無駄に長引いたコロナ禍を終えて、元どおりに過ごした今年の夏。
「禍(災い)転じて福となす」という言葉もあるので、当時の記事を振り返って今後の野球生活に活かしたい。
・屋形船にしてもクルーズ船にしてもライブハウスにしても大人の遊びで感染拡大させておいて、子どもに「学校に行くな、クラブ活動するな、遊びに行くな」っていうのは無理筋だね。
・子どもたちには「今回の大人たちの慌てっぷりをよく見ておきなさい。将来必ず役に立つから。」と言っている。
・人生も野球も、一見他人との競争のように見えて、実は自分との闘いだ。
・何が起こってもおかしくないこの世の中で、「コントロールできるのは自分の考え方だけなのだ」という事実を知ってほしい。
・本当に怖いのはウイルスではなくそれをむやみに恐れる人間たちだ。デマ、風評、差別、弱者への暴力、過剰な正義感、そして実体経済を殺す政治。すべて人間のやることなのだ。このような愚行に加担しないために、今は賢明な市民として淡々と生活するしかない。
・自分がコントロールできないことにどう向き合うか。ゲームでのメンタルタフネスも人生でのそれも一緒。「人生に無駄なことなどない」と前向きに生きていくか、「あの出来事さえなければ・・・」と後ろ向きに生きていくか、決めるのは自分。
・このコロナ禍で「世の中、何が起きても不思議ではない」ということを改めて痛感させられたが、それは裏を返せば、人間の可能性も無限に広がっているということなのだ。
・個人レベルから国家・世界レベルまで人間の行動パターンはみんな一緒で、不都合には無為を決め込むのです。
・私たち一個人にできるのは、どんなことが起きてもいいように心の準備をしておくことぐらいしかないでしょう。人類共通の習性については潔く諦めて、何が起きても心が折れないように逆境力(レジリエンス)を備えておくのです。それが何事も起こりうるこの世界で人生を楽しむコツだと思います。
・勉強はバーチャルでもできるが、スポーツはリアルでしかできないんだよ。
・自分たちがコントロールできないことを心配したり、それに疲れてモチベーションを落としたりせずに、今すべきことやできることに力を尽くすのが肝心だと200年も前の人が言っている。
・高校野球という場所で子どもたちの成長が見られるのを楽しみにされているご家族やOBの方々、そして誰よりも現役部員たちの落胆は大きいに違いない。
・大阪と東京の違いは何だったのか?サッカー、ラグビーと野球の違いは?大人の政治力?やる気?情熱?雰囲気?東京の高校球児は何と闘っているのか?間違いなくコロナではない。
・よっぽど軽率な行動をしない限り50人の代表にはなれなかったはずだ。
・じきに経口治療薬ができてインフルエンザと同じ扱いになれば、怪しい消毒液や空間除菌といったエセ科学商品も売れなくなり、「そういえばそんなことが2年くらい続いたこともあったねぇ」くらいの昔話になってしまうのだから。
今回も2011年の東日本大震災と同様、野球ができる日常の大切さを思い知らされる出来事となった。
あと1,2年もすれば忘れ去られるこの痛みと教訓を、いつでも振り返ることができるようにこの記事を残しておく。