萩原朔太郎「佛陀 或は世界の謎」は
1936年刊行の『定本 青猫』 に収められている詩。
1923年刊の『青猫』には入っておらず、
この『定本 青猫』を編集しなおし、加えられた。

佛陀
或は 世界の謎
赫土(あかつち)の多い丘陵地方の
さびしい洞窟の中に眠つてゐるひとよ
君は貝でもない 骨でもない 物でもない。
さうして磯草の枯れた砂地に
ふるく錆びついた時計のやうでもないではないか。
ああ 君は「眞理」の影か 幽靈か
いくとせもいくとせもそこに坐つてゐる
ふしぎの魚のやうに生きてゐる木乃伊(みいら)よ。
このたへがたくさびしい荒野の涯で
海はかうかうと空に鳴り
大海嘯(おほつなみ)の遠く押しよせてくるひびきがきこえる。
君の耳はそれを聽くか?
久遠(くをん)のひと 佛陀よ!