奈良で走っています【エス】


入院して、最初に読んだ本。

構成が面白くて、リズム感が心地よい。

読みながら、自分が若い頃やったアルバイトのことを思い出した。


<私のアルバイト歴>

フルーツショップ八百屋店員(高校時代、初アルバイト)

家庭教師(小5~中2女子!)

中華レストランウィエター(オーダーは中国語、ちょっと高級)

コンビニみたいなミニスーパー店員(食品の値段はバイトがつけていた)

庭師手元(木登りができるようになった!)

とび職手元(高いビルもへっちゃら)

土方(釜ヶ崎日雇い労働者)

会場設営(祇園歌舞練場)

そば屋出前持ち(警察の留置所へも行ったよ)

仕出し屋出前(玉子焼き持って電車で京都から大阪へ)

ひな人形工房(3ヶ月でクビになった)

ローケツ染め工房(2日で辞めた)

本のセールスマン(百科事典)

遺跡発掘調査(考古学者気分!)

運送屋ドライバー(4tロングの運転もOK)


ガテン系が多いなあ。

大半は学生時代。

いかに学校行ってなかったか(^^;

でも、僕らの周りではこれがあたり前だった。

こうして振り返ると自分のアイデンティティを感じるなあ。




4月2日、体温37.7℃


入院最初の朝。

流石に昨夜は眠れなかった。

9時半消灯後、ずっとギラギラしていた。

部屋が少し乾燥していたから。隣りの人のイビキがうるさかったから。

夕方少しうたた寝をしたから。

いや、そんなのはたいした理由じゃない。

やはり主治医がくれた「入院療養計画書」の言葉がひっかかっていた。

病名=「肺炎、肺癌の疑い」

たとえ可能性があるというレベルだとしても、文字にされると違う。

主治医は月曜の診察の時、次回の診察を一旦は金曜日と言った後、

水曜に切り替えた。

「そんなに長く様子を見ても仕方がないな」とも言った。

いったん可能性を示されると、悪いように悪いように思考は回る。

いろんなことを考えたなあ。


1時半頃、こらえきれずに起き上がり本を読む。

佐伯一麦「ピロティ」

20~30P読んだ後目を閉じたら、意外に簡単に眠れた。

途中激しい咳とトイレで目を覚ましたが、

朝5時50分、看護士に点滴で起こされるまでぐっすり。


まだ、あまりせっぱつまっちゃいないな。(^^;

昨日の朝、JR環状線で人身事故があり大幅にダイヤが乱れていた。

その結果、どの電車も超満員。

ホームに人があふれていた。


奈良で走っています【エス】


鶴橋駅から乗った電車の中で、ちょっとした喧嘩がおきた。

20代学生風兄ちゃんが、50代サラリーマン風おっさんに文句を言った。

「邪魔やからどけよ」

次の玉造駅で降りる客に押された兄ちゃんが、降りないおっさんとぶつかったのだ。

ちょっと気の荒らそうな兄ちゃんだったが、そこまではさほど緊張した空気でもなかった。

でも、いったん降りた兄ちゃんは、新聞を片手におっさんをにらみつけて、再びおっさんの

近くに乗り込んだのだ。

おっさんも兄ちゃんをにらみつけていた。

電車が動き始めると、兄ちゃんはわざとおっさんに当たるように新聞を広げ始めた。

やや緊張した空気。

さらに兄ちゃん、一言二言。

するとおっさんは「うるさい!黙れ!」と怒鳴った。

皆の視線が一斉にふたりに向く。

すると兄ちゃんの態度が一変する。

しきりに謝りだしたのだ。「すみません。(ムニャムニャ)」

車内では車掌が「本日は新今宮駅で人身事故が発生し・・・」とアナウンスしていた。

すると、兄ちゃんは「人身事故って漢字でどう書くやろ」とひとり言を言って、

「ねえねえ人身事故ってどう書くんですか」とおっさんに聞いたのだ。

・・・・おっさんニガ笑い。そして「辞書で調べな」と答えた。

京橋駅で兄ちゃんは降りた。

降りる際、「どうもすみませんでした!」と兄ちゃんはおっさんに一礼して立ち去った。


一時はどうなることかと思ったけど、まあ事なきを得てよかった。


そのおっさん知ってる!頭文字「S」でしょ?

・・・えっ。





奈良で走っています【エス】


『奇跡を起こすマジックボックス』(濱田秀彦 著)


泣けるビジネス書という紹介に興味を引かれ読む。

これが面白い。

コミュニケーションタイプの分析とか問題解決のスキルについて、お話を通してやさしく解説してくれる。

自分や他人の性格分析、仕事の能力分析をする時、どうしてもプラスマイナスで

判断してしまいがちだけど、

人のタイプにプラスもマイナスもないんだよね。

必要なのは、自分(もしくは周りの人)のタイプを客観的に認識して

それをコミュニケーションや仕事のすすめ方にうまく生かすこと。

それを意識してやるかやらないかで

随分違いが出るような気がする。

別に成果が生まれなくても、気持ち的にすごく楽になりそう。

例えば、OOさんに対して腹が立つのはこういうことだったんだー!みたいに。


ドラマはある中堅OLさんが、今までバリバリ働いてきて成果を出してきた部署から

本人の意に反した部署に異動させられたところから始まります。


自分を知ること。他人を知ること。

どちらも大切ですねえ。

おおの麻里さんのイラストが秀逸。


今更なんですが、今回の入院は僕の中で結構大きな「事件」だったので、

きちんと記録しておきたいと思います。


3月31日

近大付属病院で受診。

久しぶりに大きな病院へ来てみたら驚く。

内科がない!

というのも、「消化器内科」「循環器内科」「呼吸器内科」「血液内科」・・・と非常に細かく分かれている。

私の場合は呼吸器内科。

血液検査とレントゲンの結果、肺炎という診断。

抗生剤をもらって帰る。


4月1日

2日間抗生剤を飲んだけれど、症状および検査の結果は改善なし。

点滴による治療と詳しい検査のため、即入院。

荷物を取りに帰りたいと言ってみたけど、家族に頼みなさいと認められず。


最初の病室は2人部屋。

同室はYさん、50代。

入っていきなり声を掛けられた。

いわく、自分は昨日入院した、今日これから前立腺がんの手術をする、

家族が来てうるさいと思うがよろしく頼む、ということ。

こういう場所では、最初に声を掛けるタイミングが難しい。

相手のタイプにもよるが、一度タイミングを逸すると

なかなか声を掛けれない。ウジウジを何日も過ごしたりする。

その点彼は素晴らしい!

ただ、とても豪快ないびきをかいておられた。。。



4月始め、肺炎を患い10日程入院しました。

今でこそ言えますが、その時、肺がんの疑いがありました。

少し肺の炎症が酷くて、熱や咳の症状は治まっても

なかなか肺の影が消えなかったのですね。


病気になってわかったのですが、肺はなかなか病状の特定が難しいらしいです。

細かい肺胞が連なっていますから、病巣を取ることができないからだそうです。

それで、疑わしい影がある場合は、がんだと断定できなくても

手術で肺を切り取っちゃうらしいです。(転移が怖いから)

しかも半分とは3分の1という単位で。

でも、日常生活にはそんなに影響ないらしいです。

僕の場合、もう少しで半分肺をなくすところでした。


で、恐らく大丈夫と言われたのが約3週間後。

完全に大丈夫と言われたのが2ヶ月後でした。(つい最近です。)


やっぱりいろいろ考えちゃったですね。

家族のこと、仕事のこと、ランニング含めた自分の人生のこと。

まあ、いい機会だったのかもしれないです。


人間簡単に死んじゃうんだという気持ちと

簡単には死ぬもんじゃないなという実感と

両方いっぺんに味わったような気がします。(続)

だいたい先頭車両に乗ることが多い。

今日は、超先頭で、前の窓から景色がしっかり見える位置だった。

「電車でゴー!」運転ゲームをしている気分。

運転手さんの動作がおもしろい。

照れなく、しっかりオーバーアクション。ご立派!

でも、これだけの満員電車で、これだけの人の命を預かっているのだから凄い!

一国の首相なんて目じゃない。(と思う)

こんな職業って他にあるかな。

命を預かるという意味においては、パイロットと電車・バスの運転手にかなう仕事は思いつかない。

パイロットはそれなりに優遇されている。(と思う)

その点運転手は不遇だなあ。


そういえば、父は国鉄マンだった。

仕事の夢やプライドってどんなものだったのだろう。

生きてる間に、一度ぐらいはそんな話もしてみたかったな。

最近、外国人旅行者が増えている。

小泉政権末期から「観光立国」を目指し、特に中国人のビザの交付を簡易するなどの制度の変更も行なわれているという。

観光立国を目指す為には、歴史や文化に対する国民の考え方の根本が変わらないとしんどいでしょうね。

硬い話はさておき、最近、外国人観光客が日本で体験したいものは、開店時の百貨店のお辞儀と通勤ラッシュだそうだ。

なるほど、両方とも変な「文化」だ。

ただ、混雑だけが駅の風景じゃない。

最近、駅のアナウンスが気になる。

同じJRの駅でも特徴がある。

私のお気に入りは京橋駅だ。

ここには、独特の口調でアナウンスをする駅員さんがいる。

きっとラッシュ時のアナウンスは、私の十八番と思っておられるに違いない。マイクを離さない。

抑揚が凄い。


「まもなくドアがしまります」「無理なご乗車はお止めください」「ドアがしまります」・・・

「ドアをしめます」「しめます!」「ドアがしまってま~す!!」


「しまってまーす」には笑ってしまった。

競馬やプロレスの実況中継に近いものがある。


機会があれば是非体験頂きたいです。




と言っても取材されたのは、近所のラン仲間つながりの女性。僕らはエキストラとして撮影に参加〓〓

放送は関西テレビ(8チャンネル)で、2/4、午後6時20分前後から、スーパーニュースアンカー。

関西以外の方は無理かな。
脱毛症の女性がテーマの特集らしい。

私は映ってないかもしれないけど、よかったら観てください。m(__)m

私の学生時代のクラブ履歴はバラバラです。
中学・・・野球
高校・・・吹奏楽
大学・・・人形芝居

脆弱な身体の私は高校に入った時、運動部に入る自信がなく、文化部を選びました。
中学時代の親友がギターがうまくて、私も少しかじったけどなかなか上達しない。
「サンタナのようなバンドを作ろう!」
彼のひと言で吹奏楽を選びました。

告白すると、女子部員が多いというのも大きな魅力でした。(笑)
トランペットパートに入ってカッコよくステージで演奏する姿を夢想しました。でも金管楽器はそんなに甘くない。
ピッチ音(ドの音)を出すにも四苦八苦の日が続きました。
トランペットパートには自分を含め3人の同級生がいて、あとの2人は中学の経験者。
だいたいソロの多い1stは寡黙なT君、おちゃめなA君が2nd、私が3rdを勤めました。
みんな音の出ない私を優しくフォローしてくれました。

幸か不幸か、私たちが2年の時、地元三重県で国体が開かれ、ファンファーレ部隊に選ばれた私たちは、よく早朝より遠方まで練習に借り出されました。
お前は吹いてる真似だけしてろ、と言われながらも華やかな舞台に立たせてもらいました。

国体のおかげで、私たちの学年の連帯感はより高まり、後に国体組と呼ぶようになります。

卒業後20年以上同窓会らしきものもなく、みんなで集まることはなかったのですが、ふとしたきっかけで数年前から国体組の同窓会を毎年やるようになりました。
14名程のメンバーです。一度集まると当日の仲間のかけがえのなさを、みんな感じたのでしょう。毎回完璧に近い出席率です。

去年は私が幹事をやり、GWに名古屋のイタリアンレストランで集まりました。

その席でおちゃめなA君の家族の写真を見せられました。
奥さんの顔、どこかで見たことあります。???
それもそのはず、ひとつ下の学年のMさんというマドンナ的な女の子だったのです!
知らなかったのは私ぐらいだったのですが、
「聞いてない!」私は思わず叫びました。
でも、同級生や幼ななじみで結婚するカップルは、訳もなくえらいなあと思うし、
うれしくなりました。

昨日、国体組のひとりから、めずらしく携帯に電話が入りました。
少し緊張した声で、そのA君が癌で亡くなったと知らされました。
寝耳に水とはまさにこのことです。

これから、彼の通夜に行ってきます。