4月7日、夜
日々自分の病状が見えてくる。もうこの段階にきて
何もなかったはありえない。
じゃあ次、何を考える?
この後の選択肢は何があって、何を決断する必要があるのか。
この後の人生をどう考えるか。
わりと冷静だ。
少なくとも「ガンだ、ガンだ、どうしよう!」というパニクリはない。
特に昼間は。
極めて普通に妻とも話すことができた。
ただ、夜は少し事情が異なる。
いろんな不安が頭をもたげる。
だれかと無性に話したくなる。
・・・・・
今日も長い夜が始まった。
4月7日、夜
日々自分の病状が見えてくる。もうこの段階にきて
何もなかったはありえない。
じゃあ次、何を考える?
この後の選択肢は何があって、何を決断する必要があるのか。
この後の人生をどう考えるか。
わりと冷静だ。
少なくとも「ガンだ、ガンだ、どうしよう!」というパニクリはない。
特に昼間は。
極めて普通に妻とも話すことができた。
ただ、夜は少し事情が異なる。
いろんな不安が頭をもたげる。
だれかと無性に話したくなる。
・・・・・
今日も長い夜が始まった。
4月7日 その2
<キレる>
ついにやっちゃった。
朝から頭の悪そうな新米Dr.と研修医が回診に来て、
H先生が来て、T先生が来て、あげくの果ては、
T先生が来週退院をもち出す。
熱や咳は治まってきたから、通院で検査を受けてもらいたいとのこと。
H,T2人の先生の説明のニュアンスがかなり違う。
例えばCTの結果、「だいぶよくなったけどコアな部分に影が残っている」(T)
「あんまり変わっていない」(H)
家族への説明のタイミングも考え方が違う。
そこへ同室のボンベじいちゃんへの対応。
大勢でやってきて、薬を沢山飲みたがるじいちゃんを皆であざけ笑っていた。
言ってることは正しいのだろうが、気分が悪かった。
その直後、退院の話を持ち出されて、「ええのか、悪いのかどっちやねん!」
とかみついた。
別室に移って40~50分。今まで感じていた疑問や不満をぶちまけた。
根本は2人の先生の連携が悪すぎる。
どちらが主治医なんですか?と聞くとどちらも主治医だと言う。
相手の先生の言葉を俺に聞いてくる始末。
その結果、この1週間、随分一喜一憂させられた。
先生方は反省を口にしながら、医師が足りない現状を言い訳していた。
そりゃ患者に言うことじゃないでしょう。
そして「(あなたが)病気の不安でいっぱいなのはよくわかる」と言われる。
あまり俺の言いたいことをわかっていないみたいだ。
検査だけこの病院でして、手術が必要な場合、他の病院を紹介する
ということだったので、ならば即刻転院を要望する。
T先生の主観でガンの確率50%。
4月7日
朝 お隣りのIさんと初めてお話する。
午前 立て続けに3人の医師が回診。それぞればらばらなことを言って帰る。(???)
お昼 転院決定。明朝退院決定。
午後 『海辺のカフカ』読了。とても作者のエネルギーを感じる作品だ。
夕方 妻と娘が来る。経過説明。妻との話を聞いていただろうと、
娘に「父ちゃんガンかもしれん」と言ったら「ウソ?!」驚いていた。
持ってきてくれたアイスが美味しかった。
<誰かに>
(さかのぼって午前1時30分)
目が覚める。くっきりと覚める。しばらくは眠れまい。
眠れないこと自体あまり気にならないが、
このままだと、おそらくいろんなことを思いめぐらせるだろう。
病気のこと、家族のこと、仕事のこと。。。。
正直に言って、かつてない不安にさいなまされる。
誰かにこの思いをぶつけたい。
誰がいい?
妻か?でも少し離れた人の方がいいかもしれない。
妻にとっては僕の不安は生活に直結する不安だ。
あまり今のうちから余計な心配をかけたくない。
ならばAさん?Bさん?・・・続かない。
いかに自分がしっかりした人間関係を作ってこなかったかだ。
何もかもさらけ出して、甘えられる人がいたらいいのにな。
4月6日
<ドクターより>
これって実質的なガン告知!?
今日のCTの結果、まわりの影は消えているけど、核となっている部分の影は残ったままだという。
その結果、金曜に内視鏡検査が決定。
内視鏡の結果が悪ければ手術になるという。
その場合に備えて、脳波など追加の検査をしたいという。
「いいか?」と問われたが、「はい」としか答えようがない。
可能性が低いのにわざわざ高い費用をかけていろんな検査はしないだろうから、
先生自身高い確率で手術を予想しているということやん。
そんなつっこみを入れても答えは想像つくから無駄やろうけどね。
そして手術の場合は県立奈良病院を紹介するって。
(あとで調べると呼吸器外科があるのは奈良県では3箇所のみという。)
でも、まだはっきりしたことはわかっていない。
これかもこんな不安定な状態が延々と続くのじゃないかな。
そんな気がする。
4月6日、体温37.2℃(朝)
<怒り心頭>
昼飯の恨み。CT等の検査がお昼頃からだったため、
帰ったら2時過ぎ。
最初は帰ってからお昼を食べたらいい、と聞いていたのに、
帰ってきたら既に昼食はかたづけられていた。
そして、「売店でパンか何か買って食べてください」だって。
なに~!
食いもんの恨みは恐いぞ。
もうひとつは仕事のこと。
会社から着信があり、病室を出て表で電話をかける。
つまらないことをねほりはほり。
あきらかに仕事をまかされたのが迷惑そう。
入院で迷惑をかけているのは俺だけど、
もうちょっと今の俺の状態を察してくれてもいいだろう。
表で30分以上話すハメにある。
熱が上がりそう。
ケータイ見つかりました!
お騒がせしてすみませんでした。
ただ、ドコモには腹が立ちました。
その1.
結局落とした日の夜に梅田のドコモショップに届けられていたのです。
うちに連絡があったのは、まる2日後の夕方。
しかもその間に3度程ドコモのカスタマーセンターに連絡しているのに、
オペレーターは気がつかず。(あるいは確認せず)
そのことはドコモも認めて、謝ってくれましたが。。。
その2.
落としたあとGPSで検索したら、ポイントは大阪駅前第2ビル。
でもお店などが一杯あるからこれだけの情報では捜せない。
しかも実際にあったのは駅前第3ビルのドコモショップだからズレてる。
「ケータイお探しサービス」ってすごくいいサービスでしょ、って
アピールしているけど、あんまり役に立たないじゃん。
その3.
落とした翌日に駅前第3ビルのドコモショップに立ち寄って、
駅前第2ビルにあるという「ケータイお探しサービス」の地図を見せています。
そしたら、ショップの兄ちゃん、「うちから近いですけどうちではないですねえ」
と言ってました。
信じた私がバカだった。
その4.
「ケータイ補償お届けサービス」のTさん。
こちらが疑問を述べると、「いえそれは~~で、当社の責任ではありません」
「いえいえ、私は~のつもりで申し上げたんです」
言い訳ばっかり。
もう少し出てくるのを待ったらこんなに消耗しなかったのだけど、
この点についても「補償サービスに申し込むタイミングはいつぐらいがいいんでしょうね」
ってドコモのカスタマーセンターに相談して決めたんだよねえ。
似たような仕事をしているだけに、「顧客満足」のサービスの難しさを痛感しました。
一昨日の夜、ケータイを落としました。
結果出てこなくて、でも幸い「ケータイ補償お届けサービス」に入っていたので、
手軽るに同じ機種の新しいのを手にすることができました。
(それでも8,000円弱はかかりましたが。)
そこで、私のアドレスを知っている方はお手数ですが、一度メールを送ってください。
アドレスはなくなっているので、私からは誰にも連絡できない状況です。
すみませんがよろしくお願いします。
ただ、「私よ♪」とかいうのはなしでお願いします。
アドレスだけでは誰のものかわかりませんので。
電話番号も一緒にお願いします。m(___)m
落とした場所はJRの電車かホームです。
その日はお得意さんとの打ち合わせ後直帰で、北新地からJRに乗りました。
駅のホームでメールの確認をしたので、その時は確かにありました。
その後、東西線で京橋駅で乗り換え、鶴橋駅で近鉄に乗り換える時に
落としたことに気づきました。
京橋駅の乗り換えの時、人とかなり激しくぶつかったので
その時に落としたのではないかと思われます。
取り敢えず、鶴橋駅で届けを出して、一度京橋駅に戻って、また鶴橋駅で
捜しましたが見つからず、あきらめて自宅に帰りました。
自宅で、ドコモに紛失の連絡をして、電話をロックしてもらいました。
その時、GPSで今現在ケータイがどこにあるか検索できることがわかりました。
見事に検索に成功して、地図にケータイの場所が表示されました。(PCで見れる)
地図は大阪駅前第2ビルのあたりをさしていました。
北新地駅に近かったのでてっきり駅に届けられたのだと思いました。
あーよかったよかった!安心して眠りました。
でも翌日、そのケータイの地図の場所は、駅でも、忘れ物センターでもないことに
気づきました。
早速現地に行ってみましたが、駅前第2ビルですから地上十数階地下三階あります。
お店も多くてどこにあるのかさっぱりわかりません。
ゲームセンターやチケットショップやうどんや喫茶店など片っ端から
「すみません、昨晩ケータイの忘れ物ありませんでしたか?」と
聞いてみましたが見つかりません。
ビルの保安室にも聞いてみましたが、やはり同じでした。
朝もう一度検索したら、やはり同じ場所を指していたので、
この辺にあるのは間違いないのに見つからない。
悔し~!もどかし~!
最初は刑事みたいに、絶対探してやるぞと意気ごんでいたのですが、
へとへとに疲れて、警察に届けを出しに行きました。
このGPS機能って意味ないじゃん!
新しいアドレス作りにしばらくは追われそうです。
でも思いました。
アドレスは400件以上登録されていたけど、
ホントに必要なのは10件か20件ぐらいだろうなって。
これも人生のリセットのひとつかなって。
4月4日(土)
体温37.0℃
夜、やはり苦しい咳が出た。血痰も少し。
一時、咳は治まったような気がしたが、結局はあまり変わっていない。
微熱もしかり。
土日で検査の結果など、新たな情報を得られないのがまどろこしい。
<看護士さん>
一番人気はナナちゃん。
小柄、メガネ、訛り(東北?)。兎に角低姿勢。
いつも謝っている感じ。
というより、いつもニコニコ。お顔が丸いからニコちゃんマークみたい。(笑)
斜め前のボンベのじいちゃんが、めずらしく(看護士に)絡んでいた。
(ナ)「さっきの方、奥さんですか?」
(じ)「奥さんはナナだけや。」
(ナ)「キャ!」
・・・じいちゃん、やるなあ。。。
4月3日(金)夜
体温37.2℃。微熱だが、なかなか引かない。
午後、血タン。昨日は赤い点だったけど
今日は血とはっきりわかる量。2~3回続く。
<恥ずかしかったこと>
夜の点滴は消灯(21:30)前だと思っていた。
実際昨日がそうだった。
それで21:50頃看護士が来て「点滴しましょうか」と言った時、
「遅い!」とちょっと声を荒げてしまった。早く眠りたかったから。
「そうですか。一応22時からになっているんですけど」
明るく答える看護士。
確かに6時-14時-22時なら、ちょうど8時間おきだ。
ちょっと恥ずかしくて、謝りもせず、眠ってしまった。
同室の人も結構文句を言っている。
文句を言わないと緊張してくれないことがあるし、
文句を言うのは悪いことじゃないと思う。
でも時に度が過ぎる。特にお年寄りは。
僕もここへ来て、既に2、3度文句を言っている。
お年寄りの仲間入りかな。
4月3日(金)
37.4℃
夜中、2時間おきに目覚めてトイレ。
午前3時半頃から咳き込む。
昨日程酷くはないが、断続的。
ナースコール。
反応なし。(どうなってるの?この病院)
同室病人模様。
昨日から4人部屋に移動。
これがなかなくせ者揃い。
まず、向かい。同年代ヒゲ男性。整形の患者さんらしい。
話し方を聞いていると、誰かに似ているなあと感じる。
よく考えたら、同じ町内の公務員のAさんだ。
話を聞いていると、どうもこの人も公務員っぽい。
職業がもたらす話し方ってあるのかな。
許せなかったのは彼の見舞い客。(おばちゃん)
病室の中で、延々2時間余り、うだらうだらと
お菓子をポリポリしながら居座っていた。
隣りは70才超えのおじいちゃん。
心臓+αが悪いらしい。
普段はしずかだが、話し出すとうるさい。
いたい、いたい。・・・鎮痛剤飲みますか?・・・ここの鎮痛剤は
わしには効かん・・・どいつもこいつも頼りない看護婦ばっかりや、などなど。
最初は看護士に同情したけど、
次第におじいちゃんに共感する。
ここの看護士、はっきり言ってプロフェッショナルじゃない人が多い。
斜め前。やはり70才超えのおじいちゃん。
いつも酸素ボンベを携えて歩いている。
老化のためか、看護士とうまく会話できない。
でもしっかりしている。
そして、俺と同じ肺炎らしい。
普段はあまり咳き込んでいないが、
一旦咳き込みだすと迫力ある。
A級だ。俺などまだまだB級C級。
咳のつらさ、痰の出しにくさ、想いを共有できたらいいな。