とうとうこんにちはです。


「うつ」


ネガティブが溢れている今、なぜうつになったのか、考える毎日を送りまたうつになるという、悪循環な日々が続いている。



大抵の人は、離婚からうつになったりするし
病気を理由にうつになったりもするらしい。



意地悪な事ばかり言う、白衣の上から悪魔の矢印のしっぽを生やしている精神科の先生とは、随分と仲良くなった。



いまでは


「好きになったんじゃねえか?」


と思うくらい、大好きだ。




様々な事が頭から離れない。
これも病気なんだろうなぁ。



インプロを始めてついた病気と紙一重の力は今、何の役にもたっていない。


「何も考えたくないから始めたのに」
とまで思っている。


ワイドショーを騒がせてる自称占い師のニュースを見て、若干腹が立つと思ったり関係ないと思ったり複雑だ。

ほんとに嫌だ、前世まで出るなんて一緒だよ。
私は小さくて細かいのしか出ないけどさ。


でもねぇ。


どんな人と出会っても、影響されたりして人って成長するんだよね。

出会いってそれだけ大切な事なんだけど、当然の事ながら決めるのは全部自分なんだよね。

だから、どんな人に会っても、前向きで明るくて人を大切にする人の意見に耳を傾ければいいのではないかと思うのよね。



私はいまうつになって、親とか家族とかが本当に大切なんだとしみじみ感じる日を過ごしている。



家族って無条件なのよ。
どんな事があっても、味方でいてくれる唯一の存在だ。


今まで大切にしてきたはずの家族が壊れて、自分の家族がどんなに大事だったかをよく考えた。





考えすぎた。



自分が笑顔でないと、守りたい娘たちも笑顔にならない。


これから本当にきついけど、笑顔でゆかねば。


家族を大切に思い、出会いを大切にしていこう。




そんな道を歩いて行きたいなぁ。





いつまで経っても、結婚指輪のあとが消えない。



消えない指輪のあとは、まだまだ今までの自分にこだわっているかのように、うっすらとあとを残している。



先を見ようとして、明るいことを考えようとしても



ネガティブな自分が必ず



「こんにちは」



するのだ。



「うつ」か?私は?



霊を使ってまで離婚したかったと言えばそれまでだけど。


こんなにしつこく、離婚が自分にまとわりつくとは思わなかった。



人生って大変ね。
でもって、私ってしつこい。



病気療養は終わりとなり
ゆっくりの神さまももうおわり



指輪のあとをなぞりながら

「ゆっくりの期間、ずいぶんと自分をなぞったよ」



そんなひとりごとを言いつつ


新しくまた始まる道はまた
ゆっくり行くのかなぁ。


これからなんでも無理せず行こう。

考えすぎるのも良くないのだ。




ふーっ。



ため息と深呼吸のかわりのタバコと、考えすぎるこのしつこい思考も、もういい加減やめたいと思うのでした。
私は

「こうあるべき」

と言うことにとても拘っていました。


特に結婚してから



「妻であるべき」
「母であるべき」



そんなことに拘っていました。



結婚生活のほとんどを社宅という小さな社会で過ごし



「こうあるべき」



奥さまの中で、一生懸命戦っておりました。



先輩の奥さまの話を
たくさんたくさん聞いて



お手本通りに行くように、必死で合わせていました。




専業主婦を終えて、社会復帰してから



たくさんの人に出会って



「こうあるべき」



がどんどん崩れていき



しまいには




自分がどうしたいのか、どこへ行きたいのか




あてのない、自分探しの旅を
長年していたような気がします。




「あるべき」の山は、私にはとても険しくて歩きづらくて、私にはとっても苦しい山でした。




ある人が


「結婚は孤独だった」


と言っていた人がいたけれど



本当にそう



24時間体制でがんばっても


「あたりまえ」


で終わってしまう「妻」という役割は、「孤独」以外の何者でもないような気がします。



そこで物質的な事に走ってしまったりしても



「孤独感」



は決してぬぐえず



ただただ、自分の居場所を探していたような気がします。




「あるべき」感が強くて、子どもが可愛いと思わなかった時期もあったなぁ。




いま思えば、もったいない生活をしていたよ。
子どもが可愛いと思えないと思う事ほど、愚かなことはない。
自分の腹から産まれたのに。
なんてことを。



私のあるべき山は「あるべき」の山では無いのよね、きっと。



「あるべき」の山を登れば、平凡な安定した生活が約束されると信じていたけれど、私はあるべき山を下りる所からスタートするんじゃ無いかと、やっと思えるようになった。



ここまでいろいろまわり道したなぁ。
娘に戻ったりもしたよ。



拘りを捨てて
あるべき山を下山し


今は小さな丘を登って
見渡す山を眺めては



これからじっくり
登りたい山を見つけて


一歩一歩
進んで行くわよ。


そんな事を思うのでした。

私の父は短歌が趣味だ。

いつも電子辞書と、短歌の本と紙とペンを持って、いつも歌を詠んでいる。



私は短歌を詠んでも、意味がさっぱり分からず、父に聞いてもまたさっぱり分からない。

短歌は奥が深いよ。


父と短歌の話が出来るようになったのは最近
それまで、私と父は会えば話せばいつもケンカばかり。


父はいつも怒鳴ってばかりで大嫌いだった。


男性と言えば怒鳴る。
男性はそんなイメージ。


最近


父とゆっくり話をするようになり


父が
いつもどう思っているのか
いつも何を感じているのか


そんな事を感じるようになって



昔からある、私の中の黒い黒い
しこりみたいな
塊みたいなものが

どんどんほぐれて行くのがわかった。


今まで

父とは正反対のタイプの男性と付き合う事によって、父の存在を否定しようとしていたような気がするなぁ。



とにかく思った事を言わなきゃ気が済まない父と、私も同じ血が流れているのよ。



嫌だけど
仕方あるまい



血なのだから。




小さい頃は仕事をしている父の横で遊ぶのが、大好きだった私。


父は大工だったので、木の香りを嗅ぐと父を思い出す。


これからは
木の香りを嗅いで



ほぐれてほぐれて
新たに父を感じて


いつかきちんと


父の歌を詠めるようになるといいなぁ。



「世界に太鼓はいろいろあるけれど、日本の太鼓だけはなんだかずんどこずんどこ暗い」


なので、心の内側に入る事をズンドコと友人は言う。


でもって、ここ最近相当ズンドコさせてもらった。


仕方あるまい
ズンドコ材料がかなり揃った。



はーっ


もーっ、考えるの嫌だ。



ジタバタ
ジタバタ

ズンドコ
ズンドコ

相当した。



過ぎたことを考えるのはよそう。
毎日そう思っている。



いつか
某演歌歌手みたいに


明るく笑って
ズンドコ言いたい。



そんな事を思いながら2012年を迎えた。



そろそろゆっくりの神さまが終わる。
医者から社会復帰の許しが出たのだ。


「もうそろそろ人生切り開いていかないと」
そう言われた時は、嬉しい反面、先生って一体。。。って思ったよ。

私から社会復帰のオーラが見えたのかね。
ほんと。

病気に怖がって、もっと病気になるところだったよ。


ちっ


ずっとずっとひとりで家にいたから、今の家は反省室みたいだよ。


社会復帰したからって、環境はあまり変わらないけれど



でも
うれしい。


誰かとお話しできる。


療養中に話をしてくれた友人たちを思い出しては、なんだか胸が熱くなるさ。


普通は離れていくのに。。。


たくさんの人に助けられた。
いつかお礼が出来るといいなぁ。


望んでも無い人に「声」は出ないぞ。
でもって「声」は「種」になっているのだ。



ズン、ズンズン、ズンドコ。
頭の中でくるくる回っています。


さてさて、これからも大変だ。
もっともっと強くいかねば。


偏見なんて気にしない。


ズン、ズンズン、ズンドコ


です。