タイトルで遊んでみた。

韻をふんだよ。
ライムってやつさ。


最近読んだ本でぐっと来た詩をひとつ


「自分の感受性くらい」



ぱさぱさに乾いていく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心が消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもがひよわな志にすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ



・・・・って。

読んで泣いたわ。
ちなみに読んだ本は「中学生までに読んでおきたい日本文学」の中から。


小学生より心にしみているわ。



「わずかに光る尊厳」
これは自分にしか分からない。



医者から言われた
「自分の本当の感情を取り戻す」

今まで経験したことで、心が身体が反応してしまったこと。


ぱちーんと弾けて、もとの自分に戻った。
高校生か。。。。

20年くらい前のドラマ
「スクールウォーズ」伊藤かずえの名セリフ


「私は私、レモンの好きな高校生よ」



そんな状態になったと医者から言われたが


レモンをかじって、酸っぱすぎてよだれが出た私


そんな私をなでなでしてもらわなきゃならんのか。
自分でなでなでするのか。



話はちょっと変わって


同じ境遇にあった先輩の話
考え方も最初に取った行動もほぼ一緒
ちなみにその人と会うのは2回目
彼は京都の人だから、私よりも大変だと思うけど。


その人曰く、私は同じになって行くそうな。
感じたままにやらないと、全てが上手くまわらないらしい。


生きていけなくなる。
病気に戻る。


死後の世界に行った人はみんな同じ事を言うというけれど(三途の川ってやつね)私と同じ境遇の人もまた同じ事を言う。


自分を出さず人に合わせれば、幸せが約束されると思った昔
私は自分を出さなかったこと、そんな事の清算

でも私はもうおばさんなのだ。
いやらしい話もぐいぐい聞くさ話すさ。


何度も壊れた心には、びっしり毛が生えているさ。
壊れても、またどうやって治すか考えればいいのだ。


そうするには
ロバの耳を持ち、他愛のない話をする毎日が必要なんだと思うの。

やっぱり女性として生きたいし、社会と関わって人を感じたい。
みんなの中のひとつでありたい。


何もかもが無くなって、枠からはみ出た。
何かを入れるためにすっかり空っぽになって、子どもに戻った。



36と言う数字は、多くのものを表す言葉でもあるらしい。
ひとつにこだわらず、ありとあらゆる道があると思えば


きっと


歩く度に幸せを感じる甘い道があるんじゃないかと思うのよね。


そんな事を思う甘い甘い夜なのでした。
いま思うのは


精神科の先生って、絶対



「変態」



だと思うのです。


「精神科の先生は変態だよ」
と友人から言われた事を、いま実感。


院長先生ステキだから好きなんだけどね。

診察の度に
「あなたはいま高校生だね。高校生だね」を連発。

先生が悪魔みたいな黒い全身タイツを着て、角を生やし、矢印みたいなしっぽをくねくねさせながら言っているようにも見えるよ。

白衣をやめて、それに着替えた方がぴったり合うと思うよ。
ステキ倍増だ。


ふんっ!


これからの道を歩くために、社会復帰の道を目指してどうにか前向きに生きている。



病院で先生に

「私は社会の道に行きたいですよ」

と訴えても、先生の今の答えは首を横に振るばかり。

先生から見たら、どうやら今は「休養」の道らしい。



さらにゆっくりの神さま現る。



むむむ



生活できませんよ。働かないと、まったく。


先生は

「これから演劇したいんでしょ」
「これから恋をする時に、君の気持ちをきちんと伝えられるような恋にしないといけないよ」
「医者の言うことを聞かなくちゃいけないよ」


そんな事を悪魔に囁かれております。



せんせい。
それこそ高校生だよ。
そんな風に見えるのかね。
本当に恥ずかしいよ。


あっ、私がそんな風になってもうたのか。


先生とそんなプレイか?
真面目なこの病院で。。。


もう。
わたしって。。。


先生が言ってる
「ヒリヒリした感情」

わかるさ。
ヒリヒリ。

あれは嫌さね。
本当に嫌だよ。

だから社会を生きたいのに。
年相応ってやつさ。


診察の最後に言ってた、先生の言葉

「あなたの本当の感情をきちんと取り戻さないと」


今を生きる本当の意味
答えは変態にあるのかなぁ。


悪魔のささやきによって、今日もゆっくり眠るのでありますっ。

薬はこれ以上増やさないわよ。
でもって

「声」は無くなって、「種」から芽がでるのだ。
それが病気なのか?
どれが病気なのか?

とにかく「声」さえ無くせばいいのかしら。


よく分からないけれど

ステキな悪魔の先生ありがとう。
先生の言うとおりに進むには、相当な強さが必要だよ。


強くならねば。
そして


今は休養の道に進むよ。
「おかいま」


娘が2歳の時に家に帰ると「お帰り」と「ただいま」をくっつけて

「おかいまー」

ってよく言っていた。


ひとりになって、家で休養中の私に遠慮無くおむつのCMが流れる。

娘たちはもうおむつをする歳ではないのに
すっかり大きくなっているのに

CMが流れると

小さい頃の娘たちを思い出しては

少しおよおよと泣いてしまったり。。。。


むむむ


私は約10年専業主婦で、しかもその中のほとんどが「社宅」だったから

周りからどう見られるか
自分は?夫は?子どもは?家庭は?家の中は?食事は?

そんなことばかり考えていたような気がします。


周りに合わせる事ばかり考えていて
毎日毎日

ピリピリしていたような気もします。



最近、たくさんの人に出会って
いろんな人を見るようになって


あらっ、みんなステキじゃないの。
って思って私もいろいろ始めて


やっと自分らしさみたいな事を少し掴んだわ。
と思ったら


病気療養中


夏の事もよーく、よーく振り返るけれど
それが全部妄想と言われたら、しかたあるまい。

その時は自分の葛藤とか
過去のトラウマを乗り越えるとか

そう言うこと以外でも

いろいろな事が起こっていたけれど

全部自分がやっていて
知らない街で、みんなの見ていない所でいろんな事が起きていたのも、それが全部妄想と言われればしかたあるまい。


どんなに
私を信じてほしい
「助けて」と伝えても

言えば言うほど、今まで私に近い人ほど私に近づかなかったさ。

きっと、見た人関わった人みんな怖かったと思う。
どうしていいかわからない。。そんな顔をしている人もいたなぁ。


私もすごーくすごーくこわかったよ。


でも

いま思えば、最終的に
一番信じてくれたのは娘たちだったなぁ。
娘たちも必死だったな、きっと。


少しずつ歩いて、いろんな所でいろんな人から少しずつ優しい言葉をかけてもらったよ。
おかげで強くなった。

今では

「憑依」の種みたいなものは残っていて、きっとそれがいつか何かのかたちになるのかなぁ。

なんて思ったり

自意識がぽーんと外れて自分の何かがぽーんと出たのか、なんだか分からないけれど、霊だの神だのはもういい加減聞き飽きて嫌なので、この種は少しずつこれから育てて自分で楽しむとしますか。

ちなみに霊媒師とか占いとかには全く興味がない。
前世を言う人格も、全て私なので私じゃない感覚は私にしか分からない。
種は「声」とも違う。
悩み出すとザワザワする声は、私に「もう一回やって」と言い、時々「あなた」「なんだい?」と声同士が会話をする。

それを聞いてもう悩むのも疲れた。
最近は「あなた」「なんだい?」を聞くと、笑ってしまう自分がいるよ。
声と一緒に体がバコバコ動くのも、なんだか慣れたよ。

まあ
それが病気なんだけど

霊だったら
悪いことを吹き込んで来ないので、放っておこう。

まったく
自分は不思議全開だわ。


それでもとにかく
これからをがんばりますか。



上を見上げてばかりでは、首が疲れてしまって先に進めません。
下ばかり見ては、また前が見えなくて怖くなって先に進めません。

まっすぐ前を向いて、あたりを見渡せば空が青くてきれいな事も、空気が澄んで気分がいいこともちゃんと感じるんだろうな。

で前に進む。


なんだかまた文がまとまらないけれど


いろいろ回り道したけれど、色々な意味で

今は本当の自分に戻って

「おかいま」

なのです。
ゾンビ


ブードゥ教の言葉で「生き返った死者」
墓からボコボコと手が出たりするのか。。。

こわいね。

随分昔に映画を見たけど、あの映像と音楽がなんだか変でちょっと笑った思い出があるよ。


病気の目線で私をいろいろ考えたけれど
世の中には霊とか憑依とか神とか、そんな言葉があるのよね。


そして現実では

人はみなそれぞれ生きる上で「仮面」を被っているのよ。
そこが上手くコントロール出来なくて、人格障害になるんだろうけれど

誰もがみんなストレスやトラウマを抱えていて

頑張って頑張って
「仮面」を被る。

生きる上では必要なことで、それはごくごく自然なこと。


なんでゾンビとペルソナか。


なんでだろ


書きたくなった。
ただそれだけ。


いま私に起こっている事。
説明できないのよ。


無意識の動き
潜在能力
ペルソナ
ゾンビ


憑依


人格障害


だれか教えて。
前向きな言葉で。

私について話すとみんな後ろ向きばかり。

精神科の先生は
「今までずいぶんヒリヒリとした人生だったね」と言って薬を減らしてくれた。

霊を信じる人は、私の事を
「狐か狸の仕業かも、部屋が汚いでしょ」と言われたさ。
言っておくけど、私の部屋は超片付いているよ。
私も辛いときは、夜中にこっそり油をなめてる狐とか思い浮かべて、そこに行くかといつも不安だったよ。油揚げがおいしいと思った時は「狐か?」って真剣に悩んだし。
でも本気で不安でいっぱいの人に、たとえそれが本当であってもその言い方は無いでしょ。


そんな中で

私と同じ境遇の人に出会ったけれど、また私は違うかたち。
私はこれからどんなかたちになるか、全く分からない。

無理してかたちを作るものじゃないしなあ。


「憑依」
「人格障害」
「潜在能力」

そんな言葉がぐるぐる頭をまわるけれど

自分の意識の中で無意識に身を任せると、とてもすっきりするので

力を蓄えていると思って
自分の意志で進むとしますか。

悩み出すとけいれんするほどの声は参考程度に

どうせなら、楽しまなくっちゃ。
社会を生きるペルソナはきちんと持ってるさ。

深刻にしない薬を飲むぞ。
前向きに考える時間は十分にあるさ。

ゆっくりゆっくりの神さま
私に甘えん坊の神さまが現れますように

むむむ。それでも
ありがとうなのよ。
進むわよ。
休養中なので、結構暇なのです。


私にゆっくりの神さまが来てますね。
きっと。

いろいろ考えてしまうと、

「あーっ、いろいろやってもうたな」

と思うのだけど、まあ
精神的に死ぬか生きるかを行ったり来たりしたので


いまでは


「生きてて良かった、いつかいいことあるさ」


と開き直れるようにもなって来たよ。


最近では

何か書いたり、読んだりすると
「声」がしっかり消えているのに気付き


本があまり読めない私は
図書館で子供用のコーナーに行き、絵本とか子ども向けの本でいろいろ理解しようとしています。


大人向けの物語はちょっと入るまでに時間がかかり、入った後は魂が抜けたようになるので、しばらくお休み。


でもって

世界の宗教とか
日本の神話とか
ことわざとか


そんな本をパラパラとめくっては

ふむふむ

と感じて、いろいろ書いたりしています。


小難しい言葉もなく、子どもにも間違いが無いように伝えなくちゃならなきゃいけないと言う感じがするのは、とても嬉しい。


精神病と精神世界


修行
ギリギリまで自分を追い詰める意味


人間の脳
自己を守ろうとする力
潜在能力
自我の目覚め


妄想
想像
空想
思想



ほとんどの宗教に共通するのは
「自己を愛し、人を愛せ」

ま、自分がやられて嫌なことはするな。
軽く言うとそんな感じかしら。

と言いながら、戦争か。
矛盾だね。

人は矛盾の中で生きてるね。
私もそうだよ。

器の中と外
信じる力

そんな色々な事をを思って、自分の感じたことなんかを書き留める中で

なぜか
父を思い出した。

最近会って、父に言われたこと
「これから好きに生きればいいさ、いつも前向きでいればきっといいことがあると信じて」と。

ずっと嫌っていた父
病気になって、やっと親の言葉が身にしみたさ。

そんな大きな事を感じる時間をもらえてる。


そういえば、とても大変な時期にある大学の先生に出会って、毎日言ってと言われた言葉

今日は神聖な祝福された、限りなく豊かな日です。
神さまありがとうございます。
これからどんどん良くなります。


これまた宗教的だけど、宗教とは全く関係の無い人から頂いた言葉。


今まですっきり忘れていたけれど


感謝して前に進む。
病気から脱出するぞ。

ありがとう
ゆっくりの神さま。

私は進んでいますわよ。