ピッチング上達の最短方法とはメモ
毎年5000人の指導経験から生まれた橋本清のピッチングノウハウ。



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野村克也氏(右)は団野村氏(左)に「野村引く野球、イコールゼロ」と「ノムラの考え」を語った (撮影・加藤俊一郎)(写真:サンケイスポーツ)
 サンケイスポーツ専属評論家の野村克也氏(75)=楽天名誉監督=が18日、東京・台場のフジテレビで映像版「ノムラの考え」の収録に臨んだ。

 サンケイスポーツの人気評論「ノムラの考え」は、もともと愛息・克則(巨人2軍バッテリーコーチ)に「せめて野球で生活したいと希望する息子に何か残してやりたい」と、自身の野球理論を「野村の考へ」として文章化したもの。今回は団野村氏(53)が聞き手となり、1954年のプロ入りから57年間で培った理論を口述した。

 「野球の話をさせたら2時間では足りんぞ」と収録時間は4時間を超え、現役時代の具体的な配球術、監督としての弱者の戦術、人生観まで多岐にわたる内容に。最後に「プロ野球は生身の人間の世界。自分で未来を切り開いていかなければいけない。1日24時間をどう過ごすか具体的に考え、実践しなければならない。努力に即効性はないんだから」と現役選手やプロを目指す若者たちにメッセージを送った。

 この模様はCS放送「フジテレビONE」で3回に分けて放映され、第1回は来年1月23日午後7-8時。3月までの全3回分が来春、DVD化される。



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投球フォームをチェックする(右から)楽天・有銘兼久、横浜・山口俊、ソフトバンク・新垣渚の3投手=18日、沖縄市民会館
 プロ野球現役選手によるシンポジウム「夢の向こうに」が18日、沖縄市民会館で開かれた。高校球児を対象に、ソフトバンクの新垣渚(沖縄水産高出)、楽天の有銘兼久(浦添商高出)両投手のほか、横浜の吉村裕基外野手らプロ選手7人がパネリストを務め、高校時代の練習法や野球の取り組み方などを語り、球児たちへの技術指導も行った。
 県内初開催のシンポジウムには44校の選手、指導者ら約1500人が参加。技術指導では、新垣投手が真剣な表情で耳を傾ける球児たちを前に、「7割程度の力で投げる感覚を覚えてほしい。スナップの利いたいい球がいく」などと話し、力をうまく抜くことを投球のポイントに挙げた。
 質疑応答では徳里瑠偉哉投手(沖縄高専2年)が「球速を上げるために何をすればいいですか」と質問。これに対し有銘投手は「球速を追い求めることよりも、正しいフォームできれいな直球を投げることを目指してほしい。そうすれば球速も上がっていく」とアドバイスした。
 現役プロ選手によるバッテリー、野手・打者別の細かい指導に、球児たちも収穫を得た様子で、山城勝寛一塁手(糸満2年)は「守備も打撃もきょう教わったことをすぐ練習でやりたい」と話した。
 終了後、有銘投手は「県高校野球のレベルの高さは、興南の春夏連覇で十分分かっている。さらなるレベルアップのために、自分たちのアドバイスを役立ててもらえればうれしい」とエールを送った。新垣投手は「このシンポジウムに参加するのは初めてだが、とてもやりがいがあった。甲子園で優勝するぐらい沖縄の高校生の力が上がり、とてもうれしく思う」と県内球児の活躍に笑顔を見せた。

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たった1時間でこんなにフォームが変わった?!メモ
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 プロ野球選手の弟と新聞記者の兄。偶然にも今年から千葉で一緒に仕事ができることになった。これを機に春から毎週土曜に「疾走!千葉ロッテ荻野貴司日記」を連載。弟に話を聞き、私がコラムにまとめた。
 シーズン開幕からグラウンドを駆け回った弟は5月21日、盗塁の際に右ひざを負傷し戦線離脱。ひざを手術した。その後、入院中の様子、経過、心境を日記につづってきたが、順調には回復しなかった。
 けがをしてからは日記を書いていて苦しかった。弟から聞くのは「行ったり来たり。あんま良くない」という言葉。8月下旬に復帰する予定だったが、弟のリハビリの様子から間に合わないのは明らかだった。一度、「ジョギングを始めた」と書いたが、再びウオーキングの状態に。「走る」という表現を一切使わず書かざるを得なかった。「ありのままを伝えるべきか」。弟と相談し、進展があったら続きを書こうと決め、毎週連載でなく随時掲載に変更した。
 だが、なかなか進展がなく3週間も滞った。そんな時、ロッテの神戸拓光選手のブログに設けられた荻野貴司応援コーナーにファンの声が書き込まれた。「大事な3連戦を前に荻野選手はどんな思いでしょうか。毎日、荻野貴司日記があればいいのに」。弟が戦線離脱した後もロッテファンは千葉マリンスタジアムで勝利した試合後、弟の応援歌を大合唱していた。
 これだけ多くの人が弟の復帰を待ってくれている。私は吹っ切れた。たとえ復帰が遠くても再びグラウンドに立つため弟が日々どんな気持ちで何に取り組んでいるのか。ありのままの姿を伝えよう。連載を続けてきて、記事を楽しみにしてくれている読者によって記者は支えられていると感じた1年だった。【荻野公一】

12月19日朝刊

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来季用に黒色のグラブを用意しているマートン(写真:サンケイスポーツ)
 神のお告げ!? でチェンジ。阪神のマット・マートン外野手(29)の“変身プラン”が明らかになった。18日、判明したもので、グラブはコルク色バージョンに黒色タイプを追加。バットは黒からグレーになる可能性が濃厚だ。虎の優良助っ人が、6年ぶりのV奪回へ向けて、準備を着々と進めている。


 史上最強ともいえる数字を残しても、満足はしていない。母国米国で自主トレを開始しているマートンが、アイテムの色を変更するプランをもっていることが判明した。

 「来年の春季キャンプまでに2種類のグラブを作ろうと考えています。形状や重さなどは今年と同じですが、色を追加します。黒を新たに用意しようと思っています」

 マートンとグラブの契約をしているアメアスポーツジャパン(本社東京・江東区)のウィルソンチームスポーツ事業部幹部が青写真を明かした。

 同幹部によれば、来季に向けてグラブの打ち合わせをしたのが、今季最終戦だった10月7日の横浜戦(横浜)後。米国に帰国するまでの期間を利用し、打ち合わせを重ねたという。メジャー時代にほとんど経験がなかった中堅手でも無難にこなしきったこともあり、M砲からモデルチェンジの要望はなし。メーカー側からの提案で、従来のコルク色に加え、タテジマにも合う新カラー・黒の導入を決断したそうだ。

 「日本で仕込んだ素材を使っています。キャンプで2つの色を試してもらって、シーズンで使うモノを選んでほしいですね」

 同幹部は力を込めた。ウィルソンブランドのグラブは鹿児島にある阿久根工場で製造されている。ブレーブスなどで20年連続2けた勝利をあげ“精密機械”と呼ばれたグレッグ・マダックス投手や、元ジャイアンツのバリー・ボンズ外野手らと同じくメード・イン・ジャパン。『2・1』に向けて新調されるコルク色&黒グラブを、職人が丹念に作ることになる。

 バットの色もチェンジする。これまでは黒。だが、プロ野球規則委員会が「木地(木目)が見える塗装であること」と規制を強化したことにより、変更。オールドヒッコリー社のアジア総代理店アイスポーツの関係者は「重さなどは同じですが、グレーにします」と語った。

 来日1年目で日本新記録の214安打。打率・349を残した“神の子”は1億円アップの2億円で更改した来季に向けて準備万端。ニューカラーで、猛虎を引っ張る。(阿部 祐亮)



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【音楽の政治学】

 1970年代後半から80年代にかけ、日本のプロレス界を席巻した「千の顔を持つ男」、ミル・マスカラスというメキシコの覆面レスラーがいた。当時はプロレスファンならずとも、1度はその姿をテレビや雑誌で見たことがあるであろう人気者だった。入場の際、スポットライトを一身に浴びながらかかるテーマ曲が「スカイ・ハイ」だった。

 ブルーザー・ブロディ、スタンハンセン、ジャンボ鶴田…。大のプロレスファンだっただけに、それぞれが持つテーマ曲を聴くだけで今でも鳥肌が立つ。

 日本ではプロ野球の選手がバッターボックスに立つたびに、応援団が選手のテーマ曲を演奏するのが当たり前になっているが、プロレスが入場テーマ曲の火付け役だったのではないか。

 所変わって、米ワシントンのホワイトハウスでは、歴代の大統領に引き継がれている「入場曲」ともいえる曲がある。「ヘイル・トゥー・ザ・チーフ」(大統領に敬礼!)だ。以下のサイトで聴くことができる。(http://www.marineband.usmc.mil/downloads/audio/Hail_to_the_Chief.mp3)

 この曲は今でこそ、大統領就任式などで、大統領を象徴する曲として演奏されるが、昔から大統領の「入場曲」として認知されてきたわけではなかった。もともとは、スコットランドの作家、ウォルター・スコットのオペラ「湖上の美人」を編曲したもので、スコットランド文化の薫り漂うメロディーラインだ。

 米国で本格的にお目見えしたのは1829年。7代大統領、アンドリュー・ジャクソン(29~37年)が首都ワシントン近くのチェサピーク湾の運河完成式典に出席した際、に海兵隊が演奏した。

 興味深いのは、これが大統領の曲として定着した理由だ。そこには、2人のファーストレディーの意向があった。

 米海兵隊所属の音楽隊によると、10代大統領ジョン・タイラー(41~45年)のジュリア夫人が曲を気に入り、パーティーのたびに演奏するよう海兵隊に依頼した。11代大統領ジェームズ・ポーク(45~49年)のサラ夫人の場合は、ほとんどジョークのような使い方だった。サラ夫人は海兵隊の音楽隊にこう言った。

 「うちの主人は影が薄いから、パーティー会場に現れてもだれも気づいてくれないの。だから、この曲をかけてちょうだい」(ワシントン 佐々木類)



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