薔薇の木に薔薇の花ほとばしる 掌
ネトレプコ(ソプラノ)、初の「アイーダ」、
ザルツブルグ音楽祭2017。
この貴重な舞台の再放送がありました。
で、ブログも再掲いたします♪
ザルツブルク音楽祭2017 「アイーダ」(ヴェルディ作曲)を
NHK-BSプレミアムシアターを録画で観る。
今年の夏のザルツブルク(Salzburger Festspiele)、
ムーティ指揮、「アイーダ, Aida」(全4幕)話題の作品。
なんといっても初のタイトル・ロールを演じるネトレプコ。
充実した、熟成したその<声>。
どれほど強靭でいて、
なおかつ繊細な抒情をただよわせ、
深い役への読み込みのあることか。
そしてアムネリスのエカテリーナ・セメンチュク。
そのメゾソプラノの<声>の深さ、厚み。
これほどドラマティックなアムネリスはないのでは、と。
ネトレプコとの重唱は刃を打ち合うような、
白熱した歌唱とその演技。
演出は女性映像作家シリン・ネシャット。
洗練されたシンプルな美術。
白と黒をメインに一人アムネリスにブルー、
アムネリスは黄、赤、青、白、黒と衣装の色とで心情を表して。
光やプロジェクションマッピングが抽象的で、
それがこのオペラのドラマをくっきりと浮かび上がらせる。
そして指揮のムーティとウイーンフィルの
素晴らしさはたとえようもないほど。
オペラ「アイーダ」を堪能。
<出 演>
王ファラオ : ロベルト・タリアヴィーニ (Roberto Tagliavini)…エジプト国王
王女アムネリス: エカテリーナ・セメンチュク (Ekaterina Semenchuk)
アイーダ: アンナ・ネトレプコ (Anna Netrebko)…エチオピア王女で今は奴隷
ラダメス: フランチェスコ・メーリ (Francesco Meli) …指揮官
ラムフィス: ディミトリ・ベロセルスキー (Dmitry Belosselskiy)…祭司長
アモナスロ: ルカ・サルシ (Luca Salsi)…エチオピア王
<指 揮> リッカルド・ムーティ (Riccardo Muti)
<演 出> シリン・ネシャット (Shirin Neshat)
<合 唱> ウィーン国立歌劇場合唱団
<管弦楽> ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
収録:2017年8月9・12日 ザルツブルク祝祭大劇場(オーストリア)
「美女と野獣と鏡獅子」 尾上右近のフランス謎とき旅
@NHKBS
<「美女と野獣」の「原作」は、
ジャン・コクトーが来日時に観た六代目尾上菊五郎の「鏡獅子」である。
「歌舞伎は祭祀的だ。かれらは演技し、うたい、伴奏し、奉仕する司祭だ。
http://fb.me/1RQg0pOuD >と犬丸治氏。
コクトーは1936年に日本へ。
堀口大學氏の案内で六代目菊五郎の「鏡獅子」を観る。
コクトー氏、楽屋で会った時、
菊五郎の手の白粉を気遣って、
握手でなく、そっと手を触れたというエピソードがうるわしい。
この「鏡獅子」から啓示を受けた映画が「美女と野獣」1945
そのコクトーを右近が追う。
コクトーデザインによる野外劇場で踊る右近が素晴らしい。
六代目菊五郎「鏡獅子」の映像は小津安二郎監督による。
◆ 六代目菊五郎「鏡獅子」
第36回東京国際映画祭『鏡獅子』鑑賞ご報告 2023/11/10 |
【第11弾】蘇る六代目の舞台、小津安二郎『鏡獅子』を次世代へ。
(公益財団法人松竹大谷図書館 - クラウドファンディング READYFOR
ピラミッド・コンサート!
なんとギザの大ピラミッドを背にし、
悠久の沙漠でのステージで
エジプト出身の美貌のソプラノ・ファトマ・サイードが歌う。
https://web.nhk/tv/an/premium/pl/series-tep-MRQZZMYKMW
<曲目>
歌劇「ジャンニ・スキッキ」から「私のお父さん」(プッチーニ)
歌劇「リナルド」から「涙の流れるままに」(ヘンデル)
「バラ色の人生」(エディット・ピアフ)
「ブエノスアイレスのマリア」(ピアソラ)
「あすの朝」(リヒャルト・シュトラウス) ほか
管弦楽:レ・フリヴォリテ・パリジェンヌ
指揮:サミー・エル・ガダブ
収録日:2025年9月
場所:ギザの大ピラミッド(エジプト)
高崎兜太句会 2007年5月
兜太先生、このころ顔面神経痛でしたが、
お元気に登場!
◆高崎で兜太句会があった。
先日来、顔面神経痛ということで心配をしていた。
が、多少、口が曲がっているか、というくらいで、検査の結果脳、
内臓ともにOKで今は薬、針、気功などをはやっているところとか。
しゃべるのも頭の回転も普段と変わらずで、一同、ほっとする。
ここは2ヶ月前に句稿を提出するため、
今回が「雛」を2句と1句の自由句となった。
以前にも書いたがここは3句選+問題句となる。
問題句というのはダメな句というのではなく、
解釈、読みがわからない、
好意をもつがわからないので聞きたい、などなどのこと。
披講のあと合評をし、兜太によりすべての句の講評される。
その後、兜太選となり佳作と秀逸が言われる。
今回はめずらしく兜太選と重なった好きな句。
鯨銛ずしりと錆し雛の家
(具体的なものの提示。景がはっきりとうちだされている。
鯨銛と雛の組み合わせの妙。
ずしりとした鯨銛が時代とともに使われなくなり、
錆びるがままに打ち捨てられている、
その時代のかかった家屋敷にも雛の節句がめぐってくる・・・)
母の忌の桃の木とほくとほく立つ
(この句は「桃の木」がポイント。
この「桃の木」が実際の木であり、
なおかつ幻想のなかの木でもあるととれる。
母への想いが桃の木によりあぶり出されてくる。
桃の木はそこにあるのに、なぜか近寄ろうとすると「とほく」なるよう。
この「とほくとほく」もいい)
メンバーはこの句のように文語で書くものもあり、
口語、どちらでもいい。
有季、無季やはりどちらでもいい。
俳句では「繰り返しは魔物」と。
この短い詩形のなかでの反復はうまくいけばとても効果があるが、そうでない場合は・・・。
私のは佳作にとられた句はあまり好きではないので、他の句を。
鉄漿の雛のからだのなかの虚 掌
(おはぐろ) (うろ)
兜太評・ここの句会ではとられるが、「虚」までは言いすぎ。
もう飛べぬ破れなおある炎を埋め 掌
(ほ)
これは問題句で点を集める。
兜太評・影像や内面を追い求めすぎる。
現代俳句がやってきたことのいき過ぎの傾向。
次の兼題を決めて、お茶タイムへ。
川上弘美『王将の前で待ってて』集英社 2024
『機嫌のいい犬』に続く、川上弘美さんの第二句集。
今年の「朔太郎忌」の対談に登壇。
小説はほぼ読んでいますが、
この機会に句集を手に取ってみました。
小説を本格的に発表する前から俳句を書かれていた、とか。
どこか地上から5センチくらい浮いているような、
その感性でないと捉えられないとらえ方、
そこに斡旋する季語がまたあたらしい切り口をみせて。
好きな句をこちらに
なうみそはかすかに紅(あか)しふくろう啼く
はつきりしない人ね茄子投げるわよ
ゆふぐれてちちははと行く花野かな
春雷に頭の鉢のひらくかな
たうがらし死んだともだちに会ひたい
亀の頭(ず)に乗れる亀の頭冬ぬくし
くちなはに食はれ溶けきるところかな