退職勧奨を受けた翌日(3/17)、会社の近くにあるユニオンに相談に行った。

とても親切に、丁寧に対応してもらった。担当はO氏。

毎日様々な相談に接している彼らにとって私の例は特別なものではない。

「自分がどうしたいかをはっきり決めて」「まずは再就職あっせんの内容・条件を確認したら」

とアドバイスを受けた。

そして、うちの会社の場合の特徴は、期日が5月末とはっきり決まっていること、

親会社からの増資・融資の条件に今回のリストラが組み込まれていることをあげられた。

そして、会社としても退路がないから、退職勧奨に応じなかった場合、整理解雇に打ってでる

可能性が高いと指摘された。だから早めの対応を、と。


3月17日~18日、同じ対象者と個別に意見交換。

今回の対象は私を入れて4名。

話をすると一同に怒りを覚えていた。

経営者の立場は理解するが、寝耳に水。希望退職も募っていない。

なぜ50才以上なの?経営上の様々な問題の責任は?

本当に会社を再建する気あるの?

ただ、年齢も立場も考え方もそれぞれ微妙に違う。

最終的な判断は個々人でするとして、いうべきことは一緒に

言っていこうと確認する。


3月19日

社長と面談。社員側は最年長のS氏と私の二人。

説明があった再就職あっせんの内容を確認する。

するとだいたい予想通り。

年収はよくて30%程度。単年度契約。しかも必ずあっせんする

という保証はなし。

これまでのリストラはあらかじめ出向先、転籍先等条件が提示されて

いたから、相対的にも明らかに条件は悪い。

およそ1時間あまり今の自分の気持ちや会社の再建について意見を述べる。

そして、退職勧奨については「応じません」ときっぱり回答する。


同日夕方

退社時間後、再びユニオンへ。

面談の結果を報告し、組合への加入をお願いする。


いろいろ考えた。

小さな会社だし、今の社長には特にいろいろ世話になった。

人柄も尊敬している。

専務とは入社以来の付き合いだし、私らの仲人でもある。

裁判までやる覚悟はあるのか。

勝てなかった時どうするのか。

うまく残れたとして、これまでに人間関係を断ち切って

仕事が続けられるのか。などなど。


ただ、このご時世。

私らの再就職の可能性は皆無に等しいと思うべきだ。

家族のためにも、少しでもよい条件をかちとらないといけない。

自分を信じて闘うしかない。

それが結論。


ユニオンのO氏が最初の訪問の時、帰り際に言ってくれた言葉が

印象に残っている。

「プライドは捨てて、目の前ことに全力にとりくみなさい。」


会社から早期退職勧奨を受けた。

極度の業績不振のため、50歳以上の社員は5月末をもって会社を辞めて欲しい、とのこと。

勤務25年目の春。

今までリストラは対岸の火事。

甘く見ていた。

自分の身に降りかかって気づくことが沢山ある。

会社の力学。社会のしくみ。平穏のもろさ。根拠のない自信。

自分の加虐性。などなど。

なんとかなるだろう、じゃダメなんだ、やっぱり。

でもどうにもならないこともある。


取り敢えずは身の振り方を決めなきゃいけない。

勧奨は必ずしも応じる必要はない。

でも、会社も後戻りできないところに来ているから

何もなかったように、元には戻れない。

温情に期待する気持ちはある。

でもおそらく期待は裏切られる。

闘うか。

泣くか。

別の世界に向かうか。

おそらく、今までで最大の「人生の岐路」。

家族のためにも乗り越えなければ。




1月下旬から2月上旬にかけて劇場映画を観まくりました。


「サロゲート」

「アバター」

「抱擁のかけら」

「ユキとニナ」

「ずっとあなたを愛してる」

「50歳の恋愛白書」

「サヨナライツカ」

「蘇りの血」


理由はいろいろ。

自宅のDVDが壊れた。タダ券をもらった。などなど。


寸評です。

「サロゲート」・・・おじいちゃんになったブルースウィルスがいじらしい。

「アバター」・・・・・最初はCG丸出しの先住民がだんだんリアルになっていくところがいい。

「抱擁のかけら」・・・展開が読めない斬新さと、冷たく見えるけど実は暖かい人間関係が素敵。

「ユキとニナ」・・・ユキのだめおやじ?(フランス人)に一番リアリティを感じた。

「ずっとあなたを愛してる」・・・カメラワーク、BGM、演出、絶品。いろいろ考えさせられた。

「50歳の恋愛白書」・・・軽快。

「サヨナライツカ」・・・小説より納得できた。

「蘇りの血」・・・アナーキーな役者と時代も国籍もわからないセットが新鮮。

一応、それぞれのいいところをピックアップしました。欠点をあげるときりがないですから。


自慢じゃないけど、私は映画館でよく寝ます。アクションものでも寝れます。

「カムイ伝」は殆ど内容覚えていないし、「サロゲート」なんて始まる前の予告篇から

眠ってしまって、冒頭のシーンを見逃しました。(^^;

わざとじゃないけど、これもひとつの映画の楽しみ方だと、最近は開き直っています。

ひょっとするとよく寝れる映画は、私にとっていい映画なのかもしれません。


でも、全く眠る気配もなかった映画もあります。

たとえば「ずっとあなたを愛してる」。

決して派手な作品ではないのに、サスペンスみたいにハラハラさせられて

人物に限りなくリアリティを感じられます。

主人公のような人がいたら、きっとこ周りはこんな反応をしめすだろうとか、

人の気持ちの変化ってこんな風に生まれるのだろうとか。

エンディングの曲が秀逸で、「過ぎ去った時間は取り戻せない」って

フレーズのリフレインが印象に残りました。


最近よく、いろいろな本や音楽で「過ぎた時間は戻らない」という言葉に引っかかります。

この歳になると、身につまされざるを得ないのですが、決してネガティブな気持ちばかりではありません。

過ちも含めて、過去の時間は自分でしっかり受け止めないといけないと痛感します。

きっと「もし・・・」はないんですよね。全ては必然として今の自分とつながっているような気がします。

そしてそれは、未来から見た「過ぎ去った時間」としての「今」を、どう生きるかとテーマにもつながります。


「ずっとあなたを愛してる」久々に巡り合えてよかったと心から思える映画でした。


21日から3日間、近畿高校ユース陸上競技会の奈良県予選があった。

我が息子は1500mと3000m障害に出場した。

そして、3000m障害1年の部で3位になり、近畿大会への出場権を得た。

といってもタイムは10分56秒。参加者が少なくてラッキーだったようだ。

障害競技はこれが魅力らしい。

本人曰く、出場は急に言われて、障害の練習など一度もしたことがなくて

ぶっつけ本番だったらしい。

で、水郷に驚いたようだ。腰までつかったという。


うそや~!世界陸上で障害レースも見たけど、そんな深くはなかったで。

でも、ここまできた。パンツびしょびしょになった。


調べてみると、3000障害の水郷は一番深いところで70cmあって、

長さも3メートル以上あるらしい。

そうなんや。

トップアスリートは軽々超えていくように見えるけど、実際はかなりの

障害なんだ。

妻いわく、まるで競馬みたい。(確かに)


なかなか楽しめたみたい。

ただこのままだと、近畿大会では2周ぐらい周回遅れになるらしい。(^^;






奈良で走っています【エス】


今さらだけど。。。

今なら『1Q84』でしょ。

でも、まだbook offに出てないもんね。(^^;


村上春樹の小説は毛嫌いしていた。

初期の<1970年の・・・>影響が大きい。

独特の言い回し、理屈っぽさになじめなかった。

しかし、今回は素直に読んでよかったと思える。

久々に夢中になれる小説だ。

久々に等身大じゃない、想像力が刺激される小説だ。

虚構が虚構として存在する意義みたいなものを感じる。

ありきたりな事件・人間の描写だけの小説が陳腐にみえる。

そして、作者が作品を生み出す上での情熱やエネルギーが伝わる。

話の中味よりも、その構造に圧倒され、自分の生き方が照射される。

ただ、氏はかなり論理を飛躍させる。

『走ることについて・・・』というエッセイを読んだ時に思った。

哲学的なことはわからないが、ランニングのことならよくわかる。

負けないぜ!

4月19日


出勤当初はすぐ疲れがでたが、

この3日間、すこぶる体調がよい。

病気のことは忘れてしまそうになる。

これだけ、体調がよいのに、手術はいやだ。



4月20日


朝、CT検査を受け、すぐに結果を知らせてもらう。

診察室に入ると先生がデータを開いて、

今日の写真と以前の写真を並べて見せてくれる。

影半減。先生いわく、「まず大丈夫だろう。」


よかった。心から喜べる。

この3週間あまり、何ヶ月も経過したような錯覚を覚える。


よおし、これでまた走れるぞ!

と思ったら、先生一喝。「あほか。まだ影あるやろう。」

(シュン)


5月7日

検査ー診察。経過順調。


5月28日

検査ー診察。「半年後もう一度きなさい」

「走っていいよ」

先生ありがとう!



◎ダラダラと、3ヵ月以上も前のことを書いてしまいました。

読んで頂いてありがとうございました。

最近、とみにあの数週間は何だったんだろう、と思うことがあります。

のど元を過ぎると忘れてしまうのが人の常であり、

それがなけりゃ人生やっていけないとも思います。

でも、突然つきつけられた死の問題は、

今の生き方それでいいの?って厳しく問い詰められる要素もありました。

自戒の意味で書いておきたいと思いました。





4月12日(深夜)


明日、奈良病院でK先生の診察を受ける。

宣告を受けるのか、単純な肺炎という診断を受けるのか

裁判の判決を受けるような気分。

自分はどんな風に結果を受け止めるのだろう。



4月13日


4度目のCT検査。

少し影が小さくなったということ。

一時は2.0近くあったCRP(炎症反応)の値も0.4に。

そこで、今日の結果で手術かどうかを決める予定だったが、

もう1週間様子をみることになった。

先生いわく、がんの確率4:6

あーあ、また一週間まな板の鯉状態か。。。



4月14日


2週間ぶりに出勤。

みんな気を使ってくれた。

ただ、少しいやなこともあった。

あ、いけね。仏の心を持つのだった。


4月11日


明け方、仕事の夢を見て目が覚めた。

行き詰った夢だった。

どんなに忙しい時でも仕事の夢など、今まで殆ど

見たことなかったのになあ。

なぜ見たんだろう。


ひとつには会社に対する不満がある。

迷惑をかけてる事実は否めないが、

もうちょっと横の連絡を取り合って、

病人に頼らず、ビシッとフォローしてくれ!


もうひとつは、やはり自分が仕事を「やりきって」ないから

だろう。

もし俺がもっといい仕事をしてきていたら、

仕事を離れる未練は、もっと少ないような気がする。


ただ、何かに(または誰かに)すぐ不満を覚えてしまう。

これは病気のせいではなく、俺のキャラクターか。

結構、ひとりよがりな不満も多い(・・;

昔からこうだったのかなあ。。。

4月10日


はっきり言って死の恐怖はあまりない。

まあ、病気の実感もないのだから当たり前か。

俺は今までの俺だし、身体も同じように感じられる。

いいも悪いも早く結論が欲しい、という気持ちは確かにある。

でも、結論は焦って求めてはいけないのかもしれない。

結論がでないものの結論を求めることは、ひずみを生む。

オーバーに言えば、世の中は混沌だ。

人も混沌だ。

もの事は簡単にわからない。

わかることなどできないことが沢山ある。

病気も同じなのかもしれない。

大切なのはわかろうとするプロセスであり、

今を率直に受け入れる努力だろう。

そう考えると、強がりではなく恐怖や悲しみなどない。

あるのは、後の家族の生活など現実的な問題だ。


ただひとつの例外はおふくろだ。

おふくろのことを思うと自然に涙がにじみでる。

兄貴があんなこと(2月に脳卒中で倒れ入院中)になって、

しかも俺までも。

もし俺ががんだったら、おふくろはこの事実をどうやって

受けとめるのだろう。

悲しませたくない。




4月8日


10:00  県立奈良病院へ。久々の野戦病院だ。

決して悪い施設ではないのだろうけど、最近はきれいな病院ばかり見てきたので

古さが際立つ。まあ、気にすまい。病院は新しさが命ではない。

思うに病院は特殊社会。一般のサービス業とは違う。

みんな常に忙しい。

応対とか、システムとか、いちいち気にしていたらキリがない。

病院の先生とのコミュニケーションだけに集中しよう。


11:00  診察。そして病院と今後の予定の説明を受ける。

担当のK先生。俺よりも2~3才若いだって!妻と顔を見合わせた。

白髪だし、部長先生だからてっきり年上かと。

しかし饒舌。説明もわかりやすい。

最近娘が整形外科で受診した病院の先生も素晴らしかったが

その先生に匹敵する。

共通点はサービス精神の旺盛さか。

病気に対する不安はかわらないが、病状に対する理解は一気に進んだ。

セカンドオピニオンを受けたいという思いも消えた。

早めに転院したのは正解だ。

少なくとも今のところは。


午後会社に電話で病状の説明。

初めてガンという言葉を出す。