過日、三重県の県庁がある津に泊まった。





泊まったのが日曜日、覚悟はしていたのだが、街が闇であった。


もともとJR・近鉄の津駅は街の外れなのだろうか?

着いた時間も既に7時、闇が支配する頃合いになっていた。




裏道・横道の王道

荷物をホテルに置いて、夕食をとるべく街に出た。



ホテルは西口にあり、東口の方が栄えているらしい。

幾つかの店が営業しているが、決め手がない。

その日が日曜日だったから、暗いのだろう。





私は1時間近く徘徊したが、面白いほど店がやっていない。諦めてはいるけれど、救いがない。




裏道・横道の王道


裏道・横道の王道

灯りがついている店はは既に常連さんらしき人達で賑わっているから、一人旅で余所者が入る余地がない。





しかたなく本屋に入り、三重県の“るるぶ”を見た。普段私は、女子供が見るような“るるぶ”も“マップル”も頼りにせず、骨太な編集の“ツーリングマップル”を持ち歩くのだが、この日は緊急事態であった。





どうやらオススメする店は近鉄で一つ南に下った津新町駅周辺に多いらしい。

しからばと一駅電車に乗って、移動した。




裏道・横道の王道


確かに急行の止まる駅らしく、駅前の結構はしっかりしている。

通りには灯りが点いていて、商店街であることがわかる。

しかしそれは街灯が明るいのであり、店が開いているのではない。





記憶した地図の方向へ歩く。東を指して歩けば、国道に出られる。デパートもあるらしい。期待を繋げられる場所じゃないか。





津の名誉に言っておくが、日曜でも全く店がないわけではない。やっている店はちゃんとある。ワガママを言わなければ文句はない。私がワガママであるだけだ。

いつも通り、洋酒を出す店を探しているけれど、日曜は市街地のBARは普通休みである。やっていなくて当たり前だ。

私が勝手に泥沼を攪拌しているに過ぎないということは断っておく。



駅前通りを歩く。



有るじゃないですか、ダイニングバーが。





オーセンティックではないけれど、贅沢を言える状況ではない。





しかし、私は贅沢をした。ほぼ絶望的なのに、中を覗いたらパーティーらしくて混んでいるではないか。

踏ん切りをつけられず、もう少し歩くことにした。




裏道・横道の王道


裏道・横道の王道

アーケードをつけた歩道が現れ、国道に行き着いた。

津はウナギで有名である。



けれど、ウナギ屋というのは呑み屋ではないから、閉店も早い。詳しい人から教えてもらった店も閉じているようだ。




裏道・横道の王道


裏道・横道の王道

国道もただただ車が繁く行き交うけれど人通りは全く無く、当然店もやっていなかった。

時間は既に9時を回り、さんざん歩き回ったこと、空腹も相まって冷静な判断力に欠けてきた。



何をやっているんだ、俺は、と思えてきた





城跡を大きくまわり、役所の前を通って件のダイニングバーの前に戻ってきた。



状況は変わっていないようだが、仕方ない。なんとしてもビールを呑みたいし、一杯でもカクテルを呑みたい。





扉を開けると、店員が怪訝な顔をする。何をしに来たのかわからなかったような顔だった。





「一人でも宜しいでしょうか?」

「お連れではないんですか?」

「カウンターでも良ければ」

「あ、カウンターですね」





カウンターは、カクテルの仕込みのためにリキュールや氷で混みあっていた。



灰皿やメニューがあるところを見ると、カウンターに客を呼ぶことも想定しているようだが、今日は日曜日、予約を入れてきた客以外は来ないだろうと踏んで間違いはない。

私が番狂わせなのである。





ホール係がバーテンダーを兼ねている。

カクテルの種類は多いし、テーブルの客はパーティーらしいから忙しそうである。





ビールとパスタを頼む。ジンリッキーか何かを頼みたかったのだが、カウンターで忙しくシェイカーを振り続けるバーテンダーの姿を見ながらパスタを食べている内に、オーダーが忍びなくなってしまった。



テーブルの客は次々にオーダーする。冷蔵庫に入れたケーキが出てくる。

貸し切りの看板は出ていなかったが、まぁ貸し切り同然である。



場違いな雰囲気があって、もうオーダーはせずに帰った。





忙しそうだけど、扉まで送ってきてくれた。





タイミングを見誤らなければ良い店なのだろう。





もの足りない私はさらにもう一軒カフェとバーを兼ねた店に入ったが、一杯で帰った。
悪い店ではないが、一人で行く店ではなかった。



物足りないが、日曜日は仕方がない。



一般観光地を好まない裏道の散歩者には休日は不適当なのである。

橋とは彼方と此方の間が凹んでいる場合、かつ両側を移動しなければならない人が居た場合に架けられる。
凸になっている場合は穴を掘って隧道となる。

この場合、凹凸はともに無いなら無いほうがよいわけで、それに対する人間の叡知が、橋梁や隧道には顕れていると思う。


橋梁は全身があらわであるから、人の目を奪うし、美という鑑賞の対象になりやすい。隧道は不幸である。

隧道の美は明暗のコントラストで、“入る”と“出る”の一瞬に喜びがある。形には表しづらい。
隧道を楽しむなら、くぐらなくてはダメだ。眺めるのは不適切な取り扱いである。


一方、橋梁は渡ってしまっては、構造物としての姿を楽しめない。
景色を眺めたい人にとっては橋上から普段とは違う視点で望むことが出来るから良いかもしれないが、これが鉄骨を橋桁の上に組み合わせたトラス橋だったりすると厄介で、骨材が邪魔になって景色に被る。
外から眺める分には、如何にも頼り甲斐のある勇姿なのだが。


やはり橋を楽しむためには、眺めなければいけない。


…………


三重県四日市コンビナートに“末広橋梁”という橋がある。
先日、この橋を見に行った。


四日市には近鉄とJRが通っていて、それぞれに四日市駅がある。
津、松阪などは両者が一つの駅を共有しているので、四日市も同じ駅だろうと思って地図をしっかり見ていなかったのが失敗だった。

目抜通りの東にJR、西に600メートルほど離れて近鉄の駅があり、JR四日市のさらに東側に広がるコンビナートまでは、たっぷり2キロは歩かなければならなかった。


台風が東に逸れたその日、中京四日市は晴天であった。


商店やデパートは近鉄駅周辺に広がり、やがて官庁が増えて、JR駅に着くとすっかり埃っぽくなる。

裏道・横道の王道


裏道・横道の王道


JR四日市駅は引き込み線や留置線をたくさん持っていて、タンク車やディーゼル機関車がたくさんおり、旅客よりも貨物の為にあるのだろう。
高架駅の近鉄の雰囲気とは比ぶべくもない地味さで、駅前広場には周辺地図があるけれど、まだここは国鉄だった。


裏道・横道の王道

地図を頼りに南へ東へコンビナートを目指す。


四日市駅の外れに関西本線が小さな川をわたるために橋を架けている。この橋脚は煉瓦で作られていて古そうだ。

関西本線が私設関西鉄道として開業したのが明治23年(1890)だから、それ以来のものならば立派である。

橋の下では鷺と鴨が一羽づつ、日差しを避けていた。


裏道・横道の王道

裏道・横道の王道

住友電装の南を歩き、昌栄町の交差点で国道を渡ると工場地帯になる。
用を持たないで、リュックサックを背負った人間が歩くには相応しくない場所だと思っていたが、釣りが好きな人はやって来るようで、釣り用具の看板が見える。


さて空腹だ。朝早かったのに僅かに菓子パンを食べただけで、朝食も昼食もとっていない。時計は13時50分を指していた。

この後どのくらい歩かなければならないかわからないし、行った以上帰らなければならない。バス停があったけれど、1日 本しかなくてとても利用できそうではない。

臨港地帯で働く人が集まるのであろう、うどん屋がのれんを出していたので味噌煮込みうどんを頼む。
店主に末広橋梁の位置を聞くと、名前は知らなくても写真を見せるとすぐにわかった。


店を出ると踏切が見えた。線路に草がむしているが、レールの踏面は光っている。列車は走っているのだ。
この区間は頻繁らしく、1日数回の列車が走るらしい。しかし、市販の時刻表には貨物列車は載っていない。何時に来るのか、今日は待っても来ないのか、わからない。貨物時刻表までは調べなかった。


港方向を覗くと、線路の果てが反り上がっている。私はこの橋が“可動橋”であることを知っているから驚かないが、知らずに見たら奇妙であろう。末広橋梁に違いない。


裏道・横道の王道

“可動橋”とは、読んで字が如く動かせる橋だが、そもそも橋を動かすという発想がすごい。
彼方の港と此方の駅を繋ぐという使命を果たしながら、下を通る船の航行を妨げてはならない、それも何となくそこに橋が架かったのではなく、そこに橋が必要なのである。
その命題に対する答えとして、橋自体を動かしてしまおうという気概。

それがこの反り上がった橋桁に顕れている。
この橋は既に齢78年を重ねているがなお現役で、日本にある現役可動橋では最古だという。16.6メートルの橋桁を、ワイヤーと鉄柱で80度の高さまで持ち上げる構造は可動橋の中でも跳開橋と言われる。


倉庫のぐるりを回り、運河に出ると、見えます、見えます。
鉄橋の中程が折れ曲がり、空に向かっている。

運河には人々が等間隔で並び、釣糸を垂らしている。太公望達は橋に見向きをしないが私は瞠目しながら橋に近づいた。


裏道・横道の王道

鋼鉄製の橋桁はグレーに塗られており、青さを増し、筋雲が伸びる秋空に屹立していた。

裏道・横道の王道

人間が作った構造物が、巧まずしてモニュメントになっている。必要であるがゆえに無駄がない、わざとらしさがない機能美である。


一通り写真を撮っても去りがたくウロウロしていると、港湾関係者らしきブルーのシャツを着た若い男性が自転車でやってきて、橋の袂にある小屋に入っていった。

するとブザー音とともに橋が下がり始めた。この橋は基本的に下りているらしく、船が通る時だけ上がるという。船が航行する姿も見たかったが、何も調べずに来たのに上がっているところを見られただけで幸運と言わねばならないだろう。


裏道・横道の王道

裏道・横道の王道

裏道・横道の王道

裏道・横道の王道

裏道・横道の王道

裏道・横道の王道

裏道・横道の王道

誰かにこの光景を見られる感動を伝えたいがあいにく誰もいない。
スゴいと言われても、伝わる人は多くないだろうから、仕方がないし、こんなものを眼福だと思うのは、どうだろうとも思うけれど、見られてよかった。


橋は青空に弧を描き、やがて普通の橋に戻った。


私は得も言われぬ感動をしていたが、件の職員は橋が動き始めるとすぐに小屋から出てきて、線路際にへたりこんでいる。
毎日の業務とは、まぁこんなものである。彼岸であった日常を彼の姿で近く感じた。旅ももう終わりである。


しかしまだ帰らない。末広橋梁の南に人車用の可動橋“臨海橋”があり、こちらの橋には踏切がついている。橋が開いているときには踏切を鳴動させるのだろう。


裏道・横道の王道


裏道・横道の王道

橋の上から末広橋梁を眺める。視点が変わり倉庫を背景にして、臨港地帯らしい。大変人工的空間だが、人工だから美しくないという謂われはない。


対岸に渡ると、末広橋梁を渡ってきた貨物線の踏切がある。踏切には小屋があって番をしている職員がいる。
小屋の脇には自転車が置いてあり、先ほど橋を動かしに来た若い係員が所在無さげに椅子に座っていた。
向こうも気づいたのだろうか?彼は、暇人奴早く帰れ、と思っているのかもしれぬ。


裏道・横道の王道

再び臨海橋の上で、末広橋梁を眺める。
既に3時で、1時間以上居たことになる。
明日からはまた凡庸なる日々を送らねばならない。あんまり遅くならないうちに帰れるようにしよう。


すると、今しも、赤銅色のディーゼル機関車が末広橋梁に差し掛かろうとしているではないか。
後ろには黒いタンク車を繋げている。


裏道・横道の王道

橋は建造物として十分に美しいけれど、役割を果たさなければ橋である意味がない。意味がなければ必要がない。
渡るものがあってこそ、その機能を果たすので、列車を走らせる姿を見てみたいに決まっている。

裏道・横道の王道


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タイフォンを鳴らし、ゆっくりと橋に掛かり始めた。スピードは遅く、タンク車の列は続く。

渡り終えた列車は臨海橋の脇からさらに四日市港へと消えていった。


私は莞爾とし、臨港橋を降りて埃っぽい四日市駅に向かった。


幾度も貨物線をわたり、2度くらい貨物列車を見た。

帰りは勝手を知っているので、スムーズに駅舎が見えてきた。

側線で広い四日市駅構内に差し掛かった辺りで、例の係員が自転車で私を追い越していった。
“ようやく帰るか、暇人奴”
私に気づいたのかどうか、自転車は関係者入口に消えた。


裏道・横道の王道

翌日、未明のうちに起床した。窓外は真っ暗で、寒い。防寒具が必要である。



阿里山の御来光は有名とのことで、展望台のある祝山まで阿里山駅から朝1本だけ列車が走る。もしバスしかないなら寝ているが、4:20の発車を目指して起きられた。



阿里山駅は既に改札前に長蛇の列ができていて、帽子や手袋を売る店も煌々と明かりを点けている。私は筆談で窓口に並び、祝山線の往復切符を買った。150元だった。



裏道・横道の王道


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構内ではディーゼル機関車が入れ替え作業をして、編成を仕立てている。阿里山駅自体もスイッチバックの構造で、嘉義方面と祝山方面の列車が同じ方向へ出発してゆく。本線とは反対側には引込み線があって、真っ暗な中を係員が走り回ってポイントを切替え、側線に並んでいた車両が機関車に押されて構内に入ってきた。



裏道・横道の王道

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昨日乗った車両は全席前向きのロマンスシートだったが、今朝は通勤電車タイプのベンチシートである。通路が狭いので前のお客さんとの距離が近い。乗客は中高年ではなく、若い男女のグループが多い。今朝は月曜日の朝なのだが座席はほぼ埋まっている。最後尾に機関車、客車を4両つないで、また機関車、さらに4両の客車という不思議な編成で、扉は手で開くタイプである。



まだまだ真っ暗で、外の様子はわからない。途中で停車したかと思ったら逆進し始めた。スイッチバックを繰り返しながら、標高2216mの阿里山駅から2451mの祝山駅までさらに200m以上も高度を稼ぐ。



裏道・横道の王道

4:48祝山駅着。

祝山駅は立派な駅で、屋根のかかるホームはしっかりとしたコンクリート作りであった。改札を出るともう階段で、2489mの祝山まで歩き始める。駅構内の階段を出るとこざっぱりとした展望台がある。しかし、ここが目指すべき場所ではないようで、人々はさらに歩いている。私もその波についていくと頂の上に立派な展望台があった。



既に明るくなってはきており、東の空に赤みが差している。

太陽が上がるのを待っていると、拡声器を使って何かを叫んでいる人がいる。うるさいと思って相手にしていなかったが、台湾の人々は笑っている。私は言葉がわからないので呆然とするばかりだが、この展望台の関係者らしい。駅から展望台まで、メガホンを持った案内人がいて、御来光拝みに来た善男善女たちを誘導していたが、その一人であるようだ。



私としてはここにいるのも、列車が運転されるからだけであって、熱心に朝日を見たいわけではない。帰りの列車がすぐさま発車してくれれば、それに乗って帰ってホテルで妄一眠りしたいところだし、なんだかお腹の調子もよからぬ風情なので、早く帰りたいのだけれど、阿里山行きの列車は6:00発の1本しかなく、まだ5時である。

仕方が無いから、朝日の一部始終を見ざるを得ない。



しかし月曜日というのに、大変な賑わいである。土日はもっと賑わうのかもしれないが、週頭の平日にもかかわらず、大きなカメラを持った人から小さい子を連れた親子連れもいる。




裏道・横道の王道


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御来光は恙無く終了し、すっかり明るくなった道を駅に下り、トイレへ行く。トイレはきれいで清々しかった。



帰りの列車は往路に比べると空いている。祝山から阿里山のホテル街まではハイキングコースがあるので、朝の散策をする人たちがいるのであろう。



裏道・横道の王道

私はホテルに帰り、ベッドに倒れて8時にまた起き、再び阿里山駅へ行った。昨日は曇っていたけれど、今朝はすっきりと晴れており、高地の涼しさも相まってまことに気持ちがよい。駅は山肌に接しているので、ホームから阿里山の町の方向を見ると、緑の山にむき出した岩肌が見える。




裏道・横道の王道


ホテルをチェックアウトすると、“シーユーアゲイン”と言う。もう一度来るのかどうかはわからないが、“再見”と答えた。



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帰りのバスは観光バスタイプの大きな車だった。現地の爺さん・婆さん、一見して旅行者とわかる日本人の二人組みを乗せ、9:10阿里山を発車した。バスは“新中横公路嘉義玉山線”を走る。阿里山森林鐡路の線路とは違った谷筋を下ってゆく。バスの道筋からは多くの茶畑が見える。あれが阿里山高茶のブランドになるのだろうか。急斜面を利用して栽培されていて、日本の台地上での大規模なそれとは大きく違った。



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汽車が4時間かけた嘉義から阿里山を2時間あまりで下りきり、11:20嘉義駅前に帰ってきた。まとわりつく暑さに閉口した。



私は駅の裏側(後站)を歩き回り、12:14発の自強号で彰化へ向かった。



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ただ、12:00の阿里山行きがある。昨日私が乗った一本前の列車である。もう一回阿里山森林鐡路のホームへ行き、発車を見送った。いつまでも車内に入ろうとしない私を見て、駅員が乗るのか?と手振りをするので、私は大きく手でノーを示した。

阿里山行きの扉は閉まり、ディーゼル機関車が煙を吐きながら嘉義駅を発車した。この列車が阿里山に着くのは時刻表どおりなら16:02である。


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<阿里山森林鉄路 了>