「月球儀」&「芭蕉座」  俳句を書くメゾソプラノ山本 掌のブログ -321ページ目

「月球儀」&「芭蕉座」  俳句を書くメゾソプラノ山本 掌のブログ

第四句集『月球儀』
「月球儀」俳句を支柱とした山本 掌の個人誌。

「芭蕉座」は芭蕉「おくのほそ道」を舞台作品とする
うた・語り・作曲・ピアノのユニット。
    



俳句を金子兜太に師事。「海程」同人・現代俳句協会会員。



煙突










 霧といて霧を耕し霧となる              掌












◆白き建物と煙突 前橋丸登組合製糸所

  左ページに写真
  右ページに俳句を置く。
  「月球儀」4号に掲載。




















大森駅前







      
         くち
   影なくす唇に秋蝶触れてより           掌

       











◆大森駅前の坂道

 左ページに写真
 右ページに俳句を置き、
 個人誌「月球儀」4号に掲載。



















くちなし八重



あまやかな、纏わりつくようなあの匂い。

歩いているとそこここに。

家の梔子はなくなってしまったので、

よそのお庭の花を愛でて。



梔子 二輪





◆クチナシ(梔子、巵子、支子、学名: Gardenia jasminoides)は、

 アカネ科クチナシ属の常緑低木である。(ウキペディアより)


◆画像は「季節の花」より



梔子・たくさんの花















馬のいる林










  
  翼たためる馬かいまみし葡萄の木            掌









◆写真「馬のいる林・前橋郊外」
  

◆山本掌の個人誌「月球儀」4号に掲載。

 写真は見開き、句はうすく白抜きしたところに

 黒の文字で右ページに置く。


















朔太郎 




萩原朔太郎の写真についてのエッセイ。

『アサヒ・カメラ』昭和14年(1939年)十月号に

掲載されている。

まさに<ノスタルヂア>。



前橋公園

                前橋公園


  
   僕の写真機
                            萩原朔太郎


   

僕が写真機を持ってゐるのは、

記録寫眞のメモリイを作る為でもなく、

また所謂藝術寫眞を寫す爲でもない。

一言にして盡せば、

僕はその器械の光學的な作用をかりて、

自然の風物の中に反映されてる、

自分の心の郷愁が寫したいのだ。

僕の心の中には、昔から一種の郷愁が巣を食ってる。

それは俳句の所謂「侘びしをり」のようなものでもあるし、

幼い日に聽いた母の子守唄のやうでもあるし、

ロマンチックな思慕でもあるし、

もっとやるせない心の哀切な歌でもある。

 
僕はそのカメラを手にして、町や田舎の様々な景色を寫した。

ある高原地方では、秋草を前景にして、

遠く噴煙してゐる山を寫した。

ある山間の田舎町では、洋品店の軒にさがった、

紅白だんだらの蝙蝠傘を前景にして、

人通りのない晝の寂しい街路を寫した。

それを箱に入れて覗いて見ると、

旅に見た通りの景色が立體になって、

さながら浮き上がって見えるのである。

此所で「實景のやうに」と言いたいが、

わざとそう言はないのは、

ステレオのパノラマライクが、實景とは少し違って、

不思議に幻想的であるからである。

此所では前景と後景との距離が

パノラマにおける實物と絵畫のように、

錯覺めいた空間表象を感じさせる。

その爲前景の秋草や蝙蝠傘が、強く印象的に迫ってきて、

後景が一層遠く後退し、長い時間の持續している夢の中で、

不動に静寂してゐるやうに思はれるのである。

そしてこの幻想的な印象にも勝って物侘しく、ロマンチックに、

心の郷愁をそそることは言ふまでもない。

 僕の心のノスタルヂアは、第三次元の空間からのみ、

幻想的に構成されるからである。





◆萩原朔太郎・撮影写真の原版は、

前橋文学館所蔵ですが、

現在開催中の「声ノマ 全身詩人、吉松剛造展」

東京近代美術館に点数は多くありませんが、

朔太郎のステレオ・写真も展示されています。


























  
  忌日まで草の結界泳ぎゆく              掌














◆朔太郎撮影写真「道」と題されている。

左ページいっぱいにこの写真、

右ページに句を置いた。
















朔太郎写真







 麦の秋破れし海図少年期                       掌













◆萩原朔太郎は写真撮影を好んでいた。

「記録写真のメモリイを作るためではなく、

自分の<心の郷愁>を写したい」と書いている。


その朔太郎の写真に俳句を書くという

素晴らしい(無謀な)体験をすることができた。

その一句。

(俳句は左ページの白抜き)



萩原朔美氏の快諾を得ることができたことを感謝。


原版はすべて萩原朔太郎記念 前橋文学館所蔵。

           山本 掌個人誌「月球儀」第4号より




















表朔太郎

            正面の萩原朔太郎(撮影:小松健一)
           



萩原朔太郎記念 前橋文学館の朔太郎さん。

正面の朔太郎さん、裏見の朔太郎さん。



裏朔太郎

           カフェからの朔太郎と朔太郎橋




そして

緑の柳、

水量ゆたかな広瀬川の今日この頃。



広瀬川

              広瀬川(撮影:小松健一)



















朔太郎 




萩原朔太郎「風船乗りの夢」、

この詩も1936年刊行の『定本 青猫』 に収められている。

1923年刊の『青猫』には入っておらず、

この『定本 青猫』を編集しなおし、加えられた。




「定本青猫」外・中函





  風船乘りの夢
                       

夏草のしげる叢(くさむら)から

ふはりふはりと天上さして昇りゆく風船よ

籠には舊暦の暦をのせ

はるか地球の子午線を越えて吹かれ行かうよ。

ばうばうとした虚無の中を

雲はさびしげにながれて行き

草地も見えず 記憶の時計もぜんまいがとまつてしまつた

どこをめあてに翔けるのだらう!

さうして酒瓶の底は虚しくなり

ひどれの見る美麗な幻覺(まぼろし)も消えてしまつた

しだいに下界の陸地をはなれ

愁ひや雲やに吹きながされて

知覺もおよばぬ眞空圏内にまぎれ行かうよ

この瓦斯體もてふくらんだ氣球のやうに

ふしぎにさびしい宇宙のはてを

友だちもなく ふはりふはりと昇つて行かうよ。








朔太郎をうたう

















朔太郎 






萩原朔太郎「佛陀 或は世界の謎」は

1936年刊行の『定本 青猫』 に収められている詩。

1923年刊の『青猫』には入っておらず、

この『定本 青猫』を編集しなおし、加えられた。



定本 青猫





   佛陀  
       或は 世界の謎
                     

赫土(あかつち)の多い丘陵地方の

さびしい洞窟の中に眠つてゐるひとよ

君は貝でもない 骨でもない 物でもない。

さうして磯草の枯れた砂地に

ふるく錆びついた時計のやうでもないではないか。

ああ 君は「眞理」の影か 幽靈か

いくとせもいくとせもそこに坐つてゐる

ふしぎの魚のやうに生きてゐる木乃伊(みいら)よ。

このたへがたくさびしい荒野の涯で

海はかうかうと空に鳴り

大海嘯(おほつなみ)の遠く押しよせてくるひびきがきこえる。

君の耳はそれを聽くか?

久遠(くをん)のひと 佛陀よ!









朔太郎をうたう