久しぶりに公園に行った。


最近はまっている曲は


「マイケルジャクソン」の「スリラー」だ。



やっぱ80年代だね。
うんうん。



私を表現すると、やっぱこれなんだよね。
なんて思うのだ。



私の憑依状態の一部始終をみた前夫は、その後しばらくゾンビ映画にはまり、今ではホラーものばかり観ていると聞いた。



「映画なんてあまりみる人では無かったような。。。」



そんな事をふと思っては


「きっと、私には全く関係ないのよ」
そう思っている。



事の顛末を医者が「狂気的な事」と言った。


医者から
「また、狂気的な事に行きたいと思うかい」
と言われた。



人格が増えたこと
無意識の行動


それから

神社へまわったこと


去年の夏は死ぬほど神社に行って、無意識に草取りしたり御稲荷様を見ては私の意識とは違う行動をしていた。




狂気的な事は演劇的な事らしい
かなりいろいろと、かいつまんでいるが。



私は前向きに生きたくて、趣味で芝居を始めた。
わくわくする自分や面白い人たちを感じたかったから。



声は消え

不思議な出来事はなくなり

「種」は健在だ。



狂気的な事を深刻にしないために、おもしろおかしく生きてやろうじゃないか。



そう言えば
不思議体験の間に、種をまき続けた。



夏に書き記したことが、いくつかはまっている。


思ってもいなかったこと
考えてもいなかったこと



私は一体なんだろうか。



狂気的な事には絶対に進まない。
だって、怖かったもん。


でも、「種」は出すとスッキリするのだ。



私が一番怖いと思うのは、怖いと思う自分。
自分の恐怖心が一番怖い。


一年前に始めたブログ
一年前はひとりになるなんて考えてもいなかった。


一年前は「スリラー」で憑依感覚を味わうなんて思いもよらなかった。


でももう

憑依じゃなくて、宇宙と交信だな。

きっと。


若い頃に体験する病気になった私はまだまだ青い。
宇宙の青と私の青、どっちが青いか。。。



さてと
病気と狂気を脱出して


違うこと考えようっと。


でもって
「スリラー」を聴くのだ。
はじまった。
2012年。


年末年始は親の元でゆっくり過ごした。
何十年ぶりだろうか。


自分にある
自分に染みついていた
たくさんの赦せないことが


全て赦せるようになった。


何十年も抱えていたしこりをほぐすかのように。


離婚も病気も悪いことばかりじゃない
娘たちと一緒に住めない喪失感は半端無いけれど
現実は厳しいけれど


でも私自身が娘に戻れて本当に良かった。
父の苦悩や母の苦労も実感した。


全ての事を深刻にしない薬と、おまじないをもらったような気がする。



両親と話して、たくさんの事に気付いて今年がスタートする。



暗闇から抜けて、夜明けになる。



自分を出し続けてはだかんぼうだった私は、まず今年一番に両親から身を守るための分厚い布を着せてもらった。



弱い心はすべてを怖くさせる。
だからと言って、誰かを傷つけたりしてはいけないのだ。
ましてや、自分の心を傷付けたりしてはいけないのだ。



私は私


そう思って強く生きて行こう。
大切なもの


娘は大切な宝物


本当はどんなときでも、そばにいたかった


そばにいなくとも
心の中にしっかりいれば


幸せを望んで
娘の私の
幸せを望んで


本当に幸せなかたちが
目に見えるばかりではないと信じて



想いを胸に秘めて
思い出を胸に抱いて



ひとりで生きてゆこう



いまは幸せになる事への第一歩



一歩一歩



今は見えなくとも


一歩一歩



大切に大切に育てて
私の想いを曲げてまでの


今の道は
これから



希望の道と信じて
もう、うっとうしい。
こんなに自分にこだわって。
タイトルが物語ってる。



人生が変わって、とことん自分を考えた。
人の事ばかり考えていたわたしに、十分私を考える時間も医者から貰えた。


憑依って、人間の脳がやっているってわかって「霊」をとことん知った。


霊はぜんぜん怖くないし


「なんなのさ、一体」


と思っている。



もう。


娘に「好きなことをいきなり始めたから、こんなになってしまったのでは」と冷静に言われた。




そうだねぇ。



娘よ。

母は今まで、何をやるにも罪悪感を感じながら生きていたさ。



自由にしすぎるのも良くないけれど、こんな状態になるまで、自分を嫌いに追い込むのも良くないさ。




ドーパミンが多くなると、人格障害に発展するらしい。



そのドーパミンがヒリヒリさね。


きっと



演劇はそのヒリヒリを引き出してしまう。



それもわかる。



「霊感」と「ドーパミン」
脳が全部やっているのさ。




自分だけに限らず、周りでもいろいろ不思議な事があったけれど



奇跡的な事って
自分と繋がった時にこそ起こるんじゃないかと思ってる。



あれが嫌いこれが嫌い。
誰から何を思われているのかしら。
あの人が、この人が。


じゃなくて


これも好きあれも好き。
苦しくても、でも楽しい。
自分や見えていることに集中。



そんな毎日を送りたいなぁ。
せっかくひとりになったのだから。



医者から休養と言われるほどの事は、誰もが体験出来るわけじゃない。


しかも人生の半分過ぎてから。


自分の痛みは自分にしかわからない。
どんな病気にかかっても。


でもって不思議体験はまだ続いているのだ。
それは自分にしかわからない。

伝えても、伝えた相手にしかわからない。



「霊感」と「憑依」


短期間で枠から外れた私に、生きる道はひとつ。



楽しく前に進むこと。
苦しくても相手に惑わされないこと。



枠にこだわったわたし。
さようなら。



「声」も消え


私は自由だ。
やっと自由になれた。


本当の制限
これから始まる。


私は全てを克服するわよ。






歳をとると、いい味出るね。
とよく言うけれど。。。


いい味かどうかはともかく


私の味はきっと

しょっぱい

と思うのです。


自分は
「しょっぺぇオンナだな」
と思うことがあるのです。



あれやこれや言えないけど。




精神科の先生に

「花を愛でたり、幸せと感じる時間を作らないと」

と言われて、数週間。


何かを愛でるなんていうことが無いなぁ。。と思っていたのだけれど




よーく、よーく私の匂いを感じると
私はぬかみそ臭いのです。


そう


気がつけば

いまでは
ぬか床を愛でているような気がします。



ぬか床に野菜を入れて一日。
おいしいぬか漬けが出来る悦び。



少々味が薄くても、濃くても
「おいしい」と思う悦び。


おばあちゃん!!ありがとう!
私は幸せだよ!!



最近になって、私ひとりしか食べないので、メニューが私の好きなものばかり。


シンプルな煮物とか
ぬか漬けとか


おばあちゃんちの食事だよ。
でもってぬか臭い。



もし
「君はいい匂いがするね」
と言う男性が現れて


そして
「なんだか懐かしい匂いがするよ」


そう言われたら
きっとその人は、おばあちゃんっ子だよ。



ぬか漬けをつけている間は、一生涯のパートナーだな。
その人はおばあちゃん大好きだから。


でも私は


ひとりでぬかに手を入れて


取り出したときの
「ヌフフ」
と言う瞬間が大好きなのだ。



自分のために。



しょっぱい自分も、実はとてもおいしいのだ。


おいしい自分の時間。
なんだか幸せ。