ナンシー関が亡くなって今年はもう七回忌なのだね。ナンシーはオレよりも年長だったのに、
とっくの昔に自分の方が年をとってしまった。早いなあ。
ナンシー関を初めて認識したのは
SUTUDIO VOICEの中にあった「テレビの泉」という、
テレビ番組の矛盾におもしろおかしくツッコミを入れまくるという、
まだテレビ様が有難い存在だった頃にしては、
画期的なコーナーの一隅に描かれた不思議な4コママンガである。
そのマンガが消しゴム版画であることはすぐにわかってまず笑えたが、問題はその後だ。
いかにも東洋的なルックスのお母さんが
「今日の朝食はどう?マイダーリン」と聞くと、こっちもすごく東洋的なお父さんが
「とてもおいしいよハニー」とか答えるのである。
すると子供が「おかあさんこのシリアル、ゲロみたいでまずいよ!」
と言って怒るというオチなのであった。
アメリカ的な世界観こそがオサレなのだと、
面白くもないアメリカンジョークがわかればインテリなのかもと、
むりやり苦笑いをしていた生意気盛りのオレの脳天に一撃をくらわしてくれた。
それってホントに面白いのか?と言って。
批評家という存在を忌み嫌い、馬鹿にするクリエーターがいる。
そりゃそうだ。発表された俺様の自信作をクソミソにやっつけにくるヤツなのだ。
アタマに来るにきまっている。
しかしダメなものがどうダメなのかを解説してくれる
リトマス試験紙のような存在が無ければ、
世の中ははた迷惑な独裁者みたいな、能力の無い表現者であふれかえってしまう。
批評家はツッコミなのだ。
それが無い状態は不健康な世の中だ。
ナイスなボケには優秀なツッコミが不可欠である。
かつてナンシーは言った。
「ドリフを日常的に見られる日々の幸福」についてを。
そのような幸福はもう来ないわけだが、
ナンシーを毎週味わえる日々も永遠に失われたのであった。
超満員の渋谷のパルコギャラリーで、
その大きな喪失感にひたれるわけはなく、彫られた沢山の消しゴムの原版を見て、
どんな原稿だったかを思い出してオレも笑った。
みんなナンシーの事が本当に大好きだったんだ。
とっくの昔に自分の方が年をとってしまった。早いなあ。
ナンシー関を初めて認識したのは
SUTUDIO VOICEの中にあった「テレビの泉」という、
テレビ番組の矛盾におもしろおかしくツッコミを入れまくるという、
まだテレビ様が有難い存在だった頃にしては、
画期的なコーナーの一隅に描かれた不思議な4コママンガである。
そのマンガが消しゴム版画であることはすぐにわかってまず笑えたが、問題はその後だ。
いかにも東洋的なルックスのお母さんが
「今日の朝食はどう?マイダーリン」と聞くと、こっちもすごく東洋的なお父さんが
「とてもおいしいよハニー」とか答えるのである。
すると子供が「おかあさんこのシリアル、ゲロみたいでまずいよ!」
と言って怒るというオチなのであった。
アメリカ的な世界観こそがオサレなのだと、
面白くもないアメリカンジョークがわかればインテリなのかもと、
むりやり苦笑いをしていた生意気盛りのオレの脳天に一撃をくらわしてくれた。
それってホントに面白いのか?と言って。
批評家という存在を忌み嫌い、馬鹿にするクリエーターがいる。
そりゃそうだ。発表された俺様の自信作をクソミソにやっつけにくるヤツなのだ。
アタマに来るにきまっている。
しかしダメなものがどうダメなのかを解説してくれる
リトマス試験紙のような存在が無ければ、
世の中ははた迷惑な独裁者みたいな、能力の無い表現者であふれかえってしまう。
批評家はツッコミなのだ。
それが無い状態は不健康な世の中だ。
ナイスなボケには優秀なツッコミが不可欠である。
かつてナンシーは言った。
「ドリフを日常的に見られる日々の幸福」についてを。
そのような幸福はもう来ないわけだが、
ナンシーを毎週味わえる日々も永遠に失われたのであった。
超満員の渋谷のパルコギャラリーで、
その大きな喪失感にひたれるわけはなく、彫られた沢山の消しゴムの原版を見て、
どんな原稿だったかを思い出してオレも笑った。
みんなナンシーの事が本当に大好きだったんだ。