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汽車が発車した。

すでに北京の郊外に出ているが、外は乳白色に沈んでおり、何も見えない。

同室には、モンゴルまで帰るという男性がおり、4人個室を2人で使うことになった。

男性はモンゴルウランバートルに本社があって、北京上海を行き来しているという。流暢な英語を操り、優秀なのだろう。

昨日は、前門の繁華街と天安門広場、王府井あたりを観た。夜は例によりバーを探して歩いた。

天安門広場では中国公安が人を蹴散らす様を見て、前門では急造の繁華街の裏にある本来の街の姿に圧倒された。

バーは一軒は客引きのいる店で、もう一軒は日本人のマスターの店だった。
前者はどうということもなく、独りで呑んでいると男が来て、卑猥な言葉を掛けてきて、なぜ遊ばないのかと詰問された。ウィスキーシーバスをアイスで頼んで、50元だった。

その店で、気分があまり良くなかったので、日本人マスターの店へ行き、そこで癒された。
北京の地下鉄は早い。日付が変わる前に無くなるので、切り上げた。

それが、今日に続く。

只今、緑がない世界を走行中。
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朝、送信しようとしたら出来ていなかったので、北京からの報告。
当然、そのあと然るべき経験はしているが、それは追って。


北京からモスクワ経由でベルリンまでの汽車旅をすることにした。

今日12月1日(火)に日本を発ち、11日(金)に帰着する。明日2日(水)北京発モスクワ行きの列車に乗車し、終着は7日(月)である。
車内で5泊、6日の道中で7622kmを走破する。

モスクワでは一泊してベラルーシを抜けてワルシャワ行きの夜行列車に乗車、ワルシャワ観光の後、9日22時20分にベルリン中央駅に着く予定になっている。

ベルリンを発つまでの10日間、宿に泊まるのは3回のみ。あとは車中泊である。寝台はコンパートメントの個室で、鍵までかかるらしい。4人部屋だが満室にはならないらしい。
中国人やロシア人と同室になるのだろうか?

偉大なる孤独との戦いになろう。
帰りはフランクフルトから全日空をとったけど、日本を感じて泣くのだろうか?

成田空港発はこのあと9時、中国国際航空北京行きである。
今私は、地元からエアポートバスの客になっている。
しばらく日本とはお別れ、会社ともお別れと思うと、昨日は不安で帰社しづらかった。
しかし、帰社しづらいのは社会人にあるまじき規模で、あるまじき時期に休みを取っているという後ろめたさであろう。

まだ夜の空けない関越自動車道、鏡にうつる男は今回何か変わるのだろうか?

この1ヶ月、私は荷物を出したりつめたりの作業を繰り返している。


2週間近い旅となると、かなりの生活を詰め込まなければならない。

しかも行き先がロシア、さらにホテルではなくて列車に6日間乗りっぱなしとなると、買えるのか買えないのか、服は着替えられるのか?替えられないのか?


心配が大きすぎてわからない。



必要なものは何なのか?カップラーメンが必要だと聞けば、スーパーへ行き、洗面器もあったほうがいいと聞くと百円ショップへ出向く。
パンが小さくなっていなくて食べにくいと聞けば、万能ナイフを買って、寒くて耳が引きちぎられそうだと利けば、耳当てを買う。


冬のシベリア、その緊張感はなかなかのものがある。しかし、シベリアへ行くなら冬だろう。シベリアに生きている人たちは、シベリアの厳しさを超えられる生活の術を身に着けているから生きてゆけるのだ。
車窓からの瞥見でなにがわかるかと言われれば、分からない。

分からないけど、駅に降り立ったときの寒さは分かる。


今回の旅は12月1日から11日までの日程である。行き先があって日程を作ったのでなく、日程を確保してから行き先を検討した。

最初は、南米へ行こうと思っていた。

ペルー・ボリビア、アルゼンチン・チリなどを考えたけれど、南米は飛行機の時間がとてつもなく長い。12月に2週間も休める人はなかなかいないから、一人で行かざるを得ない。一人で退屈な飛行機を過ごすのが嫌だったので、南米は諦めて、一人でしか行けないところ、言い換えれば誰もついてこないであろう行き先として、冬のシベリア、しかも乗りっぱなしのシベリア鉄道を実現させようと動き始めた。



9月13日:会社に休みの申請をする。私の勤めている部署は12月は暇なので前半に休みを申請させてもらったところ、OKをしてくれた。


9月24日:旅行代理店に電話をして、シベリア行きが可能なのかを確認する。ヨーロッパの冬の汽車のダイヤが分かるのが10月になってからなので、10月以降に改めて電話をされたいとのこと。


10月1日:はなはだ急ながら、シベリア行きの代理店に改めて電話をして申し込みをする。その日のうちに、見積もりをメールで送ってもらう。



私はこの間にモスクワからどうするかを考えていた。


シベリア鉄道に乗ろうと計画をしていたが、ウラジオストクからモスクワを目指す「ロシア号」が一般的であるが、それ以外に北京から満州里を経由してモスクワを目指す列車と、同じく北京からウランバートルを経由してシベリア鉄道に入ってゆく列車もある。


日本に暮らしていると国境を列車で超えるという経験ができない。
私はこれをやってみたかった。そこで、中国・モンゴル・ロシアという経路をたどるウランバートル経由を選んだ。


これを核にして日程を組み立てた。12月12日に先輩の結婚式があるので、その日には帰ってこなければならない。


で、先ほどの国境を超えるという夢があったので、出来ればモスクワからもう一カ国ぐらい抜けてみたい。
モスクワからサンクトペテルブルグを通ってヘルシンキへ抜けるか、ベルリンへ行くかで考えた。


結局、日程的な制限が大きくベルリンへ抜けることとした。ヘルシンキに行くには、もう一日必要で12日に帰ってこれない。ベルリンは6年ぶり2度目でその懐かしさも手伝った。


しかし、これが幸いしたかもしれない。

まさか、このタイミングでモスクワ-サンクトペテルブルグで列車事故が起こるとは思わなかった。こっちを選んで正解だった。




10月16日:手配完了とのことで、ビザを申請するための書類が送られてくる。


11月14日:東急ハンズへ行ってマジックの道具を購入する。車内で言葉を超えたコミュニケーションをしたかったので、マジックをしようと思った。こんなことまでしなければならないのか?心配なことが尽きないのである。誰と一緒になるのか?良い人なのか?酒を飲む人なのか?旅人か?商人か?


11月20日:書類一式の手配が完了したとの連絡をもらい、書類を取りに事務所へ伺う。調べているうちで心配であった写真撮影の状況などを質問する。これと同じ日にテレビ朝日に行って、ドラえもんグッズを購入する。
ドラえもんは万国共通らしいので、誰と一緒になるか分からない4人部屋なので、コミュニケーションツールとしてドラえもんを使おうと思って、ファイルやら消しゴムやらを購入した。


こんなことまで心配する旅はしたことが無い。


どれだけ心配しても心配がなくならない。買い物に買い物を重ねて、百円ショップで5,000円くらい金を出した。無印良品でどれだけ買ったかと思う。


私は、荷物を増やすのが嫌なので海外旅行でも機内持ち込みが出来るようなリュックサックに詰めてしまうのであるが、今回はキャリーケースを持ち出した。しかも、それには入りきらなかったので、さらに無印良品で新しいのを買った。帰ってきてカードの請求が甚だ怖い。


これだけ心配したが、漸く荷物がそろった。もう、これ以上心配してもしょうがない。
生活を持ってゆく以上、身の回りの品をそろえなければならない。
そんなことをしていたら、部屋を持ってゆかなければならない。


本日、やっと荷物を詰め終わった。


後は、明後日の9時、中国国際航空の客になる。



旅をするのに理由は無い。私は、寝ても覚めても汽車の中、国境を超えてみたい。いろいろ形而下の願望を抱い

てきた。

しかし、大きな旅に出てみたいという気持ちだけ、それに不安を抱いている。その不安な気持ちが醍醐味なのかもしれない。この齢になって、冒険というのもなんだし、シベリア鉄道なんて珍しくも無い。

けれども、本人は真面目である。不安を乗り越えられるのか?



合い言葉は勇気、である。






………………北京・モスクワ・ベルリン~大陸横断鉄道の旅~「出発まで」