先週一週間で松江・大阪・新潟のBARを巡ったので、その思い出を記してみよう。



→→→島根県松江市 BAR「くう」←←←



2011年6月


 私は22:30ごろに入った。宍道湖にかかる橋の袂、小さなビルの2階にあった。初めての街だから、見当はついても、同じような建物が並んでいると何処が正解なのか分からない。往来に面していない店はなお更だ。暖かい灯りに照らされた小さな看板があったので、そこが目指す場所だと分かった。


 階段を上ると、灰皿がある。木製の店内への扉には禁煙を実施している旨が記されており、私は一服して入った。


 湖に面した側には2セットくらいだっただろうか、ソファーがあって男性のグループが赤ワインを呑んでいた。

 私はカウンターに座る。バックバーにはあまり酒瓶を並べていない。棚の中からお酒やグラスが出てくるので、マスターとの会話を楽しみつつ、お勧めを尋ねる。

 取り敢えずは、もう日本酒をだいぶ頂いていたので、ラフロイグ10年のハイボールを作っていただく。

 突き出しは、ナッツとレモンの皮の砂糖菓子。


 ソーダは、ディサイドウォーターの炭酸であった。ともにスコットランドの水同士。まろやかな味わいのハイボールであった。まだまだ、BARを回っていないのであるが、ディサイドウォーターで割ってもらったのは初めてなので、嬉しい。


 マスターはスコットランドの旅行もしたことがあるそうで、その思い出などを聞きながら時間がどんどん過ぎる。

 松江のBAR事情や、鳥取県だったら鳥取より米子のほうが酒場が充実していることなども伺う。


 私は席をたち、アードベッグ16年をストレートでお願いし、また一服しに行った。

 (http://www.osake.co.jp/SHOP/wchd_ardbeg16y1994.html

 


 松江だったら「山小屋」というBARの歴史が古いそうなので、行ってみるといいですよ、と言ってくれたが、明日もあるし、すっかり深酒なのでこの2杯で帰ることにする。


 優男のマスターの佇まいと松江の床しい雰囲気が融合した、心地よい酔いの回るお店だった。


裏道・横道の王道

姫路まで行くのであれば、私はジャパニーズウィスキーでまだメジャーブランドになっていない、「あかし」というシングルモルトウィスキーを造っている江井ヶ嶋酒造の工場に行ってみたかった。

しかし、あいにく土日の見学を行っていないので、今回は断念。いずれ、また来ることもあろうと次回に期する。


城に行く。駅から城までは目抜き通りを抜けて直ぐ、駅からもう見えているのだが、急いでいるのでタクシーに乗る。運転手は1メーターだから面白くないようであった。


改築工事の見学には整理券が必要なので、12時からの回のため、列に並ぶ。今回の改築のために、天守閣に覆いを作っているので、その中に入ることになる。城に登って景色を眺めることはできるけど、天守閣を至近距離から眺めることは、羽根の無い私にはできない。覆いには作業用の鉄骨を組んでいるが、観光客が入れるブースもあって、そこまで上がるのにエレベータを使用しなければならない。そのための人員整理なのであろう。


国宝には莫大な予算がつくものだと、お金のことを意識した卑しい見学をして、歩いて姫路駅まで戻る。弾丸である。お土産屋も疾風怒濤の瞥見で立ち去る。


もう1時を回っているので空腹だが、昼食は有名な「松」がある高砂で「にくてん」を食べることになっているので、我慢する。

山陽電車で高砂。駅前の食堂でにくてんとビールを注文する。朝から呑んでばかりである。「にくてん」は鉄板で焼いたお好み焼きのようなもので、具にコンニャクが入っているのが面白い。店には地元におばさんのグループや作業服のおじさんなどが居て、名物を商っている観光客向けの趣は無かった。


山陽電車高砂駅前には弧を描いた、スペースの使い方として不自然な駐輪場がある。

これは昭和59年に廃止になった国鉄高砂線の廃線跡に紛れも無い。駅舎であったと思われる場所は駐輪スペースが拡がっていた。高砂港方面には廃線跡を活用した遊歩道が延びている。

それにしても、この高砂の市街地の鄙び様はどうだろう。

時代が昭和から止まった雰囲気である。生活が自家用車を中心にしたものになって、駅の周辺が衰退するというモデルケースのような場所だ。人の雰囲気を感じない。街並みの更新がされているわけでなく、今こそ人の雰囲気は無いけれど、確かにここに人がいた。その面影がある。

寂しいけれど、まだ暖かさがある。この空気を久しぶりに味わった。取り残された時代に触れることのできる街だ。


高砂神社で高砂の松を見て、結婚式場があることになるほどと思い、帰った。


姫路まで戻り、今度は16:24発こだま744号の500系で指定席に乗った。この指定席は、もともとグリーン車だった車両を格下げしたもので、座席が2列+2列、座席もグリーン車仕様でゆったりしている。ゆったりしているから、のんびりしてしまってまた眠ってしまった。朝から呑むのはやっぱり良くないようだ。


新大阪でのぞみの自由席に乗り、ビールを1本と、ハイボールを3本呑んだ。

単純計算して1日に3キロ近くアルコールを摂った。

そんな西行きの話しである。

古い話なのだが、書いておかないと忘れそうなので、4月にした旅のメモを残しておこうと思う。


4月17日(日)、東京←→姫路日帰りの旅をした。これは、山陽新幹線区間のみでしか見ることができなくなってしまった500系の面影をたどる企画で、二人旅であった。

せっかく姫路まで行くのだから、新幹線に乗るだけではもったいないという常識は持っているつもりであるけれど、時間の制約があれば仕方が無い。仕方が無いなら、その時間で楽しむしかないので、改装中の姫路城、さらに謡曲で有名な高砂の松を観にいくということになった。


私にとって新幹線に乗る、とはハレの日の行為であって、日常ではない。

日常でなくて遠方に出かけるという行為は旅であって、旅は楽しみである。

楽しみで、ハレの日だから、新幹線に乗れば呑む。周りに新幹線が日常と化したサラリーマンが多かったとしても知らぬ。彼らがこれから会議であったとしても、それが私にとってなんであろう。


結局、7:30に東京を発車して新大阪10:06に着くまでの間に、缶ビールを2本、缶ハイボールを2本呑んだ。

鉄道旅行の醍醐味であると思うが、いかがであろうか。


新大阪でいよいよ500系に乗り換える。

20番線の雰囲気は、東海道新幹線特有の張り詰めたものが無く、物見遊山、ハレの雰囲気がする。

そもそも、急ぐ客は「のぞみ」で出かけてゆくのであり、わざわざ「こだま」に落ちぶれた500系に乗る人は好きな人たちしかいない。


私は500系が東海道新幹線を走っていた当時も乗ったことがない。

会社その他で鉄道が好きな人物として通じているようであるが、新幹線には興味が無い。第一線で活躍しているものには興味が無いのが、私の悪い癖で、だから500系に関しても特に注意していなかった。

間近で見ると、スマートな面構え、さわやかな塗装、速さを追及した機能の美と言って良いのかどうかは分からないが、格好いいとは思う。

駅でアルバイトをしていた当時、まだ東海道新幹線区間を500系が走っていたので、東京発の時刻を尋ねられたことを思い出す。お父さんらしき気配の男性客が多かった。今日も、ホームで懸命に写真を撮っているのはお父さんだ。

しかし、速さを追求した結果、車内が狭くなり、利用客のほとんどを占めるビジネスユーザーには不評で、「こだま」として、最後の奉公をすることになる。このあたり、人生の悲哀に通ずるものが無くもない。


10:39新大阪発。姫路到着は11:22だからすぐで、ボヤボヤしていられない。せっかくこれに乗りに来たのだから、乗り心地や内装その他を検分すべきなのだが、不覚にも眠くなってしまった。新神戸までは記憶があるのだが、西明石がはっきりしない。姫路で降りたときには、まどろみのおかげで少しすっきりした。


(つづく)