問題なんですね。


 それでも年に数回、シチューに具が入っているときがあります。ネロが病気になったときだけ具を入れるのですが、入れるのは肉片のついた骨のみ。肉そのものではなく、肉屋でタダ同然で仕入れた、ちょっとだけ肉が付着した骨を入れてきやがるのです。


 栄養あるか、こんなもん!惨めさに心がやられて逆に風邪悪化するわ!


 「今日は奮発したよ!」


 もっと奮発せいや!どうせ夜な夜な風俗に行って金使ってるんやろ、お前!?昼間に牛乳運んだ金で夜は女から別の牛乳出さしてるんやろ!?


 はっきり言いますけど、ネロは栄養失調で死んでますよ。もう少しまともな食事をして栄養を蓄えていたら凍死しなかった可能性が高く、ネロを殺したのはジジイ、と言っても過言ではないでしょう。


④ドラゴンクエストに出てくる『くさった死体』 4ナンナン
 人気ゲーム、ドラゴンクエスト。敵として「くさった死体」というモンスターが登場するのですが、こいつの得体
がまったく知れないのです。


 「くさった死体」というだけあって、まず人間なのか動物なのか、根本的な部分がわかりません。しかも、「なめまわし」「毒を飛ばす」といったモンスターらしからぬ地味な攻撃をしてきたか思えば、HPが高くて、やたらとしぶといのです。


 死んでんのになんでしぶといねん、お前!命ないくせに命が長いってどういうことやねん!


 ドラクエには、モンスターを仲間にできるシリーズがあります。こいつも「僕も仲間にしてくれよ!」と寄ってくるのですが、こんな気持ち悪い奴を仲間にはできないのです。


 寄ってくんなよ、ボケ!そもそも体腐ってるような奴と宿屋で一緒に寝れるわけないやろ!死ぬほど臭いくせにって、死んでるやんけ!ややこしいねん、お前!


 なのに調子に乗って、「スミス」というハイカラな名前を名乗ってやがるのです。


 なんでお前みたいな奴がスミスやねん!お前は「薄着ホームレス」あたりを名乗れ!


 「スミスが仲間になりたがっています。仲間にしますか?」


 できるか、お前みたいな奴!ていうかお前はそんな薄着で冬場は寒くないの!?寒いから風邪引くぞって、死んでるやんけ!風邪どころの話と違うやんけ、こいつ!


 ドラクエには、ナンナンが多いです。


 ほかにも、教会。ドラクエでは、傷ついた戦士を神父さんが介抱してくれるのですが、「寄付」という名のもとに請求してくる金額が、寄付のレベルを超えています。武器が買えるぐらいのべらぼうな金額を請求し、教会のくせに、お金が足らないと追い出すのです。


 お前、毒で苦しんでる奴を普通、追い出すか!?ルワンダか、ここ!


 しかも、レベルに応じて値段を上げてきます。そう、足元見てるんですよ、こいつら。「こいつは金持ってるから多めに取ったれ!」とばかりにめちゃくちゃズル賢いのです。


 織田無道か、お前!お前それ完全に織田式詐欺商法やんけ!


 このように、ドラクエはナンナンだらけです。みなさまも一度、違う角度からご覧になってみてください。


⑤声がでかすぎる奴 5ナンナン
 異常に声のでかい奴がいます。話を強調するための大声ではなく、地声そのものが大きいのです。


 僕の仕事の後輩に、このタイプがいます。携帯に電話がかかってきたら毎回、僕は音量を下げます。疲れているときにかかってきたら、声がでかいという理由だけで無視するなど、とにかくでかいのです。


 それでも、こいつは、まだましです。なにしろ今年の夏、「ずっと叫んでないか?」というぐらい、常軌を逸した大声の奴と出会ったのです。


 そいつはM崎しげるという、ミュージシャンです。色の黒いエネルギッシュな方で、ご存知でない方はいないでしょう。


 その日、僕は仕事の関係で、とあるイベント会場に足を運びました。このイベントは野外で、M崎さんの音楽とトークで構成されます。現場に到着するとトークコーナーのリハーサルをやっていたのですが、M崎さんの声がでかすぎて、音響スタッフがM崎さんのピンマイクの電源を切ったのです。


 どれだけでかいねん、お前!そこそこ広いぞ、この会場!なのに地声で1番後ろまで届くぞ!


 すれ違ったのであいさつしたら、「おはよう!!!」と大声で返してきました。完全に言葉を叫んでおり、少し会話をしただけで疲れるのです。


 本番30分前のことです。


 舞台裏にあるロビーでタバコを吸っていると、僕の近くにM崎さんが来ました。手にギターを持っており、急に「ラリホラリホ!」と叫んで発生練習を始めました。ギターを弾きながら、「ラリホラリホ、ヘイ!ラリホラリホ、ヘヘイ!」とシャウトして周囲を圧倒し始めたのです。


 控え室でやれや、そんなこと!全員引いてるやんけ!


 しばらくして、「ラリホ」にメロディーをつけ始めました。映画『大脱走』のテーマに似たメロディーで、「♪ラリホー!ラリホー!ラリッホラリッホ、ラリホー!ラリホー!ラリホー!ラリッホラリッホ、ラーリーホッ!」で1セット。これを大声で延々とくり返し、途中でスタッフがM崎さんのところに来ました。


 「コンビニに行きますけど、何かほしいものはございますか?」


 こう話しかけたものの、M崎さんは自分の歌に夢中です。「♪ラリホー!ラリホー!ラリッホラリッホ、ラリホー!ラリホー!ラリホー!」と歌っているのでスタッフがあきらめて行こうとしたところ、それを見たM崎さんが「♪ラリッホラリッホ、コーヒーを!」って言ったんですよ。


 メロディーに乗せんな、お前!普通に言えよ、そんなことぐらい!


 「♪ブラックで!」


 お前も黒いやろ!黒より黒いわ、お前の顔面!


 このあと外に出たら、セミが死んでましたからね。あまりの大声に心臓をやられたのか、マジで4匹死んでましたから。


⑥オタク同士の会話 6ナンナン
 オタクが複数集まると、とんでもない会話になります。夢中になりすぎて周りが見えず、聞いてて恐ろしいものが
あるのです。


 先日、僕は近所の図書館にいました。自習室で仕事をし、ひと段落ついたのでタバコを吸いに外に出たところ、2人の「歴史オタク」がいたのです。


 この2人は図書館の常連です。60代の人で、毎日のように来ています。僕は、そばのブロックにもたれかかって何気に話を聞いていたのですが、オタク同士だけに、ものすごい会話になっているのです。


 頻繁に「後藤象二郎」という、聞いたことのない名前が飛び交っています。しかも、「後藤象二郎先生」と、「先生」をつけて会話をしているのです。


 誰やねん、お前ら!偉人やからってそんなリスペクトいらんねん!


 「後藤先生は板垣退助先生と幼なじみなんですよね」


 先生先生うるさいねん!用心棒の雇い主か!


 片方が知識を披露すれば、もう片方が知識を披露し返します。会話が噛み合っておらず、しかも途中から「自分のほうが歴史に詳しい!」とアピールするべく、相手のあげ足を取り始めたのです。


 「大島健一先生も、勲二等をもらって、今ごろは天国で喜んでおられるでしょうね」


 「一等やから!大島先生がもらったのは二等じゃなくて一等やから!」


 どっちでもええわ!全然興味ないわ、大島の勲章のことなんて!


 「昭和天皇はヨーグルトが好きだったんですよね」


 「崩御される直前だけはね!」


 だからどっちでもええわ!いつ食ってたとか興味ないねん!


 「即位されたときからずっと召し上がってましたよ!」


 「違う違う!崩御の直前だけ、崩御の直前だけ!」


 「違いますって!なあ兄ちゃん、崩御の直前だけやんな?」


 俺に訊くなよ!宮内庁勤務と違うねん、俺は!


 「ところで君の意見を聞きたいんだけど、大正時代の中期と後期だったら現在の国政に近いのはどちらだと思う?


 知るかいや、そんなこと!ていうか、大正の中期ってどっからやねん!大正はすぐに終わったからどこが中期かわからんねん!


 気がつくと、僕は会話に巻き込まれていました。適当に相槌をしていたのですが、しばらくして図書館の入り口から、1人のジジイがやってきました。


 「来てましたか!!!」


 オッサンたちはこう叫んで目を輝かせるなど、このジジイは2人に歴史のおもしろさを教えた「師匠」なのです。


 何の師弟関係やねん、これ!相当気持ち悪い関係やぞ、このトライアングル!


 「個人的な意見だけど、吉田東洋先生自身にも暗殺される理由はあったと思うよ」


 いきなり歴史の話なん!?ちょっと待って、あいさつもなしにいきなり歴史の話をすんの!?


 またこのジジイが、死ぬほど滑舌が悪いのです。ジジイのくせに携帯電話を持っており、着信音が鳴るやいなや、「もきもき」って言ったんですよ。


 口ニチョニチョか、お前!もしもしなんて噛みようあるか!


 「今、と、と、ととろ館にいる」


 図書館や!ここ、トトロの貸し出しやってんの!?それで子供多いの、ここ!?


 会話に疲れた僕は、このタイミングでトイレに行きました。大便を終えると先ほどの片割れが小便をしており、ドアを開けた僕にこう言ったのです。


 「今でこそドラマ化されて英雄あつかいされてるけど、新撰組ってのはかわいそうな存在だよね」


 続き!?さっきの続き!?きばりすぎて息切れてる俺にいきなりそんな濃い話すんの!?


 この3人は結局、閉館間際まで歴史の話をしていました。近くでクレープを食べるギャルを尻目に東京裁判について討論するなど、めちゃくちゃ濃い話をしてましたから。



 そして、最後。


 これは、ナンナンどころの話ではありません。ナンナンなんて言い方では済まされず、「オナジニンゲントハオモエナイ」に認定したいと思います。


⑦スーパーのタイムセールにおける、オバハンの戦い方 1オナジニンゲントハオモエナイ
 先日、地元の商店街を歩いていると、大型量販店ができていました。


 たまたまその日が開店日で、オープニングセールをやっています。外からすでに、店内の熱気が伝わってくるほどなのです。


 店に入ると、案の定、オバハンでごった返しています。杉良太郎のコンサートなみにオバハン率が高く、どのオバハンも殺気立っています。1階がスーパーマーケットであることから、激安品に対する、オバハンの「戦い方」が尋常ではないのです。


 スーパーの中央部では、「うどん・やきそばの麺、詰め放題で200円!」と題して、タイムセールが行われています。小さなビニール袋に詰め放題なのですが、「まだ入れんの、お前?」というぐらい5個、10個は当たり前、とあるオバハンなんて、麺を上から拳で殴りつけているのです。


 メスやんな、自分!?オスでもめったにやらんことやってるけど、自分、メスやんな!?


 「まだ詰めれる!まだ詰めれる!」


 もう無理やろ、どう考えても!入れすぎて袋破けてるやんけ!


 隣のブースでは、野菜の詰め放題が行われています。ここもすさまじく、ほとんどのオバハンがビニールからはみ出しており、はみ出た野菜を片手で押さえている奴までいます。「先っぽが入ってたらそれは詰めたことになるやろ!」とばかりに開き直り、1人のオバハンなんてもう、手で普通に持ってるんですよ。袋からはみ出たピーマンを左手で押さえ、余った右手で普通にニンジンを持っているのです。


 それは違うやろ、お前!それはさすがに詰めたことにはならんやろ!


 「まだ詰めれるで!」


 差し歯詰めろ、お前はまず!お前は前歯がスカスカやから、野菜を詰める前に差し歯詰めてこい!


 しかも何気に袋を見たら、ピーマンとピーマンのあいだにちゃっかしうどんの麺をぶち込んでやがるんですよ!


 普通に犯罪やんけ、それ!それはもう普通に万引きやろ!


 しばらくして、店員が叫びました。


 「ただいまから雑貨の100円セールを始めます!こちらのワゴンに置かれた商品はすべて100円です!」


 聞こえたオバハンは全員、そちらに移動します。ワゴンに突入して商品をカゴにぶち込み始め、出遅れたオバハンは、隙間に体をねじ込みます。


 「どこか一部分でも入ってたらなんとかなるやろ!」


 こう叫ぶかのごとく体をねじ込み、1人のオバハンなんて右腕を隙間に突き刺し、左足で隣のオバハンのケツにヒザ入れてるんですよ!


 勘弁してくれよ、おい!で、メンバーに1人、雄たけび上げてるオバハンがおんねんけど!?マイク真木そっくりのオバハンが「オラオラオラオラッ!」って叫びまくってんねんけど!?


 このマイク真木は、丸太のような腕を振り回して暴れまくっています。その結果、マイク真木にヒジ鉄を顔面にくらったオバハンのメガネが吹っ飛び、誰かがそのメガネを商品と勘違いして自分のカゴに入れたんですよ!


 売り物と違うわ、それ!オバハンの私物や!


 「それ、私のメガネ!それは私のメガネやから!」


 「あんた押さんといてよ!痛いやろが!」


 「オラオラオラオラッ!オラオラオラオラッ!」


 ここどうなってんねん、おい!で、よく見たら鼻血出てる奴がおんねんけど!?鼻血出ながらもなお商品つかみにかかってんねんけど!?


 「殺すぞ!」


 すごい言葉が聞こえた!あかん身の危険を感じてきた、そろそろ帰ろっ!


 スーパーのタイムセール中は、救急車を待機させておいたほうがいいです。ケガ人、いや死人が出てもおかしくなく、安売りを前にしたオバハンだけは、同じ人間とは思えないのです。



 以上が、今回の考察です。


 ちなみに、先ほどのメガネ。


 なんとか持ち主の手に戻ったものの、フレームが軽く曲がっていました……。



これは何なのか?の考察~ベスト版⑤~(携帯読者用)

※過去のナンナンの記事をごちゃ混ぜにして再編集

 昨日、僕の母親がカステラを買ってきました。

 僕はちょうどお腹がすいています。受け取ってすぐにほおばったのですが、「おいしい?」と訊かれて、返事ができない自分がいるのです。

 カステラは、甘さが中途半端です。あったらあったで食べるものの、よくわからない味をしています。「おいしいかどうかがわからないタイプの食べ物」で、感想に困ってしまうんですね。

 これ、僕だけですかね?みなさまもカステラの味を思い出してみてください、あれ、おいしいですか?「なんとなくおいしい」と思ってるだけで、よく考えてください、あれ、本当においしいですか?

 なかには、あの甘さ控えめな感じが好き、とおっしゃる方もいるかもしれません。

 ですが、数あるスイーツの中から、わざわざカステラを選ぶ理由はないと思うのです。ショートケーキやチーズケーキではなく、あえてカステラを選ぶ理由がわからないのです。

 僕は、世の中の「これ、何なん?」と思わずにはいられない人・物・事を、「ナンナン」と単位化しています。この「感想に困る食べ物」はナンナンにほかならず、「何なん?」としか言いようがないのです。

 そこで今回は、「これは何なのか?」の考察~ベスト版⑤~です。

 以下、僕が考えるナンナンをご紹介します。

①ダイイングメッセージ 1ナンナン
 推理小説に出てくる、いわゆる、ダイイングメッセージ。

 最後の力を振り絞ってメッセージを残すのですが、実際にはこんなことなどできません。胸を刺されたり銃で撃たれた奴に、そんな余力が残ってるわけがないのです。

 傷が小さければ、わかります。ですが僕がこないだ読んだ推理小説なんて、斧で首を9割方ちぎられた奴が、最後に「W」と書き残したのです。

 怪物か、お前!人殺しよりもお前のほうがはるかに怪物やろ!

 「ハアハア、最後にこれだけでも……」

 じゃあ犯人の名前を直接書けや!なんでわざわざイニシャルにすんねん!井上公造か!

 それでもイニシャルを残す奴はまだましで、チープな推理小説だと、手に砂糖を握って「佐藤さん」と伝える奴がいます。血で「S」と書けばいいのに、わざわざトンチをきかせやがるのです。

 一休さんか、お前!ていうか、そんなボケる余裕があるんやったら叫べよ!「助けてくれー!」って叫べよ!

 ミステリー小説や推理漫画には、ナンナンが多いです。なかでも金田一少年なんて、行くところ行くところで殺人事件です。学校で遭遇したかと思えば旅行先でも遭遇したりと、大相撲の春場所夏場所みたいなノリでガンガンに遭遇するのです。

 お祓いしろ、お前!じっちゃんの名にかけてお祓いしろ!

 「犯人はこの中にいる!」

 そりゃそうやろ、毎回それやねんから!行くところ行くところ毎回それやねんからそりゃその中におるやろ!

 推理ものの類は、ナンナンだらけです。「それが1番謎やわ!」と思わずにはいられず、話に集中できないでしょう。

②カツラ会社のハゲ社員 2ナンナン
 カツラ会社で働く社員の中に、ハゲている人がいます。カツラを売る会社なのに、その人たちがカツラをかぶっていないのです。

 これ、おかしいでしょ?「うちのカツラはすごいです!」と宣伝したところで何の説得力もないでしょ?

 先日、カツラ会社に密着したドキュメンタリー番組がありました。

 見ると、その会社の広報の人がハゲています。自社のカツラをつけもしないで、「うちのカツラは他社のカツラより2枚も3枚も上手です!」とインタビューを受けていたのです。

 お前がつけろよ!お前がまずつけて自社の製品をアピールしろよ!

 会社の社長も、本来ならハゲてる人を選任して、カツラをつけさせなければなりません。極論を言えば、社長がわざと脱毛して、自社のカツラをつけるぐらいの覚悟が必要でしょう。

 ほかにも、コ○ドームの会社で、やたらと子だくさんの社員がいます。ですが、これもおかしいですよね?子供を作らないための道具を売る会社の社員が子供を作りまくるなんて、矛盾してますよね?

 とあるコ○ドーム会社に至っては、社員の子供への福利厚生がやたらと手厚いです。矛盾もいいところで、しかも子供を作らないための用具を売りつけているくせに、子供靴を販売しているのです。

 どういうことやねん、お前!よく考えろ、お前らは殺し屋と医者を兼務してるようなもんやねんぞ!

 しかも、「薄さが0.02ミリ!」と宣伝するなんて、こんなもん、変態広告でしょ?「より生に近いです!」と言ってるのと同じで、日経新聞に載せてる場合と違うでしょ!?

 そもそもコ○ドーム会社は、新製品が完成したら、社長が「どれどれ」と言ってつけるんですかね?「今晩、うちの嫁で試して後日報告する!」とか言うんですかね?で、社長がEDだった場合、トップが製品の質をわからないままに流通させるんですかね?

 みなさまも一度、コ○ドームの会社のホームページをご覧になってください。気になるところが多すぎて、「何なん?」と思わずにはいられないですから。

③ネロのジジイが出す食事 3ナンナン
 往年の人気アニメ、フランダースの犬。

 ご存知のとおり、主人公のネロには両親がいません。祖父である、ジェハンという名の老人がネロを育てているのですが、このジジイが出す食事の粗末さが異常なのです。朝と昼は基本的になしで、唯一出す晩ご飯も、シチューとパンだけなのです。

 もうちょっと何かあるやろ、お前!いくら貧乏か知らんけどもう一品ぐらい出したれよ!

 「ネロ、これをお食べ」

 飽きとるわ、もうネロ!飽きすぎて夜な夜な別のもん食っとるわ!

 それでもちゃんとしたシチューなら、まだわかります。ですが、このジジイが出すシチューには具が一切ありません。水みたいなスープで、なのに平気な顔で毎日出してきやがるのです。

 お前、何か入れたれよ、ちょっとは!ネロは成長期やねんぞ!

 「ネロ、おいしいかい?」

 おいしいわけあるか、こんなもん!ネロも内心はむかついてるよ!「このジジイ、ちょっとは工夫せいや!」とか思ってるよ!

 ネロの家は、森に囲まれています。森に入ればそれなりの木の実が手に入るはずで、境遇うんぬんではなく、このジジイの発想の問題なんですね。

 それでも年に数回、シチューに具が入っているときがあります。ネロが病気になったときだけ具を入れるのですが、入れるのは肉片のついた骨のみ。肉そのものではなく、肉屋でタダ同然で仕入れた、ちょっとだけ肉が付着した骨を入れてきやがるのです。

 栄養あるか、こんなもん!惨めさに心がやられて逆に風邪悪化するわ!

 「今日は奮発したよ!」

 もっと奮発せいや!どうせ夜な夜な風俗に行って金使ってるんやろ、お前!?昼間に牛乳運んだ金で夜は女から別の牛乳出さしてるんやろ!?

 はっきり言いますけど、ネロは栄養失調で死んでますよ。もう少しまともな食事をして栄養を蓄えていたら凍死しなかった可能性が高く、ネロを殺したのはジジイ、と言っても過言ではないでしょう。

④ドラゴンクエストに出てくる『くさった死体』 4ナンナン
 人気ゲーム、ドラゴンクエスト。敵として「くさった死体」というモンスターが登場するのですが、こいつの得体がまったく知れないのです。

 「くさった死体」というだけあって、まず人間なのか動物なのか、根本的な部分がわかりません。しかも、「なめまわし」「毒を飛ばす」といったモンスターらしからぬ地味な攻撃をしてきたか思えば、HPが高くて、やたらとしぶといのです。

 死んでんのになんでしぶといねん、お前!命ないくせに命が長いってどういうことやねん!

 ドラクエには、モンスターを仲間にできるシリーズがあります。こいつも「僕も仲間にしてくれよ!」と寄ってくるのですが、こんな気持ち悪い奴を仲間にはできないのです。

 寄ってくんなよ、ボケ!そもそも体腐ってるような奴と宿屋で一緒に寝れるわけないやろ!死ぬほど臭いくせにって、死んでるやんけ!ややこしいねん、お前!

 なのに調子に乗って、「スミス」というハイカラな名前を名乗ってやがるのです。

 なんでお前みたいな奴がスミスやねん!お前は「薄着ホームレス」あたりを名乗れ!

 「スミスが仲間になりたがっています。仲間にしますか?」

 できるか、お前みたいな奴!ていうかお前はそんな薄着で冬場は寒くないの!?寒いから風邪引くぞって、死んでるやんけ!風邪どころの話と違うやんけ、こいつ!

 ドラクエには、ナンナンが多いです。

 ほかにも、教会。ドラクエでは、傷ついた戦士を神父さんが介抱してくれるのですが、「寄付」という名のもとに請求してくる金額が、寄付のレベルを超えています。武器が買えるぐらいのべらぼうな金額を請求し、教会のくせに、お金が足らないと追い出すのです。

 お前、毒で苦しんでる奴を普通、追い出すか!?ルワンダか、ここ!

 しかも、レベルに応じて値段を上げてきます。そう、足元見てるんですよ、こいつら。「こいつは金持ってるから多めに取ったれ!」とばかりにめちゃくちゃズル賢いのです。

 織田無道か、お前!お前それ完全に織田式詐欺商法やんけ!

 このように、ドラクエはナンナンだらけです。みなさまも一度、違う角度からご覧になってみてください。

⑤声がでかすぎる奴 5ナンナン
 異常に声のでかい奴がいます。話を強調するための大声ではなく、地声そのものが大きいのです。

 僕の仕事の後輩に、このタイプがいます。携帯に電話がかかってきたら毎回、僕は音量を下げます。疲れているときにかかってきたら、声がでかいという理由だけで無視するなど、とにかくでかいのです。

 それでも、こいつは、まだましです。なにしろ今年の夏、「ずっと叫んでないか?」というぐらい、常軌を逸した大声の奴と出会ったのです。

 そいつはM崎しげるという、ミュージシャンです。色の黒いエネルギッシュな方で、ご存知でない方はいないでしょう。

 その日、僕は仕事の関係で、とあるイベント会場に足を運びました。このイベントは野外で、M崎さんの音楽とトークで構成されます。現場に到着するとトークコーナーのリハーサルをやっていたのですが、M崎さんの声がでかすぎて、音響スタッフがM崎さんのピンマイクの電源を切ったのです。

 どれだけでかいねん、お前!そこそこ広いぞ、この会場!なのに地声で1番後ろまで届くぞ!

 すれ違ったのであいさつしたら、「おはよう!!!」と大声で返してきました。完全に言葉を叫んでおり、少し会話をしただけで疲れるのです。

 本番30分前のことです。

 舞台裏にあるロビーでタバコを吸っていると、僕の近くにM崎さんが来ました。手にギターを持っており、急に「ラリホラリホ!」と叫んで発生練習を始めました。ギターを弾きながら、「ラリホラリホ、ヘイ!ラリホラリホ、ヘヘイ!」とシャウトして周囲を圧倒し始めたのです。

 控え室でやれや、そんなこと!全員引いてるやんけ!

 しばらくして、「ラリホ」にメロディーをつけ始めました。映画『大脱走』のテーマに似たメロディーで、「♪ラリホー!ラリホー!ラリッホラリッホ、ラリホー!ラリホー!ラリホー!ラリッホラリッホ、ラーリーホッ!」で1セット。これを大声で延々とくり返し、途中でスタッフがM崎さんのところに来ました。

 「コンビニに行きますけど、何かほしいものはございますか?」

 こう話しかけたものの、M崎さんは自分の歌に夢中です。「♪ラリホー!ラリホー!ラリッホラリッホ、ラリホー!ラリホー!ラリホー!」と歌っているのでスタッフがあきらめて行こうとしたところ、それを見たM崎さんが「♪ラリッホラリッホ、コーヒーを!」って言ったんですよ。

 メロディーに乗せんな、お前!普通に言えよ、そんなことぐらい!

 「♪ブラックで!」

 お前も黒いやろ!黒より黒いわ、お前の顔面!

 このあと外に出たら、セミが死んでましたからね。あまりの大声に心臓をやられたのか、マジで4匹死んでましたから。

⑥オタク同士の会話 6ナンナン
 オタクが複数集まると、とんでもない会話になります。夢中になりすぎて周りが見えず、聞いてて恐ろしいものがあるのです。

 先日、僕は近所の図書館にいました。自習室で仕事をし、ひと段落ついたのでタバコを吸いに外に出たところ、2人の「歴史オタク」がいたのです。

 この2人は図書館の常連です。60代の人で、毎日のように来ています。僕は、そばのブロックにもたれかかって何気に話を聞いていたのですが、オタク同士だけに、ものすごい会話になっているのです。

 頻繁に「後藤象二郎」という、聞いたことのない名前が飛び交っています。しかも、「後藤象二郎先生」と、「先生」をつけて会話をしているのです。

 誰やねん、お前ら!偉人やからってそんなリスペクトいらんねん!

 「後藤先生は板垣退助先生と幼なじみなんですよね」

 先生先生うるさいねん!用心棒の雇い主か!

 片方が知識を披露すれば、もう片方が知識を披露し返します。会話が噛み合っておらず、しかも途中から「自分のほうが歴史に詳しい!」とアピールするべく、相手のあげ足を取り始めたのです。

 「大島健一先生も、勲二等をもらって、今ごろは天国で喜んでおられるでしょうね」

 「一等やから!大島先生がもらったのは二等じゃなくて一等やから!」

 どっちでもええわ!全然興味ないわ、大島の勲章のことなんて!

 「昭和天皇はヨーグルトが好きだったんですよね」

 「崩御される直前だけはね!」

 だからどっちでもええわ!いつ食ってたとか興味ないねん!

 「即位されたときからずっと召し上がってましたよ!」

 「違う違う!崩御の直前だけ、崩御の直前だけ!」

 「違いますって!なあ兄ちゃん、崩御の直前だけやんな?」

 俺に訊くなよ!宮内庁勤務と違うねん、俺は!

 「ところで君の意見を聞きたいんだけど、大正時代の中期と後期だったら現在の国政に近いのはどちらだと思う?」

 知るかいや、そんなこと!ていうか、大正の中期ってどっからやねん!大正はすぐに終わったからどこが中期かわからんねん!

 気がつくと、僕は会話に巻き込まれていました。適当に相槌をしていたのですが、しばらくして図書館の入り口から、1人のジジイがやってきました。

 「来てましたか!!!」

 オッサンたちはこう叫んで目を輝かせるなど、このジジイは2人に歴史のおもしろさを教えた「師匠」なのです。

 何の師弟関係やねん、これ!相当気持ち悪い関係やぞ、このトライアングル!

 「個人的な意見だけど、吉田東洋先生自身にも暗殺される理由はあったと思うよ」

 いきなり歴史の話なん!?ちょっと待って、あいさつもなしにいきなり歴史の話をすんの!?

 またこのジジイが、死ぬほど滑舌が悪いのです。ジジイのくせに携帯電話を持っており、着信音が鳴るやいなや、「もきもき」って言ったんですよ。

 口ニチョニチョか、お前!もしもしなんて噛みようあるか!

 「今、と、と、ととろ館にいる」

 図書館や!ここ、トトロの貸し出しやってんの!?それで子供多いの、ここ!?

 会話に疲れた僕は、このタイミングでトイレに行きました。大便を終えると先ほどの片割れが小便をしており、ドアを開けた僕にこう言ったのです。

 「今でこそドラマ化されて英雄あつかいされてるけど、新撰組ってのはかわいそうな存在だよね」

 続き!?さっきの続き!?きばりすぎて息切れてる俺にいきなりそんな濃い話すんの!?

 この3人は結局、閉館間際まで歴史の話をしていました。近くでクレープを食べるギャルを尻目に東京裁判について討論するなど、めちゃくちゃ濃い話をしてましたから。


 そして、最後。

 これは、ナンナンどころの話ではありません。ナンナンなんて言い方では済まされず、「オナジニンゲントハオモエナイ」に認定したいと思います。

⑦スーパーのタイムセールにおける、オバハンの戦い方 1オナジニンゲントハオモエナイ
 先日、地元の商店街を歩いていると、大型量販店ができていました。

 たまたまその日が開店日で、オープニングセールをやっています。外からすでに、店内の熱気が伝わってくるほどなのです。

 店に入ると、案の定、オバハンでごった返しています。杉良太郎のコンサートなみにオバハン率が高く、どのオバハンも殺気立っています。1階がスーパーマーケットであることから、激安品に対する、オバハンの「戦い方」が尋常ではないのです。

 スーパーの中央部では、「うどん・やきそばの麺、詰め放題で200円!」と題して、タイムセールが行われています。小さなビニール袋に詰め放題なのですが、「まだ入れんの、お前?」というぐらい5個、10個は当たり前、とあるオバハンなんて、麺を上から拳で殴りつけているのです。

 メスやんな、自分!?オスでもめったにやらんことやってるけど、自分、メスやんな!?

 「まだ詰めれる!まだ詰めれる!」

 もう無理やろ、どう考えても!入れすぎて袋破けてるやんけ!

 隣のブースでは、野菜の詰め放題が行われています。ここもすさまじく、ほとんどのオバハンがビニールからはみ出しており、はみ出た野菜を片手で押さえている奴までいます。「先っぽが入ってたらそれは詰めたことになるやろ!」とばかりに開き直り、1人のオバハンなんてもう、手で普通に持ってるんですよ。袋からはみ出たピーマンを左手で押さえ、余った右手で普通にニンジンを持っているのです。

 それは違うやろ、お前!それはさすがに詰めたことにはならんやろ!

 「まだ詰めれるで!」

 差し歯詰めろ、お前はまず!お前は前歯がスカスカやから、野菜を詰める前に差し歯詰めてこい!

 しかも何気に袋を見たら、ピーマンとピーマンのあいだにちゃっかしうどんの麺をぶち込んでやがるんですよ!

 普通に犯罪やんけ、それ!それはもう普通に万引きやろ!

 しばらくして、店員が叫びました。

 「ただいまから雑貨の100円セールを始めます!こちらのワゴンに置かれた商品はすべて100円です!」

 聞こえたオバハンは全員、そちらに移動します。ワゴンに突入して商品をカゴにぶち込み始め、出遅れたオバハンは、隙間に体をねじ込みます。

 「どこか一部分でも入ってたらなんとかなるやろ!」

 こう叫ぶかのごとく体をねじ込み、1人のオバハンなんて右腕を隙間に突き刺し、左足で隣のオバハンのケツにヒザ入れてるんですよ!

 勘弁してくれよ、おい!で、メンバーに1人、雄たけび上げてるオバハンがおんねんけど!?マイク真木そっくりのオバハンが「オラオラオラオラッ!」って叫びまくってんねんけど!?

 このマイク真木は、丸太のような腕を振り回して暴れまくっています。その結果、マイク真木にヒジ鉄を顔面にくらったオバハンのメガネが吹っ飛び、誰かがそのメガネを商品と勘違いして自分のカゴに入れたんですよ!

 売り物と違うわ、それ!オバハンの私物や!

 「それ、私のメガネ!それは私のメガネやから!」

 「あんた押さんといてよ!痛いやろが!」

 「オラオラオラオラッ!オラオラオラオラッ!」

 ここどうなってんねん、おい!で、よく見たら鼻血出てる奴がおんねんけど!?鼻血出ながらもなお商品つかみにかかってんねんけど!?

 「殺すぞ!」

 すごい言葉が聞こえた!あかん身の危険を感じてきた、そろそろ帰ろっ!

 スーパーのタイムセール中は、救急車を待機させておいたほうがいいです。ケガ人、いや死人が出てもおかしくなく、安売りを前にしたオバハンだけは、同じ人間とは思えないのです。


 以上が、今回の考察です。

 ちなみに、先ほどのメガネ。

 なんとか持ち主の手に戻ったものの、フレームが軽く曲がっていました……。


告白しない片思いに何か意味はあるか?の考察・後編(パソコン読者用)

※2008年・2月16日の記事を再々編集


 「♪これ以上何を失えば 心は許されるの どれほどの痛みならば もう一度君に会える Onemoretime…… 」


 最高にして最後のチャンスですらムダにしてしまった僕は、お酒をあおって眠りにつきました。朦朧とする意識の中で、山崎まさよしの歌を延々と口ずさんでいたのです。

 

 果たして純情青年だった僕は、このあと、どうなったのでしょうか?堕ちるところまで堕ちたのでしょうか?それとも……。


 そこで今回は、「告白しない片思いに何か意味はあるか?」の考察・後編です。


 「うわーーー!!!」


 途中で目が覚めた僕は、大声で奇声を上げました。


 身も心も限界です。憔悴とはまさにこのこと、気分が悪くて吐きそうになっても、トイレに行けずにその場で吐いてしまうのです。


 「もう、どうなってもいいわ……」


 こう思わずにはいられず、部屋が汚れようが関係ありません。


 口から出るものは、悲しいかな、中身がありません。ほとんど食事をしていないので、ノドに突き上げるのは、水分ばかりなのです。


 吐いたものからは、まったく匂いがしません。粘っこい液体に生活感がなく、その事実を知ったとき、今の自分がなんだか怖くなりました。


 吐いたことで、ノドはカラカラです。


  ですが、冷蔵庫を開けることができません。開ける気力がないというよりも、「開けたところでどうするの?」と、水分を補給するというその行為自体を疑ってかかります。「生きてても仕方がないような奴なのに、なぜ水分を補給するの?」と考えて、手が止まってしまうのです。


 「そういえば、僕は最近、笑ってないな……」


 この事実に気づいたとき、思わず、笑いました。皮肉にも久し振りに笑ったのは、笑っていない自分に対してだったのです。


 それでも僕は、こんな自分に、心のどこかで酔いしれているところがあります。


 僕は告白する勇気がないだけの根性なしなのに、悲劇の主人公になった気分です。悲運を大げさにすることで、その役柄に酔いしれているところがあり、そんな自分を客観的に見ると、ますます自分のことが嫌いになります。冷静と演出の狭間を行ったりきたりする自分を、「気持ち悪い……」と思うのです。


 思考が混沌とすると、布団で吐くという、現実に引き戻されます。マイナスがマイナスを生み、マイナスの螺旋に包まれる体がどこか心地よくて、今の僕は、下流にある石のようです。


 「わかってはいるけど、この場を離れたくない」


 上りたいけど、上りたくない。見つけられたいけど、見つけられたくない。射してほしいけど、射してほしくない


 芽生える少しの意思とは裏腹に、その場を離れられません。僕は時折、奇声を上げながら、生涯忘れられない、地獄の一夜を過ごしました。


 朝起きると、案の定、2日酔いです。


 頭の中を槍に突かれるような感覚。それも竹槍を持った日本兵に、「なんでK子ちゃんに特攻しなかったんだよ!」と刺されるかのようで、特攻できなかった後悔が気持ちをげんなりとさせ、頭痛に拍車がかかります。


 時間を追うにつれて、冷静さを取り戻し始めました。


 ですが、夕方を過ぎても、布団から出られません。


 頭からつま先、体の内部に至るまで重くて重くて、何もする気が起きません。出ようとする意志はあるものの、出たところで何もない、何もできない、と考えるもう1人の自分がいて、立ち上がることを拒みます。


 「医者に診てもらったほうがいいかな……」


 こんな自分を見て、本気で病院に行くことを考えました。


 68キロあった体重は、60キロを割っています。


 大学をやめて海の家でも経営しようかな……。


 ボランティアでも始めてみようかな……。


 浮世離れしたユートピアを求めてしまいます。現実という事実が怖すぎて、非現実がいざなう磁力に、もっていかれそうになるのです。


 僕は小学生のときから大学を卒業するまで、毎日欠かさず、日記をつけていました。このお話を書くにあたって読み返してみたところ、大学試験が終わってからこの日に至るまでの内容の暗さに、愕然としました。


 『今日は疲れていたので、バイトを北野さんに代わってもらった。体が痛い、心が痛い。だから寝る。でも僕はごまかしているのです。自分をあざむいているのです。情けないったら、ありゃしないです』


 『起きたら夜だった。最近、寝不足だったので、今日はぐっすりと眠れたと思う。K子ちゃんの名前でダビスタの馬名をつけたが、馬が死んで死にたくなった。しかも、弱いと思って適当に名づけたクロチクビという馬がダービーを勝ちやがった。もうダビスタはしないでおこう』


 『自分が生きているのか死んでいるのか、わからないときがある。体中が痛い。最近、槇原のりゆきの曲が手離せなくなった。もう恋なんてしないなんて言わないよ絶対なんて言ってるけど、正直、言いたい。早く楽になりたい』


 大学に入学した日が、『今日から待ちに待った大学生活だ!サークルに入ることを考えると、楽しみで仕方がない!』と明るいのに、早く楽になりたい、とまで言ってしまっているのです。


 しかも何を思ったのか、K子ちゃんを好きになった時期から毎日、「片思い川柳」と題して、川柳を記していました。


 『会えるかな うれしさ半分 憂い旅』


 『ミラクルを 信じる僕にも 限界が』


 『確実に 僕の寿命は 減っている』


 『漆黒の 闇に消え去る マイライフ』


 『永作の 汚したポスター また使う』


 バイトの最終日に告白できなかった日に至っては、『あああ!! ああああああ! あああ!!!』と緑色のペンで書いています。びっくりマークをつけた強引な川柳なのに、最後は字余りなのです。


 僕は、完全に自暴自棄になりました。


 バイト先の居酒屋に、「親が病気したので、しばらく休ませてください。落ち着いたら連絡します」とウソをついて休ませてもらい、引きこもる生活を続けました。2月の後半と3月を全休することにし、わずかな貯金を糧に、部屋に閉じこもりました。


 もちろん、強引にやれば、告白することは可能です。2月いっぱいは、K子ちゃんはスーパーにいます。再度、買い物客を装って、K子ちゃんと一緒に帰ることはできるでしょう。


 ですが、告白する勇気がない以前に、もう限界だったのです。


 心身ともに衰弱しきっていたので、再度挑戦して言えなかったら、ショック死しかねません。誰かから電話がかかってきても無視し、食事をしては吐き、眠れない夜はお酒を飲んで床につくなど、行きつくところまで行ってしまっていたのです。


 「無理してまで、告白しなくていいよ」


 僕は自分を安心させるために、2月と3月のカレンダーをめくりました。


 K子ちゃんがこの街からいなくなった、4月のカレンダー。形だけではありますが、「K子ちゃんがいなくなった=告白できなかった=もう過ぎてしまった=過去のこと」になります。精神的に楽なのです。


 僕は日々、布団にこもりました。見上げて意味なく天井の傷を数えたり、部屋に侵入してきたハエをひたすら目で追ったりと、これ以上ない、荒んだ生活を送りました。


 とはいえ、部屋にこもりっきりだと、本当に自殺してしまいそうな気がしたのです。


 当時、『愛という名のもとに』というドラマが再放送されていました。登場人物の1人が首吊り自殺するのを見て、「いいな、楽になれて……」と思ってしまったのです。


 3月になって、大学の試験結果が郵送で送られてきました。留年という現実をつきつけられても、「あっ、そうですか」とばかりに、まったく意に介さなかったのです。


 体重計に乗って55キロという数字を見ると、自分がいたたまれません。自分という存在がとてつもなく小さなものに思えて、地球に生きているのではなく、「地球に生かされている」と思えるほど、自分が自分でなくなってしまったのです。


 そこで気分転換に、日中は大学にある芝生に、昼寝をしに行くことにしました。


 この芝生は、僕のお気に入りです。


 授業の合間には、いつもここに来て、ごろごろしていました。照りつける陽射しとヒンヤリする芝生が合わさり、なんとも心地いいのです。


 地球上でこの芝生だけが、僕に味方をしてくれているような気がします。ここにいるときだけは、手錠がゆるんだのです。


 冬休みのため、学生はほとんどいません。ごろごろするには打ってつけで、気がつくと、大学の前のマクドナルドでハンバーガーを3つ買い、がんばって食べ切るのが日課になっていました。


 時折、馬術部に馬を見に行きました。


 馬の頭をなでる人の優しさに触れ、グラウンドに移動して、野球の練習をする学生の男臭さに妙に共感したりと、多種多様の物・事、そして人に触れることで、心をリハビリしました。


 無理言って一度、馬を近くで見させてもらいました。


 馬のくりくりした目を見ると、心が洗われます。冬休み返上で馬の糞を掃除する学生を見ると、心があたたかくなります。自分の馬にクロチクビと名づけていた自分が情けなくなると同時に、そんな自分を見て笑えるまでに、回復していったのです。


 時には、校舎内をくまなく歩きました。


 「へー、こんなところもあったんか!」


 「ここのから揚げ定食、おいしいな!」


 ささいなことにもうれしく思える自分に喜びを感じ、僕は少しずつ、人間の心を取り戻していきました。


 そして、3月も半ばを過ぎたある日のこと。正確には、3月18日のお昼すぎのことです。


 僕はいつものように、芝生でごろごろしていました。


 ノドが渇いたので、近くの自動販売機にジュースを買いに行ったところ、自販機近くのベンチに座っていたカップルが、おもいっきりキスをしていたのです。


 僕が来たにもかかわらず、そんなことなど、おかまいなしです。


 「好き同士なんだから当然でしょ!」


 こう言うかのごとく、キスを続行したのです。


 これを見て、僕は思いました。自分の中で何かがはじけるほど、「はじけた!」と声に出そうなほど、1つの強烈な感情に支配されたのです。


 「うらやましい……」と。


 おでこにキスをする男性の顔、うっとりとした女性の顔、なにより、周囲を一切寄せつけない2人だけで作り上げた空間を見て、心の底から、うらやましいと思ったのです。


 その空間には、独特の温もりがあります。放たれる温もりが肌で感じられるようで、その温もりは、僕のパートナーである布団がくれる温もりとは真逆のものなのです。


 そしてこのとき、僕は、こう思わずにはいられませんでした。


 「K子ちゃんとチューがしたい!」


 デートがしたいとか抱きしめたいとかではなく、チューがしたくて仕方がなくなったのです。キスではなく、キッスでもなく、チューがしたい、と。


 僕を奮い立たせたのは、慈愛や博愛や友情といった精神美麗ではなく、至極現実的な、羨望という名の強烈なジェラシーでした。


 幸せそうにチューをするカップルを見るとたまらなくなり、好きな女性とチューできるかもしれないチャンスをみすみす逃した自分に、猛烈な怒りを覚えたのです。


 「俺もK子ちゃんとチュッチュッしたい!朝までキスマークをつけ合いたい!」


 若者なら誰もが持っている青の炎が、メラメラと点火し始めたのです。


 今までセピアがかってしか見えなかった風景が、強烈な原色に見えてきました。


 僕は回復しつつも、まだ病を引きずっています。目に入るものがモノクロに見えて仕方がなかったのですが、キスをするカップルを間近で見た瞬間から、「地球っていいよね!」とばかりに、地球に生かされているではなく、地球に生きているでもなく、「地球に存在している自分」を俯瞰で見ることができたのです。


 地球に存在する僕は、強烈な個性を放っています。


 気弱、シャイ、不器用……。マイナス要素を挙げればキリがないものの、それでも存在しています。自分が存在しているという事実を自分で再認識できたとき、目の前が急に明るくなったのです。

 

 その結果、あんなにも鬱陶しかった、鬱陶しいながらも自らの意思ではめ続けていた手錠が、はずれたのです。正確には「はずした」で、鬱屈の檻を出て自由になりたい、と思わずにはいられなかったのです。


 なぜだか急に、子供のようにワクワクしてきました。


 今の僕には、不思議と邪念がありません。


 荷物を取りにもといた芝生に向かう際、僕は全速力で走りました。「僕は地球にいるバスコという者です!」と叫ぶかのように、大地を踏み締めて、力いっぱい走りました。


 「ハアハア、ハアハア」


 切れた息が、生きていることを実感させます。苦しさが楽しさに変わり、それは次第に生きることへの楽しさへと、気持ちが変化していきました。


 僕のK子ちゃんへの思いが、再点火しました。熱すぎてヤケドしそうなほど、そしてそのヤケドが心地いいほど、燃え上がってきました。


 ただ悲しいかな、それでも告白するのとは、話は別なのです。


 奮い立ったとはいえ、僕のシャイさは半端ではありません。時間がたつにつれて、やめとこうかな、告白してもダメかもしれないしな、と思い始めたのです。


 そこで僕は、自分を逃げ場のないところに追いやることにしました。告白せざるをえない、もっと言えば、「戦わざるをえない」という壁際に追い込むことにしたのです。


 それは、K子ちゃんの家の前で待ち伏せするという、リーサルウェポンです。


 家の前で待ち伏せしていれば、必ず、K子ちゃんに会えます。そして会ったからにはもう、言い訳のしようがないのです。


 最後にK子ちゃんと会ったとき、僕は彼女の家である、マンションの場所を知りました。最後に会ってからも、そのマンションの前をさりげなく通っていたぐらいで、K子ちゃんの家は、僕の家から5分足らずのところにあったのです


 K子ちゃんは実家です。家族の誰かと一緒かもしれません。ですがもう、そのときはそのときなのです。今まで深読みし、考えすぎて失敗したことを猛省し、「出たとこ勝負だ!」と、前を見ることにしたのです。


 僕はついに、頭にはあっても実行に移せなかったリーサルウェポンを、使うことに決めました。


 いつ決行するかですが、都合のいい理由をつけてあと回しにしようとする自分がいたので、今日しかないと、自分に言い聞かせました。それも、今すぐに向かうのです。


 「家に帰って、少し休んでからのほうがいいのでは?」


 「告白を見越して、歯を磨いてからのほうがいいのでは?」


 こんなふうに考えたものの、それは結局、逃げているだけです。保身にすぎず、奮起できたとはいえ僕のことなので、家に帰って気がゆるむと、絶対にまた逃げてしまうのです。


 僕は、リハビリテーション室である大学を卒業することにしました。


 「もう、ここには来ないよ!」


 自分にこう決意させるべく、わざわざ正門から出ました。


 長期戦になることが予想されたため、大学の前の食堂に入って、スタミナ定食を注文しました。スタミナ定食を食べ切るスタミナもないほど衰弱していたのですが、ご飯を大盛りにしてもらい、無理にでもかき込みました。


 コンビニに寄って、飲み物とタバコを買いました。弱気の虫が顔を出すもしものことを考えて、保険でお酒を買おうとしたものの思い直し、K子ちゃんのマンションに向かいました。


 30分ほど歩いて、K子ちゃんのマンションの前に到着しました。マンションの入口のポストを見て、K子ちゃんの家が1階の右から2番目であることを確認し、1階に併設された階段に座って待つことにしたのです。


 僕は、ずっと待ち続けました。


 春が近いとはいえ、外は、まだ肌寒いです。コンクリートに座り続けているため、お尻も痛いです。時折、「やっぱり帰ろうかな……」という弱気が顔を出したものの、人間じゃなかったときの自分を思い出して奮起し、3時間以上も待ち続けました。


 夕方の5時を、少し回ったぐらいだったと思います。


 遠目に、K子ちゃんが自転車に乗って帰ってくるのがわかりました。てっきり家から出てくるとふんでいたため不意をくらったのですが、前からやってきたのは紛れもなく、K子ちゃんでした。


 そのとき、いや、「このとき」が、ついに来たのです。


 ただ、運悪く、マンションの下に何人か人がいたため、「帰りたい……」と思ってしまったのです。


 帰ろうかな……。まだK子ちゃんには見つかってないし、今なら帰れるかな……。


 思わず、裏口から逃げようと考える自分がいたのですが、腹回りにくっきりと浮き出た気持ち悪いあばら骨に、あえて触れました。


 「お前はもう、こんな人間にはなりたくないんだろ?」


 自らに、こう言い聞かせたのです。


 「無になれ!余計なことは考えるな!1歩ずつ踏み出して行け!」


 僕は重い足に、強い口調で命令しました。飛び出してきそうなほどに心臓をバクバクさせながらも、僕はK子ちゃんのいる自転車置き場に向かったのです。


 瞬間的に、今までの苦労が思い出されました。


 泣いたこと、家に閉じこもったこと、そして、人生から逃げていたこと……。


 たくさんのことを思い出して、心が震えました。


 僕は、K子ちゃんの前に立ちました。


 「ちょっと話があるんやけど、こっちに来てくれへん?」


 僕を見て驚くK子ちゃんを尻目に、こう言って強引に手をつかみ、人のいない、マンションの横の道に連れて行ったのです。


 誰もいない小道で、僕はついに告白をしました。


 体中が震え、緊張で噛み噛みです。興奮のあまり途中から涙を流し始めたのですが、それでも僕は正直に自分のすべてをさらけ出して、こう告白したのです。


 「僕、K子ちゃんのことが好きやったんです。好きで好きで、たまらなかったんです。情けないけど、K子ちゃんと偶然会えるように、いつも街の中を歩いていたんです。でも、K子ちゃんを見つけても告白する勇気がなくて、いつも家に帰ってきたんです。やせたのも実はそれが原因で、本当に好きで好きで仕方がなかったんです。だからよかったら、僕とお付き合いしてもらえませんか?」


 K子ちゃんは、じっと僕を見つめています。


 そして、体を震わせて鼻水をたらす僕に、こう口にしたのです。僕とまでは言わないまでも目に涙を浮かべ、僕にこう言ってくれたのです。



 「実は、私も好きやったんです……」



 気がつくと、僕は号泣しながら、K子ちゃんを抱きしめていました。


 本来はこんなキャラではなく、こんな青臭いことをする奴は大嫌いなのですが、足が勝手に動いて抱きしめていたのです。


 僕は興奮しすぎて、我を忘れています。K子ちゃんに、チューをしていたのです。


 K子ちゃんもイヤな顔をせずにそれに応えてくれ、あとからわかったことなのですが、K子ちゃんにとっては、これはファーストキスだったのです。


 「人の唇って、ここまで柔らかいんや……」


 プルンとした唇が溶けてしまいそうなほど、その柔らかさに感動しました。ファーストキスも、百戦錬磨の風俗嬢のディープキスでもかなわない、最高のチューでした。


 そして、勢い余って舌を入れようとした僕に、「もう!」と言って制したK子ちゃんの顔を、僕は生涯、忘れることはありません。僕の30年の人生の中でも1番の、最高にかわいい、はにかんだ笑顔でした。



 K子ちゃんを好きになってから半年を経て、僕の長きに渡る戦いは、終わりを告げました。


 やがて、僕らは付き合い始めます。


 K子ちゃんは短大の近くで暮らすことになったものの、週のほとんどは僕の家に遊びに来るようになりました。僕の青春の最後を飾るにふさわしい、最高に充実した時間となったのです。


 僕の大学生活は、ほかの学生と比べると、決して楽しいものではありませんでした。けれどこのとき初めて、この大学に入ってよかったと、心の底から思いました。


 「最後のバイトの日、うちもあんたのレジの隣に行くつもりやった!」


 こう聞かされて笑い、K子ちゃんも僕に負けず劣らずの、シャイな人間であることがわかりました。「3月のカレンダーはなんでないの?」と訊かれて笑い話になり、僕の体も見る見る回復しました。1ヵ月もたたないうちに、もとの体重に戻ったのです。


 3月29日である僕の誕生日も、それはもう楽しかったです。


 そして誕生日当日、K子ちゃんが僕の部屋で料理を作ってくれることになった際、バイト先だったスーパーのエプロンを巻いたのです。


 「ジャーン!」


 こう言って僕も同じようにエプロンを出し、2人で大笑いしたのです。


 他愛もないことですが、僕の恋愛史上における、最高のシーンの誕生です。



 その後、訳あって1年もたたないうちに、K子ちゃんとは別れました。詳細は伏せておきますが、その後、2度と会うことはなかったのです。


 ただ、エプロンをつけて笑った彼女の顔を、僕は死ぬまで忘れることはないでしょう。そして、ジャーンと言って柄にもないことをした自分の心の清廉さを、なんだかうれしく思えました。



 K子ちゃんと別れてから、数ヵ月後。


 留年したとはいえ、僕は無事に大学を卒業しました。


 卒業式当日には、大学に出向きました。


 知り合いは、ほとんどいません。式に出ずに、1人でさびしくうろうろしていたのですが、気がつくと、いつもいた芝生に寝転んでいました。いい意味でも悪い意味でも思い出の詰まったこの場所に、僕は大の字になって寝転んだのです。


 意識せずとも、K子ちゃんとのことが思い出されました。


 頭によぎるのは、不思議と彼女の横顔ばかり。正面から見た顔ではなく、並んで歩いてるときにふと見たその横顔が、何度も何度も網膜に現れては消えます。


 福山雅治の『桜坂』を聴くと、自然と涙が溢れてきました。ポロポロと涙が滴り落ち、なぜだかわかりませんが、笑いました。


 そして家に帰り、今日をもってやめると決めていた人生最後の日記を、こうしたためて青春の結びとしたのです。


 『いろいろあったけど、K子と出会えたから、大学生活はよかった』



 掃除をしていた僕の手が、思わず止まりました。そのときのエプロンを手にし、当時を思い出して、涙が溢れてきました。


 ただ、このエプロンは前編の冒頭でもご紹介したとおり、感慨に浸るためではなく、自戒の意味で残してあるのです。


 いろいろとあった今回のお話ですが、僕はそれでも、後悔のほうが強いです。K子ちゃんとお付き合いできて万事万歳と言いたいところですが、なんでもっと早く告白しなかったんだろう、という自責の念は消えません。


 なぜなら悲しくなるので書きませんが、もっと早く付き合っていれば、僕らは別れずに済んだかもしれないからです。


 みなさま、どんなことがあっても、片思いをあきらめてはいけません。告白しない片思いに、何の意味もないことだけはたしかなのです。


 断られるかもしれませんし、相手にされないかもしれません。ただ、結果はどうあれ、どう考えても言わないよりかはましで、僕のように身も心もボロボロになってしまうと、取り返しのつかないことになるかもしれないのです。


 もちろん、わかってはいるけどできない、とおっしゃる方がほとんどでしょう。わかっていてもできないのがシャイなので、そう簡単にできるわけがありません。


 そこでそんなみなさまに、僕と同じ性格である仲間として、最後に、僕が人生の岐路に立たされたときに思い出す、1つの言葉をご紹介します。僕の座右の銘であり、亡くなった親戚のおじさんが、僕の弱い性格を見越して送ってくれた言葉。


 それは、「唯一人生」と言います。



告白しない片思いに何か意味はあるか?の考察・後編(携帯読者用)

※2008年・2月16日の記事を再々編集

 「♪これ以上何を失えば 心は許されるの どれほどの痛みならば もう一度君に会える Onemoretime…… 」

 最高にして最後のチャンスですらムダにしてしまった僕は、お酒をあおって眠りにつきました。朦朧とする意識の中で、山崎まさよしの歌を延々と口ずさんでいたのです。

 果たして純情青年だった僕は、このあと、どうなったのでしょうか?堕ちるところまで堕ちたのでしょうか?それとも……。

 そこで今回は、「告白しない片思いに何か意味はあるか?」の考察・後編です。

 「うわーーー!!!」

 途中で目が覚めた僕は、大声で奇声を上げました。

 身も心も限界です。憔悴とはまさにこのこと、気分が悪くて吐きそうになっても、トイレに行けずにその場で吐いてしまうのです。

 「もう、どうなってもいいわ……」

 こう思わずにはいられず、部屋が汚れようが関係ありません。

 口から出るものは、悲しいかな、中身がありません。ほとんど食事をしていないので、ノドに突き上げるのは、水分ばかりなのです。

 吐いたものからは、まったく匂いがしません。粘っこい液体に生活感がなく、その事実を知ったとき、今の自分がなんだか怖くなりました。

 吐いたことで、ノドはカラカラです。

 ですが、冷蔵庫を開けることができません。開ける気力がないというよりも、「開けたところでどうするの?」と、水分を補給するというその行為自体を疑ってかかります。「生きてても仕方がないような奴なのに、なぜ水分を補給するの?」と考えて、手が止まってしまうのです。

 「そういえば、僕は最近、笑ってないな……」

 この事実に気づいたとき、思わず、笑いました。皮肉にも久し振りに笑ったのは、笑っていない自分に対してだったのです。

 それでも僕は、こんな自分に、心のどこかで酔いしれているところがあります。

 僕は告白する勇気がないだけの根性なしなのに、悲劇の主人公になった気分です。悲運を大げさにすることで、その役柄に酔いしれているところがあり、そんな自分を客観的に見ると、ますます自分のことが嫌いになります。冷静と演出の狭間を行ったりきたりする自分を、「気持ち悪い……」と思うのです。

 思考が混沌とすると、布団で吐くという、現実に引き戻されます。マイナスがマイナスを生み、マイナスの螺旋に包まれる体がどこか心地よくて、今の僕は、下流にある石のようです。

 「わかってはいるけど、この場を離れたくない」

 上りたいけど、上りたくない。見つけられたいけど、見つけられたくない。射してほしいけど、射してほしくない。

 芽生える少しの意思とは裏腹に、その場を離れられません。僕は時折、奇声を上げながら、生涯忘れられない、地獄の一夜を過ごしました。

 朝起きると、案の定、2日酔いです。

 頭の中を槍に突かれるような感覚。それも竹槍を持った日本兵に、「なんでK子ちゃんに特攻しなかったんだよ!」と刺されるかのようで、特攻できなかった後悔が気持ちをげんなりとさせ、頭痛に拍車がかかります。

 時間を追うにつれて、冷静さを取り戻し始めました。

 ですが、夕方を過ぎても、布団から出られません。

 頭からつま先、体の内部に至るまで重くて重くて、何もする気が起きません。出ようとする意志はあるものの、出たところで何もない、何もできない、と考えるもう1人の自分がいて、立ち上がることを拒みます。

 「医者に診てもらったほうがいいかな……」

 こんな自分を見て、本気で病院に行くことを考えました。

 68キロあった体重は、60キロを割っています。

 大学をやめて海の家でも経営しようかな……。

 ボランティアでも始めてみようかな……。

 浮世離れしたユートピアを求めてしまいます。現実という事実が怖すぎて、非現実がいざなう磁力に、もっていかれそうになるのです。

 僕は小学生のときから大学を卒業するまで、毎日欠かさず、日記をつけていました。このお話を書くにあたって読み返してみたところ、大学試験が終わってからこの日に至るまでの内容の暗さに、愕然としました。

 『今日は疲れていたので、バイトを北野さんに代わってもらった。体が痛い、心が痛い。だから寝る。でも僕はごまかしているのです。自分をあざむいているのです。情けないったら、ありゃしないです』

 『起きたら夜だった。最近、寝不足だったので、今日はぐっすりと眠れたと思う。K子ちゃんの名前でダビスタの馬名をつけたが、馬が死んで死にたくなった。しかも、弱いと思って適当に名づけたクロチクビという馬がダービーを勝ちやがった。もうダビスタはしないでおこう』

 『自分が生きているのか死んでいるのか、わからないときがある。体中が痛い。最近、槇原のりゆきの曲が手離せなくなった。もう恋なんてしないなんて言わないよ絶対なんて言ってるけど、正直、言いたい。早く楽になりたい』

 大学に入学した日が、『今日から待ちに待った大学生活だ!サークルに入ることを考えると、楽しみで仕方がない!』と明るいのに、早く楽になりたい、とまで言ってしまっているのです。

 しかも何を思ったのか、K子ちゃんを好きになった時期から毎日、「片思い川柳」と題して、川柳を記していました。

 『会えるかな うれしさ半分 憂い旅』

 『ミラクルを 信じる僕にも 限界が』

 『確実に 僕の寿命は 減っている』

 『漆黒の 闇に消え去る マイライフ』

 『永作の 汚したポスター また使う』

 バイトの最終日に告白できなかった日に至っては、『あああ!! ああああああ! あああ!!!』と緑色のペンで書いています。びっくりマークをつけた強引な川柳なのに、最後は字余りなのです。

 僕は、完全に自暴自棄になりました。

 バイト先の居酒屋に、「親が病気したので、しばらく休ませてください。落ち着いたら連絡します」とウソをついて休ませてもらい、引きこもる生活を続けました。2月の後半と3月を全休することにし、わずかな貯金を糧に、部屋に閉じこもりました。

 もちろん、強引にやれば、告白することは可能です。2月いっぱいは、K子ちゃんはスーパーにいます。再度、買い物客を装って、K子ちゃんと一緒に帰ることはできるでしょう。

 ですが、告白する勇気がない以前に、もう限界だったのです。

 心身ともに衰弱しきっていたので、再度挑戦して言えなかったら、ショック死しかねません。誰かから電話がかかってきても無視し、食事をしては吐き、眠れない夜はお酒を飲んで床につくなど、行きつくところまで行ってしまっていたのです。

 「無理してまで、告白しなくていいよ」

 僕は自分を安心させるために、2月と3月のカレンダーをめくりました。

 K子ちゃんがこの街からいなくなった、4月のカレンダー。形だけではありますが、「K子ちゃんがいなくなった=告白できなかった=もう過ぎてしまった=過去のこと」になります。精神的に楽なのです。

 僕は日々、布団にこもりました。見上げて意味なく天井の傷を数えたり、部屋に侵入してきたハエをひたすら目で追ったりと、これ以上ない、荒んだ生活を送りました。

 とはいえ、部屋にこもりっきりだと、本当に自殺してしまいそうな気がしたのです。

 当時、『愛という名のもとに』というドラマが再放送されていました。登場人物の1人が首吊り自殺するのを見て、「いいな、楽になれて……」と思ってしまったのです。

 3月になって、大学の試験結果が郵送で送られてきました。留年という現実をつきつけられても、「あっ、そうですか」とばかりに、まったく意に介さなかったのです。

 体重計に乗って55キロという数字を見ると、自分がいたたまれません。自分という存在がとてつもなく小さなものに思えて、地球に生きているのではなく、「地球に生かされている」と思えるほど、自分が自分でなくなってしまったのです。

 そこで気分転換に、日中は大学にある芝生に、昼寝をしに行くことにしました。

 この芝生は、僕のお気に入りです。

 授業の合間には、いつもここに来て、ごろごろしていました。照りつける陽射しとヒンヤリする芝生が合わさり、なんとも心地いいのです。

 地球上でこの芝生だけが、僕に味方をしてくれているような気がします。ここにいるときだけは、手錠がゆるんだのです。

 冬休みのため、学生はほとんどいません。ごろごろするには打ってつけで、気がつくと、大学の前のマクドナルドでハンバーガーを3つ買い、がんばって食べ切るのが日課になっていました。

 時折、馬術部に馬を見に行きました。

 馬の頭をなでる人の優しさに触れ、グラウンドに移動して、野球の練習をする学生の男臭さに妙に共感したりと、多種多様の物・事、そして人に触れることで、心をリハビリしました。

 無理言って一度、馬を近くで見させてもらいました。

 馬のくりくりした目を見ると、心が洗われます。冬休み返上で馬の糞を掃除する学生を見ると、心があたたかくなります。自分の馬にクロチクビと名づけていた自分が情けなくなると同時に、そんな自分を見て笑えるまでに、回復していったのです。

 時には、校舎内をくまなく歩きました。

 「へー、こんなところもあったんか!」

 「ここのから揚げ定食、おいしいな!」

 ささいなことにもうれしく思える自分に喜びを感じ、僕は少しずつ、人間の心を取り戻していきました。

 そして、3月も半ばを過ぎたある日のこと。正確には、3月18日のお昼すぎのことです。

 僕はいつものように、芝生でごろごろしていました。

 ノドが渇いたので、近くの自動販売機にジュースを買いに行ったところ、自販機近くのベンチに座っていたカップルが、おもいっきりキスをしていたのです。

 僕が来たにもかかわらず、そんなことなど、おかまいなしです。

 「好き同士なんだから当然でしょ!」

 こう言うかのごとく、キスを続行したのです。

 これを見て、僕は思いました。自分の中で何かがはじけるほど、「はじけた!」と声に出そうなほど、1つの強烈な感情に支配されたのです。

 「うらやましい……」と。

 おでこにキスをする男性の顔、うっとりとした女性の顔、なにより、周囲を一切寄せつけない2人だけで作り上げた空間を見て、心の底から、うらやましいと思ったのです。

 その空間には、独特の温もりがあります。放たれる温もりが肌で感じられるようで、その温もりは、僕のパートナーである布団がくれる温もりとは真逆のものなのです。

 そしてこのとき、僕は、こう思わずにはいられませんでした。

 「K子ちゃんとチューがしたい!」

 デートがしたいとか抱きしめたいとかではなく、チューがしたくて仕方がなくなったのです。キスではなく、キッスでもなく、チューがしたい、と。

 僕を奮い立たせたのは、慈愛や博愛や友情といった精神美麗ではなく、至極現実的な、羨望という名の強烈なジェラシーでした。

 幸せそうにチューをするカップルを見るとたまらなくなり、好きな女性とチューできるかもしれないチャンスをみすみす逃した自分に、猛烈な怒りを覚えたのです。

 「俺もK子ちゃんとチュッチュッしたい!朝までキスマークをつけ合いたい!」

 若者なら誰もが持っている青の炎が、メラメラと点火し始めたのです。

 今までセピアがかってしか見えなかった風景が、強烈な原色に見えてきました。

 僕は回復しつつも、まだ病を引きずっています。目に入るものがモノクロに見えて仕方がなかったのですが、キスをするカップルを間近で見た瞬間から、「地球っていいよね!」とばかりに、地球に生かされているではなく、地球に生きているでもなく、「地球に存在している自分」を俯瞰で見ることができたのです。

 地球に存在する僕は、強烈な個性を放っています。

 気弱、シャイ、不器用……。マイナス要素を挙げればキリがないものの、それでも存在しています。自分が存在しているという事実を自分で再認識できたとき、目の前が急に明るくなったのです。

 その結果、あんなにも鬱陶しかった、鬱陶しいながらも自らの意思ではめ続けていた手錠が、はずれたのです。正確には「はずした」で、鬱屈の檻を出て自由になりたい、と思わずにはいられなかったのです。

 なぜだか急に、子供のようにワクワクしてきました。

 今の僕には、不思議と邪念がありません。

 荷物を取りにもといた芝生に向かう際、僕は全速力で走りました。「僕は地球にいるバスコという者です!」と叫ぶかのように、大地を踏み締めて、力いっぱい走りました。

 「ハアハア、ハアハア」

 切れた息が、生きていることを実感させます。苦しさが楽しさに変わり、それは次第に生きることへの楽しさへと、気持ちが変化していきました。

 僕のK子ちゃんへの思いが、再点火しました。熱すぎてヤケドしそうなほど、そしてそのヤケドが心地いいほど、燃え上がってきました。

 ただ悲しいかな、それでも告白するのとは、話は別なのです。

 奮い立ったとはいえ、僕のシャイさは半端ではありません。時間がたつにつれて、やめとこうかな、告白してもダメかもしれないしな、と思い始めたのです。

 そこで僕は、自分を逃げ場のないところに追いやることにしました。告白せざるをえない、もっと言えば、「戦わざるをえない」という壁際に追い込むことにしたのです。

 それは、K子ちゃんの家の前で待ち伏せするという、リーサルウェポンです。

 家の前で待ち伏せしていれば、必ず、K子ちゃんに会えます。そして会ったからにはもう、言い訳のしようがないのです。

 最後にK子ちゃんと会ったとき、僕は彼女の家である、マンションの場所を知りました。最後に会ってからも、そのマンションの前をさりげなく通っていたぐらいで、K子ちゃんの家は、僕の家から5分足らずのところにあったのです。

 K子ちゃんは実家です。家族の誰かと一緒かもしれません。ですがもう、そのときはそのときなのです。今まで深読みし、考えすぎて失敗したことを猛省し、「出たとこ勝負だ!」と、前を見ることにしたのです。

 僕はついに、頭にはあっても実行に移せなかったリーサルウェポンを、使うことに決めました。

 いつ決行するかですが、都合のいい理由をつけてあと回しにしようとする自分がいたので、今日しかないと、自分に言い聞かせました。それも、今すぐに向かうのです。

 「家に帰って、少し休んでからのほうがいいのでは?」

 「告白を見越して、歯を磨いてからのほうがいいのでは?」

 こんなふうに考えたものの、それは結局、逃げているだけです。保身にすぎず、奮起できたとはいえ僕のことなので、家に帰って気がゆるむと、絶対にまた逃げてしまうのです。

 僕は、リハビリテーション室である大学を卒業することにしました。

 「もう、ここには来ないよ!」

 自分にこう決意させるべく、わざわざ正門から出ました。

 長期戦になることが予想されたため、大学の前の食堂に入って、スタミナ定食を注文しました。スタミナ定食を食べ切るスタミナもないほど衰弱していたのですが、ご飯を大盛りにしてもらい、無理にでもかき込みました。

 コンビニに寄って、飲み物とタバコを買いました。弱気の虫が顔を出すもしものことを考えて、保険でお酒を買おうとしたものの思い直し、K子ちゃんのマンションに向かいました。

 30分ほど歩いて、K子ちゃんのマンションの前に到着しました。マンションの入口のポストを見て、K子ちゃんの家が1階の右から2番目であることを確認し、1階に併設された階段に座って待つことにしたのです。

 僕は、ずっと待ち続けました。

 春が近いとはいえ、外は、まだ肌寒いです。コンクリートに座り続けているため、お尻も痛いです。時折、「やっぱり帰ろうかな……」という弱気が顔を出したものの、人間じゃなかったときの自分を思い出して奮起し、3時間以上も待ち続けました。

 夕方の5時を、少し回ったぐらいだったと思います。

 遠目に、K子ちゃんが自転車に乗って帰ってくるのがわかりました。てっきり家から出てくるとふんでいたため不意をくらったのですが、前からやってきたのは紛れもなく、K子ちゃんでした。

 そのとき、いや、「このとき」が、ついに来たのです。

 ただ、運悪く、マンションの下に何人か人がいたため、「帰りたい……」と思ってしまったのです。

 帰ろうかな……。まだK子ちゃんには見つかってないし、今なら帰れるかな……。

 思わず、裏口から逃げようと考える自分がいたのですが、腹回りにくっきりと浮き出た気持ち悪いあばら骨に、あえて触れました。

 「お前はもう、こんな人間にはなりたくないんだろ?」

 自らに、こう言い聞かせたのです。

 「無になれ!余計なことは考えるな!1歩ずつ踏み出して行け!」

 僕は重い足に、強い口調で命令しました。飛び出してきそうなほどに心臓をバクバクさせながらも、僕はK子ちゃんのいる自転車置き場に向かったのです。

 瞬間的に、今までの苦労が思い出されました。

 泣いたこと、家に閉じこもったこと、そして、人生から逃げていたこと……。

 たくさんのことを思い出して、心が震えました。

 僕は、K子ちゃんの前に立ちました。

 「ちょっと話があるんやけど、こっちに来てくれへん?」

 僕を見て驚くK子ちゃんを尻目に、こう言って強引に手をつかみ、人のいない、マンションの横の道に連れて行ったのです。

 誰もいない小道で、僕はついに告白をしました。

 体中が震え、緊張で噛み噛みです。興奮のあまり途中から涙を流し始めたのですが、それでも僕は正直に自分のすべてをさらけ出して、こう告白したのです。

 「僕、K子ちゃんのことが好きやったんです。好きで好きで、たまらなかったんです。情けないけど、K子ちゃんと偶然会えるように、いつも街の中を歩いていたんです。でも、K子ちゃんを見つけても告白する勇気がなくて、いつも家に帰ってきたんです。やせたのも実はそれが原因で、本当に好きで好きで仕方がなかったんです。だからよかったら、僕とお付き合いしてもらえませんか?」

 K子ちゃんは、じっと僕を見つめています。

 そして、体を震わせて鼻水をたらす僕に、こう口にしたのです。僕とまでは言わないまでも目に涙を浮かべ、僕にこう言ってくれたのです。


 「実は、私も好きやったんです……」


 気がつくと、僕は号泣しながら、K子ちゃんを抱きしめていました。

 本来はこんなキャラではなく、こんな青臭いことをする奴は大嫌いなのですが、足が勝手に動いて抱きしめていたのです。

 僕は興奮しすぎて、我を忘れています。K子ちゃんに、チューをしていたのです。

 K子ちゃんもイヤな顔をせずにそれに応えてくれ、あとからわかったことなのですが、K子ちゃんにとっては、これはファーストキスだったのです。

 「人の唇って、ここまで柔らかいんや……」

 プルンとした唇が溶けてしまいそうなほど、その柔らかさに感動しました。ファーストキスも、百戦錬磨の風俗嬢のディープキスでもかなわない、最高のチューでした。

 そして、勢い余って舌を入れようとした僕に、「もう!」と言って制したK子ちゃんの顔を、僕は生涯、忘れることはありません。僕の30年の人生の中でも1番の、最高にかわいい、はにかんだ笑顔でした。


 K子ちゃんを好きになってから半年を経て、僕の長きに渡る戦いは、終わりを告げました。

 やがて、僕らは付き合い始めます。

 K子ちゃんは短大の近くで暮らすことになったものの、週のほとんどは僕の家に遊びに来るようになりました。僕の青春の最後を飾るにふさわしい、最高に充実した時間となったのです。

 僕の大学生活は、ほかの学生と比べると、決して楽しいものではありませんでした。けれどこのとき初めて、この大学に入ってよかったと、心の底から思いました。

 「最後のバイトの日、うちもあんたのレジの隣に行くつもりやった!」

 こう聞かされて笑い、K子ちゃんも僕に負けず劣らずの、シャイな人間であることがわかりました。「3月のカレンダーはなんでないの?」と訊かれて笑い話になり、僕の体も見る見る回復しました。1ヵ月もたたないうちに、もとの体重に戻ったのです。

 3月29日である僕の誕生日も、それはもう楽しかったです。

 そして誕生日当日、K子ちゃんが僕の部屋で料理を作ってくれることになった際、バイト先だったスーパーのエプロンを巻いたのです。

 「ジャーン!」

 こう言って僕も同じようにエプロンを出し、2人で大笑いしたのです。

 他愛もないことですが、僕の恋愛史上における、最高のシーンの誕生です。


 その後、訳あって1年もたたないうちに、K子ちゃんとは別れました。詳細は伏せておきますが、その後、2度と会うことはなかったのです。

 ただ、エプロンをつけて笑った彼女の顔を、僕は死ぬまで忘れることはないでしょう。そして、ジャーンと言って柄にもないことをした自分の心の清廉さを、なんだかうれしく思えました。


 K子ちゃんと別れてから、数ヵ月後。

 留年したとはいえ、僕は無事に大学を卒業しました。

 卒業式当日には、大学に出向きました。

 知り合いは、ほとんどいません。式に出ずに、1人でさびしくうろうろしていたのですが、気がつくと、いつもいた芝生に寝転んでいました。いい意味でも悪い意味でも思い出の詰まったこの場所に、僕は大の字になって寝転んだのです。

 意識せずとも、K子ちゃんとのことが思い出されました。

 頭によぎるのは、不思議と彼女の横顔ばかり。正面から見た顔ではなく、並んで歩いてるときにふと見たその横顔が、何度も何度も網膜に現れては消えます。

 福山雅治の『桜坂』を聴くと、自然と涙が溢れてきました。ポロポロと涙が滴り落ち、なぜだかわかりませんが、笑いました。

 そして家に帰り、今日をもってやめると決めていた人生最後の日記を、こうしたためて青春の結びとしたのです。

 『いろいろあったけど、K子と出会えたから、大学生活はよかった』


 掃除をしていた僕の手が、思わず止まりました。そのときのエプロンを手にし、当時を思い出して、涙が溢れてきました。

 ただ、このエプロンは前編の冒頭でもご紹介したとおり、感慨に浸るためではなく、自戒の意味で残してあるのです。

 いろいろとあった今回のお話ですが、僕はそれでも、後悔のほうが強いです。K子ちゃんとお付き合いできて万事万歳と言いたいところですが、なんでもっと早く告白しなかったんだろう、という自責の念は消えません。

 なぜなら悲しくなるので書きませんが、もっと早く付き合っていれば、僕らは別れずに済んだかもしれないからです。

 みなさま、どんなことがあっても、片思いをあきらめてはいけません。告白しない片思いに、何の意味もないことだけはたしかなのです。

 断られるかもしれませんし、相手にされないかもしれません。ただ、結果はどうあれ、どう考えても言わないよりかはましで、僕のように身も心もボロボロになってしまうと、取り返しのつかないことになるかもしれないのです。

 もちろん、わかってはいるけどできない、とおっしゃる方がほとんどでしょう。わかっていてもできないのがシャイなので、そう簡単にできるわけがありません。

 そこでそんなみなさまに、僕と同じ性格である仲間として、最後に、僕が人生の岐路に立たされたときに思い出す、1つの言葉をご紹介します。僕の座右の銘であり、亡くなった親戚のおじさんが、僕の弱い性格を見越して送ってくれた言葉。

 それは、「唯一人生」と言います。