萩原朔太郎の写真についてのエッセイ。
『アサヒ・カメラ』昭和14年(1939年)十月号に
掲載されている。
まさに<ノスタルヂア>。
前橋公園
僕の写真機
萩原朔太郎
僕が写真機を持ってゐるのは、
記録寫眞のメモリイを作る為でもなく、
また所謂藝術寫眞を寫す爲でもない。
一言にして盡せば、
僕はその器械の光學的な作用をかりて、
自然の風物の中に反映されてる、
自分の心の郷愁が寫したいのだ。
僕の心の中には、昔から一種の郷愁が巣を食ってる。
それは俳句の所謂「侘びしをり」のようなものでもあるし、
幼い日に聽いた母の子守唄のやうでもあるし、
ロマンチックな思慕でもあるし、
もっとやるせない心の哀切な歌でもある。
僕はそのカメラを手にして、町や田舎の様々な景色を寫した。
ある高原地方では、秋草を前景にして、
遠く噴煙してゐる山を寫した。
ある山間の田舎町では、洋品店の軒にさがった、
紅白だんだらの蝙蝠傘を前景にして、
人通りのない晝の寂しい街路を寫した。
それを箱に入れて覗いて見ると、
旅に見た通りの景色が立體になって、
さながら浮き上がって見えるのである。
此所で「實景のやうに」と言いたいが、
わざとそう言はないのは、
ステレオのパノラマライクが、實景とは少し違って、
不思議に幻想的であるからである。
此所では前景と後景との距離が
パノラマにおける實物と絵畫のように、
錯覺めいた空間表象を感じさせる。
その爲前景の秋草や蝙蝠傘が、強く印象的に迫ってきて、
後景が一層遠く後退し、長い時間の持續している夢の中で、
不動に静寂してゐるやうに思はれるのである。
そしてこの幻想的な印象にも勝って物侘しく、ロマンチックに、
心の郷愁をそそることは言ふまでもない。
僕の心のノスタルヂアは、第三次元の空間からのみ、
幻想的に構成されるからである。
◆萩原朔太郎・撮影写真の原版は、
前橋文学館所蔵ですが、
現在開催中の「声ノマ 全身詩人、吉松剛造展」
東京近代美術館に点数は多くありませんが、
朔太郎のステレオ・写真も展示されています。
萩原朔太郎「風船乗りの夢」、
この詩も1936年刊行の『定本 青猫』 に収められている。
1923年刊の『青猫』には入っておらず、
この『定本 青猫』を編集しなおし、加えられた。
風船乘りの夢
夏草のしげる叢(くさむら)から
ふはりふはりと天上さして昇りゆく風船よ
籠には舊暦の暦をのせ
はるか地球の子午線を越えて吹かれ行かうよ。
ばうばうとした虚無の中を
雲はさびしげにながれて行き
草地も見えず 記憶の時計もぜんまいがとまつてしまつた。
どこをめあてに翔けるのだらう!
さうして酒瓶の底は虚しくなり
酔ひどれの見る美麗な幻覺(まぼろし)も消えてしまつた。
しだいに下界の陸地をはなれ
愁ひや雲やに吹きながされて
知覺もおよばぬ眞空圏内にまぎれ行かうよ。
この瓦斯體もてふくらんだ氣球のやうに
ふしぎにさびしい宇宙のはてを
友だちもなく ふはりふはりと昇つて行かうよ。
萩原朔太郎「佛陀 或は世界の謎」は
1936年刊行の『定本 青猫』 に収められている詩。
1923年刊の『青猫』には入っておらず、
この『定本 青猫』を編集しなおし、加えられた。

佛陀
或は 世界の謎
赫土(あかつち)の多い丘陵地方の
さびしい洞窟の中に眠つてゐるひとよ
君は貝でもない 骨でもない 物でもない。
さうして磯草の枯れた砂地に
ふるく錆びついた時計のやうでもないではないか。
ああ 君は「眞理」の影か 幽靈か
いくとせもいくとせもそこに坐つてゐる
ふしぎの魚のやうに生きてゐる木乃伊(みいら)よ。
このたへがたくさびしい荒野の涯で
海はかうかうと空に鳴り
大海嘯(おほつなみ)の遠く押しよせてくるひびきがきこえる。
君の耳はそれを聽くか?
久遠(くをん)のひと 佛陀よ!














