後部圧力隔壁の修理はミスなのか. 事故原因なのか(中編)
B747-SR100. JA8119には、1978年6月2日の大阪国際空港における着陸時に後部圧力隔壁を含む機体後部.尾部を損傷する事故歴があった。この修理はボーイング社の修理チームにより施行された。
後部圧力隔壁の下半分を交換する際に、スプライスプレートの不適切な設置により上側ウェブ下端の一部は1列リベット結合となった。この為リベット孔周囲の強度が低下して疲労亀裂を早めることになり、後部圧力隔壁破断の原因になったとされた。
⚫︎前編.第1部の続きとして、修理現場での判断を推測する。
修理チームは上側ウェブ. ベイ2.3の下端(1列リベット部)のリベット孔周りの強度が不足する可能性を認識していた。そこで修正措置として区画全面にダブラ板を当てて補強し、上側ウェブにリベット留めすることで下端のリベット孔に掛かる応力を軽減させた。(下図①斜線部)
「補足: L18ベイ2.3の区画には、与圧側からダブラー.プレートの補強が追加された。報告書によれば、検査官によりウェブの凹みが6か所発見され、この2ヶ所だけにダブラ補強の指示をしたとある。その真意は、凹みの補強というより、区画一杯にダブラ板を当てて剪断強さを上げること。更にダブラ板と上側ウェブを密にリベット留めすることで、応力を両方に分担させて四辺の構造材に分散し、上側ウェブ下端のリベット孔に掛かる水平力負担率を軽減すること.と推察する。」
図①
下.写真① L18ベイ2区画の上側ウェブに隙間なく当てられたダブラ板(与圧側)。
格子状に1.5インチ間隔の密なリベット留め補強を施してある。
母材の凹みを板厚増しで補うならば打鋲は凹みの脆弱部を避けるが、全面に打鋲されていることから施工目的の違いが判る。
写真①
「報告書ではNo.41.44リベット孔縁に想定した貫通亀裂解析から、ダブラ板の有無が亀裂進展に与える影響は少ないとしたが、あくまでもウェブの補修目的とした想定である」
また「継ぎ板を切った」という事実誤認を見かけるが、その様な当事者の証言はなく、作業記録.事故調査報告書.NTSBからFAAに宛てた安全勧告にも記載はない。
問題として挙げるなら、取り付け時に下側ウェブの一部をカットせざるを得なかったことに尽きる。既存の上側ウェブとの重ね合わせで補修を要することになり、如何なる修正措置が施されてもフェールセーフに対する指摘ポイントになったことは否めない。
ボーイングからの派遣修理チームは技術員と検査員.その他の総勢40名であり、修理箇所は多数.広範囲に及んだ。
圧力隔壁同様に、機体セクション46.48もユニット交換や修繕が行われ、その際フィッティングに切削.板厚増し.アングル材等の補強.代替え材の製作が施行された。空輸の為に2つに割った胴体部品をスプライスプレートで繋ぐという難易度の高い作業も施行された。修理技術は高くノウハウも豊富にあっただろう。
当事者からの聞き取り調査も出来ずに、指示と違う修理をした. 記録に無い. シールされた後に検査したから目視出来なかった. などという伝え聞きのような説明では納得できない。事実確認がなされていないのである。
◉まとめ
前編を含め以上から、フィッティング初期の不具合はあったものの、不適切とされた修理は、気密性と強度のバランスによく配慮した修正措置であったと考えれられる。一方的に修理ミスの汚名を着せるのは酷であろう。
🔲 第2部
▪️■ 事故調査報告書の検証 ■▪️
この調査の一環として、事故調査報告書の付録1には、「後部圧力隔壁破壊の試験研究の結果」が記載されている。この結果には大いなる矛盾点が見られたので以下に示す。
報告書.付録1では1列リベット結合と2列リベット結合の強度比較の試験研究結果が記載されている。
◼️❶先ず「L18接続部の残留強度評価のための試験」を検討する。
(下)付表-4.5は1列リベット孔と2列リベット結合の残留強度を比較したものである。
(人工的に放電加工で亀裂を作った試材を用いて引張負荷をかけた試験)
付表-5に1列リベット結合とさりげなく記されているが、これは2列リベット結合の誤りである。(報告書はこれを訂正していない)
比(1/2)を比較すると1列リベット孔と2列リベット結合の残留強度に殆ど差が無いことが判る。むしろ1列リベット孔の方が強度が高い結果である。(比が大きい程残留強度が高い)
⚫︎よって後部圧力隔壁破断の原因は、実は1列リベット結合部の強度不足ではなかったという結果を示している。これは不適切な修理ではなかったことを示す。
「ならば破断の原因は、修理時には既にL18ベイ2.3の上側ウェブ下端のリベット孔に著しい脆弱化(亀裂の存在)があったとする以外にはない。標準的な金属疲労であれば、ベイ2に貫通亀裂が生じたとしても圧延に強いストラップ部分を横切らず、転向して2ベイ区画が弁状に開口する設計である。」
報告書ではこの重要な結果をスルーした。
その代わりに有効断面全面降伏時の応力と破壊靭性値を用いた応力を比較した結果だけを記して目を逸らせている。
よって事故調は「不適切な修理で1列リベット結合となったことから疲労亀裂を進展させた」として解析の初めから誤認した。
【補足】2列リベット結合は応力をリベット孔と周囲のウェブの両方で分担する。隣接するリベット孔縁間隔が14mmであるのに加えて1列目と2列目の間隔も14mmとリベット孔に囲まれるウェブの剪断強さが低下する為に、亀裂が発生し始めると意外にも脆い。
そして1列リベット結合が弱い→誤り であるにも拘らず、弱いという前提で電子顕微鏡による破断面の観察を行った。その結果、L18ベイ2.3(リベットNo.40〜62)に疲労亀裂が多数みられたとして、貫通亀裂進展の原因とした。修理部に欠陥がなければこの結果は不可思議であり、疲労亀裂が多いはずだという偏見に捉われた主観的所見の可能性が高い。
(下)報告書 P.46 図7
上側ウェブL18下端の破断面を電子顕微鏡で観察した疲労亀裂の分布である。(目視可能な亀裂ではない) ベイ2から第2ストラップ部を跨ぎベイ3の左舷(リベットNo.40〜62)に集中していることが分かる。
しかしその起因となるものが無い限り、この主観的電顕所見は受け入れ難い。
青:ベイ2 黄:第2ストラップ 紫:ベイ3
◉まとめ❶
事故調査委員会の試験研究結果を検討すると、後部圧力隔壁破断の直接の原因は、1列リベット結合の強度不足ではないことを示している。よって先ず、破断の発端は不適切な修理によるものではないといえる。
次に研究結果では、尻もち事故の修理時(飛行回数6516回)には、既に上側ウェブ下端のベイ2とベイ3の左舷のリベット孔には、偶然にも有意差をもって疲労亀裂が多数存在していたことになる。電顕所見を破断先行の根拠とするならば、事故調はこの不可思議な事象の理由.根拠を提示しなければならない。
常識的には、修理時の上側ウェブ下端はほぼ均一な金属疲労の状態であり、その後ベイ2.3に限り多数の亀裂の発生と貫通亀裂の進展を引き起こす特別な原因はなく、この部位から圧力隔壁破断が先行したとは言い難い。
よってL18.上側ウェブ下端における破断面の公正な再検査が望まれる。
◼️❷次に「欠陥(亀裂が既存)を仮定した場合の疲労亀裂進展解析」を検討する。No.41リベット孔縁の電顕による破面観察を参考として、貫通亀裂を想定したデータ分析である。
客室与圧をJA8119の8.9psiとした場合、 修理時の飛行回数6516回から換算して負荷回数(飛行回数)の限度を分析。
⚫︎1列リベット結合は事故機の状態にまで疲労亀裂(おそらくリベット孔間の貫通亀裂)が進むのに負荷回数は1万回強、2列リベット結合はその2倍程度とされた。
⚫︎また1列リベット結合でも客室与圧を推奨の6.9psiに変更すると、負荷回数は3万回程度となるとしている。
(付録1. 付図-7)
縦軸-亀裂の長さ 横軸-負荷回数(飛行回数)
黄線: 1列リベット結合が貫通亀裂に達する飛行回数 青線: 2列リベット結合が貫通亀裂に達する飛行回数
1列リベット結合の場合は11500回程度が限度となり、JA8119が修理後12320回目のフライトであったことから限度を超えたことになる。
ところが2列リベット結合の場合はその2倍程度とすると23000回になるので総飛行回数約29500回が限度となってしまう。B747-SR100の耐用飛行回数52000回をはるかに下回る矛盾した分析データとなった。
また、リベット孔縁間隔は14mmであるのに対し、縦軸は8mmまでしかなく隣接するリベット孔まで十分余裕があり貫通亀裂とはいえない。そして、想定した初期の疲労亀裂は米国軍用規格の推奨値であって、JA8119の運航状況に於ける想定を全く行っていない。
◉まとめ❷
適切とされる修理法で2列リベット結合した場合の耐用飛行回数が、規定の52000回を大幅に下回る29500回という研究結果に付帯説明がない。矛盾する結果に触れずにおいて、JA8119の耐用飛行回数を1万回強とかなり過小評価したことになる。
データ分析に不備があるため与圧を6.9psiにした場合の推定結果は無効である。
「報告書は、日本航空が客室与圧を8.9psiで運行していたことを意識的に強調している。しかし、ボーイング社は客室差圧として、巡航高度の高い場合には8.9psi、低い場合に6.9psiを選択することを推奨しているが、特に国内線を6.9psiと規定してはいない」
●これら報告書.付録1の試験研究の方法と考察は論理的ではない。
更に言及すれば、事故調査委員会は、先に「不適切な修理から疲労亀裂が進展し、圧力隔壁が破断して事故の直接原因となった」と結論付けた上で、裏付けの為の試験研究を行い結果を求めた、という印象を強く受けた。