イベントが終わって、娘たちが帰省から帰って来てから次女とずっと一緒にいます。


長女の恋愛の話とか、私の男運とか次女の恋愛模様とか、バイト先や学校の話とか父親の話とかをじっくりじっくり話しています。


私が子どもを産むとき、友達の誰もが私の気性を知ってか「あなたが産むのは絶対男の子だよ」とほぼ全員の人に言われました。

産まれて来たのが二人とも女の子だったのは、私の友達も知り合いはみんなびっくりだったと思う。


男の子がいるママ友の話を聞くと、やっぱり羨ましいと思う。
「小さな恋人」である男の子は、母親にとっては自慢だと思うのよね。


私がこんな状況になって、一番思うのは「娘」よかったと思う。
どんなに父親を庇おうがなにしようが悪口言おうが、女って不思議。
小さな頃から冷静に客観的に「両親」をみるの。
どっちと一緒にいた方がメリットがあるか、しっかりと計算する。


話は変わって、私はこのブログを始めたときのサブタイトルが「ここで言い訳しながら、ポジティブに生きるぞ」だった。

長年自分の気持ちを整理仕切れなくて、自分を出したくて始めたブログももう何年も経つ。

いろんな人が見て、ここで記事を読んで何を思うんだろうか。


私はよく考えます。


私がここで誰かを責めるのは、元夫ひとり。
あと誰かを責めたりしません。
言いたいことはたくさんありますが。
元夫を非難することで、私は救われると思っています。
16年以上も彼のいいなりになって来た。
結果的には反対されていたフルタイムの仕事にのめり込んだり、好きなことしてたけど。
でも非難するくらいは許されると思ってます。


今までこのブログを何度も辞めようと思いました。
2年お付き合いしていた彼がいたときは特に。
私は誰かとお付き合いできる体質ではないみたい。
特に束縛されるのが嫌いですが、付き合うと大抵の男性は私を束縛します。


なんで辞めようか悩んだかと言うと、やはり生きる上で「言い訳」じみたことはあまりよくないと思っていました。

でもよくよく考えてみると、ここは病気になる前から病気の最中も今でも、ここで「自分の本当の気持ち」を書く事で、自分の気持ちを処理してきました。

誰の意見も頼らず頑張ってきました。
自分の中で何が正しいのか。
精神病でもスピリチュアルでもなく。
手助けしてくれた人はたくさんいましたが。


以前にも書きましたが、即興芝居の師匠のわたりーが「のぶは書いた方がいい」という言葉が私の頭の中に残っています。

それは物語を書いた方がいいのか。
私を書いた方がいいのか。

ほかの人にも「自分の歴史を書いて行け」とも言われた事があります。


そうだよね。


他の人がかからない病気にかかってる。
スピリチュアルな事にも出会ってる。
自分や人の辻褄が合っていく感じは何とも言えない。


精神科の主治医にも「珍しい」と言われる、アガペー現象。
私もわからない。

神さまはとても怖くて優しくて偉大。
そして私たちをずっとずっと見守ってる。

宗教と病気はとても近いことはわかるんだけどね。
現実と病気と全く信じていない宗教を行ったり来たりする自分にまだ戸惑ってる。


ああ、私のひとりごとが多かった。


次女にこの数日


「お母さんって男運悪いよね」


と何度も言われました。


でも思うのです。


私の土台は今の家庭にある。
一度は壊れた娘たちとの暮らしは本当に大事。
娘たちと離れて暮らした数ヶ月間は本当に身が引き裂かれるかと思った。
時々遊びに来る娘を見送るときの気持ちは本当に忘れない。
姿が消えるまで、ずっとずっと泣きながら見送った。


この私の気持ちが本当にわかってくれる相手が見つかるまでは、私は本当の意味で「男運が悪いまま」だと思うのよね。


いつか私を「娘を捨てて俺の所にくるかと思った」と思われたこともあるけれど。


男の自意識の高さに愕然としたこともあったっけ。
勘違いする人には勘違いさせておけばいい。
私たち家族を見れば、娘たちを見れば私がどんな思いで育ててきたか伝わるだろうから。


次女はいまでも、私のまわりにまとわりついて話をします。
いつか親離れする日が来るんでしょうね。


でもそれが楽しみだったりします。
そこから私はどんな人生歩むのか楽しみです。


娘との夏もそろそろ終わり。
17歳の夏はどんなだったかな。
「結局はお母さんと一緒にいたね」
といつか笑いながら話すんだろうな。


神さま
私の娘は美しいです。
あなたに捧げませんよ。




長女の交際相手の話を聞いて、びっくりもせず、なんとも思わない自分にびっくりしてる。

もしずっと付き合って結婚となっても、なんとも思わないだろうな。


苦労するだろうから、彼女の一番の理解者ではありたいとは思うけど。



娘の様子を見て、相手に相当本気なのがわかる。


10代で狂おしいほどに好きになるなんて、なかなか無い経験。


存分に味わって欲しい。


私が子育てする上で、一番注意したのは「メンタルの強さ」


礼儀・姿勢全てを整えたくて、娘ふたり「合気道」を13年習わせた。
結果は続かなかったけど、稽古の時のマインドは残って欲しいと願ってる。


二人とも大きくなって、育てたことが「実」を結び、彼女たちは他の子より強い子になってると思う。


母親から言うのも、親ばかでおかしいけど。


どんなことがあっても、私には絶対に言わない。
言う時は相当なとき。
大体は自分で解決する。


長女はよく中学高校の頃、担任の先生に「面談の時に泣くんですよ」と言われた。


想像はつく。


ごまかしてきた、自分の深層心理を突かれて、思わず泣いてしまうのよ。


どんなにごまかしても、泣いても笑っても嘘をついても何をしても、娘たちに関しては私は大体想像がつく。


熱があがる瞬間も熱が下がる瞬間も。
辛いことが起きる瞬間も軽くなる瞬間もわかる。


「あんたいま楽になったでしょ」


そう言うと


「うん、そう」


と必ず言う。


いままで仕事してきた人はその歴史がいまに残るけど、私は20年間娘たちを育ててきた歴史は残ってる。


苦しくて逃げられなかった専業主婦時代もね。
ひとりで育てたって言っても過言ではないわよ。
いろんな人から「母子家庭」って冷やかされたっけ。
あの頃はだれも助けてくれなくて、つらかった。
辛いことを理解してくれるママ友を見つけた時は嬉しかった。

お腹にいる頃から20年間。
子育ても終わりに近づいている。

ひとつ言えることは、子育てをしたんじゃなくて、娘たちに私が「親」として育てて貰ったって事。


娘の恋愛ひとつでいろんな事をかんじる今日この頃でした。


言っておくけど。
あんたたちも好きにするなら、私も好きにするわよ。

男なんて「お金でつながっていれば、自分の子供たちみたいに老後は見てもらえる」という勝手な生き物。
心が繋がっていなければ、ダンナがぼけておむつ変えたりなんだりしたくないもの。



私はそれが無いだけ、すごく幸せ。
心の底から老後を看取りたいと言う人が、現れたらいいわね。


長女よ。
好きにしなさい。
存分に好きになって。


神さま
私の娘はあなたの裁きにあいますか。
「愛する」ってどういう事なんでしょうか。





これが私のいまのテーマ。

どこに行っても。
仕事でも趣味の場でも、娘たちのことでも。

この3日間、娘たちは父親の田舎の祖父と祖母の所に行った。
最初は一泊のつもりだったが、当日になって二泊に。

行かなきゃいけない理由はあった。
長女が大学に入学し「お祝い」を貰いに行くこと。
北陸の田舎なので、相当な金額。
長女はパソコンが欲しいと言う理由で、田舎に行くことに決めた。

父親は何の目論見かわからないけど(たぶん秋に離婚したときの当時の浮気相手と挨拶に行くみたい)今回は娘たち2人で行った。

娘たち二人は、いままでずっと父親に裏切られてる。
そんな二人を見ている私は、当然父親の実家に行くことは内心穏やかではない。

「お金をもらいに一泊ぐらいなら」

そう思ってたけど、二泊も止まることになり結局は三日間ずっといたそうな。


私はどんなことがあっても「赦す」事が最大の復讐だと思っているので、内心穏やかではないけど、あえて何も言わなかった。

娘は私の所有物ではないし、私とは縁が切れたけど娘たちからみれば、いつまでもずっとずっと「おじいちゃんおばあちゃん」なのだ。


離婚して5年目。
離婚したときは「病気の私が悪い」と家族誰もが思ってた。
でも蓋を開けてみたら、娘たちにとっては「お父さんに女がいた」と言う現実にぶつかった。
両親が離婚して傷付いてる娘たちに、平気でずかずかと土足で入ってきたその女性と、元夫に「赦す」という言葉を、自分の目の前に掲げてもでもはらわたが煮えくりかえる。


私がお腹の中にいるときから、大事に大事に育ててきた娘。
なおさら。


現実にぶつかった娘たちを知らずに、当時病気と向き合っていた私は、もしあのころ自分がしっかりしていたら娘たちをもっともっと守ってあげられたかもしれないと、ずっと悔やんでいるの。


最近は忘れていたけれど、夏になって父親の実家に行くとなると突きつけられる現実。


きつい性格だった、姑もかなりおだやかになったとか。
姑も姑でいままで苦しんだと思うのよね。

「のぶこさんは元気?」以外娘たちには、生活ぶりをきかなかったそうな。
もう親として手も足も出ない状況が、私も親だからわかる。


去年から娘たちの父親の実家は、私が好きであろう食べ物を娘たちに可能である限り必ず持たせる。


一時は家族だった家族。
壊れてしまったけど、思い出は残ってる。
北陸の魚が大好きで、私が行くと振る舞ってくれたのは今でも感謝してる。


娘たちの父親はどう思っているかわからないけれど、私も娘たちも、北陸の家族も「家族」だった思い出が残っているのだ。



内心穏やかじゃ無かったけど。
娘たちが帰って来て、深夜バスで疲れて帰って来て寝息を立てて寝てる娘たちをみて。


「娘たちの居場所をきちんと作らなきゃ」


と思うのでした。


いまでは、怒ったり許せなかったりする事も。
しっかり見ていれば、それぞれの思いが伝わり。

受容・肯定・寛容

に繋がるのだと、実感した日々なのでした。


神さま
わたしはただしいですか?






いや咳風邪がひどい。
咳き込む度に吐く。

人と会い話をする仕事なので、話をする度に咳き込んでウェーッとなるのはいかがと思い、自宅安静中。


こんなのひさしぶり。
身体は元気なので、メンタルがやられてます。

でも明日には行けそうです。
どんまいです。


次のイベントに向けて、いろいろ考えています。
こないだの反省点踏まえて、次回はどうしようか考えています。


根っこから自由な私が、いままで様々な場面でずっと制限されて来たので、こんな好きなことしていいんかいな。


と、思いながらやってます。



次回は以前にも書いたように、妄想と現実を幻想的に、ある女性の妄想と現実の狭間を描きたいと思っています。


なんせ16歳から25歳くらいまで、レディコミにはまった私なので心はずっとずっと女です。


もう何年もレディコミなんて読んでないわぁ。
当時は割と性描写が少なくて、リアルなものが好きでした。
漫画は夢があっていいんだけど、夢がありすぎて私は追いつかなかったからな。
時々コンビニでエロ漫画を見ては、男の妄想を想像してましたね。
今は見てないからわからないけど、当時の女性はムチムチの体でしたね。
いまは細くてお胸が大きいんでしょうか。
あとロリータ性も昔よりあるかと思います。
あああ、時々熟女も見かけますね。
昔に比べると多様化してきました。


今回創るにあたって、なんかきっとベースはレディコミなんだと思うのよね。
少しずつ輪郭が見えてきて、客観的にそう思いました。


幻想的に女性を描きたいのですが、こんなふとっちょで45歳のおばさんです。
どうみても生々しくなってしまうかと思います。


私はいろんな方から「あなたは女だよ」とか「色気がある」などと言われますので、その小さな意見を辿って、内側からくるエロスに向き合いたいと思います。


ただ残念なのは、いまお付き合いしている人も好きな人もおらず、ぱっさぱさの乾いた状態で「何がでるんかいな」と自分を責めています。


唯一、私の体ごと欲しがって舐めたり甘噛みしたりするオスは、飼い猫の「茶々丸」くらいでしょうか。


彼の甘え方は見事です。
ツンデレ具合も。


「40すぎの男に教えてやれよ」とちゃちゃに呟いてしまいました。



私に潤いを出すべく、様々な方法で試しています。
人には言えませんが。


でもぱっさぱさ感は半端無し。


以前、凄く好きだった人がいたときは、いろんな人から「綺麗になった」と言われました。
10分いや5分ほどでいいので、その感覚が欲しいのです。


いろいろ考えます。


とりあえず女性ホルモンを出すべく、出会い系に登録し営みまくる方がいいのか。


いやはや「愛」について、徹底的に考えた方がいいのか。


こんな事、いつも会ってる職場の人に聞ける訳でもなく。
時々行くワークなどは若い男性ばかりで、45歳等身大のオンナの熟成したエロスがわかるわけでもなく。


シーンで踊りも入れるので、最近練習してるのですが、恐ろしすぎて自分の姿を見ることもできず。


イタイのは承知だけど、でも観てもらった人に「ああ」と思わせたいし。


ある作家の人に、書く上での相談をしたら「何をやりたいか」が一番と言われたけど、今回はどれが欠けてもだめなんす。


いかんせん30分なもので。


ちなみに結末はあまり決めていません。


やってみて、即興で決めたいと思います。
でも決めてないと言っても、二択ですが。
現時点ではです。

書き始めたら、くっきりしてくるかも。


書く人が演劇する人が、恋愛そっちのけでやるのがわかる。
ヘタな恋人より刺激的。

まぁ、恋愛は人並みに今まで出来たので、経験豊富なおばさんはそれをアウトプットします。


そそ、タイトルですが。
(雑談と言い訳が多すぎたわ)

だれか「愛と性」ついて、私なら深く語れると言う方はいませんか。
私だけの偏った思いだけでは、つまらないので情報を集めたくお願いの記事であります。


できればアラフォー以上がいいなぁ。
以前にすっごく愛した人がいたという方がいい。
いまいるよ!という方も大歓迎。
男性女性どちらでもいいわぁぁぁぁん。

コメントでもメッセージでもなんでもいいです。


できればねー。
いま好きな人がいて、いつもより多めに愛されればいい感じになるのにー。
そしたら自然と痩せるのにー。

それが出来ないから、苦労してます。


神さま
私にあなたのエロスを









今日は離婚記念日。

今年で5年目。

毎年夏は当時を振り返るけど、病気やら霊やらに付き合ってから5年目でもある。


いろいろ振り返って、ここまで来るのに本当にたくさんの人に支えられてきた。


離婚当初は

「重病な精神病にかかって、なおかつ離婚された」

と言われて、まわりはてんやわんや。


私は解離症状を受け入れるのに必死。

当時の上司や親戚や友達から「自分を受け入れて!」とたくさんの人に言われたっけ。


滅多に連絡しない中学時代の友達から連絡が来て「大好きだよ、のこちゃん」って言われた時は本当に嬉しかった。


やっとここまで来たなぁ。
ほんとにつらかった。


自分が死んでそれから今まであったことを全部受け入れ、また新たに起こったことをまた受け入れ、生まれ変わった日でもある。

しっかりと受け入れるまで結構時間はかかったけど、でも生まれ変わったときから今まで変わらないマインドはしっかり持ってる。


手放すものはさらりと手放し、また受け入れなきゃならないものはしっかりと握る。


きっと私の人生それの繰り返しなのよね、きっと。


結局ベースは娘たちにあるんだわ。私。


5年前の私にいまの私を伝えたい。
悔しかったり、悲しかったり、卑屈になったり、とにかく子供みたいに泣いたわ。
ティッシュの消費が早かった早かった。


今まで蓋を閉めていたものが、全部溢れそれを一つずつ整理して閉まっていったわ。
いまではきちんと整理されて、何だかスッキリ。


ほんとに、今までの人にお礼を言いたい。
当時浮気していた女と一緒になりたがって強引に離婚届出した元夫さえも。


解離状態を見て「霊が取り憑いてる!」と言って、般若心経を必死で唱えてくれた人。
「悪魔払いのお経」を唱えてくれた人。
お金に困っている私を見て「いまはあなたにあげるのが一番だと思った」と言って、震災の方々に募金するはずだったお金を(結構な額)くれた人。
優しいいい弁護士を紹介してくれた人。
結局私からお金を取らなかった弁護士の人。

休みが続き何があっても「お大事に」と言ってくれる職場のメンバー。
楽しい仲間。
今までの人生の中で、最も尊敬する主治医の精神科の先生。
愛する娘たち。

私を産んでくれたお母さん、お父さんにも。


ほんとに生まれ変われたんだ。
私もわたしも。


写真は解離してから、ずっと我が家で見守ってくれてる慈母菩薩観音。


神さま
早く咳がとまりますように。
早くみんなと仕事したい。

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