ワルシャワの曇天のせいか、鉄道博物館は暗い雰囲気であった。
いくぶん、奇妙な博物館であった。
市内の散策を終えて、ワルシャワ中央駅に戻ってきた。観光地である旧市街やショパンの家が駅の東側にあるのに対して、鉄道博物館は西にある。
市電通りを進む。この通りは国鉄と併走していて、暗渠のような場所を走っている国電が見えた。
路面電車が2つの方向に分かれる交差点を右に折れ、開渠になった線路を渡る。
すると文化科学宮殿を背にして、クリーム色の平屋の建物がある。これが鉄道博物館である。汽車や電車の写真が飾ってあるから、ポーランド語が分からなくてもここがそうだと理解できる。
しかし、SEXSHOPが食いついている。入口を間違えてはいけない。博物館の入口は右の角を曲がると有った。
入場券はタッチパネルの券売機があるのでそこで買う。入口には背の高い女の係員がいて、おっさんが何人かたむろしてる。
英語表示があったので難なく入場券を買うことができる。
件の女の係員がタッチパネルを操作してくれた。余計なことをするなと思ったが、教えてくれるのでそれに従った。
画面には「入場券」と「フォトグラフ」のボタンが出ている。フォトグラフのほうが入場券より高い。女は入場券の表示を押した。
「いや、違う。私は写真も撮るのだ」の意味をこめてカメラを見せ、「OK!I got it!」と言って、キャンセルのボタンを押した。
その瞬間、女は私を睥睨し両手を広げて天を仰ぐではないか。この東洋人、分かりもしないのに余計なことをするなと言うかのようであった。
なるほど、写真を撮影するためには入場券と写真撮影許可のためのキップの両方を買わなければならないらしい。
しかし、私はフォトグラフの値段が入場券より高いため、それには入場料金が含まれている、と解していた。
親切心を反故にしたからであろうか、女はあっちへ行ってしまった。
おっさんの一人にキップを渡す。分からないポーランド語で何かを説明してくれる。
国立歌劇場のおじさんもそうだったけど、こちらが分からない顔をしているのに、懸命に説明してくれる。
身振りの様子で、扉を指すから、まず外の展示を見て来いと言っているのであろうと解釈した。
この博物館は、屋内には展示スペースがあり、野外には廃車が静態保存されている。
外に出てみる。
かつて、ワルシャワ中央駅として利用されていたというからその頃は賑やかだったのかもしれないが、今は、少なくとも今日は陰鬱な空のせいで静かに倦んでいる。
作業服を着た男たちが作業をしている。私の先に、小さな男の子と手をつないだおばあさんが歩いているほかに客はいない。散歩の途中で寄ったような風情で、わざわざ入場料金を払ったようには思えない。
話に聞いていた第二次世界大戦時に使用したといわれる装甲車のような機関車がある。
さらに奥には、エメラルドグリーンに塗られた蒸気・ディーゼル・電気の各機関車が数珠繋ぎになっている。
けれども車両に対して観察眼がないので、よく分からない。分からないけど勿体ないので、漫然と歩く。
男の子とおばあさんはゆっくりと歩く。ここに来たのはおばあさんの意思か、少年の希望か。嫌いだったら連れてこないだろうから、少年は鉄道が好きなのかもしれない。
ゆっくりと機関車を眺めている。私はやがて追い越してしまう。
展示の端まで行くと、フェンスがあってこれ以上進めないようになっていた。枯れ草になった雑草が茂り、樹まで生えている。この駅が使われなくなって久しいのだろう。
首都ワルシャワ、その中央駅から歩いて15分の位置に広大な空き地が残っている。日本だったら、こんな場所に空き地を作ったりしないだろうし、鉄道博物館も置かないだろう。それが土地の有効活用なのかどうかは知らない。
フェンスの向こうに、国電が走っているのが見えた。
屋内へ戻り、陳列品を眺める。歴史や機構に関する説明、由来の品々が並べられている。
面白かったのは、食堂車のメニューで、英語で次のように書いてあった。
Welcome to WARS restaurant car!
In order to make the journey seem shorter and to help you feel regenerated,
the restaurant car team would offer you drinks,
as well as popular and highly favored dishes of Polish cuisine.
The WARS restaurant car team, always being at your service,
wishes your nice journey and bon appetite.
あっという間の旅、リフレッシュできるように…
鉄道で食べる食事、あるいは酒。その意義、意味、役割というのは万国共通なのだろうか?
WARSというのは、ポーランド国鉄の食堂車のことであろうか、日本の日本食堂のようなものかしら?
模型の展示は精巧なものが多い。今走っている車両から、往年の流線型、近郊電車の類まで並んでいる。
よほど好きな人がいるのであろう。
ジオラマもあって、その脇には入口で案内してくれたおっさんを含めて、3人の老人が歓談している。私が横切ろうとすると、手招きをしてジオラマに電気を入れて、模型の汽車を走らせた。
好意的にみれば、退職した鉄道マンが愛着のある汽車の文化を伝えようとしているように思える。
不思議な場所である。
わざわざ博物館を開設し、見る人が見ればガラクタでしかないものを展示して、模型鉄道を走らせる。
屋根の無い静態保存は整備を欠かさないようにしないと、すぐ腐食してしまうのに、どの車両もきれいだった。
ポーランドは鉄道ファンの純度の高い国なのかもしれない。
先ほどの少年はどのように育ってゆくのであろうか?
この老人たちのように汽車が好きになるのか?それとも、いずれこの趣味の危険性から目覚めるのだろうか?
異国の鉄道博物館は疑問、好奇心を掻き立てる。
奥には企画展示のコーナーがあった。
謎のコーナーであった。
写真がいっぱい飾られている。
列車の通路を水着でファッションショーさながらに練り歩く姿、駅頭でTシャツにホットパンツ(?)で並ぶ姿…意味不明である。
通路を歩く水着の女性のVTRを撮影するオジサンなんていうパネルもあった。
何を見せたいのか?
展示に意味があるのか?
というか、国鉄でこんなイベントをやるのはオカシイし、女は職員か?モデルか?
純度の高い鉄道ファンが育つと、歪曲した趣味が芽生えるのであろうか。
例の少年が、この展示を見ずに、こんなイベントがあったことを知らずに、オーセンティックな鉄道ファンに育ってくれることを、遠く極東の島国から、願う。
スーブニールも売っていたけれど、圧倒されたのか、倦怠か、何も買わなかった。さすがヨーロッパ、小じゃれた傘なんかも売っていたのだが。


































