ウシュアイアについて書く前にちょっとだけそこまでの道のりを

書いておきたいと思う。

(意外とマゼラン海峡の旅ってあまりブログでもないんですよ)


ウシュアイアはフエゴ島という島にある町なので、

我々はフェリーでマゼラン海峡を渡ることになる。


天気のいい日で、南米大陸最後のはじっこは綺麗だった。


世界一周的人生記~素晴らしきこの地球~

オバマ新大統領がワシントンにて、

「どんな嵐が来ようとも、我々は前進する」

なんて言っていたまさにその時、

「こんな風じゃ、立ってもらんねぇ~よ」

と、多くの観光客は横のカフェに避難。


波風の影響か?船は横歩きをしながら、岸へ着岸。


世界一周的人生記~素晴らしきこの地球~


我々は船に乗り込むのだけど、乗り込む際にもタイミングに

気をつけないと、靴が濡れるといった具合に風が強い。


世界一周的人生記~素晴らしきこの地球~


マゼラン隊の1隻を沈没させただけはあるな、マゼラン海峡。


船もろともフェリーに乗せ、一路、フエゴ島のもう一つの町「リオ・グランデ」へ。

ここについたのはすでに夜18:00.実はリオ・グランデにも1泊したかったけど、

スケジュールが押しているので、ここはスルー。


そこから更に3時間半の夜21:30、合計13時間にてウシュアイア到着。


早速、先ほど、最南端ウシュアイアの看板とともに記念撮影。

「fin del mundo」とは、世界の終わり、果てっていう意味です。


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僕の目標、決めたこと。

大きな達成感、満足感を感じながらの町歩き。


そんな余韻に浸るのも、もつかの間、僕には新たな刺激物が・・・


続く・・・。

情報が決して多くはないパタゴニアの移動について(2009年1月現在の夏季シーズン)


特に僕みたいに日本人宿に泊まらない旅人にとっては、

ネットで情報を取る必要があったので、僕もブログでこれから旅する人へ

情報提供できればと思います。


以下は僕がパタゴニアで通ったルートです。


バスプエルトモン→バリローチェ(チリ→アルゼンチン国境越えルート)

バス会社:TAS-CHOAPA社(1日3便程度、8:15発、11:00発、夕方?)

http://www.taschoapa.cl/

料金:15000チリペソ(約2250円)

時間:11:00発、19:00着の約8時間(途中の出入国審査での時間を含む)

注記:座席は進行方向右側がおススメ。

    他にもサンティアゴ→メンドーサという国境越えも有名。


バスバリローチェ→コモドロ・リバダビア

バス会社:DONOTTO社(パタゴニアでは大きなバス会社)

http://www.donotto.com.ar/

料金:170ar$(約4420円)(Coche・カマという食事着きの豪華寝台バス)

時間:夕方17:15分発、朝6:00着の約13時間

注記:アルゼンチンの最高グレードはcocheカマと言い、

    食事、飲み物(ワイン含む)がサービスされる。


バスコモドロ・リバダビア→リオガジェゴス

バス会社:patagonica(上記のOTTO社と同じ会社が運営するバス)

http://www.donotto.com.ar/

料金:120ar$(約3120円)(セミカマ、Cocheカマの設定はなし)

時間:朝8:00発、夜19:00着の約11時間

注記:セミカマでもリクラインニングはかなりできるので快適。

    ただ、食事は着かないので、各自持参を。


バスリオガジェゴス→エル・カラファテ

バス会社:TAQSA社(1日3便、他社でも1日1便程度あり、合計1日5便程度か?)

http://www.taqsa.com.ar/

料金:45ar$(約1170円)(セミカマ)

時間:12:00発、17:00着の約5時間


【その他、特筆すべき事項】


・バリローチェからエル・カラファテまでのRUTA40について

地図を見ると一目で分かるが、一直線にカラファテまで南下する道がある。

この道は国道40号と言って、景色もよく人気のルートではあるものの、

未舗装の部分が多いらしく、36時間~38時間かかるようだ。

(COCHEカマ設定はなく、セミカマのみ、料金は330ar$程度で約1万円)


実際は多くのバスが大西洋側にあるコモドロ・リバダビアや

リオガジェゴスという町を経由して、カラファテに向かう。


バリローチェからカラファテまでの直通COCHEカマは28時間で

料金は約1万円。地図上では一見遠回りだが、実際はこっちが早いのは意外。


・国境越えとパタゴニアでの検問について

国境越えはチリ入国時にはバスからバックパックを降ろされ、

X線にかけられる。国境越えバスは満席のケースが多く、時間もかかる。


また、アルゼンチン領土内のパタゴニアでは、度々、検閲があり、

バスの中でパスポートチェックが行われる。

これは州を出るとき、入る時には必ず行われていて、

バスに乗る度に1度は検閲があり、時間も30分程度は停車していた。


・数々のバス会社が存在することについて

チリを旅しているときは、TURBUSかPULLMANBUSで事足りた。

というか僕は最大手のTURBUSしか乗らなかった。

しかし、パタゴニアには大手などの会社はなく、

路線ごとに毎回異なるバス会社を乗り継ぐことになる。


例えば、カラファテ→プエルトナタレスの便は、

カラファテのバス会社が扱っていて、ほとんどの場合は、

カラファテ以外の場所で事前には購入ができない、という現状がある。

なので、着いたらまずはチケット確保に走る観光客が多い。


・バスが満席になるか?について

僕が旅したのは1月のハイシーズン時期。

12時間以上のバスは前日には満席と言われることもあり、

前々日にチケットを購入するようにしていた。

バスターミナルに着いたらすぐにバス会社を探して購入という感じ。


次回はカラファテからウシュアイアまでの移動について

書いておこうと思っています。


【後記】

先ほど、13時間の最後のバス旅を終え、最南端ウシュアイアに着きました。

感じていること、町のこと、これから綴っていこうと思います。

僕が今いる町「プンタ・アレーナス」はマゼラン海峡に面した町で、

マゼラン像や博物館といったものがある。


世界一周的人生記~素晴らしきこの地球~


僕自身はマゼラン海峡には興味があったものの、その本人マゼランに、

興味があった、と言えば嘘になる。ただ、せっかくの機会なので、

マゼラン地域博物館に足を運んだり、ネットを使ったりと、

世界一周の開拓者マゼランさんについて軽く調べてみたのだ。


今から500年ほど前に、マゼランが率いる5隻の船、265人の乗組員はスペインを出港する。

途中、マゼラン海峡で反乱を起こし、逃亡した船を除けば、

数年後にスペインへ帰還できたのは、たった1隻で18人・・・。


「なんてこった・・・」


マゼランが途中で死んでいることは知っていたものの、

ここまで生存確率の低い大航海だったとは・・・。


ただ、

なぜマゼランは死ななければならなかったのか?


フィリピンの先住民との戦いで死んだと言われているのだが、

食料を積んだまま、マゼラン海峡で、逃亡してしまった船に

1つの原因を見ることができそうである。


マゼラン率いる艦隊では、何度か反乱が起きているようで、

彼が率いる組織の結束力の低下、そして組織崩壊・・・、

があったことは容易に想像できる。


新しいことや未知なることについては、誰しも正解は分からないので、

不安や恐怖を感じれば、異分子の出現は確かにありえる。


実際に、「ここに海峡があるはず!」と思って行ったところ、

「実際はなかった・・・」ということがあったようで、

その時に、マゼランは多くの船員からの支持を失ったとも書かれている。


結局、食糧も尽き、アジアの島々での食糧強奪戦で戦死・・・。

もともと厳しい大航海が自らの組織が厳しくなったことで迎えた悲劇ともいえる。


そして、もう一つ、興味深かったのが、

マゼラン率いる開拓者と先住民族(被開拓者)との関係。


上記にマゼラン像の写真を載せているが、大砲の下にいるのは、

先住民族たちであり、明らかに征服されている感を醸し出している。


博物館で見かけた写真に、このようなものがあった。

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同じ時代でもヨーロッパとパタゴニアの先住民でこれだけの差が・・・。


先住民族との食事の風景などもあったのだが、

実際の関係がどうだったのか?は

スペイン語表記の問題で理解できなかった。


少なからず、征服される側、侵略される側の視点というのも、

大切に見ていかないと、特に現代においては、

企業活動を含めて、物事は結局、上手くいかない。


事実、マゼランが戦死したフィリピンでは、侵略者から国を守ったということで、

その当時のフィリピンの王様は現代でも英雄と考えられているのだ。


そこまでして、やっと見つけた太平洋と大西洋を結ぶマゼラン海峡。

多くの船が行きかい、多くの富が生まれたここ、プンタ・アレーナス。


1914年に中米にパナマ運河が開通してからは、この町もひっそりと・・・。


マゼランさん。

僕は明日、あなたの名が付いた海峡を渡らせていただきます。

プエルトナタレスからバスで3時間。

ここは南米大陸最南端の町。


僕のゴールであるウシュアイアは南米大陸とはつながっておらず、
フエゴ島にある世界最南端の町。

ここからはあのマゼラン海峡を船で渡る必要があるのだ。


wikiにあるマゼランの世界大航海地図を拝借すると、

僕は現在、写真左下、赤マルで囲った海峡の町です。



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世界の大動脈である、スエズ運河、パナマ運河、マラッカ海峡、

アジアとヨーロッパの境目であるボスポラス海峡、

そして、数々の軍事境界ライン・・・・、もちろん、多くの国境・・・。


世界には僕をドキドキさせる数々の境目があり、

僕は実際にこれらを訪問してきた。


「この世界が一体どうなっているのかを知りたい」

僕の世界一周の一番の目的でもあるこのテーマは、

まさに世界の様々な境目を見ることで、成し遂げられる気がしている。


マゼラン海峡を見ようと、とある会社の許可を取って潜入。


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いきなりびっくり、鳥?マゼラン・ペンギンか?


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海岸沿いまでちょっとだけ歩くと、港が見える。


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海峡の向こうは、ウシュアイアのあるフエゴ島。


マゼランが海峡を横断中に島に火の明かりを見たことから、

火の島(フエゴ島)というらしい。


「あと少しで最南端ウシュアイアだ」、と高ぶると同時に、

「思えば日本から本当に遠くまで来たものだ」、とつぶやく。


「ここで死んだら、遺骨は日本までちゃんと戻るのかな?」

そんなことを考えてしまうくらいに、ここは遠い世界の果て。


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世界がどうなっているのか?

マゼランが太平洋と大西洋を結ぶ航路を発見した時の衝撃には

及ばないかもしれないけど、この現代においても、

僕はここに来れた素晴らしさを感じている。


むしろ現代だから来れた。

そして現代だからこそ感じることができる素晴らしさがある。


過去への敬意、今の自分のありがたい環境、

職場の方々をはじめ、快く送り出してくれた多くの方々、

今も応援してくれている家族、友人・・・。

もちろん、多くのブログ読者の方々。


今の僕は自分の満足だけに終始していなかったか?


自分で絶対にやりたい、と決めて始めた旅じゃないか。

やれる環境である限り、旅を最後までやり遂げようぜ。


パタゴニアの大移動中、ずっと考えていたことの結論が、

ふと、ここマゼラン海峡で自然と覚悟となって出てきたのだ。


当初決めていた、本当の最終ゴール、ポルトガルのリスボン近郊ロカ岬。

マゼランは航海の途中、戦死をし、ポルトガルには帰還できなかった。


僕は今、自分の大航海を完成させたいと思っている。

氷河ツアーを終えた翌日、カラファテを後にし、チリのプエルト・ナタレスへ。

所要時間は6時間だったのだが、チリ入国はチェックがきびしぃ~!

ボリビアからチリに入国した時も厳しかったのだが、今回も・・・。

ツアーバスの荷物も全部出されて、皆、苦笑い・・・。


ただ、僕はチリが好きだし、このきっちりした性格もチリ人のいいところだよね。


着いた町、プエルト・ナタレスは「パイネ国立公園」への拠点の町。

それでも超観光の町であったカラファテとは違って、

庶民的な雰囲気もだいぶあって、僕もなんだか心地よい開放感。


世界一周的人生記~素晴らしきこの地球~ 世界一周的人生記~素晴らしきこの地球~





やっぱり旅をしていると、物価には敏感になっていて、

なんでも高かったバリローチェやカラファテから解放され、僕も高揚した。


寒いパタゴニアで冷たいパフェを食べたくなったのが僕の興奮を表している。

カラファテではビールは控えていたが(部屋で飲んでいた)

ここでは、でっかいビールも一気に飲み干せる。


世界一周的人生記~素晴らしきこの地球~ 世界一周的人生記~素晴らしきこの地球~



泊まっているホスペダヘ(民宿)は今回3度目だけど、

安いし、個室!部屋はちょっと狭いけど、設備はしっかりしていて、

これまた心地よい雰囲気ニコニコ


世界一周的人生記~素晴らしきこの地球~

「やっぱり、俺はチリ好きだ~」


ウシュアイアまで、ずっとチリだったらいいんだけどな・・・

と複雑で奇妙な国境線に首をかしげながら、不謹慎なことを考える。


そして現在僕は陸続きの点では南米大陸最南端、

とうとう、チリ最後の町「プンタ・アレーナス」へ着きました!

(世界最南端の町であるウシュアイアは島にある町で今後向かいます)


1泊の予定が2泊になったので、

存分にマゼランの町を堪能してきやす!