今更ながら、独身になった事を実感。


最近


「いい人紹介するよ」
と言う言葉を頂くようになった。


変な感じだ。


この間までは人の妻だったのに。


これが出来ない
それが出来ない
あれが出来ない
どれも出来ない


そんな事を考えていた16年間が嘘みたいだ。


自分が欲しいと思っていたのも、もうおしまい。
もう戻って来た。

毎週やってくる次女とゆっくり時間を過ごし
忙しい長女の話を、時々じっくり聞き

ひとりの時間をゆっくりと過ごし



現実への不安はあっても

とても幸せ。



絶対に結婚は二度としない。
絶対に。



ゆっくりしてから


これが出来る
それが出来る
あれが出来る
どれも出来る


に変えて行こう。


ゆっくりと。


娘たちの幸せを願って。


そしていつか
誰かを愛せるようになれたらいいなぁ。
前回書いた記事の亡くなったおばあちゃんの


ぬか床


を頂きました。




「これから結婚するのに、いいアピールポイントができるよ」と親戚家族は笑って言うけれど。。。

毎日かき混ぜなくてはならなくなったよ。

ぬか床は生きものなのよ。。。。



ちょうどぬか漬けを一から作ろうと思っていたのだけど、頂いたぬか床はおばあちゃんの思いがぎっしり詰まっているので、自分で気まぐれにやるのと訳が違う。


相当なプレッシャーですよ。
でも、おばあちゃんの思いしっかり受け取ったよ!



おばあちゃんが亡くなったことで、その親戚家族とまたまた不思議な出来事が起こりました。


前回の記事に書いた蠅も飛んでいたよ。


何故か親戚家族は私に聞く。


「あの。。蠅は殺していいの?」と。


私に聞かないで欲しいと思っていたその時に、痴呆症のおじいちゃんが蠅を殺そうとする姿を見て、みんなに小さい小さい悪魔が生まれた。



「おじいちゃんに任せよう・・・・・」



結局はおじいちゃんよりも蠅が勝ってしまい、四十九日まではそのままでいようということになったけど。



私は精神病院に通っている身でありながら、家族が亡くなった所に出向き、家族に亡くなった方のメッセージを伝えるなんて、人としてどうかと思いながらも、結局は伝える事になってしまった。


偶然がたくさん重なって、家族の意志もあったから伝えたのだけど。
本当はしたくない、こんなこと。
かき回すのは嫌だ。
これで最後だ。



親戚は

「本当に病院に行かなくていいよ」

と言うけれど、「声」があるうちは通わなくてはならないよ。



病院ねぇ。。。。
病院の先生は悪魔の格好に白衣を着て、時折天使の輪も見せる。


先生が言うには
花を愛でたり、食事をしておいしいと思う日々をしばらく過ごさなくてはならないらしい。



そんな事を言われた時に、先生の頭から天使の輪が見えたよ。
ちいと、毛が薄いからかしら。


そういえば


おばあちゃんからのメッセージは「種」だった。
「声」は別ものだ。


矛盾した自分が強くなると、うるさくなる「声」
きちんと生きていないと必ず出てくる「声」


創りあげたもの。
もともとあったもの。


想像力


全て自分の中。



自分だけじゃ生きていけないのだ。
思いだけじゃ生きていけない。


もし、いまひとりじゃなかったら、こんな事考えないんだろうな、きっと。

今の結果は仕方のないこと。


だから

それまで自分をかき混ぜて、かき分けて、きちんとした感情が生まれるようにしていこう。



親戚家族がとってもいい言葉をくれた。


「想いは人と人の間に生まれる」


わかるっ!


きちんとした想いが生まれるように、人と繋がって行こう。



本当の感情が生まれるように、自分を愛でなければ。



さっ、毎日いい具合にかき混ぜますかね。
遠い遠い親戚のおばあちゃんが亡くなった。


そのおばあちゃんとは、夏に知り合ったばかりで、私が「霊にとりつかれてる」と言ったら、「いつもお経を読んでいるから、悪い霊を払うお経を読んであげるわ」とおばあちゃん家の仏壇の前で読んでもらった。



おばあちゃんのお経で霊が出た時、きっとおばあちゃんはとてもびっくりしていたと思う。

普通の人は怖がることを、難なくやってくれて、私の事を心配してくれていたおばあちゃん。



正直に言うと、私は怖かった。
たくさん出したら、おばあちゃんやご家族に迷惑だと、出てくる霊を止めるのに必死だった。


おばあちゃんや家族に
「こわくない?」って聞いたら

「最初は怖かったけど、もう大丈夫」と言われたけれど


きっとおばあちゃんも、その家族の人も怖かったと思う。


でも気にしないでくれて、笑顔で「また遊びに来てね」と言ってくれて私は本当に救われた。



だから言葉に甘えて何度も遊びに行った。
短い期間だったけれど、おばあちゃんと話す時間はとても楽しかった。


私の一番お気に入りの服を

「あらっ、ステキな服ね」

と言われた時の、おばあちゃんの目の輝きは今でも忘れない。


最期は普段の生活を過ごし、眠るように亡くなったそうだ。
亡くなる一日前には、私の事を心配し「どうしてるのかしら?」と話していたそうだ。


とても信心深くて、やさしくて勇気のあるおばあちゃん。



そういえば



小さい頃、一緒に住んでいたおばあちゃん。

亡くなる前に

「寝相が悪いから」
と、私のベッドに縄を縛り付けて、布団が落ちないようにしてくれたおばあちゃんは、次の朝、私の横で眠るかのように亡くなっていた。


そのおばあちゃんと最期に話をしたのは私。

ちょっとだけ苦しそうにしていたから、どうにかしたかったけど身動きが取れなかった。


「大丈夫?」しか声をかけられなかった。


そのまま眠ってしまった事を、30年以上経つ今でも忘れない。


誰かが亡くなると、生きていた時いろいろすればよかったと悔やむ。
あの時、自分がこうしていればなどいろいろ考えてしまう。



今回もそうだ。
会わなければ。。


でも


私は生かされているので、今を前向きに生きるためにベストを尽くさなければならない。


親戚家族も。




お通夜からずっと蠅が一匹、葬儀場にも自宅にも飛んでいるらしい。

急にお迎えが来たから、おばあちゃんは家族が気になって仕方がないと思ってと、その家族は蠅におばあちゃんの名前をつけているそうだ。


そう思うと、おばあちゃんの死を家族は早く乗り越えなくちゃならないよ。
この時期に蠅がいるなんて、仏さまからのメッセージだよ。


おばあちゃんも先にゆかねば。

おばあちゃんの事を思うと、私も今の状況をきちんと乗り越えなくちゃ。

おばあちゃんの言うとおり、心の中でもいいから、先祖や両親の事を想うよ。
教えてくれたお経は読む努力をするよ。


おつかれさま、おばあちゃん。
安らかに眠って下さいね。


ありがとう、おばあちゃん。
次に進んで下さい。


私も進むよ。
twitterをやめた。

以前から、自分の深い深いお腹の底を出してしまいそうで、いつもつぶやいては「自分は見苦しいな」と感じていたから。


もともとmixiとかで、自分をどこかで出す事なんて無かったから、自分を責めないためにも思い切ってやめた。


フォローしてくれた方々
ありがとうございます。


もっともっと自分らしく生きるために
自分の本当の感情をきちんとだすために

このブログは続けて行こうと思います。


と言っても、twitterから見てくれた人は、もう読んでもらう事無いかな。


とにかく誰も読んでいないと思ってるのですが、でもペタをつけてくれる人がいると嬉しいです。


「おお。誰かが読んでいてくれているのねー」
と思うと、そうそう思いのままには書けないしね。



とにかく言いたい放題。
それが目的のブログ。


ひとつだけ愚痴を


16年前に結婚するときに言われた言葉

「大人なあなたと結婚するんだ」

その言葉にずーっと縛られてきたなぁ。
と今更ながら思うのでした。

結局子どもちゃんな私は、溢れてしまって隠せなかったけど


でも
結構つらかったよー。


さて、自分らしくもう一回やり直しです。


「声」たちも


「もう一回、もう一回」
「本当に、本当に」


ばかり。


きっとそうしたかったんだよね、わたし。


今まで自分同士が戦っていたわ。


でももうそんなことはしない。
振り向いてばかりはいられないのだ。


同じ境遇の先輩は
「きわきわの所にいる」
と言っていたけれど。


「病気」で生きて行くか
「シャーマン」で生きるか


普通になろうと思うと
どっちもきわきわの生活じゃなくて


変人の生活なのよね。


「シャーマン」もいろいろ調べたけれど、昔はきっとそんな人がけっこういたのよ。


さて。


風のむくまま
ケセラセラで行けば
きっとどうにかなるでしょう。


でもきちんと出せるまでは、普通に過ごしたい。
私は私の出し方がきっとあるのだ。


今は「神」も「霊」も絶対に出したくない。


でもいつか「声」も「種」も一緒になって、面白いことが出来る準備。


はじめますわよ。
今まで自分にまっすぐに取り組んで来た。



まっすぐに取り組むと



私の歴史の中に


「おかあさん」


もある。


お母さんになって15年ちょい。
お母さんは色々な意味で思春期だ。



妊娠して娘が産まれた時に、私に2つの感情が生まれた。


「娘のために生きる」



「娘は何でも知っている」



猿のような、老人のような顔で産まれる赤ん坊は


「私、あなたのこと何でも知っているわ」


そんな事を言っているように見えた。



世の中の事を全く知らない赤ちゃんは、10ヶ月私の中にいたから、きっと私の事なら何でも知っているのかしら。


ふたりともそんな風に思えた。




赤ちゃんって不思議なもので、お母さんが不安だったりイライラしていたりするとよく泣いて、ゆったりした気持ちの時は、いつも笑っている。


赤ちゃんって不思議な生き物だ。
でも世の中の事は全く知らない。


成長するにつれて、自我が目覚めると(2歳くらい)また大変な事になる。
まったく思うようにいかない。


娘も何も分からないが、私も子どものことを何も知らない。

でもって、母親の私は世間と子どもから毎日テストされているような感じになる。


娘が


おりこうさんでいないと
すべてがきちんと出来ていないと


母親失格の烙印を押されてしまう。
そんな事と戦った毎日を最近とても思い出す。



今思えば
何に必死だったんだろうか



自分の人生は自分のために生きよう。
私も娘も。



どんなに、枠への出口をふさいでも
子どもは行きたい所にしか行かない。


「ここはいいよ」という道も
行きたくなければ行かない。


親が


道を造り、悪い道を消せば消すほど、子どもは悪い道に行きたくなるもんだ。


親が作った道で、嘘をつくような子にはなって欲しく無い。
親が出口をふさいでしまって、自分をごまかすような子になって欲しく無い。



子は親の背を見て育つか。。。
自分を隠して、世間に合わせてばかりなんて事はとうとう私に出来なかったなぁ。


でも
娘はちゃんと親を見ていて、私より私の事を知っている。

「おかあさんて、子どもだよね」

そう言われたときはびっくりした。



でもね。
お母さんも、時々つくあなたたちの嘘は、知っているのよ。




子どもを信じて味方になる。




娘との駈け引きは、生まれた時から死ぬまでずっと続く。

その中で、本音を掴み取れたら可能性を信じて応援するだけ。



子どもなお母さんは、そんな育て方しか出来ないのだ。
でもって、いつも娘に育てられているんだなぁと実感するのであります。


娘たち。
お母さんは「ありがとう」言いながら前に進むよ。
それはしっかり伝えなければ。



お世話になっている人に、きちんと伝えられるようになりたいね。



生きていてネガティブな事を、どうポジティブに持って行くか。
今は親としても試されているような気がする。





お母さんの道はぐねぐね曲がっているけれど




せめてあなたたちは、まっすぐな一本道であってもらいたい。



そしてその一本道を、自分でしっかり歩いてもらいたい。




子どもなお母さんは、いつもそう願うのでした。