<<「駄馬」からの、続き>>




面白くないので、もう一軒行った。



団結湖から一駅国貿方面へ戻り、呼家楼駅で降りる。電車を降りて、階段を上るとすぐに朝陽劇場という雑技のホールがある。


裏道・横道の王道


“地球の歩き方”によると、この劇場の2階に日本人バーテンダーがやっているBARがあるという。

劇場の2階、とはどういう意味なのか。既に9時を回っており、今夜の公演は終了している。建物は真っ暗で、入口がない。明日は早いし、今日は4時起きだったから疲れている。残念ながら、見つからなかったら帰ろうかと思う。



建物を一周してみて、諦めるところで、守衛のいる職員用あるいは出演者用の駐車場が見つかった。まさかと思うが、最後に賭けてみよう。



守衛にBARがこの奥にあるのかと聞いてみたが、中国語でBARをなんと呼ぶのか知らない。酒を飲むジェスチャーをしてみたが、向こうも困っているようだ。愛想笑顔を振りまいて、奥に入る。

すると、建物に張り付くような階段があり、そこに「ICHIKURA」という看板があった。



裏道・横道の王道

裏道・横道の王道


初めてのBARに入るとき、とてつもなく緊張する。多くのBARは中の様子が分からない。分からないから、扉を開けるまで世界を窺うことができない。扉を開けたときに、どういうお客さんがいるのか、マスターはどういうオーラを持っているか?

しかも、今回は異国の酒場、本に書いてあることを鵜呑みにしてきたが、大丈夫か?中国語は堪能じゃないし…



これまで、BARに入るとき、どれだけ逡巡して、思考を巡らせてきたことか。

その緊張感が高く、かつ中に入ってみたら良い店だったとき、扉を開けたときに感じた緊張とその後の安心感の落差が大きく、開放感を強く感じる。

それが、エクスタシーに思える。ある種の性的快感かもしれない。

だから、BAR探検は止められないのかもしれぬ。




外は寒かったが、店は暖かかった。

扉で仕切れるソファースペースからは今朝まで聞こえた日本語で盛り上がっている。カウンターには客がいなかった。バーテンダーは中国人の女の子で、しっかり白の襟付きシャツにチョッキを着て、端整だ。

私は一番奥の席に着き、メニューを見せてもらった。



モスコミュールを頼んだ。モスコミュールとは「MOSCOW MULE」で、「モスクワの騾馬」の意味である。これからモスクワへ行こうとする私には、頼まずにはいられなかった。日本でも同じ理由で、モスコミュールのおいしいお店で、最後になるかもしれないと覚悟を決めて飲んできた。




裏道・横道の王道

ジンジャーエールではなく、ジンジャービアを使って胴のマグカップでプレゼンテーションしてくれた。銀座の素敵なお店もそう出してくれる。その店でモスコミュールを飲んで以来、それこそがモスコミュールであると思い込んでいるので、嬉しかった。

埃っぽく、かつ寒い北京の冬を彷徨った身に、ジンジャーの刺戟が美味しい。しばらくするとマスターが戻ってきた。


裏道・横道の王道

マスターは東京のホテルでバーテンダーとしての修行を積み、いつか中国で働きたいと思っているところで、オーナーと知り合って働くことになったと仰っていた。


なぜ、こんな場所で営業しているのか、聞いてみた。劇場に付随している施設なのか、関係者が良くやってくるのですか?

とくに意味はないんです。空いていたからこの場所でやっているんです。

とのことであった。


ソファー席の団体は日本語で盛り上がっている。マスターと日本と北京のお酒の飲み方について話をしていると、ここが日本のように思えてくる。さっきの客引きの攻勢も、天安門広場でみたことも彼岸のことに思えるが、明日からが本番だ。明日は7時45分には汽車が出る。


いつもの電車で終電を無くすのと、身に知らぬ国の見知らぬ町の真夜中に電車に乗れなくなるのとでは、危機の程度がまったく違う。


しかし帰ろうと思って、帰れた試しがないのは日本でいくらでも味わっている。

さっきの店は、早く帰りたかったが、今度は根っこが生えた。

メニューにホットカクテルの項があった。ホットは初めてである。これを呑んで帰ろう。




裏道・横道の王道

店を出ると、靄の帳が街を包んでいた。

次の日本語は10日後、フランクフルトからの全日空である。


裏道・横道の王道



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日本に帰ってからも、あの店は思い出す。北京なら、また行く機会があるだろう。そのときには、初めての鉄道博物館と、二度目のBARへ行こうと思っている。

北京でBARへ行った話をまだしていない。

今般、立ち寄る街々で酒場へ繰り出そうと思っていた。
しかし、それが可能だったのは北京だけだった。


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12月1日(火) 北京 晴



北京のホテルに旅装を解いたのが3時半、時間があれば北京の鉄道博物館へ行こうと思っていたのだが、もう夕刻の気配だし、これからバスを探したりするのも億劫だから、また来る機会に期して、今回は見送った。


とりあえず前門大街と天安門広場、王府井の辺りをウロウロしていたら日が暮れた。

前門大街は古くデザインされた新しい建物が並び、見た目は中国の古い町を演出しているけれど、実際は日本でも珍しくないような全世界レベルのブランドショップばかりである。ユニクロもあった。




裏道・横道の王道


裏道・横道の王道


ピカピカに真新しい雰囲気の街並みに並行する裏道は古惚けた建物が並び、薄暗い。小さな超市や、崩れかけた塀が続いているのが対照的である。しかも、なぜだか、妖しげな保険品を商う店が多い。みると、精力剤やそのテの玩具などが並んでいた。


天安門広場は4時半ごろに着いた。見学時間は5時までなのにまだまだ人がいっぱいいた。けれども、5時になると容赦なくスピーカーを積んだ車がやってきて、まだ写真を撮ったりしている人々を追い回して広場からの退出を強制していた。広場から帰る際に通った地下道ではビラ配りをしている男性を警官が足蹴りにしていた。


裏道・横道の王道

裏道・横道の王道

裏道・横道の王道




天安門から王府井まで歩くと、行政機関の建物がかなり多い。警官も多くて、ショットガンを持って警備している。この3月にいった上海とは大分雰囲気が違っていた。




北京の三里屯と呼ばれる地区にはBARが集まっているという。

朝、空港で暇をつぶしているとき、北京のナイトライフ情報の本にそのことが書いてあった。ナイトライフといっても、女との遊び方がメインで、どのように遊ぶかを指南していたが、そんな本まで空港の書店は扱うのかと驚いた。そこにバーのことが書いてあって、あとで自前の地球の歩き方に目を通すと、大使館が多いので、「欧米風のおしゃれなバーが密集」していたという。最近は開発が進んで少なくなってしまったようだが、まだいくつかはあるらしい。

ホテルの近所にある劇場で京劇でも見てから呑みに行こうとしていたのだが、あいにく既に今晩の芝居は開演してしまっており、京劇は諦め、呑みに行った。




北京の移動ではひたすら地下鉄を使い、そのたびにセキュリティ対策のための荷物検査を行った。

建国門駅から1号線に乗り、国貿駅で10号線に乗り換えた。国貿駅の歩廊は長く、10号線のホームまで延々と歩いた。東京の地下鉄にもあるけれど、同じ駅名であることがはばかられる距離だった。


裏道・横道の王道



10号線はホームドアのある路線で新しい。三里屯の最寄り駅の団結湖駅で降り、界隈を目指す。


裏道・横道の王道

BARストリートは、なるほど、確かに小さな酒場が並んでいる。様子としては、カフェのようなつくりをしている店が多く、中にはライブを行っている店もある。そして、12月の北京、夜はかなり寒いのだが客引きの兄ちゃんたちがたくさん居る。


裏道・横道の王道


BARに客引きはおかしい。様子がおかしい。



とりあえず、端っこまで歩いたけれどオーセンティックな店はないようだ。けれども、話のタネにどこか入ってみようと思う。せめてカウンターのある店が良い。ライブは騒がしいから、やっていない店が良い。それで取捨選択して、一軒の扉を開けた。


カウンターの中には女性の店員が一人。客はソファー席に男女が一組。




裏道・横道の王道


ソファーに座るよう指示されたので、腰掛ける。カウンターには椅子がなく、なにやら置いてあって客は呼ばないのかも知れない。


私はシーバスリーガルをロックで頼み、タバコに火をつけた。

すると、私の前に男が座ってきて、日本人かどうか話しかけてくるではないか。



男は私がなぜ北京に来たのか、何処に泊まっているのか、グループで来たのかなどを尋ねてくる。私が一人で、旅行のために来訪した旨を答えると、女の子を紹介すると言う。

余計なお世話だからいらないと答えると、彼女はいるのかなどとも聞いてくる。まったく余計なお世話なので、いることにして、日本に残してきたと答えた。




ならば、今夜は寂しいでしょう、女の子は100元から案内できます。日本人よく案内します。いろんな国の娘がいます。

いや、いらない。俺は一人で飲みたいんだ。

なぜ、一人なんです?寂しいでしょう?

独りになりたくて来た、明日は早いんだ。明日から一人で汽車に乗って、モスクワまで行くんだ。女と遊んでいる暇なんてない。

モスクワまで一人で?なぜ?なぜそんなことをするのか?仕事か?

だから旅行なんだって。汽車が好きなんです。だから、女は好きじゃないんだよ。



因果関係もどうでもよくなって、早く消えてほしいので、適当な言葉を羅列して、その気がないことを主張した。



一人が消えて安心すると、もう一人がやってきて同じような問答をしなければならなかった。彼らは英語が堪能で、この仕事の相手がいかに外人目当てなのかを示していた。

それだけ、中国に来て娘を買う男が多いのだ。

そして、女を買おうとする輩にとっての出会いの場としてBARが機能しているのであろう。

なるほど。今朝、目を通した本の内容を思い出していた。


ちっともおいしくなく酒を飲み、50元払って店を出た。
店を出ると、客引きたちがまた寄ってくる。
女の子がいることを口にして、集まってくる。無視をしていたら、「Are you gay?」と言う笑い声が聞こえた。



<<「騾馬」へ続く>>


<実>より続く



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この列車の道中、食堂車で食事を取っている客は皆無であった。中国区間で食堂車に人が居たのは、弁当を食べるためであって、有料だったら行かないのだろう。



私が食堂車にいたるまでいくつもの車両を抜けてゆくと、コンパートで食事を摂っている客の姿が見える。

彼らは持ち込んだ食料をお湯で温めたり、乾物を食べていた。

車掌は、車両の暖房を行う石炭ストーブの火を利用して本格的な調理をしていた。



食堂車は市内の安レストランに比べて、2倍くらいはするだろうか。

わざわざ、鉄道を使って旅をする、いや移動をする人たち、物資の運搬を行うために列車に乗り込んだ人たちにとっては、そんな場所で浪費するわけにはいかないのかもしれない。





旅行者の勝手な感慨だけれど、長距離列車に食堂車がないのは残念だと思う。

きっと、次ぐに乗ることがあるのか、ないのか、多分ないけれど、そのときも食堂車があってほしいと思う。



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私は東南アジアなどに行くと、必ずお腹を壊してしまう。無理をしすぎるので、体が悲鳴を上げるということもあるが、食事が合わない。

しかし、今回の旅行では不具合を起こさなかった。車中ほとんどゴロゴロしているだけで、無理をしないという事もあろうが、食事がよかったのだと思う。