昼の闇水の行方に濃紫陽花 掌
「フットノートー吉増剛造による吉増剛造による吉増剛造」
6月24日(土)、吉増さんによるライブパフォーマンスが開催!
ステージには透明のビニールに覆われ、
硝子のテーブルが置かれる。
ハンガーには貝殻、カウベル、
美術家若林から贈られたハンマーなどが吊り下げられる。
吉増さんのやわらかな口調で語られる
言葉ーそっとつぶやかれるなにげない言葉がすでに詩。
書かれる文字「皺」、
聴衆はテーブルの下からの映像でライブで見られる!?
あるいは黄金の砂を撒く、
紺青のインクを垂らす。
その刻刻と造られてゆく作品を目撃する
というスリリングなパフォーマンス。
そこに吉増さんの指、爪でテーブルをひっかく、たたく、
ゆらしたハンガーからの音まじりあう。
詩を熱狂的に朗読をする。
ささやく。
インクで汚れた指を「皺」と書いた紙で拭く。
その紙はさらに皺くしゃになり、
「皺」という作品へ!?
そのライブの後ろのスクリーには鈴木余置の映像が流れて。
現代音楽といってもいい、
現代美術といってもいい、
このパフォーマンス。
じつに惹きつけられた45分!
このライブパフォーマンスをふくめ、DVDになると。
https://www.youtube.com/watch?v=NYzB6rXZOpU
長雨のこの季節、
いかにもふさわしい
「黴(かび)」という声楽曲があります。
歌曲としては6分もかかる長い曲です。
橋本國彦 作曲
深尾須磨子 詩
youtubeに友人がアップして♪
「黴(かび)」、橋本の音楽としてのとても鮮烈な作品。
とても戦前・1930年頃の曲とは思えません。
歌うと思えば語り、
あるいは唸りとなって、
そして叫ぶ。
梅雨時の陰鬱な気分が、
怒りにかわり、
その孤独な感がひしひしと迫ってくる。
骸骨のうごめくそんな幻影みえる。
詩の不気味さ、
音楽も詩とあいまって烈しくなる。
「窓かけも 机も 本箱も
憂鬱の 悲哀の 寂しさの
黴だらけになってしまった」
と静謐に曲は閉じてゆきます。
好きな曲です。
メゾソプラノ:山本 掌
昨秋の
萩原朔太郎大全2022 in 大正大学
<萩原朔太郎~周囲の人々を通して~>、
youtubeにアップされました!
特別イベント https://youtu.be/d-hLl0tjL24
萩原朔美×榎本了壱のトーク &
萩原朔美さんの朔太郎詩「猫」などの朗読も♪
大野一雄、百歳まで踊りつづけた舞踏家。
2010年6月2日に帰天された。
ステージはなんどか拝見。
お目にかかったのは一度。
印象深いそのことをこちらに。
月球儀ときに鰈の泳ぐかな 掌
永眠、103歳。
生前一度お会いした。
もう90歳になられていたのか、
横浜の大野一雄舞踏研究所へ。
がっちりした木の椅子に腰を下ろし、
ひざ掛けをして、
その人は存在(い)た。
世界各国からの研究生を見る、
否、凝視する。
ひとつの言葉からイメージしたものをすぐに身体で
表すなど稽古場には舞踏のメトードが黙々と行われ。
大野さんを撮りつづけけているカメラマンの
シャッター音が響く。
ふと見ると、ピアノの上には
永田耕衣の「天地」。
まさに<裂帛>の書。
この時は左手だけで書かれたとは知らなかった。
なぜ、ここに?
大野一雄、かつて高崎で「わたしのお母さん」を観た。
このときは別の演目で田中泯も。
上記の句はTVの大野一雄のドキュメンタリーで、
「お母さん」について氏が語っていた、
「お母さん」が死ぬ時に
「私の身体の中を鰈が泳いでいる」と。
なにか虚をつかれたというか、驚きが走り、
後日、句となったもの。
この句は大野さんからいただいた、と思う。
それを書にしたものを差し上げ
経緯をお話しした。
「そう、オペラやっているの」
「俳句を書くの」と。
じっと色紙を見ていたが、
ふと気づくと指がかすかに動きだし、
手が、
上腕が、
舞踏し始めて。
稽古場がかすかな驚きと興奮に。
大野さんが踊りだした!
みんなまわりに集まって来る。
「ほら、山本掌さん前に来たら」
ご子息の慶人(2020年に亡くなられ・・・)さんも
あわてて音楽をかけに走る。
しばらくはもう大野さんの舞踏に魅入った。
なにか時間を超越したような、
雑然とした稽古場が、
不可思議な空間へと聖性をおびたような・・・
稽古をみていることはあっても
踊ることはほとんどない、と後で聞いた。
大野さん言葉から句ができ、
その句からまた舞踏となる。
握手をした手は肉厚な大きく、
あたたかかった。
そのときに頂いた写真集「大野一雄 魂の糧」
第三木曜日は高崎兜太句会♪
兜太先生は熊谷から、
受講生は前橋・高崎の群馬勢はもとより、
長野、東京、遠いところでは福島から
新幹線通学!?
それほど兜太先生をかこむ句会は愉しい。
2016年6月の句会をもう一度。
◆
高崎兜太句会、ゆとりの30分前に着いた。
なんと兜太先生すでに来てらして、パンなど召し上がっている!?
先生、どうも時間を勘違いしたらしい(笑)
2・3ヵ月前に3句を提出し、
兼題は「事故」が2句、自由句が1句。
選句は3句と問題句を1句。
最高点句は7点が2句あって、その句から合評を始める。
ビニール一枚春空を飛ぶ事故の予感
花の村事件あらかた狐の仕業
とった評は当然のことながら好意的な意見が続出。
事故の「予感」がいい。
兜太評:新鮮でない。
「ビニールが飛ぶ」のも、「狐の仕業」もマンネリ。
この2句、発想が似ている。
「どうしてこんなに点がはいったかわからんな」。
「事故」という兼題で、がんばりすぎたり、きどったり、と
無理をしている、とも指摘。
「フクシマ」「チェルノブイリ」「大震災」などを書いた句は
報告にとまっている。
4点句は
キャッチボールの姉と妹豆の花
評:今は兄弟だけでなく、姉妹キャッチボールをやるのも
めずらしい事でない。
兜太評:あっさりした季語、「豆の花」が効いている。
地味に作っていい。
大地震ありったけの燕よ来い
兜太評:おもいきった言って、実感あり。
「ありったけの燕」がいい。ちょっと言い方が幼い、か。
春愁のすこし大きな馬に乗り
兜太評:自分の春愁をなだめるために馬に乗った。
「乗る」終止形だときつくなる。
「乗り」だ。このぼかすほうがいい。
続いて、すべて問題5点となったこの句。
男ありけり無遅刻無事故宇宙塵
評:なにが言いたいか?
いなくなって宇宙の塵となった?
「宇宙塵」の働きがわからない。
兜太評:男がいた。無遅刻、無事故で、
その男をみていると宇宙塵としかみえない。
哀れを込めて、皮肉った。
皮肉ったが、哀れをこめている。
面白い。自画像か?
「これは肯定的な問題句だな」
はい、これは山本掌の句。
今回は秀逸、秀作、佳作ではなく、
以上の句が兜太選となった。