明日です!
ウインターコンサート 高崎演奏家協会
バリトン、ヴァイオリン、ソプラノ、
そして朔太郎の詩です。
寒波が厳しそうな明日、
どうぞ暖かくして、お出かけください。
萩原朔太郎「黒い風琴」を朗読いたします♪
風琴はオルガンのこと。
朔太郎の詩は
その言葉から<音楽>が感じられます。
黒い風琴
おるがんをお弾きなさい 女のひとよ
あなたは黒い着物をきて
おるがんの前に坐りなさい
あなたの指はおるがんを這ふのです
かるく やさしく しめやかに 雪のふつてゐる音のやうに
おるがんをお弾きなさい 女のひとよ
だれがそこで唱つてゐるの
だれがそこでしんみりと聴いてゐるの
ああこのまつ黒な憂鬱の闇のなかで
べつたりと壁にすひついて
おそろしい巨大の風琴を弾くのはだれですか
宗教のはげしい感情 そのふるへ
けいれんするぱいぷおるがん れくれえむ!
お祈りなさい 病気のひとよ
おそろしいことはない おそろしい時間(とき)はないのです
お弾きなさい おるがんを
やさしく とうえんに しめやかに
大雪のふりつむときの松葉のやうに
あかるい光彩をなげかけてお弾きなさい
お弾きなさい おるがんを
おるがんをお弾きなさい 女のひとよ。
ああ まつくろのながい着物をきて
しぜんに感情のしづまるまで
あなたはおほきな黒い風琴をお弾きなさい
おそろしい暗闇の壁の中で
あなたは熱心に身をなげかける
あなた!
ああ なんといふはげしく陰鬱なる感情のけいれんよ。
鬱兆す頭蓋に散らす花骨牌
この昨日の句、
詩人の清水哲男さん、
この句の世界を
鋭く、深く、読み込んでくださいました♪
生前、ご許可をえていますので、こちらに。
季語は「花骨牌(はなかるた)・歌留多」で新年。
今日は小正月、女正月だから、
昔であれば「歌留多」遊びに興じる人々もあったろう。
いまでも競技会は盛んなようだが、一般の遊びとしてはすっかり廃れてしまった。
ただし、句の花骨牌は花札のことで、百人一首の札などではない。
人によりけりではあろうが、
句のように「鬱(うつ)きざす」感覚は私にも確かにある。
さしたる理由もなく、気持ちがなんとなくふさいでくるのだ。
落ち込んでも仕方がないとわかってはいるけれど、
ずるずると暗い気分に傾いていく。こうなると、止めようがない。
その兆しのところで、作者は「頭蓋」に花骨牌を散らせた。
一種の心象風景であるが、百人一首や西洋のカード類ではなく、
花骨牌を散らすイメージそれ自体が、既にして「鬱」の兆候を示している。
花札は賭博と結びついてきた 陰湿な色合いが濃いので、
花や鳥や月といった本来は明るい絵柄が、
逆に人の心の暗さを喚起するからだろう。
べつに鬱ではなくても、
花札にあまり明るさを感じないのはそのせいだと思われる。
しかしこの情景は単に暗いのではなく、
どこかに救いも見えるのであって、
それはやはり花や鳥や月本来の明るさによるものではあるまいか。
頭蓋に散っている絵札のすべてが、
裏返しにはなっているのではない。
そこには本来の花もあれば、鳥や月が見えてもいる。
だから、暗いけど明るい。
明るいけど暗いのである。
花札の印象をよく特徴づけたことで、
句に不思議な抒情性がそなわった。
『漆黒の翼』(2003)所収。(清水哲男)