古い話なのだが、書いておかないと忘れそうなので、4月にした旅のメモを残しておこうと思う。


4月17日(日)、東京←→姫路日帰りの旅をした。これは、山陽新幹線区間のみでしか見ることができなくなってしまった500系の面影をたどる企画で、二人旅であった。

せっかく姫路まで行くのだから、新幹線に乗るだけではもったいないという常識は持っているつもりであるけれど、時間の制約があれば仕方が無い。仕方が無いなら、その時間で楽しむしかないので、改装中の姫路城、さらに謡曲で有名な高砂の松を観にいくということになった。


私にとって新幹線に乗る、とはハレの日の行為であって、日常ではない。

日常でなくて遠方に出かけるという行為は旅であって、旅は楽しみである。

楽しみで、ハレの日だから、新幹線に乗れば呑む。周りに新幹線が日常と化したサラリーマンが多かったとしても知らぬ。彼らがこれから会議であったとしても、それが私にとってなんであろう。


結局、7:30に東京を発車して新大阪10:06に着くまでの間に、缶ビールを2本、缶ハイボールを2本呑んだ。

鉄道旅行の醍醐味であると思うが、いかがであろうか。


新大阪でいよいよ500系に乗り換える。

20番線の雰囲気は、東海道新幹線特有の張り詰めたものが無く、物見遊山、ハレの雰囲気がする。

そもそも、急ぐ客は「のぞみ」で出かけてゆくのであり、わざわざ「こだま」に落ちぶれた500系に乗る人は好きな人たちしかいない。


私は500系が東海道新幹線を走っていた当時も乗ったことがない。

会社その他で鉄道が好きな人物として通じているようであるが、新幹線には興味が無い。第一線で活躍しているものには興味が無いのが、私の悪い癖で、だから500系に関しても特に注意していなかった。

間近で見ると、スマートな面構え、さわやかな塗装、速さを追及した機能の美と言って良いのかどうかは分からないが、格好いいとは思う。

駅でアルバイトをしていた当時、まだ東海道新幹線区間を500系が走っていたので、東京発の時刻を尋ねられたことを思い出す。お父さんらしき気配の男性客が多かった。今日も、ホームで懸命に写真を撮っているのはお父さんだ。

しかし、速さを追求した結果、車内が狭くなり、利用客のほとんどを占めるビジネスユーザーには不評で、「こだま」として、最後の奉公をすることになる。このあたり、人生の悲哀に通ずるものが無くもない。


10:39新大阪発。姫路到着は11:22だからすぐで、ボヤボヤしていられない。せっかくこれに乗りに来たのだから、乗り心地や内装その他を検分すべきなのだが、不覚にも眠くなってしまった。新神戸までは記憶があるのだが、西明石がはっきりしない。姫路で降りたときには、まどろみのおかげで少しすっきりした。


(つづく)