魂の舞踏 大野一雄・百歳を超え踊りつづけた舞踏家 | 「月球儀」&「芭蕉座」  俳句を書くメゾソプラノ山本 掌のブログ

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第四句集『月球儀』
「月球儀」俳句を支柱とした山本 掌の個人誌。

「芭蕉座」は芭蕉「おくのほそ道」を舞台作品とする
うた・語り・作曲・ピアノのユニット。
    



俳句を金子兜太に師事。「海程」同人・現代俳句協会会員。

 

 

 

 

 

 

 

 

大野一雄、百歳まで踊りつづけた舞踏家。

 

2010年6月2日に帰天された。

 

ステージはなんどか拝見。

 

お目にかかったのは一度。

 

印象深いそのことをこちらに。

 

 

 

 

 

 

 

月球儀ときに鰈の泳ぐかな         掌








永眠、103歳。


生前一度お会いした。



もう90歳になられていたのか、


横浜の大野一雄舞踏研究所へ。


がっちりした木の椅子に腰を下ろし、

 

ひざ掛けをして、

 

その人は存在(い)た。

 


世界各国からの研究生を見る、

 

否、凝視する。

 


ひとつの言葉からイメージしたものをすぐに身体で


表すなど稽古場には舞踏のメトードが黙々と行われ。



大野さんを撮りつづけけているカメラマンの


シャッター音が響く。



ふと見ると、ピアノの上には

 

永田耕衣の「天地」。

 

まさに<裂帛>の書。

 

この時は左手だけで書かれたとは知らなかった。

 

なぜ、ここに?

 

 

 

大野一雄、かつて高崎で「わたしのお母さん」を観た。


このときは別の演目で田中泯も。



上記の句はTVの大野一雄のドキュメンタリーで、


「お母さん」について氏が語っていた、


「お母さん」が死ぬ時に


「私の身体の中を鰈が泳いでいる」と。


なにか虚をつかれたというか、驚きが走り、


後日、句となったもの。

 

この句は大野さんからいただいた、と思う。

それを書にしたものを差し上げ


経緯をお話しした。



「そう、オペラやっているの」


「俳句を書くの」と。

じっと色紙を見ていたが、


ふと気づくと指がかすかに動きだし、


手が、


上腕が、


舞踏し始めて。



稽古場がかすかな驚きと興奮に。


大野さんが踊りだした!


みんなまわりに集まって来る。


「ほら、山本掌さん前に来たら」


ご子息の慶人(2020年に亡くなられ・・・)さんも

 

あわてて音楽をかけに走る。


しばらくはもう大野さんの舞踏に魅入った。


なにか時間を超越したような、


雑然とした稽古場が、


不可思議な空間へと聖性をおびたような・・・



稽古をみていることはあっても


踊ることはほとんどない、と後で聞いた。



大野さん言葉から句ができ、


その句からまた舞踏となる。

 


握手をした手は肉厚な大きく、


あたたかかった。





 そのときに頂いた写真集「大野一雄 魂の糧」